第107話 新たなる研修

「今日で研修も半分か・・・・・早いような遅いような、そんな感じね」

「そうだね。今日の午後から研修の内容が変わるけど、風音さんも来るのかな? ほら、研修には関わるって言ってたのに、まだ一回も会ってないでしょ?」

 8月8日水曜日。午前の研修を終えた明夜と陽華は、扇陣高校の第3体育館に向かいながら、そんな事を話していた。

 今日から午後の研修は変わる。しかし、いったいどう変わるのかは2人も知らない。

「あー、それは来るんじゃない? 風音さんが嘘つくはずないし、今まで来てなかったしタイミング的にはもう今日からしかないでしょうし」

 陽華の言葉に明夜もそう言葉を述べた。この夏の研修が始まる前に風音は、陽華と明夜に研修に自分も関わると言っていた。ならば、恐らくは今日からの研修に風音も出てくるはずだ。

「風音さんが関わるって仮定すると・・・・・・・・なんかアイティレさんも関わってきそうな予感がするよ、私」

「アイティレさんが関わってきたら、絶対キツいこと確定じゃない・・・・・・正直に言って、それはちょっと御免被りたいわ・・・・・」

 アイティレも研修に関わるかも、という陽華の言葉に明夜はその表情を少しげんなりとさせた。普段から、アイティレに稽古という名の実戦を受けている陽華と明夜は、アイティレがいわゆるスパルタである事をよく知っている。

「まあでも、結局予測でしかないから始まってみないと分からないよ」

「違いないわね。どうかアイティレさんはいませんようにって、今のうちに祈りだけ捧げとくわ」

「もう、明夜は大げさだなー」

 両手を合わせて目を瞑る明夜を見て、陽華は笑った。なんとも明夜らしい。

 そうこう話している内に、2人は扇陣高校第3体育館前にたどり着いた。研修でここ最近毎日この体育館に来ている事、また研修が始まる前から陽華と明夜はこの体育館を利用しているという事もあり、他校の体育館だというのに、この体育館も随分と見慣れてしまったものだ。

 ちなみに、研修の間に陽華と明夜が仲良くなった火凛と暗葉はもう先にこの体育館の中にいるはずだ。普段は4人で午後の研修が行われるこの場所に来るのだが、今日は陽華が珍しくお腹の調子が悪かった事もあり、明夜だけ付き添いをして火凛と暗葉には先に第3体育館に向かうように伝えた、というのが推察の理由である。

「さあ、風音さんがいるか、アイティレさんがいるか、いざ行かん! ・・・・・ってな感じで開けるわよ?」

「って、そんな前振りいらないよ! さっさと開けて明夜!」

 体育館のドアに手を掛けた明夜が、一呼吸置いて陽華の方に顔を向ける。その幼馴染の不要な前振りに、陽華はガクッと首を落としてそうツッコんだ。

「何よユーモアがないわね。じゃあ、開けるわよ」

 陽華のツッコミに軽くため息を吐いて、明夜は体育館のドアを開けた。












「――む、来たか。陽華、明夜。しばらくぶりだな」

 第3体育館に入ると、ステージ前にいた銀髪赤眼のロシア人の少女――『提督』こと、アイティレ・フィルガラルガが自分たちに向かってそう声を掛けてきた。服装はここに集まっている研修生たちと同じくジャージ姿だ。

「・・・・・オーマイガー」

 そして、アイティレの姿を確認した明夜は反射的にそう言葉を出していた。

「? なぜ、いきなり英語の俗な驚嘆の言葉を使う? 明夜はどうしたのだ、陽華?」

「あはは・・・・・・ちょっと祈りが届かなかったみたいです」

 首を傾げ不思議そうな顔をするアイティレに、陽華は苦笑いを浮かべる。陽華のぼかした答えにアイティレは「?」と頭に疑問符を浮かべていたが、結局それ以上明夜の言葉には言及しなかった。

「まあいい。それよりお前たちも早く集合しろ。あと1分で研修の説明を始めるからな」

 アイティレの言葉を受けた2人は、その言葉に従い既に集まっている少年少女たちの元へと加わった。

「おー、陽華。腹は大丈夫やったか? というか、あんたあの綺麗な外国人の姉ちゃんと知り合いやったんやな」

「あ、火凛。うん、出したらスッキリしたから!」

 先に集合していた火凛が陽華に軽く手を振る。そして火凛の横には暗葉もいた。

「? 暗葉は何でそんなに眩しいものを見るように目を細めてるの?」

「わ、私には、あんな綺麗な人は眩しく見えるから・・・・・・・・」

 明夜が目を細めている暗葉にそう尋ねると、暗葉はそう答えを返してきた。どうやらアイティレの姿が暗葉には眩しく映るらしい。確かに、アイティレの容姿は同性の目から見てもずば抜けて美しいので、暗葉の気持ちも分からないではなかった。

「さて、これで今年の研修生は全員揃ったな。では、これより新たな午後の研修を始める。私の名前はアイティレ・フィルガラルガ。光導姫ランキング3位、『提督』の名を持つ者だ」

 アイティレが自身の光導姫ランキングの順位を告げると、研修生である少年少女たちは驚いたような表情を浮かべていた。ほとんど全員の少年少女たちは最上位ランカーと邂逅したのはこの時が初めてだったからだ。

「今回は諸君らの研修の講師を仰せつかったわけだが、実はこの研修の講師は私1人ではない。私以外にもあと5人講師がいる。1人は補助に回ってもらうが、後の4人は私と同様に全員ランキング10位内だ」

 アイティレがそう言うと同時に、体育館のステージの脇から5人の人物が新たに姿を現した。その内の3人はアイティレと同じジャージを着ているが、残りの2人は違うジャージを着ていた。というか、陽華と明夜はその2人のジャージと姿にはっきり見覚えがあった。

「ふっはっはっ! 私登場! やあやあやあ! 初めましてね新人たち! 私こそ光導姫ランキング10位の『呪術師』よ! 今日からしばらく私が色々と教えてあげるわ!」

 その見覚えのある紙の髪飾りをつけた少女が、ステージから華麗に飛び降り、アイティレの横に着地した。そして、ふふんといった感じの顔で胸を張る。

「「「「「・・・・・・」」」」」

 集まった少年少女たちは、『呪術師』こと榊原真夏の登場の仕方とそのハイテンションに呆気に取られていた。まあ、無理はない。いきなりこんなぶっ飛んだ自己紹介をすれば誰でも驚く。もしくは、ヤベエ奴だと思われて引かれているのか。その確率はおそらく半分半分といったところではないか。

「あーあ・・・・・・・・・俺、榊原がこうやって登場しようって提案した時からこんな予感してたんだよね・・・・・やっぱり、やめさせときゃよかった」

 ステージ上で軽く頭を押さえながら、『侍』こと剱原刀時がため息を吐く。その表情は軽く死んでいた。

「「か、会長・・・・・・・!?」」

 そして、今まで真夏が実は光導姫であるという事を知らなかった陽華と明夜は、自分の高校の生徒会長の突然の出現に心底驚いていた。

「ん? 私を会長と呼ぶ声が副会長以外から・・・・・・・? って、風洛ウチの名物コンビじゃない! え、何。あなたたち光導姫だったの!? ・・・・・ぷっ、ははははははははははははははははははっ! 世界狭すぎでしょ! こんなの笑うしかないわ!」

 自分の高校の名物コンビの姿がある事に気がついた真夏は、何がおかしかったのか突然笑い声を上げた。この瞬間、悲しいお知らせがある。真夏に驚いた視線を向けていた少年少女たちの視線が、完全に引いたものへと変わったという知らせである。ちなみに真夏本人はその事に全く気がついていない。最近出番のない前髪野朗と似たような扱いである。それでいいのか生徒会長。

((あ、間違いなく風洛ウチの会長だ・・・・・・・))

 姿からまあ真夏という事は確定していたのだが、その反応を見た陽華と明夜は、真夏が真夏であるという事を確信した。

「・・・・・・・『呪術師』。とりあえず一旦笑うのをやめろ。確かに、お前の自校の生徒であるあの2人が光導姫だと知らなかったのなら、お前の驚きも理解出来なくはないが、今は研修の時間だ。そういった個人的な話は後にしろ」

 体育館中に笑い声を響かせる真夏に、アイティレが注意を加える。てっきり、真夏は陽華と明夜が光導姫であると知っているものだと思っていたが、今の反応を見るに、お互いが光導姫であるという事を知らなかったようだ。アイティレからしてみれば、それが少し意外だった。

「はいはい、ごめんなさいっと。ほら、あなたたちもさっさと降りてきなさいよ。いつまでそこにいるつもり?」

「てめえがそれを言うなよ!? お前が空気ぶち壊したから、タイミングがなかったんだよ!」

 アイティレの忠告に素直に従った真夏が、ケロッとした顔でステージ上の4人に向かって首を傾げてみせた。真夏の言葉に、4人を代表したかのように刀時がそう叫んだ。その叫びは、心からの魂の叫びであった。

「うーん、榊原さんらしいわ・・・・・でも光司くん、陽華ちゃんと明夜ちゃんに、榊原さんが光導姫だって伝えてなかったのね。榊原さんも、2人が光導姫だって知らなかったみたいだし」

「だね。会長らしいや。――その事に関しては、一応個人情報だから伏せてたんだ。朝宮さんも月下さんも会長も、あまりそういう事は気にしない性格だとは思ってたんだけど、第3者がペラペラと喋るのはどうかと思って。後は、単純に伝えるタイミングがあまりなかったって事もあったんだけどね」

「なるほど。納得の説明だわ」

 風音と光司は、真夏に対して苦笑を浮かべた。そしてステージを端にある階段から降りながら、そんな事を話していた。戦場で出会ったのならば仕方がないが、一応誰誰が光導姫・守護者であるというのは明確な個人情報でもある。もちろん自分から名乗ったり、本人から許可を得たりすればそれらは開示してもよい情報だが、それ以外ではできる限りそういった情報は胸の内に止めておくのが、半ばこの業界の常識と化している。

(あの人の学校、あの人も含めてけっこうアレな人が多いんじゃ・・・・・・・・)

 光司と風音に続くように、端の階段からステージを降りる穂乃影はついそんな事を思った。正解である。生徒会長を始め、前髪野郎、カンニング補習バカ集団を筆頭に、風洛高校にはヤバい奴らがゴロゴロといる。ただの普通の公立の高校なのに、いったいどうしてこうなったのか。謎である。

「すまないな、少しグダグダとしてしまった。謝罪する。では、私以外の講師を改めて紹介する。まずは――」

 穂乃影の後に刀時もステージを降り、全員がアイティレの横に並んだところで、アイティレは一旦空気のリセットを図った。そして、先ほど自己紹介をした真夏以外の4人のランキングと光導姫・守護者名を研修生たちに紹介していく。

「以上が、私と『呪術師』を含めた6人の講師だ。なお先ほども言ったように、光導姫『影法師』には補助に回ってもらおうと考えている。が、彼女も歴としたランカーの1人だ。今の諸君らよりは。補助だからといって甘く見るなよ」

 軽い釘を刺しながら、アイティレは研修生たちに視線を向ける。アイティレに自身の光導姫名を呼ばれた穂乃影は、少し恥ずかしそうにその顔を俯かせた。

 ちなみに、アイティレが音頭を取っているのは、昨日の話し合いでそう決まったからだ。普段から陽華や明夜にスパルタ教官として2人の稽古に当たっているアイティレならば、研修の講師リーダーにピッタリだろうと風音が推薦し、他の者たちも満場一致で風音の推薦に賛成した。アイティレはその生真面目な性格から、二つ返事でその役目を了承した。というのが、アイティレが音頭を取っている理由である。

(そっか。帰城さんも色々と教えてくれるんだ・・・・・ていうか、ランキング75位って普通に凄い)

 穂乃影の姿を見た陽華は、内心そんな事を思っていた。また機会があれば会ってみたいと思っていた穂乃影と、ここで会えるとは陽華は考えていなかった。

 試しにというわけではないが、陽華は小さく穂乃影に向かって手を振った。陽華の合図に気がついたのか、穂乃影はチラリと陽華の方に視線を向け、軽い笑みを浮かべ小さく頭を下げた。

「? 陽華、あの子と知り合いなの?」

「うん、ちょっとしたね。帰城さんって言うんだけど、お兄さんが風洛にいるみたい。学年は私たちと一緒だって」

「へえ、そうなんだ。っと、話はまた後でね。アイティレさんが軽く睨んでる」

 ヒソヒソ声で話をしていた陽華と明夜だったが、講師リーダーであるアイティレに睨まれたために、その話は中断に終わった。小学生と先生みたいである。

「早速、研修に入ると言いたい所だが、まずは本研修の目的と研修のやり方について説明しなければならない。諸君らは、静かに聞いていてくれ」

 アイティレはそう前置きすると、少年少女たちに新たなる研修の説明を行った。

「本研修の目的は、光導姫と守護者によってその目的内容が異なる。もちろんやり方も異なるが、それはまた後で説明する。先に光導姫の目的から述べていこう。光導姫の目的は、能力の拡張だ。光導姫にとって能力とは、自身の強さに直結するものであり、浄化に関わる重要な要素だ。本研修ではその能力の拡張、又は強化を行なっていきたいと考えている」

 アイティレが光導姫の目的の説明について述べると、アイティレの横にいた刀時が「じゃ、守護者の目的の説明は俺から」と言って、アイティレからその部分の説明を引き継いだ。

「守護者の目的は、自身のやり方についての確認と戦闘時の判断を鍛える事。このやり方っていうのは、自身の守護者のスタイルのことね。守護者は基本的には、光導姫を守る存在でその役割上守りのスタイルになりがちだけど、中には守るより攻める方が自分のスタイルに合ってるって奴もいる。俺は完全にそっち方面。で、君たちにはこのスタイルってやつを自覚してもらいたいって訳だ」

 闇奴を攻撃し積極的に闇奴を弱らせ光導姫の負担を軽くするか、セオリー通り光導姫を闇奴の攻撃から守り補助するか。まずは自身のやり方を確認しなければ、守護者としての力は完全に発揮できない。刀時はそう付け加え、守護者の目的の説明を終えた。

「光導姫と守護者の目的についての説明は以上だ。次はやり方の問題だが、ここからは光導姫と守護者に分かれてやり方についての説明を行う。光導姫たちは体育館の左のスペースに移動してくれ。守護者の方は体育館右のスペースに。守護者たちはこれからは『侍』の指示に従ってくれ」

「はい、じゃあそういう事だから、守護者の君たちはこっち来てー」

 アイティレと刀時の指示に従い、研修生たちがそれぞれ男女に分かれていく。講師陣も、光導姫側にアイティレ、風音、真夏、穂乃影が、守護者側に刀時、光司と分かれていく。

「それでは新人の光導姫諸君。研修のやり方を教える。君たちはこれまでの午前の研修で、光導姫について様々な知識を学んだと思う。例えば、光導姫の能力は自身の性質に起因したもの。光導姫の力は、人の正の気持ちを力とする事、といったものだ」

 アイティレが新人の光導姫たちを見ながら、言葉を述べていく。陽華、明夜、火凛、暗葉、典子などももちろんその表情を真剣なものに変え、アイティレの言葉に耳を傾ける。

「先ほど私はこの研修の目的を能力の拡張、又は強化と述べた。火、水、雷、風、氷、土、自然、その他にも光導姫の力の性質はまだまだある。君たちには自身のその性質を拡張、又は強化してもらいたい。そして、その性質の拡張・強化をするために必要なのが、強い正の気持ちだ。正の気持ちとは、希望、不屈、守護の思いなどといったものだな」

 アイティレはそこで一旦言葉を区切ると、続きの言葉を口に出した。

「――光導姫の力は心の力。心という不安定な力に向き合ってこそ、私たちは強くなれる。だから、諸君らも自身の心に向き合い、正の感情を心に燃やしてほしい。自身の性質を理解し、揺るぎない自分の芯を作れ。自分たちがなぜ光導姫になったのか、その原初の思いを芯とすれば、自分の力は答えてくれるはずだ。・・・・・・・・『影法師』、『メタモルボックス』の起動を頼む。モードはプラクティスルームだ」

「・・・・・分かりました」

 アイティレの指示を受けた穂乃影が、ステージのところまで移動する。そして、そこに置かれていた真っ白なキューブに触れる。穂乃影はそのキューブに必要な起動の言葉と、モード選択の言葉を述べた。

「・・・・『メタモルボックス』起動。モード、プラクティスルーム」

 穂乃影がキューブに触れそう呟くと、体育館内の景色がガラリと変わった。真っ白な黒い線が奔った広大に過ぎる部屋へと。

「さて、では。なに、諸君らの芯を構成し、能力を拡張する方法は簡単だ」

「「「「「「っ!?」」」」」」

 アイティレの突然の言葉に新人の光導姫たちは驚きの表情を浮かべる。そんな研修生たちの表情を無視して、アイティレはジャージのポケットからある物を取り出した。

 それはアイティレの瞳の色と同じ、赤色の小さな宝石だった。いや、宝石を模したオモチャのような贋作だ。アイティレはそのオモチャのような赤い宝石を握りしめて、ある言葉を唱えた。

「潔白の正義を私は掲げよう。正義を為す銃を私は撃とう。潔白の正義は私と共にこの身を変える。――形態変化」

 アイティレがそう言葉を唱え終わると同時に、オモチャのような宝石が純白の輝きを放つ。その輝きが数秒ほど世界を照らしたかと思うと、アイティレの姿は変化していた。

 白色を基調とした軍服のような服装。頭には軍帽のような帽子を被っている。そして、両手には2丁の拳銃。そこにいたのは、ロシア最強の光導姫『提督』であった。

「――諸君ら全員、私、『巫女』、『呪術師』と問答をしながら戦ってもらう。戦いの中で、自分たちの思いを示せ」

 アイティレはそう言って、珍しく意地の悪い笑みを浮かべた。


 ――新たなる研修、光導姫・守護者『実戦研修』。開始。

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