第122話 歌姫オンステージ(9)

「え、ちょっ・・・・・って速!? もう姿が見えないよ・・・・・・・『侍』さんを助けてくれたお礼言いたかったのになー」

 突如として、凄まじいスピードで姿を消したスプリガンに、ソニアはため息を吐いた。何が気に障ったのかは分からないが、そんなに急いで逃げる事もないではないか、と思ったのだ。

「奴のあの様子、何か引っかかるな・・・・・・・・・『歌姫』、『騎士』、私たちもスプリガンの後を追うぞ。どちらにせよ、レイゼロールの姿が未だに見えない以上、私たちも山の最上部を目指さねばならないからな」

 スプリガンの様子に不審感を抱いたアイティレが、ソニアと光司にそう言葉を掛ける。アイティレの言葉に、ソニアと光司はそれぞれ頷いた。

「オッケー♪ なら急ごっか」

「はい、行きましょう」

 こうして3人も、スプリガンの後を追いつつも釜臥山の頂上を目指した。  












「――これで2つ目。響斬には、やはり感謝せねばならないな・・・・・・」

 釜臥山の頂上付近、そこにある朽ちた小さな祠の前でレイゼロールはそう呟いた。

「よかったわね、レイゼロール。ここは素直に拍手を送っておいてあげるわ」

 言葉通り、パチパチと手を叩きながらシェルディアが微笑む。レイゼロールの探し物の1つは、いま回収されたのだ。

「ふん、貴様からの拍手など恐怖でしかないな・・・・・・・・だが、今ばかりは受け取ろう」

 シェルディアに拍手を送られたレイゼロールは、胡散臭いものを見るような目をシェルディアに向けたが、パチリとそのアイスブルーの瞳を閉じると、そう言葉を返した。

 レイゼロールの探し物、その黒いカケラは今はもうその姿はない。カケラはあるべき場所へと――レイゼロールの中へと還ったからだ。

「調子はどう? やっぱりまだまだ変わらない感じかしら?」

「まあな・・・・・・だが、闇の力自体は多少は強化された。1つ目の時よりも、その実感はある」

 自身の右手に視線を落としながら、レイゼロールはその美しい白髪を風に揺らす。まだ昔の自分には程遠い。だが、確実に昔の自分に近づいてはいる。

「目的は達成した。我はこの山から消える。・・・・・しかし、どうやらこの山の性質は我のカケラが原因ではなかったようだな。カケラは回収したというのに、空気は変わらない。転移も気配の隠蔽も、変わらずに出来ないからな」

「確かにね。なら、ここは元からそういう空気の土地なんでしょ。本当、面倒よね」

 シェルディアはため息を吐きながら、この夜の闇に包まれたこの山を見渡した。レイゼロールがいま言ったように、カケラを回収したというのにこの山の性質、いや制約と言ってもいいかもしれない、それは何ら変化していない。未だに気配遮断のための力を練れないのがその証拠だ。

「しかも、結局スプリガンやフェルフィズの大鎌を持った謎の人物は現れなかったし。彼らが現れるかもって思って来たのに、とんだ無駄足だったわね」

 心の底から残念そうに、シェルディアはそう言った。シェルディアがこの山に来た理由は、スプリガンやフェルフィズの大鎌を持った謎の人物と会えるかもしれないから、といったような理由だ。だが、その2人がシェルディアたちの前に現れる事はなかった。

 しかし、実際はその2者はこの山を訪れていた。なんならば、スプリガンに至っては現在レイゼロールとシェルディアがいる場所に確実に近づいて来ている。レイゼロールとシェルディアがまだスプリガンに出会っていないのは、単純にタイミングの問題だった。

「はー、つまらない。本当、つまらないわ」

 不機嫌そうにシェルディアはそう吐き捨てた。その様子は、普段のシェルディアの様子とは全く違う。今のシェルディアは、触れれば全てを壊すような危険さがあった。

「レイゼロール、私はキベリアと響斬のところにちょっかいを掛けに行ってくるわ。まあ、まだ光導姫と守護者と戦ってるでしょうけど、どうでもいいわ」

「そうか・・・・・・・ならば、勝手にしろ」

「ええ、勝手にさせてもらうわ。それじゃあね」

 シェルディアがそう言った瞬間、シェルディアの影がどこかに向かって伸びていった。月明かりの微かな光に照らされた影の伸びる先を見てみると、影は山の下部へと伸びているようだった。 

 そして、シェルディアは自身の影に沈みその姿を世界から消した。

「ふん・・・・・影に沈んでキベリアたちの元へと移動したか。あくまで影の中を進んでいるから、転移という扱いにはならないからな」

 それでも、進む速度は現実世界の比ではないが。シェルディアという人外の化け物だからこそ出来る制約の穴を突いた方法だなと、レイゼロールは思った。

(さて・・・・・・・我もそろそろこの山から脱出しなければな。脱出の方法は――)

 レイゼロールがこの山から脱出するための方法を2つほど考えていたその時、凄まじい速度でレイゼロールの前に1人の男が現れた。男はレイゼロールの姿を確認すると、「ッ!?」と驚いたような表情を浮かべ、レイゼロールから少し離れた所に立ち止まった。

 それは運命の悪戯いたずらか。たった数瞬と言ってもいいような時間の差で、シェルディアはまたもレイゼロールの前に現れた人物と姿を合わせ会う機会を失った。シェルディアが影に沈み移動している間、地上の景色は確認できない。現れた男は急いでいたために、闇の中を進んでいた1条の影を確認する事が出来なかった。その事も2人が邂逅しなかった理由だ。

 そして、その代わりに――レイゼロールとその男は幾度目かとなる邂逅を果たした。

「レイゼロール・・・・・・・・・」

「・・・・・来ていたか、スプリガン」

 レイゼロールとスプリガンは互いの名を呼び合い、互いに厳しい視線を向け合った。












「・・・・・・なあ、キベリアくん。さっきの感覚、レイゼロール様が目的物を回収したって事だよね? なら、僕たちの役目はもう終わりって事で、撤退してもいいんじゃない?」

「ええ、そうよ。私だって、出来るものならさっさと逃げたいわよ・・・・・・・・・・でも、何でか知らないけど転移できないのよね・・・・・」 

 釜臥山下部。光導姫と守護者と戦いを繰り広げていた響斬とキベリアは、疲れたようにそう言葉を交わし合った。

 つい先ほど、2人は何か強大な闇の力の揺らぎを感じた。しかもその揺らぎはかなり近場から、ほとんどこの山のどこかから、発せられたかのように思えた。そして、2人はその力の揺らぎの正体が何なのか見当がついていた。

「そろそろ観念して私に呪われなさい、闇人ども! 往生際は潔いっていうのが粋ってものよ!」

「完全にセリフが悪役じゃねえか・・・・・・だがまあ、こっちが有利なのは事実だ。レイゼロールの造兵も全部片付けたし、湧いてくる気配ももうねえしな」

 キベリアと響斬に向かって、真夏がピシリと指を突きつける。そんな真夏に、刀時は呆れながらも自分たちサイドの有利を2人に向かって説いた。

 刀時の言うように、もはやレイゼロールの造兵は1体たりとも、存在していなかった。これも単に刀時たちの戦いの賜物、と言いたい所だが、実は造兵の大多数を斃したのは、今はこの場にはいないアイティレだった。 

 スプリガンがこの場を駆け抜けた後、より一層に早く、レイゼロールを追わねばならないと焦った一同は、リスキーではあるが、この場に残って戦う3人と、レイゼロールを追う3人に分かれるという決断をした。この場に残って戦うのは、風音、真夏、刀時。レイゼロールを追うのは、ソニア、アイティレ、光司という形でだ。

 そしてその際、アイティレは2分だけ「光臨」を使用。その場にいたレイゼロールの造兵を残らず殲滅すると、アイティレ達はキベリアの妨害などを潜り抜け、山の上部へと向かっていった。

 アイティレたちが上部に向かう際に、レイゼロールの造兵を出来るだけ叩いていてくれたのだろう。それからは造兵の数も少なくなり、つい先ほど全ての造兵は風音、真夏、刀時の3人によって斃した事を確認した。

「まあ、それはその通りだけど・・・・・君にそう言われるのは何かムカつくなあ。スプリガンがいなかったら君、死んでたんだぜ?」

 刀時の言葉を聞いた響斬は、どこか挑発するように言葉を述べる。先ほど、響斬に殺されたかけた刀時はスプリガンの乱入により、その命を救われた。そんな運によって今も生きている人物に、状況の有利不利を説かれるのは正直おもしろくはない。

 ちなみに、響斬の膝蹴りによって鼻の骨が折れ鼻血を噴き出しまくっていた刀時は、風音に治癒してもらい、今はもう鼻も元通りになっている。スプリガンの強烈な拳打を腹部に受けた響斬も、内臓に多大なダメージを受けていたが、キベリアに治癒をしてもらっている。つまり、刀時と響斬はケガによるポテンシャルの低下を気にする事はないという事だ。

「ああ、そうだな。本当、カッコ悪いよ。敵だと感じていた奴に命を救われたんだからさ。正直、スプリガンには今後あんまり頭が上がりそうにない」

 響斬の言葉を素直に認めた刀時は、ため息を吐きながらそう呟く。いつも通りのどこか軽い感じの口調。だが、刀時は急に真顔になるとこう言葉を続けた。

「でも、せっかく拾った命だ。もう何もかも一瞬の油断もしねえよ。寸毫の隙も与えねえ。こっからは全部本気で切り捨てる」

(ああ・・・・・こりゃ、こっからはどう逆立ちしても、今の僕じゃ勝てないな)

 刀時の纏う空気が変わった。それを察した響斬は直感的にそう思った。今までは、様々な条件が重なり響斬に噛み合っていただけだが、これからは噛み合いすら起こりはしないだろう。今の響斬が刀時に勝つためには、明確にあの時に殺しておかなければならなかったのだ。

「・・・・・・・・あなたたちはここで確実に浄化します。弱ったあなたを、私たちは逃がしはしません」

「・・・・小娘如きが言ってくれるわね。例え私が弱っていたとしても、あんたたちに簡単に浄化される程、私は雑魚じゃないわ」

 厳しい視線を向けてくる風音に、キベリアは強気な笑みを浮かべそう言った。しかし、内心はこんな事を考えていた。

(クソッ・・・・・・・どうする? 魔力はもうほとんど使っちゃったし、魔法が使えてもあと1、2回だけ。しかも、もうレイゼロール様の造兵もいない。撤退しようにも、何でか「空間」の魔法は使えない。対して、向こうはまだ余力があるし、こっちを逃す気もない・・・・・・・ああ、もう。軽く詰んでるじゃない)

 キベリアが内心軽く絶望していると、風音はさらなる絶望を与えるようにこう言った。

「ええ、そうですね。例え弱っていても、あなたは最上位闇人。前回、私はあなたにまんまとしてやられました。だから・・・・・私の本当の全力であなたを浄化します」

「「っ・・・・・!?」」

 風音のその言葉に、キベリアと響斬の顔に警戒と絶望が入り混じったような色が浮かんだ。本当の全力、その言葉が示すもの。それは先ほど、一瞬だけ『提督』がなったあの姿と同義のものだろう。

 一部の光導姫にしかできない、時間制限付きの完全な力の解放。キベリアと響斬も過去に、をした光導姫と戦った事があるからわかる。それは、本当に厄介なものだ。

「我は光をのぞむ。力の全てを解放し、闇を浄化する力を」

 風音に白色のオーラが纏われる。風音の言葉に連動するように、そのオーラも激しく揺らめいていく。

 風音を中心として清浄な空気が周囲に満ちる。そして、風音は呟く。力ある言葉を。

「光――」

「――ああ、いたいた」

 しかし、風音が力ある言葉を呟き終わる前に、どこか場違いな少女の声が突如として響いてきた。

「「「ッ!?」」」

 その声を聞いた風音たちは、驚いたようにその顔を声のした方向に向けた。その際、風音の白色のオーラと清浄な空気は霧散していた。対して、キベリアと響斬は少女の声を聞いて、どこかホッとしたような顔を浮かべていた。

「2人とも、帰るわよ。興が削がれたわ」

 山の上部の位置から1人の少女が現れた。緩く結ったツインテールに、豪奢なゴシック服を纏った少女――シェルディアだ。シェルディアはどこか不機嫌そうに、響斬とキベリアに向かってそう言ってきた。

「はー、やっとですか。正直、ぼかぁ死ぬかと思いましたよ」

 シェルディアの帰宅宣言を聞いた響斬は、安堵したように息を吐き、刀を鞘に収めた。一方、キベリアはシェルディアの言葉に疑問を覚えた。

(興が削がれた・・・・・? どういう事? だって、シェルディア様が会いたがっていたスプリガンは、この山にいるのよ? だって言うのに、何であんなに不機嫌なの・・・・・・・・?)

 キベリアにはそれが引っかかっていた。シェルディアはなぜこんなにも不機嫌そうなのか。目当てのスプリガンに会ったのならば、もっと機嫌がいいはずだ。

(・・・・・・・・・・もしかして、スプリガンと出会っていない? 何らかのすれ違いやアクシデントが起こったの?)

 そして、キベリアはその可能性に思い至った。それならば、シェルディアの機嫌の悪さにも説明がつく。シェルディアはこの山に来れば、スプリガンと出会えるかもと期待していたのだろう。だが、スプリガンに出会わなかったので、不機嫌になっている。大方そんなところだろう。

(なら、シェルディア様にスプリガンがこの山にいるって情報は言わない方がいいわね。言ったら、またスプリガンを捜しに行くに決まってるわ。私は、さっさと帰りたいのよ)

 もうシェルディアのワガママに振り回されて、死にかけるのはごめんだ。だから、キベリアはシェルディアにスプリガン出現の情報を伝えない事を決めた。

「・・・・・・・響斬、この山を出るまでシェルディア様にスプリガンが出現したって言っちゃダメよ。いいわね?」

 コソコソとした声で、キベリアは隣の響斬にそう伝えた。キベリアにそう言われた響斬は「?」とした表情を浮かべ、こう聞き返してきた。

「それはまた何でだい?」

「言ったら、私たちまたほったらかしにされる。これで十分でしょ」

「あー、それは嫌だな・・・・・・・・分かった、キベリアくんの指示に従うよ」

 2人はコソコソとそう言い合い、シェルディアにスプリガンの事を伝えない事を決めた。

「子供? 誰よ、あの子」

「いや、俺に聞かれてもな・・・・・闇人たちに声を掛けたって事は、敵・・・・・・・じゃないのか?」

 真夏と刀時は唐突に現れたシェルディアに、訝しげな表情を浮かべていたが、ただ1人、シェルディアと邂逅した事のあった風音だけは、目を見開き息を呑んでいた。

「ッ・・・・・・あなたが、また一体何の用ですか・・・・・・・・! 【あちら側の者】・・・・・!」 

 いつの間にか、風音の左眼には白いオーラのようなものが揺らめていた。この瞳のオーラは、光導姫の能力とは関係がない。この白いオーラは、風音の引く血が、目の前にいるシェルディアに反応したものだ。

「あら? あなたは・・・・・・・・・・ああ、この前見逃してあげた人間か。久しぶりね」

 風音に気がついたシェルディアは、笑みを浮かべそう言った。風音の姿に、シェルディアは別段何の感慨も思わなかった。

「風音ちゃん? あの女の子のこと知ってるの?」

「【あちら側の者】・・・・・・? ちょっと待って、その言葉何かで見た気がする。確か、榊原家ウチの古い文献に――」

 風音の様子に刀時はそう質問をした。真夏に関しては、風音の言った言葉に引っかかりを覚えたのか、そんな言葉を呟いた。

「退きなさいな、あなたたち。邪魔をしてこないなら、見逃してあげるわ。私、面倒な、弱い者たちとの戦いは嫌いなのよ」

 そんな人間たちの様子などどこ吹く風、といった感じでシェルディアは傲慢に新たにそう言葉を述べた。顔こそ笑っているが、その目は取るに足らない者を見下すような目であった。

「とりあえず、あのガキンチョが何であろうと・・・・・・・敵なのは間違いないみたいね。敵なら、1発ぶん殴ってやっても問題ないわよね・・・・!」

「ま、敵なら例え見た目が子供でも容赦はしねえよ。仕置の1つでもしてやろうぜ」

 そんなシェルディアの言葉と目に苛立ったように、真夏と刀時は臨戦態勢を整えた。

(ッ!? 2人とも本気なの? 少女の姿をしているけど、あれは化け物よ・・・・・!?)

 真夏と刀時の様子を見た風音は、内心そんな事を思った。2人には分からないのか。あの少女の姿をした者が、どれだけの力をその身に秘めているのかが。

 だが、それも仕方のない事であった。シェルディアの真の実力を計れるのは、白いオーラをその左眼に纏う風音のみだからだ。そして風音はその事を知らなかった。

「へえ・・・・・やる気なの。忠告はしたわよ。それでも来るというなら・・・・・・・・・・いいわ、少しだけ相手をしてあげるわ」

「ッ・・・・・!」

 シェルディアの笑みが凄絶なものへと変わる。その笑みを見た風音は覚悟した。もうやるしかないのだ。

「榊原さん、剱原さん! マズイと感じれば、逃げてくださいよ! 後、絶対に死なないでください! 今から戦う相手は、レイゼロールと同じかそれ以上の化け物です!」

「え? それマジ・・・・・・?」

「はっ! 相手にとって不足はないわ!」

 風音はそう叫んで自身も臨戦態勢に入った。風音からそう言われた刀時と真夏は、それぞれの反応を示す。

 ――釜臥山での戦いは、まだ終わらない。

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