第121話 歌姫オンステージ(8)

 突如として影人の前に立ち塞がった、死神を連想させるような謎の人物。影人に攻撃をしてきたその人物が持つ武器は、イヴによれば神殺しの大鎌であるらしい。

(そんな物騒な物を持った奴が攻撃してきた・・・・・・なら、こいつは敵って事でいいんだよな)

 色々と疑問はある。なぜこの人物が自分を襲ってきたのか、なぜイヴがあの大鎌の事を知っているのかなど。だが、影人はいま仕事の最中だ。自分はレイゼロールを追わなければならない。

「・・・・・・・・誰かは知らないがどけ。俺の目的の邪魔をするな。・・・・・・・・・・忠告は1度だけだぜ」

 影人はその金色の瞳を細めながら、低く冷たい声でそう言った。

「・・・・・・・・・・」

 しかし、黒フードを被り黒いローブを纏ったその謎の人物は沈黙したままだった。そして影人に答えを返すように、その凶々しい大鎌を構える。

「・・・・・・・それがお前の答えか。なら・・・・・・・・手荒に行くぞ」

 影人は虚空から鋲付きの鎖を複数本呼び出し、それを黒フードに向かわせた。まずは相手がどう動くか様子見だ。

「・・・・・」

 黒フードは自分に向かって来る鎖をその大鎌で断ち切っていく。鎖はかなりの強度を誇るはずだが、まるで紙切れを切っていくような手安さである。 

『気をつけろよ影人。フェルフィズの大鎌は全てを殺す大鎌。生物だろうが無生物だろうが、あの大鎌に断ち切れず刈れないものはねえ』

(そういう重要な情報は先に言っといてくれ・・・・・!)

 イヴが教えてくれた新たな情報を聞いた影人は、心の内でそう言葉を漏らしていた。さすがは神殺しと謳われるだけはある、といったところか。厄介な特性を持っている。

(なら・・・・・・・・・こいつはどうだッ!)

 影人は両手に闇色の拳銃を創造した。そして2丁の拳銃を黒フードに向けて一斉掃射する。

 弾切れのない銃から放たれた無数の弾が黒フードの人物を襲う。弾は鎖ほど的が大きくはないし、速度も段違いだ。これならばあの大鎌は容易には振れないはずだ。

 しかし、影人のその思惑は外れる。

「ッ・・・・・・!?」

 黒フードは凄まじい身体能力で銃弾を避けながら、最小限の動作で鎌を振るっていき、自分に直撃するような弾丸だけを切り裂いていったのだ。

「・・・・・・・・・」

 そして、黒フードはそのまま影人の方へと向かってきた。

「ちっ! 黒い流星よ、彼の者を貫け・・・・・・・!」

 影人は右の拳銃を突き出し、一撃を強化するための言葉を呟いた。威力を高めるために無詠唱の効率よりも、影人は威力を選択した。

 右の拳銃から放たれるはずだった弾丸は、黒い光の流星となって放たれた。その延長線上には、こちらに向かってくる黒フードがいる。回避の行動を取らなければ、黒フードは消し炭となって世界から消えるだけだ。

(さすがにこいつは避けざるをえないだろ。お前は回避するしかない。そして回避した瞬間、『加速』して攻撃を叩き込んでやるぜ)

 どんな人物でも回避した瞬間は硬直があるものだ。何らかの能力を持っている者ならば、その能力で動作の硬直に違う行動を取ってくるが、今のところ黒フードは得物が特殊なだけで能力を使用してはいない。ならば光導姫や闇人のように能力を持っているという可能性は極めて低い。まあ、ブラフの可能性も捨てきれないが。

 つまり黒フードは身体能力だけは高い、守護者と同じ特徴を持った人物と仮定できる。

 そうであるならば、油断をしない限り自分が負ける要因はない。影人はそんな風に考えていた。

 だが、黒フードはまたも影人の思惑を上回る行動を行った。

「・・・・・・・・」

 黒フードは影人が放った黒色の光の奔流を避けようとはしなかった。そして、黒フードは黒色の光の奔流に向かって、その大鎌を振るった。

 その結果、

 光の奔流は切り裂かれた。

「っ!? こいつもダメなのかよ・・・・・・・・!」

『バカ、言っただろ! フェルフィズの大鎌は全てを殺すんだよ! それは攻撃だろうが同じだ!』

 影人の驚きの声を聞いたイヴが叱咤するような声でそう告げてきた。なるほど、全てを殺す。ということは、今の影人の攻撃もというわけか。

(クソみてえなチート武器だな・・・・・! しかもあの武器で刈られたら終わりって・・・・・・クソゲーじゃねえかよ・・・・・・!)

 影人は内心そう愚痴りながら、こちらに向かってくる黒フードに向かって自分からも距離を詰めた。全ての遠距離攻撃がほとんど意味を為さないならば、選択肢は1つしかない。なお、影人の愚痴に対しイヴは『いや、お前がそれ言うなよ・・・・・』と、なぜか呆れたような言葉を呟いていた。

「・・・・・・!」

 向かってくる影人に黒フードは少し驚いているようだった。まあ、それも当然だろう。何せ、黒フードは鎌で攻撃に成功さえすれば勝ち。どんな者だろうと、例え神だろうともそれで終わる。ゆえに近距離こそ黒フードの最強の距離。

 だというのに、影人は自らその距離内に近づいていっている。この場合のセオリーは先ほど影人が行っていたように遠距離から攻撃するのが普通だ。傍から見れば、影人の行動は自殺行為に映るだろう。

 だが、これこそが影人が黒フードに勝ちうる唯一の選択だった。

『そうだ影人、それでいい。フェルフィズの大鎌を相手にするなら、リスクを承知で近距離で戦うしかねえ。近距離でフェルフィズの大鎌を持ってる本体をぶちのめす。それが勝利への唯一の道だ。なーに、当たらなければどうという事はねえ!』

(ったく、無茶苦茶言いやがる・・・・・・!)

 大鎌を真横に振るってくる黒フード。影人はその攻撃を避け、闇色のナイフを1本右手に創造した。そして、そのナイフを黒フードの胴体に向かって突き出す。

「・・・・・・・!?」

「・・・・・お前の血の色は何色だ?」

 大鎌は近距離の武器ではあるが、その特性上、攻撃の1つ1つが大回りだ。先ほど黒フードは最小限の動作で大鎌を振るっていたが、それでも他の武器に比べれば動作はかなり大ぶりだ。

 今の攻撃もほとんど最小限に振るったのだろうが、この近さだ。影人が攻撃を避けたその瞬間、黒フードには一瞬の隙が生じた。

 影人はスプリガンの身体能力に加え、自身の身体能力を更に闇で強化している。さらに、影人は右手を『加速』で強化した。その体から繰り出されるナイフによる突きは、ほとんど神速といってもいいものだった。 

 だが、黒フードもまともにその攻撃を受けるようなレベルの者ではなかった。黒フードは咄嗟に身を捻ると、影人の攻撃を回避した。

 しかし、黒フードは完全には影人の攻撃を避けきれなかった。影人のナイフは黒フードの脇腹を掠めた。その際、少量の血が飛び散る。

 その血の色は自分や普通の人間と同じ、赤色だった。

「赤か・・・・・・・なら、お前は人間か」

 黒フードの血の色を確認した影人はそう呟いた。血の色は赤。闇人の血の色は黒なので、この黒フードの正体は闇人ではない。その事実が示すのは、レイゼロールサイドの人物ではないと言うこと。

 そしていま影人が言ったように、神殺しの大鎌を扱うこの人物は人間だということだ。

「っ・・・・・・!」

 黒フードは再び大鎌を振るってくる。影人に出来る事は避ける事だけなので、影人はその一撃も回避した。すると、黒フードは影人が回避した瞬間にバックステップで少し距離を空けた。

「・・・・・・・どうした? せっかくお前の距離に近づいてやったっていうのに、もう終いか? 神殺しの大鎌が聞いて呆れるぜ」

 手の中でくるりとナイフを回しながら、影人は挑発するような言葉を黒フードに投げかけた。影人がこの言葉を投げかけた理由は2つ。1つは、挑発に乗ってくるようなわかりやすい人間かどうかを確かめるため。もう1つは、黒フードが扱っている武器を自分は知っているぞという事を暗に伝えるためだ。

「・・・・・・!」

 影人の言葉を聞いた黒フードはまたも少し驚いたようだった。おそらく、影人がフェルフィズの大鎌の事を知っているとは思っていなかったのだろう。

『何をドヤ顔してやがる。俺が教えてやらなきゃ、お前知らなかったくせによ』

(別にドヤ顔はしてねえよ。別にいいだろ、情報は活用しねえとだからな)

 イヴと内心そんなやり取りをしながら、影人は油断なく黒フードを見つめていた。さあ、ここからこいつはどう動く。

(できりゃあ、さっさと退却してもらいたい所だな。じゃなきゃレイゼロールを追えねえし)

 1番理想的な黒フードの行動はこの場からの退却だ。なぜなら、黒フードが立ち塞がる限り影人は先には進めない。

(さっきみたいに強引に抜きたい所だが、こいつはまだ色々と未知数過ぎる。俺が強引に抜こうとした時に、こいつが何かあの大鎌を強引に当てる手段があったのなら、俺はそこで詰む。なんせ、あの大鎌に守りは意味をなさねえからな)

 フェルフィズの大鎌。あの規格外の武器のせいで、影人は慎重にならざるを得ない。レイゼロールを追わなければという焦る気持ちがあるため、慎重に行動しなければいけないというのは、じれったいが仕方ないのだ。

「・・・・・・・・・」

 影人の言葉を受けた黒フードが取った行動。それは再び大鎌を構え直すというものだった。

「・・・・まだやるってか。どうやら・・・・・・・・・よっぽど死にたいみたいだな、お前」

 影人の口から凍えるような冷たい言葉が放たれる。影人が抱えていた焦りと苛立ちは、黒い殺意へと昇華した。しかも影人は気がついていないだろうが、瞳の瞳孔が完全に開いている。

 黒フードの正体が完全に人間だと分かった今、影人は本気で黒フードを殺すつもりはない。何せ、人間を殺すのは罪だからだ。

 しかし半殺し程度、いや7割殺し程度なら大丈夫だろう。要は殺しさえしなければいい。 

『くくっ、くはははははっ! いい感情だなあ影人! やっぱお前はいい! 力が漲ってくるぜ! あの黒フードの野朗をぶち殺せ!』

 影人の殺意という負の感情を察知したイヴが狂ったように笑う。影人はイヴの言葉を無視したが、確かに力が湧いて来るのを感じた。

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 殺気を全開にした影人と、全てを殺す大鎌を構える黒フード。今まで以上に容赦のない第2ラウンドが始まる。月夜の下、お互い黒に包まれた怪人たちの決戦は激化する。そう思われた時、

 影人の後方、山の下部から誰かが走ってくるような足音が複数、2人の怪人の耳を打った。

「「ッ・・・・・・!?」」

 その足音を聞いた影人と黒フードはその視線を急遽そちらに向ける。すると3人の男女が現れた。

「スプリガン・・・・・・・・? それともう1人は・・・・・誰だ?」

「さあ? なんかいかにも不審者って感じだけど・・・・・・・」

「これは・・・・・・・・どういう状況なんだ?」

 現れたのは『提督』と『歌姫』、それと『騎士』こと香乃宮光司だった。3人は影人と黒フードを見るとそんな言葉をそれぞれ漏らしていた。

(3人だけ・・・・・って事は、残りの3人を置いてきて、追ってきたのか。まあ、あそこで全員足止めされてたらレイゼロールを追えないからな)

 3人に視線を向けていた影人はそう推察した。本来ならばレイゼロールと戦う事を想定すれば、光司たちは6人全員でレイゼロールを追いたかったはずだ。しかし、背に腹はかえられないと思ったのだろう。半分の3人だけでもレイゼロールを追う、という事を光司たちは決意した、という所だろうか。

「・・・・・・・・・・」

 影人と同じように、光司たちにフードの下から視線を向けていたであろう黒フードは、なぜか急に駆け出し、真っ暗闇な林の中にその姿を消した。

「なっ・・・・・ちっ、逃げやがったか」

 もう足音もかなり遠くなっている。さすがは光導姫や守護者クラスの身体能力といったところか。あの黒フードは色々と気にはなるが、影人は黒フードを追う気はなかった。

(光導姫と守護者が現れた途端に引きやがった。なんか光導姫や守護者と会いたくない、もしくは戦いたたくない理由でもあんのか・・・・・・?)

 黒フードの引き際に疑問を感じた影人は、内心そんな事を考える。引き際があったとすれば、先ほどの攻防の後だったはずだ。しかし黒フードは影人との戦闘を継続しようとする意志があった。だというのに、黒フードは光導姫と守護者が現れた途端に退却した。明らかに何かおかしい。

『さあな。まあ、俺もあの不審者の事は気になるが、引いたんなら今はどうでもいいだろ。後で女神の奴に報告すりゃあ、それでいい』

(まあ、そりゃそうだが・・・・・・・・)

 確かにイヴの言う通り、黒フードが引いたのならば今はどうでもいい問題だ。影人はさっさとレイゼロールを追うという本来の仕事に再び戻ればいいだけ。

 だが、自分と同じく正体不明・目的不明の怪人という特性の事もあって、影人は黒フードの事が気になっていた。

「逃げた・・・・・・? いや、それよりも・・・・・・・・・・スプリガン、貴様が現れた理由は何だ? まさか、貴様もレイゼロールを追っているのか?」

 謎の黒フードの人物に疑問を抱きながらも、アイティレが警戒を全開にしたような目をスプリガンへと向けた。ソレイユとラルバのスプリガンに対する正式決定意見がなければ、アイティレは極秘裏に受けている本国からの任務をすぐにでも実行したかったが、残念ながら今のところそれは叶わない。

 唯一、スプリガンが先にアイティレたちに攻撃してくれば、アイティレたちもスプリガンを敵と認定し攻撃する事が出来るが、周囲にソニアと光司という自分以外の光導姫と守護者がいるので、アイティレは挑発するといったような選択も取る事は出来なかった。自分から煽ったという事実が、ソニアや光司の口からソレイユやラルバに伝えられる可能性があるからだ。そうなれば、色々と厄介な事になる。

 ゆえにアイティレに出来る事は、スプリガンに対してそう問いかけを行う事だけだった。

「・・・・・・・・・ふん、お前らにそれを教えてやる義理はないな」

 対して影人は、スプリガンとして普段通り冷たい言葉でアイティレたちに対応した。アイティレたちは影人が攻撃をしない限り攻撃してくる事はない。だからというわけではないが、影人は普段通り冷たく、時には攻撃的な言葉を使うという、スプリガンの言動を変える気はなかった。

「んー、あなたは中々難しい人みたいだね、スプリガン。もうちょっと、お話ししてくれてもいいんじゃないかな?」

 影人の発言に『歌姫』こと、今日の昼間に邂逅したソニアがフレンドリーにそう言葉を返してきた。

(歌姫サマか・・・・・会ったのはさっきぶりで、本当なら愚痴の何個か言ってやりたい所だが・・・・・・・・・光導姫としてのスタンスは、どっちかって言うと聖女サマとかそっち寄りって感じか?)

 ソニアの融和的な言葉を受けた影人は、内心そんな事を思う。影人の内心の呟きを聞いたイヴは『ああ? お前『歌姫』と面識でもあんのか?』と聞いてきたが、そういえばイヴが宿るペンデュラムは家に忘れていたので、イヴは影人とソニアが会ったという事を知らないのだ。家に帰って来てすぐにこの山に来たので、話す暇もなかった。まあ、その事は後で話してやればいいだろう。

(つーか、ちんたらこいつらと話してる時間はないんだよな。さっさと適当な言葉言って頂上を目指さねえと・・・・・・)

 立ち塞がっていた黒フードが消えた今、影人は早くレイゼロールの後を追わなければならない。ここでダラダラと問答をしている暇はない。

「・・・・・・・・必要がない。後、俺はお前らに構っている暇もない。じゃあな――」

 影人がクルリと回りそう言おうとした時、影人をある感覚が襲った。

「ッ・・・・・・!?」

 凄まじい闇の力の揺らぎ。影人はそれを感じ取った。

 それは1度感じた事のある感覚。以前に影人がこの感覚に襲われたのは、この前の冥と殺花の戦いの時だ。しかし、あの時よりも闇の力の揺らぎは遥かに強いものに感じられた。

 そう、まるで今回はその力の揺らぎの爆心地にでもいるかのような。

(何だ・・・・・何か・・・・・・・・何か嫌な予感がする!)

 そして気がつけば、

 影人は全速力で山の頂上目掛けて駆け出していた。

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