第128話 歌姫オンステージ(15)

「はあ、はあ・・・・・・って、うわわ!? わ、私の手が燃えてる!?」

 アイティレを吹き飛ばした陽華は、自分の右手に炎が灯っている事に気がつくと、驚いたようにそう声を上げた。

「あれ? でも熱くない・・・・?」

 陽華は自分の手に炎が宿っているというのに、熱を感じない事に気がついた。何とも不思議な現象だ。

「――それはそうだろう。それはただの炎ではない。君の能力によって発現した炎だからな。使用者が熱を感じる事はない」

「アイティレさん・・・・・・・・・?」

 下げていた視線を戻すと、正面からいま吹き飛ばしたアイティレが歩いて戻って来ていた。アイティレは咄嗟に防御をしていた。そのため吹き飛んだといえど、それほど勢いよく飛ばされなかったのだろう。そして空中で姿勢を整えてすぐに着地した。流石は光導十姫といったところだ。

「おめでとう、陽華。君は壁を超えた。その炎が、君の光導姫としての性質であり能力だ」

「これが私の・・・・・・」

 自分の右手に揺らめく炎を見つめながら、ポツリと言葉を漏らす陽華。だが、陽華はハッと何かに気がつくとアイティレの腕に視線を向けた。 

「ア、アイティレさん大丈夫でしたか!? 私、炎が出るなんて思ってなかったから、つい本気で殴っちゃいましたけど!?」 

「ああ心配するな。服が多少焦げて少し火傷をしたくらいだ。服は次に光導姫形態になった時に元に戻るし、火傷も軽く治療すればすぐに治る」

「そ、そうですか。よかったー・・・・・」

 アイティレは自身の右手に視線を向けながら、陽華にそう言った。アイティレの白い軍服風の衣装は前腕部辺りが黒く焦げ付いており、その下の雪のような白い肌には赤い傷跡がある。しかし、今アイティレが説明した通り、心配する程の事ではない。陽華はホッとしたように息を漏らした。

「全く、大したものだよ。2人同時に壁を越えるんだからな」

「2人同時・・・・・・・・?」

「見てみろ」

 不思議そうな顔を浮かべる陽華に、アイティレは自分から見て右、陽華から見て左の方に指を指した。陽華はアイティレの指の先、ここからかなり離れた遠距離タイプの研修場所に視線を向けた。

「明夜・・・・・・・」

 そこにいたのは水の龍を従える親友だった。明夜は陽華と同じように、教官役である真夏と何かを話しているようだった。

「あの水の龍を見れば分かる。明夜は君と同じように自分の壁を超えた。君たちはだいたい何でも一緒だが、まさか強くなる時も一緒だとはな」

 アイティレが笑みを浮かべる。陽華は釘付けられたように、その視線を明夜に向け続けた。

「ッ・・・・」

 すると、明夜もこちらの方に気が付いたのか、顔を陽華の方に向けて来た。明夜は陽華の姿を見ると、笑いながら拳を突き出した。

「ふふっ、やったね明夜」

 陽華も燃える拳を前方に突き出す。先ほどの約束はお互いに果たした。2人の心は今、1つだった。

「ようやった、ようやったで陽華! 自分、ホンマに最高やで!」

「わわっ!? か、火凛?」

 いきなり肩に誰か組みついてきたので確認してみると、火凛だった。火凛はまるで自分の事のように喜んでいる。

「そうかそうか、陽華の能力は火やったか! ええやん、自分にピッタリやで!」

「う、うん。それは分かったし、嬉しいんだけど・・・・・・・・」

 陽華は苦笑いを浮かべながら、チラリと視線をアイティレに向ける。陽華の能力が発現したといっても、今は実戦研修中だ。こんなに火凛が浮かれていては、真面目なアイティレがいったい何を言うかわかったものではないと、陽華は思ったからだ。

「ふっ、気にするな。私もそこまで野暮ではないさ。それに、見てみろ陽華。君が壁を超えた事によって、他の光導姫たちも君に注目している。どうやら、いい刺激になったようだ」

 しかし、アイティレは陽華の考えている事など見通すようにそう言った。そして、アイティレの言うように後ろの方を見てみると、順番を待っている光導姫たちが、驚いたような顔を浮かべていた。「すごい・・・・・」「ッ、私も負けてられない・・・・!」「私だって!」といったような声が聞こえてくる。そして、それは明夜の方も同様だった。今ほとんど全ての光導姫の視線は、陽華と明夜に集中していた。

「・・・・・・・中々やりますね」

 そんな2人に視線を向けながら、そう言葉を漏らす少女が1人。遠距離タイプの研修場所の後方にいたその少女は、紫と黄色を基調としたコスチュームを纏っていた。上品な雰囲気のツインテールの少女。彼女の名は双調院典子。1番初めに自身の能力の強化に成功した少女であり、陽華と明夜と同様に1つの壁を超えた少女である。 

「やっぱり・・・・・口だけの方々ではないみたいですね」

 典子はフッと笑みを浮かべてそんな言葉を呟いた。

「さて、ではそろそろ研修に戻るぞ。皆もレッドシャインのように思いを燃やして私に挑んでこい。そして、次の相手は君だな。1番近い所にいるという事はそういう事だろう?」

 アイティレが陽華を光導姫名で呼びながら、そんな言葉を自分の担当の光導姫たちに掛ける。そしてそのついでに、陽華に組みついている火凛の肩にポンと手を乗せた。その顔は、どこか意地が悪そうだった。

「え・・・・? い、いやウチの出番はもうちょい後やし、遠慮させてもらいますわ!」

「なに、遠慮はいらない。友が壁を超えたんだ。次は自分の番だと思い、出て来たのだろう? その思いは素晴らしいものだ」

「ちょ、違っ・・・・・! ウ、ウチはまだ・・・・・・・・い、嫌やーーーーーー!」

 陽華から引き剥がされた火凛は、アイティレに肩を掴まれながら引きずられていった。

「あ、あはは・・・・・アイティレさん、真面目だけどたまにちょっと意地悪な所あるからなー・・・・」

 アイティレに引きずられていく火凛を見ながら、陽華は苦笑いを浮かべる。火凛は「助けてえな陽華! ウチら友達やろー!?」と叫び、陽華に助けを求めて来たが、陽華はその叫びを無視した。まあ、世の中には仕方ない事があるのだ。

「・・・・やっと少しは強くなれた。でも、まだまだだ。あの人に追いつくには、困っている人たちを助けられるためには・・・・・・・・」

 陽華は自身の右手に視線を落とし、そう呟いた。自身の右手に揺らめく炎。陽華が1つの壁を超えた証。しかし、まだこの程度では全然足りない。

「うん、だけど・・・・・・・今は素直に嬉しいや! 私はきっと、まだまだ強くなれる!」

 陽華は心の底から嬉しそうに笑みを浮かべると、燃える拳を天高く突き上げるのであった。














「――皆さん、お疲れ様でした。本日で、研修は全て終了しました」

 8月15日水曜日、午後4時30分ごろ。扇陣高校第3体育館内に、扇陣高校校長、神崎孝子の声が凛と響いた。

「2週間に及ぶ研修に誰1人欠ける事なく、最後まで参加してくださった事にまずは感謝を。本当にありがとうございました」

 孝子はピシリと並んでいる光導姫と守護者たちに、頭を下げてそう言った。そして、頭を上げこう言葉を締め括った。

「今の皆さんは2週間前の皆さんよりも、確実に知識をつけ強くなっています。その知識と強さを以て、自分の思いに従ってこれからも戦ってください。私からは以上です」

 笑みを浮かべそう言った孝子に、光導姫と守護者から拍手が送られる。この場には、孝子と新人の光導姫と守護者以外にも、研修の教官役であったアイティレ、風音、真夏、刀時、光司、そして補助役であった穂乃影もいたが、そのいずれも同じように拍手を送っていた。

「いやー、終わった終わった。ほんま、えらいキツい研修やったで」

 研修の全てが終わり解散という事になると、火凛がグッと伸びをしながらそう言葉を漏らした。その顔からは解放感が窺える。

「お疲れさま、火凛。ふふっ、火凛頑張ったもんね。能力も発現したし」

「おおきに陽華。そっちもお疲れさんや。おー、ほんま頑張ったで。最後なんか気合いや気合い。こなくそーって思いながらやったら、なんか発現しよったしな」

 そう声を掛けて来た陽華に、火凛はニカリと笑いそう答えを返す。火凛が能力を発現したのはつい先程で、火凛の能力は陽華と同じように炎だった。

「お、お疲れさま2人とも・・・・・」

「お疲れカツカレーよ」

 陽華と火凛がそんな話をしていると、後ろから暗葉と明夜がそう言って合流してきた。

「あ、お疲れ明夜、暗葉。暗葉も能力の強化おめでとうー!」

「あ、ありがとう陽華・・・・・・・な、何とか出来た。こ、これも私なんかを応援してくれた、3人のおかげ・・・・」

 暗葉は照れるように陽華と明夜と火凛にそう言った。暗葉も火凛と同様に、つい先ほど最後の実戦研修で能力の強化に成功したのだった。

「そんな事ないよ! 暗葉の思いの力だよ!」

「そうよ。暗葉が強くなりたいって思ったから、強くなったのよ」

「そやそや、もっと自信持ちや暗葉。あんたは大した奴やで!」

「み、みんな・・・・・ありがとう」

 陽華、明夜、火凛の言葉を受けた暗葉は、驚いたような表情を浮かべ、笑みを浮かべた。その笑みは今まで見た暗葉の笑顔の中で1番輝いていた。

「でも、そっか。これで、火凛と暗葉とはお別れなんだね・・・・そこは、寂しいな」

「・・・・・・そうね。研修が終わったんだから、2人はそれぞれの地元に帰るんだもんね」

 陽華が寂しそうに呟くと、明夜も寂しそうな顔を浮かべ頷いた。暗葉と火凛は東京とは違う県や府から来ている。今日で研修が終了したという事は、暗葉と火凛とはお別れ、という事だ。

「まあ、そやな。確かにウチも寂しいわ。でも、一生の別れやない。アドレスも交換したし、いつでもウチらは繋がっとる。直接は会えんでもウチらは一緒や。それに、会おうおもたら会える距離やしな」

「そ、そうだよ・・・・・! わ、私なんか住んでるの埼玉だし、東京なんていつでも来れるよ・・・・! わ、私この研修に参加してよかった・・・・・だって素敵な友達が出来たから・・・・・・・・!」

 しかし、この研修で出来た友人たちは、寂しがる陽華と明夜を励ますようにそう言ってくれた。火凛と暗葉の言葉に励まされた2人は、顔を見合わせるとクスリと笑った。

「確かに・・・・・・そうだよね! 行こうと思えば、大阪も埼玉も普通に行ける距離だし!」

「逆に今度は私たちが、大阪と埼玉に行くわ。またみんなで会いましょう」

「おう、きいや。大阪案内したるさかい」

「さ、埼玉も何にもないって言われてるけど、いい所だから、き、来てね」

 それから4人はしばらく話し合って、全員で晩御飯を食べようという話になった。火凛も帰るのは明日で、暗葉も許可はもらったから大丈夫という事なので、そうしようという事になったのだ。

 ただ、晩御飯の時間まではまだ時間があるので、それまでは時間を潰そうという事になった。それならば、駅を1つ跨いだところに大型のショッピングモールがあるから、そこに行こうという流れになった。

「そういや今日からやったな、歌姫様のライブ。ええな、せっかくやからウチもソニア・テレフレアの生歌聞きたかったで」

「確かに、せっかく日本に来てるなら聞きたかったなー。でも、ライブのチケット3日間ぶんすぐに売り切れたって話だし、もう無理だよね」

「確か、光導姫でランキングも2位って話だったわよね。全く、アイティレさんや聖女様といい、天は人に二物も三物も与えすぎよ。クレームつけてやろうかしら」

「さ、流石にクレームは無理だと思うよ明夜・・・・・・・?」

 扇陣高校の第3体育館を出た火凛、陽華、明夜、暗葉の4人はそんな事を話しながら、駅へと向かうべく扇陣高校の校門を目指した。

「――朝宮陽華さん、月下明夜さん。少しだけお話しをいいかしら?」

 すると、後方から陽華と明夜を呼ぶ声が聞こえた。陽華と明夜、それに火凛と暗葉も後ろを振り返った。

 紫色のジャージにツインテールの髪型。そこにいたのは、双調院典子だった。

「なんや双調院のお嬢様かいな。ウチらに何の用や? ああん?」

 典子の姿を見た火凛が軽く睨みつけるように、そう質問した。言葉と表情も相まって、かなりガラが悪い。どこぞのチンピラのようだ。

「いえ、正確には朝宮さんと月下さんだけに用があるのですが・・・・まあ、いいでしょう」

 典子はガラが悪い火凛に眉をひそめながらそう言うと、不思議そうな顔をしている陽華と明夜にこう言ってきた。

「昨日の研修で、あなた達の思いは見させてもらいました。あなた達のスプリガンに対する考え方はどうであれ、あなた達の思いは本物。その思いは、光導姫として、人として尊敬するに値するものでした」

 典子は真っ直ぐに陽華と明夜を見つめながら、こう言葉を続けた。

「私は正直に言って、あなた達を見くびっていました。甘い考えの光導姫たちだと。そして、朝宮さんにちょっかいを掛けたのは、そのような認識から来る私の程度の低さが原因でした。まだまだ、私も精神が幼かったようです。これからはもっと精神面の修行も取り入れて――」

「ああもう、ごちゃごちゃと! 結局、自分は陽華と明夜に何が言いたいねんな? もっとシンプルに言いや! あんたの話は何を伝えたいんかようわからんねん!」

 典子の話に我慢が限界といった感じで、火凛が典子の話の最中にそう言葉を割り込ませる。火凛の言葉を聞いた典子は、一瞬どこか唖然としたような表情になったが、「確かに・・・・・その通りですね」と軽く笑みを浮かべた。

「すみません。どうもこういう所は私の悪癖でして・・・・・・・・・私が言いたかったのは、あなた達に対して謝罪したいという事です。ごめんなさい、朝宮さん、月下さん。考え方が違うとはいえ、私はあなた達を軽んじていました。その事を謝罪します」

 典子は真剣な顔で陽華と明夜にそう言うと、頭を下げた。典子から謝罪の言葉を受けた2人は、慌てたように典子にこう言葉を返した。

「いやいや、頭を上げてよ双調院さん! 確かに、私は多少はあなたに苛ついた事もあったけど、そんなに深く謝られる程の事じゃないし!」

「そうよ、別にそれ程気にしてなかったし。というか、双調院さんの考え方は別に普通だと思うわ。私たちの考え方は、正直甘いって言われても仕方ないものではあるしね」

 陽華と明夜のその言葉に典子は顔を上げると、真剣な顔で軽く頭を振りながらこう言った。

「いいえ、謝罪するべき事なのです。そうしなければ、ケジメにはなりませんから」

 典子はそう言って、右手を陽華と明夜に出してきた。そして、口元を少しだけ緩める。

「朝宮さん、月下さん。私とご友人になってはいただけないでしょうか? 考え方は違えども、同じ光導姫という仲間として、またあなた達に1人の人間として尊敬の念を抱き、私はあなた達と仲良くなりたい・・・・・・そう思っています」

「「ッ!」」

 典子のその言葉を聞いた2人は、一瞬驚いたような表情になるが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべると、典子の差し出された手を掴んだ。

「もちろんだよ! 私たちも双調院さんと友達になりたい! よろしくね、双調院さん!」

「新しい友達ゲットね。私も嬉しいわ。よろしく、双調院さん」

「お2人とも・・・・・ありがとうございます」

 陽華と明夜にそう言われて手を掴まれた典子は、2人と同じように嬉しそうに笑うと、そう言葉を述べた。

「・・・・まさかの展開やな。こうなるとは、予想もしてへんかったわ」

「う、うん・・・・・・・・でも、陽華と明夜だから・・・・ふ、2人には不思議な魅力がある・・・って私は思う」

 その様子を見ていた火凛と暗葉は、どこか暖かな顔を浮かべながら笑みを浮かべていた。陽華と明夜の不思議な魅力。暗葉の言ったその言葉は、火凛も分かるような気がした。

「まあ、陽華と明夜の友達やったら、ウチらとも友達や。なあ、双調院はん。時間あるか? ウチらこれからショッピングモール行って、夜飯食うんやけど、せっかくやから一緒に行かんか?」

「え? 確かに時間はありますが・・・・・」

「なら行こうよ双調院さん! きっと最高に楽しいよ!」

「友達が多い方が絶対楽しいし盛り上がるもの。行きましょう、双調院さん。今日はパーリィナイトよ」

「パ、パーリィナイト・・・・・た、楽しみ」

 火凛の突然の誘いに、戸惑った典子。しかし、火凛の誘いに賛成するように、陽華、明夜、暗葉もそれぞれ楽しそうな顔を浮かべた。

「なら行くで! 友達らしく親睦を深め合おうや!」

 火凛は、陽華と明夜の手に握られている典子の手に自分の右手も重ねた。

「「そうそう!」」

 陽華と明夜も典子の手を掴んだままそう言って、

「い、行こう・・・・・双調院さん」

 暗葉も右手を典子の右手に重ねた。

 そして4人は典子の手を引いた。

「ちょ、ちょっと皆さん・・・・・・・!?」

 典子は4人に手を引かれるまま、4人と一緒に行動を共にした。だが、その顔はどこか嬉しそうでもあった。

 こうして5人の少女たちは、夕日が照らす中、共に歩いていくのだった。


 ――新たなる力、新たなる仲間。陽華と明夜がこの研修で得たものは、本当に大きなものだった。

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