第133話 真実は残酷で

(ははっ・・・・・・・まさかの1割が来やがったか。ああ、クソだな。本当にクソみてえな答えだ)

 電柱の陰から穂乃影と闇奴の戦闘を観察していた影人は、やけっぱちに近い笑みを浮かべた。

 未だに目の前の光景が信じられない。だが、目の前の光景は紛れもなく現実だ。

『おー、こいつはこいつは! よかったじゃねえか影人! てめえの妹は光導姫だ! くくっ、明日は赤飯かぁ?』

 影人の視界を通してこの光景を見ていたイヴが、愉快といった感じで、影人の中で声を上げる。しっかりと、影人を挑発するような言葉も添えながら。

(うるせえよ。くそ、どうなってんだ。穂乃影が光導姫だって事を、ソレイユは何で俺に教えなかった? 個人情報の保護のため? いや、流石にスプリガンをやってる俺には教えてもいいはずだ。俺は穂乃影の兄だ。じゃあ何で、ソレイユは俺にこの事を教えなかったんだ・・・・・?)

 イヴに構っている暇などなく、影人はイヴに一言言葉を返すと、そう思考した。

(いや、今は考えてる場合じゃない。穂乃影に万が一の事がないように、しっかり見とかねえと。いざとなったら、俺がいつでも助けられるように)

 影人は巨大化してくる疑問を無理やり押さえつけ首を左右に振った。今は穂乃影と闇奴の戦いに全神経を集中させるのが第1だ。

「我が影よ、彼の者を縛れ」

 穂乃影は襲い掛かってくる闇奴に向かって、右手の真っ黒な杖を振るい、力ある言葉を紡ぐ。

 すると、穂乃影の影の中から幾条もの影が伸びて来た。包帯のような形状の影は、真っ直ぐに狼の獣人型闇奴に向かって放たれる。

「グルゥ!」

 しかし、闇奴は凄まじい敏捷性でその影を避けると、ジグザグと動きながら穂乃影に向かって確実に距離を詰めてくる。

「狼のくせして、ちょこまかと・・・・・」

 穂乃影はうざったいといった感じの表情を浮かべる。獣人型の闇奴は闇人ほどではないが、それなりの強さを誇る。そう簡単には捕まってはくれないか。

「グルァッ!」

 闇奴は雷のような速さで穂乃影に接近してくると、その凶暴に過ぎると顎を開き穂乃影を噛み殺そうとした。

「ッ!?」

 その光景を見た影人は咄嗟にポケットからペンデュラムを取り出す。穂乃影の危機にすぐに変身しようとした影人だったが、結果的にその必要はなかった。

「――踏んだわね、私の影を」

「グルッ!?」

 なぜならば、今にも穂乃影の顔に噛みつこうとしていた闇奴の動きが、まるで金縛りにでもあったようにピタリと止まったからだ。

「『影杖』を使っている時の私の影は、それ自体が武器にも罠にもなる。私の影を踏んだあなたは、私の影に縛られている。・・・・・・・・まあ、知性のないあなたには、意味が分からないでしょうけど」

 穂乃影がそう呟くと同時に、穂乃影の影から先ほどの包帯状の影が伸び、闇奴に纏わりつく。完全に闇奴の動きを封じた穂乃影は、真っ黒な杖を闇奴の額に当てた。

「影により、闇を祓う。其の闇は、影によって浄化される」

 穂乃影が詠唱を始めると、穂乃影の影が肥大化した。肥大化した影は闇奴の足元に円形に広がった。

 そして、円形に広がった影に闇奴が徐々に沈み始めた。

「我が影に沈め。闇を抱える者よ。我が影は闇を浄化する棺」

 穂乃影の詠唱が進むたびに、闇奴の体は円形の影に沈んでいく。腰、胸、そして遂には首まで闇奴の体は影に沈んだ。

影葬えいそう

 そして、穂乃影のその言葉を最後に闇奴は完全に影に沈んだ。カツンと、穂乃影が持っていた杖の持ち手の底を地面に撃ちつけると、円形に広がっていた影は、元の普通の影へと戻っていった。

「・・・・・・開棺かいかん

 それから10秒ほどして穂乃影がそう呟くと、穂乃影の影が再び円形に広がり、何かが這い上がって来た。よく見てみると、それは20代くらいの男性であった。

「・・・・・・・・バイト終わり。変身解除」

 穂乃影は闇奴化していた男性の姿が元の人間の姿に戻っていることを確認すると、変身を解除した。

 穂乃影の姿が黒のシャツに黒の綿パンツという元の服装に戻る。それに伴って、右手の人差し指に紺色の宝石が付いた指輪も再び装着された。

 そして、穂乃影は自宅に帰るべく来た道を戻り、歩き始めた。

「・・・・・・・・・・・」

 穂乃影の姿が完全に自分の視界から消えた事を確認した影人は、電柱の陰から出た。チラリと後方を見てみると、今見た光景が幻影ではない事を示すように、20代くらいの男性が倒れていた。

『くくっ、どうやらお前の妹は中々やるみたいだな。獣人型の闇奴をあんなに軽く捌いちまったんだからよ。てめえの不安は杞憂だったわけだ』

 面白がるように、イヴが影人の頭の中に言葉を響かせた。影人の不安というのは、先ほど影人が咄嗟に変身しようとした事を言っているのだろう。

「・・・・・お前の性格がひん曲がってるのは百も承知だが、今だけは黙れ。じゃないと、お前に八つ当たりしちまいそうだ」

 影人は低い声音でイヴにそう言葉を返した。イヴは誰に似たのか、その性格がすこぶる悪い。特に、影人が困っていたり、不安がっていたりすると、水を得た魚のように元気になるという、根性がひん曲がっているとしか思えない事が起こる。影人も普段はある程度は流しているが、今回ばかりは流せそうにはなかった。

『おー、怖い怖い。ご主人様には、か弱い俺は逆らえねえからな。しばらくお暇させてもらうぜ。じゃあな影人。せいぜい元気に』

 イヴは戯けた感じでそう言葉を述べると、それ以降はもう何も言ってこなくなった。

「・・・・・・色々とあるが、まずやるべき事は決まってる。・・・・・ソレイユに会いにいかねえとな」

 静かになった世界の中で、影人が下した決断はそれだった。まずは、ソレイユに穂乃影の事を確認しなければならない。

「――おい、ソレイユ」

『――はい、何でしょうか影人?』

 影人は自身と繋がっているリンクのようなものを意識しながら、ソレイユに向かって念話を試みた。すると2秒後、影人の内側にイヴとは違う女性の声が響いた。

「ちょっと話したい事があるから、今からそっちに行きたい。お前以外誰もいないよな?」

『はい、私以外には誰もいませんが・・・・・このまま話せる内容ではないのですか?』

 影人は一応ソレイユにそう確認を取る。ソレイユは影人の質問にそう答えつつも、少し不思議そうな感じでそう聞き返して来るのであった。

「悪いが、お前と直接会って話したい。・・・・・・・かなり個人的な事になるかもしれねえが」

『わかりました。では、転移させましょうか?』

「いや、ちょうど人気のない所にいるから、俺がゲートを開けてそっちに行く。転移は不要だ」

 影人はソレイユの申し出に首を振ると、近くに人がいない事と、監視カメラがない事を確認しながら、右手に握っていたペンデュラムを虚空にかざした。

「――影の守護者が希う。我を光の女神の元へ続く道を示せ。開け、影の門よ」

 影人が詠唱を終えると、ペンデュラムについていた黒い宝石が黒色の輝きを放った。するとその光に呼応したように、影人の前に人が1人通れる程の黒いゲートのようなものが出現した。

 影人は夜の闇に紛れるようなその黒い門に、何の躊躇もなく足を踏み入れた。













「こんばんは、影人。何やら重大な話とお見受けしたので、テーブルとお茶を用意しておきました。どうぞ、イスに掛けてください」

「ああ、悪いな。サンキューだ」

 神界のソレイユのプライベートスペースに黒色の門が現れる。その中から出てきた影人の姿を見たソレイユはニコリと笑みを浮かべ、影人にそう言ってきた。影人はソレイユの好意に素直に甘え、用意されていたイスに腰を下ろした。

「あなたは紅茶があまり好きではないので、緑茶を用意しました。ホットの方ですがよろしかったですか?」

「問題ない。早速、一口いただくぜ」

 影人はテーブルの上に置かれていた湯飲みをそっと持つと、ズズッと熱い緑茶を啜った。最近は夏という事もあって冷たいものしか飲んでいなかったが、やはり熱いお茶もいいものだなと、影人は年寄りじみた事を思った。

「それで影人。私に話とはいったいどのようなものですか?」

 ソレイユも影人の対面のイスに座ると、早速といった感じでそう言葉を切り出した。

「・・・・・一応先に前置きしとくと、俺はお前の事をある程度は信用してる。だから、手違いや勘違いが今回の原因だと思ってる。その上で話すぜ」

 真剣な口調でそう語り出した影人を見て、ソレイユもその表情を引き締める。

 そして、影人は語り始めた。今日自分が見た光景を。自分の妹が光導姫であったという事を。

「・・・・・・・・・教えてくれ、ソレイユ。俺の妹、帰城穂乃影が光導姫だった事、何で俺に教えてくれなかった? その理由を俺は知りたい」

 髪をくしゃりと掻きながら、影人は静かな声でソレイユにそう問いかける。その声は静かではあったが、奥に秘めた激情を無理矢理に抑えるような、そんな声音であった。

「あなたの妹が光導姫・・・・・・・・・」

 影人の話を聞いたソレイユは驚いたような表情を浮かべながらも、少し考え込むような素振りを見せた。そしておもむろに、影人にこう言ってきた。

「あなたの妹さんの姿が分かるような、例えば写真のようなものはありますか? その、神といえども記憶は完全完璧ではないので」

「穂乃影の写真か・・・・・悪いが持ってないな。というか、余程のブラコン以外、普通は妹の写真なんか持ってないもんだし」

「そうですか。それは少し困りましたね・・・・・・・」

 ソレイユの言葉に、影人は否の答えを返す。影人の答えを聞いたソレイユは、難しそうな顔を浮かべた。

『くくっ、そんなもん俺の力を使えば余裕だぜ影人。てめえが見た妹の顔を写真として創造する事もわけはねえ。なんせ、俺は特別だからな』

「・・・・・マジか。お前から素直なアドバイスが来るのは、どっか胡散臭いが・・・・・・・・礼を言うぜ、イヴ。なら――」

 突然そんな言葉を影人に送ってきたイヴに、影人は感謝をすると、神界についた時に再びポケットにしまっていたペンデュラムを取り出した。影人の言葉を聞いていたソレイユは、「イヴさんとお話ですか?」と首を少し傾げていた。

「まあな。――変身チェンジ

 影人は自身の姿を変化させるキーワードを呟いた。すると、影人の握っていたペンデュラムについた黒色の宝石が、闇色の輝きを放った。そして影人の姿が変化する。目の前の少年は一瞬の内に、黒色の怪人、スプリガンへと姿を変えた。

「? 影人、なぜスプリガンに変身を?」

「見てりゃ分かる」

 影人は右手をテーブルにかざしながら、脳内に穂乃影の顔を思い浮かべる。それを写真のように現像するイメージ。おそらくこれでいいはずだ。

 その結果はすぐに現れた。影人がかざした右手の下、テーブルには闇によって創造された1枚の写真が出現した。

 その写真に写っているのは、長い黒髪の少女だった。整った顔立ちだが、どこか表情が乏しいその少女は、影人の妹である帰城穂乃影だ。

「・・・・・これが妹の顔だ」

 影人は創造した写真をソレイユに手渡し、その金色の瞳をソレイユへと向けた。

「この子があなたの・・・・・・ええと、確か穂乃影と言ってましたね」

「ああ。ついさっきまで闇奴と戦ってたぜ」

 写真を見たソレイユが、影人にそう確認してきた。影人はソレイユの確認に首を縦に振る。

「そうであるなら、あなたの妹はランキング75位の『影法師』で間違いはないでしょう。あなたに写真を見せてもらった事で彼女の事を思い出しました」

「ランキング75位・・・・ランカーだったのか、あいつ・・・・・・・」

 穂乃影が光導姫ランキングに名を連ねている事に、影人は驚いた。少なくとも、穂乃影は陽華と明夜よりかは現時点で強いという事だ。

「すみません、影人。あなたにとっては言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、私はそもそも今日初めて光導姫『影法師』とあなたが兄妹という事を知りました。なので、あなたに伝える以前の問題だったんです」

 ソレイユは真面目な表情で、そう影人に謝罪した。そして、なぜ穂乃影が影人の妹と分からなかったのか、その理由について話し始める。

「彼女、穂乃影が光導姫になったのは今から大体3年前です。偶然、闇奴が発生した場所に彼女はいました。私は保護の意味合いも兼ねて、穂乃影をこの場所へと転移させました」

「3年前・・・・・!? そんな前からあいつは光導姫だったのか・・・・・・!? いや、確かにその時期辺りからだったか。あいつがを始めたって言ったのは・・・・・」

 影人の表情が驚愕に染まる。スプリガン時の影人がこれほど驚いた表情をしているのは、おそらく初めてだろう。それ程までに、影人はその情報に衝撃を受けていた。

「穂乃影は光導姫の中ではけっこうなベテラン、と言えるかもしれませんね。話を戻します。私は穂乃影をここに転移させた後、彼女に光導姫になってはくれないかと、話を持ちかけました。陽華と明夜、それにあなたの時と同様に」

「・・・・・穂乃影に光導姫としての素質を感じたのか? 朝宮や月下の時みたいに」

「そう・・・・・・ですね。穂乃影に光導姫としての素質を感じた事は間違いありません。ですが、私が基本的に光導姫を増やす方法は、闇奴が発生した現場にいた少女に話を持ちかけるというものなので、そういう意味合いでも穂乃影に話を持ちかけたのだと思います」

 影人の問いに、ソレイユは顎に手を当てながらそう答えた。影人はこんな時だというのに、似合ってねえなと思った。基本的に影人はソレイユの事をアホだと思っているので、アホが賢そうなポーズを取っているようにしか見えなかった。

「――くくっ、中々愉快な事を考えてるじゃねえか。影人」

「あ?」

「え?」

 突如として、影人とソレイユ以外の第3者の声がこの場に響いた。

 影人とソレイユがそんな声を漏らす中、虚空から1人の少女が現れた。

 一見すると10代前半の少女だ。身長は140と少しくらい。黒色のボロ切れのような服を纏っている。

 紫がかった黒色の髪の長さはボブほどで、その顔立ちは美少女と呼べるほどに整っているのだろうが、少女が浮かべている人を食ったような笑みのせいで、少々美少女とは呼びがたかった。

 その少女は奈落色の瞳を影人とソレイユに向けて、更に口を歪ませた。

「いきなり何だ、イヴ。いま真面目な話してんだよ。さっきも黙れって言っただろ」

 影人が突然出現した少女――スプリガンの力の意志たるイヴに向かってそう言葉を掛ける。影人は少しだけイヴを睨みつけるように、その金色の瞳を細めた。

「別に冷やかそうなんて思っちゃいねえさ。ただ、こんな時くらいしか、俺は現界できねえからな。ちょっくら動いてみたいと思っただけだ。話の邪魔になるような事はしねえよ。俺も普通に座って話を聞く。それなら構わねえだろ?」

 イヴはヒラヒラと片手を振りながら、影人にそう弁明した。弁明したといっても、イヴは変わらずニヤけたような笑みを浮かべているので、あまり弁明した感じはないが。

「まあ、お前の気持ちは分からなくもねえが・・・・」

 影人は視線をイヴからソレイユの方へと向けた。影人の視線の意味に気がついたソレイユは、コクリと首を縦に振る。

「私は構いませんよ。イヴさんの気持ちは、私も理解できますし」

「おー、ありがとよ女神サマ。そんじゃ、俺も失礼させてもらうぜ」

 ソレイユに軽い感謝の言葉を述べたイヴは、影人とソレイユの間に、闇で黒色のイスを1つ創造した。そして、そのイスにドカリと腰を下ろす。イヴはスプリガンの力の化身。この程度の事ならば造作もない。

「イヴさんもお茶をどうぞ」

「どうもだぜ。おおっ、あったかいな! それにちょっと苦くて甘い。なるほど、これが緑茶ってやつか。いいな、やっぱり体があるっていいぜ。面白え!」

 ソレイユからお茶を勧められたイヴが、湯飲みに入っていたお茶を啜った。少し温くなったお茶を啜ったイヴは、無邪気な子供のような顔を浮かべ嬉しそうに笑っていた。そういえば、イヴは緑茶を飲むのは初めてだった。イヴには普段肉体はないので、味を感じるというのは、未知の領域だったのだろう。イヴは今まで見た中で、1番楽しそうだった。

 今度色んなものを食べさせたり、遊ばせてやったりするか。影人はふとそんな事を考えた。

「悪い、ソレイユ。話の続きを頼む」

「あ、はい。ええと、確か穂乃影の素質云々の話が終わった辺りでしたね。次からが本題なんです」

 影人に話の続きを促されたソレイユは、どこまで話をしたのかを思い出すと、こう話を続けた。

「私は穂乃影に光導姫についての説明を行いました。もちろん穂乃影に説明をしている間は、他の光導姫を闇奴に派遣して相手をしてもらいながら」

 ソレイユはそこで湯飲みを持つと、緑茶を少し飲んで軽く息を吐いた。

「穂乃影は光導姫が金銭を得る事も可能、という箇所で少し反応を見せたと思います。そして全ての話を終えると、穂乃影は光導姫となる事を了承しました。その際、私は穂乃影に名前を聞きました。名前を確認する意味については、単に私がその人物をどう呼べばいいのか分からないという普通の理由と、後で政府に新たに光導姫となった人物の名を教えるためです。でなければ管理や、金銭を得る場合は口座も分かりませんから」

「まあ、そうだな」

 ソレイユのその説明に影人は納得したように頷く。陽華や明夜、それに自分の時もソレイユは名前を尋ねてきた。 

「ですが、中には本名を全て伝えない子や、そもそも本名を言わない子もいます。まあ、昨今のプライバシー意識の状況を考えれば、仕方がないのかもしれません。そして、穂乃影もそんな子の内の1人でした」

「・・・・・つまり、穂乃影はお前に名字を伝えなかったのか?」

 ソレイユの言葉を受けた影人が、予想できる範囲からそう言葉を紡ぐ。しかし、影人の言葉にソレイユは少し微妙な表情を浮かべた。

「確かに、穂乃影は私に名字を伝えはしませんでしたが、最初は名前も名乗ろうとはしなかったんです。私が金銭を得る場合は、名字か名前どちらかは教えてくれないと困ると言って、しぶしぶ穂乃影は自分の名前だけを告げたんです」

「なるほどな・・・・・・・・確かに、穂乃影の場合は名字の方が珍しいからな。穂乃影の名前の方がどっちかって言うと、ありきたりだ」

 影人は穂乃影の判断に納得した。自分たちの帰城という名字はあまりある名字ではないだろう。

「その後、私は穂乃影という名前と、彼女の容姿に関する情報を日本政府に教えました。情報の管理はその国の政府の管轄ですからね。・・・・・これが、私が穂乃影があなたの妹だと知らなかった理由の1つです。私はあなたの名字と名前を知っていても、穂乃影の名字を知りませんでした」

 ソレイユはそう言って、影人に穂乃影の事を伝えなかった理由を釈明した。いや釈明以前に(話をする前にソレイユも言っていたが)、そもそもソレイユは穂乃影と影人が兄妹だという事を知らなかったのだ。

「・・・・・・・・お前の話は分かった。確かに名字が分からなきゃ、俺と穂乃影が兄妹だってわからねえよな。やっぱり、こういう手違いみたいなもんがあったか」

 ソレイユの説明を全て聞き終えた影人は、ふうと息を吐きイスにもたれ掛かった。やはり、ソレイユは意図的に自分に穂乃影の事を隠していたわけではなかった。その事がわかった影人は、とりあえずは安心したのだった。

「というか理由の1つって事は、その他にも穂乃影と俺が兄妹だって分からなかった理由が何かあるのか?」

 ふとその事に気がついた影人が、ソレイユにそう質問をした。影人からそう質問を受けたソレイユは、「あー」といった感じの顔で苦笑した。

「その、失礼かもしれませんが、影人と穂乃影の顔がご兄妹なのにあまり似ていない・・・・・・というのが、もう1つの理由です。すみません」

「それは・・・・・もっともな理由だな」

 申し訳なさそうな顔のソレイユに、影人は仕方ないといった感じの顔を浮かべた。確かにソレイユの言う通り、自分と穂乃影の顔は兄妹だというのに似ていない。なぜならば――

「そりゃそうだぜ、女神サマ。影人と影人の妹の顔が似てねえのは理由があるんだからよ」

 そのタイミングで、今まで黙って話を聞いていたイヴが突然そんな言葉を放った。

「似ていない理由がある・・・・・? イヴさん、それはいったいどういう事ですか?」

 イヴの言葉を聞いたソレイユが不思議そうな顔を浮かべる。そして、イヴの言葉を聞いていた影人はハッとある事に気がついた。

「そうか・・・・・・・お前は俺の記憶と知識をんだったな」

「そういう事だ、影人。で、女神サマに話しても大丈夫だよな?」

 イヴがニヤリとした笑み浮かべながら、影人にそう確認を取ってきた。影人はイヴの確認に、首を縦に振った。

「・・・・・・・・構わねえよ。別にそこまで隠す程の事でもないしな」

「ほいよ、了解は取ったぜ」

 影人の了承を得たイヴは、ソレイユの方にその顔を向けると何気ない感じでこう言葉を発した。


「簡単な理由だ、女神サマ。こいつとこいつの妹の顔が似てないのは――単に、2

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る