第114話 歌姫オンステージ(1)
「そういや毎年この時期は、あそこは夏祭りの日だったな・・・・・・・」
8月12日日曜日、午前11時。自宅の自分の部屋でテレビゲームに興じていた影人は、ふとそんな事を思い出した。
あそこ、というのは影人が通っていた小学校の事だ。ここから歩いて30分くらいした所に、当時影人が通っていた小学校があるのだが、その小学校では毎年8月のお盆の時期の手前の土日になると、校舎を開放して小さな夏祭りが行われていた。基本的に地域の人間は出入り自由で、影人も小学校時代は何度か行って遊んだものだ。
「確か、ちょっとした屋台が出てたりして、けっこう食べ物もあったり、射的とかおみくじとかもあったりして、まあまあ楽しかったな・・・・・」
小学校時代の愉快な記憶を思い出す。屋台が出ているといっても規模は本当にそんなに大きくはないし、屋台を出しているのも小学生の保護者たちだった。だが、平日ではない校舎中を探検したり、屋台のフランクフルトを食べたり、ミニゲームなどに興じたのは、いい思い出だ。
「・・・・・・・・・・今でもやってんのかな? ちょっと調べてみるか」
影人はゲームを一旦中断し、スマホで自分の通っていた小学校の名前を検索した。すると1番上にその小学校のホームページが表示される。影人はそのホームページにアクセスした。
「おっ、まだやってんのか。ええと、最終日は今日で夕方の5時まで。相変わらず、地元の人間なら誰でも入れるみたいだな」
サイトを調べてみると、どうやらあの小さな夏祭りはまだやっているようだ。影人は時間とサイフの中身を確認した。時間はまだたっぷりあるし、サイフにもまだ3000円くらいは入っている。今日は特に予定はないし、行ってみてもいいかもしれない。
「そうと決まれば善は急げだな」
影人はゲームの電源を切ると、寝巻きから着替えた。格好はいつもの半袖に短パンだ。いつもの外出用のウエストポーチに、タオルやらサイフやらの必要な物を詰めていく。後は、水筒くらいか。
影人はリビングに向かい、棚から水筒を取り出すと冷蔵庫を開けた。冷えた麦茶のペットボトルを取り出すと、影人はそれを水筒に注いだ。
「・・・・・・・また、どこかに出かけるの?」
すると、リビングのイスに腰掛けていた制服姿の穂乃影が影人にそう話しかけてきた。影人は穂乃影に「ああ、まあな」と返すと、こう言葉を続けた。
「俺たちが通ってた小学校の夏祭り覚えてるか? ちょうど今日やってるみたいでよ。久しぶりに行ってみようかと思ってな。別に地元の人間なら誰でも入れるとこも変わってないみたいだし」
「そう。まだあのお祭りやってるんだ・・・・・・相変わらずあなたが暇人みたいで何より。でも見た目不審者のあなたは、小学校に入れないんじゃない?」
「誰が見た目不審者だ。ったく、お前といいあいつといい・・・・・・・・別に俺の見た目はちょい前髪長いくらいだろ。つーか、お前今日も学校か? 部活もやってないのに、よくそんな学校に行くもんだな」
妹の息を吐くような毒舌に影人はため息を吐きながらそう言葉を返す。全く、妹もソレイユもよく自分の見た目にケチをつける奴らである。
「・・・・・・私は、あなたと違って色々と忙しいの」
「そうかい。んじゃ、暇人らしい俺はさっさと行ってくるよ。何か土産でも買ってきてやろうか?」
穂乃影のどこかムスッとしたような言葉に、影人は水筒の蓋を閉めながらそう言葉を紡いだ。ここ最近、穂乃影は学校によく足を運んでいる。理由は家にいるより学校で勉強する方がはかどるから、らしい。ちょうど今の時期は陽華や明夜も研修を受けているが、まあ穂乃影とは関係がないだろうと影人は思っていた。
「いらない。・・・・・いってらっしゃい」
「分かった。行ってきます」
送り出す言葉を言ってくれた妹に、軽く手を振りながら影人は自分の部屋に戻った。
「準備完了――っと、電話? 誰からだ・・・・・?」
ウエストポーチに水筒を入れ、自宅を出ようとした影人。だが、その時ポーチ内から着信音が響いて来た。影人はウエストポーチからスマホを取り出すと、自分に発信して来た人物の名前を確認した。
「げっ、暁理じゃねえか・・・・・・・」
思わず影人はそう言葉を漏らしていた。自分に電話を掛けて来た人物は、影人の数少ない友人、早川暁理であった。
「無視っても色々と面倒だし・・・・・しゃーねえ、出るか・・・・・・・・」
今からちょうど出かけようとしていた影人からしてみれば、友人からの電話は色々と嫌な予感しかしないが、ここで無視をすれば何度も電話してくるに決まっている。影人は仕方なくスマホの画面をスライドした。
「何か用か、暁理」
『あ、影人。よかった、君の事だからもしかしたら面倒くさがって電話に出ないかと思ったよ』
「・・・・・・・・・・・・そんな事はねえ」
暁理が元気そうな声でそんな事を言ってきたので、影人は内心ギクリとした。さすがは数少ない自分の友人だ。よく影人という人物を分かっている。
『今の間は何さ。大方、出なかったら余計めんどくさそうだから出たんだろ? はあー全く、友人からの電話をめんどくさいって思う所は、どうかと思うよ?』
「うぐ・・・・・う、うるせえ余計なお世話だ。んで、本題は何だよ暁理。さっさと言ってくれ。俺も今から出るんだからよ」
暁理の指摘に図星をつかれた影人は、軽く悪態をつきながらそう言った。はっきり言ってそんな事はどうでもいい。問題は、なぜ暁理が自分に電話を掛けてきたのかだ。
『あ、そうなんだ。どこ行くの?』
「どこって・・・・・・・俺の通ってた小学校だよ。ちょうど今日そこで小さな夏祭りやってんだ。地元の人間なら誰でも入れるから、せっかくだし行ってみようと思ったんだよ」
暁理の問いかけに、影人は素直にそう教えた。いったい、なぜそんな事を聞くのだろうか。
『へえ、小学校の夏祭りか。いいね、君の言い方だと僕も入れそうだし、面白そうだ。じゃ、僕も一緒に行くよ』
「はあ? おい、何でそうなる。つーか、結局お前の用は何だったんだよ」
突然そんな事を言ってきた暁理に、影人は露骨に嫌そうな声を出した。影人の嫌そうな声を聞いた暁理は、『そんな嫌そうな声出すなよ』と少し怒った感じになった。
『単純に今日暇だから遊ばないかって言うのが、元々の用件だよ。だから、君がお祭りに行くみたいなら僕も行く。それでいいだろ』
「それでいいだろってお前な・・・・・」
友人の強引な言葉に影人は呆れた。暁理は影人には多少強引になるところがある。まあ、暁理との付き合いも大体3〜4年になるので、遠慮がないのは仕方がないが、少しは自分の都合も考えてもらいたいものだ。
『とにかく僕も一緒に行くからね。集合場所はいつもの学校の帰り道で分かれるところ。僕も今から支度してる向かうから。じゃ、また後で』
「あ、おい! ったく・・・・・・・・」
そう言って暁理は電話を切ってしまった。影人はスマホをウエストポーチに仕舞直すと、大きなため息を吐いた。どうやら祭りに行って、1人で幼少の頃の思い出に浸る暇はあまりなさそうだ。
「・・・・・・・・人生はいつだって、悲しみの向こう側が見えたり見えなかったするもんなんだろうな」
そんなよく分からない言葉を呟きながら、影人は家を出た。
「へえー、ここが君が通ってた小学校か。君みたいな捻くれ者が通ってた割には、なんか普通だね」
「当たり前だろ。お前は俺を何だと思ってるんだ・・・・・・」
暁理が都内のとある小学校を校門の外から見つめながら、そんな事を呟く。そして、友人の言葉を受けた影人は、律儀にその発言にツッコミを入れた。
暁理と無理矢理合流させられた影人は、暁理を伴って小学校に向かうべくバスに乗った。別に歩いて30分ほどなので歩きでもよかったのだが、今日も今日とて夏らしく気温は35度を超えているので、歩きで行けば小学校につく頃には汗だくになってしまう。さらに普通に熱中症になるリスクもあったので、小学校にはバスで向かおうという事になったのだ。
バスという事もあって、小学校の最寄りのバス停には10分くらいで到着した。そこから3分くらい歩き、2人は影人が通っていた小学校の前に辿り着いた。
「んー、確かに夏祭りやってるっぽいね。ていうか、本当に僕たちも入れるの? 今そういうの厳しいでしょ」
暁理がチラリと影人に視線を向けそう聞いて来た。今日の暁理は白のシャツに、スエットのように少し緩やかなズボンという格好をしており、学校の時と同じ男っぽい見た目だ。
そして暁理が言うように、小学校の校門は休日だというのに開けられており、校門前には手作りのアーチのような物が設置されていた。アーチの上部には「◯◯小学校 夏祭り」と可愛らしい文字で書かれていた。2人の周囲には、お祭りに遊びに来た小学生やその保護者たちの姿も多く見受けられた。
「ホームページに誰でも出入自由って書いてあったから大丈夫だろ。まあ、明らかな不審者は入れないだろうがな」
「じゃあ君入れないじゃん」
「ざけんな! 誰が不審者だこらッ!? 本当にどいつもこいつも・・・・・!」
前髪野朗は唐突にキレた。なぜなら、これでここ最近3回も見た目不審者と言われたり、不審者認定を受けたからである。ふざけるな、自分は少しばかり前髪が長いだけで、顔の上半分が前髪に支配されているだけの高校生だ。断じて不審者ではない。
「な、何キレてんのさ? 別にいつもの軽口だろ?」
そんな影人の魂の叫びを聞いた暁理は、少し引いたような表情を浮かべていた。校門前にいた小学生やその保護者たちも、突然の影人の大声に驚いた様子だった。
「いや・・・・・・・・とりあえず、俺は不審者じゃねえ。それだけだ」
思った以上に大声を出してしまった影人は、若干バツが悪そうにそう言った。
「いや、それはもちろん分かってるけど・・・・・・・・まあ、いいや。影人が変なのは別にいつもの事だし」
「・・・・・お前の俺に対する評価には、断固として異議を唱えるぜ」
「却下させてもらうよ。それより、入るならそろそろ入ろう。時間は有限だしね」
暁理は影人の異議を秒で拒否すると、右手の親指で小学校を指差した。
「ひでえ・・・・・・・・ま、そうだな。無駄な言い合いしてんのも時間の無駄だ。入るか」
暁理の言葉に素直に頷いた影人は、およそ5年ぶりに自分が通っていた小学校の校門を潜った。
「この光景も久しぶりだな・・・・・・・・・公立の小学校だから、ほとんど何も変わってねえ」
小学校内に足を踏み入れた影人は、感慨深そうに辺りを見回した。
正確には今日は夏祭りの日なので、グラウンドや中庭には小さな露店が出ているし、校舎も飾り付けされているため、普通の学校風景とは違う。だが、何も変わっていない。この学校に通っていた影人には、その事が分かった。
「懐かしい感じ? ふふっ、まあそうだよね。卒業した小学校なんて、普通は訪れなんてしないものだし」
「まあな・・・・・・おっ、フランクフルトあるぜ暁理。やっぱ祭りといえばこれだよな」
小学校の中庭に、フランクフルトを売っている露店を見つけた影人は、どこか嬉しそうにそう言った。そういえば、フランクフルトの店は影人が通っていた頃から中庭に出ていたな、と影人は思い出していた。
「いや、別にコンビニにも売ってるでしょ。でも、お祭りで食べる物は、何か違うよね。せっかくだから、僕も1つ食べよっと」
「言っちまえば気分の問題だろうが、気分は大事だからな。すみません、フランクフルト2つください」
影人と暁理は、中年くらいの女性がフランクフルトを焼いている露店に近づいた。影人が右の指を2本立ててそう伝えると、女性は顔を上げた。
「はいよ、まいどあり! 2本で600円ね!」
女性は笑顔で金額を伝えて来た。影人と暁理は、それぞれ自分のサイフから300円を取り出すと、それを女性に手渡した。
「あざっす。相変わらず美味そうだ」
「ん? 何だいお兄さん、その言い方から見るにここの卒業生かい?」
影人がフランクフルトを受け取りそう呟くと、女性が話しかけて来た。影人は女性の問いかけに、「あ、はい」と答えた。
「5年振りに来たんですけど、全然変わってないなと思って。もちろんいい意味でです。このフランクフルトも絶対美味いってのが、すぐ分かりますよ」
「お兄さん褒め上手だね! そうかいそうかい、やっぱりここの小学校の卒業生か。なら、久しぶりに楽しんでいっておくれ! 私もこのお祭り参加して2〜3年くらいだけど、この祭りは地域の人間と子供たちの笑い声がよく響く、いい祭りだよ」
女性はなぜか嬉しそうに笑う。中々大きな声だ。明るくて元気な女性にそう言われた影人は、フッと笑みを浮かべた。
「知ってますよ。お言葉通り、楽しませてもらいます」
影人は女性に軽く手を振ってその場を後にした。
「で、どこから回るのさ影人。入り口でパンフレットもらったけど、けっこう色々あるよ」
フランクフルトを齧りながら、暁理がそんな事を聞いてくる。暁理が言うように、影人たちは入り口でこの夏祭りのパンフレットをもらったのだが、これを見てみるに、露店やらミニゲームやら展示作品など回れる場所は多い。
「別に適当でいいが・・・・・そうだな、まだ外は暑いから校舎内のやつから回ってみるか」
「オッケー。あ、その前にちょっと飲み物だけ買っていい? 喉渇いてきちゃった」
「ん、分かった」
暁理はそう言って飲み物を売っている露店に向かっていった。その間に、影人は先ほど買ったフランクフルトに齧り付く。美味い。やっぱりフランクフルトにはベチャベチャのケチャップだよなー、と影人はしみじみと思った。
「お、射的があるよ影人。どっちが多く景品を取れるか勝負しようよ」
校舎内に足を踏み入れた2人は、1階の教室に開設されていたミニ射的コーナーを訪れた。射的コーナーは主に小学生たちで賑わっていた。
「ガキかよ・・・・・だがまあ、やってやらん事もない。俺の華麗なる銃捌きを見せてやるぜ」
「言ったね? 吠え面かくなよ」
「お前こそな」
2人は意地の悪い笑みを浮かべ合うと、小学生の後ろに並んだ。
「狙い撃つぜぇ!」
「僕は1発の銃弾だ!」
歳とか関係なく2人ははしゃいでいた。高校生が自分たちよりはしゃいでいる姿を見ていた小学生たちは、若干引いたような表情になっていたが、「まあ、お兄さんたちもはしゃぎたい時はあるよね」と考え、どこか微笑ましい笑みを浮かべていた。全く、これではどちらが歳下かわかったものではない。
「よし、僕の勝ちだ!」
「なっ・・・・・・・! クソッ、俺の負けかよ・・・・」
結局、勝負は暁理の勝ちという事になった。暁理に負けた影人は悔しそうな顔になると、射的用の銃を置いた。
「いやー、悪いね影人。こればっかりは才能、ってやつかな?」
「ちっ、俺はお前と違って小物ばっか狙ってないんだよ。俺はいつだって大物狙いなもんでな」
暁理と影人は係の者から落とした景品を受け取った。勝ち誇ったような顔の暁理に、影人は負け惜しみの言葉を吐くと、射的の教室を出た。
その後も2人は輪投げなど他のミニゲームなどに興じたりしながら、校舎内を回った。そして2人は、3階の生徒たちの粘土や習字の作品が展示されている教室にやって来た。展示教室という少し地味な場所であるため、人は影人たち以外にはこの教室の監督であろう初老の女性教師が1人、教卓のイスに座っているだけだった。
「わー、見てよ影人。習字だよ懐かしい。高校入って、すっかりやらなくなっちゃったもんねー」
「まあな。そういや、俺の作品もこの祭りで飾られてたな。いや、全員分飾られてたから優秀だったとかじゃないけど」
影人がそんな事を呟いた時だった。影人たち以外喋っていなかったという事もあって、その声がよく響いたのだろう。暁理と影人の話を聞いていた、女性教師が少し驚いたように、何かを思い出したように「あ・・・・・・」と声を漏らした。
「もしかして、あなた・・・・・・・・・・・帰城影人くん?」
「え・・・・・・・・・?」
初老の女性教師に突然そう声を掛けられた影人は、驚いたようにその女性教師の顔を見た。
「うわー・・・・・・・・・・・・この光景、何も変わってない。懐かしい・・・・・私、本当に日本にまた来たのね・・・・・・・・・・」
午後2時。影人たちがまだ校舎内のミニゲームに興じていた時間、校門の前にそんな言葉を漏らす1人の少女の姿があった。
オレンジ色に近い金髪をゴムで一括りに纏め、メガネを掛けた少女である。頭には白色のキャップを被り、服装は淡いピンクのTシャツにジーンズといったもので、髪色以外はそれほど目立ったところのない出で立ちだ。実際、周囲の保護者や小学生たちもあまり少女に視線を向けてはいない。現代日本では、別に金髪だろうが外国人だろうが、それほど珍しいものではないからだ。
「っと、いけないいけない。時間は1時間しかないんだから、感慨深くなってる場合じゃないや。よーし、1時間のオフだけど目いっぱい楽しもう♪」
そう言って、その少女――変装したソニア・テレフレアは、夏祭りが行われている小学校へと軽やかに足を踏み入れた。
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