第109話 守護会議(前編)

 8月10日金曜日。遂に今日ラルバの元では守護会議、ソレイユの元では光導会議が開かれる日となった。

「さあてと、んじゃそろそろ行こうか光司っち」

「そうですね、剱原さん。もうあと10分で所定の時間になりますし」

 現在の時刻は午後2時50分。会議に参加する刀時と光司は、刀時の実家の道場内にいた。刀時は私服の半纏、光司は風洛高校の制服姿である。ご丁寧に、光司は夏だというのに風洛高校のブレザーを羽織っていた。一応、会議なのでキッチリとした方がいいと感じたからだ。

 守護会議が開かれるのは午後3時から。会議に参加する守護者たちはそれまでに、神界に行かなければならない。そして、顔見知りでお互い守護者ランキング10位以内の刀時と光司は、せっかくだから一緒に神界へ行こうという事になり、光司が刀時の家を尋ねたという形になったのだ。ちなみに、光司が刀時の家を訪ねたのは午後1時半くらいで、時間までは暇だからと刀時が言い、2人はこの道場で将棋をしていた。

「って、珍しく光司っち緊張してる? まあ、無理もないか。光司っち、今回初めて会議に出席するんだもんな」

「は、はい。僕がランキング10位になったのは、今年の3月でしたから。だから・・・・・・・剱原さんの言う通り、緊張しています」

 道場の玄関で草履を履きながら、刀時がそんな事を聞く。流石に神界に行くのに素足はまずいからだ。そう言う事もあり、隣の光司も靴を履き直していた。

「別にそんなに気負わなくても大丈夫だと思うよ? 俺は会議に出席するのはこれで3回目だけど、周りの面子もほとんど変わってないし。中にはちょいと物騒な奴らもいるけど、基本的には無口だしね」

 光司の緊張をほぐそうと、刀時が笑みを浮かべる。刀時は光司よりも先輩で、会議にも何度か出席した事があるが、基本的にあまり緊張はしてこなかった。

「ありがとうございます、剱原さん。僕に気を遣ってくれて。・・・・・でも、この緊張は責任の緊張でもあります。自分がランキング10位として、会議に出席し意見を述べるという責任の。だから、この緊張は会議が終わるまで持ち続けていたいんです」

「そうか・・・・・・ははっ、相変わらず光司っちは真面目だねー。でもその真面目さが光司っちの良いところだ。っと、つい話しちまった。これ以上は流石にまずいから、行こうか。ゲートは俺が開くから」

「はい、お願いします」

 スマホの時計を見た刀時が、ポリポリと頬を掻きながらそう言葉を述べる。刀時の言葉に光司は頷いた。

「ほいよっと。――守護者がこいねがう。我を守護なる神の元へ。開け、守護の門よ」

 刀時が詠唱すると、刀時の半纏の内にあるかんざしが発光した。すると刀時と光司の前に、人が2人ほど通れるほどの光のゲートが現れた。

「さあ、面倒ごとをやりに行くか」

「っ、行きましょう」

 刀時は軽くため息を吐き、光司はその顔を更に真面目なものにする。

 そして、刀時と光司はその光のゲートを潜り抜けた。2人がゲートを潜ると、光のゲートは消滅した。

 2人の姿は地上からしばしの間消えた。













 

 2人が光のゲートを潜ると、そこは暖かな光が煌めく不思議な空間だった。空間は綺麗な円形で、広さはけっこうなものだ。直径2、30メートルくらいの大きさだろうか。そしてその中心には円卓があり、合計11の席が用意されていた。

「おっ、刀時と光司か。よく来てくれたな。今日は会議に参加してくれて、ありがとうな」

 その円卓の真ん中の上座に座っていた金髪碧眼の神――ラルバが砕けた口調で2人にそう挨拶してきた。その笑みは、やはりどことなくヤンチャな小僧を連想させる。

「ういっす、お久しぶりですラルバ様。今日も腹立つくらいのイケメンぶりっすねー」

「守護者『騎士』、ただいま推参しました。本日は会議にお招きいただき、ありがとうございます」

 ラルバの挨拶に刀時はかなり砕けた言葉を、一方の光司は畏まった言葉を述べる。

「ははっ、そうだろ刀時? あと光司、緊張してんのか知らないが、別にそんな畏まった口調じゃなくて大丈夫だって。お前、普段俺にそんな口調で接しないじゃん」

「時と場所と場合の問題です。僕はキッチリとする時はキッチリとする主義なんですよ」

 続くラルバの言葉に、光司は少しムスッとした感じでそう言葉を返す。そんな光司を見たラルバは、ニヤニヤとした顔を浮かべた。

「おー、そうかいそうかい。相変わらず外では格好つけたがる奴だ。昔はよく俺に甘えてきたってのにな」

「え、マジっすかラルバ様? その話詳しくお願いします」

「っ!? いったいいつの話をしてるんですかっ! 剱原さんも興味を持たないでください!」

 ラルバのその発言に興味を持つ刀時。そしてその発言が恥ずかしかったのだろう。光司はその顔を羞恥から赤くするとそう叫んだ。

「やっといつもの調子に戻ったな。それでいいんだよ光司。適度な緊張は大事だが、行き過ぎた緊張はいらないよ。俺たちがこれからするのは、ただの仲間内の話し合いの1つなんだから」

 ラルバはフッと笑いそう言うと、チョイチョイと2人に手招きをした。どうやら光司の緊張をほぐそうとしていたらしい。そしてラルバの思惑通り、過度な緊張が解けた光司は、少し面白くなさそうな顔でラルバの座る円卓の方へと歩いていった。

「光司は俺の右横な。ここが10位の席だから。刀時はもうどこか分かってるだろ? 俺から3つ左横の席な」

「はい」

「分かってますよー。って、今んところ来てるの『凍士とうし』と『天虎てんこ』だけですか。『守護者ガードナー』の奴はもういると思ってましたけど」

 席に着いた刀時が円卓を見回しながら、そんな事を呟く。いま円卓に着いているのは、刀時と光司とラルバを除けば、刀時から2つ横の席の卓に突っ伏している、少し燻んだ銀髪の男と、その横に座る両手を組み両目を閉じた黒髪の男だけだ。

「プロトの奴はどうしても外せない用事があるから、少しだけ遅れるらしい。じゃなきゃ、あいつはとっくに来てるよ。他の奴らに関しては、まあ時間ピッタリ、あと3分くらいで一斉に来ると思うぜ。それかちょい遅れるか」

 ラルバが刀時の呟きにそう答えを返す。そして、ラルバの横にいる光司は神妙な面持ちで、突っ伏している男と両目を閉じている男を見た。

(この席順はランキングで決まっている。3位の剱原さんがあの位置なら、あの銀灰色の男性はランキング5位の『凍士』、その横の黒髪の男性はランキング6位の『天虎』という事になる。・・・・・・・どちらも、僕よりも強い最上位の実力者だ)

 ゴクリと唾を飲み込みながら、光司は真剣な視線を『凍士』と『天虎』に向ける。両者とも刀時と同等の戦闘能力を持つ守護者と聞いた事がある。

「おう光司、会議初参加のお前があいつらのこと気になるのは分かるが、また後で話したり紹介したりする機会はあるから、そう真剣に見つめんなって」

「っ・・・・・・は、はい」

 2人を見つめていた光司の肩にポンと手を置き、ラルバはそう言った。ラルバにそう言われた光司は、その視線を2人から外し頷いた。

 それから3分ほど、午後3時になると新たに光のゲートが3つほど出現した。

「・・・・・・・・・」

 1つ目のゲートから出てきたのは、黒髪にカーキ色のマントを纏った少年だった。マントから覗く肌の色は少し薄めの褐色。顔は鋭いといったような印象を抱くもので、表情は無感情なものであった。

「・・・・・・定刻通りだな。一流は時間は寸分の狂いなく守るものだ」

 2つ目のゲートから出てきたのは、黒に近い茶髪のダークスーツを着た男だった。見たところ、歳の頃は18くらいだろうか。頭には赤色の筋が入った黒の帽子。胸元には黄色のネクタイを締めている。一言で言うなら、大変失礼ではあるがギャングや殺し屋といった見た目である。

「構えて狙ってバンバンっと。ここに来るのも久しぶりだ」

 3つ目のゲートから出てきたのは、ライトブラウンの髪色の男性だった。男性にしてはかなり髪が長く、括った毛が胸元にかかっている。ポニーテールを首にかけて前に持ってきたような髪型だ。服装は無地のTシャツに軽いベストにジーンズといったシンプルなものだった。

「ハサン、エリア、ショット、久しぶり。お前らもよく来てくれた。とりあえず自分の席に座ってくれ。会議は少し遅れてくるって言ってたプロトが来てから始めるから」

 カーキ色のマントを纏った少年、ダークスーツの見た目が危険な香りのする青年、ライトブラウンの髪の長い青年を順に見ながら、ラルバはいま現れた3人にそう告げた。ラルバの指示を受けた3人は、「・・・・・・了解した」、「男神の指示を受諾しよう」、「オッケーす」と言葉を述べるとそれぞれ自分の座るべき席へと向かった。

「よう『傭兵ようへい』。元気でやってたか?」

 刀時の右横、ラルバから2つ左横の2番目の席についたカーキ色のマントを纏った少年に、刀時がそう話しかけた。少年と会うのは刀時は1年ぶりだ。

「・・・・・・・さあな。お前のいう元気の基準がどうかは知らないが、俺は生きてここにいる。それを元気というのならば、俺は元気だ」

「そ、そうかい。まあ、お前の仕事上は確かに生きてたら元気か。見たところでかい怪我もなさそうだし。つーか、悪かったな。ちょいとお前に対してデリカシーがなかった質問かもだった」

 少年の守護者とは違う仕事を知っている刀時は、頭を掻きながら申し訳なさそうに少年に謝罪した。そんな刀時の謝罪を受けた少年は、チラリとその赤みがかった茶色の瞳を刀時に向けた。

「・・・・・気にするな。別に命の危険があるのは俺だけではない。守護者をやっている以上、お前もここにいる全員が背負っているリスクだ。だから、お前が気にする事などは全くない」

「いや、確かにそうなんだけどさ・・・・・・・うーん、中々伝わらないかね。まあ、いいや。お前がいる事で良しとしとこう!」

 少年の答えに表情を難しいものにしながら、最後に刀時は明るく笑いそう言った。どうやら、この少年のこういうところは変わっていないようだ。

「久しぶりだなエリアの旦那。相変わらずのクールぶりだ。銃の腕は落ちてないかい?」

「・・・・・・愚問だなショット。とても一流に対してする質問ではないな。俺の銃撃の腕は上がることこそあれ、落ちることは決してない」

「ははっ、そりゃ悪かった。確かに旦那にするには愚問だったな」

「構わない。それよりお前の腕はどうなんだ? 1年前にここで会った時は、生身での狙撃可能距離は800メートルが限界と言っていたが」

「俺かい? 聞いてくれよ旦那。実はだな、この1年で変わらずに趣味でライフルで遠くの物撃ちまくってたら、距離が伸びて今じゃ生身で1キロ先のやつでも外さない腕になったんだ。いやー、嬉しいもんだよ」

「・・・・・趣味の領域でその神域か。軍隊や裏社会が喉から手が出る程に欲しがる逸材だな、お前は」

 一方『天虎』の隣の席に腰掛けたダークスーツの青年と、そのダークスーツの青年の左横の席に腰掛けた、ライトブラウンの長髪の青年はそんな話をしていた。少し、いやかなり会話が物騒だなと2人に注意を払っていた光司は思った。

(剱原さんの隣のあの少年が、ランキング2位『傭兵』、『天虎』の隣のあの人がランキング7位『銃撃屋じゅうげきや』、そして『銃撃屋』と話をしているあの人は、ランキング8位『狙撃手そげきしゅ』か・・・・・・・・)

 新たに席に着いた3人の最上位ランカーたち。いずれも光司は彼らに会ったのは今日が初めてだった。これで空席の席は、1位の席と4位の席と9位の席の3つだけだ。

「ん? ラルバ様の横の10位くんは初めて見たな。前の10位はランキングが落ちて、君がランキング10位に上がったのか?」

「っ、はい、そうです。僕はランキング10位『騎士』と言います。まだ守護者になって1年弱の若輩者ですが、よろしくお願いします」

 光司に気がついたランキング8位の茶髪の青年が、光司に視線を向けた。『狙撃手』の言葉に、光司は頭を下げてそう挨拶した。ちなみに、この神界では言語は光導姫・守護者に変身した時と同様に、全て通じるようになっている。ゆえに、言語の壁は今はない。

「へえ、1年でランキング10位ね。こいつは中々やると見ましたよ、ラルバ様」

「そうだろ? 光司はかなりの有望株だ。もしかしたら、お前もすぐにランキング抜かされるかもだぜ、ショット」

「マジっすか。じゃあ、そうならないようにボチボチ頑張りますよ」

 ショットとラルバが明るい感じで言葉を交わす。どうやらランキング8位は、フレンドリーな人物のようだ。光司はショットの雰囲気からそう感じた。

 それから10分ほど経った頃、新たに光のゲートがまた1つ出現した。

「――遅れてしまって本当に申し訳ない。どうしても外せない用事があって」

 開口一番、そう言って現れたのは上品なスーツに身を包んだ1人の青年だった。

 その青年はブロンドの髪の白人だった。整った顔は柔らかな笑みを浮かべており、一見するとラルバによく似ているが瞳の色が違う。ラルバが青色なのに対し、現れた青年の瞳の色は翡翠色であった。

 服装はいわゆるスリーピーススーツで、灰色のチェックのジャケットに同じく灰色のベスト、下半身にはジャケットと同じ色柄のスラックスを履いている。胸元のネクタイは紺色で、そのネクタイの色が灰色に合うアクセントになっている。靴は当然ながら革靴だ。

 保守的にも映るスーツ姿は、青年の雰囲気も相まってまさに英国紳士といった感じである。

「大丈夫だプロト。事前にお前からは連絡もらってたからな。さあ、席に着いてくれ」

「承りましたラルバ様。お心遣いありがとうございます」

 ラルバに軽く礼をして、プロトと呼ばれた青年はラルバの左横、『傭兵』の右横の席へと腰を下ろした。椅子に座る所作1つ見ても、青年の所作は洗練されていて優雅であった。

(っ!? あの席はランキング1位の席、ということはあの人がランキング1位・・・・・・『守護者ガードナー』か・・・・・・・・・・!)

 ランキング1位『守護者』。守護者において『守護者』の名を与えられた守護者の中の守護者。何があっても光導姫を守り抜くと言われている人物だ。光司の目標であり憧れの人物でもある。

「さて、4位の『死神しにがみ』と9位の『弓者きゅうしゃ』は今日は出席できないって事前に連絡もらってるから、これで今日会議に出席する全員が揃った計算になるな」

「ええー、また『死神』の奴は欠席すか。『弓者』は去年来てたから別にですけど、『死神』の奴毎回来ないじゃないっすか。俺、あいつの姿見たことないっすよ。明らかにズル休みでしょうよ」

「まあ、そう言うなショット。『死神』の奴も色々と忙しいんだろうぜ。俺はあいつのこと知ってるけど、ズル休みするような奴じゃないと思うよ」

 プロトが席に着いた事を確認したラルバが円卓を見回す。ラルバの言葉を聞いたショットがそんな言葉を漏らすが、ラルバは苦笑を浮かべそう答えを返した。

「んじゃ、そういう事だから会議を始めようぜ。一応いつもの形式通り開会の宣言だけするけど、返事とかはしなくて大丈夫だ。あ、光司は初参加だから言っとくが、俺が今からお前らの守護者名と名前を呼ぶんだ。返事しなくていいっていうのはそれな。名前は嫌なら呼ばないけどどうする?」 

「あ、分かりました。名前に関しては普通に呼んでもらっても大丈夫です」

「了解だ」

 ラルバの説明を聞いた光司が頷くのを確認すると、ラルバはニカリと笑った。そして少し真剣な表情を作ると、ラルバは円卓に着いている者たちの守護者名と名前を声に出した(光司以外の者たちの顔ぶれは去年と変わらず、また名前の確認は去年とそれ以前の会議で取っているので、他の者たちの名前も声に出された)。

「――守護者ランキング1位『守護者』、プロト・ガード・アルセルト」

 名前を呼ばれた『守護者』は上品な仕草で頷き、

「――守護者ランキング2位『傭兵』、ハサン・アブエイン」

 名前を呼ばれた『傭兵』は変わらず無表情を浮かべ、

「――守護者ランキング3位『侍』、剱原刀時」

 名前を呼ばれた『侍』はへらりと笑い、

「――守護者ランキング5位『凍士』、イヴァン・ビュルヴァジエン」

 名前を呼ばれた『凍士』はその面を上げ、

「守護者ランキング6位『天虎』、レン葬武ヅァンウー

 名前を呼ばれた『天虎』はその両目を開き、

「――守護者ランキング7位『銃撃屋』、エリア・マリーノ」

 名前を呼ばれた『銃撃屋』は帽子の鍔を上げ、

「――守護者ランキング8位『狙撃手』、ショット・アンバレル」

 名前を呼ばれた『狙撃手』は長髪を揺らし、

「――守護者ランキング10位『騎士』、香乃宮光司」

 名前を呼ばれた『騎士』は真剣な表情でグッと机の下で拳を握った。

「以上8名と俺、守護者の神ラルバの名を以て、ここに『守護会議』の開催を宣言する」

 ラルバの開会の宣言を以て、今年の守護会議の幕は開かれた。

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