第105話 妹の疑念
「それじゃあ全員揃ったことなので、顔合わせ、もとい明日の研修についての話を始めてもいいですか?」
風音がアイティレ、刀時、真夏、光司、そして穂乃影に視線を向けてそう聞いた。真夏と刀時は3年生で風音より年上なので、風音は語尾をそう変化させた。
「問題ないわよ。でも、あなたが音頭を取るっていうのは少し癪ね」
風音の言葉に同意しながらも、真夏は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「そうですか? なら、榊原さんが音頭を取っていただければ――」
「それじゃあ私が施しを受けたみたいじゃない。いいわ、やっぱりあなたに譲ってあげる。ふふっ、ライバルの施しは受けない。これぞ呪術師よ!」
風音が真夏にその役目を譲ろうとするが、真夏はそれを拒否した。そして高らかに笑った。勝手に自己完結して笑ったりと忙しい人物である。
「あ、そ、そうですか・・・・・・」
「・・・・・・・・ごめん連華寺さん。会長は相変わらず君をライバル視してるみたいだ」
真夏のその反応に、風音は苦笑いを浮かべるしかなかった。真夏と一緒にやって来た光司が、申し訳なさそうに風音にそう言ったが、光司の言葉を聞いた真夏は「む・・・・・」と高笑いを収めると、光司にこう言葉を述べた。
「ライバル視してるみたいじゃないわ、副会長。ライバルなのよ。風音は神社の生まれで『巫女』、私は呪術師の家系生まれの『呪術師』。分かるかしら? 祓う立場と呪う立場の私たちは決して相容れない存在なのよ。そりゃ、私だって風音には優しくしてあげたいわ。可愛い後輩だもの。でも、それは叶わないのよ! 因縁が、運命が私たちを引き裂くの! だから、私は風音にはあえてキツくあたるしかないのよ!」
熱く自論を展開する真夏。そんな真夏の言葉を聞いていた刀時は珍しく呆れたような表情になっていた。
「いや、意味わからんし・・・・・・・謎理論展開するとこも変わってないな榊原。俺、お前と違う学校でよかったってつくづく思うよ」
「喧嘩売ってんのかしらヒゲ男。そんなんだからモテないのよ」
「てめえ何で俺がモテないの知ってんだよ!?」
真夏の言葉にたまらず刀時はまたそう叫んだ。何だか先ほど見たような光景だが、恐らくこのやり取りが2人のやり取りなんだろうなと、観察していた穂乃影は思った。
(・・・・・・・・なんかこの榊原さんって人、どこかあの人に似てる気がする。主にその言動がだけど・・・・・というかこの人たちの制服、気のせいじゃなかったら・・・・・・・・・)
真夏に兄である影人の姿を軽く重ねた穂乃影は、違う学校から来た真夏と光司の制服に注目した。明らかに見覚えがある制服なのは、きっと気のせいではないはずだ。
「あんたがモテないのなんて見れば分かるわ。――悪かったわね風音。ヒゲにかまかけてたせいで、話し合い始められなくて」
「ヒゲ・・・・・・違う。俺が目指していたのはダンディさだ・・・・・・・・・断じてヒゲとかいう分かりやすいあだ名を付けられるために、ヒゲを生やしてるわけじゃない・・・・・・・・・」
叫んだ刀時にもう用はないのか、そっけなくそう答えた真夏は再び風音に話しかけた。そして真夏にヒゲ呼ばわりされた刀時は、ショックを受け首をガクリと落とした。どうやら同年代の女子にヒゲ呼ばわりされた事が、よほど残念だったようである。この男、やっぱりメンタルは豆腐かもしれない。
「いえ、気にしないでください。では話し合いの前に・・・・軽く自己紹介をしておきませんか? 私たちはお互いの事を知ってますけど、ここにいる彼女は私たちとは初対面ですし、一応意味はあると思うんですが・・・・・・」
真夏に話しかけられた風音は手を軽く振り、その後で穂乃影を見ながらそんな提案をした。風音、アイティレ、真夏、刀時、光司の5人は全員が10位以内のランカーという事もあり、お互いの事を知っている。
だが、穂乃影は今日風音を含めたその5人と話すのは初めてだ。故に、穂乃影のためにも自己紹介は必要だろうと風音は思った。
「む? 確かに私は彼女の名前も知らないものね。いいんじゃない? 元々、今日集まった名目は顔合わせなんだし。だったら自己紹介くらいするのは、むしろ当然の事よ」
「僕も同じく賛成で」
「じゃ、俺も光司っちに賛成」
「異論はない」
真夏が穂乃影に視線を向けてそう言った。そして真夏に続くように、光司、刀時、アイティレも賛成の言葉を述べた。4人の承諾を得た風音は、「じゃあ私から」と自己紹介を始めた。
「扇陣高校2年、連華寺風音です。現在は扇陣高校の生徒会長を務めてます。名字は寺だけど、実家は神社です。ランキングは4位で、光導姫名は『巫女』です。っと、改めてこう言うのは少し恥ずかしいけど・・・・・・よろしくお願いします」
現在の自分の簡素なプロフィールを述べた風音は、言葉通り少し恥ずかしそうだった。知っている人たちが殆どの中、よろしくと改めて言うのは妙な気恥ずかしさがあった。
「ふむ、次は私か。アイティレ・フィルガラルガだ。現在この扇陣高校に留学している。2年生だ。母国はロシア連邦。日本の文化に興味があったので留学した。ランキングは3位。光導姫名は『提督』だ。よろしく頼む」
美しい銀髪を窓から入ってくる陽光に照らし、ルビーのように美しい赤色の瞳をした留学生は、テキパキといった感じで自己紹介を終えた。留学した理由はいかにもそれっぽい理由だが、本当は嘘である。アイティレが日本に留学した真の目的を知っているのは、アイティレ本人とアイティレにお願いという名の指示を出したロシア政府。後は、アイティレは知らないであろうが、その目標対象である影人、ソレイユといったごく少数の者たちだけだ。
まあ、影人とソレイユはあくまで推察であって確定情報ではないという違いはあるが、結果としてその推察は当たっているので、知っているといっても過言ではないだろう。
「アイティレちゃんの次は、順番的に俺かな。俺は扇陣高校3年の剱原刀時。実家は古流剣術を教えてるオンボロ道場。そういった事情もあって、剣を使うのは多少得意。ランキングは3位。守護者名は『侍』。今日は女性陣に色々と言われたけど、無精髭にこそ日常のセクシーさとダンディさがあると、俺は固く信じている! 彼女は生まれてから絶賛募集中だ! よろしくぅ!」
風音とアイティレの自己紹介より、若干長く、それでいていらない情報をぶっ込んできた刀時。光司は素直に拍手を送り、穂乃影も後輩という立場上軽い拍手を送らざるを得なかったが、他の3人は拍手は送らなかった。風音は「あはは・・・・・・・」と苦笑いを浮かべているだけよかったが、真夏とアイティレはシラーっとした顔で刀時を見つめていた。
「じゃあ、そろそろ私が私を紹介するわ! 私の名前は榊原真夏よ! 名前の通り、夏は私の季節! ランキングは10位! 光導姫名は『呪術師』! 癪だけど、本当に癪だけど風音より下よ! 後輩にランキング負けてるのは死ぬほど悔しいけど、いつかランキング抜いてやるから今に見てなさい!」
「お、お待ちしてますね・・・・・・?」
他の者たちが席に座っている中、真夏は急に立ち上がり、またもや右の人差し指を風音に突きつけた。何だか途中から自己紹介というよりは、宣言になっていたような気がするが、まあそこは真夏らしいと言う他なかった。真夏の宣言に、風音はどう答えたらいいか分からなかったので、とりあえずそう言葉を返した。
「何でお前は普通に自己紹介できねえんだよ・・・・・・・」
「会長、学校名と学年も流れ的に言っておいた方がいいかと思います」
「む、確かにそうね」
刀時が軽く頭を抱える中、光司が真夏にそう言葉をかけた。光司の提言を受けいれた真夏は自己紹介にこう補足を付け加えた。
「私は風洛高校という高校に通ってるわ! ここから少し距離はあるけど、都立の普通の高校よ! 学年は3年! あと生徒会長をやってる! 以上!」
「あ、やっぱり・・・・・・・」
真夏の所属する学校名を聞いた穂乃影は、思わずそう呟いていた。やはり、真夏と隣の光司の制服は影人と同じ風洛高校のものだったようだ。
「む? 何がやっぱりなの?」
「あ、いえ・・・・・・別になんでもないので、気にしないでください」
穂乃影の呟きを耳に捉えた真夏が、穂乃影の方を向いてそう聞いてきた。真夏のその問いかけに穂乃影は首を横に振った。別にその高校に兄が通っているという情報はどうでもいいものだからだ。
(それに・・・・・こんな美少女な人とイケメンが、あの人のこと知ってるわけないし。ここであの人の名前出して微妙な空気になるのはもっと嫌だし・・・・・・)
いかにも学校カーストが高そうな2人に、いかにも学校カーストが低そうな兄の名前を出す。それは微妙な空気を形成する要因の1つだ。まあ、影人はあの見た目の割には、全くそういったものを気にしない性格なのを穂乃影は知っているが、見た目と孤独が好きという事もあり、カーストは低いだろうと穂乃影は勝手に思っていた。
そういった微妙な空気は穂乃影は苦手だし、面倒だと考えた。顔合わせと話し合いで微妙な空気を作りたくないと考えるのはごく普通の考えだ。ゆえに穂乃影は真夏にそう返答したのだ。
ちなみに実際は、影人はカースト制度というものからも孤立している、特異中の特異な存在である。なぜならば、クラスメイトから完全にヤバイ奴だと思われているからだ(癖である独り言が原因で)。クラスメイトから影人は、最低限しか関わってはいけない人物だと認識されている。さすがは前髪野郎である。妹がその事を知ったら、完全に引かれるのは必至である。
「ふーん、そう」
穂乃影の配慮たっぷりの答え(もちろん真夏はその事を知らないが)を聞いた真夏は興味を失ったように穂乃影から視線を外した。
「会長の次は僕ですね。会長と一緒で、風洛高校に通っている香乃宮光司です。学年は2年。ランキングは10位。守護者名は『騎士』。まだまだ若輩の身で、力が不充分なところもありますが、よろしくお願いします」
イケメン特有の爽やかな笑顔を浮かべながら、光司はそう自己紹介した。その爽やかなイケメンスマイルを見た穂乃影は、「この人絶対にモテるんだろうな」と確信していた。このレベルのイケメンを女子は放ってはおかないだろう。
そして穂乃影以外の全員の自己紹介が終わった事で、必然的に最後に穂乃影が自己紹介をしなければならなかった。
「・・・・・・では、最後に私の自己紹介を。私は扇陣高校1年の帰城穂乃影といいます。ランキングは75位。光導姫名は『影法師』。恐らく補助に回されると思いますが、よろしく――」
穂乃影がお願いしますと言葉を続けようとした時であった。穂乃影の自己紹介を聞いていた、真夏と光司が揃ってこんな声を上げた。
「「帰城?」」
「え? はい、私の名字ですけど、それが何か・・・・・・・?」
訝しげな顔で声を上げた2人に、穂乃影は逆に驚いたようにそう聞き返した。
「あなた、もしかして・・・・・・帰城影人くんの妹さん?」
「っ・・・・!? あ、兄をご存知なんですか・・・・?」
そして真夏のその言葉に、穂乃影は珍しく目を見開いて驚いた。まさか、ここで影人の名前を聞く事になるとは完全に思っていなかった。
「あ、やっぱりそうなのね! なーんだ、帰城くん妹がいたのね! しかもこんなに可愛い妹さんが! いやー、まさか帰城くんの妹さんが光導姫だったなんてね! 世界は狭いわ!」
穂乃影を興味深そうに見つめながら、真夏がカラカラと笑う。そして真夏に続くように、光司も穂乃影に言葉を掛けてきた。その顔は、なぜか嬉しそうだ。
「帰城くんに妹さんがいて、こんな所で出会うなんて・・・・・・・・・・帰城さん、僕は君のお兄さんには色々と感謝しているんです。出来れば友達になりたいと心の底から思っているんですが、中々彼には拒絶されてしまっていて・・・・・・・あ、帰城くんが悪いとかそんな意味じゃないですよ! 確かに帰城くんは少しぶっきらぼうだけど、本当は優しい人なのを僕は知ってますし。むしろ、拒絶されているのに何度も彼に話しかけてしまう僕が悪いんです。でも、彼とは本当に友達になりたくて――」
「は、はあ・・・・・・・・」
早口で影人に対する考えというか思いを述べる光司に、穂乃影は困惑したような表情を浮かべた。いったいどういう事だ。なぜ、こんなイケメンがあんな前髪に顔の半分を覆われている兄について、早口で口調を熱いものにして語っているのか。しかも、何度もこのイケメンの方から友達申請を行っているというのに、どういう事かあの前髪はそれを何度も拒絶しているらしい。全くもって話が理解できない穂乃影であった。
(も、もしかしたら、妹さんを介して帰城くんと仲良くなれるかもしれない・・・・・! いや、僕は何を考えているんだ! それじゃあ、帰城さんが帰城くんと仲良くなるための道具みたいじゃないか!?)
一方、光司の心の内はというとこのようなものだった。光司にしては珍しく人間の欲望と戦っている形である。まあ、その欲望ははっきりいってかなりしょうもないものだが。
「あのー、帰城さんのお兄さんのお話はすみませんけどまた後という形で大丈夫ですか? 自己紹介も終わった事なので、そろそろ明日の話し合いに入りたいんですけど・・・・・・」
まだ話が長引くと感じたのか、風音が3人に向かって申し訳なさそうにそう言った。今日ここに集まったのは、確かに親睦を深めるという顔合わせの一面も強いが、本来の目的は明日の研修に関する話し合いだ。ゆえに風音は多少強引ではあるが、その話を終わらせようとした。
「あ、すみません・・・・・」
「あなたが謝る必要はないわ。元はといえば、私が振った話なんだし」
「そうだよ。僕たちが自己紹介から脱線させた形にしてしまったんだから」
自分の兄の話題という事もあり穂乃影は風音に謝罪したが、そこは真夏と光司が穂乃影が謝罪する必要はないといった意味の言葉を述べた。
「では、各自の自己紹介も終わったところで明日の研修についての話し合いを始めたいと思います。まず光導姫の能力拡張の訓練に関しては、主に私とアイティレが教えます。帰城さんには、すみませんが私たちの補助を行う形になってもらうと思います。守護者の訓練に関しては、剱原さんと光司くんにお任せしたいと考えています。つきましては、訓練に必要な物などが有るならば、言ってもらえればこちらで用意します。後は――」
風音が明日の研修についての概要を述べていく。アイティレ、刀時、真夏、光司の4人は風音の言葉に耳を傾けている。当然、穂乃影も風音の話には耳を傾けているが、穂乃影は内心他の事に気を取られていたので、半ば話の内容は頭に入ってはいなかった。
(あの人・・・・・・・・いったい学校で何をやってるんだろう。榊原さんって人の反応は、ただの顔見知りって反応じゃなかったし、香乃宮さんってイケメンに関しては、なぜかあの人と友達になりたがってるし・・・・・・・・)
なぜ、なぜ、なぜ。影人の性格を知っている穂乃影からすれば、真夏や光司といった人物と影人が関わっているのは疑問以外の何者でもない。穂乃影は色々と影人に疑念を抱いていた。
(まさか・・・・・・・・また何か変わってしまったの? ・・・・・・・・
過去の事を思い出しながら、穂乃影は胸中でそう呟いた。今や、絶対に影人に対しては呼ばない過去の呼び方をしながら。
穂乃影の内心を表すように、外で燦然と輝く太陽が雲に隠れた。
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