第103話 心、燃えて
「いやー、しっかし午前の研修がまさかあないな事になるとは思わんかったわ。えらい変な空気になってもうて、ウチ息苦しくてしゃーなかったで」
「あ、あはは・・・・・・すいませんでした」
火凛がクルクルとスプーンを回しながら、そんな言葉を呟いた。火凛のその呟きに、その変な空気を作ってしまった内の1人である陽華は苦笑いを浮かべ、火凛にペコリと軽く頭を下げた。
「しゃーないわよ、思ってる事ははっきり言わなきゃ。私たちはただ自分の意見を言っただけよ。どんと胸張ってればいいの」
「う、うん・・・・・・・・ふ、2人は別に悪くないと思う・・・・・」
陽華の言葉に続いた明夜は、行儀は悪いが箸を少しパチパチと鳴らしながらそう言った。明夜の横で水を飲んでいた暗葉はいつも通り控えめではあるが、明夜の言葉を肯定した。
4人がいるのは扇陣高校の学食スペースだ。午前の座学を終えた陽華、明夜、火凛、暗葉の4人はそれぞれ昼食を食べながら、そんな事を話し合っていた。ちなみに、陽華以外の3人は普通の定食やらハヤシライスを食していたが、陽華だけはラーメン大盛りにかき揚げ蕎麦大盛りにきつねうどんの大盛りを食していた。どうでもいいが、麺に親でも殺されたのかと思うようなメニューである。
「いや、ウチは陽華と明夜の事を悪く言ってんのとちゃうで。そこは勘違いせんといてや。どっちかって言うと、ウチは暗葉と同意見や。あんたらは別に何も悪い事はしてへんからな」
少しだけ慌てたように火凛はそんな言葉を付け加えた。慌てた火凛がどこかおかしくて、陽華は「ふふっ、分かってるよ」とつい笑ってしまった。
「ほなええけどな・・・・・・・あー、それとこれ聞いていいか分からんけど、あんたらスプリガンと何か関わりあんのか? さっきの言葉聞いてた身としては、どうもそんな気がしてならんのやけど・・・・・・」
火凛が珍しく言い淀むように、チラリと陽華と明夜の方を見た。まあ火凛の言葉通り、先ほどの陽華と明夜の発言を聞いていれば、スプリガンと2人に何かあったのかと疑うのは当然だ。
「あ・・・・・そ、それは私も思った。ふ、2人のさっきの言葉には、想いが乗ってた・・・・・・・ふ、普通の想いよりも、もっと強いような・・・・・」
火凛の言葉に便乗するような形にはなってしまったが、暗葉もやはりそこが気になるようだ。暗葉はキョロキョロと目を動かし、最終的には陽華と明夜の方に視線を向けた。
「・・・・・・・・・・うん。2人の考えてる通り、私と明夜にはスプリガンと関わりがあるの。さっき校長先生が言ってたでしょ? スプリガンはある新人の光導姫たち助けたって。それが、私と明夜」
「「ッ・・・・・・!」」
陽華のその言葉に、火凛と暗葉は驚いたような表情を浮かべた。
「・・・・・私たちは、スプリガンに命を助けてもらったの。それも1度だけじゃない、何回も。だから、私たちにはスプリガンが敵だとはどうしても思えないのよ。彼は、私たちの命の恩人だから」
別に隠す事でもないので、陽華と明夜は2人に今までの自分たちのことを話した。
「はー・・・・・・・・・あんたら、えらい経験してきたんやなあ・・・・・ウチも新人やから言えた事はないかもやけど、普通の新人の光導姫はあんたらみたいな経験絶対せんやろ」
「す、すごいね・・・・・私だったら、ぜ、絶対死んでる気がする」
陽華と明夜の話を聞いた火凛と暗葉は、それぞれそんな感想を漏らした。火凛は2人のその異常な経験に驚きを通してもはや呆れ、暗葉は素直な尊敬の視線を2人に向けた。
「まあでも、あんたらがスプリガンの事を敵やないって思いたい気持ちは理解できたわ。そりゃ命の恩人を敵やとは思いとうないもんな。うん、シンプルな理由やんか。ウチはそのスプリガンに会った事ないから正直なところは分からへんけど、今んところウチはあんたらの意見の方に賛成やわ」
「「え・・・・・・・・?」」
だが、火凛はニカリと笑みを浮かべそう言葉を続けた。火凛の賛成という思ってもいなかった言葉に、陽華と明夜は意外そうにその目を見開いた。
「なんやその意外そうな顔は? まさか賛成されるって思ってもなかったって表情やな。ああ、理由が気になんのか? それやったら簡単な事やで。ウチはあんたらを気に入っとるからな。気に入っとる奴が気に入ってる奴やったら、ほんまもんの悪人はおらんやろ」
「そ、それだけ・・・・・・?」
「マ、マジで言ってるの・・・・?」
火凛の賛成の理由を聞いた陽華と明夜は、ついそう聞き返していた。
「マジもマジ、大マジや。まあ、ウチがあの双調院典子って子を気に入らんっていう理由も多少あるけどな。ウチはな、自分の感情を大事にしとんねん。で、ウチの感情はあんたらの方に傾いとる。話を聞いて、余計感情は傾いたわ」
火凛はそこで言葉を一旦切り、水の入ったコップに手を伸ばした。そして、「ぷはっ」と水を飲み終え喉を潤した火凛は、こう言葉を続けた。
「ウチはあんまり頭はようない。だから、ごちゃごちゃしたんは嫌いや。考えってのは、シンプルでええねん。で、あんたらの理由はあのツイテのお嬢様よりシンプルや。どやこれで満足か?」
それを一言で表すと、「気に入っている」という言葉になる。火凛はそう言葉を付け加えた。
「・・・・・・・・・・なんて言うか、火凛ていい人だね。いや気のいい人だとは思ってたけど」
「本当にね・・・・・火凛、あなた本当にいい意味でアホだわ」
「・・・・・・・・あんたら喧嘩売っとんのか?」
ジトッとした目で火凛がそう言った。2人はバカにしているわけではないのだろうが(明夜の場合は一見バカにしているように思えるが)、火凛にはどうもそう思えてならなかった。
「でも、ありがとうね火凛。火凛が賛成してくれて、実はすっごく嬉しいんだ」
「私たちの意見ってきっと少数派だからね。賛成してもらえるのは、なんだか元気が出てくるの」
火凛の言葉に首を振りながら、陽華と明夜は笑顔を浮かべた。そんな2人を見た火凛は、「そうかい、ならよかったわ」とフッと口元を緩めた。
「わ、私は火凛みたいに理由を決める事は出来ないけど・・・・・・・ふ、2人の味方でありたいって思ってる・・・・に、煮え切らない答えでごめんだけど・・・・・」
自分も何か言わなければと思ったのか、暗葉もそんな言葉を述べた。自分の中途半端な答えを申し訳なく思っているのか、声は徐々に小さくなっていったが。
「うんうん、そんな事ないよ。ありがとう暗葉」
「そうよ、全然煮え切らない答えなんかじゃないわ。暗葉の優しさは確かに受け取ってるから」
2人は暗葉にも感謝の言葉を述べた。陽華と明夜からそう言われた暗葉は、「そ、そう・・・・・・?」と照れたような顔になった。
「さてと、ほな全員飯も食い終わった事やし移動しよか。ああ、そやそや。1つだけスプリガンについて、聞きたい事あったんやけどええか?」
「なに? 私たちで分かる範囲でなら答えるけど・・・・・」
火凛がそういえばといった感じで、右の人差し指を1つ立てた。陽華は軽く首を傾げ、そう前提した。すると火凛は、非常に真剣な顔でこんな質問をした。
「重要な事や。スプリガンって――イケメンなんか?」
ガクッ、火凛の質問をきいた3人は、そんな擬音が出そうな感じで首を落とした。
「はい、では今日も体力作りをしましょうか。ストレッチも済んだ事ですし、皆さんは昨日と同じようにまずあの木まで往復ダッシュをして来てください。本数は10本です」
午後の研修2日目。この研修の講師を務める扇陣高校の教師で、元守護者でもある中田海輝は柔和な笑顔を浮かべ、研修に参加している少年少女たちにそう指示した。
「う・・・・・ま、また私は死ぬのね・・・・・・・」
「大丈夫よ暗葉。昨日の骨も拾ってあげたでしょ。今日も私があなたの骨を拾ってあげるわ」
「いや、だから会話がズレとんねんて・・・・」
「あはは・・・・・仕方ないよ火凛。ズレてなきゃ、もはやそれは明夜じゃないもの」
メタモルボックスによって、平原に移動している少年少女たちがスタート地点につく。陽華、明夜、火凛、暗葉の4人もそんな会話をしながら、スタート地点についた。
「それじゃあ・・・・・スタートです!」
合図は海輝ではなく、海輝と同じくこの扇陣高校の教師であり、元光導姫でもある加辺美希が合図を行った。その美希の言葉を機に、少年少女たちは一斉に走り出した。
「ふっ・・・・・・!」
陽華は最初から飛ばし、全速力に近いスピードで木を目指し駆けた。スタート地点から木までの距離はおよそ200メートルあたりといったところだ。それを往復するから、1本の距離はおよそ400メートル。それを10本なので、総距離は4キロメートル。ウォーミングとしては、中々にハードだ。
しかし、フィジカルお化けと明夜に揶揄された陽華にとってこの程度の距離ならばあまり問題にはならない。本当に帰宅部なのが謎な少女である。
(よし、1本目!)
そのフィジカルで往復ダッシュのトップに立った陽華は、早速スタート地点に戻り1本目のダッシュを消化した。残りは9本。
「ッ・・・・・・・!?」
だが、そんなトップを走る陽華に追いついてくる少女がいた。ツインテールが特徴な少女、双調院典子である。
「しっ・・・・・・!」
陽華な後ろについていた典子は、スピードを更に上げると陽華と並んだ。そして、また更にスピードを上げると、遂には陽華を抜かした。これでトップは典子に代わった。
「くっ・・・・・・!」
これは体力作りの研修、そのウォーミングアップだ。ゆえに順位を競っているわけではない。逆にここで体力を使いすぎてしまえば、後のメニューについていけなくなる可能性が大いにある。
(うん。別に私は順位を競ってるわけじゃないし、ここは自分のペースで走ろう。しっかりとペース配分を――)
陽華が内心、冷静に自分にそう言い聞かせている時、自分の前を走る典子がチラリと首を陽華のいる後方に向けた。いったいなんだと、陽華が疑問を抱いていると、次の瞬間、典子はフッと笑みを浮かべた。いわゆる、「鼻で笑う」といった感じだ。
「あ・・・・・・」
その笑みは、暗に「なんだその程度か」と陽華を揶揄しているようだった。典子はもう陽華に興味はないとばかりに、再び前方に首を戻すと、2本目の折り返し地点である木を目指した。
その典子のバカにしたような笑みを受けた陽華は、自分の心に苛立ちが生じたのを感じた。
(・・・・・・・・・あれは絶対に喧嘩売ってたよね。たぶん、今朝の事で私に対抗心燃やしてきたんだろうけど・・・・・正直言って、このまま負けたら面白くないよね)
陽華の心に火がついた。心が燃える。上品なお嬢様だと思っていたら、中々どうして仕掛けてくれる。喧嘩の売り方を知っているに、破天荒なお嬢様といった一面でもあるのか。
(いいよ、その喧嘩買ってあげる。別にあなたの事が嫌いとかじゃないけど、今日、今、あなたに負けるのは嫌だ!)
陽華は走りのスピードを上げた。徐々にではあるが、典子との差を縮めていく。更にスピードを上げる。この際、残りの体力事情は無視する。いざとなれば、残りのメニューは気合で補えばいい。
全速力。木の地点を折り返した典子の2秒後、陽華も木の地点を折り返した。そして木に手をつかせた反動で、陽華は更なる一瞬の加速を手にした。
そして、トップはまた陽華に代わった。
「お先に失礼するよ・・・・・・!」
「ッ・・・・・どうやら、骨はあるようですね・・・・・!」
典子を抜く間際、陽華は先ほどのお返しとばかりにそう呟いた。陽華に抜かされた典子は、面白いといった感じに言葉を返す。
2人の速さは凄まじいもので、もはや残りの少年少女たちより1本分は多く周回していた。べべの暗葉とは2本分差がついている。
「売られた喧嘩は買う主義なの・・・・・・・・! 今日は負けないよ、双調院さん・・・・・!」
「いい気骨をお持ちで・・・・・・!
2人はピタリと横並びにトップを走ると、バチバチと視線を飛ばし合いながら、そう宣言した。
ライバル出現、そんな言葉がピッタリな程に、2人は競い合った。
なお、このダッシュに体力を使いすぎて、2人とも後のメニューが死にそうになったのは、言うまでもない。
「――うーん、1週間と少しぶりに日本に帰って来たけど・・・・・・・やっぱり、この国の夏はクソ暑いなあ。昔はもっと、夏といっても涼しかったけど」
8月の灼熱の太陽を手で
糸目と呼ばれる程に細い目。ボサボサの髪。左肩には黒の細長いケースを背負っている。足元は今の季節にピッタリなサンダル姿である。
「ん? あれは近くの高校の女子学生か・・・・・うん、いいね。若くて可愛い子は、目の保養になるなあ。心が萌える」
ちょうど自分の10メートルほど先にいた女子高生の姿を見ながら、その青年は口元を緩めた。傍から見れば完全に不審者である。お巡りさんが近くにいたら秒で職質確定だ。
「確かあの制服は僕ん
不審者もとい青年はそんな事を呟きながら、自宅へと帰るべく歩き始めた。
「さてさて、帰ったら早速情報収集しないと。・・・・・・・・の前に、溜まってるアニメをちょっと・・・・・・いやいやダメだ。僕のことだ、絶対にダラダラしちまう。ここ100年くらいで、ぼかぁすっかり堕落しちまったからな。やっぱりちゃんと情報収集しよう」
のんびりとした口調で、ガリガリと自分の頭を掻きながら青年は自分にそう言い聞かせた。日本に戻ってきた目的を忘れてはいけない。
「その後は鍛錬だ。向こうで1週間くらい死ぬ気で基礎稽古したから、多少はマシになったけど、まだまだ酷い剣だからなあ。早く鉄くらいなら斬れるように戻りたいよ」
鍛錬場所に、自分の家の近くの森を思い浮かべながら、その青年――十闇第7の闇、『剣鬼』の響斬はそうぼやいた。
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