第115話 歌姫オンステージ(2)

「確かに俺の名前は帰城影人ですけど・・・・・・・・・あの、何で俺の名前を・・・・・?」

 初老の女性教師に自分の名前を呼ばれた影人。その事に驚いた影人だったが、女性教師がなぜ自分の名前を知っているのか疑問に思った影人は、女性教師にそう聞き返していた。 

「やっぱり! 大きくなって・・・・・・・・でも、最初見た時は全然分からなかったわ。顔が前髪で見えないから。会話が耳に入って来なかったら、絶対気づかなかったでしょうね」

 女性教師は懐かしそうに目を細めてそう言った。結局、女性は影人の疑問にはまだ答えてくれていないが、どうやらやはり、女性教師は影人の事を知っているようだ。

「影人、この人と知り合いかい?」

「いや、申し訳ないけど分からないから、俺は今そう聞いたんだが・・・・・・・・」

 暁理にヒソヒソとそう聞かれた影人は、困惑したように言葉を返す。向こうは影人を知っているようだが、申し訳ない事に影人は女性の事を知らない。

「ああ、ごめんなさい。もう随分と前になるから覚えてないわよね」

 そんな影人たちの会話を聞いた女性教師は、仕方がないかといった感じで苦笑した。女性教師の言葉を聞くに、どうやら自分は以前にこの女性教師と会った事があるようだ。そして、女性教師が言うように、影人はその事を忘れてしまっているらしい。

「あの、すみません・・・・・・・やっぱり、俺あなたの事を忘れているみたいです」

 影人は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。そんな影人の反応に、女性教師はまるで気にしていないといった感じで朗らかな笑みを浮かべた。

「謝らないでちょうだい帰城くん。人間はどうしても忘れてしまう生き物だから。ええと、私はあなたが小学3年生の時のクラスの副担任だった、高町春子たかまちはるこという者よ」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 女性教師は自分の名前を影人に伝えた。女性教師のその言葉を聞いた影人は、ついそんな声を漏らす。影人が女性の事を思い出したからだ。そう言えば、自分が3年生の頃、女性の副担任教師がいた。当時は気のいいおばちゃんという感じで、よくクラスの生徒たちに懐かれていた。影人はあまり話したことはなかったと思うが、それでも記憶には残っていた。

 ただ、影人が春子の事を思い出したのは、春子の名前を聞いたからではない。春子が言った「小学3年生の時のクラスの副担任」という箇所で、影人は春子の事を思い出したのだ。

「・・・・・・・・・・あの時の副担任の方でしたか。思い出しました、お久しぶりです。忘れてしまっていた事、もう1度お詫びします。本当にすみませんでした」

「だからいいのよ、本当に気にしないで。ふふっ、律義なところは変わっていないのね」

 再び謝罪をしてきた影人に、春子は笑いながらそう言った。別段、影人は昔も今も自分の事を律義だと思った事はないが、どうやら春子はそう思っているようだった。

「まさか、俺が在籍してた当時の先生がまだいらっしゃるとは思ってませんでしたよ。雰囲気もけっこう変わられましたね」

「ぱっと見、上品になったでしょ? でも、中身はあんまり変わってないつもりよ。でも、帰城くんは本当に見た目が変わったわね。昔はそんなに前髪長くなかったでしょう? せっかくイケメンなのにもったいないわね」

「え!?」

 影人と春子が昔を懐かしむように話し合っていると、暁理が驚いたようにそんな声を上げた。今まで影人と春子の事を気遣って、周囲の作品を1人見ていた暁理だったが(もちろん聞き耳は立てていた)、流石に春子のその発言には、反応せざるを得なかった。

「え、影人がイケメン!? というか、影人の素顔見たことあるんですか!?」

 素っ頓狂な声で暁理は女性教師にマッハで近づき食い気味にそう聞いた。そんな暁理の様子に驚いた春子は「え、ええ・・・・・」と目を瞬かせていた。 

「少なくとも3年生の時は、前髪は多少長かったとはいえ、顔は見えていたから。帰城くんはちょっと暗めだったけど、かなりのイケメンで、クラスの女子たちにも密かに人気があったのよ。まあ、帰城くんは気がついてないようだったけど」

「なっ・・・・・・・・ほ、本当ですか? そんな事はなかったと思いますけど・・・・・・・・」

 春子の言葉通り、そんな事には全く気がついていなかった影人は、面食らったような表情を浮かべた。確かに小学3年生の時は今のように前髪は長くなかったし、素顔も露出させていたが、女子に人気があったと言われても、影人には半信半疑、いや無信全疑である。

「え、影人がかなりのイケメン・・・・・? じ、女子たちから密かに人気があった・・・・・・・・? い、いったいどこの世界の影人の話なんだ・・・・・・・・・・?」

 一方、食い気味に春子に質問していた暁理はというと、ポカンと口を開けて、信じられないといったような顔を浮かべていた。別に影人はその事にとやかく言うつもりはないが、相変わらず自分には何とも失礼な奴である。

「まあ、帰城くん女子とは全く関わってなかったしね。でも、不思議ね。あなた、そんな格好をしているけど、女の子でしょう? 私はあなたはてっきり、帰城くんの彼女だと思っていたけど違うのかしら? 彼女さんなら、帰城くんの素顔は見た事があるはずだし・・・・・・・」

 春子は、言葉通り不思議そうな顔で暁理にそう聞いた。春子から「彼女云々」と言われた暁理はというと――

「か、かの、かかかかか彼女!? ぼ、ぼぼぼ僕がですか!? そそそそそそんな事ない、いや、も、もしかしたら、あるかもですけど・・・・・!」

 なぜか顔を真っ赤にして、バグったように首を横に振っていた。影人の彼女云々で頭が混乱したのだろう。言動もどこか怪しい。

「おい、俺の彼女云々で気分を著しく害したのは分かるが、ちょっと落ち着け暁理。あー、すみません高町先生。こいつは彼女とかではなく、俺のただの悪友なんです。勘違いをさせてしまって申し訳ないですが・・・・・・」

「そうなの? とっても仲が良かったから、てっきりそうだとばかり思ったわ。それは失礼したわね、ごめんなさい」

 影人の弁明に春子は少し驚いたような顔で、そう謝罪した。春子の謝罪に影人は、「いえ、気にしないでください」と軽く首を振った。

「仲がいいのは、まあ事実ですし。ただ、俺と暁理はそういうんじゃないってだけです。・・・・・・・じゃあ、すみません。俺たちもまた他の場所を回りたいので、ここら辺で失礼させてもらいます。久しぶりに会えてよかったです。おい、暁理。いつまで壊れた機械みたいになってんだ。次行くぞ」 

 影人は春子にそう言って軽く頭を下げると、隣の暁理の方を見た。暁理はさっきの春子の彼女云々の言葉を聞いてから、「僕が影人の彼女・・・・? ぼ、僕が・・・・・・? か、彼女・・・・・・・」とポカンとした顔で、同じ言葉を何度も繰り返しており、壊れた機械のようになっていた。

「あら、もう行ってしまうの? 寂しいけど仕方ないわね。帰城くん、多分私は来年もまだこの学校にいるだろうから、またお祭りの日に会いに来てちょうだいね」

「ええ、もちろんです。また来年。では失礼して」

「あっ・・・・・ち、ちょっと待ってくれよ影人! 僕はまだ色々とこの人に聞きたい事が・・・・・・って、僕を置いていくな!」

 寂しそうな顔を浮かべる春子に、影人は笑ってそう言うと教室を出た。暁理はまだ直る素振りもなかったので、そのまま置いていこうとしたのだが、慌てて影人を追いかけてきた。

「影人とりあえずその前髪の下見せてよ! 君が実は隠れイケメンだったとか信じられない! というか腹立つ!」

「絶対嫌だ。後、何で腹立たれなきゃならねえんだよ。理不尽だ」

 廊下に出た暁理は突然そんな事を言ってきたが、影人は暁理のその頼みを即座に却下した。自分の素顔が露わになるのは、仕事スプリガンの時だけ、それで充分だ。まあその素顔も、それが影人の顔だとはソレイユとイヴ以外認識できないが。

「それより次はどこ回るよ? まだ校舎内も色々とあるぜ」

「露骨に話を逸らすなよ。全く・・・・・まあ、別に僕は君の顔なんかどうでもいいけどさ」

 プイと影人から顔を逸らしながら、暁理はそう呟く。暁理が影人に心惹かれたのはその内面だ。だから、本当に顔はどうでもいいのだ。ただ、やはり気にはなるが。

「結局どっちなんだよ・・・・・・・意味分からん奴だ」

「それで結構さ。んー、次は――」

 そんな会話をしながら、2人はパンフレットを見て次にどこに行くかを検討し合った。













「ふふっ、楽っのしいー♪ 久しぶりの日本、久しぶりのお祭り、最高だわー♪」

 両手に食べ物を持ったソニアは、ニコニコとした顔でそう呟いた。

 変装したソニアは誰にも正体がバレる事なく、小学校の夏祭りを堪能していた。

「といっても、楽しい時間はすぐに過ぎるもの・・・・・・・・何だかんだで、時間も残り10分くらいだし・・・・・最後はどこに行こっかな」 

 ソニアは自分の腕時計を見ながらため息を吐いた。ソニアが祭りに参加できる時間は1時間。そして、現在は祭りに参加して50分経過していた。

「うーん、まだ回りたいところはいっぱいあるけど・・・・・・・・ん? ここの作品展示って・・・・・・・あ、懐かしい! そういえば、図工で作った作品とか、習字で書いたやつなんかは、ここに飾られたのよね! よし、最後はここ行こうー♪」

 パンフレットを確認していたソニアは、最後に訪れる場所を決めた。校舎内は飲食厳禁なため、持っていた食べ物をペロリと平らげ、ソニアは校舎に入り、目的の教室を目指した。

「お邪魔しまーす・・・・・」

 目的の教室にたどり着いたソニアは、そう呟きながら教室に入った。

 教室にはパンフレットに書かれていた通り、習字や図工の授業で作られた作品などが展示されている。そして監督だろう女性教師が1人、教卓のイスに腰掛けて――

「あっ・・・・・・・・!」

 その女性教師の顔に見覚えがあったソニアは、驚いた表情でそう声を漏らす。そして、小走りでその女性教師に近づき日本語で声を掛けた。 

「高町先生! お久しぶりです! 私です! 覚えてますか!?」

「えっ、私・・・・・・? あなたは・・・・・・・・・?」

 興奮したように突然そう声を掛けてきたソニアに、春子は戸惑ったような顔を浮かべていた。その顔は、全く心当たりがないといった顔だ。

(そっか、私変装してるんだった。今周りに人は・・・・・いない。なら、大丈夫だよね)

 春子の戸惑いの理由を理解したソニアは、周囲に自分たち以外人がいないのを確認すると、括っていたゴム、キャップとメガネを取った。

「これで、分かりますか?」

「その顔・・・・・・・・・・も、もしかしてソニアちゃんなの!?」

「はい! 4年生の時に先生のクラスの生徒だった、ソニア・テレフレアです!」

 驚いている春子に、ソニアは嬉しそうな笑みを浮かべながらそう答えた。

 そう。実はこの高町春子は、ソニアが小学4年生の時のクラスの担任でもあった。外国人であったソニアにも優しく接してくれた人物で、ソニアは春子の事をよく覚えていた。

「まあまあ、こんなに大きく可愛くなって! もちろん昔も可愛かったけど、今は花盛りって感じね! それに今じゃ世界の歌姫なんですものね! 本当、凄いわ!」

 ソニアの成長した姿を見た春子は、それはそれは嬉しそうだった。かなりの大声でそう言った春子に、ソニアは少し慌てたようにこう言った。

「す、すみません先生。私、今ちょっとオフで来てるので、もう少し声の大きさを抑えてもらっていいですか?」

「あっ、ごめんない。私ったらつい・・・・・・そうよね、ソニアちゃんも今や超がつく有名人ですものね」

「あはは、すみません。でも、嬉しいです♪ 私があのソニアって、分かっていてくださったんですね」

「そりゃあ、分かるわよ。私、教え子の顔は忘れないから。それに、ソニアちゃんは元気で明るい子だったから、余計覚えてたわ」

 ソニアと春子は昔を思い出しながら、そんな事を言い合った。それから2人は少し話し合った。話の内容は主に昔の事だったが、ソニアがここに来た理由など現在の事も、ソニアは春子に話した。

「そう、急がしいのに何とか時間を作って・・・・・よかったわ。ソニアちゃんとって、この学校がそう思える場所であって」

「はい♪ 日本にいて、この学校に通ってた3年間は私にとって、とても大切な思い出ですから」

 しみじみとした口調でそう述べた春子に、ソニアは暖かな笑みを浮かべながら、そう言葉を返す。本当に、ソニアにとって日本にいた頃の記憶は、とても大切なものだった。

「ふふっ、それにしても今日はいい日だわ。懐かしい顔に2人もあったんだから。こういうのがあるから、教師はやめられないのよねえ」

「へえ! 私以外にも誰か昔の生徒さんが来たんですか。もしかして、私も知ってる子ですか?」

 軽い興味本位でソニアはそんな質問をした。ソニアの質問に春子は、「さあ、たぶん知らないと思うけど」と前置きして、こう答えた。

「小学3年生の時に、私が副担任をしていたクラスの男の子でね。名前は帰城影人って言って、多少見た目は変わってたけど、律儀ないい子よ」

「っ!?」

 その名前を聞いたソニアは思わず息を呑んだ。まさか、そんな。確かに奇跡でも起きて、彼に出会えないかとは思ったが、彼が今日自分と同じくこの祭りを訪れていたとは。奇跡は、もしかしたらソニアが手を伸ばせば届くところまで来ているのかもしれない。

「せ、先生! 彼は、その彼はどこに行きましたか!?」

「き、帰城くんの事? 彼なら、あなたが来る少し前にここを出ていったわよ? 他の所も回りたいからって・・・・・・・どこを回るとかは、言ってなかったけど・・・・でも、探せばまだ校内にはいるんじゃないかしら?」

 ソニアは反射的に春子の両肩を掴み、そう声を張り上げていた。そのソニアの様子の変わりように驚いた春子は、目をパチパチとさせながらもそう答えた。春子から情報を得たソニアは、キャップとメガネを掛け直すと、すぐさま行動に移った。

「ありがとうございました! 急ですみませんが、私はこれで失礼します!」

「まさかソニアちゃんが帰城くんの事を知ってたとは――って、ソニアちゃん!? そんなに急いでどうしたの!? 後、校内は走っちゃダメよー!」

 走って教室を出たソニアの耳に、春子の声が聞こえた。校内を走ってはいけない。何とも懐かしい言葉だが、今日ばかりは全力で走らせてもらうしかない。でなければ、奇跡は起きないだろうから。

(あの人が来てる。私のすぐ近くにいる! ああ、もうッ! 奇跡起こせるよ! ありがとう神様!)

 鼓動が高鳴る。ソニアの記憶にいる彼がここにいる。そう思っただけで、駆ける速さは上がっていく。

(どこ? どこにいるの?)

 校舎内をあらかた見て回ったソニアは、校舎の外へと出た。周囲にいるのは、小学生やその保護者が多いので、自分と同じ年頃の人物ならば目に止まりやすいはずだ。

(落ち着け、落ち着くのよ私。冷静に耳を澄まして、観察すれば、きっと見つかるはずだから・・・・・!)

 興奮している自分に気がついたソニアは、一旦立ち止まり深呼吸を1つ行い、周囲に目と耳を走らせた。「お母さん、りんご飴買って!」、「向こうの方行こうぜ!」、「この後ご飯でも行かない?」、小学生や保護者の声がほとんどだが、ソニアはこんな声を聞いた。

「ねえ影人。次は体育館の方に行ってみようよ。体動かす系のやつが多いみたいで、面白そうだし」

「何でこのクソ暑い日に、体動かさなきゃならねえんだよ・・・・・・・」

(ッ・・・・・・・・・!?)

 自分の探している人物の名前が聞こえた。ソニアはすぐにその声が聞こえてきた方向に顔を向けた。

 すると、自分から30メートルほど離れた所に2人の人物の背中が見えた。少年と、おそらくもう1人は体付きから見るに少女だ。そして、その内の1人の少年の後ろ姿に、ソニアは見覚えがあった。

「見つけた・・・・・・・・!」

 当時より身長が伸び、背中も大きくなっているが間違いない。ソニアが探している彼の後ろ姿だ。

 その事が分かった瞬間、ソニアはまた駆け出していた。人を避けながら、彼との距離は徐々に近づいていく。残り20メートル、10メートル、5メートル、そして――

「あ、あの・・・・・・・・!」

「ん・・・・?」

 ソニアは影人の右手首を掴んだ。

 そして、突然右手首を掴まれた影人は驚いたように、ソニアの方に振り向いた。















「ふふっ、いい天気ね。こういう日は、買い物と散歩に限るわね」

「ど、どこがですか・・・・・・・・こんなクソ暑い日はいい天気とは言いませんよ・・・・・あ、ああ、暑すぎて体溶けそう・・・・・」

 影人たちが小学校の夏祭りに参加している時、影人の住む地域の賑わった通りを歩いている2人の人物がいた。1人は美しい金髪を緩くツインテールで結った豪奢なゴシック服を纏い、日傘を差した少女。もう1人は、深緑色の長髪のグラマラスな体型の黒いドレスを着た女性。シェルディアとキベリアである。

「情けないわね、キベリア。ほら、ちゃんと荷物持つのよ。落としたら承知しないわ」

「だから外ではキルベリアでお願いしますって、シェルディア様・・・・・・・・む、無茶言わないでくださいよ。今の私は力を封じてるただのモヤシなんですから。と、というか本当に重いんですが、せめて軽い方持ってくれませんか?」

 暑さと両手に持つ荷物の重さで今にも死にそうな顔をしているキベリアが、懇願するようにそう言った。元々、キベリアが持っているこの買い物の荷物は、全てシェルディアが買ったものだ。なので、本来はキベリアが持つ必要など全くないはずなのだが、「あなた私の使用人でしょ。主人の物を持つのは当然よ」という理不尽な申し付けから、キベリアはシェルディアの荷物を全て持たされていた。

「嫌よ。別に荷物なんて影に入れとけばいいだけだけど、あなたに持たせてる方が面白いんですもの」

「ううっ、やっぱり理不尽だ・・・・・」

 シェルディアにバッサリと拒絶されたキベリアは、泣きそうになった。これでも最上位闇人なのだが、シェルディアはそんな事は全く関係ないとばかりに、キベリアをコキ使う。間違いなく、シェルディアのメイドというのは、現代の日本で言うところのブラック職業である。

「ほら、次で最後なんだから頑張りなさい。いつもの雑貨屋に行って終わりだから」

「あっ、あの気のいい人間の店ですか。よし、ならちょっとは休める!」

 シェルディアからそう言われたキベリアは、少しだけホッとしたような顔になった。シェルディアの言った雑貨屋は、シェルディアのお気に入りの場所でよく行く店なのだが、そこの店主は気のいいおばちゃんで、行けば必ずお茶を出してくれるのだ。そして、シェルディアとその女性は多少は世間話をするので、キベリアにとって休憩する時間は少しはあるというわけだ。

 そういうわけで、少しだけ元気を取り戻したキベリアとシェルディアはその雑貨屋を目指した。といっても、その雑貨屋はこの大通りにあるので、あと5分くらいで着くのだが。

「さて、今日は何を買おうかしら」

「す、涼しい・・・・・・はあー、生き返る」

 そして目的の雑貨屋にたどり着いた2人は、店内に足を踏み入れた。冷房の空気が心地いい。店内はいつもと変わらず雑貨屋らしく雑多としている。客はそれほど多くない。いても2、3人か。

「いやー、お兄さんの話は面白いね! 落語家にでもなったらどうだい?」

「ははっ、ぼかぁそういう柄じゃないので、無理ですかね。こう見えて、体動かす方がまだ得意でして」

「あら?」

「ん・・・・・?」

 店内のレジカウンターで、女性店主が誰かと話しているのだろう。弾んだ声が奥から聞こえて来る。そして、その女性店主と話している男の声に、2人は聞き覚えがあった。

「シェ、シェルディア様・・・・・あのー、聞き間違いですかね? なんか聞いた事のある声がするんですけど・・・・・・・・・」

「奇遇ね。私も聞いた事のある声だわ」

 キベリアがまさかといった感じで、シェルディアにそう確認を取ったが、シェルディアは笑みを浮かべてそう答えるだけだった。

「とにかく。さあ、確認しに行くわよ」

「あ、ちょ、シェルディア様っ!」

 そう言って、ズカズカと店の奥に行くシェルディアの後を、慌てたようにキベリアも追いかけていく。この店のレジカウンターは、奥の方に位置しているので、入り口からは店主と話をしている人物の姿は見えないのだ。

 シェルディアとキベリアはレジカウンターの場所まで移動した。すると、そこには――

「あ、シェルディアちゃんが来たよ、お兄さん!」

 シェルディアたちの姿を確認した女性店主が、今まで話をしていた人物にそう声を掛ける。そして、シェルディアたちの姿を確認したその青年は、どこか感慨深げにこう言葉を述べた。

「本当ですね。いやー、ここ数日頑張った甲斐があったなー。人間時代だったら、たぶん過労死してたけど・・・・・・お久しぶりです、シェルディア様」

「ええ、随分と久しぶりね・・・・・・・・・響斬」

 ジャージ姿の糸目の青年、キベリアと同じく最上位闇人の響斬がそこにはいた。

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