第108話 会議前日
「影人、いよいよ明日ですよ」
「ああ? 何がだよ?」
8月9日木曜日、午後1時過ぎ。陽華や明夜たちが、扇陣高校で昨日から始まった新たな研修を行なっているであろう時間、神界ではソレイユと影人が会していた。
「何って、光導会議と守護会議の事ですよ。明日8月10日に私の所では光導会議が、ラルバの所では守護会議が開かれます。前にも言いましたが、明日の会議の結果によって、スプリガンの今後の処遇が決まるのです」
ソレイユは聞き返してきた影人に向かって、そう説明を加えた。ソレイユの説明を聞いた影人は「ああ、それか」とあまり興味がなさそうに言葉を返した。
「・・・・・・・別に俺からすりゃ、けっこうどうでもいいんだよな。まあ、お前はそうは考えてないみたいだけどよ」
地べたに座っている影人は、適当にそう呟く。明日の会議の結果次第では、影人が演じるスプリガンは光導姫・守護者から明確に敵と認定される可能性がある。ソレイユはその事を危惧しているのだ。
「ええ、その通りです。あなたの役割とその力の性質上、あなたが光導姫・守護者から敵と認定される事はある程度は仕方ありません。ですが、その時は今ではない。あなたは正体不明・目的不明の怪人。必要とあらば、どちらの色にでもなれる人物。それこそが、あなたの最大の強みでもある。・・・・・その強みを生かし切るためにも、まだ時は必要なのです」
「っ・・・・・・・・・・・・お前、マジかよ。ていう事は、近い将来、俺はちょいと危険な橋を渡らないといけねえみたいだな。いや、今でもまあまあ危険な橋は渡ってるけど」
ソレイユのその言葉を受けた影人は、一瞬驚いたような顔を浮かべると、どこかヤケクソのような笑みを浮かべた。影人には、ソレイユの言っている事がどのような意味であるのか理解出来てしまったからだ。
「・・・・・・・・・・前から思っていましたけど、あなたのその謎の理解力の高さは何なんですか? 普通は今の言葉だけでは、何のことだか分からないはずですけど・・・・・」
影人が自分の言葉の意味を理解した事に、ソレイユはいっその事呆れてしまった。影人の察しの良さは何だか怖いくらいだ。
「知るか。地頭がいいんだろ」
「何か腹立つ答えですね・・・・・・・ですが、安心してください。今のところ、それはあくまで仮定の範囲内です。余りにも、あなたのリスクが高過ぎますしね」
影人にイラッとしたような表情を向けつつも、ソレイユはそう言葉を付け加えた。それ、と言った指示代名詞の事はあくまで可能性の1つというだけだ。実際にそれをするとなると、様々な問題もある。
「そうかい。でも、それをする理由は何なんだ? ああ、勘違いするなよ。一応聞いてみたかっただけだ。やる、やらないはこの際どうでもいい」
影人が質問を1つソレイユにぶつけた。影人はソレイユの言っている事の意味を理解出来たが、その理由までは分からなかった。
「っ・・・・それは、またそれを本当に行うとなった時にお話しします。ほら、今日はその事を話すためにあなたを呼んだわけではありませんし」
しかし、ソレイユは苦笑いを浮かべるだけで理由を答えようとはしなかった。そのソレイユに影人は多少疑問というか違和感を覚えたが、確かに別に今する話でもないので、影人はその話題を流した。
「ま、別にいいが・・・・・・・つーか、会議に俺は出るわけでもないし、結局その話どうでもよくねえか? 頑張るにしても、それお前だけだろうし」
「何を身も蓋もない事を言ってるんですか・・・・・・それでも、話されるのはあなたの事がほとんどなんですよ? もっと緊張とかないんですか?」
影人が元の話題に戻りそう言葉を述べると、ソレイユがこれまた呆れたような表情を浮かべた。
「身も蓋もないって言っちまってるじゃねえか。後、俺に緊張なんてもんはない。緊張なんてもんは、とうの昔に水に流しちまったからな」
ふっと格好をつけたつもりか、気色の悪い笑みを浮かべた前髪野朗。そして、その言動は厨二病全開である。傍から見たらバカじゃねえかと思う。お前の歳で緊張がないわけない。まず水に流さなければならないのは、お前のその性格と言動である。
「あなたは本当に不思議な人物ですね。先ほどは凄まじいまでの察しの良さを見せたのに、なぜそんな痛々しい発言をするんですか? とても同一人物とは思えませんよ?」
「喧嘩売ってんのかクソ女神。てめえに俺の言葉のセンスが理解できねえだけだろ」
ソレイユの煽るような言葉に、前髪野朗はハッと笑ってみせた。完全にソレイユをバカにした形である。
「誰がクソ女神ですか!? ぶちのめしますよこのクソガキ!」
「おーおー、女神の品性が知れるじゃねえか! 先に喧嘩売ってきたのは誰だか忘れたか? あっ、お前アホ女神だったな。悪い悪い」
「こんの・・・・・! クソだのアホだの、女神に対して無礼が過ぎます! ええい、今日という今日は許しません! 謝りなさい、この見た目不審者!」
「誰が見た目不審者だコラ! 俺の外見は俺の自由だ! つーか俺の見た目は断じて不審者じゃねえ!」
「どう見ても不審者ですよ? あ、不審者が話しかけて来ないでもらえますか?」
「上等だ! 表出ろババア!」
「禁句を言いましたねこの前髪! いいでしょうやってやろうじゃありませんか!」
ギャースカギャースカと、もはやいつも通りソレイユと影人は言い合いを始めた。全く毎度毎度よく飽きない奴らである。
「はあ、はあ・・・・・ったく、元気な女神だぜ」
「あ、あなたこそ見た目の割に、よく回る口ですね」
3分ほど言い合い、軽く息切れをしながら影人とソレイユはお互いを睨み合った。未だに、お互い相手に対する文句はまだまだあるが、ここらが潮時だろう。1人と1柱は睨み合いをやめて顔を逸らした。
「・・・・・・・ところで、朝宮と月下が参加してる研修の方はどうなんだ? まあ、俺はその研修が何をするのかはあんま知らないけどよ」
話題転換の意味を兼ねて、影人はソレイユにそう聞いた。陽華と明夜は8月の頭から研修に参加しているという事だが、影人はその研修の内容までは知らない。まあ、軽い興味というやつだ。
「研修は昨日から実戦研修に移行した辺りですかね。研修の内容は例年と変わりませんから、それで合っているはずです」
ソレイユも、もういつも通りの調子に戻ると、影人の質問に答えを返してくれた。
「実戦研修ね・・・・・・・光導姫同士と守護者同士がドンパチ戦い合うって感じか? 中々厳しいじゃねえか。実戦だったら、多少ケガもするだろうし」
「ええ、厳しいですよ。光導姫は講師の光導姫と戦いながら問答をするんですが、講師の光導姫が研修生の光導姫の答えをとにかく否定していくんです。それに加えて、講師の光導姫は手加減はするとはいえ、けっこう容赦なく研修生をボコボコにします。それを1週間繰り返して、研修生の思いの芯を構成させ、能力を拡張、又は強化するんです。だから、あなたの言うようにケガはつきものですね」
もちろん、ケガをすれば医療室に連れて行ってもらったり、治癒系の能力を持つ光導姫が介抱してくれるが。ソレイユはそう付け加えた。
「中々っつうか、かなりエゲツないなそれ・・・・・まあ、それくらい厳しくしなきゃ強くなれないって事か」
ソレイユから研修の内容を聞いた影人は、若干引いていた。どこの軍隊の訓練だ。スパルタに過ぎる訓練である。
「そういうことです。ああ、それと影人。もう1つ伝えておく事がありました。時期は少し先になりますが、ちょうどいいので伝えておきます」
「ん・・・・・・・・? 何だよ?」
何かを思い出したようなソレイユに、影人はなぜか、本当になぜか嫌な予感がした。
「一応、個人情報ですけど『聖女』の時と同じく教えておきます。明日会議に参加する光導姫ランキング2位『歌姫』は、8月の中頃に日本でライブをする、『世界の歌姫』と同一人物です」
「・・・・・・・・・・」
ソレイユから伝えられた情報を聞いた影人は、何も言わずに軽く顔に手を当てた。頭に過ぎるのは近い記憶である『聖女』の時のことだ。いや、あれはあの聖女サマがちょっと電波系なところがあって、それでたまたま自分と出会っただけだ。あんなふざけた奇跡が2度も起きるはずはない。
そして、それはそれとして、自分が紫織の家の倉掃除に行っていた時期に、自分はニュースを見ながらその歌姫に向かって、この人も光導姫なんて事はないだろう的な事を呟いていた。今思えば盛大なフラグにしか思えない。で、そのフラグは見事に機能した。
「・・・・・・今年の夏は光導姫がよく来るな。しかも有名人で最上位の奴らばっかじゃねえか・・・・・・・・」
とりあえず、影人は前髪の下で遠い目をしながらそう言った。そんな影人にソレイユは苦笑を浮かべながら言葉を返す。
「確かにそうですね。でも、今度は流石に関わり合いにはならないでしょう。影人、彼女のファンとかじゃないですよね?」
「ああ、ファンとかではない。・・・・・お前の言う通り、流石に今回は関わり合いにはならんと俺も思うが、この世の中何が起こるか本当にわからねえんだよな・・・・・・・・」
「やめてくださいよ。そう言われると、またあなたが『聖女』の時みたいに『歌姫』と邂逅しそうじゃないですか。ただでさえ、あなた呪われてる疑惑あるんですから・・・・・」
「だから、それが怖いんじゃねえか・・・・・・・」
なぜだか不安な気持ちになりながら、影人とソレイユは顔を見合わせた。
「あー、やっぱり千葉県は外れだったし、こりゃ本格的にシェルディア様を捜さないとな・・・・・・・」
8月9日木曜日、午後3時過ぎ。ちょうど3時のおやつの時間、東京郊外の平屋の自宅にいた響斬は天井を見上げながらそうため息を吐いた。
響斬は昨日、隣の千葉県のとある場所へと足を運だ。といっても大した場所ではない。千葉市にある神社だ。響斬はそこに、「黒いカケラを祀っている」というネットの情報を確かめにいったのだった。
だが、結果は残念ながら外れであった。その神社が祀っていたのは、ただの黒ずんだ鏡であった。黒いカケラのカの字もない。全く、やはりネットはガセ情報が多い。まあその分、利便性は凄まじいが。
千葉県の情報が外れたとなると、響斬が次にするべき事は1つだ。すなわち、残り1つの情報が本当かどうか確かめる事。しかし、この情報が示す地はこの東京からかなり遠く、かつ、霊場でもある。正直に言うと、響斬はそこには行きたくはなかった。響斬はかなり古くはなるが、日本生まれの日本育ちだ。その場所がどういう場所なのかは、よく知っている。だからこそ、あまり行きたくはないのだ。
もちろんそれ以外にも、現地に向かう途中は基礎稽古が出来ないという理由もある。とにかく、その場所に行けない響斬はこの情報を、レイゼロールに伝えなければならない。しかし、レイゼロールにこの事を伝えるためには、また色々と面倒がある。具体的には、レイゼロールや闇人たちの本拠地に戻らなければならないといった面倒だ。
そこで、響斬はレイゼロールに情報を伝達する事が出来、なおかつ響斬と同じ東京にいるというシェルディアと接触しようと考えているのだが、これには1つ問題があった。シェルディアが東京のどこにいるのか分からないという問題だ。
「シェルディア様、携帯電話持ってないし本当にどうやって捜そう・・・・・東京でしらみつぶしに捜し回るっていうのは無理ゲーだし」
そう、シェルディアは携帯電話を持っていない。それもシェルディアを捜す事が困難である理由の1つでもあった。
「考えろ、考えろ僕。シェルディア様を捜す上で何かヒントになりそうなものは・・・・・・・・」
シェルディアと言えば何が特徴だ。圧倒的な力。高圧的でありながらも、時折りは慈母のように優しい性格。美しい西洋人形のような見た目。
「あ・・・・・・・そうだ、シェルディア様の姿は人目を引く。なら、もしかしたらSNSでシェルディア様の写真とかが転がってる可能性がある・・・・・・!」
響斬はその事に一縷の望みを掛けて、パソコンのキーボードを叩いた。シェルディアは外見だけならば、絶世の美少女だ。今の時代、美少女の情報というのは、本人の意志に関わらず伝達されやすい。ならば、写真の1枚か2枚SNSにあるかもしれない。そして、そこからシェルディアの居場所に繋がるヒントが見つかるかもしれない。
「シェルディア様の事だから隠し撮り写真とかはないだろうけど、お願いされて一緒に写真撮ったとかは充分あるはずだ。だから、あるとすれば真正面の写真だな」
あのシェルディアの事だ。自分の姿を隠し撮りするような不埒な者は許しはしないだろう。しかし、シェルディアは人間には基本的に甘いので、普通の写真や画像はあるかもだ。響斬はそこに賭けた。
響斬は適当にSNSに「東京、美少女、金髪」などとそれっぽいキーワードを入れて、検索していく。もちろんそのキーワードにヒットするようなものはいくつもある。だが、後はひたすら探していくしかない。これでヒットしなかったら、また他のキーワードを入れて検索するだけだ。
「本当なら、こんな事しなくても僕が現地に行けばいいだけなんだけど・・・・・・やっぱり、あそこはな・・・・・・・・・」
響斬は画面をスクロールさせながら、日本での残り1つの情報が示す地の事を思い出す。
その地は日本の北、青森県に位置する霊場。日本3大霊場にも数えられるその地は有名な地だ。
「・・・・・・本当にあそこにレイゼロール様が探してるカケラがあるなら、霊場としての性格は、もしかしてそのカケラ由来だったりしてね」
響斬がそんな事を呟く。正確な事は分からないので、あくまで想像だ。しかし、その可能性も無きにしも非ずだろう。
響斬が得た情報。それは、日本の北の霊場では遥か太古の黒い石のカケラを祀っているというものだった。
カケラの1つがあるかもしれないその地の名は――恐山といった。
「・・・・・・・いよいよ、明日が会議か」
神界、その自身のプライベートスペースで1柱の神がそんな言葉を呟いていた。
外見は20歳くらい。美しい金色の髪に蒼穹を閉じ込めたような美しい青色の瞳の、作り物のように美しい男性だ。しかし、ここは神界。男性がここにいるという事は、男性は人間ではなく神であるという事を証明していた。
服装はジーンズとパーカーだ。別に男性は神らしい昔からの服も持っているが、こちらの服装の方が気楽なのでここ最近は神界でも、男神はこの服装のままだ。
「・・・・・明日でスプリガンを敵と認定するかどうかが決まる。守護者側はたぶんスプリガンを敵と認定する奴が多いな。光司とかを始め、リスクの方に重向きを置く奴らが今の『守護十聖』には多いし。もしかしたら1位のあいつは反対するかもだが、それは別にどうでもいい。意見の総意は多数決だ」
現在の守護者のランキング1位から10位の少年たちの事を思い浮かべながらその男神――守護者の神ラルバは明日の会議の結果を予想する。守護者の少年たちの性格を鑑みてラルバはそう予想したので、おそらく守護者側の会議の結果は、「スプリガンを敵と認知する」事に落ち着くはずだ。
「問題は光導姫側だな・・・・・・あっちはソレイユの管轄だから、どうなるかわからない。しかも、なぜかソレイユはスプリガンを敵にしたくないような節があるしな・・・・・・・・・・」
ラルバは顎に手を当て思考する。そう、スプリガンを敵と認定するためには、光導姫・守護者の最上位クラス、具体的には各ランキング10位までの意見を聞かなければならない。そして、最終的にスプリガンを敵とするかどうかをソレイユとラルバが纏める。この纏める方法はそれぞれのランカーたちの多数決の意見である。この意見の結果を元に、スプリガンを敵とするか、そうでないとするかを決める。それがラルバとソレイユが交わした約定だった。
(別にソレイユを疑ってるわけじゃない。多分、ソレイユは焦ってるだけだ。最近のカケラの事といい、レイゼロールの目的が成就する日は近いかもしれないと危惧してるからこそ、利用できるものは利用したいんだろう。・・・・・・確かに、闇の力とはいえスプリガンの力は魅力的だ。スプリガンが味方であれば、戦力的に助かるのは間違いない)
ソレイユに対する疑念のようなものに、ラルバは自分で答えを与える。一見、別に何ら間違ってはいない答えのようだが、ラルバは気が付いていない。その答えが、自分の惚れた女神を無意識に庇って出した答えだという事に。
(・・・・だが、スプリガンが危険であるという事実に変わりなはい。元々、危険な人物だと俺は思ってたが決定的だったのは、この前の敵対宣言だ。奴は、明確に俺たちの事を敵だと言い切った)
最上位闇人やレイゼロールすらも退ける程の力を持ち、闇の力を扱うスプリガン。ラルバ個人はスプリガンの事を敵だと認識している。全てが謎に包まれている人物だが、スプリガンは敵。それがラルバの結論。
(敵ならば早めに手を打たないとだ。・・・・・・・・それに、俺にも俺の計画がある。戦場に不定期に出現するスプリガンは、もしかしたら俺の計画の障害になるかもしれない。全く・・・・・全てが謎な奴ってのは厄介なものだな)
心の内で、ラルバは冷たい声音でそう呟く。実はラルバには、ソレイユも知らない1つの計画がある。そして、その事は自分とあと1人以外には決して知られてはいけないものだった。
「・・・・・・・・・・もし、スプリガンを敵と認定する事が出来なかったら、俺も色々と考えなきゃならないな」
他人や他の神が聞けばゾッとするような声音で、守護者の神は肉声に出してそう呟いた。
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