第117話 歌姫オンステージ(4)

「ふむ、なるほどな・・・・・・」

 この世界のどこか、周囲が暗闇に包まれた場所。石の玉座に腰掛けていたレイゼロールは、今しがた虚空より出現した手紙に目を落としながら、そう呟いた。

(響斬が我の探し物の情報を掴み、それをシェルディア経緯で伝えてきたという事か)

 シェルディアの手紙に記されていたのは、日本に戻った響斬が得たというカケラに関する情報だった。響斬が言うには、あくまで噂レベルという事らしいが、噂レベルでもレイゼロールにとっては十分な情報であった。

(場所は日本の北にある霊場「恐山」。今夜にでも確かめに行くか。冥や殺花は気配の問題があるため、行くのは我1人でいいだろう)

 レイゼロールは手紙を畳みながらそう考える。レイゼロールは気配を遮断する事が出来るが、力を解放した冥や殺花は、再び力を封印しなければ外に出た場合気配が漏れてしまう。それに回収作業だけならば、戦闘になる事も恐らくはないだろう。

(懸念があるとすれば、この前に我を襲って来たフェルフィズの大鎌を持つ謎の人物、もしくはスプリガンが出現する可能性がある事だが・・・・・・・・・その時はその時だ)

 その2人がレイゼロールが気配を遮断している状態でも、レイゼロールの事を感知出来るのかは分からないが、出現する可能性もなくは無い。

「・・・・・・響斬が伝えてくれた場所にカケラがあれば、それで2個目か。それでも・・・・・・・・まだ遠いな」

 レイゼロールはカケラがある事を願いながらも、ため息を吐いた。












「! ふふっ、2人ともレイゼロールが恐山に現れたわ。さあ、私たちも行きましょうか」

 午後8時を過ぎた辺りの時間、自宅で優雅に本を読んでいたシェルディアは突如として、そんな事を言葉に放った。

「うへえ・・・・・シェルディア様、さっきも言ったように、今のぼかぁただの人間とほとんど変わらないんですけど・・・・・・・・・・それでも行かなきゃダメですかね?」

 シェルディア宅のテレビの前で、シマシマパンツを履いた白いぬいぐるみと一緒に座っていた響斬が、困ったような声音でそう言った。昼ごろにシェルディア宅を訪れた響斬だったが、響斬は昼からずっとシェルディア宅にいた。その理由は、今シェルディアが言った事が原因だ。

「あのですね、シェルディア様。私は勇気を持って提言しますが、私たちが行く意味あるんですか? 確かに昼ごろに仰っていた通り、レイゼロール様の気配は恐山に入った事で解かれたんでしょう。レイゼロール様の気配は私も感じましたし・・・・・・・・つまり何が言いたいかと言うと、私たち行けば戦闘する羽目になりますよ?」

 リビングの隅の机で魔導書を解読していたキベリアは、顔を上げて難しいような面倒くさそうな表情を浮かべていた。なお、シェルディア宅には気配遮断の結界が展開されているため、キベリアはシェルディアから貰った一時的に力を封印する腕輪を外していた。そのため、レイゼロールの気配を感じる事が出来たのだ。

「ふふっ、まあそうね。レイゼロールの気配が漏れたという事は、ソレイユとラルバが光導姫と守護者を恐山に送るという事。なら、必然そこに行けば私たちも戦闘に巻き込まれる事になる。まあ、私も面倒な戦闘は嫌だけど・・・・・・・それ以上に、面白そうな予感がするのよ」

 シェルディアはキベリアの指摘を認めつつ、意味深な笑みを浮かべた。シェルディアの言う面白そうな予感、それは即ちスプリガンが現れるかもしれないというものだ。いや、もしかするとこの前レイゼロールを襲ったという、神殺しの大鎌を持つ謎の黒フードも現れるかもしれない。シェルディアはそれを期待しているのだ。

「とにかく、あなたたちも一緒に行くのよ。これはもう決めた事。ちょうどいいじゃない響斬。あなたいま修行しなおしてるんでしょ? 生身で光導姫と守護者と戦えばきっといい修行になるわよ。キベリアは問答無用よ」

 ニコニコとした顔でそんな事を言ったシェルディア。シェルディアからそう言われた響斬とキベリアは、全てを諦めたような顔を浮かべていた。

「うーん、たぶん僕今日死ぬかも・・・・・・・キベリアくん、悪いけど骨は拾ってくれ・・・・・」

「私たちくらい長く生きてる闇人は、浄化されれば骨も残らないわよ・・・・・・・・ああ、世界はやっぱり理不尽だわ・・・・・」

 2人の最上位闇人はお互いに言葉を交わし合うと、渋々とした感じで戦場に向かう用意に取り掛かった。

「うんうん、それでいいのよ。それにしても、昔に恐山に行っておいてよかったわ。じゃなきゃ、色々と面倒だったし、あの土地の性質の事も知らなかっただろうから」 

 2人の様子を見たシェルディアは、気分が良さそうな顔になった。

 ――こうして数分後、シェルディアの転移により3人は恐山に到着した。












「ッ!? これはレイゼロールの気配・・・・・!?」

 神界、その自らのプライベートスペースにソレイユの驚愕したような声が響く。だが、それも無理はない事だろう。普段は気配を遮断して活動しているはずのレイゼロールの気配が突如として地上の世界に出現したのを感じたからだ。

(いったいどういう事? レイゼロールの近くに闇奴の気配はない。レイゼロールの気配が出現した場所は・・・・・・・・日本の青森県? もっと詳細な地名情報は・・・・・・恐山と呼ばれる霊場、その中の山の1つ、釜臥山かまふせやま・・・・・・・・・)

 ソレイユは自分の目の前に、日本の地図をウインドウとして出現させながら、気配の正確な位置を探っていく。その結果、レイゼロールが出現した場所は、日本の青森県にある恐山山地の釜臥山という事が分かった。

(レイゼロールが気配の遮断を解いた理由はなに? それに、なぜレイゼロールはこんな場所に・・・・・・・・はっ、まさかッ!?)

 レイゼロールが気配の遮断を解いた理由はどうしても分からなかったが、レイゼロールが釜臥山に出現した理由について、ソレイユは1つだけその理由を推察する事が出来た。

「カケラがその場所に・・・・!? これは千載一遇のチャンスです! もしレイゼロールより先にカケラを回収する事が出来れば、レイゼロールの計画はここで潰える・・・・・・・! そうとなれば、早速最上位クラスの光導姫たちを釜臥山に送らなければ!」

 ソレイユは急いで日本にいる最上位クラスの光導姫たちを転移させるべく行動に移った。だが、今回は事が事だ。1度光導姫たちをここに呼んで、その仕事を伝えなければならない。

(心苦しいですが、レイゼロールの目的物についてはある程度ボカすほかないですね。恐らく、私と同じくラルバもこの事には気がついているでしょうから、守護者にも説明する時にはボカすはず。後は・・・・・・・・私の切り札にも動いてもらうしかないですね)

 光導姫たちにまだカケラの事を詳細に伝えるべきではない。ゆえにソレイユは光導姫たちにその部分だけボカして伝えようと考えていた。きっとラルバも同じだろう。

 ソレイユの切り札――影人にも悪いが詳しい事をいま言うつもは無い。光導姫たちと同様に、レイゼロールの行動を阻害する事、レイゼロールが得ようとしている目的物の回収をお願いするだけだ。

「・・・・・・・・まあ、無駄に勘がいい影人の事です。私が何かを隠す事には気がつくでしょうが、無理に突っ込んではこないでしょうね。影人は、スプリガンの役割をただ仕事と割り切っていますから」

 そういう意味で、影人に懸念を抱く必要はない。あの少年は、そういうところは本当にドライだからだ。

「最初は光導姫たちを送りましょう。レイゼロールと戦闘を行う可能性を考えると、人選は光導十姫に限られますから・・・・・・・・・」

 ソレイユは、まずは光導姫たちを一旦自分の元に転移させる準備から始めた。














「ったく、暁理の奴め・・・・・・こんな時間まで拘束しやがって。覚えてねえって言ってんのにな・・・・・」

 自分の家に帰って来た影人は、疲れたようにそう呟いた。そのまま自分の部屋に入って時計を見てみると、時刻は午後8時を過ぎていた。かれこれ4〜5時間は暁理に拘束されていた事になる。端的に言って長過ぎだ。

 あの後、暁理に連行された影人は小学校近くのファミレスで、ソニアとの関係について根掘り葉掘り聞かれた。しかし当の影人はソニアの事を覚えていないので、なにも話す事は出来なかった。

 それでも暁理は一向に諦めず、影人に色々と質問してきた(質問とは名ばかりの尋問)が、本当に影人が何も覚えていないと分かると、ようやくその事を諦めたのだった。

「にしても・・・・・・・・・このアドレスどうすっかな。歌姫サマは絶対連絡して来いって言ってたし、暁理も連絡してあげろとか言ってたが・・・・・・・・ぶっちゃけ、面倒い予感しかしないから、連絡したくないんだよな」

 影人はウエストポーチに入れていた紙を取り出しながら、ため息を吐く。普通、影人と同年代の男子ならば、世界の歌姫であり美少女と名高いソニアから連絡して来てほしいと言われれば、興奮するか喜ぶか何かを期待する所だが、そこは我らが誇る前髪野朗である。前髪は本当に面倒くさそうな顔をしながら、嫌そうな声を漏らした。

『――影人、すみませんが緊急の要件があります』

「ん・・・・・・・? 何だよ、ソレイユ?」

 そんな時だった、影人の脳内にソレイユのどこか緊張したような声が響く。そんなソレイユの言葉に影人は肉声でそう聞いた。

『・・・・・レイゼロールが日本に出現しました』 

「・・・・・・・・・レイゼロールが? そりゃまた何でだ? まさか、また俺を釣るためか?」

 レイゼロールが日本に出現した。確かにそれは緊急の要件だろう。しかし、レイゼロールが日本に現れた肝心のその理由が影人には分からなかった。考えられる可能性としては、いま自分が言ったように、またスプリガンを釣るため。それくらいしか思い浮かばない。

『それは・・・・・・。ですが、レイゼロールが気配の遮断を解いてまで、日本に出現したのには何か目的があるはずです。そうですね、考えられる可能性としては・・・・・・・・・何か目的の物がそこにあるとか。それくらいでしょうか?」

「ふーん・・・・・・・・・・・・なるほどな」

 何か隠してるか、嘘をついてるな。ソレイユの念話を聞いた影人は直感的にそう思った。色々と態度が白々しい気がしたからだ。

『一応、あなたにお願いする事は、レイゼロールの目的の阻害です。先ほど私が言ったような事が第一に考えられるので、その場合はレイゼロールが得ようとしている目的物を先に確保、もしくは奪取してください。なお、先に現地に転移させた、『巫女』、『提督』、『呪術師』、『歌姫』にも同様の事を伝えています』

「はっ、『歌姫』ね・・・・・ちょうどいい、紙でも叩き返してやるか」

 ソレイユから聞いた光導姫名の中に、今日の昼に会った少女の光導姫名があったので、そんな冗談を言った影人だったが、影人が『歌姫』と出会った事をまだ知らないソレイユは、『? どういう意味ですか?』と聞き返して来た。

「まあ、また今度話してやるよ。いま家だからちょい待ってくれ。準備出来たら、また念話するからよ」

『わかりました』

 ソレイユはそう言って、念話を一旦終了させた。影人はすぐさま机の引き出しに入れていた、黒い宝石のついたペンデュラムを取り出しズボンのポケットに入れた。実は今日外出する時に、うっかりと忘れていたのだ。一応、いつ仕事が来ないとも限らない影人からしてみれば、こういううっかりは許されないのだが、影人も人間だ。祭りに行くとワクワクしていた日には、忘れる事もある。まあ、普段はこういうミスはしないのだが。

「よう、イヴ。話しかけて早々だが、仕事だぜ」

『ああん? ちっ、面倒くせえな。俺は暴れられるんだろうな?』

 ペンデュラムを持った事で、イヴとのリンクが構築された影人はイヴにそう話しかける。イヴはいつも通り影人に悪態をつきながらも、そんな事を確認してきた。

「どうだかな。まあ、色々とありそうな予感はするが・・・・・・戦闘にはなるだろうな。だが・・・・・・俺は自分の仕事をするだけだ」

 影人はどこまでも無感情にそう呟く。ソレイユが何を隠していようが、嘘をついていようが関係ない。自分はただ言われた仕事をするだけだ。そこに詮索は、今は必要ない。

『けっ、まるでワーカーホリックだな』

「違うな、イヴ。俺はプロなだけだ。・・・・・さあ、ちょいと久しぶりな暗躍をやりに行くか」

 そう格好をつけながら、影人は靴を履いて家を出た。

 数秒後、影人は光に包まれどこかへと姿を消した。












「これは・・・・・・・・・・山か?」

 転移した影人の目の前に最初に飛び込んできたのは、闇夜にそびえ立つ巨大な山であった。

「おい、ソレイユ。ここどこだよ?」

『そこは青森県の恐山山地にある釜臥山です。あなたの目の前にある山がそうですね』

「青森県? 恐山? マジかよ・・・・・・レイゼロールの奴も、また辺鄙な場所に現れたもんだな」

 恐山。その場所は影人も軽い知識だけなら知っている場所だ。曰く日本三大霊場の1つ。そしてイタコが有名。

「というか恐山山地って事は、恐山は1つの山の名前じゃないのか。それは知らなかったな・・・・・」

 そう。実は影人が言ったように恐山というのは、1つの山の名前ではない。いや、正確にはその中心にある火山を恐山というのは間違っていないのだが、恐山とはその外輪を囲む山からなるものでもあり、その総称を恐山、又は恐山山地というのだ。そして影人の前にある釜臥山は、標高879メートルの恐山山地でも最高峰の山である。

『影人、すみませんが少し急いでください。今はあまり時間は――ッ!?』

「どうしたソレイユ?」

 ソレイユが何かに気がついたように言葉を中断させる。影人は少し真面目な口調でそう聞いた。

『新たなる闇の気配が1つ発生しました! 気配の大きさから見て最上位闇人です!』

「ちっ、また最上位かよ! ったく、ボスクラスの奴らがそんなにホイホイ出てくるんじゃねえよ・・・・・・・・!」

 影人は軽くそう毒づきながら真っ暗な山に向かって走る。この山の中での戦いは、もう恐らく始まったのだ。最上位闇人の気配の唐突な出現はそれを意味しているとしか思えない。

変身チェンジ

 走りながら黒い宝石のついたペンデュラムを持った影人はそう呟いた。すると黒い宝石が夜の闇よりもなお濃い黒い輝きを放つ。黒い光とペンデュラムが消失すると、影人の姿は変化していた。

 鍔の長い帽子、黒の外套。深紅のネクタイに紺のズボン。足元を飾るは黒の編み上げブーツ。

 そして前髪の長さが変わった事により、露わになる端正な顔。両目に輝くは金色の瞳。

 ――すなわち、スプリガンへと。

「・・・・・・面倒事はさっさと終わらせる」

『ははっ、そう言うなよ影人。久しぶりな戦闘の匂いだ。もっと気分を高揚させようぜ。敵は全員蹂躙して殲滅だ!』

「どこの悪役だよ・・・・・・・・・・俺は別に悪役じゃない。もちろん善人でもないがな。・・・・・俺は揺蕩う中間者だ。蹂躙も殲滅も、。俺がやるのは、言われた仕事だけだ」

 面白がるようなイヴの言葉に、影人は冷たい口調でそう答えを返す。そんな影人の言葉を受けたイヴは、『くくっ、そうかい。なら、それでいい。やっぱりお前はしっかりイカれてるぜ』とよく分からない事を言いながら、満足気に笑っていた。

 そんな会話をしながら、影人とその力の意志は釜臥山へと足を踏み入れた。

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