第102話 研修2日目、会議決定

 扇陣高校で研修が始まって2日目の8月2日。陽華と明夜は昨日と同じように、朝から扇陣高校にやって来ていた。

「うぐ・・・・・・筋肉痛だわ。昨日久しぶりにあんな体動かしたから・・・・・・・はぁー、今日も昨日と同じ事をやらなきゃと思うと憂鬱ね」

 風洛のジャージに身を包んだ明夜がため息を吐きながら、自分の体に触れる。書道部という事もあり、明夜はどちらかというと文化系なので、体を動かす事はそれほど得意ではないのだ。

「ふふん、だらしないなー明夜は。私は筋肉痛なし! ピンピンだよ! これが若さだっ!」

「何が若さよ。あんた私と歳一緒でしょ。陽華が筋肉痛ないのは、元から体力あるフィジカルモンスターだからよ。もっと砕けて言うとメスゴリラね」

 ドヤ顔でそう言った陽華に、明夜はジトっとした目を向ける。ついでに恨み言の1つもぶつけた。

「だ、誰がメスゴリラよ明夜!? そう言う明夜はアホの中のアホじゃん!」

「ふっ、私は書道部の文化系よ? 帰宅部のくせに、そこらの運動部員よりもフィジカル高いゴリラよりは賢いに決まってるのよ。という事で、私の勝ち。ほら、もう着いたからこの話は終わりよ」

 プンスカと怒る陽華に、珍しく明夜がクールに煽り言葉を返した。そして、2人がそうこう言い合っている内に、午前の研修を行う会議室に辿り着いていた。行うのは、昨日と同じく座学だ。

「む、むぅ〜・・・・・・・・・」

「ふふん」

 明夜にそう言われた陽華は納得がいかなさそうに、その頬を膨らませた。そんな陽華の表情を見た明夜は気持ちよさそうに笑みを浮かべると、扉を開けた。

 扉を開けると、昨日と同じように光導姫・守護者の少年少女たちがバラバラに席に座っていた。陽華と明夜も特に考えなく昨日と同じ席に座ろうと思って、席に向かって歩いていると、その途中でこう声を掛けられた。

「2人とも、おはようさん」

「あ、火凛。おはよう」

 陽華が自分たちに声を掛けて来た、関西弁が特徴な少女の名を呼んだ。昨日親しくなった少女、御上火凛だ。

「ふ、2人とも、おはよう・・・・・・」

「おはよう暗葉」

 火凛の横からなぜか申し訳なさそうに姿を現した少女、四条暗葉も2人に挨拶をしてきた。暗葉には明夜が反応し、挨拶を返した。この少し暗めの少女も昨日親しくなった人物だ。

「どや、せっかくやから、ウチらの近くの席に座らんか? その方がおもろいやろ。なあ、暗葉?」

 挨拶もそこそこに、火凛が自分たちの空いている前の席を指差しながらそんな提案をしてきた。火凛に意見を求められた暗葉は、「わ、私・・・・・? た、確かに、それは嬉しいけど・・・・・・・・」と慌てたように、申し訳なさそうに言葉を呟いた。

「そうだね。じゃあせっかくだから、私たちはここに座るね」

「いいわねこういうの。するつもりはないけど、もし居眠りとかしちゃったら、起こしてもらえるし」

 火凛の提案をすぐに受け入れた2人は、火凛と暗葉の前の席に腰を下ろした。

「――おはようございます、皆さん。時間となりましたので、研修2日目の午前の研修を開始したいと思います」

 陽華と明夜が席について火凛や暗葉と少し話していると、ガラリと会議室の扉が開けられて、この扇陣高校の校長である神崎孝子が姿を見せた。孝子は壇上に上がると、会議室にいる少年少女たちにそう言葉を述べた。

「今日お話しする知識は――」

 孝子が午前の研修を開始しようとすると、スッと前方斜め右の席から(陽華たちから見て)手が上がった。

「神崎校長、1つ質問または提案させていただいてよろしいでしょうか?」

 育ちの良さが知れる雰囲気、ツインテールの髪型。手を挙げた少女は、研修初日から注目を集めた双調院典子であった。

「あなたは・・・・・・・双調院さんですね。いいでしょう、発言を許可します」

 どうやら孝子は典子の名前を知っているようだった。まあ、この学校の校長といえば研修を開いている側のトップだろう。ならば、研修に参加している生徒の名前と顔も事前に知っていても不思議ではない。もしくは、昨日午後の研修の講師を務めていた2人から典子の事を聞かされたか。

 どちらにしろ、孝子が典子の名前と顔を知っていた。いま必要な事実は言ってしまえばそれだけだ。

「はい、では僭越ながら。確かに校長のお話しは、わたくしたちには必要不可欠と言っていいほどのお話しだと思います。少なくとも、私は昨日の座学でそう思いました。ですが、いま現役で光導姫・守護者として戦っている私たちとしては、今の現場を取り巻く情勢、又は状況についてのお話しを先にしていただきたいと思うのです」

「・・・・・・・・・その情勢、又は状況についてのお話しとは、具体的にどのような話でしょう?」

 典子の発言を受けた孝子が、典子にそう聞き返す。会議室の緊張感が高まる。今、会議室にいる者の全ての視線は典子に集まっていた。 

「では申し上げます。具体的に私が話していただきたい話は・・・・・・・・・・・現在様々な噂が流布されている怪人、スプリガンの事です」

「「ッ・・・・・・・・!?」」

 その名前を聞いた陽華と明夜は、半ば無意識に息を呑んだ。

「スプリガン・・・・? それってあの戦場に現れるって言う正体不明・目的不明の噂の怪人だよな?」

「何でも全身黒づくめで金色の目をした不吉な黒猫みたいなやつだって聞いたけど・・・・・・・」

「光導姫と守護者を助けたって私は聞いたけど・・・・・」

「俺は光導姫と守護者に攻撃して来たって聞いたぜ」 

「俺もだ。噂によると、闇の力を使うらしい」

「え? それって、レイゼロールサイドの闇人じゃないの?」

 ザワザワ、とスプリガンの名前が出た途端、会議室にいる少年少女たちが、スプリガンの様々な噂について言葉を発した。

「スプリガンか。確かにウチも最近その噂は聞いたなー」

「わ、私も・・・・・・・一緒に戦った守護者の人から聞いた・・・・」

 陽華と明夜の後ろに座っていた火凛と暗葉も、スプリガンについて発言していた。会議室がざわめく中、孝子は「ご静粛に」とよく通る声でそう言った。

「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」

 鶴の一声、とでも言えばいいか。孝子のその言葉を聞いた少年少女たちは、ピタリと何も発言をしなくなった。孝子の声には、有無を言わせぬ力が感じられたからだ。

「・・・・・・ご協力感謝いたします。さて、双調院さん。スプリガンについての事ですね。いいでしょう。確かにいま現役で戦っているあなたたちには、スプリガンについての話こそが役立ちます。あなたの意見は、理論があり筋が通っている」

「お褒めのお言葉、ありがたくお受けいたします」

 孝子に視線を向けられそう言われた典子は、流れるような動作で軽く頭を下げた。その所作は洗練されていた。やはり、双調院典子は育ちが良いらしい。

「それでは、本日はスプリガンについての話としましょう。といっても、彼について分かっている事はその見た目と力の性質くらいです。彼の事は、私たちはもちろん、ソレイユ様やラルバ様ですら分からない事だらけだそうです」

 孝子はそう前置きして、スプリガンについての話を始めた。

「スプリガン。まず前提として、彼は確かに存在します。正体不明・目的不明の怪人として。このスプリガンという名は、彼が出現した際、光導姫と守護者に対してそう名乗るようです」

 孝子が会議室に設置されている壇上の後ろのホワイトボードに、いま自分が話した事を書いていく。

「彼について分かっている事は、鍔の長い帽子、黒色の外套、深紅のネクタイ、紺のズボンに黒の編み上げブーツ、それに金色の瞳という外見。闇の力を扱い、最上位闇人やあのレイゼロールすら退却させた程の、凄まじい戦闘能力を有している点くらいです」

 孝子が追加情報を話しながら、ホワイトボードに書き込みを続けていく。孝子の「最上位闇人やあのレイゼロールすら退却させた」という箇所を聞いたほとんどの少年少女たちは、思わず息を呑む。

「初めて彼が姿を現したと思われるのは、と闇奴との戦闘です。ソレイユ様がその光導姫から聞いた話では、スプリガンは窮地に陥っていた彼女を助けたとの事です。その際、その光導姫たちに名を尋ねられ、彼はスプリガンと名乗った」

「「・・・・・・・」」

 孝子が一瞬その視線を陽華と明夜の方に向ける。その孝子の視線とその口調から、陽華と明夜は理解した。孝子はその「ある新人の光導姫たち」が、陽華と明夜である事を知っていると。どのようにしてその光導姫が自分たちだと知ったのかまでは分からないが、孝子は知っている。それが純然たる事実だ。

「スプリガンという言葉じたいは皆さんも聞いた事があるかもしれません。よくゲームや漫画などにも出てきますからね。スプリガンというのは、一般的には妖精の事を言います。ただ、彼がなぜこのスプリガンという名前を名乗っているのかは、分かりません」

 孝子がスプリガンという言葉の意味についての説明を行った。孝子の意味の説明を聞いた陽華と明夜は、驚いたようにその目を見開いた。実は、陽華と明夜はスプリガンという言葉に意味があること自体知らなかったのだ。ゆえに、スプリガンに「妖精」という意味がある事も2人には初耳だった。

(妖精・・・・・なら、スプリガンはいったいどんな妖精なんだろう・・・・・・・・・?)

 陽華がそんな事を思っていると、典子とは違う少女がおずおずといった感じで手を挙げた。どうやら何か質問があるようだ。孝子はその少女に「発言をどうぞ」と促した。

「あの、質問なんですけど・・・・・・・スプリガンの写真とか動画はないんですか? その私はスプリガンに出会った事がなくて、実際にどんな見た目なのかを見てみたいなと思ったんですけど・・・・」

 質問者である少女はそのような事を孝子に聞いた。孝子はその少女に「いい質問ですね」と、軽い笑みを浮かべると、その表情を真面目なものに直しこう答えた。

「ですが、残念ながらスプリガンの写真や動画などは一切存在しません。私もスプリガンに出会った事のある光導姫に彼の外見を教えてもらったに過ぎません」

 孝子は続けてこんな事を言った。

 光導姫や守護者が戦う場所は、主として市街地内。ゆえにその周囲には、カメラが点在している事がある。もちろん光導姫や守護者も偶然としてカメラに映ってしまう事はあるが、そういった場合は日本政府が秘密裏にその映像を消去してくれる。

 当然、スプリガンが現れる場所も市街地内が多い。その周囲にはカメラがあった事もあった。だが、スプリガンはなぜかカメラには映らない。その原理は全くもって分からないが、スプリガンは肉眼でしかその存在を捉える事が出来ない。孝子は質問者の少女にそう説明を付け加えた。

 孝子の説明を聞いた少年少女たちは、皆驚いたような顔をしていた。そしてそれは陽華と明夜も例外ではない。陽華と明夜は、スプリガンがカメラなどに映らない事をいま初めて知った。

「・・・・・・・・神崎校長。そのような話も大変興味深いですが、私が聞きたいのは、核心の話でもあります。すなわち――スプリガンは私たちの敵となり得るかどうか」

「「!」」

 孝子の話を聞いていた典子が再び手を挙げ、そう言葉を切り出した。典子の言葉に陽華と明夜は、ドキリと自分たちの心臓が鳴った音を聞いた。 

「噂では、スプリガンは光導姫や守護者に攻撃を行うというではありませんか。さらには、私たち光導姫と守護者に対する敵対宣言も行ったと、私は聞きました」

 典子の発言をきっかけに、再び会議室がざわめく。「敵対宣言? 初耳だぞ」「え? それって敵ってことじゃん」「マジかよ・・・・・ヤベェ奴じゃねえか」といった声が聞こえてくる。少年少女たちの声は不安げだ。確かに、最上位闇人やレイゼロールを退却させた力を持つ人物で、自分たちの現場に不定期に出現する人物が敵になるというなら、それは少年少女たちにとっては不安でしかないだろう。

「確かにスプリガンは光導姫や守護者を助けた事もあったのかもしれません。ですが、本人が私たちの敵になると宣言しているのです。ならば、私たちも然るべき対応を取るべきでは――」

 と、孝子がそう言葉を続けた時だった。

 バンッと机を叩く音が会議室に響き、1人の少女が立ち上がった。

「あ、あの・・・・・! 私はスプリガンを敵と決めつける事には反対です!」

 会議室中の視線を一身に受け、その少女――朝宮陽華は自分の意見を言葉に乗せた。

「・・・・・・・・・あなたは?」

 典子が視線を陽華に向け、そう問うた。陽華は真っ直ぐに典子の瞳を見つめ返すと、自分の名前を口に出した。

「私は朝宮陽華っていいます! その、私はスプリガンの事を敵だとは思っていません。ただ、すれ違いがあるだけだと思ってます!」

 思いが勝手に溢れ出る。スプリガンは敵ではないと陽華はそう信じている。だから、スプリガンが敵であると多くの人間に思われるのは嫌だった。

 それは、スプリガンに助けられた自分だから思っている事かもしれない。しかし、スプリガンと出会った事のない自分と同じ少年少女たちが、スプリガンに恐怖心や敵意を抱くのは、なんだかとても悲しいような気がしたのだ。

 そういった思いを抱いているうちに、気がつけば陽華は立ち上がっていた。

「陽華・・・・・・」

 今度は陽華の声が会議室に響いた。陽華の声を聞いた明夜は驚いたように隣の幼馴染を見る。陽華の姿を見た明夜は、自分も何かを決心したように立ち上がった。

「私もそう思います。一応名乗っておくと、私は月下明夜といいます。・・・・・実際、彼が敵であるはずならば、光導姫や守護者を助けた事に疑問が残ります。だから、彼を敵と決めつけるのは早計だと思います」

 陽華と明夜が発言をした事により、会議室に数度目のざわめきが起こる。そんな中、陽華と明夜と同じように立ち上がっている典子が、2人に向かってこんな言葉を投げかけてきた。

「朝宮さん、月下さん。あなたたちの言葉に私は説得力を感じません。そもそも、スプリガン自体が敵対すると言ったという噂ではありませんか。ならば、彼は敵以外の何者でもないのではありませんか?」 

「ッ! それは・・・・・!」

 厳しい典子の言葉に陽華が反論しようとすると、今まで静観に徹していた孝子がパンパンと両手を叩いた。

「双方それまでとしてください。スプリガンが敵かという事は、現時点では答えの出ていない事です。彼が敵かどうかは、今夏中に行われる光導会議と守護会議で議論されることでしょう。ゆえに、いまその議論を行うことは不毛です」

「「「っ・・・・・・」」」

 孝子の言葉を受けた陽華、明夜、典子の3人はどこか納得がいかなさそうな表情を浮かべた。

「・・・・・・・・・スプリガンの話については以上とします。3人とも着席してください。残りの時間は、予定していた講義を行います」

 孝子はスプリガンについての話を終了させると、ホワイトボードに書いていた文字を消し始めた。

 その後、宣言通り講義が行われたが、会議室の空気は明らかに昨日よりも重くなっていた。












「――いるか、風音」

「ん? どうしたのアイティレ私に何か用?」

 会議室が微妙な空気になっている時、扇陣高校の生徒会室にアイティレが入室してきた。生徒会室で業務の息抜きに1人本を読んでいた風音は、アイティレの登場に少し驚いたようにそう言った。

「研修の手伝いは来週からよ?」

「そんなことは分かっている。今日私がここに来たのは――これのことだ」

 扇陣の制服に身を包み、風音が座っている所まで歩いてきたアイティレは、スッと白い便箋を風音に見せた。

「! ああ、なるほど。確かにそれの事なら私しか同じ物をもらっている人は近くにはいないものね」

 風音はアイティレの用を察すると、自分も同じように鞄からアイティレと同じ白い便箋を取り出した。

「私のところに届いたのは、ちょうど30分くらい前よ」

「同じくだ。中は見たか?」

「いや、まだ見れてないの。もう少ししたら見ようとは思ってたんだけど・・・・・・」

 風音が少し申し訳なさそうな表情でそう言った。風音の答えを聞いたアイティレは「そうか」と言って、自分の便箋の中身を取り出した。

「私はもう見た。手紙に書かれていたのは、延期されていた今回の光導会議の日程が正式に決まったという事だった。っ、そうだった。ロシア語はお前は読めないんだったな。では、お前も気になっているであろう日程だけ先に教えよう。詳しい内容は、後で手紙を見てくれ」

 アイティレはそう言って自分の手紙を仕舞い、風音にその日程を教えた。

「光導会議が開かれるのは今日から8日後――8月10日だ」

 8月10日。その日が、スプリガンに今後どう対応するかを決める1つの運命の日になった。

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