第113話 歌姫オンステージ 前日

 8月11日土曜日。光導会議と守護会議でスプリガンに関する意見が議論され、その結果を元にソレイユとラルバが話し合いをして、スプリガンに関する正式な意見を決定した次の日。日本の光導姫や守護者たち、主に研修を受けている者たちは、周囲に多くの仲間がいる事もあり、ザワザワと騒いでいた。

「おい、今朝届いた手紙見たか? 昨日の会議の結果を元にソレイユ様とラルバ様が決めたっていう・・・・・・」

「ああ、スプリガンに関する決定意見だろ? 向こうから攻撃してこない限りは、敵と認識しないっていうあれ。その分、こっちから攻撃する事も禁止するっていう・・・・・・・」

 時刻は午前8時50分ほど。午前の研修を受けるために、扇陣高校2階の会議室に集まっていた新人の光導姫・守護者たちはそんな事を話し合っていた。

「朝起きたら枕元に手紙あってビビったけど、昨日あの鬼講師陣ども、あないなこと話し合っとったんやな。まあ、とりあえずは良かったやんか。陽華、明夜。条件付きやけど、スプリガンが敵って認定されんで」

 自分の前の席に腰掛けている、この研修期間の間にすっかり仲良くなった2人――陽華と明夜に向かって、火凛はそう話しかけた。ちなみに、鬼講師陣どもというのは、アイティレ、真夏、風音たちの事である。研修生たちは2日前から彼女たちに、それはそれは厳しい研修を受けさせられているので、火凛は陰ながら3人の事をそう呼んでいるのだ。

「うん! それは正直に言ってよかった! 私も今朝ソレイユ様からの手紙を見た時は、すっごいホッとしたし、嬉しかったから!」

「火凛の言うように、条件付きではあるけれど、スプリガンが明確に敵と認定されないっていうのは、本当に良かったわ。しかも、ソレイユ様とラルバ様の正式決定だし、そこも安心」

 火凛にそう話しかけられた陽華と明夜は、表情を明るいものにしながらそう言った。スプリガンの敵対宣言を聞いた時は、ショックも大きかったが、スプリガンが自分たち光導姫・守護者サイドから明確に敵と認定されるのではないかと、2人は実はずっと心配していた。だが、その心配は今日消えたわけだ。

「ふ、2人が嬉しそうなのは、いい事だと思う・・・・・わ、私からも一応おめでとう・・・・・・・」

 火凛の横にいた暗葉も、陽華と明夜にそう言葉を掛けてくれた。火凛と暗葉は、2人がスプリガンとどう関わりがあり、2人がスプリガンに対してどのような思いを抱いているのか知っているので(2人が以前話したから)、そんな言葉を掛けてくれるのだろう。そんな素敵な友人の言葉に、陽華と明夜も礼を述べる。

「でもまあ、2人みたいに喜んどる奴もいる一方、あんまり愉快に思っとらん奴もいるやろなあ。例えば・・・・・・双調院のお嬢様とか」

 火凛が視線を陽華と明夜の2人から外し、チラリとその視線を違う方に向ける。火凛の視線の先には、会議室の右前方の席に座っているツインテールの髪型の少女、双調院典子がいた。典子はノートとペンを机に用意し、背筋を真っ直ぐに伸ばし座っていた。いかにも真面目、優等生といった感じだが、その表情は何やら険しいように感じられた。

「双調院のお嬢様はどっちかっていうと、スプリガンは敵派やったろうから、色々考えてそうやな。まあ、スプリガンなんて滅多な事がない限り会わんとは思うけどな」

「そう、だよね・・・・・・・・双調院さんとか、大体の人はスプリガンに難しい気持ちを抱いてるだろうし・・・・・」

「アイティレさんとかも、スプリガンは明確に敵って意見だったしね。その辺りは気持ちや考えが絡んでくるから、本当に難しいところだわ」

 陽華と明夜が火凛のコメントに対してそんな事を言っていると、ガラッと会議室のドアが開かれた。会議室に入室してきのは、午前の研修の講師でもあり、この扇陣高校の校長でもある神崎孝子であった。

「皆さん、おはようございます。今朝もよい天気ですね」

 会議室の前方の壇上に上がった孝子は、研修生たちにそう挨拶した。研修生たちも孝子に挨拶を返す。そして研修生たちの挨拶を聞き終えた孝子は、こう言葉を放った。

「さて、今日は午前の研修に入る前に1つ話さねばならない事があります。皆さんも既にソレイユ様、ラルバ様から手紙を受け取った事かと思います。そう。スプリガン、彼の人物に関する両神の正式な決定意見の手紙です」

 孝子の言葉を聞いた研修生たちの表情が、「やはりその事か」といった感じになる。孝子は自分も昨日、日本政府を通してソレイユとラルバの決定意見の事を知らされたと研修生たちに伝えた。

「昨日行われた光導会議と守護会議の結果を元に、ソレイユ様とラルバ様が決定した意見は、スプリガンが攻撃してこない限りは、こちらもスプリガンを攻撃しない、敵と認識しないというもの。また、この正式決定に伴い、今まで限定的であったスプリガンの情報を全世界の光導姫と守護者に伝達。これで、全世界の光導姫と守護者もスプリガンの事を知る事となりました」 

 この場にいる全員はもはや知っている事だろうが、孝子は改めてそう言葉を紡いだ。孝子の言葉には、「スプリガンの存在は全世界の光導姫と守護者に知られる事となった」という箇所があったが、実はそうなのだ。今まで、光導十姫と守護十聖、またスプリガンが出現する日本の光導姫や守護者たちしか知らなかったスプリガンの存在が(といっても、日本の光導姫と守護者の多くも、ほとんど噂レベルでしか知らなかったが)、全世界の光導姫と守護者に伝えられる事となった。

 その理由は、もしスプリガンが日本以外の国にも出現した場合、スプリガンの事を知らない光導姫や守護者たちが、スプリガンを攻撃してしまってはいけないからというものだ。ソレイユもこればかりは仕方ないと考え、全世界の光導姫と守護者にスプリガンの存在を知らせる事を止めなかった。ソレイユが危惧していたのは、あくまでスプリガンが全世界の光導姫と守護者から敵認定される事。存在を知られる程度ならば、現段階ならまだ許容の範囲内だからだ。

「この正式決定に当然ではありますが、光導姫と守護者は従わなければなりません。それは新人の皆さんも同じです。ですから、もし皆さんがスプリガンに遭遇するような事があっても、こちらからは決して攻撃しないでくださいね」

 孝子は研修生たちを見回してそう釘を刺した。研修生たちも手紙を読んで分かっていた事ではあるが、改めて言葉に出してそう言われると緊張したような顔を浮かべた。それは本当に自分たちも、いつどこでスプリガンと出会うか分からない、といった感覚が現実的になったからだ。

「私が話したかった事は以上です。・・・・・皆さんは今、今までにない状況の中で、光導姫と守護者の活動を行っておられます。気休めにもなりませんが・・・・・・・皆さんも細心の注意を払って、光導姫・守護者の活動を続けてください」 

 長年に渡って行われてきた光と闇サイドの戦い。そこに突如として現れた、謎の怪人スプリガン。第3者による戦いへの介入。そんな状況は過去には1度もなかったものだ。もちろん、孝子が光導姫として戦っていた時にも。

「それでは、午前の研修を始めましょう。昨日は光導姫の浄化技について話しましたね。では今日は――」

 孝子がホワイトボードに文字を書いていく。研修生たちも意識を切り替えて、座学に望んだ。研修生たちは今までにない状況の中、戦場に出なければならないのだ。今朝の手紙や孝子の話で、研修生たちの意識は今まで以上に引き締められていた。












「おはようございます・・・・・って、やっぱり誰もいないよね」 

 午前10時過ぎ。コンコンとノックをして、扇陣高校の生徒会室に足を踏み入れた風音は、生徒会室に誰もいない事を確認して苦笑した。

「にしても、まるで蒸し風呂ね。暑い暑い・・・・・・・早くクーラーつけないと、熱中症になっちゃいそう」

 風音はパタパタと手で自分を扇ぎながら、生徒会室のクーラーのスイッチを押した。途端、クーラーが起動する音を立て始める。部屋の中が冷えるまではまだ多少時間がかかるだろうが、それは仕方がない。風音は生徒会長用の自分の席につくと、鞄からさっき買ったお茶のペットボトルを取り出し、喉を潤した。

「さてと、今日は特に生徒会の仕事もないし、夏休みの宿題やろっと」

 風音は同じく鞄から筆箱と紙の束を取り出した。元々、今日は生徒会の仕事はない。だが、風音は午後の研修の講師を務めているので、どちらにせよ学校には来なくてはならない。ならば、早めに学校に行って夏休み中の課題でもやっておこうと思ったのだ。それならば、別に家でやればいいのではないかという話になるが、風音も人間だ。家は色々と誘惑が多いため、あまり課題が片付かない可能性も大いにある。そういった理由もあり、風音は早めの時間から学校に来ていた。

「そう言えば・・・・・・昨日の会議は中々荒れたわね。アイティレのあんな感情的な姿も、かなり珍しかったし」 

 課題を1時間ほど行い、小休止を挟んでいた風音は、ふと昨日行われた光導会議の事を思い出していた。 

 結局、昨日の光導会議ではスプリガンを敵としない意見になった。スプリガンを敵と認定する意見であったアイティレは、最後まで難しそうな顔をしていた。まあ、スプリガンを敵と認定しない意見の風音にとっては、その意見でよかったと思えるし、スプリガンに下された最終的なソレイユとラルバ、両神の正式決定意見も、取り敢えずはホッとしたが、風音とは真反対の意見であったアイティレからしてみれば、全く面白くない結果だろう。アイティレの正義観からしてみれば、スプリガンは明確に敵なのだから。

 しかし、ソレイユとラルバの正式決定は絶対だ。アイティレも光導姫である以上、その決定には従わなければならない。アイティレも色々と葛藤はあるだろうなと、友人であり戦友でもある風音は思った。 

「会議と言えば、ソニアも今日から日本に来るって言ってたわね・・・・・」

 昨日、会議が終わった後、風音はランキング2位『歌姫』のソニアに呼び止められた。ソニアは光導姫名として『歌姫』の名を持っているが、彼女は現実でも歌姫という呼び名で呼ばれている。それは、彼女の歌がとても素晴らしいもので、彼女の歌声が心に響くものだからだ。だから彼女は、現実でも世界の歌姫としてよく知られている。

 そんなソニアは今日から4日後の8月15日から3日間、日本でライブをする事が決まっている。日本メディアも大々的にこの事を伝え、日本に数多くいる彼女のファンもその日を今か今かと待っている。

 世界の歌姫であるソニアから、肝心の風音が話しかけられた内容は、明日から、つまり今日から日本に行くからよろしく、というものだった。

「出来ればライブ見に来てねってソニアは言ってたけど・・・・・・・・ソニアのライブのチケットなんか、もうとっくに売り切れてるし。残念だけど、行けないわね」

 ソニアは気軽に風音にそんな事を言っていたが、元々ソニアのライブを見に行く気がなかった風音は、ソニアのチケットの予約すらしていなかった。ニュースで見たが、何でもソニアのライブのチケットは、予約数十秒で全て売り切れたらしい。そんな超人気ライブのチケットを今から入手する事などは不可能だ。よって、風音はソニアのライブに行く事は出来ない。

「それにしても・・・・・・・・アイティレといい、ファレルナといい、ソニアといい・・・・・今年はよく光導十姫がくる年ね。なんかこの感じだと、ロゼもいつか日本に来そうな気もするわ」

 風音は1人そんな事を呟きながら、灼熱の太陽輝く窓の外を見つめるのであった。  














「〜♪ 〜〜♪」

 鼻歌を口ずさみながら、少女はそのリズムに合わせて座席の肘掛けに指を叩く。軽やかなタン、タタンといった音が少女のいる室内に響いていく。

「ソニア、日本に着いてからの予定は――って、あなた聞いてないわね。全く、今後のスケジュールくらいちゃんと聞いてくれないかしら?」

「ああ、ごめんレイニー。ちょっと気分が高揚してたからノッちゃって。日本に行くのは7年ぶりだからさ♪」

 自分に呆れたような目を向けてくる20代半ばのスーツ姿の女性――ソニアのマネージャーである、レイニア・ホワイトにソニアはそう言葉を返した。

 世界の歌姫と呼ばれるアメリカ人の少女、ソニア・テレフレアとそのマネージャーのレイニア・ホワイトがいるのは、飛行機のファーストクラスの室内だった。2人は数日後に日本で行うライブのために、アメリカから日本へ向かう飛行機に搭乗していた。

「まあ、あなたは日本に3年間いたから、久しぶりの日本に心が高鳴るのは仕方がないけど・・・・・それとこれとは別よ。仕事の話はしっかり聞きなさい」

「分かってるって。もうレイニーは厳しいなー」

 オレンジ色に近い金髪を揺らしながら、ソニアはレイニアを愛称で呼びながら、少し膨れたような表情を浮かべた。そんなソニアの子供っぽい仕草に、レイニアは「それが私の仕事よ」とスケジュール帳をめくった。

「とりあえず日本にはあと5時間くらいで到着する予定よ。向こうの時間でいうと、午後4時ね。今日はあなたも疲れているだろうし、関係者各位との顔合わせだけの予定よ。明日からはライブのリハーサルと調整。オッケー、ソニア?」

 レイニアがソニアにスケジュールを確認してくる。ソニアはレイニアの確認に、笑みを浮かべてこう答えた。

「オッケーよレイニー。あ、でも明日のお昼の1時間だけ自由な時間をちょうだいって言ってた件、忘れてない? どうしても明日じゃなきゃだめなのよ」 

「覚えてるわ。確か日本の時に通っていた学校のお祭りに行きたいんでしょ? 珍しくあなたが事前に言ってくれたから、なんとか1時間だけは確保したわ。その代わり、リハーサルと調整は真面目にやってね。後、行く時の変装は入念に。日本にはパパラッチがいないからって油断しちゃダメよ?」

「ありがとうレイニー。あなたの何だかんだ優しいところ、大好きよ♪ リハーサルと変装に関してはしっかりやるから心配しないで。ふふっ、楽しみだな♪」

 ソニアは嬉しそうな表情で窓の外に視線を向けた。ソニアは昔日本に滞在し、3年間ほど日本の小学校に通っていた時があった。そして、ソニアの通っていた日本の小学校では、毎年夏休みになると土曜と日曜に、小さなお祭りを開催していた。日本でのライブが夏に決まった時、ソニアは当時の小学校のホームページを検索し、まだそのお祭りが続いているか調べたのだが、どうやらそのお祭りはまだ続いているようだった。しかも、ちょうどソニアが日本に訪れる時期だったので、ソニアはかなり前からレイニアに、お祭りの日の1時間だけ自由な時間が欲しいと頼み込んでいたのだ。

(懐かしいなあ・・・・・・・友達とよく遊びに行ったあのお祭り。もしかしたら、まだ私を覚えててくれる先生もいるかもしれないし・・・・)

 ソニアの脳裏に浮かぶのは、当時の友達や先生。みんな、自分が外国人だという事に関わりなく、優しく接してくれた。友達といっぱい遊び、先生に叱られたりしたのも、ソニアにとっては忘れられない一生の思い出だ。

(でも、1番忘れられないのはあの男の子・・・・・・・私の歌を聞いて、下手くそってバッサリ言い切ったあの男の子。当時はムカついちゃったけど、あの男の子と話していた時間は、本当に楽しかった・・・・)

 ソニアは思わずくすりと笑っていた。少し暗めではあったが、かなり見た目は整っていた男の子だった。今思えば、あの男の子がソニアの初恋だったかもしれない。

(名前は何て言ったかな・・・・・・帰るとか影とかそんな感じの・・・・・・・・ああ、思い出した。確か――)

 その男の子の名前を思い出したソニアは、ほとんど無意識的にその名前を口に出していた。


「――帰城、影人・・・・・・」


「? 何か言ったソニア?」 

「いや、何でもないわ。ちょっと無意識に呟いちゃっただけだから」

 不思議そうな顔をするレイニアに、ソニアは軽く手を振ってそう言った。別にレイニアに話す話でもない。

(・・・・・奇跡でも起きて、また会えないかな)

 ソニアはそんな事を思いながら、また視線を窓の外、蒼穹広がる空へと向けた。


 ――どうやら、前髪野郎にはまた一波乱ありそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る