第125話 歌姫オンステージ(12)

 シェルディアに血を吸われた事によって、気を失ってしまった風音。気を失った事により、風音の変身は刀時や真夏と同様に解けてしまう。そして、光導姫の力で顕現していた龍神も、光の粒子となって消え去った。

「・・・・・ぷはっ。うん、とても甘く濃厚な血だったわ。それでいて、エネルギー量も充分。さすが、巫女の血ね」

 気を失った風音の首元から牙を抜いたシェルディアは、ペロリと口元を舐めながらそう呟く。風音は気を失っているため、体から完全に力が抜けている。シェルディアはそんな風音の体をしっかりと支えていた。

 シェルディアは、自分の牙を突き立てた風音の首に軽く手を当てた。すると、シェルディアが突き立てた牙の後は、綺麗さっぱりに修復されていた。

「わざわざ手厚いですね。光導姫に対して優しすぎませんか?」

 シェルディアの方に歩いて来たキベリアが、そんな言葉を投げかけてくる。キベリアのどこか揶揄するような言葉に、シェルディアはこう言葉を返す。

「いいのよ、対価はしっかりともらったから。これくらいはサービスよ」

 シェルディアは、気を失った風音をゆっくりと地面に寝かせる。血を頂いたといっても、シェルディアは失血死をするほど血を吸ってはいない。せいぜい、人間の身体に影響がない程度だ。それがシェルディアなりの流儀だ。失血死するまで血を啜るのは、下品に過ぎる。

「それにしても、あなたたちよく手を出してこなかったわね。私、何も言わなかったのに」

 シェルディアがキベリアと響斬に向かって、そんな言葉を放つ。つまらない戦闘ではあったが、シェルディアは余計な茶々を入れられるのが嫌いだ。それは戦いにおいても同じだった。

「それはまあ・・・・・・・手を出す余裕もなかったですし。それに、手を出したら何か怒られそうだったのたで」

「右に同じく、ですね」

 その言葉に、キベリアが答えを返す。キベリアの意見に追従するように、響斬も苦笑した。

「ふーん・・・・・まあ、あなたたちともけっこうな付き合いだものね。私の事も色々と分かってるか」

 シェルディアは2人の反応を見て、勝手にそう納得した。

「じゃあ帰るわよ、あなたたち。もうこの場所にいる意味もないしね」

「やっとですか・・・・・・早く帰って、ゆっくりしたいです。魔力ももうほぼほぼないですし・・・・・」

「了解です。あ、でもその前に――」

 シェルディアの言葉に頷いた響斬であったが、響斬はそう言葉を述べると、鞘に収めていた刀を再び引き抜いた。

 そして倒れている風音の前まで移動すると、その刀を風音に突き刺そうとした。

「ちょっと止めを刺しときますね。実力のある光導姫と守護者を、3人も殺せるチャンスは中々ないですしね。今なら刺すだけで終わる」

 サラリと恐ろしい言葉を述べる響斬。響斬は次の瞬間には、もう気を失っている風音の体に刀を突き刺そうとしていた。

 だが――

「ダメよ響斬、殺しちゃ。その子たちが倒れているのは、私との戦いの結果。その結果をあなたが掠め取るのはダメ。私が許可しないわ」

 シェルディアは響斬のその行動に待ったをかけた。その言葉を受けた響斬の刀がピタリと止まった。後1、2ミリといったところで、風音の体に刀が突き刺されるところだった。

「えー、マジですか・・・・・まあ、シェルディア様のご命令なら従いますけど・・・・・・・」

 響斬は残念そうにため息を吐くと、刀を鞘に戻した。

「うん、素直に言う事を聞くのはいい子よ響斬。私が関与した戦闘で、光導姫や守護者の命を奪うのはフェアじゃないわ。それは、ソレイユやラルバが可哀想だしね」

 ニコリと笑みを浮かべ、響斬にそう言葉を掛けたシェルディア。これもシェルディアの流儀の1つだ。シェルディアと戦った光導姫や守護者は、殺さない。シェルディアは自分の力が光導姫や守護者とは比べものにならない事を理解している。そんな自分が光導姫や守護者を殺してしまっては、パワーゲームがレイゼロールに偏り過ぎる事になる。それでは、ソレイユやラルバが不利になってしまう。

 それに何よりも、そんな偏ったゲームは見ていてもつまらない。

 だから、シェルディアは出来るだけ自分が関わった戦いにおいて、光導姫と守護者を殺さない。まあ、よほど癪に触る者であれば殺してしまうかもしれないが、基本はそのスタンスだ。

「キベリア、響斬、この山は転移が出来ないから、山の麓まで戻るわよ。この山を出れば、また転移は出来るようになるから」

「そんな面倒な性質の場所だったんですかここ・・・・・・・・どうりで『空間』の魔法が使えなかったわけね」

「いやー、それにしても久々の殺し合いだったなー・・・・・・・・うーん、でもやっぱり色々甘すぎた。また明日から鍛錬だな」

 シェルディアは歩きながら2人にそう呼びかけた。シェルディアに呼びかけられたキベリアと響斬は、そんな事を呟きながらシェルディアの後へと続いた。

 こうして、釜臥山での全ての戦いは幕を閉じた。

 レイゼロールの探し物、神殺しの鎌を持つ黒フードの怪人、光と闇の戦いにこれらはどのような意味を持つのか。

 ――それらの答えは、文字通り












「――大体、報告はこんなところだな」

 釜臥山での全ての戦いが終わってから30分ほど経った時間。影人は神界のソレイユのプライベートスペースにいた。釜臥山は特殊な場所であったため、ソレイユと念話を行う事や、視聴覚の共有などが出来なかった。そのため、釜臥山での自分の行動などについて、影人はソレイユに報告をしているのである。

「なるほど・・・・・レイゼロールの言葉の通りなら、レイゼロールは目的を達した。それに、大鎌を持った黒フードの謎の人物ですか・・・・・・・・・・」

 影人から報告を受けたソレイユは、難しそうな顔を浮かべながらそう言葉を漏らした。

「ああ、レイゼロールとその黒フードとも軽く戦ったたが、黒フードの方は厄介だったぜ。確か、『フェルフィズの大鎌』だっけか? 全てを殺す神殺しの大鎌だから死ぬ気で気をつけろって、イヴが言ってた。何でイヴがその鎌の事を知ってるかわかんねえが、その忠告がなかったらヤバかったぜ」

「ッ!? 『フェルフィズの大鎌』・・・・・・? 今、そう言いましたか!?」

 影人の出したある言葉を聞いたソレイユは、信じられないといったような表情を浮かべ、そう問いただして来た。

「お、おう・・・・・・? イヴは確かそう言ってたぜ?」

 ソレイユのあまりの驚きように、逆に影人も驚いたような感じになる。いったいどうしたというのか。反応から見て、どうやらソレイユもその鎌の事を知っているようだが。

「イヴさんが? なぜイヴさんが『フェルフィズの大鎌』の事を・・・・・・・・・ッ、もしかして・・・・いや、今はその事は後でいい・・・・・黒フードの人物が持っていた鎌は『フェルフィズの大鎌』。全てを殺す事が出来る禁忌の武器。死神のような姿、闇奴殺しの怪人の噂・・・・・・・噂の人物と、その人物の特徴は一致する。闇奴殺しの謎も『フェルフィズの大鎌』があれば・・・・・」

「ソレイユ・・・・・・・?」

 ぶつぶつとソレイユが何かを呟いている。ソレイユの言葉の内容の意味は、影人にはほとんど理解出来なかったが、ソレイユが何か真剣に考えている事はその雰囲気からわかった。

「あ、すみません・・・・・・・・あなたには何の事か分かりませんよね。実はあなたが出会ったという黒フードの人物は、の人物ではないかと思ったのです」

「? ある噂って・・・・・どんな、つーか何の噂だ?」

「はい、あなたは自分の仕事に直接関係ない事は基本的に知ろうとはしないので、あと最近は噂の方もあまり聞かなくなったので、あなたには話していなかったのですが・・・・・・・・」

 ソレイユはそう前置きすると、その噂について話し始めた。

「ちょうど2、3ヶ月前あたり、あなたがスプリガンとして活動し始めた時期ですね。その時辺りから、闇奴や闇人がという事件が起こりました」

「闇奴や闇人が殺される・・・・・・? どういう事だ? 闇奴や闇人は光の浄化以外では死なないはずじゃ・・・・・・・・・・ッ、そうか、『フェルフィズの大鎌』があれば・・・・・!」

 ソレイユの言葉に疑問を覚えた影人だったが、影人は持ち前の勘の鋭さで自力でその答えに辿り着いた。

「あなたの勘の鋭さは相変わらずですね・・・・・・・・・ですが、その通りです。あなたから『フェルフィズの大鎌』の話を聞いた時、私もその答えに辿り着きました」

 ソレイユは影人の勘の良さにもはや呆れつつも、影人の答えを暗に肯定した。

「話を少し戻します。今まで殺された闇奴と闇人の数は合計して3人。殺された場所は、アメリカ、イタリア、フランスの3つの国でした。闇奴・闇人化していた者たちは、最終的には人間の姿に戻り絶命しているのが確認されています」

 ソレイユは指を3つ立てながら噂についての説明に戻った。

「当初、私とラルバはこの異常な状況に混乱し、頭を悩ませました。このような事は過去に1度も例がなかったからです。それに殺された場所もバラバラ。私たちには何が何だか分かりませんでした」

「まあ、そりゃそうだろうな・・・・・・」

 ソレイユの言葉に思わず相槌を打つ影人。闇奴や闇人は影人にも殺せない。光導姫以外に闇奴や闇人を完全に無力化する事は出来ない。だというのに、それらが殺されれば神とて混乱はするだろう。

「しかし、各国の協力の元に分かったのですが、殺された人物たちには、ある1つの共通点がある事が分かりました。それは・・・・・・・・・殺された人物たちが、全員救いようのない程までの極悪人であったという事です」

「極悪人・・・・・?」

「ええ。その3人は裏の世界で名の知れた組織のボスや幹部でした。その組織がやっていた事は、人間の闇の部分を抽出したようなものでした。人身売買、臓器売買、違法薬物の輸出に輸入・・・・・その他口を憚るような所業の数々をその3人はしていたのです」

 ソレイユの表情が一瞬暗くなる。まあ無理もない。気持ちのいい話ではないからだ。影人も聞いていて、あまり気分がいいものではない。

「そして、その3人を殺したと思われる人物は、3番目の現場で、ある1人の光導姫に目撃されていました。その光導姫が言うには、その人物は――黒いフードと黒いローブに身を包み、大きな鎌を持った死神のような人物だったという事です」

「・・・・・・俺が今日出会った奴と特徴が一致してるな」

「・・・・・はい。闇奴や闇人を殺せた謎も、その人物が持っていた鎌が『フェルフィズの大鎌』なら、筋が通ります。あれは全てを殺す大鎌。過去には神すら殺した事のある大鎌ですから・・・・・・・・・・」

 闇奴・闇人化した極悪人を殺す噂の人物。その人物が恐らく今日影人の前に現れた人物だ。しかし、それを推測出来たところで、謎が消えたわけではない。

「・・・・・・何者なんだろうな、あの黒フードは。動機も目的も正体も全て謎。ったく、どこかの誰かさんみたいだぜ」

「本当にそうですね。まあ、私たちが言えた義理じゃないんですが・・・・・・・・一応、この噂じたいは一部の光導姫や守護者の間でも広まっていたんです。そして、噂の人物が死神のような見た目をしている事から、一時期はその人物が守護者ランキング4位『死神』ではないかと疑われもしました。4位『死神』がその姿を見た事がない、と言われているのもあってです。ですが、やはり守護者がそういう事をする可能性はない、という結論になりました。ラルバも当然ですが、キッパリと否定しましたし」

 ソレイユは影人に噂にまつわる状況の事も話した。この前の光導会議でもこの事は話し合われたが、光導十姫たちも守護者が件の人物ではないだろうとの意見を述べていた。

「それに、『フェルフィズの大鎌』は神代に失われた武器なんです。赤い血を流していたという事は、あなたが言うように人間。なぜ、人間が神代の時代の武器を持っているのか・・・・・謎は深まるばかりです」

 ソレイユはため息を吐いた。最近はその姿を現さなかった、闇奴殺しがまた姿を現した。しかも行動を聞く限り、明確にスプリガンを殺そうとした。スプリガンは怪人ではあるが、極悪人ではない。だというのに、襲われたというのは今までの闇奴殺しの共通点からも逸脱する。全く意味がわからない。

「本当にな・・・・・・・・・あと、悪かったなソレイユ。今回のレイゼロールの目的の阻害って言う仕事、失敗した。俺のミスだ」

「いえ、それは仕方がないですよ影人。今回は予期せぬ妨害もありました。だから謝らないでください。あなたに落ち度は何1つありません」

 謝罪の言葉を述べる影人に、ソレイユは少し慌てたようにそう言った。確かにレイゼロールの目的は達成されたが、影人が謝るような事は何もない。

「分かった、ならもう何もいわねえ・・・・・・ああ、そうだ。そういや、今日また凄え闇の揺らぎを感じたんだが、お前も気付いてたか?」

「ッ・・・・・・・・・・はい、私も感じました。今回の力の発信源は釜臥山でした。おそらく、レイゼロールに関わる何かの揺らぎではないかと思われます」

 影人の言葉に、ソレイユはギリギリ開示できるような情報と言葉を選びながらそんな答えを返した。カケラの事は、まだ影人にも伝えていない。

「・・・・・・・・そうか。とりあえず、報告はこんなもんにして、今日はもう帰ってもいいか? かなり疲れちまったし」

「あ、分かりました。あなたからの報告はもう充分ですし、後日光導姫たちからも報告を受けるので大丈夫です。なら、地上に送りますね」

 影人が地べたから立ち上がると、ソレイユはそう言って転移の準備を始めた。

「・・・・・・・・・なあ、ソレイユ」

「何ですか、影人?」

 影人の周囲に光が集まる。もうあと少しで転移するといったタイミングで、影人はソレイユに声を掛けてきた。

「今は何も言わねえ。お前が俺に明かせない事があっても、俺はお前の命令の通りに動くだけだ。俺はその辺りの事情は詮索しない。・・・・・・だけど、どうしても明かさなければならない事になったら、その時は明かしてくれると助かる」

「ッ・・・・・・・・・!?」

 ソレイユの表情が緊張したような表情に変わる。影人はそんなソレイユの顔を見ながら、こう言葉を紡いだ。

「半ば強制的に影の守護者スプリガンになった俺だが、最終的には俺が選んだ選択だ。最後までスプリガンの役目は果たす。まあ、俺の力が闇の属性だったから、お前も色々と当初の予定とは、俺の扱いが狂ってるだろう。何せ、スプリガンって言う正体不明の怪人が生まれたのは、偶然の産物だったからな」

 影人の脳内に思い出されるのは、初めてソレイユと出会い力を授けられた時の記憶。あの時から、影人の人生は良くも悪くも変わった。

「・・・・・・多分だけどよ、お前の前の発言とかを考えると、そろそろ俺が正体不明を貫いてきた事が意味を為す時が近づいてきたんじゃねえのか? まあ、それにお前の隠してる事が関わってくるかどうかまではわからねえけど」

「そ、それは・・・・・・・・」

 影人の言葉にソレイユは口を詰まらせた。そのソレイユの様子は、影人の言っている事が正しいと半ば肯定しているようなものだった。

「別に答えなくていい。俺がいいたかったのは、今まで通り俺を使えって事だ。迷いなく俺を使え。気兼ねなく俺に命令しろ。忘れるな、俺はお前の剣だ」

「ッ・・・・!」

 影人の真っ直ぐな言葉。その言葉がソレイユの胸を打つ。格好をつけた言葉ではない。影人はただ本心からそう言っている。

「じゃ、またな」

 そして、そのタイミングで影人は光の粒子となって地上へと戻っていった。

「全く、あなたという人は・・・・・・ずるいじゃないですか。そんな事を言われたら、今まで以上にあなたを頼ってしまうじゃないですか」

 あれこれと悩み自分が気を落としているかもと、影人は思ったのかもしれない。だから、そんな言葉を言ってくれたのではないだろうか。

「分かっています影人。いずれあなたにも、光導姫たちにもカケラの事は話さなければいけない。そして、という事も」

 そう言葉を漏らしながら、ソレイユはある決断もした。

「決めました。レイゼロールがカケラを過半数の5個以上、あと3個以上取り込んだならば、その時は影人に動いてもらいましょう。その時こそ、影人が予想している通り――です」

 本当はそんな未来は訪れて欲しくはない。だが、その未来が訪れる可能性は充分にある。ソレイユはそんな未来が来るかもしれないと思い、影人を正体不明の怪人という立場に置いたのだ。

 だが、そうなった場合、影人には今まで以上の危険さと負担をかけるだろう。

「・・・・・すみません、影人。神とは名ばかり・・・・・・・私は、無力ですね」

 ポツリと、ソレイユの様々な感情が入り混じになったような声が、虚しく響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る