第97話 呪術師系生徒会長の実力
「さあ、まずはこれでも喰らいなさいな!」
真夏が左手で右の袖から紙の札のようなものを3枚ほど取り出した。真夏はその紙の札を闇奴に向かって飛ばした。
「それっ!」
真夏の飛ばした札はまるでそれ自体が意思を持っているかのように、真っ直ぐに闇奴へと向かう。
「クシュラ!?」
闇奴は自分に向かって飛んでくる札に驚いたのか、右腕の剛腕を振るった。
だが、不思議な事に札はひらりと闇奴の一撃を避けると、闇奴の右腕に張り付いた。
「あら、張り付いちゃったわね。あーあ、残念ね。あなたの右腕、もう使えないわよ」
真夏はニヤリとした笑みを浮かべ、闇奴にそう宣言した。
「クシュ! ――シュラ!?」
闇奴が怒ったような声を上げる。しかしその瞬間、闇奴の右腕はだらんと力なく地に向かって下がってしまった。
それは真夏の宣言が正しいという事を証明するかのような光景だった。
(・・・・・・・どういうカラクリだ? 闇奴の右腕が急に筋が切れたようにだらんと下がった。会長の言葉を聞く限り、会長があの札を使って何かしたんだろうが・・・・・)
電柱の陰から戦いを観察していた影人は、真夏が何をしたのかを分析しようとした。
(ダメだ、流石にこの材料だけじゃ分からん。しゃあねえ、知ってるやつに聞くか)
しかし、真夏が何をしたのかは影人にも分からなかった。そこで、影人はある人物に真夏の事を聞いてみようと、心の中でこう呟いた。
(おい、ソレイユ。珍しくお前の知識のお披露目の時間だぜ)
『――影人? 何ですか急に・・・・・? というか私の知識、ですか?』
影人の念話に、光導姫を統括する存在でもあるソレイユが応えた。ソレイユは影人の突然の言葉の意味が理解出来なかったようで、そんな言葉を返して来た。
(おう。まあ理由は後で話すから、とりあえず俺の視覚を共有してみろよ)
『視覚をですか? まあ、分かりましたけど・・・・・・・』
理由が分からないまま、ソレイユは影人の視覚を共有した。すると、驚くような光景がソレイユの視覚に映し出された。
『闇奴? ってあの光導姫は私がついさっき合図を送った「呪術師」じゃないですか!? というか、何であなたがそこにいるんですか!?』
影人の予想通り、ソレイユはかなり驚いたような様子だ。そんなソレイユに影人は「理由は後で話すって言ったろ」と、ソレイユの疑問を無視してある言葉を述べた。
(それより会長・・・・・あの光導姫、『呪術師』だったな。その能力について教えてくれ。観察してるがはっきり言って、今のところどういった能力なのか分からん)
影人がソレイユに念話をした理由。それは真夏の能力がどういった能力なのかを聞きたかったからだ。
影人の漏らした会長という言葉に、ソレイユは『会長?』と疑問を抱いた様子だったが、とりあえずソレイユは影人の質問に答えるべく、『呪術師』がどういった能力を有しているのかを教えた。
『・・・・・・色々気になる事はありますが、あなたの質問に今は答えましょう。光導姫ランキング10位「呪術師」、彼女が扱う能力は「呪い」と呼ばれる力です』
(呪い・・・・・だと?)
「――どうやら、私の家は呪術師の家系らしいからだ」影人の脳裏に先ほど紫織が言っていた言葉、またはそれに関する話が思い出される。真夏が名乗り、ソレイユがいま答えた真夏の光導姫名は『呪術師』。果たして、これは偶然の一致なのだろうか。
そしてなるほど。確かに『呪術師』ならば、扱う力は「呪いの力」だ。であるならば、闇奴の右腕は真夏が飛ばしたあの札、より正確に言うのであれば、呪符によって呪われたからあのようになったのか。名は体を表すと言う。だが、そうなると色々疑問も出てくる。
(・・・・・・・・色々と突っ込みたいとこはあるんだが、まず1つだ。「呪い」って明らかに光の力ってよりは闇の力だよな? 光導姫がそんな力を扱う、扱えるってなんかおかしくないか?)
光導姫の力は光の力。影人の扱う闇の力とは反対の力であり、闇を浄化する力だ。真夏が光導姫である事は間違いない。だが、扱う力は呪いの力だという。
呪い、と聞いて一般の人々が思い浮かべるのは、恨み、妬み、殺意、怒り、などといった負の感情ではないだろうか。そしてそのような思いを糧とするのは、影人や闇サイド側の扱う闇の力だろう。少なくとも、呪いと聞いて明るい正のイメージを抱く人間はいない、とは言い切れないが極小数派だろう。
そんな影人の最もな問いに、ソレイユはこんな事を言ってきた。
『あなたの言いたい事は分かります。影人、あなたと初めて会った時、あなたに力を与えた時に私が言った言葉を覚えていますか? 私が与えるのは力だけ。それがどのような力になるのかは、あなたの性質に依存する。そういったニュアンスの意味の言葉です』
(ああ、だいたい覚えてる。確か朝宮と月下にもお前はそう言ってた・・・・・・・っ、そういう事か。『呪術師』の性質が「呪いに関するもの」だったんだな)
ソレイユの言わんとしている事を察した影人は、先に答えを述べた。影人の答えを聞いたソレイユは、その答えが正解である事を示すように『ええ』と言葉を発した。
『彼女の事は印象に残っています。彼女の家系と関係があるのか、とても珍しい性質でしたから。彼女は光の女神である私が力を与えました。だから、彼女の性質が闇に近しいような性質であっても彼女の本質が光ならば、それは光の力になるのです。実際、彼女の他にも影の力を扱う光導姫などもいますし。少々分かりにくいとは思いますが、これがあなたの問いに対する答えです』
(いや、ちゃんと分かったぜ。なるほどな。クッソ簡単に言うと、お前が力を与える場合性質は本質の属性に依存するってことか)
『はい、その理解で合っていますよ』
本質が光ならばいくら性質が光の力に似つかわしくないものでも、それは光の力になり得る。真夏は本質が光で、性質が「呪いに関するもの」であったため、光導姫でありながら呪いという負のイメージが強い力を扱う、影人から見れば矛盾した存在に感じられたのだ。
(ま、合点がいったぜ。でも、俺の場合は本質が闇だから闇の力になったってわけだ。なら、俺の性質は何だったんだ? とりあえずだいたい何でも出来るから、逆にわからないんだよな)
影人が自分がソレイユに力を与えられた時の事を思い出しながら、そんな事をソレイユに聞いた。
ちなみに、この本質云々の談義は影人が自分の精神世界に行きイヴに言われた事の受け売りだ。そういった事情もあり、影人は今のソレイユの話を素早く理解出来たという側面もあった。
『ええと、あなたの場合は本当に色々と特殊ですから・・・・・・・・・・その、私もあなたに関する事は、はっきり言って分かりません。だから、その質問には答えられないんです。すみません』
申し訳なさそうな声音でソレイユはそう言った。そのソレイユの言葉に、影人は意外にもあっさりとした感じで引き下がった。
(ふむ、そうか。分からないもんは仕方ないな。そもそもの質問の答えは得られたわけだし。さて、んじゃあ力の正体も分かった事だし、観察に戻るか)
影人はソレイユとの念話に回していた集中力を、再び闇奴と真夏の戦いの観察に戻した。
「――そろそろ幕引きにね。呪い終わりましょう」
「クシュ・・・・・・・」
影人がソレイユとの念話に集中していた時間は2分ほど。会話の量の割にはかなりの短時間だ。しかし、その短時間の間に戦いは終局になっていた。
全身に右腕に貼られていた呪符と同じ呪符を貼り付けられていた闇奴は、体を動かすことが出来ないのか、地面にへたり込んでいた。対して真夏は涼しい顔で蝙蝠扇を広げ、その扇で自身を扇いでいた。
(呪い・・・・・・・現象として見るだけなら、敵の弱体化、デバフみたいなもんか。もし戦うとなったら厄介だな。まあ、呪いの解釈ってやつはまだまだあるんだろうが・・・・・・)
意識を少し冷たいものにしながら、影人はそんな事を考える。自分の立場上、もしかすれば影人は真夏と戦う事もあるかもしれないのだ。ならば、その能力を観察する事は自分にとって、値千金の情報となる。
「――呪を以て闇を祓う。嗚呼、我が呪よ、彼の者を呪い給え呪い給え」
真夏の蝙蝠扇に書かれていた墨字の文字が妖しい輝きを放つ。真夏はその扇を地に伏せる闇奴に向かって、軽く扇いだ。
「
一陣の風が、闇奴に吹いた。
「クシュ? シュ、シュラ・・・・・・」
闇奴に吹いたのは、果たしてただの風ではなかった。なぜならば、その風を受けた闇奴は息絶えたように何の反応もしなくなったからだ。
そして、闇奴は光に包まれ人間へと姿を変えた。
「ふぅ、一仕事完了。後はこの気を失っている男の人をそこらに座らせてっと・・・・・・全く、正義の味方も楽じゃないわ」
真夏は闇奴化していた人間を介抱すると、そんな言葉を呟いた。一見疲れていそうな言葉であるが、真夏はどこかドヤ顔気味というか、満更でもない様子であった。
(正義の味方が呪い使うのかよ・・・・・・・・・つーか、技名もえらくえげつない名前だな。戴天禁じって、意味としちゃ「この世に生きている事を禁じる」ってもんだろ。まあ、結果としちゃ浄化したが)
真夏の言葉を聞き、戦いを観察していた影人はそんな事を思った。ソレイユの話を聞き、その辺りの事は理解したが、やはりというかギャップがある。もっと率直に言えば、やっぱり矛盾しているように思える。それほどまでに、「呪い」=負・闇などといったイメージが強すぎる。
「さて、私も早く戻らないと。帰城くんとお姉ちゃんも待ってるだろうし。うーん、これからまた倉掃除だと思うと気が滅入るけど、そこは気合いよ私! 生徒会長はガッツが大事!」
真夏は自分で自分を鼓舞し、パンと自分の頬を叩いた。そして、変身を解除する。真夏の服装が、制服姿に戻り、紙の髪飾りが真夏の髪に装着される。
「さあダッシュよダッシュ! にしてもクソ暑いわ! 格好つけて制服着なきゃよかった!」
1人で愉快にそう叫びながら真夏は駆け出した。途中、影人の隠れていた電柱を横切ったが、真夏が影人に気づく事はなかった。なぜなら、真夏が変身を解いた時点で、影人は近くの路地に隠れ場所を移していたからだ。
「相変わらず、元気が服来たような会長だな。いったい、どっからあんな元気が湧いてくるんだ・・・・・・・・」
『確かに、彼女は陽華や明夜にも負けず劣らずの元気少女ですからね。それより、影人。そろそろ話してください。なぜあなたが『呪術師』の戦いの場にいたのかを。今回、私はあなたに合図を送っていませんでした。なのに、なぜあなたはあの場に?』
影人が路地の陰から真夏の後ろ姿を見ていると、再びソレイユが念話をしてきた。ソレイユのその質問は影人が先ほど答えると言っていたものだ。
「ああ、その事だが・・・・・・・悪いな、ソレイユ。俺も倉掃除に戻らなきゃ色々マズイんだ。だから、また終わったら理由を話す。つーことで、また後でな!」
『く、倉掃除? それと「呪術師」に何の関係が・・・・・って、影人!? 後で話してくれる言ってたじゃないですかー!』
「だから後だろ! じゃあ、しばらく念話してくるなよ! つーか坂ダッシュしなきゃならんのか・・・・・・・・・ええい、南無三!」
軽く文句を言うソレイユにそう言葉を返し、影人は坂の上の榊原家に向かって自身も走り始めた。
「――よし、とりあえず今日はここまでにしましょうか。もうかなり暗くなってきたし。帰城くん、今日は本当にありがとうね。かなり助かったわ!」
日も落ちてきて周囲が暗くなり始めた頃、倉の前に立った真夏はそう宣言し、影人に礼を述べた。その顔は疲れているだろうに、弾けるような笑顔だ。
「なら良かったです。じゃあ、俺は今日はこれで失礼しますね会長。また明日」
一方、影人はその真夏のように元気いっぱいとはいかず、疲れたように笑みを浮かべた。倉掃除に、予定外の坂ダッシュはモヤシの自分にはかなり堪えた。
「ええ、また明日。と言っても、流石に3人じゃ日曜に終わるか怪しいわね・・・・・・私も誰か助っ人を呼ぼうかしら。でも、うーん。いったい誰を呼べば・・・・・・・・・」
影人の別れの言葉に笑顔で手を振った真夏は、ブツブツと何かを呟きながら1人思考していた。そんな真夏の邪魔をしないためにも、影人はそそくさと榊原家の出入り口を目指し歩き始めた。
「あー、帰城。今日はサンキューな。おかげでかなり助かった。やっぱり持つべきものはカモだな」
「えげつないまでのクズ発言っすね・・・・・・まあ、俺のカンニングの件黙ってもらってるんで何も言えないっすけど」
通用門の鍵を閉めるからといった理由で、紫織が影人と共に敷地内を歩く。真夏からある程度離れた事もあり、2人はそんな言葉を交わした。
「そういうこった、お互い持ちつ持たれつで行こう。それが社会ってもんだ帰城」
「清濁併せ持つってやつですか。まあ、そっちの方が生きやすいっすからね」
紫織の言葉に賛同しつつ、影人は軽く笑った。影人は理想も正義というやつも持ち合わせていない、ただの一般人だ。ゆえに紫織の意見はよく分かる。
ちなみに、影人が併せ呑むと言わなかったのは、その言葉の意味が「寛大な心を持つ、器が大きい」といったものだからだ。弱みを握って自分を利用した人物がそのような人物ではない事は確かだろう。
「物分かりのいい奴は好きだよ。――じゃあな帰城。また明日も頼む」
「分かってますよ。じゃあまた明日、先生」
榊原家の通用門で別れの挨拶をして、影人は通用門の近くに止めておいた自転車に乗った。影人が自転車を漕ぎ始めた時点で、通用門は閉じられた。影人は門が閉じられた音を聞きながら、坂道を下る。
「・・・・・・・・しっかし、会長が光導姫でランキング10位だったとはな。毎度思ってる気がしないでもないが、世の中何が起こるか分からんもんだ」
しかも『呪術師』、「呪い」の力を扱うという極めて珍しい光導姫。今日は色々と驚いた。なんだかファレルナに出会った時を思い出すような感じだ。
『影人。もういいですよね? 私かなり待ちましたよ、ええそれはもうよく待ちました。だから、早く教えてください! 私は色々気になるお年頃なんです!』
影人が坂を下っていると、ソレイユがそう念話をしてきた。昼頃から随分と待たせた事もあって、ソレイユはご機嫌斜めである。
「分かった、分かったから落ち着け! 後、何が色々気になるお年頃だ! お前そんな歳じゃねえだろ!? 明らかな言葉の誤用だ!」
ソレイユの念話に影人は肉声でそう叫んだ。何をさらりと自分を若くしようとしているのか。
『あ、ひどいです! 私はそーいうお年頃なんですー!』
「ガキかてめえは!? 若造りのババアがキツいんだよ!」
『なっ・・・・・・・!? さ、流石の私も今の言葉にはキレました! 影人ぉー! 説教です!』
「知るかアホ女神! 誰がお前の説教なんか聞くか!」
いつも通り、と言えばいつも通り、前髪野朗とポンコツ女神はギャーギャーと言葉を交わした。
・・・・・・本題の話はというと、それから15分ほど後にようやく話され始めた。
「助っ人助っ人・・・・・・・・・あ、そうだ! あの子がいるじゃない! ふっふっふっ、会長命令って事で、召集かけちゃおう!」
影人が帰り、自分の部屋でその事について考えていた真夏は、自分の後輩のある人物の事を思い浮かべると、スマホでその人物にメッセージを送った。
「これでよしっと・・・・・・・予定が入ってたら残念だけど、あなたなら応えてくれると信じているわ。――副会長!」
「――ん? これは・・・・・・会長からのメッセージ? いったい何だろう・・・・・?」
自分の部屋で夏休みの宿題に取り掛かっていた、風洛高校生徒会の副会長――香乃宮光司はスマホの画面をタップすると、生徒会長である真夏からのメッセージに目を通した。そこには真夏から明日予定がなければ、自分の家の倉掃除を手伝ってほしいという旨の内容が書かれていた。
「ははっ、この唐突ぶりは会長らしいな。明日か、確か予定はなかったはずだし、手伝いに行ってもいいかな。先輩の力になれるのは、嬉しいし」
真夏の性格をよく知っている光司は、苦笑を浮かべながらも了承のメッセージを返信した。ちなみに、光司の先輩の力になれるのは嬉しい発言は、真夏の事が恋愛的に好きだからなどといった意味合いではなく、そのままの意味である。この男、やはりあまりに人間が出来すぎている。
光司が了解の返事を送ってすぐに、真夏からメッセージが返ってきた。そこには、感謝を伝える言葉と明日真夏の家を訪問してほしいという時間が記されていた。
「明日の12時か。会長の家は前に1度訪ねて知っているし・・・・・・・・・って、え?」
メッセージを最後の行までスクロールした光司は、ついそんな声を漏らした。
そこには、真夏以外に倉掃除をするメンバーの名が書かれており、真夏の姉であり風洛高校の教員でもある紫織の名前と、ある男子生徒の名前があった。
「帰城くん・・・・・・・? 何で君の名前が・・・・・・・」
そこに書かれていた男子生徒の名は帰城影人。ぶっきらぼうだがどこか優しい、光司が友人になりたいと願っている生徒の名前であった。
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