第90話 第7の闇の帰還

「・・・・・・・・・・」

 世界のどこか、周囲に広大な空間が広がっている場所。その中心の地面で胡座あぐらをかきながら、目を瞑っている1人の青年がいた。黒色の道士服に、長い髪を一括りの三つ編みにしたその人物は、最上位闇人の1人『狂拳』の冥だ。彼はいま精神面の鍛錬の1つとして瞑想を行なっていた。

(・・・・・・ゆっくりと精神を落ち着かせろ。俺があの時、スプリガンに負けた理由は何だ?)

 普段の粗野な態度の冥とは一変、冥は静かに自問自答する。自分がスプリガンに負けた原因は何かと。

(1番の理由は決まってる。単純に俺があいつより弱かったからだ。だが、それは結果だ。俺には勝つために何が足りなかった? 逆に奴には何があった?)

 冥から見ても、スプリガンの力は強大だった。フェリートの『万能』と似た闇の力であったが、ただそれだけの力ではない。スプリガンの力は強大で、フェリートの『万能』よりも万能であったように思える。

 どんな状況にも瞬時に対応・適応できる力。そのような力も、自分が負けた要因の1つだろう。

(・・・・・・・・・・課題の1つとしては、俺も自分の闇の力を拡大しなきゃならないって事だな。いや、拡大解釈か。とりあえず、それはやらなきゃならねえ。肉体面に関してはもっと鍛える。それしかない)

 出来るだけ客観的に、自分がやらなければならない事を列挙する冥。特に自分の闇の本質の拡大解釈は、そのまま純粋に自分の戦闘力を上げる事に直結する。

 しかし、冥は理解していた。自分とスプリガン、その最もな違いについて。

(近接戦闘素人のスプリガンを結局俺が押し切れなかったワケ、それはあいつの鋼のような氷のような精神の強さだ。状況判断も奴は凄まじかった)

 そう。スプリガンの最も厄介で強い点は、その精神の冷徹さだ。スプリガンはどんな状況でも焦る事はなく、冷静に全てを判断する。

 しかもスプリガンは強気な選択を取れる時は、何の躊躇もなくその択を取ってくる。この冷静ゆえの大胆さ、とでも言うべき点も非常に厄介だ。

(あいつに勝つ為には、俺も戦いを楽しんでばっかりじゃなく、そういった精神を取り込まなきゃならないのかもな・・・・・・・けっ、癪だがジジイの言ってた通りか。「達人ゆえの精神を身につけろ」、よく言われたもんだぜ)

 人間時代の、冥の武術の師匠の言葉を冥は思い出した。冥が闇人になってから、もう数百年以上はゆうに経っているので、あの死にそうで死ななかったおきなももうとっくに死んでいるだろうが。

「・・・・・・でも、あのジジイの強さは本物だったよな。あのジジイがもし生きてたら、今の俺でも勝てるかどうか怪しいってレベルだったからな」

 目を開けた冥はポツリとそう呟いた。むろん今の冥は闇人だ。いくら武術を極めていたからといって、ただの人間に負ける道理はない。

 しかし、そう思えるほどに冥の記憶の中の師は強かったのだ。

「集中力が切れちまったな、瞑想はこれくらいにしとくか。さて、次は肉体の方の鍛錬でも――」

 立ち上がった冥がガリガリと頭を掻く。ここはレイゼロールや冥たち最上位闇人の本拠地、その深い地下に作られた巨大な修練場だ。本来は暇な闇人たちが、バカスカとり合うように作られた場所なのだが、鍛錬も出来ない事はない。

 本当は最上位の闇人の誰かと戦いたかったが、今いる闇人たちは冥のように戦闘が好きな人物たちではない。早く、冥と同じように戦いが好きな闇人たちに戻って来て欲しいものである。

 冥がちょうどそんな事を思った時だった。どこからか、足音が聞こえてきた。

「あ? 誰だ・・・・・・?」

 冥は足音が聞こえてくる方向に視線を向けた。今この修練場は、殆ど暗闇に包まれている。本来なら周囲に等間隔に炎が灯っているのだが、冥が瞑想用に予め周囲の炎を消していたのだ。そのため、炎は冥の近くにある蝋燭の炎1つだけ。そういった理由から、冥はこちらにやって来る人物の姿を確認する事が出来なかった。

(クラウンか? それとも陰険女か? キベリアとシェルディアの姉御はどっか行ったし、残ってる闇人どもはあの2人以外にはいねえが・・・・・・・・)

 冥がクラウンと殺花、どちらか2人の顔を思い出しながら、しばらくその場で待っていると、その人物の姿が見えて来た。そして、その人物はクラウンと殺花どちらの人物でもなかった。

「やあ、冥くん。随分と久しぶりだ。相変わらずの美青年ぶりだね。ぼかぁ、君と会えて嬉しいよ」

 蝋燭の炎に照らされたその人物は、のんびりとした口調で冥にそう言ってきた。

 黒色のボサボサとした髪に、限りなく細い目――よく糸目と呼ばれる部類の目だ――それで見えているのかと思わず疑ってしまうほどの細さだ。

 服装は上下灰色の動きやすそうな服装。いわゆるジャージと呼ばれるものだ。足元は黒色のサンダルを履いている。

 撫で肩の左肩には、黒の長細いケースのようなものを背負っている。現代の人々が見れば、その男はスポーツ系の青年という印象を抱くのではないか。

「・・・・・・お前、響斬ひびきか?」

「僕以外に誰がいるのさ? 君の言う通り、ぼかぁ響斬だよ」

 あははと笑いながら、響斬と呼ばれた青年はそう言葉を返した。

「お前服装はどうしたんだよ? 前は普通の和服だっただろ。だから、一瞬分からなかったぜ」

 冥はまだ少し戸惑ったように響斬の服装に目を向けた。前にあった時(といっても、100年ほど前だが)は、響斬は和装だったからだ。

「時代の移り変わりってやつだねー。ぼかぁずっと日本に居たんだけど、今の日本であんなガチガチの和服着てる奴って殆どいなくてね。変に目立つのも嫌だし、ここ最近はずっとこいつを着てるよ。もちろん和服も一応残してあるけど、1度こいつの動きやすさを知ったらもう戻れないかなー。いやー、ジャージ最高」

 自分の着ているジャージを指差しながら、響斬はにへらと笑った。どうやらよほど今の服装を気に入っているようだ。

「あー、そういう理由かい。確かに今の時代の服の方が動きやすいだろうな。で、お前刀はどうしたんだよ? 刀のないお前なんて雑魚だろ」

「いきなりひどいなー冥くん。普通、かなり久しぶりに会った奴にそんな事言うかい? まあ君の言う通り、刀のない僕なんて雑魚以下だけどさ。でも、安心してくれよ。刀はしっかりここに入れてるから」

 冥の無遠慮な言葉に、まったく表情を変えずに響斬はそう答えた。先ほどジャージを指差していた手で、今度は左肩の細長いケースを指差しながら。

「なんだ、そこに入れてたのか。というか響斬よ、お前いま帰って来たのか? 確か今レイゼロールの奴いなかったろ。闇奴生み出しに行ってるし」

「そうなんだよ、だからぼかぁ困っちゃってさ。いつもの広間に行っても、レイゼロール様いないし。で、他の闇人たち戻って来てないかなーってふらついてたら、冥くんを見つけたってわけさ。ああ、そう言えば久しぶりにここに来たから、君に会うまで5回はけたよ。ここ暗いからさ」

 冥の質問に、よくぞ聞いてくれたとばかりに響斬はそう言った。響斬の言葉を聞いた冥は、珍しく呆れたような顔をした。

「ドジ振りは変わらずみたいだな・・・・・・」

 目の前の響斬という闇人は、その見た目に表れているように、基本的にのほほんとした性格の闇人だ。のほほんとしているだけならともかく、この響斬は凄まじくドジなのである。それこそ、今言ったようによく転ぶし、何もない所でも転ける。100年ほど経って服装は変わったようだが、どうやら中身は全く変わっていないようだ。

「それで、冥くんが修練場にいる理由は何だい? しかも1人だなんて珍しい。ここは僕たち闇人が暇潰しに戦り合うとこだろ? だって言うのに、君は1人だしさ」

「ちょっくら鍛錬してたんだよ。戦うにも今いる闇人どもは好戦的じゃねえしな。ちょうど瞑想が終わったとこで、お前が来たってわけだ」

「冥くんが瞑想? ギャグかい?」

「おう響斬、てめぇどうやら殺されたいらしいな」

 ニコニコとした顔で首を傾げた響斬に、冥は拳を鳴らした。顔にも青筋が浮かぶ。そんな冥を見た響斬は変わらずに緊張感がない様子で、言葉を述べた。

「あはは、そいつは無理だよ冥くん。僕たち闇人は光の浄化以外では死なないからね。だから僕と同じ闇人である君にぼかぁ殺せないよ?」

「んな事は知ってるよ! そんくらいボコボコにすんぞって事だ! ・・・・・ったく、そうだった。お前はそういう奴だったぜ」

 どこかズレているというか、天然というか。響斬という闇人はそういった人物でもあった。ドジで天然でのんびり屋。こんな闇人は響斬しかいない。

「お前が最上位闇人になれたのが謎すぎるぜ・・・・・・・・・」

「ははっ、ぼかぁこんなんだけど色々とあったんだよ。まあ、それを言ったら大概の闇人はそうだけどね。あ、そうだ冥くん。結局僕たちが召集をかけられた理由って何だったんだい? 如何せん、レイゼロール様いないから理由が分からないんだよねー。僕より先にここにいるって事は、君はその理由を知ってるんだろ? よければ、教えてほしい」

 今までの闇人たちと同じように、響斬も自分が呼び戻された理由を訊ねた。まあ、その訊ねた相手がレイゼロールではなく冥という点は違っているが。

「ああ、確かに俺は理由を知ってるが・・・・・・・・何か言うの面倒だな。レイゼロールが戻って来るまで、待ってろよ」

「ええー、それくらい教えてくれてもいいじゃないか。君は意地悪だな。ぼかぁ気になって気持ちが悪いんだよ。ねえ、いいじゃないか、教えておくれよー」

 言葉の通り面倒くさそうな態度を取った冥に、響斬は食い下がった。そんな響斬を見た冥は再び呆れたような表情を浮かべる。

「ガキかよ・・・・・・・・しゃあねえ、教えて――」

 冥が仕方なく理由を話してやろうと思った時、冥は唐突にある事を思いついた。

「・・・・・・いい事思いついたぜ。おい、響斬。お前に俺たちが召集された理由を教えてやる。ただし、条件がある」

「条件? いったい何だい?」

 不思議そうにそう聞き返して来た響斬に、冥はニヤリと笑ってこう答えた。

「今から俺と戦え。ちょうど戦う相手が欲しかったとこなんだ。戦い終わったら理由を教えてやる。ルールはいつも通り何でもありだ。どうだ? 当然受けるよな?」

 我ながら妙案だと冥は思った。響斬はこんな見た目をしているが、冥と同じく戦いが大好きな闇人だ。だから、間違いなく響斬はこの条件を呑むと冥は確信していた。

「えー・・・・・・・・嫌だよ、冥くん。戦いなんて面倒だし、何より痛いじゃないか。そんな条件は呑みたくない」

 だが、響斬は冥のその条件をポリポリと頬を掻きながら断った。

「は・・・・・・・・・・・? 戦いが面倒? 痛い? おいおいおい、何言ってんだ響斬? お前頭がイカれちまったのか?」

 冥は本当に意味がわからないといったような表情で、響斬を見た。冥には本当に意味が分からなかったのだ。響斬は冥と同じタイプの闇人だった。戦いが好き、というよりも戦いに取り憑かれていて、己が強くなる事に生きがいを見出していた人物だった。もっとも、響斬の場合はそれが剣の腕だったが、本質的には同じだ。

 冥の言葉を受けた響斬は、少し面倒くさそうにこんな事を述べた。

「確かに、100年くらい前のぼかぁ君と同じで戦いだけが生きがいの奴だったよ。でもね、冥くん。それは他に娯楽があんまりなかったからだよ。けど、今は違う。たった100年の間に現代には娯楽が湯水のように溢れるようになった。分かるかい冥くん? 僕は戦いに飽いちまったのさ。今の僕の生きがいは、漫画やらアニメやらゲームやらその他諸々の娯楽なのさ」

 そう、たった100年の間に全ては劇的に変わっていった。そしてそれは娯楽も含まれる。

 その100年の間に響斬という闇人も変わった。響斬が100年間ずっといた場所は、自分の祖国である日本だ。確かに7〜80年前は日本も戦争をしていたが、それから今に至るまでは、およそ平和だ。そして、そんな日本で戦いなどはもってのほかの行為であった。

 そういった状況から、響斬は代わりの娯楽を探し求めた。もちろん、響斬が日本にいた理由は祖国だからという理由ではなく、レイゼロールの探し物を見つけるため、またはそれに関する情報を得るためだったが、その最上位闇人本来の仕事はここ40年辺りサボっていた。その分娯楽に勤しんでいたからだ。響斬という闇人はそういった少し適当なところがあった。

「だから自分で言うのも何だけど、ぼかぁ今すっごく弱いよ。全く鍛錬もしてなかったからね。刀の手入れだけはしてたけど、それだけさ。だから戦うだけ無駄だよ。冥くんはどうせずっと鍛えてたんだろ? なら昔みたいにいい戦いにはならない。僕がすぐに負けて終わりさ」

 軽く笑みを浮かべながら、響斬はそう付け加えた。そう今の自分は、とても冥と張り合えるような相手ではない。その事は響斬本人が1番よくわかっていた。

「というワケで、その条件は呑めない。だから出来れば普通に教え――」

 響斬が言葉を紡ごうとしたその時、今まで黙って話を聞いていた冥がポツリとある言葉を呟いた。

「――真場ヂェンチァン

 その言葉と同時に、冥の足元を基点として幾何学模様の円が展開した。

「え・・・・・・・?」

 真場が展開された事を理解した響斬は、訳がわからないようにそう声を漏らした。当然ながら、響斬は冥の真場、その効果を知っている。それは冥の許可がなければ、冥を倒す以外に逃げることが出来ない絶対の闘争場だ。

「冥くん、何で真場なんかを展開して――ッ!?」

 響斬が冥に視線を戻した時には、響斬の腹部を凄まじい衝撃が襲っていた。痛みを感じてから響斬は理解した。冥に腹部を殴打されたのだと。

「がっ・・・・・・!?」

 冥に拳を振り抜かれた響斬は、その衝撃から後方に吹き飛ばされた。普通ならば遥か後ろの岩壁に激突している衝撃だが、真場の範囲が狭かった事から、響斬は真場のふちの見えない壁のようなものに激突した。そのため第3者が見たならば、響斬は何もない空中にぶつかったように見えただろう。

「・・・・・・・・・・・響斬、お前なに腑抜けたこと言ってやがんだ? その体たらくはなんだ? 今の攻撃くらい、昔のお前なら余裕で反応してただろ?」

 発光する真場の幾何学模様に照らされた冥が、冷たく低い声でそう呟いた。今の冥の瞳に感情は何も浮かんでいない。怒りも呆れも全ては通り越してしまったからだ。

「ふざけやがって。それでも十闇第7の闇かよ。響斬、ボケたお前に俺がもう1回教えてやるよ。戦いってやつをな・・・・・・!」

 全身に闇を纏いながら、冥は響斬にそう宣言した。

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