第101話 帰城穂乃影

「帰城穂乃影さん・・・・・・素敵なお名前ですね!」

「そ、そうですか? 別に普通の名前だと思いますけど」

 陽華が穂乃影の名前を聞きそう褒めると、穂乃影は少し恥ずかしそうにそう言葉を返してきた。

「じゃあお兄さんは帰城くんって人なんですね! 今度また探してみよ! あ、すいません。お名前教えてもらって、ありがとうございました! 忙しないですけど、私もう行かなきゃ! それじゃあ、また!」

「あ、はい・・・・・・・・また」

 陽華はそう言い残すと、手を振りながら校門の方へと走り去っていた。陽華の「また」という次回も会う、又は会える事を期待した言葉に、穂乃影も咄嗟に「また」という言葉を口に出してしまった。

「・・・・・・・すっごい明るい人、だったな。でも不快感とかそんなものは感じさせない明るさ・・・・・」

 陽華の後ろ姿を遠目に見ながら、穂乃影はポツリとそんな事を呟いた。話したのは今が初めて。穂乃影は普通程度の社交性はあるとはいえ、ああいった明るくて口数の多いタイプは、はっきり言ってしまえば少し苦手だ。だが、陽華と名乗った今の少女に対しては、穂乃影はそういった意識を感じる事はなかった。

「不思議な人・・・・・・でもは関わるタイプじゃないだろうし、たぶん知ってなさそう」

 自分の兄、帰城影人のことをあの人と他人行儀に呼びながら、穂乃影も校門に向かって歩き始めた。今日は学校に本を借りに来ただけなので、後はこのまま帰るだけだ。

「ああ、暑っついな・・・・・・・そう言えば、私も来週辺りに研修の手伝いに呼ばれてるんだった。あの朝宮さんって人も研修に参加してるみたいだし、どっちにしても会う事になりそう。だから、『また』で合ってたのかな・・・・・・・・・?」

 今日から行われている光導姫と守護者の研修。穂乃影は1週間後のその手伝いに呼ばれている。まあ、そこには日本最強の光導姫であり、この扇陣高校の生徒会長である光導姫ランキング4位の『巫女』、そして現在この扇陣高校に留学している光導姫ランキング3位の『提督』、守護者に至っては、ランキング3位の『侍』なども手伝いに呼ばれているらしいから、自分は補助に回る事になるだろうが。

 しかも今年はという事もあり、他校に在籍している光導姫ランキング10位『呪術師』、守護者ランキング10位の『騎士』も研修の手伝いに加わるという話だ。ならば、自分は手伝いに呼ばれなくても良いのではないかと穂乃影は思っていたのだが、手伝いに参加すれば扇陣高校からバイト代をもらえるという事だったので、穂乃影は自身の面倒くささよりも金を取った。ゆえに、研修の手伝いだが適当な補助仕事だったとしても、穂乃影に文句はない。

「・・・・・・・戦場に現れる謎の怪人スプリガン。とても強い、光導姫を助けた、光導姫と敵対してるとか、噂は色々あるけど、実際にそんな怪人本当にいるのかな・・・・・・・・・・・まあ、いたとしても私はどっちにしろ関わりたくないけど」

 今年が異例の年と呼ばれている主な原因である、怪人の噂の事を思い出しながら、穂乃影はまだまだ燦然と輝く太陽の下、帰路に着いた。












「・・・・・・・・・ただいま」

 自宅であるマンションの一室に帰ってきた穂乃影は帰宅時の言葉を半ば機械的に呟きながら、リビングへと向かった。別に人がいようがいまいが、あまり関係はない。こういう言葉はもはや習慣だからだ。

「・・・・・・・・ん? ああ、なんだお前か。制服姿って事は学校でも行ってたのか。夏休みだってのに、ご苦労なこったな」

「・・・・・・・別にいいでしょ。私はあなたと違って色々と忙しいの」

 リビングには1人の少年がいた。ダサい半袖に黒色の半パン姿の前髪が異様に長い少年だ。その前髪のせいで顔の上半分が全く見えない。その少年は、穂乃影の兄である帰城影人だった。

「ま、そりゃそうだ。ああ、あと妹よ。俺はもうちょいしたら嬢ちゃんのとこ行くから。なんか買い物に付き合ってほしいとかなんとかでな・・・・・・・・ったく、俺だってこう見えて色々と忙しいってのに」

 影人が軽くボヤく。影人の言葉を、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎながら聞いていた穂乃影は、どうでもよさそうに言葉を返した。

「あなたが忙しそうには到底見えないけど。というか、結局行くんでしょ。ロリコン野郎」

「誰がロリコン野郎だ。平然と侮蔑の言葉を投げつけてくるな。そもそも、俺はだな――」

 穂乃影のナチュラルな侮蔑の言葉を影人は即座に否定した。言い訳を続けようとする影人に、お茶を飲み干した穂乃影は先ほどと変わらない声のトーンで言葉を紡ぐ。

「冗談。まあ9割くらいは思ってるけど」

「人はそれを本気と呼ぶんだよ・・・・・・・」

 穂乃影がテーブルのイスに掛けてスマホを取り出した。影人はテレビの前に座っているので、穂乃影とは少し距離が離れていた。

「・・・・・・・・・・・そう言えば、朝宮陽華さんって人知ってる? 風洛で、あなたと同じ2年のすっごい明るい女子の人」

「朝宮・・・・・・・? そりゃ一応知ってるが・・・・・・風洛の名物コンビの1人だからな。いま風洛にいる奴は誰でも知ってるよ。つーか、何でお前があいつのこと知ってるんだ?」 

 まさか自分の妹の口からその名前を聞く事になるとは思ってもいなかった影人は、訝しげな表情で穂乃影にそう質問を返した。

「ふーん、知ってるんだ。意外、あなたは知らないと思ってたから。別に私がその人のこと知ってるのは、今日その人と話したから。落とし物を拾ってもらって、少し話しただけ」

「あいつと話したって・・・・・・・・・どこでだよ」

「・・・・・・。道を歩いてたら、落とし物拾ってもらって声を掛けられた」

 穂乃影は影人の問いかけに少し嘘をついた。本当は陽華が穂乃影と出会ったのは扇陣高校の敷地内だ。だが、影人と同じ風洛高校の生徒である陽華が、他校である扇陣高校の敷地内にいるというのはおかしな話だ。その辺りの事を影人に聞かれて、適当なことを言うのも面倒だったので、穂乃影は嘘をついたというわけである。

「お前の学校の近くでか・・・・・・・」

 穂乃影の答えを聞いた影人は少し考え込むような素振りでそう呟く。穂乃影の通う高校は扇陣高校。ソレイユから確たる名前を聞いたわけではないが、『提督』とすれ違った時に、『提督』が着ていた服は扇陣高校のものだった。ソレイユが言っていた『提督』の留学先は、日本の光導姫と守護者のための学校という証言から、穂乃影の通う扇陣高校こそが、その光導姫と守護者のための学校という事は、実質的に明確だ。

(鍛錬のこととかを考えるに、朝宮が扇陣高校の近くにいる事は別におかしな事じゃない。いや、そういやソレイユが8月から研修が始まるって言ってたな。研修場所は多分その特性から言って、扇陣高校だろうし・・・・・・まあ、どっちにしてもおかしい事はないな)

 鍛錬にしろ研修にしろ、どっちにしても変わらない事に気づいた影人はそこで思考を完結させた。チラリと穂乃影の方を見てみると、穂乃影はスマホをいじっていた。

(・・・・・・・・・・・にしても、こいつと朝宮にまさか接点が生じるとはな。まあ一時的で顔見知りくらいの接点だろうが、それでも俺からしてみればちょっと嫌っつうか、危険な気がするが・・・・・)

 影人が穂乃影を見つめながらそんな事を思っていると、スマホから視線を動かさずに穂乃影がこんな事を言ってきた。

「・・・・・・・でもやっぱり意外。あなたは他人には全く興味がない人間なのに、朝宮さんって人には興味を持ってる。それはまた何で?」

「興味って・・・・・別に持ってねえよ。お前の勘違いだ」

 妹の指摘に内心ギクリとしながら、影人は穂乃影から視線を外した。確かに影人は陽華の事は色々と気にかけている。だが、それは自分の仕事に関係するからだ。そして、その事は誰にも言うつもりはなかった。

「ふーん・・・・・・一応忠告しとくけど、あんなに明るくて可愛い人と、あなたみたいに見た目が暗い人は不釣り合いだし合わない。叶わぬ思いだと思うけど」

「ざけんな、何で俺が朝宮の事を好きみたいになってんだ。そもそも、俺に恋愛なんてもんは不要だ。俺は孤独を愛する一匹狼なんだよ」

 穂乃影の言葉を影人は食い気味に否定した。全くもって勘違いだし、いらぬ世話である。

「・・・・・・あなたの場合は群れから逸れただけだと思うけど。でも、本人がそれでいいと思ってるところがまた致命的」

 影人の厨二チックな発言に、穂乃影は少し呆れた。そんな穂乃影の言葉を聞いた影人は、「はっ、孤独が人を強くするんだよ」といった少し的外な事を言ってきた。そういった話じゃないのだけれど、と穂乃影は声に出さずに思った。

「・・・・・・・それより、そろそろシェルディアちゃんのところに行かなくていいの? けっこう時間経ってるけど」

「げっ、もうこんな時間か。じゃあちょっくら行ってくるぜ妹よ。帰りは遅くなるかもって母さんに言っといてくれ」

 穂乃影の指摘から、時計を見た影人は軽く身支度を整えると穂乃影に伝言を頼んだ。影人から伝言を頼まれた穂乃影は「ん・・・・・」と言って、影人のお願いを了承した。

「・・・・・・・・・行ってらっしゃい」

「おう」

 ポツリとそう言葉を付け加えた穂乃影に、影人は少し笑みを浮かべて手を振った。













「じゃあ、影人。今日はありがとうね。あなたがいてくれて助かったわ」

「そうかい、ならよかったよ。キルベリアさんによろしく。じゃあまたな」

 午後7時を少し過ぎた頃。シェルディアの買い物に付き合っていた影人は、シェルディアの部屋の玄関に買い物の荷物を下ろし、そう言葉を返した。

「ふふっ、ええ。それじゃあまた」

 笑顔を浮かべ手を振ってくれるシェルディアに、こちらも軽く手を振った影人は、シェルディアの部屋の隣の帰城家へと帰宅した。

「ん? あいつの靴がねえな・・・・・・また不定期のバイトか」

 玄関に穂乃影の靴がない事を確認した影人は、無意識にそんな事を呟いていた。いつからか、穂乃影はそういった不定期なバイトを始めていた。その理由は少しでも家計を助けたいから、らしい。実際、穂乃影は家にそのバイトで稼いだお金を入れている。

(そういや、あいつが俺の事を「あなた」って他人行儀に呼ぶようになったのはいつからだっけか。確かあいつが中学2年辺りの時・・・・・のような気もするが、正確な時は覚えてねえんだよな)

 ふと穂乃影の事をについて考える。穂乃影はいつからか、影人の事を「あなた」と他人行儀に呼ぶようになった。別に影人はその事についてはあまり気にしてはいない。自分と穂乃影は1つしか歳が違わない。自分たちくらいの年頃はいわゆる思春期というやつだ。兄妹間が昔より希薄になったりする事は、むしろ自然だろう。影人も昔は穂乃影の事を名前で呼んでいたが、今は「妹」と呼んでいるし。

「・・・・・・・・・・・腹減ったな。飯はなんだろ」

 影人は穂乃影についての思考を適当に切り上げると、靴を脱いでリビングへと向かった。   













「・・・・・・・・・・全く、この仕事は金払いはいいけど、いつでもどこでもで不定期なのが本当に癪。私もお腹空いてるのに・・・・・」

 蒸し暑い夜の中を駆けながら、穂乃影はそんな文句を呟いた。自分がこの仕事を始めてから、およそ2〜3年経つが、この不定期ばりにはやはり中々慣れない。まあ、それはこの仕事の特性上仕方のない事なのだが。

「・・・・・・・・目標距離まであと200メートルくらいかな。今回の仕事もさっさと終わらせたいけど」

 脳内に浮かぶ地図のようなものを意識で確認しながら、穂乃影は駆ける。息切れはしていない。普段から学校の特別カリキュラムで鍛えられているからだ。

 それから2分後、住宅街の外れの地域に辿り着いた穂乃影はその仕事相手に遭遇した。

「キィキィキィ!」

 まあ、仕事相手といっても人間ではないのだが。

「・・・・・・・でかいネズミ。まあ、よかったかな。複合型でも獣人型でもない雑魚だし」

 人よりも巨大な姿をしたネズミ――闇奴を見つめながら、穂乃影は着替えていなかった夏制服のポケットから、ある物を取り出した。

 それは紺色の宝石が嵌められている指輪だった。穂乃影はその指輪を自分の右手の人差し指に装着した。

「・・・・・・・・変身」

 ポツリと無感情に穂乃影はそう呟いた。

 するとその指輪に嵌められていた紺色の宝石が眩い光を放った。その光が眩しかったのだろう。闇奴は「キィ!?」と鳴き声を上げ、その光から目を背けた。

「・・・・・・・・・」

 光が収まると、穂乃影の姿が変化していた。紺色と黒色を基調とするコスチュームだ。上は真夏だというのに長袖。だが、下は膝上くらいのスカート姿だ。少しアンバランスに感じる服装だが、これが穂乃影の戦闘装束だった。

「・・・・・・・さっさと終わらせる」

 穂乃影がこちらを睨んでくる闇奴に向かってそう呟くと、穂乃影の影から一振りの真っ黒な杖が這い出てきた。

「・・・・・・『影装えいそう』の1、『影杖えいじょう』」

「キィ!」

 闇奴が穂乃影の事を敵と認識したのか、こちらに向かってきた。穂乃影はそんな闇奴に淡々と使い慣れた杖を振るった。


 ――果たして、何の因果か。スプリガンとして光導姫・守護者たち光サイドと、レイゼロール率いる闇サイドに正体不明の怪人として暗躍を演じる、帰城影人。その妹である帰城穂乃影は光導姫であった。

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