第132話 近くにいても知らぬ事

「――で、件の歌姫様は結局君の同級生だったってわけかい?」

「そういう事だ。・・・・・・ってか、前にメールでそう言っただろ」

 目の前でメロンソーダをストローで啜っていた暁理が、ストローから口を離し影人にそう確認を取ってくる。そんな暁理に、影人も啜っていた烏龍茶をから口を離しそう答えた。何故だか少し睨まれている気がするのは気のせいだろうか。

 8月20日月曜日、午後1時過ぎ。風洛高校近くのファミレスで、暁理と影人はドリンクを飲みながら、話をしていた。窓の外は今日も灼熱の太陽が元気に世界を照らしているが、影人たちがいるファミレスの中はクーラーがガンガンに効いているので、関係のない事だ。 

「つーか、お前なんで不機嫌なんだよ。俺、今日は別に何もしてねえだろ」

 影人は何故か不機嫌な暁理に続けてそう言った。

 先ほど暁理から話があると電話を受けて、このファミレスに来いと言われた影人は、しぶしぶこのファミレスに足を運んだのだが、この席に着くなり暁理は影人に、ソニアとは結局どういう関係であったのか話せと言った。一応、ソニアとどういう関係であったのかは、先週の火曜か水曜日辺りにメールで連絡したのだが、どうやら暁理はそれだけでは納得しなかったらしい。

 それで影人は、暁理にソニアとの関係について再度伝えたのだが、その話を聞き終えた暁理は明らかにどこか不機嫌そうであった。

「べっつにー。ただ、よかったねって思っただけさ。あんなに超可愛くて、スタイルがよくて、歌も上手い超有名人が、君の同級生でよかったねって話さ! ・・・・・・・ふんッ!」

「ふんッって何だよ。明らかに嘘じゃねえか・・・・」

 どうみても影人の数少ない友人は嘘をついているが、影人はそれ以上は言及しなかった。これ以上その事について突っ込みを入れれば、暁理はもっと意固地になるだろう。暁理ともまあまあの付き合いなので、影人にはそうなる事が予想できた。

「で、話ってのは何なんだよ。お前、俺になんか話があったんだろ? こんなクソ暑い中、わざわざ出て来てやったんだ。実は話なんてなくて、俺を呼び出すためだけにそう言ったなら、てめえにパフェ奢らせるぞ」

 影人はドリンクバー特有の、少しだけ薄めの烏龍茶で再び喉を潤しながら、暁理にそう質問する。影人はどちらかというと、夏休みは家に篭りたい派の人間である。今年の夏休みは、何かと外に出されている気がするが、本当は今すぐにでも家に帰ってダラけたい。

「僕にたかるなよ。というか、僕がそんな事するわけないだろ? 僕がしたかった話っていうのは、結局夏休みにどこに行こうっていう話だよ」

「どこに行く? 何の話だよ?」

 暁理の答えを聞いた影人は、その前髪に支配された顔を疑問の色に染めながらそう聞き返した。すると、なぜか暁理は「はぁ!?」と言って、怒りだした。

「夏休み入る前に言っただろ! 夏休みに2人でどこかに遊びに行こうって! 約束もしたし! 信じられない、忘れたっていうのかい!? この前髪捻くれ厨二偏屈野郎! 1回馬に蹴られろ!」

「誰が前髪捻くれ厨二偏屈野郎だ!? 俺はそんな愉快な名前じゃねえ!」

 暁理に不名誉極まる言葉(ほとんど暴言)を吐かれた影人は、半ば反射的にそう言葉を返す。前髪は自分のビジュアル的に否定は出来ないが、その後の捻くれ厨二偏屈野郎というところには、断固として異議を唱える。

「あーもう、僕は何で君みたいなロイヤルストレートフラッシュ並みに変な奴の事を・・・・・」

 暁理は大きくため息を吐きながら、頭を抱えた。客観的に見ても、友人として関わっても目の前の友人は色々とヤバい奴である。しかもデリカシーも欠如している。本当に、なぜ自分はこんな人物に想いを寄せているのか、時々分からなくなる。

「・・・・・・・・まあ、僕の山よりも高く海のように深い心に免じて、忘れてた事は特別に許してあげるけどさ。思い出したかい?」

「お前の心云々に関しても、死ぬほど異議を唱えたいところだが・・・・・まあ、それについては思い出した」

 暁理から視線を向けられた影人は、ガリガリと頭を掻きながらそう言った。確かに、いつぞやの通学途中にそんな事を言われた気がする。

「約束しただろ? 僕はしっかりと言質は取ったんだ。ちゃんと付き合ってもらうよ」

 暁理はフスーと鼻息を吐きながら、ジロリと影人を睨みつけてきた。中々に威圧を感じられる。だがしかし、暁理程度の威圧に怯む影人ではない。

「ふっ、甘いな暁理。俺はこう言ったはずだぜ? 気が向いたらってな。お前には残念だろうが、俺の気はいま現在向いてない。よって、お前に付き合う義理はねえ。証明終了だ。俺は帰る」

 影人は格好をつけた気色の悪い笑みを浮かべ、残っていた烏龍茶を全てストローで啜り終えると、席を立った。

「今日は出来るだけ家にいたいんだ。俺の分の金は置いとくぞ。じゃあな」

「え・・・・・・?」

 唖然としている暁理に影人はそう言葉を続けると、サイフからドリンクバー代の金を出しそれをテーブルの上に置いた。そして、ヒラヒラと暁理に手を振ると、ファミレスの出口に向かって歩き始めた。

 そして、影人はファミレスを出て帰ってしまった。

「え、ちょ・・・・え!?」

 唐突に帰った影人に、怒りよりも戸惑いが勝った暁理は、呆然とした表情を浮かべながらそう声を漏らした。












「・・・・・後で暁理の奴から、怒り狂ったような電話が来そうだが、まあどうでもいいな。今は出来るだけ家にいなきゃならねえし」

 ファミレスを出て自転車に乗った影人は、少し面倒臭そうにそう呟いた。

 だが、仕方がないだろう。本当に必要不可欠な用事以外は、いま影人は外に出たくはない。別に引きこもりたいからとかいう理由ではない。影人にはちゃんとした理由があるのだ。

 影人は昨日ソニアの見送りの最中に、自分が抱えている疑問――本当に自分の妹である穂乃影が光導姫であるのかという疑問を、自分の目で直接確かめる事を決意した。ソレイユに聞く前にまずは自分の目で、それが影人が決めたことだ。

 そのための方法として、影人は穂乃影の後をつけるという方法を取ると決めていた。穂乃影は不定期のバイトをしている。穂乃影が本当に光導姫かどうか、その時に後をつければ全てわかるはずだ。

 そして、その方法を取るためには、穂乃影の近くに常にいる必要がある。現在、穂乃影は家にいる。なので、影人も出来るだけ家にいる必要があるのだ。

「・・・・・・・・9割は思い違いだと思うが、世の中は残り1割の確率も普通にあり得るからな。せっかく金髪から言葉もらったんだ。せいぜい、足がすくみそうになってもやり抜いてやるさ」

 夏の暑い風を全身で感じながら、影人は自宅へ向かって自転車のペダルを漕ぎ続けた。












「たでーま、だ」

 自分の家に戻って来た影人は、リビングに続くドアを開けると、帰宅の挨拶を口に出した。リビングのドアを開けた途端、涼しい空気が影人を出迎える。やはりクーラーは夏において最強だと実感する。

「おかえり・・・・・帰ってくるの、えらく早いね。友達に呼ばれたんじゃなかったの?」

「呼ばれたがしょもない話だったから、バックれて来たところだ。たぶん後で怒りの電話が掛かって来ると思うぜ」

 リビングのイスに腰掛けてノートと教科書を広げていた穂乃影が、帰って来た影人にチラリと視線を向けそう聞いて来た。妹の問いかけに、影人は端的にそう答えると、台所で手を洗う。

「バックれたって・・・・・・そんな事してたら、あなたと友達になってくれてる貴重な天然記念物さんが可哀想。急いで戻って土下座してくるべき」

「おい、妹よ。お前は普段どんな目で俺の事を見てるんだ・・・・・・・・?」

 無表情で平然とそんな事を言ってくる穂乃影に、影人は悲しい気持ちを抱きそう言葉を返す。穂乃影の言葉には、兄に対する敬いの気持ちなどカケラも存在しなかった。

「変人。それ以外に言葉が思いつかない」

 穂乃影は視線を教科書とノートに戻し、ペンを動かしながら即座にそう答えた。今日の穂乃影は学校には行かないため、私服姿である。黒色の半袖に黒の綿パンツ。高校1年の女子とは思えないほどに可愛げのない私服姿だ。

「俺のどこが変人だ。俺は至って普通の若者だぜ。それよか、夏休みの宿題か? 精が出るな」

 影人は手を洗ったついでに冷蔵庫から冷えたオレンジジュースのパックを取り出し、穂乃影が掛けている対面のイスに腰を下ろした。そしてテーブルにジュースのパックを置き、付属のストローを突き刺す。つい先ほど、ファミレスで烏龍茶をけっこう飲んだはずだが、自転車を漕いでいる間に、喉はカラカラになったいた。

「・・・・・違う。夏休みの宿題は5日前に終わらせてある。今やってるのは、夏休み明けの授業の予習」

「げっ、マジかよ。俺、予習なんかした事ないわ。つーかお前すげえな。俺なんか夏休みの宿題あと半分以上あるぜ? 夏休みあと6日くらいで終わりなのにヤバい」

「・・・・・・・・・・あなた、呑気にしてる場合なの?」

「大丈夫だ。本気を出せば1日で終わる。今はやる気でないし、面倒な事は未来の俺に任せるさ」

「・・・・・・未来のあなたが過去のあなたにキレてるのが容易に想像できる」

 影人の言葉を聞いた穂乃影は、呆れたような表情を浮かべた。本当に、適当なところは適当な人間だ。

「・・・・それよりあなた、来年は受験生でしょ。勉強しなくて大丈夫なの? まあ、夏休みの宿題も終わらせてない人にこう聞く意味はないと思うけど」

「意味がないと思うなら質問してくるんじゃねえよ。・・・・・勉強に関しては知らん。俺は別に頭もよくねえし、今のところ大学に行って学びたい事もない。だから、大学に進学するかも怪しいな。ま、来年の事なんて、来年になってみねえと分からねえよ」

 悩むような素振りもなく、影人はいま自分が思っている素直な考えを穂乃影に伝えた。来年は確かに影人にとってはそれなりに大切な時期だ。しかし、そんな事を今から考える気はあまりないし、そんな余裕も今の影人にはない。なぜなら、今年からスプリガンという仕事を始めさせられたからだ。正直今年は、通常の学業とスプリガンの事で手一杯だろう。

「・・・・・・そう。・・・・・あなたらしい」

 影人の返答に、穂乃影はそう言葉を述べた。その声音は影人の言葉をバカにするような声音ではなく、ただ納得するような声音であった。

「・・・・・・・・・・お前、でかくなったよな」

 ポツリと、本当にポツリと影人の口からそんな言葉が漏れ出た。目の前の艶やかな黒い長髪の、どこか大人びた雰囲気の少女が自分の妹なのだ。ついこの間までは、中学生だったはずなのに。

「・・・・・・急になに?」

 穂乃影は視線を上げて、訝しげな表情を浮かべた。そんな穂乃影に、影人は穂乃影を見つめたままどこか感慨深げにこんな言葉を放つ。

「いや、ふとそう思っただけだ。ちっちゃい頃は俺に懐いてた泣き虫だったお前が、今はこんなんだ。まあ、お互い思春期っていう面倒くさい時期で、昔よりかは話さないが、ちょっとの間に人は変わるもんだと思ってな。勉強面とかその他もろもろ、お前はたぶん俺を超えてるぜ。ふっふっふっ、誇れ。お前は兄を超えたんだ」

 影人が格好をつけた気色悪い笑みを浮かべながら、右手でサムズアップをした。影人のサムズアップを見た穂乃影は、呆れた表情を浮かべこう言葉を返す。

「別にあなたなんか超えたところで、嬉しくも何ともないけど・・・・・というか、私とあなたたった1歳差じゃない。そんな親目線な感じで言われても何も思わないし、ムカつくだけなんだけど」

「手厳しいな。ま、ごもっともだがな」

 影人は軽くおちゃらけた様子で穂乃影の言葉を肯定すると、前髪の下の両目を少し真剣なものに変化させる。

(・・・・・・・・俺は今のお前の事を、多分ほとんど知らないんだろうな。なあ、穂乃影。お前が光導姫だったら、俺は・・・・・・)

 目の前にいる妹の姿を静かに見つめながら、影人はそんな事を思うのだった。













「――ちょっと出てくる」

 同日の夜。午後9時過ぎ、リビングでスマホをいじっていた穂乃影は、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた母親にそう告げると、一旦自分の部屋に入った。そして、をズボンのポケットに入れると、スタスタと玄関に向かっていく。穂乃影はそのまま家のドアを開けると、外へと出て行った。

「・・・・・俺もちょっくらコンビニ行ってくるよ」

 母親と同じくリビングにいた影人は穂乃影が出て行ったのを確認すると、母親にそう告げて自分も家を出た。一応、ポケットに黒色の宝石のついたペンデュラムを忍ばせながら。

『くくっ、さあお楽しみの時間だぜ影人。てめえの妹は女神の操り人形か、純朴な羊か、果たしてどっちだろうな?』

「その言い方はやめろ。まだ分からんぞ、単純にアイスでも食いたくなっただけかもしれねえし」

 イヴの面白がるような声を頭の中に響かせながら、影人はそう呟く。まだ、穂乃影が不定期のバイトのために出かけたのか、それすらも分からないのだ。

 穂乃影より40秒ほど後に家を出たため、マンションの廊下に穂乃影の姿はない。だが階段を降りる足音は聞こえてくる。影人は廊下を出来るだけ音を出さずに走り抜けると、階段へとたどり着いた。

 影人がチラリと階段の下の方を覗いてみると、穂乃影の姿は見えなかった。影人は素早く階段を降りる。そしてマンションのエントランスの方に視線を向けた。

 穂乃影の姿が見えた。穂乃影はちょうどマンションのエントランスから外に出ようとしているところだった。

「よし、この距離感がベストだと踏んだぜ」

 影人は人生初めてとなる尾行を開始した。影人もエントランスを出ると、夜道を歩く穂乃影から適度な距離を維持しながら歩を進める。

 少しすると穂乃影が小走りになった。なぜ小走りになるのか影人は疑問に思ったが、穂乃影を見失わないために、影人も小走りをする。その際も、出来るだけ足音を立てないように意識しながら。

「はあ、はあ・・・・・・あ、あいつ結構速いな」

 穂乃影を追いかける影人は、息を荒くしながらそんな言葉を漏らした。穂乃影は小走りのはずなのに、その速力は中々のものだった。正直、スプリガン形態ではないモヤシの影人は、もう結構普通に走っていた。

 穂乃影は運動が苦手というイメージを影人は持っていた。それは小さかった時、穂乃影が運動があまり得意ではなかったからだ。

 だが、そのイメージは間違っていたらしい。こんなところも、影人は知らなかった。

 それから5分ほどだろうか。穂乃影と穂乃影の後を追う影人は走り続けた。夏の夜、ぬるい風を全身で感じながら2人は夜の街を駆ける。

 そして、風洛高校近くの路地で2人はを目撃した。

「アオォォォォォォォォォォォォォン!」

 月下に吠えるは、2足歩行の大型の獣。灰色の毛並みをしたソレには尻尾と鋭い爪が生えていた。

 一見すると犬のように見えるソレは、しかしよく見てみると目がつり上がっている。犬はあれほど目がつり上がってはいない。

 更に体の大きさも犬よりもがっしりとしているように感じられた。骨格も筋肉も犬とはわけが違う感じだ。

(ッ!? ありゃ狼か・・・・? いや、2足歩行の狼なんて普通は存在しねえ。あれは・・・・・・)

「・・・・・・・闇奴。狼の獣人型タイプか。また面倒な奴の相手を任された」

 電柱の陰から観察していた影人の答えを引き継ぐように、穂乃影は目の前の化け物の名を呟いた。闇奴。それは人間の心の闇が暴走させられ、肉体が変化し化け物にさせられた者たちの総称だ。

「グルゥゥゥゥゥ!」

 穂乃影の姿に気がついた闇奴が威嚇するように唸り声を上げた。今にも闇奴は穂乃影に襲い掛かって来そうだ。

「・・・・バイトを始める。――変身」

「ッ・・・・・・!?」

 ポケットから紺色の宝石のついた指輪を取り出した穂乃影。穂乃影はその指輪を自分の右の人差し指に装着すると、そう言葉を呟いた。そして、穂乃影の言葉を聞いた影人は、その表情を驚愕に染める。

 次の瞬間、紺色の宝石が眩い光を放った。眩い光が夏の夜の暗闇を照らす。

「・・・・・・『影装えいそう』の1、『影杖えいじょう』」

 光が収まると、穂乃影の姿が変化していた。穂乃影の服装は黒の半袖に黒の綿パンツから、紺色と黒色を基調とした長袖のコスチュームとスカートという服装に変化していた。

 穂乃影が続けてそう呟くと、穂乃影の影から真っ黒な杖が這い出て来た。穂乃影はその杖を右手で掴むと、それを狼の獣人型の闇奴に向かって構える。

「・・・・来い」

「グルァァァァァァ!」

 穂乃影の言葉に反応したように、闇奴は穂乃影に向かって襲い掛かった。

(穂乃影・・・・・・・・お前は、お前はやっぱり・・・・・・・光導姫だったのか・・・・)

 その光景を電柱の陰から見ていた影人は、呆然としながら内心そう呟いた。

 この日、影人は穂乃影が光導姫であるという事実を知った。

 心の底から、完膚なきまでに。

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