第104話 競えよ乙女、顔合わせ
「そりゃゃゃゃゃゃゃッ!」
青空の平原の下、陽華はそう雄叫びを上げ全速力で駆けていた。
「負けませんよ・・・・・!」
そんな陽華に追従するように、典子も走るスピードを更に上げた。
「あの2人またやっとるで・・・・・・・ほんま、飽きもせずようやるわ」
「本当にね。研修2日目から、ずっと午後の研修は競い合ってるし・・・・・・陽華にとってライバル登場ってとこかしら」
そんな陽華と典子を傍目に見ながら、明夜と火凛も2人の後方を走っていた。と言っても、この木からスタート地点までの往復ダッシュは、あくまでウォーミングアップの意味合いが強いので明夜と火凛は息切れしない範囲で走っている。
今日は8月7日の火曜日。研修7日目。ちょうど研修開始から1週間だ。今はまた午後の研修である体力作りを行っている最中であった。
「どうせこの後も競い合いよんで。まあ、最初はこの往復ダッシュで体力使いすぎて2人ともグロッキーになっとったけど、研修の成果出て来とんのか、最近はその後のメニューも普通にやりよるからな」
「まあ、皮肉にも研修の成果が出てるってことよ。それより、午前の座学とさっき先生たちに言われた、明日から午後の研修が変わるって意味の方が気になるわ。詳しい事はまた明日って言われたから、今日は気になって夜しか寝られなさそう」
「いや普通に寝れとるやんけ!」
明夜の言葉に火凛は律儀にツッコミを入れる。その火凛のツッコミに明夜は「確かにそうね」と、納得したような表情を浮かべた。安定のボケぶりである。
漫才は置いておくとして、2人の会話からも分かる通り、2日目に陽華と明夜が典子とスプリガンについての意見を対立させた日から、陽華と典子は午後の研修で競い合っていた。具体的には、研修のメニューの順位をだ。
ちなみに明夜は、陽華と典子ほど体力があるわけではないので(研修で明夜も多少は体力が上昇しているが、それは陽華と典子も同じなので結局2人には及ばない)、明夜はその競い合いには参加していない。
「はあー、あんたみたいな子は大阪でも中々おらんで。まあでも、確かに明日から変わるっちゅう午後の研修は気になるなあ。質問しても、明日になれば分かるの一点張りやもんな。何か逆に怖いわ。これ以上にキツい研修やったらどうしよ」
「そればっかりは分からないわよ。でも、研修なんだから楽な事はやらないでしょ」
「やっぱりそうやんなー・・・・・・・・・」
火凛が嫌そうな顔でそう言った。明夜の言う通り、研修なのだから楽なものはないだろう。座学の場合は確かに聞いているだけなので、楽と言えば楽だが、座学で話されている知識はそのまま戦いに繋がるものが多い。
ゆえに、聞き漏らしていればそれは自身の損失となる。死のリスクがある光導姫と守護者にとって、その知識は必要ではあっても不必要なものではない。そういった面から言えば、午前の座学も楽と言い切る事は出来ないだろう。まあ、単純に聞き漏らしていれば周囲の人間に聞けばいいだけ、と言ってしまえばそれまでだが。
「でも、キツい事でも死なない為にやってる事なんだから安いものよ。この研修もキツいけど、体力は確実についたし。暗葉も最初に比べれば多少はマシになったしね」
そう呟いて、明夜はチラリと後方を見た。すると自分たちより20メートルほど後ろに暗葉の姿が見えた。今にも死にそうな表情を浮かべているが、何とかギリギリで走り続けている。最初は自分たちとはもっと距離が離れていたので、研修の効果は表れているようだ。
「まあ、正論やな。命あってこそ銭は稼げるし。よっしゃ、しゃあなし頑張るで!」
「その意気よ。って、あの2人もうダッシュ終わってるじゃない。どんだけ速いのよ」
気合いを入れ直す火凛にそう言葉を送りつつ、明夜はスタート地点で息を切らしている陽華と典子を見た。明夜と火凛はまだ9本目なので、あと1本ダッシュが残っている。
「はぁはぁ・・・・・・今日のダッシュは
典子が勝ち誇ったような顔――要はドヤ顔――を浮かべ、陽華に向かってそう呟いた。
「うぐ・・・・・き、僅差で勝ったくせに・・・・・・」
典子にドヤ顔を向けられた陽華は、悔しそうな表情で珍しく負け惜しみの言葉を口にした。そんな陽華の負け惜しみを受けた典子は、少し意地の悪い笑みを浮かべこう言った。
「あら、でも勝ちは勝ちですよ。色々と甘いご様子だから、お負けになるのではなくて?」
色々と甘いご様子というのは、研修2日目に陽華がスプリガンは敵ではないという意見を表明した事を言っているのだろう。要するに陽華の考えは甘いと、典子は言っているのだ。オブラートに包んではいるが、要はそれはただの煽り言葉だ。
「ご、ご忠告ありがとう。でも、甘い考えでいいって私は思ってるから大丈夫だよ・・・・! 逆に双調院さんは、色々とカタイね。さすがはお嬢様って感じ」
笑顔ではあるが、明らかに苛立っている感じで陽華はそう言葉を返した。色々とカタイとは、典子がスプリガンに対して強硬な意見を持っている事を揶揄したものだ。先に受けた典子の言葉を利用して、陽華はそう言った。
「わ、私を侮辱しますか・・・・・・! いいでしょう、次からのメニューでも私が全て勝って、あなたの甘さを叩いてさしあげます・・・・・・・!」
「それはこっちのセリフ・・・・・! 次からのメニューは絶対に負けないから! そのかたさ、勝って丸くしてあげる・・・・・・・!」
お互いに顔を寄せ合い、バチバチと視線をぶつけ合う典子と陽華。そんな2人の様子を少し離れていた位置から見ていた、午後の研修の講師である美希と海輝はこんな事を話していた。
「いやー、青春ですね! ライバルに負けたくないという気持ち・・・・・・・・・若いっていいですね!」
「その割にはまあまあ空気は険悪ですけどね・・・・・ですが、お互いに競い合う事は確かにいい事ですね。普通にやっていても力はつきますが、競合相手がいる方が伸びしろは更に上がりますし」
美希がうんうんと何度も頷きながらそう言った。そんな美希の言葉に最初こそ苦笑を浮かべていた海輝だったが、途中からはいつも通りの柔和な笑顔を浮かべていた。
あと、美希もまだまだ充分に若い年頃ではあるが、海輝はあえてそこにツッコミを入れなかった。美希が言っている若いの意味は、恐らくそういう意味ではないだろうと海輝は感じたからだ。
それから、残りの研修者たちも全て往復ダッシュを終え、スタート地点に戻って来た。最後に戻って来たのは相変わらず暗葉であったが、それでも最初に比べれば随分と早くなった。
「さて、皆さん往復ダッシュお疲れ様です。この後はいつも通り、腕立て伏せ50回、腹筋50回、スクワット50回をしてもらって、再びダッシュ走。その後に『メタモルボックス』を解除して扇陣高校に戻り、本校の外周を10周。クールダウンに1周走ってもらって、研修は終了です。なお、先ほどアナウンスした通り、明日から午後の研修の内容が変わりますので、皆さん頑張って今日のメニューを終えてください」
海輝が集まった少年少女たちにそう告げた。そして、海輝の言葉に続くように美希も言葉を述べた。
「今日までサボらずに研修を頑張ってきた皆さんなら出来ます! キツい体力作りのメニューも今日で一旦終わりです。ふっふっふっ、そしてそんな皆さんの為にご褒美を持ってきました! お菓子です! だから皆さん今日も一生懸命やり切りましょう!」
「「「「「はいッ!」」」」」
美希が鼓舞の言葉を掛けると、研修者たちはそう言葉を返した。どこか嬉しそうというか顔が明るいのは、お菓子云々のご褒美よりも、今日でこのキツい体力作りが一旦終わる事、また素直に鼓舞の言葉に元気づけられたという一面があるからだろう。
「それでは、次のメニューを始めましょうか。各自、周囲と少し距離を取ってください」
海輝の指示が飛ぶ。先ほど顔を突き合わせていた陽華と典子も、指示に従いお互いに距離を取った。
「次は負けないからね、双調院さん・・・・・・!」
「次も負けませんよ、朝宮さん・・・・・・!」
2人はお互いにそう宣言し合うと、「「ふんッ!」」と顔を背けた。
――命短し競えよ乙女。対抗心を糧として。その糧がいつかの力になると信じて。
「・・・・・・・・・・」
午後3時。陽華と典子が競い合い、他の少年少女たちも研修に励んでいる中、1人の少女が扇陣高校内を歩いていた。黒い長髪に端正な顔立ち。扇陣高校の夏服に身を包んだその少女の名は、帰城穂乃影といった。
(・・・・・明日から始まる研修の為の顔合わせか。お金貰う立場だから、あんまり文句は言えないけど・・・・・・・・正直、嫌だな。他の光導姫と守護者とかと会って話すの。しかも、今回集まるメンバー私以外全員ランキング10位内だし・・・・・・・・)
廊下を歩きながら、穂乃影は内心そんな事を思った。穂乃影は兄の影人ほどぶっきらぼうでもないし、コミニュケーション能力は低くないと思っているが、穂乃影もそれほど他人と話すのが得意というわけではない。しかも今回会うのは、いずれも初めて話す人物たちと初対面の人物ばかりだ。それにプラスの要因として、最上位の光導姫と守護者しかいないという状況も、はっきり言って変な緊張感がある。
そんな事を考えている間に、穂乃影は集合場所である扇陣高校2階の会議室の前に辿り着いていた。ここは例年通りなら、午前の研修が行われている場所だ。まあ、今は午後なので使われてはいないが。
「・・・・・・・失礼します」
コンコンコンとノックをして、穂乃影は会議室のドアを開けた。会議室に入ると、前方のスペースに2人の少女がいた。
「あ、こんにちは。えっとあなたは・・・・・ランキング75位の光導姫『
その内の1人、ポニーテールの髪型の清涼感を感じさせる雰囲気を纏う少女がそう穂乃影に聞いてきた。その少女こそ、光導姫ランキング4位『巫女』でありこの扇陣高校の生徒会長、連華寺風音であった。
「・・・・・・・はい、それで合ってます。今日はよろしくお願いします生徒会長。・・・・・それと『提督』、フィルガラルガ先輩も」
2人のいる位置まで移動した穂乃影は、風音の問いかけに答えを返し、2人に軽く頭を下げた。
「ああ、よろしく頼む。先輩、と私を呼ぶという事は君は1年生か?」
もう1人の赤眼銀髪の留学生、『提督』ことアイティレ・フィルガラルガは穂乃影の挨拶の言葉を受け取ると、そんな事を聞いてきた。
「はい。1年の帰城といいます」
穂乃影はアイティレの問いに自分の学年と名字を明かした。そして穂乃影がそのまま立っていると、風音が「ああ、ごめんなさい。もうどこか近くの適当な席に掛けてもらってればいいから」と言ってくれたので、穂乃影はその言葉に甘えて近くにあった適当な席に腰を下ろした。
「もう少しだけ待ってちょうだいね、帰城さん。あと、3人ほど来てないから」
「分かりました」
手を合わせて苦笑を浮かべる風音に、穂乃影はコクリと頷きを返した。予定では顔合わせは3時からだが、穂乃影がスマホで時間を見てみると、現在は3時5分だった。まあ、あと10分以内に来れば許容の範囲内だろう。
「いやー、ごめんごめん。ちぃとばかし昼寝しててさ。遅れちゃったわ」
それから5分ほどすると、ガラガラと会議室の扉を開けて1人の青年が入室して来た。無精髭を生やした一見無気力そうな青年だ。穂乃影やアイティレ、風音と同じ扇陣高校の夏服に身を包んだ(といっても男性用という違いはあるが)その青年の名は、剱原刀時といった。
「こんにちは剱原さん。もう、お昼寝する時間なんてあるんですか? 剱原さんは3年生でしょう、今夏は進路を決定する重要な時期では?」
風音が刀時に少し意地悪っぽくそう言った。風音の軽口に刀時は「へへっ、ご心配ありがとうね」とへらりと笑みを浮かべた。
「でもご心配には及ばないよ。俺、実家のオンボロ道場継ぐし。だから気楽なもんさ――って、およ? 君は初めて見る顔だね。というか、すっげえ可愛いな・・・・・・・・こんな可愛い子ウチの高校にいたっけか?」
「・・・・・どうも。今日はよろしくお願いします」
風音に言葉を返し終えた刀時が、穂乃影に気がつきそう話しかけてきた。刀時に話しかけられた穂乃影は何度も名乗るのも面倒なので、座りながら軽く頭を下げただけだった。どうせ後でまた自己紹介をするだろうから、今はいいだろうと思ったのだ。
「相変わらずの軽薄ぶりだな、『侍』。それと、学校に来るなら髭くらい剃ってこい」
「あはは、しゃーないよそれが俺だし。あと髭は許して欲しいな。俺、ダンディを目指してるからさ」
ため息を吐いてそう言ってきたアイティレに、刀時は自分の無精髭を触りながらキメ顔を浮かべた。そしてそのキメ顔は、控えめに言ってもキモかった。
「貴様のどこにダンディズムがある・・・・・・」
「・・・・・・・剱原さん、整えられたヒゲならまだしも無精髭にダンディさは感じられませんよ」
「あれ辛辣!?」
そしてキモい刀時は、アイティレと風音から容赦なくそう言われた。
「たはは、心折れそう・・・・・・・・・それはそうとして、後誰が来るんだっけ? 光司っちが来ることは覚えてんだけどさ」
女子たちから辛辣な言葉を浴びせられた刀時は一瞬凹んだような顔になったが、2秒経つとケロッとした顔に戻りそう質問した。メンタルが強いのか弱いのかよく分からない男である。
「後は榊原さん・・・・・・『呪術師』ですね。私、アイティレ、帰城さん、光司くん、榊原さんの5人が今日集まる人たちです」
「げっ、榊原かよ・・・・・・・まじかー、あの嵐みたいに元気な奴が来んのか。やべえ、帰りたくなって来た・・・・・・・・・」
(嵐みたいに元気な奴・・・・・?)
刀時の独り言を聞いた穂乃影は、内心そんな事を思い首を傾げた。どうやら、風音たちは『呪術師』と面識があるようだが、穂乃影は『呪術師』と面識がない。ゆえに「嵐みたいな奴」という刀時の言葉が、穂乃影には分からない。あと、少し気にもなった。嵐のように元気な奴とは、いったいどのような人物なのだろうか。
「・・・・・まあ、お前の言う事はわかる。『呪術師』の元気ぶりには、こちらが疲れてしまう事もあるからな」
刀時の言葉に同意するように、アイティレもそう呟いた。そして、そんな時だった。会議室の扉が勢いよく開けられたのは。
「はっはっはっ! お待たせ! ごめんなさいね、ちょっと道草食っちゃって!」
「会長! そんな勢いよく扉を開けたら、みんな驚いちゃいますよ・・・・・・!」
バンッと扉を開けて、1人の少女と少年が新たに会議室に入室してきた。恐らく、この中で誰よりも豪快に扉を開けたのは彼女だろう。
扇陣高校とは違う夏の制服に身を包んだ少女と少年がこちらに歩いて来た。
少女の方は
少年の方は、一言で表すなら目も覚めるようなイケメンだ。標準より少し長い髪に整いすぎている顔立ち。おまけに身に纏う雰囲気は爽やかそのものだ。
「げっ、噂をすれば来やがった・・・・・・・・」
「あら剱原、随分とご挨拶じゃない。相変わらずシケた
苦いような表情を浮かべそう言った刀時に、歩いてきた少女は明るくそう言った。言葉の内容とテンションが釣り合っていないのは、気のせいではないだろう。
「なっ、てめえ誰の面がシケてるって!? 撤回しろ! 俺の面はそこまでシケちゃいねえ!」
「シケてる面にシケてる言って何が悪いのよ」
少女の言葉にショックを受けた刀時がたまらずそう叫ぶ。しかし刀時の叫びなど、どこ吹く風といった様子で少女は言葉を放った。
「ひでえ!? 助けてくれよ光司っち! さっきから女子たちが俺をイジメるんだ!」
「つ、剱原さん? 大丈夫ですか・・・・・・?」
少女と一緒に会議室の前方にやって来た少年、香乃宮光司に刀時が泣きつくふりをする。そして誰にでも優しい光司は刀時にそう声を掛けた。
「久しぶりね、風音! 私のライバル! ここで会ったが100年目よ!」
「あはは・・・・・お久しぶりです榊原さん」
ビシっと風音に指を突きつけそう宣言した少女、榊原真夏に宣言を受けた本人である風音は、ただ苦笑いを浮かべていただけだった。
「・・・・・・相変わらずのようだな『呪術師』。嵐のようなとは、お前の為にあるような言葉だとつくづく思う」
「あなたも久しぶりね『提督』! お褒めに預かり光栄だわ! あなた日本に留学してるんでしょ? もうこっちには慣れた? というか日本語上手いわね! 意外だわ!」
アイティレに話しかけられた真夏は、明るい笑みを浮かべながらそう言った。なるほど、確かに彼女は元気に過ぎる。傍から真夏を見ていた穂乃影は先ほどの刀時の言葉の意味を理解した。
(・・・・・・・・・・というか、すっごく賑やかだ。しかも私以外は全員顔見知り確定だし。・・・・・・顔合わせ、やっぱりさっさと終わらないかな)
いきなり賑やかになった会議室の雰囲気に、穂乃影はそんな事を考えていた。
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