第86話 聖女来日(5)
「皆さんはどのような思いから光導姫や守護者になったのでしょうか? 光導姫や守護者になる理由は人それぞれです。誰かを助けたい、誰かを守りたい、対価を求めて光導姫や守護者になった人たちもいると思います」
ファレルナの声が地下の講堂内に響き渡る。ファレルナの声は聞く者を安らかな気持ちにさせるような声だった。
「私が光導姫になった理由は、闇に苦しむ人々を助けたいと思ったからです。皆さんもご存じの通り、闇奴や闇人は人の心の闇が暴走した姿。光の浄化でしかその闇を祓い人に戻すことは出来ません」
ただ真っ直ぐに正面を見つめ、穏やかな顔をしながらファレルナは言葉を続けていく。ファレルナの声以外、この場を支配しているものは静寂だけであった。
「己の抱える闇に支配され、ただ破壊の衝動に突き動かされる闇奴。闇奴が知能を得た闇人。・・・・・・・・私はそんな闇奴や闇人が暴れている姿に悲しさを覚えます」
しんみりとしたような声音でファレルナは、その悲しさについて語った。
「確かに彼らは闇を抱えていたかもしれません。ですが、彼らはその闇を利用されただけなのです。己の闇に身を焼かれ、まるでその苦しみから逃れるように破壊する事しか出来ない。私には闇奴や闇人がそう見えてしまいます」
自分の主観について語るファレルナ。ファレルナの主観は傍からみればあまりに優しすぎるもの。慈悲の心が伺えるものだった。
「「・・・・・・・」」
陽華と明夜、それ以外の扇陣高校の生徒たちは、ファレルナの言葉が心の底からのものであるという事を、頭や表情の観察などといったものからではなく心で感じていた。何故だろうか。ファレルナの言葉は心に直接語りかけてくるような感じがした。
「先ほども述べましたが、私が光導姫になったのはそんな闇に苦しむ人たちを助けたいと思ったからです。私に助ける手段があるならと、私は喜んで光導姫になりました」
先ほどと同じと前置きしたように、ファレルナが自分の右手を胸に置きそう言った。確かに内容は先程とほとんど変わらなかった。だが、ファレルナの表情は明確に変わっていた。
今までの穏やかな表情ではなく、その表情は真面目な表情へと。優しさを宿していた瞳は、強い意志を宿した瞳へと変化した。
「今の私は僭越ながら光導姫のランキング1位、そして『聖女』の名を賜っています。非常に光栄な事ではありますが、私自身にその自覚はありません。私はただ自分の思いに従ってきただけです」
「「!」」
そのファレルナの変化に、力強い言葉に、陽華と明夜もそれ以外の全ての生徒たちも少しだけ驚いたような表情になる。
「皆さまが光導姫や守護者になった理由も、戦い続けている理由も、それらは全て尊いものだと私は思っています。皆さんがこの場にいるという事、それ自体が人の心の光、その証明なのです」
力強く、それでいて暖かさを感じさせる言葉だ。『聖女』と呼ばれる少女は最後にこう言った。
「皆さまと同じく人々の平穏を守る者として、皆さまに心より感謝いたします。辛く苦しい時もあるでしょうが、皆さまがこれからも人々の平穏を守る者として共に戦ってくれる事を願っています。――ご静聴ありがとうございました」
そう言って、ファレルナはニコリと笑い頭を下げた。一瞬の静寂が講堂内に広がる。だがその直後、割れんばかりの拍手の音が講堂内に響き渡った。
「すごい、すごいよ明夜! 私何だか感動してる! 聖女様の言葉がすっごく心に響いたよ!」
「聖女様の生のスピーチ・・・・・・そうね、これは感動ものだったわ。不思議、無性に心が沸き立って来る・・・・・」
パチパチと他の生徒たちと同様に拍手をしながら、陽華と明夜はそんな言葉を呟いた。陽華は目に見えて興奮しており、明夜も一見すると普段と変わらないように見えるが、内心はかなり心を動かされていた。
「・・・・・・・・・・・・ご立派なこと」
(ん・・・・・・?)
皆の拍手の喝采が場を支配する中、陽華は誰かの呟きを聞いた。拍手の音にかき消されてよくは聞こえなかったが、どうやら陽華の隣の黒髪の女子生徒が何かを呟いたようだ。気がついたのは陽華だけのようで、明夜は変わらず正面を向いて拍手を送っていた。
陽華がチラリと隣の女子生徒を見てみると、女子生徒も拍手をしていた。だが、陽華や明夜、その他の生徒たちとは違い、その拍手はどこか熱がこもっていなかった。
陽華がそんな女子生徒に気を取られていた間に、ファレルナは壇上から退いていた。それに合わせて拍手も一旦やんでいる。
「ファレルナさん、素晴らしいお話をありがとうございました。皆さん、貴重なお時間を割いてお話をしてくださったファレルナさんに、もう1度盛大な拍手を!」
代わりに壇上に再び上がった風音が、もう1度拍手を求めた。講堂内に再び拍手の音が響き渡る。もちろん、陽華と明夜ももう1度拍手を送った。
(やっばり・・・・・・・・隣の人の拍手、どこか軽いというか空虚な感じがする)
乾いた、とでも表現すればいいのか。隣に座る女子生徒の拍手の音に陽華は違和感を持った。
「では、これにてファレルナさんによる講演会を閉会とさせていただきます。会場の皆さんはファレルナさんがご退場してから席をお立ちください。皆さんの退場の指示はこちらで行います」
陽華が隣に気を取られている間に風音は閉会の宣言を行った。それに合わせて、明かりも全て点灯した。陽華も視線を正面へと戻す。ファレルナが会場にいる人々に手を振りながら退場する。ファレルナの隣にはスーツ姿の女性がいた。きっと護衛だろうと陽華は思った。
「それでは退場の指示を行います。まず前列の人たちから順番に退場してください」
ファレルナが退場して、風音の指示に従い最前列の生徒たちも退場し始める。それに伴って周囲も少しばかり賑やかな感じになった。皆、ファレルナの講演に対する感想などを話し合っているのだろう。
「ねえ陽華、この後どうする? とりあえず風音さんにお礼言いに行く?」
「え? あ、ああそうだね! そうしよっか。どうせ私たち退場するの最後の方だし、その時にお礼言いに行こ!」
視線を再び隣の女子生徒に移していた陽華は、明夜の言葉に一瞬反応が遅れた。結局、明夜の提案は陽華も考えていた事なのですぐに了承した。
(何でだろ・・・・・さっきの拍手の音が気になってる)
席を立ち上がるまで、陽華はそんな事を考えていた。
「風音さん! 今日はありがとうございました! 聖女様の講演、ものすっごく良かったです!」
「感動の嵐、って感じでした。何だか勇気をもらったっていうか、これからも頑張っていける感じがしました」
先ほどとは打って変わり、人の気配がほとんどなくなった講堂内。陽華と明夜は講堂内に残っていた風音にそう話しかけた。
「あ、陽華ちゃん明夜ちゃん。案内できなくてごめんなさいね? ちょっと忙しくって。そう言ってもらえてファレルナも喜んでると思うわ。私もファレルナのあの話は心に響いたし」
講堂内の点検を行っていた風音は、2人に気がつくと表情を少し緩めてそう言葉を返した。
「いえ、全然大丈夫でしたよ! 新品さんが案内してくれましたから。あ、あとアイティレさんは他の生徒の人たちと一緒に退場しましたか? せっかくだから挨拶しておきたかったんですけど」
陽華がキョロキョロと周囲を見渡す。周囲に残っている生徒は自分たち以外には誰もいないので、アイティレは退場したのだろうと陽華は考えていた。
「うん、そうなんだけど・・・・・・・実はアイティレはいま生徒会室にいるの。彼女との顔見知りは、私以外にはアイティレしかいないから、ちょっとお話しして待ってもらっているの」
「? あの風音さん、彼女って?」
風音の言葉に疑問を持った明夜がそんな質問をした。明夜の質問に、風音は少しだけ悪戯っぽく微笑んでこう答えた。
「それはもちろん、ファレルナに決まってるでしょ? ふふっ、少しだけだけど、ファレルナと個人的に話せる時間を取ったから、これから一緒に生徒会室に行きましょうか」
「「え、ええーーーーー!?」」
風音のその言葉に、2人は思わずそう叫んでいた。
2人の声が講堂内に響いた。
「――いいスピーチだった。自分の戦う理由と光導姫になった理由を改めて思い出したよ、ファレルナ」
「そう言っていただけて本当に嬉しいです。お久しぶりです、アイティレさん」
扇陣高校の生徒会室。互いを対面に見つめ合いながら、2人の少女が和やかそうに話をしていた。1人は光導姫ランキング1位『聖女』、もう1人は光導姫ランキング3位『提督』の名を冠する少女である。
「ああ、そうだな。君とこうして日本で話をするとは思っていなかったが、久しぶりだ」
口角を普段よりも少し上げてアイティレはそう言った。ファレルナとこうして会うのは約1年ぶりだろうか。最後に会ったのは、光導姫として共闘した時だ。
「そういえば、この学校の制服を着ていらっしゃるという事は、アイティレさんはこちらの学校に留学されているんですか?」
ファレルナが話題としてそんな質問をアイティレに投げかけてきた。アイティレはその質問に、「ああ、そうだ」と答えた。
ちなみにではあるが、今アイティレが話している言語は日本語である。ファレルナに限った話ならば、アイティレは別に母語であるロシア語で話しても良いのだが、そこはまあ流れというやつだ。どうせ後で風音や陽華と明夜の2人も合流してくる。その時に一々言語を切り替えるのは色々と面倒だ。
「とりあえず1年ほどはまだ日本にいるつもりだよ。ここは日本の光導姫と守護者の為の学校だが、友人も出来て中々どうして楽しくやれている」
フッと笑い、アイティレはそんな感想をファレルナに述べた。
その胸の内に、自分が日本にやって来た真の目的を隠しながら。
(この純真そのものの少女に嘘をつくのは、多少心苦しいが・・・・・・・・・・そこは許してもらおう。ふっ、私も嘘が上手くなってきたものだな)
「なるほど、それは良かったですね! いいですね、私も学校というものに憧れてしまいます。ヴァチカンでは修道女の学校に通った事もありましたが、結局半年ほどで終わってしまいましたし・・・・・ふふっ、アイティレさんがちょっとばかり羨ましいです」
内心自嘲しているアイティレをよそに、ファレルナは笑みを浮かべた。そんなファレルナの言葉に、アイティレは内心の自嘲をやめて言葉を紡ぐ。
「君が羨むこともあるんだな。そうだ、最近光導姫の後輩を鍛えているんだが、これが中々気合いのある者たちなんだ。何度倒れても向かってくる。彼女たちは不屈の心を持っている。きっといい光導姫になるよ」
陽華と明夜の事を思い浮かべながら、アイティレがそんな話をする。本人たちにはこんな素直な賞賛を言った事はない。そういった面は、アイティレは苦手だからだ。
「そうなんですか。それは将来が楽しみな人たちですね。あ、そうでした。実は私、アイティレさんに聞きたい事があったんです」
「聞きたい事? いったい何かな。私に答えられる事なら、喜んで答えるよ」
軽く首を傾げながら、アイティレが銀髪の髪を揺らす。ファレルナが自分に聞きたい事とはいったい何なのか。
「はい、アイティレさんもランキング3位。ですので、ソレイユ様から手紙をお受け取りになったと思います。その手紙に書かれていた人物、スプリガンに対して、アイティレさんはどうお思いになっていますか?」
「っ・・・・・・・・!?」
純真な瞳を向けてくるファレルナ。その問いかけは純粋に興味からだろう。
(全く、怖いものだな『聖女』は・・・・・・・)
きっとこの問いかけは偶然のものだ。それは普通に考えればわかる。ファレルナはランキング1位。アイティレと同じくソレイユから手紙を受け取っている。だから、同じ手紙を受け取ったアイティレにそう聞いてみただけだろう。
だが、日本に留学した真の目的を先ほど少し思い出していたアイティレからしてみれば、目の前の少女は人の真意を知っている裁定者のように思えてならなかった。
そしてちょうどその時、
生徒会室のドアが開けられた。
「――1回、聖女サマの反応を窺ってみるか」
「え?」
ポツリと影人がそんな事を呟いた。そして、その呟きを聞いたソレイユは不思議そうな表情になった。
「いや、聖女サマはスプリガンに対してどんな反応をするのかと思ってよ。『提督』みたいに俺を敵とみなすのか、『巫女』みたく俺に和平的な提案でもしてくるか。光導姫の1位の反応に興味を覚えただけだ」
場所は変わらず神界。2本目の棒状の菓子を咥えながら、影人は自分の呟きに対する理由をソレイユに説明した。
「反応・・・・・・・ですか」
「ああ、まあ個人的な興味だから流してくれても全然問題ないし、今から俺が提案する事を拒否してくれてもいい。一応、話だけ聞いてくれ」
影人はそう前置きして、具体的な提案をソレイユに話した。影人の提案を聞いたソレイユは、思案するように顎に手を当てた。
「・・・・・・・・・・・・ふむ、なるほど。あなたの個人的な興味を別にしても、中々面白い提案だと思いますよ。ファレルナのスプリガンに対する反応は私も気になりますし。それに、ファレルナの反応を窺う事は8月の光導会議に対しての情報取得にもなります」
「・・・・・・なるほどな。確か8月の光導会議で、俺を敵とするか否かを決めるんだっけか。その際に、判断材料としてランキング10位までの意見を聞く、だったな。確かに事前に聖女サマの反応を知れるって言うのは一種のアドバンテージになるな」
ソレイユの言わんとしている事を理解した影人がなるほどといった感じで頷いた。言われてみれば、そう言った見方も出来る。
「でもよ、ソレイユ。前も言ったと思うが、俺自体は敵認定を受けても全く構わないぜ? むしろ、そっちの方が俺的には楽だ」
「あなたのその姿勢は頼もしいものではありますが、私的にはまだあなたが光導姫と守護者から敵認定を受けるのは、出来るだけ避けたいんですよ。だから、もしファレルナがあなたに対して穏やかな反応を見せてくれれば嬉しいんですが」
ため息を吐くソレイユに、影人は「そういうもんかね」と言葉を返した。まあ、ソレイユは自分を動かすポジションだ。色々と考えているのだろう。
「だが、下手に友好的な態度は取らないぞ。実際に聖女サマに接触するってなっても、俺は今まで通りのスプリガンを演じる。そこはいいな?」
「ええ、当然ですとも。ファレルナにだけ態度の違うスプリガンというのも変な話ですしね」
少し真面目な顔で確認を取った影人に、ソレイユも頷いた。ソレイユから全ての確認と許可を得た影人はニヤリとその口角を上げた。
「はっ、はてさて聖女サマは黒衣の怪人にどんな反応をしてくるのかね。存外、楽しみだぜ」
昨日会ったファレルナの姿を思い出す影人。そんな影人の様子を見たソレイユはジトッとした視線を向けてこう言った。
「・・・・・・・・・・・・どうでもいいですけど、そうやって笑うとあなた、悪役にしか見えませんよ」
「うるせえ、余計なお世話だ」
こうして、影人はスプリガンとして再びファレルナに接触する事が決まった。
――その出会いはいったい何をもたらすのだろうか。
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