第96話 生徒会長は呪術師
「とりあえずマスクやるからこれ着けろお前ら。暑いかもだが、そこは我慢しろよ」
紫織がジャージのポケットからマスクの袋を取り出した。まあこの埃臭い倉の中を掃除するのなら、マスクは必要だろう。影人と真夏は紫織から受け取ったマスクを着用した。
「じゃ、最初はこの手前のやつから片付けるぞ。とりあえず全部外に出す」
紫織もマスクを着用して、2人に指示を飛ばした。まずは手前にある埃を被った物品の整理からだ。
「了解っす。んじゃ俺はこのボロい扇風機から運びます」
影人は倉の手前に置かれていた旧型の扇風機を抱えた。モヤシの影人からしてみれば中々に重いが、これくらいの重さならば自分だけでも運べる範囲だ。
「じゃあ私はこっち側の山から処理するわ。お姉ちゃんもサボらないでよ」
真夏が影人とは反対側の物品の山を指差しながら、紫織に釘を刺した。真夏は紫織の妹であり風洛高校の生徒会長なので、紫織が面倒くさがりだという事は影人と同様、いやそれ以上に知っているのだろう。
「分かってるよ。私はお前らの補助しつつ、外で物品の整理するからさ。今回はサボりゃしないわよ」
紫織は面倒くさそうに真夏に言葉を返すと、影人側の小さな木の箱を持って倉の外に出た。とりあえず紫織がさっき言ったように、倉の中の物は1度外に出す感じだ。
それからしばらくは、3人とも倉の物品を外に出す事に専念した。
そして1時間ほどすると、倉の中の手前にあった物品は大方外へと出された。
「ふう・・・・・・・1時間でこれだけっすか。分かってはいましたけど、果てしないっすね。この倉、見た感じ2階もありますよね?」
「ああ、ちゃんとあるぞ。しかも2階は私も開けた事ないから何がどれだけ入っているのか分からん」
「・・・・・・・・・・ブラックボックスじゃないんですよ。これでギチギチだったら最悪じゃないですか」
外に出された物品を見ながら、影人と紫織は面倒くさそうな表情を浮かべた。1階の物品もただでさえまだまだ多いのに、これで2階も同じくらいの量があったならば、確実に日曜日で終わらないだろう。
「でも文句ばかり言ってても終わらないわ。さ、帰城くん、お姉ちゃん。休んでないでバンバン運ぶわよ。あ、お姉ちゃんはここの物品の整理しなきゃだっけ。なら帰城くん、私たちはどんどん運びましょ!」
2人が軽く絶望していると、真夏がカラッとした笑みを浮かべて手を叩いた。この倉掃除は紫織が音頭を取らなければならないはずだが、気がつけば真夏がリーダーシップを発揮していた。これも生徒会長という役職ゆえか。
「あ、はい・・・・・・・」
影人は真夏の言葉にそう答える事しか出来ず、再び倉の物品を運び出すべく倉へと戻った。外とは違い、ひんやりとした空気が火照った肌を冷ましてくれる。出来ればずっとこの中にいたいが、残念ながらまたすぐに外に出なければならない。
「先生、この古い掃除機置いときますよ・・・・・・・・って、それ何ですか?」
影人が外に旧型の掃除機を運び出すと、紫織が何やら奇妙な物を見ていた。その奇妙な物とは人型の紙人形や不可思議な模様が書かれた札、さらには短刀や作り物の眼球などといったようなものだった。
「ん? たぶんガラクタ・・・・・・・・・って言ったら婆様に怒られるな。多分だが、これは呪術用の道具ってやつだと思う」
紫織は、古びた箱の蓋に置いていたそれらの奇妙な物を見ながらそう呟いた。
「じゅ、呪術用の道具・・・・・・・? え、いったいどういう事っすか。何でそんな道具が倉の中に? ていうか何で先生はこれが呪術用の道具だって分かったんすか?」
紫織の予想の斜め上の言葉に、珍しく影人は狼狽した。まさか現実でそのような言葉を聞くとは思っていなかったからだ。
「お前の反応は正常極まりないものだが、そんなに一気に質問をするな。私は厩戸皇子・・・・・・聖徳太子じゃないんだからさ。まあでも、お前の2つの質問の答えは1つの答えで返せる。それはな帰城。――どうやら、私の家は呪術師の家系らしいからだ」
「は・・・・・・? 呪術師、ですか・・・・・・・・?」
紫織の2度目のまさかの答えに、影人はポカンと口を開けてそう聞き返した。呪術師、呪術師。呪術師というのは、呪いという術を持つというあの呪術師か。
「ああ。といっても、私の婆様――母方の祖母が言ってた事だから、私もよくは知らないんだがな。でも婆様が言うには、榊原家は代々呪術師を生業としていた家系なんだと。昔はそれで食えていたらしいが、60年くらい前から科学の進展に伴って衰退しだしたらしい。それで、気がつけば普通の家と変わらない家になったんだとさ。まあ、私はずっと婆様の妄想話だと思ってたけどな」
紫織は人型の紙人形を手で弄びながら言葉を続けた。
「だが、この紙人形とか札やらを見るにどうやら妄想話じゃなかったらしいな。この感じだと倉の中には、この手の変な物がまだまだありそうだ。はあ、私の酒代とつまみ代がより遠のいていったわ」
「肩を落とす理由が露骨すぎますよ・・・・・・・・・でも、そうだったんですか。俺は呪術師が実際に何をするのか、してたかは分かりませんけど、本当にいたんですね。この事、会長は知ってるんですか?」
目に見えてテンションが下がった紫織に軽く突っ込みを入れながら、影人はそんな感想を抱いた。実際のところ、呪術師という者に本当に呪いの力や不思議な力があったのかどうかは分からないが、そういう職業があったのは、少なくとも確かなのだろう。
「知ってるよ。ていうか、
紫織が1人いそいそと倉の物品を運んでいた真夏に向かってそう告白した。しかし何故だろうか。自分の罪を告白したというのに、紫織の表情は何一つ変わっていなかった。反省もクソもないなと、影人は少し呆れた。
「やっぱりお姉ちゃんだったの!? 呪うわよ!?」
紫織のその告白を聞いた真夏は、物品を紫織の前に置くとその顔色を怒りに染めた。
「てな感じで、口癖が『呪うわよ』になっちまったんだよ。お前も風洛の生徒なら何回か聞いた事あるだろ?」
「はい、
真夏の「呪うわよ」という言葉は、風洛の生徒ならば1度は聞いた事のある言葉だ。ただ、この言葉は今のように怒りを発した時だけに使われる言葉ではない。
例えば真夏は今年の夏休みに入る前の全校集会で、「今年の夏休みも各自勉学に励み楽しみなさい。じゃなきゃ、呪うわよ?」と言っていた。ここでいうこの言葉は、冗談めかした意味合いに使われている。
つまり、真夏の「呪うわよ」という言葉は様々な意味合いで使用される。本気で恨みを抱いたからそういった言葉を言うのではなく、それが口癖なのだ。
「そういうこった。悪かったって真、後でアイス買ってやるからその恨めしそうな目をやめてくれよ」
真夏は先ほどから怒ったような恨んでいるような目を、紫織に向けていた。まあ食べ物の恨みは恐ろしいと言う。その言葉に従えば、真夏の怒りと恨みは相当なものだろう。
「・・・・・・・・・・高いアイス買ってもらうから」
紫織の言葉に、真夏はポツリとそう言葉を漏らした。真夏のその呟きを聞いた紫織は、そのやる気のなさそうな目を軽く見開いた。
「げ、ハーゲンかよ・・・・・・・私が安月給なの知ってるだろ? もうちょい手加減をだな・・・・・」
「いーや。元はと言えばお姉ちゃんが悪いんだから。絶対にそれ以外認めないから」
紫織のお願いも虚しく、真夏は新たに物品を運ぶべく倉の方へと向かっていった。どうやら、紫織が高いアイスを買う事は確定したようだ。
「くそ、欲望に負けてパン食わなきゃよかった・・・・・・・・・」
「自業自得っすね。まあ俺もそれが原因でここにいるんで、先生のこと言えないっすけど」
ガックリと肩を落とす紫織にそんな言葉を言いながら、影人も倉へと向かった。影人も出来ればこんな面倒な事は早く終わらせたい。ならば、手を足を動かす事が唯一の方法だ。
影人は汗を流しながら、倉掃除に励んだ。
「ここらでちょっと休憩しましょうか。もう2時間くらいは動きっぱなしだし。帰城くん、お茶はいる? 麦茶だから熱中症対策になるけど」
もはや紫織に代わって倉掃除のリーダーに成り代わった真夏がそう宣言する。真夏のその休憩宣言に影人と紫織は了承の旨を伝える返事をした。
「了解っす。あとお茶は頂けると嬉しいです」
「やーっと休憩か。本当疲れた・・・・・・・私はちょいと一服してくるよ。吸わなきゃやってられない」
「もう、お姉ちゃんはそんなに動いてないでしょ? あと、タバコは体に悪いから辞めた方がいいって――」
タバコを咥える動作をした紫織に、真夏がどこか不満そうな表情を浮かべる。そんな真夏の言葉に、紫織は耳を押さえた。
「あー、聞こえない。それじゃあ私はちょっと失礼するよ。10分くらいしたら戻って来るから」
紫織はそう言い残すと,そそくさとどこかへと逃げてしまった。
「あ、ちょっとお姉ちゃん! 全くもう・・・・・・ごめんね、帰城くん。姉のだらしないところを見せちゃって」
「全然大丈夫ですよ。お気になさならいでください。先生は俺のクラスの担任です。先生にそういう一面がある事はよく知ってますんで」
困ったようにそう言ってきた真夏に、影人は苦笑いを浮かべた。何だかんだ紫織とも3ヶ月ほどの付き合いだ。紫織の事は他のクラスの生徒よりは、よく知っている。
「よく知られているのは身内としては恥ずかしいけど・・・・・・・・・言っても栓のない事よね。じゃあ少しだけ待っていてくれるかしら帰城くん。いま麦茶を淹れて――」
その時、不意に真夏の言葉が途切れた。
真夏の言葉を聞いていた影人は、不思議そうな顔で真夏を見た。
「・・・・・・・・・・・」
「会長? どうかしましたか・・・・・・・・?」
不意に言葉を途切らせた真夏に影人がそう声を掛けると、真夏はハッとした顔になり影人にこう告げた。
「ごめんなさい帰城くん、少し急用を思い出したわ。申し訳ないけど、麦茶はお姉ちゃんに出してもらって! 本当にごめん! 10分くらいで戻って来るから!」
「え? か、会長・・・・・・・・・・!?」
突然走り去っていった真夏に、影人は困惑した。いったいどうしたというのか。
「さっきの反応は・・・・・・・いや、まさかな」
真夏の背が角を曲がった事で見えなくなる。真夏の先ほどの反応に違和感、いや既視感を覚えた影人は何か予感がした。
「・・・・・・・・・・俺の思い違いならそれでいい。だが、俺の嫌な予想通りなら・・・・・・クソッ、確かめるしかねえか」
影人は面倒そうにそう呟くと、真夏を追いかけるべく走り出した。どうも予感がする。あの反応は、自分が時たまする反応に似ている気がした。
そう。影人がソレイユから合図を受けた時のような反応に。
そして、その合図が指す事実は1つしかない。
影人は予想が外れてる事を祈りつつ、自身も家の角を曲がった。
真夏を追いかけ始めた影人は、榊原家を出た坂の途中ほどで真夏の姿を確認する事に成功した。ここからは真夏にバレないようにするため、一定の距離を保ちつつ追跡しなければならない。
「はあ、はあ・・・・・・・・っても、会長メチャクチャ速いな・・・・・・ああ、そうだ。あの人、朝宮並みに運動神経良かったんだった・・・・・・・・・」
一定の距離とは言いつつも、真夏の走るスピードはモヤシの自分よりも速いため、影人のほぼ全速力の速度でトントンだった。この暑さに加えてほとんど全力疾走で走っている影人は、端的に言って死にそうだった。
それからしばらく影人が死にそうになりながら、真夏を追跡していると、いつの間にか小さな寺のような場所が見えて来た。この際、小さな寺というものにはあまり問題がない。問題があるのは、その小さな寺のような場所の前にいた、ある異形だった。
「シュグルグル・・・・グゲル!」
奇妙な鳴き声を上げたそれは、まさに異形というのに相応しい怪物だった。
獣のように猛々しい右腕。それに付属する刃物のような爪。左腕は何匹もの白蛇が直接腕から生え、蠢いている。上半身の体のパーツはワニのような鱗に覆われており、下半身は馬。そして頭部は牛であった。
異形のケンタウロス。つぎはぎの合成獣。そのような言葉で形容されるであろう怪物の名を、しかし影人は知っていた。
「っ・・・・・・・闇奴」
影人はその姿を確認すると、近くの電柱に張り付きその身を潜めた。
レイゼロールによって、人の心の闇が暴走させられた怪物。闇奴を人に戻す事が出来るのは、ソレイユから力を授けられた光導姫だけだ。
(て事は、やっぱり・・・・・・)
真っ直ぐに闇奴の元へと走ってきた真夏。ならば、やはり真夏はソレイユからの合図を受けたという事になる。
(はあ・・・・・・・・・・嫌な勘だけ当たるのは気分が滅入るな)
自身の予想が的中していた事を確信した影人は、胸中でそう呟き、軽くため息を吐いた。
「ふっふっふっ・・・・・・出たわね、闇奴! 複合型って事は強さはまあまあのようね。でも、残念。私はそれはそれは強いわよ!」
まさか陰から影人が見ているなどという事はつゆ知らず、闇奴の前で仁王立ちで高らかに笑う真夏。こんな時でも会長はブレないなと、電柱の陰から見ていた影人は呆れ半分、逆に感心半分な気持ちを抱いた。
「さあさあさあ! ご覧なさい、私の華麗なる転身を! 我は呪法を――」
「シブュグ!」
真夏が自身の髪に装着している紙の髪飾りに触れ、何かを呟こうとした時、闇奴がその凶悪な右手を振るった。真夏は「キャッ!?」と女子らしい悲鳴を漏らしながらも、素晴らしい反射神経でその攻撃を回避した。
「っ!? ったく、危ねえな・・・・・・」
その光景を見ていた影人は一瞬驚きながらも、安堵の息を漏らした。無事なのは何よりだが、今のはかなり危なかった。
「全く、礼儀のなっていない闇奴ね! 口上くらいお聞きなさいな!」
(いや、なら言わなきゃいいじゃねえか・・・・・)
プンスカと怒る真夏に内心そう突っ込む影人。真夏の気持ちも分からなくはないが(影人は自分では認めていないが厨二病なので)、今は明らかにその時ではない。
だが、真夏は口上を述べねば満足しない性格なのか、闇奴から距離をとりながら口上を述べた。
「我は呪法を扱う系脈に生を受けし者。我はその呪法を扱いし者。しかして、我の呪法は光を
紙の髪飾りを外し手に持ちながら、真夏は厳かな口調で言葉を唱える。
「我が心は
真夏がそう呟くと、紙の髪飾りが強い光を放った。闇奴も、そして影人も眩しさからその目を細める。それから3秒ほどすると光は収まった。光の中心地、そこにいた真夏の姿は先ほどの制服姿とは明確に変わっていた。
「転身完了。さあ、見なさい! 私の畏怖べき姿を!」
白色の単に黒色の狩衣。だが、通常の狩衣とは違い下半身は指貫ではなかった。下の服装は、なぜか黒のスカートであった。ついでに言えば、立烏帽子も頭には飾られてはいなかった。一言で言うならば、現代風にアレンジされた平安装束のような衣装だ。
「・・・・・・・・・・・やっぱり、会長は光導姫だったか」
真夏の変身した姿を見た影人は、小さな声でそう呟いた。
「フシュググ・・・・・・!」
闇奴が警戒したように、変身した真夏に視線を向ける中、真夏は不敵な笑みを浮かべて名乗りを上げた。
「聞きなさい、これからあなたを浄化する私の名を。――私は光導姫ランキング10位、光導十姫の内の1人・・・・・・・・『
自身の光導名を高らかに宣言し、真夏は狩衣の袖口から蝙蝠扇を取り出し、闇奴にその先を突きつけた。
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