第123話 歌姫オンステージ(10)

「ふん、タイミングがいいのか悪いのか・・・・・よく分からない男だな」

 スプリガンの姿を見たレイゼロールは、先ほど影に沈んで移動したシェルディアの事を考えながら、そう呟いた。スプリガンはシェルディアとはちょうど入れ違いになるような感じで現れたからだ。

「・・・・・・・知るかよ。俺の現れるタイミングなんざを知ってるのは俺だけだ。俺はただ、俺の目的に従って現れるだけだ」

 そんなレイゼロールの言葉に、影人はそう言葉を返した。正直、影人にはレイゼロールが何を以てそう言ったのかは分からないが、取り敢えずそれっぽい言葉を言っておこうと思い、そう言葉を発しただけである。相変わらず、雰囲気は重視する厨二前髪野朗だ。

「ならば・・・・・お前はどんな目的で我の前に現れた? 何ゆえ、この山に来たか?」

 答えはしないだろうとは思っていたが、レイゼロールは目の前の黒衣の男にそう問うた。未だに謎に包まれたスプリガンの目的。それとこの山に来た事に何の関係があるのだろうか。

「ふん・・・・・・・・答えてやると思うか?」

 その問いかけに、影人は瞳を細めて答えを返した。影人がレイゼロールの前に現れた目的も、この山に来た目的も、影人は答えるつもりなど毛頭ない。全てが謎。それがスプリガンという怪人の特性だ。

「・・・・・・答えないであろうな、お前は。貴様とは数回しか会っていないが、貴様が無口であるという事は知っているつもりだ」

「・・・・・・・・・なら、一々無駄な質問をしてくるな」

 レイゼロールの冷たい声音に、影人も冷たさと拒絶の意思を織り交ぜたような、暗い声でそう言葉を放った。

(とりあえず、レイゼロールには追いついた。だが、奴はもう目的を果たしたのか? それがわからねえ)

 レイゼロールと言葉を交わしている間、影人は内心そんな事を考える。影人がソレイユから受けた指示は、レイゼロールの目的の妨害だ。ソレイユはレイゼロールは何か目的物があり、この山に現れたのではないかと言っていた。あくまで予想だとは言っていたが、ソレイユが嘘をついているであろうという事を加味すれば、その予想は真実のレイゼロールの目的であるはずだ。

 つまり影人が危惧している事は、レイゼロールの目的――この山にあるであろう、目的物をレイゼロールはもう回収してしまっているのでは、という事だ。

(それに気になる事はもう1つある。さっき感じた、あの感覚。前にも感じた事のあるあの感覚は、一体何なんだ・・・・・?)

 先ほど影人が感じた、凄まじい闇の力の揺らぎ。影人があの感覚を覚えたのは2回目。果たして、あの感覚と目の前のレイゼロールとは、関係があるのか。

(ああ、クソが。ソレイユと念話できりゃあ、状況ももうちょいハッキリするだろうによ・・・・・・・・)

 念話が出来ないというのは、本当に不便だ。影人は改めてその事を認識した。

「ふむ・・・・・・ちょうどいい。少し。貴様ならば、試すには充分だろうからな」

「試す・・・・・・・・だと?」

 影人が色々と考えていると、レイゼロールは自分に視線を向けながら、そんな言葉を呟いた。試す、とは一体どういう意味なのか。影人にはレイゼロールの言葉の意味が分からない。

「ああ、我の現在の力がどれ程か・・・・・・・・・お前で試させてもらおう。スプリガンよ」

「ッ・・・・・・・!?」

 レイゼロールの体から闇が噴き出す。そして闇はオーラとなってレイゼロールに纏わりついた。

 その闇のオーラは前回戦った時よりも、どこかその密度が濃いように、影人には感じられた。

「俺とまた戦う気か・・・・・どうやら、前の結果を忘れちまったみたいだな」

「・・・・・・だから試すのだ。我を1度は退却させた貴様だからこそ・・・・・・・」

 影人の挑発するような言葉に、レイゼロールはただ静かに言葉を返す。その様子はいつも通り、冷淡で怒りや不快の感情は全く見受けられない。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 闇を纏ったスプリガンとレイゼロール。2人の間に訪れる一瞬の、突然の静寂。スプリガンはその金の瞳を、レイゼロールはそのアイスブルーの瞳をただお互いに向け合う。

 月が2人の黒を照らす。風が吹き、木や林といったものたちが自然の音楽を奏でる。

 そして――風は止み、完全なる無音の世界がその場には展開した。

「シッ・・・・・!」

「ふっ・・・・・!」

 その瞬間、両者は闇で強化された身体能力で地面を踏み抜き、お互いに敵へと急接近した。

 互いに近距離戦の間合いに入った2人。レイゼロールはまず右手を貫手の形に変え、その右手でスプリガンを貫こうとする。

(はっ、喰らうかよ・・・・・・・!)

 対して、影人は自身の眼を闇で強化する。眼を強化した事により、影人には世界が、レイゼロールの動きがスローモーションに映る。

 影人はレイゼロールの貫手をギリギリで回避すると、右の拳を握った。影人が反撃に選択したのは、右の拳による一撃――と、レイゼロールに錯覚させるためだ。

(派手に転べよ・・・・!)

 影人の本当の目的は、レイゼロールの足元だった。影人は右の拳による反撃に見せかけて、左足による足払いを行った。

 しかし、その足払いはレイゼロールが敢えて右足を影人の左脚に当て返した事により、阻まれてしまった。

「ちっ」

 影人は軽く舌打ちすると、左手に闇色の拳銃を創造した。そして至近距離から、レイゼロールに向かって発砲する。

「ふん・・・・」

 至近距離からの音速の弾丸を、レイゼロールは当然のように回避した。レイゼロールは回避の行動と同時に右手に闇色の剣を創造し、右袈裟の斬撃を放つ。その一撃は、明らかに他の攻撃よりも数倍速かった。

(この攻撃だけクソ速い。『加速』を使いやがったか)

 恐らくは、どんなにランキングが高い光導姫や守護者でも、この一撃を避ける事は出来ないだろう。それほどまでに、レイゼロールのこの一撃は速すぎる。

(急な緩急の差。上手い具合に攻撃してきたな。だが、俺は反応できる)

 しかし、眼を闇で強化している自分ならば、反応する事は可能だ。影人は左手の拳銃を形状変化させて剣にすると、その剣でレイゼロールの神速の一撃を受け止めた。

「ほう・・・・・・」

「・・・・・・お返しだ」

 影人は右手に闇色のナイフを創造すると、右手を『加速』させ、レイゼロールの左の脇腹へと振るった。今のレイゼロールと同じく、神速の一撃だ。

(さっきの黒フードもこいつは完全には避けきれなかった。なら、多少は期待できるか?)

 神速の一撃に対応した上での、神速の一撃によるカウンター。流石のレイゼロールも、完璧に反応する事は難しいのではないか。影人はそう思った。

「いらぬ返しだ」

 しかし、流石は敵の親玉と言うべきか。レイゼロールは完璧にその一撃を回避した。

(ッ・・・・・・・・この反応速度、こいつまさか・・・・・)

 余りにも完璧に自分の一撃を回避したレイゼロール。その反応速度に疑問を抱いた影人は、チラリとその目をレイゼロールの瞳に向けた。

 すると案の定、レイゼロールのアイスブルーの瞳には、自分と同じように闇が渦巻いていた。

「眼の強化・・・・・・やっぱりか」

「何も貴様だけの専売特許ではない。まあ、我と貴様以外には、コントロールが繊細過ぎて出来はしないだろうがな」

 レイゼロールはそう言いながらも、周囲から闇の手を複数呼び出した。影人も同時に、周囲から闇色の鎖を呼び出す。呼び出された手と鎖はお互いの主人に攻撃させまいと、激しく絡み合い激突し合った。

「そうか・・・・・・・なら、どっちの反応が速いか試してやるよ」

「いいだろう。来い」

 その言葉をきっかけに、全身に『加速』を施した2人は更なる神速の近接戦を演じ始める。

 影人が左手の剣を消し、左のストレートを繰り出す。レイゼロールも同じく右手の剣を消して、影人の左ストレートを右手で受け止めた。

 今度はレイゼロールが影人の左手を受け止めたまま、左の昇拳を繰り出した。影人はその攻撃を顔を逸らして避ける。そして空いたレイゼロールの右の脇腹に蹴りを放った。

 レイゼロールが影人の左手を離し、その蹴りを回避する。回避と同時、レイゼロールは右の掌を影人に向け、闇の光の奔流を放って来た。恐らく、触れてしまえば体が消し炭になるだろう。影人はその破壊の奔流を間一髪で避け、『破壊』の力を宿した右の拳を打つ。

「っ・・・・・」

 レイゼロールは影人の右手に宿る力に気がついたのだろう。レイゼロールは自身も『破壊』の力を付与させた左手で影人の右の拳に触れた。その瞬間、お互いの『破壊』の力は相殺され、2人の『破壊』の力はその効力を失った。

 今のやり取りで、お互い『破壊』の力を使っても意味はないと悟った影人とレイゼロールは、もう『破壊』の力を使わない事を選択した。

 レイゼロールは左手で影人の右拳を払い、右の拳を放つ。今度は影人が左手でレイゼロールの右拳を払った。

 2人の攻防を傍から見れば、何をしているのか理解出来ないだろう。それは、最上位の光導姫や守護者も例外ではない。元々高い身体能力を闇で強化し、闇によって全身を『加速』させている2人の動きは、それほどまでに速かった。

 本来ならば、一撃で決着がついてもおかしくはないのだ。2人が戦っている世界は神速の世界。反応し対応する事さえ、不可能に近い世界なのだから。

 しかし、影人とレイゼロールはその世界で明確に反応し動けている。敵の攻撃を見極め、受け流し、反撃している。それを可能にしているのが、2人の闇による眼の強化だ。闇による眼の強化により、いま2人の視界は全てがスローモーションに見えている。

 ただ、この眼の強化は集中力を酷使するというデメリットがある。ましてや、影人もレイゼロールも互いの実力が並大抵のものではないという事を知っているため、2人はいつも以上の、極限の集中を以て攻防を重ねているのである。

(くそっ・・・・・・・流石にそろそろキツいな。でも、それはレイゼロールも同じはずだ)

 生死の関わる状況で、極限の集中を行なっている影人は自分の集中が少しだけ散漫になって来ている事を感じた。しかし、自分とレイゼロールの条件は同じ。ならば、先にボロを出した方が負けだ。

(って言っても、ボロに見せかけたフェイントの可能性も疑わなきゃならねえし・・・・・・・本当、ゲロ吐きそうだぜ)

 レイゼロールの左の蹴りを右足で受け止めながら、影人は可能性を思考する。考えながら、集中するという行為に精神力が削られていくのが分かる。

(集中力ももう1分もすれば、相当ガタついてくるはずだ。なら、その前にどこかで仕掛ける。いや、その前にそろそろレイゼロールから仕掛けてくるか?)

 影人がそんな風に考えた時だった。レイゼロールが大振りな左の手刀を放って来た。当たればただでは済まないだろうが、大振りな分明らかに他の攻撃よりは速度は遅い。であるならば、今の影人が避けられない理由はない。

 そして、大振りな一撃を外してしまったレイゼロールに、明確な隙が出来た。

(流石にこれはブラフだろ。やるにしても、もうちょい自然にやれよ・・・・・・・だが、あえてそのブラフに乗ってやるよ)

 影人には容易にこの隙がフェイントだと分かったが、自分の状態なども考えその仕掛けを受け入れる事にした。レイゼロールはここで勝負を決めるつもりだろう。なら、こちらも勝負を決める気で誘いに乗る。

 影人は隙が生じているレイゼロールに、左拳による貫手を放った。貫手はレイゼロールの胴体に吸い込まれていく。

 しかし、レイゼロールは影人の左手首を右手で掴むと、右足による蹴りを放って来た。

(まあ普通に当たれば、内臓が破裂するレベルの蹴りだな。レイゼロールに手首を握られてるから、避けれもしない。だがまあ・・・・・やりようはある)

 影人はレイゼロールの前蹴りギリギリまで引きつけ、右足の膝でレイゼロールの踵を蹴り上げた。レイゼロールの蹴りは力の方向を変え、上へと向かう。その蹴りを顎にもらわないように、影人は顔を逸らした。

「ッ・・・・・!」

 体制を崩したレイゼロールは反射的に、影人の左手を離した。今度こそ、本当にレイゼロールに隙が生じた――かに思えた。

 しかし、レイゼロールは虚空から闇色の手を呼び出すと、宙にある自身の右足を弾かせて、右足を地面に戻させた。ドカンと勢いよく地面に戻った足が派手な音を立てる。そして地面に戻った右足と、影人の左手を握っていた右手を後ろへと引いた。その際、レイゼロールは右手を拳に変えていた。

 明らかに強烈な一撃を放つ為の構え。その証拠にレイゼロールの右拳には闇が集中していた。

(まあ、そうだよな。お前の事だ、俺がお前の蹴りをどうにかする事は予想できてたよな。だからこそ、お前は一瞬でリカバーした。お前の本命はその一撃だ)

 あの一撃は喰らってはいけない一撃だ。しかも、足を勢いよく踏み締めた事により、強烈な一撃を放つための力も増幅し、モーションも縮小されている。もう次の瞬間には、レイゼロールは拳を振り抜いているだろう。

(でも・・・・・・・てめえの思惑なんざ、最初から読み切ってるんだよ)

 レイゼロールが構えに入った瞬間、影人も右足と右手を後方に引いていた。

「我が拳よ、全てを打ち砕け」

 そして、一撃を強化する言葉を呟く。いつも通り、威力重視の方だ。

 言葉を呟いた瞬間に、影人の右手に濃い闇が集中する。これで、影人とレイゼロールは同じ構え、同じく右拳による強烈な一撃を放とうとしていた。

「ッ・・・・・!?」

 今度こそ、本当に驚いたようにレイゼロールはその目を見開く。だが、もうお互い動作をキャンセルする事はできない。

(どっちの一撃が強いか・・・・・・・・威力比べと行こうじゃねえか)

 内心、影人はそう呟いた。

 そして影人とレイゼロールはお互いに右拳を放った。同じ構え、同じモーションから繰り出された右拳は全く同じ軌道を描き、拳と拳は正面から激突した。

 シュパァァァァァァァァァァァァンと、凄まじいまでの激突音が周囲に響いた。凄まじい威力の拳同士が激突した事により発生した衝撃波が大気を揺らし、木々を林を、世界を揺らした。影人の外套も、レイゼロールの西洋風の黒の喪服も激しくはためく。

「ッ・・・・・・!」

「くっ・・・・・・!」

 影人とレイゼロールは衝撃波に耐えながらも、お互いの拳を打ち合わせていたが、やがてどちらもその衝撃波に耐えられずに、2人は後方へと弾き飛ばされた。

 だが、無様に弾き飛ばされ醜態を晒す2人ではない。影人とレイゼロールはその高い身体能力で、空中で姿勢を整えると、華麗に地面へと着地した。

「ちっ・・・・・・・・同威力かよ」

「貴様・・・・・・・我の思惑を読んでいたな?」

 影人がそう言葉を吐き捨てると、レイゼロールはジッと瞳を細め影人にそう言ってきた。

「・・・・・・はっ、だったらなんだ?」

 影人はただ一言そう言葉を返した。

「・・・・・・・・どこまでも厄介な奴だと再確認しただけだ。その観察眼、その力・・・・・前に我と戦った時よりも、闇の力が拡張されているな」

 レイゼロールはスプリガンが前に戦った時よりも、強くなっている事を感じた。無詠唱の力の行使に、常態的な闇による身体能力の強化、闇による眼の強化、さらに『加速』と『破壊』の力。

(・・・・・まだカケラを2つしか取り込んでいないとはいえ、今の我と同等の実力だとはな。スプリガン、貴様の力はいったいどれ程・・・・・・・)

 レイゼロールが内心そんな事を思っていると、ザッザッと足音が聞こえて来た。レイゼロールが足音が聞こえた方に顔を向けると、3人の光導姫と守護者が現れた。

「「「レイゼロール・・・・・!」」」

「光導姫と守護者・・・・・・・追いついて来たか」

 スプリガンの後を追い、ここまで登って来たアイティレ、ソニア、光司の3人は自分たちの宿敵を発見し、すぐさま警戒の姿勢に入っていた。

(・・・・・見たところ、いずれも最上位クラスの実力者か。カケラも回収し、スプリガン相手に今の我の力も試せた。ならば・・・・・・・・わざわざこいつらの相手をする義理もないな)

 目的は果たした。もうこれ以上戦う必要もない。レイゼロールはこの場から離脱するべく、背に黒い翼を創造した。

 そして、レイゼロールはその翼を羽ばたかせ宙へと踊った。

「ッ!? 待て、レイゼロール!」

 空中へと浮いたレイゼロールに、アイティレが両手の銃を発砲する。レイゼロールは自身の前に闇色の障壁を展開すると、アイティレの銃弾を全て弾いた。

「・・・・・・目的は達した。さらばだ光導姫、守護者ども。そして・・・・・・・・スプリガンよ」

「チッ・・・・」

 レイゼロールが空中から言葉を投げかける。その言葉を聞いた影人は、レイゼロールの目的が既に果たされた事を知った。どうやら、自分は間に合わなかったようだ。

 そして、レイゼロールはどんどんとその高度を上げていき、どこかへと飛び去っていった。

(今回の仕事は、どうやらしくっちまったみてえだな・・・・・・・・・・)

 飛び去るレイゼロールを見つめながら、影人は心の中でそう呟いた。

 レイゼロールの姿はやがて完全に見えなくなり、その場には影人とアイティレ、ソニア、光司の3人が残されただけだった。

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