第118話 歌姫オンステージ(5)

「・・・・・・抜かったものだ。まさか、この山が面倒な性質の場所だったとはな・・・・・・・・・」

 光導姫や影人たちが釜臥山にやってくる少し前、釜臥山を駆けながら、レイゼロールはそう呟いた。

(気配隠蔽の強制解除に、この山中での転移の禁止。しかも気配隠蔽に関しては、この山にいる限り再び掛け直す事が出来ないときている。これでは、光導姫や守護者がやって来るな。面倒な誤算だ)

 この山の性質、空気というのは少々特殊なようだ。普通の人間ならば何も感じないのだろうが、レイゼロールにはそういった事が実感として理解できる。特に自分にとっては、それらが明確なデメリットに転じている。

 本来ならば、ソレイユやラルバに気がつかれないように目的物があるかを確認するだけだった。そのためにレイゼロールは、足止め要員に冥や殺花を伴わずに、気配隠蔽を使える自分1人でこの場所にやって来たのだ。ゆえに戦闘は起こらないはずだった。

 だが、この場合だと戦闘は起こるだろう。レイゼロールが出現したとなれば、ソレイユとラルバも最上位クラスの光導姫と守護者を何人か送って来るに違いない。別に最上位といえども光導姫や守護者たちにレイゼロールが遅れを取るという事はないが、時間はそれ相応に割かれてしまう。出来るだけ早く目的物の有無の確認をしたいレイゼロールにとって、それは出来れば避けたい事態だ。

「・・・・・・全く、これで目的物が無ければとんだ無駄骨だな――ッ!?」

 レイゼロールがそんな事を呟いた時だった。突如として後方から一陣の風が迫って来た。レイゼロールは警戒してつい足を止める。そして一陣の風はレイゼロールへと追いついて来た。

「――この前ぶりね、レイゼロール。面白そうな予感がしたから来ちゃったわ」

「・・・・・・・・シェルディアか」

 その風の正体は1人の少女の姿をしたモノ、シェルディアだった。レイゼロールは警戒を解きはしたものの、今度は訝しげな視線をシェルディアに向けた。

「何の用だ、とは言わん。どうせ冷やかしだろう。だが、1つ疑問があるな。なぜ、お前の気配隠蔽は解除されていない?」

 レイゼロールはシェルディアの目的については触れず、そんな質問を1つシェルディアにぶつけた。シェルディアも普段はレイゼロールと同じように、その強大な気配を隠蔽しているが、シェルディアからは何の気配も感じられない。全ての気配隠蔽が強制解除されるこの山でだ。レイゼロールにはそれが疑問だった。

「ああ、それは簡単よ。私は昔1度この山に来たことがあったの。その時にこの山の性質を理解したから、今回は山に入る前にちょっとだけ『世界』を応用して、私の気配を漏れ出ないように調整したの。まあ、『世界』の応用だから力を使った時は、多少気配が出たでしょうけど、近くにあなたがいたから、ソレイユとかは気がついてないはずよ」

「ふん・・・・・・・・・相変わらずの化け物ぶりだな」

 シェルディアの答えを聞いたレイゼロールは、内心呆れていた。シェルディアは何でもないように言ったが、シェルディアのやった事は絶技である。シェルディアがどのように『世界』を応用して、気配を遮断しているかはレイゼロールにも詳細には分からないが、結果としてシェルディアの気配は漏れていない。それが事実だ。

「化け物だなんて酷いわね。私はただそれが出来るってだけよ。ああ、後キベリアと響斬もいるわよ。まあ、2人とも遅かったから置いて来たけど」

「・・・・・・・待て、キベリアは力を解放しているからまだいい。今のところ我がキベリアの気配を感じられないのは、お前が何かしたからだろう。だが、響斬はまだ封印を解いていないのだぞ? 今はただの人間とほとんど変わらない。それに響斬の剣の腕は――」

 レイゼロールがシェルディアを睨み言葉を紡ごうとすると、シェルディアは「分かってるわ」と即座に言葉を返して来た。

「響斬からその事は聞いたから。でもまあ、いい修行になるでしょう。一応、近くにキベリアもいるし、浄化されはしないんじゃない?」

「適当な事を・・・・・・・・・・どうせ2人を連れて来た理由は面倒な戦闘を避けるための足止めだろう」

「ふふっ、バレた?」

 レイゼロールが珍しくキベリアと響斬に同情するようにため息を吐いた。特に、響斬は下手をせずともここで浄化されてしまう可能性は極めて高い。

(だが、我は早くこの山の頂上を目指し、目的物を確認しなければならない。それにこう言ってはキベリアと響斬には悪いが、2人には光導姫と守護者の足止めをしてもらった方が助かる。ならば――)

 レイゼロールは無言で右手を無造作に振った。すると、地面から闇で造られた骸骨兵たちが何体も出現した。骸骨兵たちはケタケタと歯を鳴らしながら剣や槍、斧などといった闇で出来た武器を携えている。

 ちょうどそんな時、新たなる闇の気配が1つ生じたのをレイゼロールたちは感じた。恐らくキベリアだろう。力を解放したという事は、光導姫たちとの戦闘に突入したという事か。

「行け」

 レイゼロールはただ一言、骸骨兵たちにそう命じた。レイゼロールの命令を受けた骸骨兵たちは、その命令を了解したようにケタケタと音を鳴らしながら、下の方へと向かっていった。

「あらあら、優しいわね。キベリアたちへの援軍だなんて」

「・・・・・・相手は恐らく最上位が複数人だ。いくらキベリアといえども荷が重いだろう。響斬はほとんど一般の人間と変わらないしな」

 レイゼロールの意図を察したシェルディアが、揶揄するようにそう言ってきたが、レイゼロールは無感情にそう答えただけだった。骸骨兵たちはまだまだ無際限に地面より湧き出て、下の方へと向かっていく。

「・・・・・・・・我は先を急ぐ。お前はどうする気だ?」

「んー、とりあえずはあなたについて行こうかしら。スプリガンとかが現れれば、私はそっちに行くつもりよ」

「そうか。ならば・・・・・・・行くぞ」

「ええ」

 レイゼロールとシェルディアは凄まじい速度で、釜臥山を登っていった。













「ああもう、最悪だわ・・・・・これ、シェルディア様が戦わなくていいように、足止め係として私たちが連れて来られたって事よね? 本当にあんな見た目の癖に、やる事えげつないんだから・・・・・・・」

「ははっ、そうだね。見た目は人形のように美しい少女だけど、中身は自分の快がこの世の全てな、ある意味欲望に忠実過ぎる化け物。それがシェルディア様さ」

 釜臥山に入りシェルディアに置いて行かれたキベリアと響斬は、軽く走りながらそんな事を言い合っていた。シェルディアの「先に行くわ。後、お願いね?」という言葉と笑顔を見た2人は、その時にシェルディアの思惑に気がついた。そう、シェルディアは自分たちの後からやって来るであろう、光導姫や守護者たちの足止めにキベリアと響斬を連れて来た、という事に。

「いや本当にえげつないよ。ぼかぁいま一般の人間とほとんど変わらないんだぜ? しかも自業自得とはいえ、剣の腕もすごく落ちてるし。そんな状態で、最上位の光導姫と守護者の相手しろって、いい修行になるだろって、・・・・・・・流石にえぐすぎないかい? これが愛の鞭だったら、僕は爆発四散するよ。というわけだからキベリアくん、僕の命は君にかかってる。頼む、僕を守ってくれ。後生だから!」

 響斬は恥をかなぐり捨て、そう言って頭を下げた。そんな響斬の態度を見たキベリアは即座にこう答えを返した。

「嫌よ。別に私あんたが浄化されても何とも思わないもの」

「うんうん、そうかい。ぼかぁいま君が本気でそう思ってるであろう事に泣きそうだよ」

 キベリアの心底嫌そうな顔を見た響斬は、内心涙を流した。

「というか、そんな余裕ないの。レイゼロール様の気配が漏れたって事は、向こうサイドは最上位を複数人送って来るはずよ。流石の私も自衛だけで手一杯になるに違いないわ。だから、無理」

「まあ、そうだよね・・・・・・」

 続くキベリアの言葉を聞いた響斬は、ため息を吐いて首を縦に振った。響斬も、キベリアが自分を庇えない理由については分かっていたからだ。

「はあー、やっぱり気合で何とか生き残るしか――」

 響斬がそう呟こうとした時だった。2人は後方から人が走って来るような音を聞いた。しかも複数人のだ。

「ちっ、もう来たか」

「嫌になるくらい迅速だね」

 キベリアと響斬は立ち止まり、後方へと警戒を向ける。そして、キベリアは自身の右手につけていた銀の腕輪を外した。

「――7の万化ばんか、偽りの姿へと我を変化する」

 途端、キベリアの最上位闇人としての気配が世界に露出した。

 力を解放したキベリアが、自身の魔法を行使する。すると、キベリアの姿が変化した。深緑髪の長髪は赤髪の短髪に、グラマラスであった胸部はスマートな胸部へと。その際、体型と服のサイズも同時に変化した。

「来なさい、私の箒」

 キベリアが虚空に手を伸ばす。そうすると、突如虚空から箒が出現した。キベリアの魔法、その10『空間』に普段保存されている箒を、異空間から呼び出したのだ。

「こっちのキベリアくんも随分久しぶりだ」

「無駄口叩く暇なんてないわよ、響斬。こっからは死ぬ気で気張りなさい」

 変化したキベリアの姿を見た響斬が、肩にかけていた細長い黒のケースから刀を取り出しながらそう言った。そんな響斬の言葉に、キベリアはそう言葉を返す。

 そしてその数秒後、2人の前に6人の男女が姿を現した。

「っ、キベリア・・・・・!? それにもう1人・・・・・・・!?」

「最上位闇人か・・・・・・・・・!」

「へえ、レイゼロールだけじゃないのね! いいわ、私が浄化してあげる!」

「頼もしいわね真夏♪ じゃあ、レイゼロール戦の前にライブを始めましょうか!」

「あちゃー、ここで最上位闇人かよ。後1人は・・・・・ただの闇人か? 見たところ刀持ってるが・・・・・・」

「ラルバ様の指令はレイゼロールの行動を阻害し、レイゼロールが何か目的物を得るような行動をすれば、その目的物を奪取すること・・・・・・・・足止めならば、押し通る!」

 その6人の光導姫と守護者――風音、アイティレ、真夏、ソニア、刀時、光司はキベリアと響斬の2人にそれぞれの反応を示した。いま日本にいる光導十姫と守護十聖の全員という、光サイドの最高戦力。その事実は、それだけソレイユとラルバが本気だという事を示していた。

「うへえ、6人もいる・・・・・・・・しかも全員クソ強いの雰囲気でわかるし・・・・・」

「これまたゾロゾロと来ちゃって。・・・・・・想定より少し多いけど、やるしかないわね」

 キベリアはため息を吐きながらも、その6人に対抗するべく魔法を行使した。

「1の炎、べゆく番人へと変化する。2の水、しずみし貫者かんじゃへと変化する。3の雷、たける弓士へと変化する」

 キベリアがそう呟くと、炎、水、雷で体が構成された騎士が出現した。炎の騎士は炎の剣を、水の騎士は水の槍を、雷の騎士は雷の弓をそれぞれ携えている。

「あんたは出来るだけ私を守るのよ響斬。どうせ浄化されるなら、私の盾になって逝きなさい」

「わーお・・・・・・キベリアくん、言ってる事中々えげつないぜ?」

 響斬は軽く泣きそうになりながらも、キベリアの言う通り刀を持ちながらキベリアの前方に立った。キベリアはその闇の性質上、近接戦があまり得意ではない。ゆえに、キベリアが近接戦に陥るような事があれば、響斬たちの負けは確定的となるからだ。その事態を出来るだけ起こさないようにするためには、響斬が盾になるような形で戦う方がまだいい。キベリアと響斬はその事を理解していた。

「1の炎、妖鳥へと変化する。あなたたちも行きなさい」

 キベリアは火で出来た鳥を作り出し、その鳥を6人の方へと突撃させた。そしてそれと同時に、3体の騎士に号令を出す。炎の騎士と水の騎士は火の鳥に続くように、光導姫たちへと突撃していった。雷の騎士はその後方から雷の矢を放つ。

「ッ! 全員散開――!」

「する必要はないよ、『提督』さん♪」

 アイティレが全員に指示を飛ばそうとした時だった。ソニアが仲間を守るように足を一歩前に踏み出した。

守りの歌イージスソング――」

 まるでアイドルの衣装のような服装に身を包んだソニア。そしてソニアはそう呟くと、歌を歌い始めた。

「歌・・・・・?」

 そのソニアの行為に響斬は疑問から眉を寄せた。はっきり言って、なぜ急に歌い出したのか意味が分からなかったからだ。だが、響斬はすぐにソニアの行為の意味を知る事になる。

 キベリアが突撃させた火の鳥や、炎と水の騎士の攻撃がソニアの前方の空間に弾かれたからだ。そう、まるでそこに見えない壁があるかのように。

「ッ!? 攻撃が通らない? バリアか!」

 響斬は驚愕したような声を挙げた。どういう理屈か知らないが、状況から考えるに、あの光導姫が歌った事により見えない障壁のようなものが展開されたと考えるべきだ。

「感謝するぞ『歌姫』。各自、今のうちに準備を整えろ。私と『侍』と『騎士』は、キベリアに近接戦を仕掛けに行く。『歌姫』、『巫女』、『呪術師』はあの3体の騎士たちを抑えてくれ。『歌姫』の歌が途切れ次第、行動を開始する」

 アイティレが全員に聞こえるようにそう指示を飛ばした。アイティレが指示を出したのは咄嗟の事だったが、他の5人はその指示に理解を示した。

「分かったわ」

「あんたに指示されて動くのは癪だけど、了解よ」

「オーライ、行けるかい光司っち?」

「大丈夫です。キベリアとは前回戦いました。攻撃のパターンは、ある程度分かっているつもりですから」

 風音、真夏、刀時、光司は言葉を返すが、まだ歌を歌っていたソニアだけは言葉を返す事が出来なかったので、コクリと首を盾に振っただけだった。

「〜〜♪ ごめん、障壁解けるよ!」

「了解した。各自行動に移れ!」

 ソニアの歌が終わった。それが意味するのは見えない障壁が解除されたという事だ。

 必然、今まで障壁によって阻まれていた、火の鳥や騎士たちの攻撃が光導姫と守護者たちを襲う。

「式札1番から5番、寄りて光の女神に捧ぐ奉納刀と化す!」

「はっ、呪ってやるわ!」

攻撃の歌ストライクソング――!」

 しかし、その攻撃には3人の光導姫が対応した。水の騎士には刀を持った風音が対応し、中距離にいる雷の騎士には真夏が呪符を飛ばす。そして、炎の騎士と火の鳥には、ソニアが先ほどとは違う歌を歌って対応した。ソニアの歌が響くと、火の鳥と騎士は突如としてその場から吹き飛ばされた。

「突撃するぞ!」 

 その隙にアイティレ、刀時、光司がキベリアと響斬の方へと向かって来た。

「6の鋼、鉄の飛竜へと変化する。響斬!」

「分かってる! でも止めれても1人だぜ!」

 両手の銃を撃ちながら距離を詰めて来るアイティレの攻撃から身を守るように、キベリアが新たな魔法を行使する。すると、キベリアを守るように鋼の飛竜が出現し、その翼でキベリアに飛来した全ての弾丸を弾いた。

 一方、キベリアに名前を呼ばれた響斬はキベリアの意図を理解したように叫ぶと、刀を鞘に納めながらアイティレたちの方に向かってダッシュした。ちなみに、今の響斬はゴム草履ではなく普通の靴を履いているので、足回りに不安はない。

 ダッシュした響斬はその勢いのままに、鞘から刀を抜刀すると、向かって来る3人の内の1人、刀時へと斬りかかった。

「っ!? 俺に来るかよ!」

「悪いね、まだ君が1番やりやすそうだ!」

 響斬に刀で攻撃された刀時は、自身も鞘から刀を引き抜き響斬の刀を受けた。響斬がまだ止められる可能性があるとすれば、自分と同じ得物を使う刀時しかいないと、響斬は考えたからだ。

「剱原さん!?」

「光司っち、アイティレちゃん! 俺の事はいいから、キベリアを狙え! 今ならあの鋼の飛竜さえ何とかすれば近接戦に持ち込める! そうなりゃ、こっちの勝ちだ!」

 光司の心配するような声に刀時はそう指示を出す。鍔迫り合ってみた感じ、この闇人らしき人物の膂力はそれ程でもない。いや、下手をすると殆ど一般の人間と同じように感じられた。これならば、刀時1人でも余裕だと刀時は考えたのだ。 

「分かった。『騎士』、そういう事だ。私たちは変わらずこのままキベリアに突撃する」

「ッ・・・・はい!」

 刀時の指示に頷いたアイティレは一瞬止めていた足を再び動かす。光司も刀時とアイティレの言葉に従い、再びキベリアに向かって走り始めた。

「近接型の最上位が2人・・・・・・・・さあ、残りの魔力でどう捌こうかしら」

 自分に向かって来るアイティレと光司に視線を向けながら、キベリアは少しヤケクソ気味な笑みを浮かべる。もうけっこう魔力を使っているので、正直かなりマズイ状況だからだ。

 だが、何とかしなければならない。でなければ、自分はここで浄化される。

 ――こうして釜臥山での戦いは始まった。しかし、今この場にいる者はまだ誰も気がついてはいなかった。

 レイゼロールの創造した、闇の骸骨兵の軍団。

 圧倒的に自在な闇の力を振るう、正体不明・目的不明の怪人。

 その2つの存在が近づいている事に。

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