第137話 カケラ2つ、休暇の終わり
「――ここに戻って来るのも久しぶりだな。100年前から何にも変わっちゃいねえ」
この世界のどこか、辺りが暗闇に包まれた場所。1人の男がコツコツと足音を響かせながら、そんな言葉を呟いた。スーツ姿にメガネを掛けたその男は一見すると誠意あるビジネスマンのようにも見えるが、その実は内面に残虐なる本性を持つ闇人――名をゾルダートと言った。
「ん?
ゾルダートは正面に見える空の石の玉座に視線を向けると、軽く目を見開いた。どうやら自分が帰ってきたタイミングは悪かったようだ。
「まずったな。1回俺の部屋にでも行って――」
ゾルダートが軽く息を吐いて振り返ろうとすると、暗闇から1人の女が現れた。
「・・・・・・・・・お久しぶりだ、ゾルダート殿。戻られたか」
「うおっ!?」
ぬるりと暗闇から現れた女に声を掛けられたゾルダートは、思わず声を上げて驚いた。
そこにいたのは漆黒のマントを羽織った1人の女だった。口元は後付けの襟のせいで見えない。そしてその顔の色は幽鬼のように白い。
「あんたか、殺花さん・・・・・・・かなり久しぶりにビビったぜ。さすがだな、気配をまるで感じなかったよ。これでも、そういった事には敏感な方なんだがな・・・・・」
ゾルダートは息をホッと吐きながら、目の前に現れた女――「十闇」第9の闇、『
(ったく、この女だけだ。俺がこの距離で気配を察知できないのは。もし敵だと思うと夜も眠れねえ・・・・・・・本当、味方でよかったぜ)
ゾルダートは未だに現役の傭兵の顔も持っている。この100年ほどは、各地の戦場を傭兵として回りながら戦いもしていた。そのため、戦いの勘というかその辺りの察知能力はかなりの自信がある。しかし、どうやらゾルダートの勘よりも、殺花の気配遮断の技術の方が上のようだ。
「ゾルダート殿の察知能力の高さは知っているつもりだ。ゾルダート殿は一流の傭兵。もし己が殺気をほんの少しでも抱いていたならば、察知されていたはず。己が殺気を抱いていなかったから、ゾルダート殿は気づかなかった。ただそれだけでしょう」
「ははっ、それはそうかもな」
殺花の指摘にゾルダートは軽く笑い頷いた。確かに殺気の有無は大きな違いであるからだ。
「っと、大体100年振りだから本当はもっとあんたと話したい所なんだが、
ゾルダートは殺花にそんな質問を投げかけた。殺花はゾルダートの質問にコクリと頷いた。
「レイゼロール様は外に出られて闇奴を生み出しておいでだ。しばらくは戻られない」
ゾルダートとそれなりの付き合いである殺花は、ゾルダートがレイゼロールの事をミストレスと呼ぶ事を知っている。ゆえに、殺花はゾルダートの望む答えを提示できた。
「しばらくか・・・・・ああ、そうだ殺花さんよ、今のところは誰が戻って来てるんだ? 呼び戻された目的も気にはなるが、それは後で女主人サマに聞かされるだろうしな。もし時間あるんだったら、ちょいと教えてくれねえか?」
ゾルダートはメガネをスーツのポケットに仕舞い、固めていた髪を手で崩しながら殺花にそう聞いた。ついでにシャツの第1ボタンも外し、ネクタイも緩める。基本的にゾルダートはこういう堅苦しい服装が大嫌いな人種だ。ゾルダートがかっちりとした服装をしている理由は、その方が印象がいいからである。でなければ、誰がこんな動きにくい服を着るものか。
「承った。いま現在この本拠地にいる闇人は、私とゾルダート殿。後は冥だけだ。冥は地下にいる。クラウン殿は近くの街で大道芸やら手品をしに行っている。わざわざレイゼロール様にまた力を封印してもらってな」
「
クラウンのくだりでゾルダートは少し呆れたような顔になった。今の言い方だと、クラウンは1度封印を解いてもらったのに、また闇人としての力を封印してもらったのだろう。封印をするにも、封印の解除をするにも殆ど1日かかるというのに、近くの街に手品をしに行くためだけに、それをレイゼロールに頼んだというのは、ゾルダートから言わせてみればかなりどうかしている。どうやらクラウンも何も変わっていないようだ。
「ああ、その辺りを話すのは我々がレイゼロール様に招集を受けた理由と関わって来るのだが・・・・・・・・今は端的に言おう。フェリート殿はゼノ殿を捜しにしばらく前から外に出ているらしい。シェルディア殿、それにキベリア殿は日本の東京のどこかに居られる。後、響斬殿も現在は東京だ」
ゾルダートにそう聞かれた殺花は、残りの分かっている「十闇」の動向を伝えた。殺花からその情報を聞いたゾルダートは「はあ?」といった感じの顔を浮かべた。
「日本の東京? おいおい、何でまたそんな場所に『十闇』のメンバーが3人もいるんだ? ゼノさんをフェリートさんが捜しに行ったって言うくだりも、よくわからねえし・・・・・・・いや、呼び戻された理由を聞いてない俺がこう言うのは、ちょいおかしいけどよ」
ゾルダートはスラックスのポケットからタブレット菓子の箱を取り出すと、タブレット菓子を2粒口に入れた。そしてそれをガリッと噛み潰す。これはゾルダートの癖のようなもので、情報を整理したい時や落ち着きたい時は、こういった物を噛み潰すのだ。
「だが、何かが動いてるって予感はするな。そいつが面白いもんなら、なおいい――」
ゾルダートがニヤリとした笑みを浮かべ言葉を紡ごうとすると、新たに第3者の声がこの場に響いた。
「ようクズ野郎、帰ったかよ! 元気に戦いまくってたか?」
新たに暗闇の中から現れたのは、黒の道士服に長い髪を三つ編みに纏めた男――「十闇」第6の闇、『
「おう冥じゃねえか。今しがた帰って来たところだ。戦いに関して言うなら、10日くらい前に中東でドンパチしてきたぜ。つーか正面切ってクズ野郎はひでえな。これでも表向きは誠実で通してんだ」
「お前のどこが誠実だ。ドブみてえな、吐き気催すレベルの邪悪さ持ってるってのに。更にタチ悪い事に、お前自分の事どうしようもないクズだって自覚してんじゃねえか」
「けけっ、まあな。自分で言うのもなんだが、俺はロクな死に方しねえよ」
冥の痛烈な言葉にゾルダートは笑い声を上げる。2人のやり取りからも分かる通り、冥とゾルダートは「十闇」の中では馬が合う方だ。それは2人のある気質が原因だが、その気質の事を差し引いても2人はお互いの事をある程度気に入っていた。
「そこはどうしようもないくらいに同意するぜ。なあ、ゾルダート。お前いま暇だろ? ちょっくら俺と
冥は無邪気な笑みを浮かべてゾルダートにそう言った。冥の目はどこかウズウズとしたような、ワクワクとしたような色を放っていた。そしてその目の奥には、闘争を求める修羅の陰りが見える。それは典型的な戦闘狂の目であった。
「お前の気持ちは分かるが今は無理だ。俺はまだ力を封印されてる状態だからな。今のお前とやってもそもそも戦いにすらならねえよ」
ゾルダートは首を横に振りそう言葉を返した。その目はかなり残念そうな色を浮かべていた。
そう、冥とゾルダートに共通する気質、それは2人とも戦いが大好きな戦闘狂という気質であった。そういった気質であるからこそ、ゾルダートはこの100年ほどの間も、傭兵という仕事を変わらずにやり続けてきたのだ。
「響斬も最初はそう言ってたぜ。ったく、レイゼロールの奴いっつもタイミングが悪い奴だよな。わかった、んじゃ手加減すっからさ。とりあえず戦ろうぜ」
ゾルダートから戦いを拒否された冥は、それでも食い下がるようにそう言ってきた。途中、冥がレイゼロールの事を呼び捨てにした辺りで、殺花がギロリとした目を冥に向け殺気を放っていたが、殺花から殺気を向けられる事に馴れていた冥はそれを無視した。
「それでもダメだ。せっかく久しぶりに戦るなら、お互い全力を出せる方が楽しいし気持ちいいだろ? だから、今は堪えろよ」
しかし、食い下がってきた冥に対してゾルダートは再び首を横に振った。その口調はどこか諭すようなものだ。冥と同じ戦闘狂であるゾルダートには、冥の気持ちがよく分かる。だが、お互いに全力を出せない状態で戦ってもつまらないだけだ。ゾルダートにはその事が容易に予想できた。
「チッ、確かにお前の言う通りかもな。わーったよ、今はやめとく。俺は地下に戻ってまた修練してらあ」
冥はゾルダートの言葉に不承不承といった感じで納得すると、そう言い残してまた暗闇の中へと姿を消していった。
「さてと、なら俺は部屋に戻って着替えるかな・・・・・・・・あ、殺花さんもありがとよ。色々と教えてくれて。とりあえず、
「了解した。では自分はこれで失礼する、ゾルダート殿」
殺花はそう言葉を述べると、スゥと暗闇に溶けていった。そして、それに伴って殺花の気配も完全に消えた。
「くくっ、戻って来たって感じだな。やっぱり、ここにいて退屈はあんまりしなさそうだ」
1人になったゾルダートは笑みを浮かべそう呟くと、自身も暗闇の中へと消えて行った。
「・・・・・戻っていたか、ゾルダート」
「ええ、
ゾルダートが部屋に戻ってから4時間ほど経った頃、レイゼロールが戻って来た。レイゼロールが戻って来た事を殺花から伝えられたゾルダートは、広間に戻り、石の玉座に腰掛けるレイゼロールに恭しく頭を下げていた。
「・・・・・・・薄っぺらい言葉遣いは、100年ほど経っても変わらないようだな。別に我は貴様の本性を知っている。普段の言葉遣いでも構わんぞ」
「いえいえ、俺はクズですがその辺りはしっかりしてるので、言葉遣いはこのままにさせていただきますよ」
ゾルダートは言葉と同じように薄っぺらい笑みを浮かべる。ちなみに今のゾルダートはスーツ姿ではない。今のゾルダートは、ラフな黒いシャツにカーキ色のズボンといった格好だ。髪の毛も無造作な形になっているし、メガネもしていない。カッチリとしたスーツ姿ではなく、こういった姿の方がゾルダート本来の姿なのだ。
「してレイゼロール様。俺が、いや俺たちが呼び戻された理由はいったいどのようなもので?」
「・・・・・・よかろう。お前にもその理由を教える」
ゾルダートは早速といった感じで、レイゼロールにそう質問を行った。ゾルダートのその問いかけに、レイゼロールは何度目かになる「十闇」招集の説明を行った。
「ほうほうほう・・・・・・・・スプリガンにいずれ目障りになりそうな2人の光導姫ですか。なるほどなるほど。正直、後者はあんまり興味を惹かれませんが、前者は非常に面白そう・・・・いや興味が惹かれそうだ」
レイゼロールの話を聞いたゾルダートは、顎を右手でさすりながらニヤニヤとした笑みを浮かべた。そんなゾルダートの様子を見たレイゼロールは、一応ゾルダートに軽く釘を刺した。
「お前が冥と同じ戦闘狂という事は分かっているが、今はまだ手を出すなゾルダート。奴は強い。この前またスプリガンと少し戦ったが、奴は更に強くなっていた。カケラを2つ取り込んだ我と同レベルか、またはそれ以上だ。ゆえに、東京にいるシェルディアの気まぐれが発動するか、ゼノが帰ってくるまでは、奴に手を出す事は禁じる」
「そいつは残念。レイゼロール様や他の『十闇』共も退けた強者の出現に心躍らせていたのですが・・・・・・・あ、そうだそうだ。レイゼロール様、今の言葉を聞く限り、長年の探し物が2つ見つかったのですよね? おめでとうございます。祝いの言葉を忘れていました」
レイゼロールから釘を刺されたゾルダートは、言葉通り残念そうにため息を吐いた。そしてすぐさま表情を切り替えると、薄い笑みを浮かべそんな言葉を述べた。
「どこまでも薄っぺらいが・・・・・・一応、その言葉だけは受け取っておく」
「それでカケラに関する事で1つお伝えしたい事がありまして。これでも仕事に関しては、俺は真面目な方だと自負してましてね。この100年ほど、俺は各国を回りながらあなた様の探し物を探しておりました」
ゾルダートはそんな言葉を続けながら、足元に置いていた鞄を漁った。レイゼロールはそんなゾルダートに訝しげな表情を向ける。
「・・・・何が言いたい。まさか、カケラを見つけて来たのか?」
「いや、それが分からないんですよ。レイゼロール様から教えられた探し物は、黒いカケラという事しか分からず、それが本物かどうか見分ける手段もなかったので」
レイゼロールの問いかけに曖昧な答えを返したゾルダートは、鞄の中から何かを包んだハンカチを取り出した。見たところ中々の大きさだ。
「ですからレイゼロール様に見分けてもらおうかと。最初に見つけたのは20年前のエジプトで、次に見つけたのはつい2ヶ月ほど前のイスラエルです」
そして、ゾルダートはそのハンカチの包みを解いていった。
徐々に露わになるハンカチの中身。それが露わになるにつれ、黒い輝きがレイゼロールの目に止まる。
「っ・・・・・・・・・!?」
遂に、ハンカチに包まれていたモノの中身が全て露わになった。それを見たレイゼロールは思わず目を見開いた。
ハンカチに包まれていたモノ、それは――
真っ黒な2つのカケラだった。
「ああ、クソッ! 恨むぞ過去の俺! よくも今までこんなに宿題を溜めてやがったな! 端的に言って死にやがれ!」
8月26日日曜日、午後9時過ぎ。影人は自分の部屋の机に齧り付きながら、そんな悲鳴を上げていた。
明日8月27日からは、いよいよ学校が始まる。そのため、各教科から出されていた夏休みの課題を提出しなければいけないのだが、影人は夏休みの宿題をまだ半分ほどしかやっていなかった。ゆえに、影人は必死になりながら残りの夏休みの宿題を片付けている訳だが、正直終わらせられる気がしない。そういった苛立ちと焦りを影人は過去の自分にぶつけているのだった。穂乃影の予言の通りになったわけだ。ざまあない奴である。
「・・・・・・ダメだ、とりあえず一旦休憩しよう。適度に休憩するのも大事だからな」
それから10分ほど科学の問題と睨めっこしていた影人は、軽く息を吐いて部屋の天井を仰いだ。このまま分かりそうになかったら、いよいよ答えを見るという最終手段に訴えるか、という事を考えながら。
(何だかんだ、この夏休みは色んな事があったな・・・・・・・・・・)
明日から学校という事もあってだろうか。影人の脳内では、今年の夏休みの様々な出来事が思い出されていた。
(つーか夏って括りなら、聖女サマとも会ったしな。ったく、ロクな夏じゃなかったぜ・・・・・・)
ドンパチやったり面倒ごとに巻き込まれたり、例年通りの平凡な夏ではなかった。孤独と暇を愛する影人からしてみれば、最悪に近い夏であった。
「それに明日からの2学期も、体育祭やら文化祭やら修学旅行があるしな・・・・・・学生としても面倒いことだら――」
影人がそんな事を呟こうとした時、突如として影人はある気配を感じた。
「ッ!?」
それは凄まじい闇の力の揺らぎ。それが世界に奔った感覚だった。
今まで影人が2回感じた事のあるその気配。それがまた感じられたのだ。しかも今回奔った闇の力の揺らぎは今までの気配とはどこか違う。今までの気配よりも更に強大、いやまるで力の揺らぎが2つ重なったような、そんな気配だ。
当然、その気配を感じたのは影人だけでなく――
「ッ! この感覚はレイゼロールの・・・・・! しかも2つ一気に・・・・・・・・!?」
神界にいるソレイユ、
「・・・・・これで合計4つ目かな。レイゼロールは、順調に力を取り戻してるな・・・・・・・」
同じく神界にいるラルバ、
「あ、シェルディア様今の感じは・・・・!」
「ええ、レイゼロールがカケラを取り込んだ気配よ。ふふっ、最近は調子がいいわね」
影人の隣人であるキベリアとシェルディア、
「おお、こいつはいい感じだ。またレイゼロール様の探し物が見つかった感じかな」
東京の自宅でレイゼロールの探し物に関する情報を収集していた響斬、
その他諸々の者たちも、その強大な闇の力の揺らぎを感じていた。
(・・・・・・今の俺にはこの感覚の意味は分からねえが・・・・・・面倒な事が近づいてるって事だけは分かるぜ。当たり前だが、こりゃ夏が終わってもスプリガンの仕事は忙しくなるだろうな)
内心そんな事を思った影人は、しかし唇の口角を上げてこう言った。
「はっ、上等だ。やるならとことんやってやる」
夏の夜、影の守護者たる少年の言葉が、部屋の中へと静かに響いた。
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