第91話 第6の闇対第7の闇

「ゴホッゴホッ・・・・・・・・うへえ、ち、血を吐いたのなんて、な、何年振りだろ・・・・・・」

 自分の吐いた闇人特有の黒い血を見つめ、響斬は口元を拭った。そしてヨロヨロとではあるが、立ち上がる。

「・・・・・・僕に戦いを教える、か。まあ、君の気持ちも分からなくはないよ。武人である君からしてみれば、確かに今のぼかぁ我慢ならない存在だろうしね」

 呼吸を整えた響斬は、真場の中心にいる冥にそう言った。今の響斬にはあの殴打はかなりのダメージだった。何なら今も腹部は激しく痛む。しかも血を吐いたという事は肉体の内面にもダメージを受けたという事だろう。

 それでも呼吸を整えれば、何とか普通には話せた。まあ我慢している事に変わりはないのだが。

「でもね、冥くん。戦いを教えるって言っても、今の僕はまだ力が封じられている状態だ。だから、死なないだけで、ほとんど普通の人間とは変わらない。そういうわけで、そもそも戦いにすらならないんだよ」

 そう。今の響斬はまだ力を封じられている。闇人としての力を解放するためには、レイゼロールに封印を解いてもらうしかない。

 そのため、今の響斬は死なないだけでただの人間と同じだ。身体能力に至っては、鍛錬を怠っていた事、最近は引きこもっていた事もあり、普通の人間より下になっているだろう。

 兎にも角にも、今の響斬が冥と戦うなど不可能な事なのだ。響斬はその事を冥に伝えたのだった。

「・・・・・・・確かにそうだな。今のお前の条件で俺と戦うなんてのは、絶対に無理な事をやれって言ってるのと同じだ」

 響斬の説明を聞いた冥は、静かに響斬の言い分に理解を示した。冥の言葉を聞いた響斬はホッと息を吐いた。

「分かってくれるかい。なら早く真場を解いて――」

「――だがな」

 しかし、響斬が安心して言葉を紡ごうとした時、冥がそんな言葉を放った。そして冥は厳しい目を向けて言葉を続けた。

「それでも敢えて俺は言ってやる。俺と戦え響斬。俺に向かってこい。戦いを、闘争を思い出せ」

「・・・・・・・君って奴は、話が分からない奴だな。君のそういう所は、好きな時もあるけど・・・・・・今は嫌いだよ」

 響斬が低い声でそう言った。その声は先ほどまでののんびりとしたものではなく、不快感を隠さない声だった。

「そうかい、別にそんな感想はどうでもいい。剣を抜け、響斬。もし抜かないって言うなら、一方的にボコボコにするぜ。全身の骨でも砕いてやる」 

 冥が闇を纏わせた体を構えた。冥の構えを見た響斬は、特大のため息を吐いて肩に掛けていたケースから刀を取り出した。冥の言葉が本気だと分かったからだ。

「全く無茶苦茶だよ・・・・・・ぼかぁ泣きそうだ。今のぼかぁ鉄すら斬れないんだぜ? そんな奴が硬質化した君の体を斬れるわけないだろ。というか、刀重っ・・・・・・・・」

 黒い鞘に納められていた日本刀を抜きながら、響斬がボヤいた。発光する真場の光を受けて、刀身が鈍く輝く。

「それはそうだろうよ。というか、闇人としての力を何にも使わずに、純粋な剣の腕で昔のお前がおかしかっただけだ。そういった絶技も込みで、お前はレイゼロールから『剣鬼けんき』の名を与えられたんだろ」

 響斬のボヤきに、冥は少しだけ呆れたように言葉を返す。いま冥が述べたように響斬の2つ名は『剣鬼』。そののほほんとした見た目とは真逆の2つ名だ。人知を超えた剣の腕。その絶技の数々から響斬はその2つ名を与えられた。

「ははっ、『剣鬼』ね。確かに、ぼかぁレイゼロール様からその2つ名を賜わったけど、今の僕には過ぎた名だ」

 響斬が力ない笑みを浮かべる。そしてその響斬の言葉を最後として、突然の静寂が2人の間に訪れた。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 両手で刀を構える響斬。拳を構える冥。突然の静寂から5秒後、先に仕掛けたのは冥だった。

「シッ・・・・・!」

「っ!?」

 5、6メートルはあった距離を一息で詰めてきた冥。そんな冥に響斬は何とか反応した。

「はっ・・・・・・!」

 右腕を引く冥に、響斬は両手で左の逆袈裟斬りを放つ。刀身は真っ直ぐに冥の右の脇腹へと吸い込まれていく。

「・・・・・・遅せえ」

 しかし、冥はその攻撃を軽く身を捻っただけで回避した。そして、そのまま剣を振りかぶって隙を晒している響斬に右手の掌底を繰り出す。

「ぐっ・・・・・!?」

 明らかに喰らってはまずい攻撃なので、響斬は今持てる全ての反応を以って、体を右に倒した。次の瞬間、冥の掌底が虚空に弾け凄まじい音を立てた。真場の縁、その絶対の領域に冥の掌底が当たったからだ。

「へえ・・・・・・・反応の方はまだ何とかなってるか」

「そりゃ痛いのは嫌だからね・・・・・! 本能が無理矢理反応を上げさせてるんだよ!」 

 冷や汗を浮かべながら響斬は半ばそう叫んだ。危なかった。今の一撃をモロに受けていれば、間違いなく戦闘不能だった。

(というか、本当にどうしよう。ぶっちゃけまだ腹部すっごく痛いし。今は何とか我慢出来てるけど、あと2分もしない内に限界来るだろうし・・・・・・やっぱり短期決戦しかないね、こりゃ。ならしかないか)

 頭の中で瞬時に自分の事、現在の状況を分析しながら、響斬は冥から距離を取る。冥は響斬に視線を向けるばかりで追撃してこなかった。その事に響斬は疑問を抱いた。

「・・・・・・・・・追撃しては来ないんだね、冥くん。何でかな?」

 とりあえず、響斬は冥にそう問うてみた。すると冥は響斬を見透かしているようにこう言った。

「お前短期決戦狙ってるだろ。腹のダメージ、久しぶりの戦い、そういった事を踏まえるなら、お前の択は限られる。・・・・・・・ほらよ、鞘だ。受け取れ」

 冥が響斬が落としていた鞘を拾って、響斬の方に投げた。響斬は「え? わっ、急!」と驚きながらも、左手でその鞘を受け取った。

「め、冥くん・・・・・・? 何でまた鞘を僕に渡してくれたんだい?」

 響斬が理由を聞いた。その答えとして冥は少し口角を上げて言葉を放った。

「分かってるくせに聞くんじゃねえよ。お前は俺から距離を取った。んで、短期決戦を狙ってる。ならお前のやる事は、お前が行う攻撃はしかない。アレには鞘がいるだろ?」

「全く以って君って奴は・・・・・・・・・戦いになると普段の倍は頭が冴えるのやめてよね。どこかの戦闘民族かっての」

 苦笑いを浮かべながらも、響斬はありがたく鞘に刀を納めた。冥が言うように、短期決戦を狙っている自分が出来る択はそれほど多くない。

(確かに冥くんの言う通り、僕が思い浮かべていた技もアレしかないけど・・・・・・・今の僕に出来るかな?)

 先ほど響斬がアレしかないと考えていた技。それには冥の言う通り鞘が必要だった。だが、両手でしか刀を握れない(そうでなければ、重すぎて振れない)今の響斬は鞘を先ほどの場所に落としていた。

「だけどまあ・・・・・・やるしかないか」

 どちらにせよ、響斬の選択肢は殆どないのだ。ならば一か八かあの技を決めるしかない。

「・・・・・・・・・・不思議だよ。絶対に勝てないはずなのに、それでもぼかぁなぜか足掻いてる。万に一の、億の一には勝利があると思ってるんだろうね。全く、どうやらぼかぁ救いようのない馬鹿らしいよ」

 重心を低く、引く下げながら、響斬は鞘に納めた刀を腰だめに構える。左手で鞘を持ち、右手で刀を握る。

「くくっ、何言ってやがる響斬。それでいいんだよ。勝てないと分かっていても、勝つ事を諦めない。それは闘志が燃えてる証拠だ。俺たちの原初の姿勢。・・・・・・・少しはらしくなってきた。いや、戻ってきたじゃねえか」

 冥はどこか嬉しそうに笑った。そして自身も再び構えを取る。

「確かに君の言う通りかもね。久しく忘れていた何かの欠片を感じた気がするよ。・・・・・・・それじゃあ、そろそろ行かせてもらおうか」

「ああ来いよ。次の一撃で終いだ」

 先ほどとは逆に、響斬が真場の中心付近に、冥が真場の縁の部分で相対する。

(冥くんとの距離は大体4メートル。今の僕じゃ一息で距離は詰められない。しかも今履いてるのはゴム草履。悪条件ばかりだけど・・・・・・関係ないね)

 これは雑念だ。響斬はその雑念を振り切る。そして極限まで集中力を高め、体を一瞬脱力させた。

「――我流、居合術。『無斬むざん

 一瞬、糸目を少し開き響斬はその技の名を呟いた。そしてゴム草履の底が擦り切れるかと思うほどの踏み込みを行った。

 自分が倒れそうなほどの前傾姿勢。その姿勢で駆けながら、響斬は刀を抜いた。

 冥の肉体を真一文字に斬ろうとする響斬の刀。普通の人間ならば、恐らく反応する事は難しいだろう。研鑽を怠り錆び付いている剣ではあるが、その剣には、命を奪おうとする鋭さが確かに乗っていた。

「・・・・・・・・まあ、こんなもんだろうな」

 だが、その剣を向ける相手は最上位闇人にして武人。冥からしてみれば、まだまだ反応する事が余裕な剣速だ。

 避ける事は容易い。しかし冥は敢えてその一撃を避けなかった。

「っ・・・・・・・!?」

 ガキィィィィィンと金属同士が衝突したような音が地下空間内に響いた。冥の硬質化した肉体に、響斬の刀が当たった音だ。そしてその音が示すように、響斬の一撃は冥の肉体を斬る事は出来なかった。

ぬるい剣撃だな。また一から鍛え直せ」

 冥は左手で響斬の右腕を掴んだ。響斬を逃がさないようにするためだ。

「とりあえず今日はこれで終いにしてやる。その代わり、一旦寝てろ」

「お、おいおい・・・・・・少しは手加減してくれよ?」

「そいつは無理だな。痛みの鍛錬だと思えよ」

 血の気が引いた響斬の顔を見ながら、冥は闇を纏わせた自分の右の鉄拳を響斬の頬にぶち込んだ。

「ぶべっ・・・・・!?」

 冥が拳打を響斬にぶち当てた瞬間、冥は左手で掴んでいた響斬の右手を離した。そのため、衝撃はその場に止まらず、響斬を冥がいる方向とは真逆の真場の縁までぶっ飛ばした。

「・・・・・・・・・・・・」

 ガンッと再び真場の縁の見えない壁のようなものに激突した響斬。その衝撃が原因ではないが、真場の縁に激突していた響斬は、そのまま見えない壁のようなものにもたれかかるように意識を失っていた。

「・・・・・・・解除」

 意識を失っている響斬に近づき、冥は真場を解除した。真場の解除により、響斬の体が地面へと倒れ込もうとする。冥は倒れ行く響斬の体を一瞬支えてやり、ゆっくりと地面へと寝かせた。

「・・・・・・・・・・お前がまた早く剣を極める事を楽しみにしてるぜ。その時は本気でり合おう。なあ、響斬」

 自分以外誰も聞いていないであろう言葉を呟きながら、冥はその場を後にした。













「――き殿。響斬殿!」

「う、ん・・・・・・・?」

 自分の名を呼ぶ声を聞き、響斬は意識を取り戻した。誰か人の顔が見える。女性だ。そして響斬はその女性に見覚えがあった。

「・・・・・・・・殺花くん?」

「はい響斬殿。殺花でございます。お久しぶりです。本当なら挨拶をしっかりとしたい所なのですが、今は省かせていただきます。誠にすみません。そして、大丈夫ですか? 気分が優れない所などはございますか?」

 久方ぶりの邂逅の言葉もそぞろに、響斬の言葉に頷いた殺花は心配そうな表情で、そんな事を聞いてきた。今の殺花は普段顔の下半分を覆っている襟を下ろし、顔が全て露出していた。

「う、うん久しぶり。たぶん大丈・・・・痛てッ! 左頬が尋常じゃないくらい痛いや・・・・・そ、そういえば冥くんにぶっ飛ばされて気を失ってたんだった・・・・・・・・」

 何とか上体を起こしながら、響斬はそう呟いた。とにかく冥に殴られた左頬が痛む。そして触ってみた感じ、案の定頬は凄まじく腫れていた。

「冥が? あの粗野者め、響斬殿を殴り飛ばしそのままとは・・・・・・待っていてください、少し殺して来ます」

 しゃがみながら響斬を介抱していた殺花が、響斬の呟きを聞き立ち上がった。その立ち姿には殺意が漲っていた。

「そ、それはやめてくれ殺花くん! 明らかに面倒でヤバイ事になるから! 全く、君と冥くんの不仲は相変わらずだな・・・・・・・・」

 殺花の殺意を察知した響斬が慌ててそう言った。まだ腹部やら頬は激しく痛むが、それを一瞬忘れるくらい響斬は慌てた。響斬も殺花と冥の不仲の事はよく知っている。

「・・・・・分かりました、響斬殿がそう言うのならば」

 響斬に引き止められた殺花は、不承不承といった感じで響斬の言葉に従った。殺花から殺気が消えた事を確認した響斬はホッと息を吐いた。

「それにね、殺花くん。冥くんは悪くないんだよ。いや、無理矢理戦いに巻き込んだからやっぱり多少は悪いかな? でも、ぼかぁ冥くんとの戦いに負けただけだ。だから、彼を恨んでなんかいないよ」

「・・・・・・・・すみません、響斬殿。己にはあまり話が見えて来ません。そもそも、なぜ力を解放していない響斬殿が力を解放している冥と戦いを? 響斬殿が戻って来られたのは、おそらく今日でしょう?」

「ああ、そうか。確かに殺花くんからしたら事情が分からないだろうね。うーん、恥を話すみたいで少し恥ずかしいけど、実はね――」

 響斬はなぜ自分が冥と戦う事になったのか、その理由を話した。もちろん自分の弱体化などを包み隠さずにだ。

「――というわけで、ぼかぁぶっ飛ばされて意識を失ってたって感じさ。どうだい、軽蔑しただろ?」

 あははと笑いながら、響斬は殺花にそう言った。殺花は非常に珍しい事であったが、響斬を尊敬してくれていた闇人だ。その理由についてまでは響斬も知らない。だが、今回の事で殺花が自分を軽蔑した事は間違いないだろうと思った。

「・・・・・・・いえ、響斬殿。己は響斬殿を軽蔑したりなどはしません。確かに、響斬殿の神域に迫っていた剣の腕が落ちた事は残念です。ですが、己が響斬殿を軽蔑するなどという事はあり得ません。むしろ、また尊敬し直させていただきました。不平等極まるハンデ、絶対に勝てないと分かっていても戦う姿勢。響斬殿の服装や嗜好は変わったかもしれませんが、あなたの芯は何一つとして変わってはいない」

「殺花くん・・・・・・・・・・」

 殺花にしては言葉数が多かった。響斬は殺花という闇人があまり饒舌でない事を知っている。多分だが、それは今も変わっていないだろう。

 そんな殺花が、自分のためにわざわざ言葉数多くそう言ってくれたのだ。響斬は嬉しいような、申し訳ないような、そんな気持ちになった。

「むしろ、冥を許せない気持ちが強まりました。冥のやり方は無茶苦茶に過ぎます。やはり、己が響斬殿に代わって殺しましょうか?」

「頼むからそれだけはやめてくれ殺花くん・・・・・・後、冥くんは不器用なだけだからさ。やり方は確かに強引で無茶だったけど、ぼかぁ彼の優しさを分かってる。だからさ、ぼかぁ逆に冥くんが怒ってくれて嬉しかったんだ」

 右手にずっと持っていた刀を、近くに落ちていた鞘に入れながら、響斬は笑った。その笑みは先ほどあははと笑っていた時のような卑下の笑みではなく、純粋に喜びからの笑みだった。

「冥の優しさ・・・・・・・・・・・・?」

 響斬の言葉に、殺花が意味がわからないといったような表情になる。そんな殺花に響斬はこう説明した。

「だってそうだろう? 冥くん程の武人が僕の為に怒ってくれたんだ。僕の剣の腕が落ちていた事に、戦いに消極的になってしまった事に。冥くんにはそれが我慢ならなかった。だから、僕に荒療治をしたのさ」

 それ程までに冥は自分の剣の腕を評価してくれていたのだ。それは響斬からしてみれば、嬉しさ以外の何者でもなかった。

「興味のない奴に、本当に堕ちてしまった奴に、冥くんはそんな労力は割かないよ。冥くんはそういった所は厳しいからね。だから、冥くんがわざわざ僕と戦ったのは、彼なりの優しさで、彼なりのメッセージなのさ。『これをきっかけにまた戦い、鍛錬しろ』っていうね」

 しんみりとしながらそう語った響斬は、少しふざけたようにこんな事を付け加えた。

「まあ、現代では全くそんなこと伝わらないんだけどね! 昭和かっての。僕がそれを分かったのは、900年くらい前に生まれたおっさんだからであって、現代に生まれてたら『ふざけんな! 暴力振るいやがって!』てな感じで、間違いなくキレてるよ」

「・・・・・・・響斬殿」

 明るく笑う響斬に、今まで黙っていた殺花が言葉を掛けた。そして未だに上体を起こしたままの響斬の高さに合わせるように、片膝をついて頭を下げた。

「その観察眼、感受性、心の広さに、己は改めて感服しました。こう言っては偉そうに聞こえるかもしれませんが、流石でございます」

「せ、殺花くん!? 本当に、頼むから顔を上げてくれ! 僕のメンタルが逆に逝きそうだから!」

 なぜか突然頭を下げて来た殺花に、響斬は大いに戸惑った。本当になぜ頭を下げて来たのか響斬には意味がわからなかった。

「了解しました」

 響斬がやめるように頼むと、殺花はすぐに顔を上げた。そんな殺花に、響斬はどこか疲れたようにこんな事を言った。

「うん、ありがとう。あ、介抱の件もね。またゆっくり話そう殺花くん。でも、とりあえず今日の所は少しだけ1人にしてくれないかな? わがまま言って本当にごめん」

「分かりました。では、自分はこれで一旦失礼させていただきます」

 両手を合わせる響斬に、コクリと頷き殺花は音もなくその姿を消した。

「相変わらずの気配と姿の消しっぷりだなあ・・・・・・・・うん。たぶん殺花くんもこの場から居なくなったかな。彼女、嘘はつかないタイプだし」

 そう呟くと、響斬はドサリと再び上体を地面に投げ出した。実はけっこう無理をして体を起こしていた響斬だった。

「・・・・・・・・・・あー、ったく何だよあの『無斬』は。斬れぬモノ無し、だからぼかぁあの居合術に『無斬』って名前をつけたんだろうが。だっていうのに、何一つとして冥くんを斬れなかった。これじゃあ、斬れ無いって意味の『無斬』じゃないか」

 研鑽を、鍛錬を怠っていた人物は自分のはずなのに、何故か今更になって怒りが込み上げて来た。過去の自分が、先ほどの技を見たならば鼻で笑うだろう。

 いつの間にか、炎が灯っていた修練場に寝転びながら、響斬が右手に持っていた刀を掲げた。おそらく炎を灯したのは殺花だろう。

「・・・・・・重いな。昔は何とも思わなかったのに、そう思ってしまうほど、ぼかぁ鍛錬を怠ってたわけだ」

 剣の重みを改めて感じながら、響斬は自分の刀を見つめる。過去の自分はこの刀という武器に全てを捧げていた。

「・・・・・・・・・・・また一から鍛錬するか」

 『剣鬼』の名を冠した闇人は、再び剣の鬼となるべくそんな言葉を呟いた。

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