第127話 歌姫オンステージ(14)

「はああああああッ!」

「遅い!」

 白に包まれた世界の中、暖色系のコスチュームに身を包んだ少女――陽華の気合いのこもった声が響く。その声に厳しい声を返したのは、軍服風の服装に身を包んだアイティレだった。 

 陽華の右のストレートを回避したアイティレは、陽華の腹部に蹴りを叩き込むと、そのまま陽華を吹き飛ばした。

「ぐっ・・・・・・・!?」

「貴様の思いはその程度か? その程度ならば、しばらく寝ているんだな。――次ッ!」

 アイティレは陽華を吹き飛ばすと、次の光導姫へとそう呼びかけた。アイティレに呼ばれた光導姫は「は、はいッ!」と返事をすると、アイティレの方へと向かっていった。

「い、いたたた・・・・・・・・・流石アイティレさん、容赦ないや」

「大丈夫かいな陽華? 全く、ほんまに鬼やで『提督』はんわ」

 吹き飛ばされた陽華を心配するように、関西弁を話す少女、御上火凛がそう言葉を掛けてきた。火凛は、赤色と白色を基調とした浴衣のような服に身を包んでおり、右手には大きな斧を携えていた。火凛の光導姫としての姿だ。

「うん、大丈夫。アイティレさん、本気では蹴ってないから。それにしても・・・・・・中々能力発現しないね、私たち」

「ほんまにな。近距離型の光導姫は、戦闘能力は高いけど、浄化力はそれほど高ない場合が多い。だから、その浄化力を能力でカバーする・・・・・っちゅう話やけど、その能力を発現させんのが、こないムズイなんて知らんかったわ」

 陽華の言葉に同意するように、火凛がため息を吐く。午後の研修が、この実戦研修に移って今日で6日目だ。

 今日は8月14日の火曜日。時刻は午後2時過ぎ。扇陣高校第3体育館内では、『メタモルボックス』のプラクティスルームを使用し、新人の光導姫と守護者の研修が行われていた。

「ふっははは! その程度の気持ちじゃ、力の強化なんて夢のまた夢よ! もう1回出直しなさい!」

「――残念ながら、あなたの芯はまだ固まっていないみたいですね」

 陽華と火凛が言葉を交わしていると、そんな声が聞こえてきた。それぞれ声は違う場所から聞こえてくるが、2人はその声の主を知っていた。光導姫ランキング10位『呪術師』の榊原真夏と、光導姫ランキング4位『巫女』の連華寺風音だ。

「おーおー、明夜も吹き飛ばされよったで。しかも次は暗葉やん。暗葉、相変わらず足ガクガクやけど、あれ死んだな」

 真夏に綺麗にぶっ飛ばされた明夜を見つめながら、火凛がそう呟いた。そして火凛の視線の先には、緑と黒を基調とした装束を纏った暗葉が、生まれたての子鹿のような姿で立っていた。一応、あの姿が暗葉の光導姫としての姿だ。

「にしても、ほんまよう出来とるでこの研修。近距離、遠距離、バランス型、それぞれの光導姫のタイプに合わせて、その最高レベルの光導姫が相手をする・・・・・最上位と自分のレベルを実際に感じつつも、能力の拡張と強化を促すんやからなー」

「うん、私もそう思う・・・・・・・・正直かなりキツイけど、この研修を乗り越えた時、私は絶対に強くなってる。それが確信できるもん」

 『実戦研修』。光導姫の場合、その形式はそれぞれ3人の教官の中から、自分と同じ戦闘タイプの教官を選び、問答し戦うという形式を取る。つまり、今回の研修の場合だと、近接型の光導姫はアイティレと、遠距離型の光導姫は真夏と(正確に言うと、真夏のタイプは特殊型寄りだが、真夏は基本的には遠距離で戦うため、今回の場合は遠距離タイプの教官をしている)、バランス型の光導姫は風音と戦うという形になる。なお、光導姫のタイプには例外として特殊型があるが、今回研修生に特殊型の光導姫はいないので、特殊型の教官はいない(いた場合は、真夏が遠距離型と一緒に担当するはずだった)。

 この実戦研修の目的は、光導姫の能力の性質の拡張・強化である。能力が未だに発現していない光導姫は能力の拡張を、能力が発現している光導姫は能力の強化を目的としている。陽華と火凛は、未だに能力が発現していないので拡張を目的に、明夜と暗葉は能力が発現しているので強化を目的、という形になる。

 しかし、実際にはこの能力の拡張、又は強化は一筋縄ではいかない。強い正の感情を抱き、本当の本気でその感情を昇華させなければ、能力の拡張又は強化は果たされない。現時点で、能力の拡張又は強化に至った光導姫はまだ1人だけだ。

「まあ、それは間違いないやろな。こんだけ格上にボコられてたら、嫌でも強なるわ」

「・・・・・・双調院さんは凄いね。昨日で能力の強化に至ったんだから。それだけ、双調院さんの覚悟と気持ちがあったって事だし」

「いけ好かん奴やったけど、実力と気持ちは本物やったな。でも、ウチはあのお嬢様に負けるつもりはないで。ウチはもっと強くなって、もっと金を稼ぐんや。やから、死んでも能力の拡張したるわ!」

 グッと左の拳を握り、火凛は強気な笑みを浮かべた。その火凛らしい理由と、笑みを見た陽華は思わずクスッと笑ってしまった。

「やっぱり、火凛は火凛だね! うん、まだまだ、くよくよなんてしてられない! 私も強くなるんだ。あの人みたいに。そして、その力で困っている人たちを助けたい!」

 ガンッと両手のガントレットを合わせながら、陽華も決意の言葉を口にする。陽華は強くなりたい。自分や明夜を助けてくれたスプリガンのように強く。強くなって、闇奴や闇人といった闇に落ちた人々の心を晴らしてあげたい。いや、欲を言えばいま言ってように、困っている全ての人々を助けたい。

 だって朝宮陽華という人間は、人の笑顔を見るのが大好きだから。

「ふっ、その意気よ陽華」

 すると、そんな声が聞こえて来た。声のした方向を見ると、真夏に吹き飛ばされていた明夜が、陽華と火凛のいる方に歩いて来ていた。

「私の思いも陽華と同じ。私も強くなって、人を助けたい。だから・・・・・今日で壁を超えて、一緒に強くなるわよ、陽華」

 寒色系のコスチュームを纏い左手に杖を持った明夜が、右手を拳にして陽華の前に突き出して来た。その顔は笑みを浮かべていた。

「うん! 今日で、いや次の戦いで壁を越える! やるよ明夜! 一緒に強くなろう!」

「ええ、なら次で超えたりましょう」

 陽華は元気いっぱいの笑みを浮かべ、突き出された明夜の拳に自分の右の拳を、ゴチンッと突き合わせた。

「おー、ええなあ青春って感じや! よっしゃ、ウチも気合いが更に入って来たで! 絶対に今日で壁を超えたるわ!」

 その2人の様子に感化されたように、火凛がメラメラとその瞳を燃やした。

「火凛なら大丈夫だよ! じゃあ明夜、また後でね! 暗葉にも頑張ろうって伝えておいて!」

「任されたわ。火凛も頑張って」

 明夜は陽華の言葉に頷くと、再び真夏の担当する遠距離タイプの研修場所へと戻っていった。

「よしっ! 今なら、絶対いける気がする!」

「おうよ! 絶対にいけるで!」

 陽華と火凛も気力全開といった感じで、自分たちの担当教官であるアイティレの元へと戻っていった。











「次ッ! ――ほう、先ほど吹き飛ばしたのにもう向かって来るか。だが、ただがむしゃらに向かって来るだけなら、何の意味もなく何度も吹き飛ぶだけだぞ、陽華」

「分かってます。もう何十回もアイティレさんにはぶっ飛ばされましたから。でも、今回は違います。本気の本気の思いで、私は壁を超えます! 今回ぶっ飛ばされるのは、アイティレさんです!」

 研修に参加している光導姫を、新たに吹き飛ばしたアイティレが、陽華に向かってそう言葉を投げかけてくる。そんなアイティレに、陽華はガントレットを纏った拳を構えながら、真っ直ぐに宣言を行った。

(・・・・・・・・気力が今まで以上に充実している。確かに、今までよりかは期待できそうだな・・・・)

 自分の前に立つ陽華の気迫が、この研修が始まって以来最も強い。アイティレは陽華の姿を見てそう感じた。

「いいだろう・・・・・ならば、貴様の強い正の感情を以て、壁を超えてみせろ!」

「超えて・・・・・・・・みせます!!」

 両手の銃を構え戦闘態勢を取ったアイティレに、陽華は真正面から突っ込んだ。

「会長。陽華との約束なので、私はこの戦いで今の私の限界を超えます。だから、真夏さんには一泡といかずに二泡三泡くらい、吹いてもらいますよ」

 一方、奇しくも陽華と同じタイミングで真夏の前に立った明夜は、不敵な顔でそんな宣言を行った。

「へえ、私に泡を吹かせるとは大きく出たわね。じゃあ、期待してまたボコボコにしてあげるから、掛かって来なさい! 名物コンビのアホの方!」

「誰がアホの方ですか!? 絶対泡吹かせてやるんだからッ・・・・・・!」

 真夏のその呼び方に、思わずツッコミを入れた明夜は杖を構えると、氷と水の魔法を行使した。

 自分の戦闘タイプの教官と、それぞれ同時に戦いを始めた陽華と明夜。この戦いで絶対に壁を超える。先ほどの約束で2人の気力は、この研修が始まって以来最高にまで高まっている。そんな2人に、友人である火凛と暗葉は応援の言葉を投げかける。

「頑張れやー! 陽華、明夜! あんたらなら絶対いける! 限界超えてみせえや!」

「が、頑張れ・・・・・! ふ、2人なら、大丈夫・・・・・・・!」

 火凛は普段も大きい声を更に大きくして、暗葉も自分に出せる精一杯の声で応援した。そして友人2人のその声は、陽華と明夜にしっかりと届いていた。

((ありがとう、火凛、暗葉・・・・・・・・!))

 言葉には出さなかったが、内心で陽華と明夜はそう感謝の言葉を述べた。

「では、第1の問いかけだ。――お前はなぜ、光導姫になった?」

「1つ目の問いかけよ。――あんたは何で、光導姫になったの?」

 教官であるアイティレと真夏が、陽華と明夜にそんな質問をした。この『実戦研修』は、戦いながら教官が問いを投げかけ、研修生である光導姫がその問いに答えるというもの。そのため、アイティレは陽華の拳や蹴りを避けいなしながら、真夏は明夜の水や氷の遠距離攻撃を自身の呪符で迎撃しながら、問いかけを行なっていた。

 なお、問いかけの形式は決まったものもあれば、決まっていないものもある。例えばこの「なぜ光導姫になったのか」という問いかけは、ほとんど絶対使われる形式だ。決まっていない形式に関しては、教官である光導姫の裁量に任せられている。

「私が光導姫になったのは、困っている人を助けたいからです! 闇奴になった人たちは、勝手に心の闇を利用されて困ったり苦しんでると思うんです! 私は、そんな人を助けたい!」

「自分が闇奴になってしまった人を助けたいと思ったからです。助けられるのなら、助けたい。それが人ってものでしょう・・・・・!」

 研修中に幾度も問いかけられたその問いに、陽華と明夜も幾度目となる答えを返す。2人の答えは変わらない。この原初の思いだけは絶対に変わらない。

「相変わらず答えだけは立派だ。だが、貴様にはその思いを実現するだけの力がない」

「傲慢な答えね。私にはあんたの答えが偽善にしか聞こえないわ」

 陽華と明夜の答えに、否定的で厳しい言葉を述べるアイティレと真夏。この研修の教官である2人は、光導姫に厳しい態度を取り、その問いの答えを否定しなければならない。それが2人の役目だからだ。

「第2の問いかけだ。――貴様が強くなりたい理由は何だ?」

「次、2つ目ね。――あんたはなんで強くなりたいの?」

 アイティレと真夏が2つ目の質問を行う。アイティレは激しさを増す陽華と肉弾戦を演じながら、真夏は攻撃のバリエーションを増やす明夜の遠距離攻撃をいなしながら。これも形式通りの問いかけだ。

「決まってます! 強くなったら、それだけ助けられる人が増えるからです! それに・・・・・」

「人を助けたいなら・・・・・・・強くならないとでしょ・・・・・・! それに・・・・・」

 陽華と明夜は先ほどと同じように答えを返す。第2の問いは第1の問いに関連するような答えだった。まあ、第1の問いと第2の問いは少し重複したような側面があるので、関連するような答えは仕方が無いだろう。

 だが、陽華と明夜の答えはそれだけではなかった。

「「追いつきたい人がいるんです・・・・・・・!」」

 様々な思いを込めて、2人は答えの続きを吐き出した。2人の脳裏に浮かぶは、金目の黒衣纏う男。何度も自分たちの命を助けてくれた、妖精の名を持つ男だ。2人は誓ったのだ。あの人の、スプリガンの強さに追いつこうと。あの人みたいに強くなろうと。

「・・・・・スプリガンか。お前はアレの強さに追いつこうというのか」

「あの格好つけた怪人の事? まあ、アレは確かに強いものね」

 アイティレと真夏は、2人が言っている人物が誰か分かった。アイティレは当然のことながら、真夏に関しては、陽華と明夜のスプリガンに対する思いをこの研修の期間に知ったからだ。

「端的に言ってやろう。無理だ。お前は奴の強さには追いつけない」

「でも無理よ。私は2日前に初めてあいつを見たけど、あんた程度じゃ絶対にアレには追いつけないわ」

「「ッ・・・・・!」」

 そして、アイティレと真夏は無情に陽華と明夜に向かってそう宣告したのだった。その宣告を受けた2人の顔色が少しだけ変化する。

「認めるのは癪だが、奴の強さは本物だ。化け物、と評しても妥当だろう。奴はそれほどまでに強い。・・・・・・お前如きが、奴に追いつくのは不可能だ」

「アレに追いつくなんて、大言壮語もいいとこよ。この世には無理なもんがあるのよ。あんたの答えはそれに入るわ」

 最上位の光導姫たちは、形式通りに、そして本心からそう言って2人の思いを否定した。

 アイティレも真夏もスプリガンとは2日前に釜臥山で邂逅している。2人は直接スプリガンと戦いはしなかったが、スプリガンの力の一端は目の当たりにしている。アイティレは何度目かだったが、真夏は初めてスプリガンの力を目撃した。

「「それでもッ・・・・・・・!」」

 否定の言葉に抗うように、陽華と明夜はそう言葉を呟く。そんなことは分かっている。今の自分たちでは絶対にスプリガンに追いつけないことは。

「私は、強くなるんだッ! 絶対に、絶対に! 無理でも何でもッ! そんなもんのは越えるんだッ!」

この想いは誰にも負けない! 私たちはこの想いを、力に昇華してみせる!」

 だが、それがどうした。今の自分が無理ならば、今の自分を越えるだけだ。そして超えた自分でも無理ならば、またその自分を越えるだけだ。

「「ッ・・・・・!?」」

 陽華と明夜の気迫に応えるように、2人の力が上がる。陽華はその身体能力が、明夜は魔法の威力が。2人のその様子にアイティレと真夏が息を呑む。

 光導姫の力は光の力。光の力の源は、人間の正の感情。今の2人は、正の感情、その感情を含む気持ちが凄まじいまでに強くなっていた。

「はああああああッ!」

「行けッ! 水の蛇ッ!」

 陽華の渾身の右ストレートがアイティレに向かって放たれる。明夜の全力の魔法による水の蛇が、真夏を襲う。

 だが、

「無駄だ!」

「無駄よ!」

 アイティレと真夏は2人にそう言った。アイティレは陽華の右手を凍域とういきを発動させて凍らせた。陽華とアイティレは近接戦を演じている。それが示すのは、アイティレの凍域の範囲内だという事だ。アイティレは、発動させようと思えばいつでも凍域を発動させる事が出来た。

 一方の真夏は、明夜が放った水の蛇に対して蝙蝠扇子による呪いの風を放った。呪風を浴びた存在は呪いを受ける。それは例え能力によって生み出された水の蛇だろうと例外ではない。風を浴びた水の蛇は、呪いによりその形を崩し始める。

「「ッ・・・・・・!?」」

 右手を凍らせられた陽華と、水の蛇を無力化された明夜の表情が一瞬だけ歪む。

 しかし、

「こんな氷じゃ、私のこの熱い気持ちは止められないッ!!」

「蛇でダメなら、龍よ! 壁を越える! 水の蛇よ、水の龍へとその姿を変えろッ!」

 2人の想いはその程度では止まらなかった。そして、2人のその想いはようやく形ある力へと昇華した。

 陽華の凍った右手に突如炎が灯る。その炎は凍っていた陽華の右手を溶かした。

 明夜の形を失いかけていた水の蛇が、水の龍へとその姿を変えた。水の龍は呪風を受けてもその形を変えずに、真夏へと牙を剥く。

「なに・・・・・!?」

「ちょ、マジ・・・・・・!?」

 その光景にアイティレと真夏が目を見開く。

 陽華の炎の拳を、アイティレは咄嗟に腕を交差させて受け止めた。だが衝撃は殺し切れずに、アイティレは後方へと吹き飛ばされた。 

 明夜の水の龍に、真夏は咄嗟に呪符を展開し防御しようとしたが、水の龍はその呪符を噛み潰すと、その尾で真夏を吹き飛ばした。 

 ―― 2人は遂に1つの壁を超えたのだった。

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