第99話 研修開始

「――ついに今日からね、陽華」

「うん、明夜。ついに今日から研修が始まるね」

 8月1日午前8時45分。明夜と陽華は扇陣高校の前にいた。

 2人がなぜ夏休みであるのにも関わらず、こんな朝早くから他校の前にいるのかというと、それは今日からこの扇陣高校で、光導姫と守護者のための研修が開始されるからだ。

「期間は2週間。滅多な予定がない限りは、今年光導姫・守護者になった者は参加する事・・・・・・いったい、どんな事をやるのかな」

「さあ? そこら辺は風音さんとかに聞いてみても、上手くはぐらかされちゃったし。風音さんも教える側で研修に参加するからお楽しみって理由だったけど。それより、私は全国から集まった光導姫とか守護者の人の方が気になるわ。何だかんだ、同期の光導姫とか守護者に会った事ないもの」

「確かに・・・・・・・そうだね」

 緊張とワクワクが入り混じったような顔を浮かべる陽華に対し、明夜はいつも通りの見た目はクールな感じであった。

「さーて、私たちの同期はどんな人たちなのかしらね。愉快な人もいれば、ちょっとは苦手な部類の人もいるでしょうけど」

「あはは、そうだね。色々な人と友達になりたいし、ちゃんと強くもなりたい。・・・・・・・あの人の強さに、少しでも追いつくためにも」

 脳裏に黒衣の怪人――スプリガンの姿を思い浮かべる陽華。この研修を新たな糧として、陽華は、そして自分と同じ気持ちを抱いているであろう明夜も、スプリガンの強さに近づく。それが、陽華と明夜のこの研修に参加する最大の目的だ。

「ええ、やったりましょう。じゃあ行きましょうか陽華」

「うん! えへへ、何だかドキドキするなー!」

 2人は研修に参加するべく、扇陣高校の門を潜った。












 事前に陽華と明夜の元に届いた扇陣高校のパンフレットを模した研修連絡書には、午前9時に扇陣高校の2階の会議室に集合するようにと書かれていた。陽華と明夜は校内に置かれていた案内札の指示に従い、2階の会議室へと辿り着いた。

「失礼しまーす・・・・・・・」

「右に同じくー・・・・・・・」

 陽華と明夜が会議室の扉を開ける。すると、そこには30人程の少年少女がバラバラにそこらに座っていた。

「うわー、けっこう多い・・・・・大体高校の1クラスくらいの人数って感じだね」

「そうね。というか、けっこう年にバラつきがあるような感じもするわ。まあ、今年光導姫と守護者になった人が研修の対象らしいから、そこらはそういうものなのね」

 2人は空いている適当な席に着きながら、そんな事を話し合う。ちなみに、この会議室にいる少年少女の殆どはジャージ姿だった。そしてそれは、陽華と明夜も同じだ。その理由は、研修連絡書に「研修に参加する者は、動きやすい服装での参加をお願いします」と書かれていたからだろう。学生にとって、動きやすい服装といえば体操着でもあるジャージだ。

 2人が席について2分ほどすると、会議室前方の壇上に1人の女性が姿を現した。パッとみた感じ、落ち着きのある上品な女性というイメージだ。歳の頃は、40くらいだろうか。

「――皆さん、おはようございます。本日は当校に来ていただき、また研修に参加してもらいありがとうございます。私は扇陣高校の校長の、神崎孝子かんざきたかこと申します。以後、お見知りおきを」

 黒色のドレススーツに身を包んだその女性――神崎孝子は口元を緩めて軽くお辞儀をした。

「では、早速本題に入らせて頂きます。拙速と思われるかもしれませんが、歳の離れた人物の長い前置きほど退屈なものはないでしょうから」

 孝子は一言そう前置きすると、言葉通り早速本題に入った。

「ここに居られる皆さんは、当校に所属していない、かつ今年に光導姫・守護者になられた方々です。そういった方々には、毎年この時期に研修を受けていただく事になっています。その理由は、皆さんに強くなっていただくため。そして・・・・・・・皆さんの命を保持する確率を高めるためです」

「「っ・・・・・・・・・!」」

 孝子のその言葉を聞いた会議室にいる少年少女たちの空気が、明確に引き締まった。もちろん、陽華と明夜もその表情を半ば無意識に引き締めた。

「近年は光導姫も守護者にも死亡者はいません。ですが、過去には闇奴や闇人との戦いで命を落とした光導姫や守護者もいました。もちろん、皆さんと同じ歳、それに近しい歳の者たちがです」

 表情を真剣なものに変えた孝子の声だけが、会議室に響く。光導姫や守護者には死亡者がいる。そのある意味当然の事実を、陽華と明夜はショックを受けたような表情で受け止めた。

「皆さんはもう闇奴との戦闘を経験した身でしょう。中には、闇人と戦った人もいるかもしれません。そして、皆さんの戦う理由は様々でしょう。皆さんは、その理由のために命を賭けている。そんな皆さんに、私は最大級の感謝の念と尊敬の念を抱きます」

 孝子はもう1度会議室に集まった少年少女たちにお辞儀をすると、こう言って挨拶を締め括った。

「この研修は、そんな皆さんの為になる事だと私は自負しています。以上で光導姫・守護者の学校の長としての挨拶、目的提示は終わりとさせていただきます。ご静聴、ありがとうございました」

 孝子がそう言い終わると、パチパチと拍手の音が鳴り響いた。陽華と明夜を含む光導姫・守護者の少年少女たち全員が、孝子に大きな拍手を送った。

「それでは、研修を始めましょう。研修は主に午前の部と午後の部に分かれています。今から行うのは、午前の部の座学です。この座学では、皆さんに光導姫・守護者に関する様々な知識を学んでいただきます。メモを取りたい方は前方に紙とペンを用意していますので、それらをご利用ください」

 孝子が壇上の横に目を向ける。そこには簡素な机が置かれており、孝子が言ったように白紙の紙の束とペンが用意されていた。

「私達は大丈夫だね。紙とペンは持ってきておいたし」

「備えあれば憂鬱なしね。・・・・・・・・あ、私忘れてるわ。ちょっと取りに行ってくる」

 持ってきていた鞄を物色していた明夜が、うっかりしたという感じでそう言った。

「ええ・・・・・・・・なんかやっぱり明夜って感じだね。あと、憂いなしね。憂鬱じゃなくて」

「どっちでもいいじゃない。どうせ似たような意味でしょ」

 明夜は軽く笑みを浮かべると、他の何人かの光導姫や守護者と同様に前方へと足を運んだ。












「――あー、もうお腹ペコペコだよ。でも、太っ腹だよね。研修に参加してる光導姫と守護者は昼飯代がいらないなんて。私、いっぱい食べちゃおう!」

「やめなさい、あなたのいっぱいは本当にいっぱいなんだから。昼食を作っている人たちが不憫でならないわ」

 時刻は午後12時。孝子から座学を受けた陽華と明夜は、扇陣高校の学食スペースに来ていた。

 今は昼休み。1時から研修の午後の部が始まると孝子に言われので、休みの時間はちょうど1時間ということになる。その間に、研修に参加している光導姫と守護者は腹ごしらえといった感じだ。そこら辺は普通の学校と何ら変わらない。

 そしていま陽華が言ったように、研修に参加している者は昼食代がタダになるなどの特典があるようだ。渡されたカード型の食券を見せればそれでいいらしい。

 そのほかにも、地方からやって来た光導姫や守護者には宿泊施設の無料提供、交通費の全額支給などの特典があるらしいが(孝子がそんな事を言っていた)、東京在住の2人には、そこら辺の特典はあまり関係ない。

「うわー、美味しそう! いただきますー!」

「どこの誰が昼飯にハンバーグとカツ丼とトンカツ食べるのよ・・・・・・・」

 明夜が呆れたような表情を浮かべる。結局、陽華はハンバーグ定食とカツ丼とトンカツ定食を注文した。注文を受け付けたおばちゃんが、若干引き気味だったのは気のせいではないだろう。

「明夜、午前の座学はどうだった? 私はメモ取ってたけど、けっこう難しかったからちょっと眠くなっちゃったよ。なんか、普通の学校の授業受けてるみたいだった」

「私もよ。光導姫と守護者の歴史やら、属性がうんたらこうたらとか、知っておいた方がいいことなんだろうけど、なんか私の性に合ってないのよね」

「――ほんま分かるで。ウチもどうもああいう話をずっと聞くんは性に合わんわ。やっぱり体張って動かしてこその光導姫やろ」

「「え・・・・・・・・?」」

 陽華と明夜が午前の研修について話し合っていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。

 陽華の隣の席にコトリとカツ丼を乗せたトレーを置いたその人物は、驚いている2人に向かってニカリと笑みを浮かべた。

「どうも初めましてやな、ウチの名前は御上火凜おがみかりん。今回の研修に参加してる光導姫や。以後、よろしゅうに」

 陽華と同じくらいの髪の長さ、人懐っこいような笑顔、関西弁が特徴のその少女はそう自己紹介をした。

「あ、初めまして。私は朝宮陽華って言います」

「月下明夜です。その特徴的な話し方を聞くに・・・・・・・関西の方かしら?」

 陽華と明夜は突然の火凜の自己紹介にそう言葉を返した。普通の人間、例えば影人などは火凜の唐突な自己紹介に戸惑ったかもしれないが、そこはコミュニケーション力が非常に高い2人だ。2人は戸惑はずに、自身も自己紹介をした。

「おお、そやで。ウチは大阪生まれの大阪育ちや。今回は東京に来る費用やら滞在費やら全部まかなってくれるゆうから、研修に参加したっちゅうわけや。ほんま、わかりやすい女やろ?」

 明夜の質問に頷いた火凜は、軽い自虐を含んだ言葉を笑顔で述べた。といっても、火凜は本気でそう言っているわけではない。火凜の言葉は関西特有の軽口というやつだ。

 最近はテレビなどでも関西のノリ、などは珍しくもなくなってきたので、火凜の言葉は正しく軽口として2人に伝わった。だから、2人はただ面白そうに笑っただけだった。

「おお、ちゃんと笑ってくれるか。ありがたいことやわ。あんたらとは仲良うやれそうや」

「ふふっ、こちらこそ。よろしくね、火凜さん」

 陽華が手を差し出すと火凜は「よろしくや陽華! あとウチの事は呼び捨てでええで!」と手を握り返してきた。そしてその後に、火凜は明夜とも握手を結んだ。

 それから3人は昼食を食べながら取り止めのない話をした。火凛は陽華の昼飯の量を見て、「自分めちゃめちゃよう食べる子なんやな。見た目からは想像もつかんわ・・・・・・」と驚いていたが、まあそれは当然の反応だろう。

「そう言えば、午後の部は何をするのかな? 第3体育館集合って言われてるけど」

「げっ、この学校体育館3つもあるんかいな。流石、光導姫と守護者のための学校やな。金の掛かり方えげつないわ」

「火凛さてはさっきの説明あんまり詳しく聞いてなかったわね。それはそうとして、第3体育館なら体を動かす系じゃない? あそこあの箱あるでしょ」

「箱て何やねん。というか、明夜色々詳しそうやな。あんたも研修参加しとるいう事は、この学校の生徒ちゃうやろ。何で色々知ってそうなんや?」

「あー、私たち普段からここの先輩の光導姫に稽古つけてもらってるから。そういう理由で、この学校には何回も出入りしてるのよ」

 陽華の話題提起に、明夜と火凛が言葉を交わす。陽華も明夜もすっかり火凛とは打ち解け、もう口調はかなり砕けたものになっていた。

「へえ! そりゃええな! ほな、確かに明夜の言う通り体動かす系かもな。普段からここに出入りしてるあんたがそう予想するんやからな」

「――そ、それは困る・・・・・・・・・」

 火凛がそんな事を言うと、ボソリとしたような声が3人の耳に響いてきた。

「あん?」

「「?」」

 火凛が訝しげな声を上げ、陽華と明夜は不思議そうな顔で声の聞こえてきた場所を見た。何だか、先ほどの火凛を思い出すような展開だ。

「あ・・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・ぬ、盗み聞きするつもりは全然なくて。た、ただつい声に反応したというか・・・・・・・・・」

 件の声を上げたその少女は、明夜の2つ横の席に座っていた。トレーにはカレーライスが乗っている。

 その少女はたじたじといった感じでそう弁明した。小豆色のジャージを着たその少女は一言で言うと暗い印象を受けた。癖毛の気がある長い黒髪。長めの前髪。ジャージから覗く肌の色は白い。

「いや、別にそれはええねんで? ただ何が困るんかなーとウチは思っただけや。ジャージ着てウチらの会話理解してたってことは、あんたも光導姫なんやろ?」

 火凛がその暗い雰囲気の少女に向かって首を傾げる。火凛の言葉を肯定するように、その少女は「う、うん・・・・・・」と頷くと軽く自己紹介を始めた。

「わ、私は四条暗葉しじょうくらは・・・・・・い、家は埼玉の川越市にある。こ、今年の4月に光導姫になった・・・・・・・よ、よろしく。そ、それでその・・・・・み、見ての通り、私はちょ、超インドア派だから、体力が本当になくて・・・・・・・・・だ、だから、体を動かす系の研修だったら、と、とても嫌なの」

 人と話すことがあまり得意ではないのか、暗葉はところどころ言葉を詰まらせながら言葉を紡ぐ。暗葉の話を聞いた3人はそれぞれ言葉を呟いた。

「なるほどなー。まあ、あんた見た感じやとまんま遠距離後衛型の光導姫やし、こう言っちゃなんやけど見るからに体力なさそうやもんなー」

「大丈夫だよ暗葉さん! きっと何とかなる! あ、私、朝宮陽華って言います! よろしく!」

「私は月下明夜。心配しないで、骨は拾うから」

「あ・・・・・・・わ、私、死ぬこと前提なんですね・・・・・・」

 明夜の言葉を聞いた暗葉が、ポツリと言葉を漏らす。そんな暗葉の言葉を聞いた陽華は、明夜に厳しい目を向けた。

「ちょっと明夜! 言葉のチョイスが酷いよ! バカなんだから難しい言葉使わない! ごめんね暗葉さん。言葉の通り、明夜は見た目の割にバカなの。でも、今の言葉は悪意から言ってるわけじゃないから、許してあげてくれない?」

「誰がバカよ!? あ、その事については本当にごめんなさいね暗葉さん。陽華の言った通り悪意はないの」

 2人のやり取りを聞いていた火凛は、「あはははっ! 自分らおもろいやっちゃな! ええボケとツッコミやったで!」とケラケラと笑っていた。

「い、いえ! む、むしろ私がごめんなさいです・・・・・・わ、私が話しかけてしまったばかりに・・・・・・・・め、迷惑でしたよね。こ、こんな暗い女に話しかけられて・・・・」

 一方、2人から謝罪の言葉を受けた暗葉は逆に申し訳なさそうにそう言った。暗葉のその言葉を聞いた陽華と明夜はキョトンとした顔で顔を見合わせると互いに笑みを浮かべた。

「全然! むしろ話に入って来てくれて、嬉しかったですよ! せっかく研修で同期の光導姫の人がいるんだから、私たち色んな人と仲良くなりたいんです! だから、暗葉さんと仲良くなれたら私はもっと嬉しいです!」

「これだけ話し合えたのなら、それはもう友人と言っても大差ないわ。あ、嫌だったらごめんなさいだけど」

「そやで、細かい事はええやん。お互い光導姫っちゅう珍しいことやってる仲間や。気遣いなんかいらへんで!」

 陽華と明夜、それに火凛も笑顔を浮かべながら暗葉に暖かな言葉を送った。3人の言葉を受けた暗葉は驚いたようにその目を見開いた。

「わ、私が友達? な、仲間・・・・・・・・そ、そう言ってくれるんですか・・・・・・?」

 暗葉の声には嬉しそうな恥ずかしいような感情があった。四条暗葉という少女は、その引っ込み思案な性格から友達と呼べる存在がほとんどいなかった。だから、こんな会ってすぐに自分にそう言ってくれた3人の言葉は、本当は飛び跳ねてしまいそうな程に嬉しかった。

「「「当然!」」」

 暗葉の問いに3人はなんの迷いもなくそう答えた。3人の答えを聞いた暗葉は、感動したように「あ、ありがとう・・・・・・!」と控えめながらも初めて笑顔を見せた。

「可愛い! 暗葉さん笑った方が可愛いよ!」

「ほんまやで。笑ったらあんたべっぴんさんやん! もっと笑っときな! 損やで!」

「そ、そうかな・・・・・?」

 陽華と火凛が暗葉の笑顔を褒める。暗葉はその言葉が嬉しかったのだろう。控えめだった笑みを、はにかむような笑みに変えた。

「ふふふ、いいわねこういうの。じゃあみんな、午後の研修も、これからの研修も、みんなで頑張りましょう!」

「「おー!」」

「お、おー・・・・・・!」

 明夜がそう言って右手を上げると、陽華と火凛も返事を返して右手を上げた。そして、2人に遅れるようにして暗葉も右手を上げた。

 研修はまだ始まったばかり。だが、仲間たちとならきっと乗り切れる。4人の光導姫たちはそう信じて笑い合った。

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