第85話 聖女来日(4)
「――聖女サマが今日学校を訪れる?」
「はい。ちょうど昨日、ファレルナが日本の光導姫と守護者の為の学校を訪問する。そういった連絡が日本政府から来ました」
影人が迷子の聖女を送り届けた次の日。影人はソレイユに呼び出されて神界にいた。最近よくここに来ている気がするが、影人の仕事上それは仕方がない事だ。
「・・・・・・・なんでまた学校なんかを訪問するんだよ?」
ソレイユの言葉を聞いた影人は棒状のお菓子を咥えながら首を傾げた。昨日は何の因果かファレルナと関わってしまったが、本来ならあの少女は国賓。スケジュールはカツカツのはずだ。
それが何故、日本の光導姫と守護者が多く在籍しているとはいえ、ただの学校を訪れるのか。影人にはその理由が分からなかった。
「何でも日本の光導姫と守護者のモチベーションを上げる為、だそうです。ファレルナは光導姫ランキングの1位、実際に1位である彼女を招く事で、光導姫と守護者の精神面を向上させたいと学校側から懇願したらしいですよ」
「ふーん。なるほどな・・・・・・・・・分からん話ではないが、意味あるのかそれ? 光導姫や守護者になってる奴なんか元々超がつくお人好しどもだろ? そういった奴らに限って、モチベーションが下がる事なんて無いと思うがね」
ピコピコと口に咥えた棒状のお菓子を縦に揺らしながら、影人はそんなことを思った。
光導姫や守護者は、言わずもがな命の危険がある仕事だ。だからなる者はそれ相応の覚悟をして光導姫や守護者になるはずだ。そんな人物たちのモチベーションが低下することはないと影人は思うのだが。
「そうですね。だから今回のファレルナに関することは、その彼・彼女たちの高いモチベーションを更に上げる事を狙ったものでしょう。あと少しだけ勘違いをしているようですが、光導姫・守護者の全員がお人好しという理由からそれらになったわけでは決してありません。中には対価を求めて光導姫や守護者になる者もいます」
「対価・・・・・・・・・・・?」
その意外なソレイユの言葉に、影人は疑問の表情を浮かべた。
「ええ。光導姫・守護者になって闇奴や闇人と戦う代わりに、金銭を受け取る者もいれば、自衛のためにと光導姫や守護者の力を欲する者もいます。付け加えておきますが、私は別に彼・彼女らを非難していません。理由が何であれ戦ってくれている者たちに、私とラルバは感謝しています。ただ、光導姫や守護者になる理由は人それぞれという事だと私は言いたいだけです」
そしてソレイユは補足するようにこんな事を付け加えた。金銭を受け取る場合は、国がその金銭を光導姫・守護者本人の口座に振り込む、自衛のためというのは、特別な力を保持していれば、現実世界の自然災害や突発的な狂人の行動に抵抗できる。または、それらのアクシデントから大切な人を守りたいからという者もいる。そうソレイユは説明した。
「・・・・・・・・・まじかよ。いいよなー、金もらえるんだったら俺も喉から手が出るほど欲しいぜ。ま、無理なんだけどな」
「ま、まああなたの立場は特殊ですからね。残念ながら金銭は受け取れません」
ため息を吐く影人にソレイユは苦笑いを浮かべた。影人は普通の守護者ではない。正体不明、目的不明を演じる怪人スプリガン、影の守護者だ。その事を知っているのは当然ソレイユ以外にはいない。そのため国から金銭を受け取ることはできない。
「でも結局のところ、金銭を受け取る光導姫や守護者は非常に稀なんですがね。あなたが指摘したように光導姫や守護者になる大多数は、優しく正義感の強い者たちですから・・・・・・・・・・・・あと、先ほどからずっと気になっていたんですが、あなたが口に咥えてるものはいったい何なんですか?」
「コ○アシガレットだ。けっこううまいぜ、お前も1本どうだ?」
ジッと影人の咥えているお菓子を見てきたソレイユに、影人は制服の内ポケットからコ○アシガレットの箱を取り出した。こういった雰囲気重視のお菓子は、厨二病の前髪からすれば非常にいいお菓子なのだ。だって格好いいもの。
「そ、そうですか。ではお言葉に甘えて・・・・・・ん、けっこう甘いですねコレ」
影人から白い棒状のお菓子を受け取ったソレイユは、それを影人と同じように口に咥えた。見た目から想像はできなかったが、かなり甘い。
「まあな。俺は抹○シガレットもけっこう好きなんだが、それは別にどうでもいいな。話は戻るが、光導姫になる動機? だったか。それを言うならあの聖女サマは、朝宮や月下と同じ『困っている人たちを助けたいからって』ってタイプか?」
影人と同じくコ○アシガレットをピコピコと動かしているソレイユを見ながら、影人はそんな質問をした。影人は陽華と明夜が光導姫になった理由を知っている。だから、あの2人とどこか似ているファレルナもそういった理由から光導姫になったのではないかと影人は推測した。
「そうですね。動機については個人に関わる情報も含まれているので、詳しくは言えませんが、ファレルナの場合は陽華や明夜たちとほとんど同じ理由です。あの子も本当に優しい子ですから」
「やっぱそうか・・・・・・・善人って奴らは難儀なもんだな。俺からすれば理解に苦しむぜ」
口の中で溶けた菓子をガリッと歯で砕きながら、影人はそう呟いた。影人がスプリガンになったのにそんな高尚な理由はない。自分は半ば強制的にスプリガンの力を授かり、その仕事をここにいる女神から与えられた。
望まずにスプリガンになった影人には、望んで光導姫や守護者になった者たちの気持ちが分からない。なぜなら影人は善人ではないからだ。自分か他人が危険に陥れば、影人は迷うことなく自分を優先するだろう。
だが、光導姫や守護者になる多くの者はその逆の選択をする。例え自分が危険に陥ろうとも、他者を優先する。影人はそんな風にはなれない。だから理解するのが難しかった。
「ふふっ、何を言っているんですか。あなたもその善人でしょう? 昨日ファレルナにあなたは優しい人だと言われたじゃないですか。ファレルナだけではありません。少なくとも、私もそう思っていますよ」
「・・・・・・・・・・・けっ、お前も聖女サマも人を見る目がなさすぎるんだよ。善人と優しさは同義じゃねえし、俺は善人じゃない。そもそも、善人ってレッテルを貼られるのも好きじゃない。・・・・・・・・・スプリガンも仕事だからやってるだけだ」
どこか悪戯っぽい顔をするソレイユに、影人は声を低くしてそう言った。どいつもこいつも、なぜ自分のことをそう思いたがるのか。
「まったく、あなたは素直じゃありませんね」
「ほっとけ。俺は誰よりも自分に素直なだけだ」
呆れたようなソレイユに、影人は菓子を完全に噛み砕いてそう呟いた。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! 明夜急いで! このままじゃ間に合わないよ!」
「分かってるわよ! ああもう! どっかの誰かがしえらさんの所でドカ食いするから、余裕があった時間がなくなったじゃないの!」
「それはごめんって言ったでしょ!? 仕方ないじゃない! しえらさんの作る物なんでもおいしいんだから!」
お互いにそんな言葉を言い合いながら、陽華と明夜は朝の登校時のように道を駆けていた。
現在の時刻は16時50分。あと10分ほどで、目的地である扇陣高校でとあるイベントが始まってしまうのだ。
土曜日に光導姫ランキング1位である聖女が、今日扇陣高校を訪れ講演のようなものを行うと知った2人は、その場にいた風音に自分たちも聖女に会えないか、という半ば無理なお願いをした。自分たちが目指すランキング1位を1度この目で見たいと思ったからだ。
2人のお願いを聞いた風音は、「校長に聞いてみる」と扇陣高校の生徒会長として2人の願いを聞いてくれた。光導姫とはいえ、陽華と明夜は他校の光導姫だ。拒否される可能性が高い。2人はそう思っていたのだが、陽華と明夜の願いは意外にも叶った。
昨日風音から連絡があり、扇陣高校の校長は2人の講演への参加を許可したと風音は言っていた。何でも「向上心の高い光導姫は歓迎する」との事らしい。とにかく2人はランキング1位を直で見る事が出来るようになったのだ。
講演の開始は17時から。終わるのは17時30分だと聞いている。光導姫ランキング1位『聖女』は表向きには、とても有名人であるし今回は国賓としても招かれている。ゆえに時間もそれ程しかないらしい。
あと、当然のことながらファレルナが扇陣高校を訪れるのは表向きには秘密の出来事だ。この事を知っているのは、日本政府を含むごく一部の者たちだけだと風音は言っていた。
「ほら明夜あとちょっとだよ! 何としてでも間に合わなきゃ!」
「こんな機会滅多にないものね! ついでにサインもらえないかしら!?」
「知らないよ!? それダッシュしながら真顔で言うことじゃないよね!?」
明夜の言葉に律義にツッコミながら陽華は駆けるスピードを上げていく。明夜も書道部だというのに驚異的なスピードで陽華のスピードについていく。この辺りは毎朝遅刻せまいとダッシュしている成果だろう。第3者の視点から見れば、何とも悲しいような成果である。
だがそんな成果もあり、2人はなんとかギリギリで扇陣高校に到着した。
「なんとか間に合った! で、会場どこだっけ明夜?」
「知らないわよ? だって風音さんが門の前で待っていてくれるって言ってたじゃない」
「あ、そうだったね。一応、私たち他校の人間だし平日に学校の敷地内に入るのには色々と許可がいるから、生徒会長の風音さんが案内してくれるって話だったよね。でも、風音さんどこにもいないよ?」
だが、周囲に風音の姿は見えなかった。というかまだ5時あたりだと言うのに、扇陣高校の正門前にも、ここから見える敷地内にも人1人いない。いったいこれはどういうことなのだろうか。
「おお、やっと来られましたでありますか。お2人とも、また随分とギリギリでありますな」
「新品さん!?」
「ごめんなさいね、どこかの誰かがドカ食いしたせいで予定が狂っちゃったの」
しかし、敷地内から芝居が現れ陽華と明夜の元までやって来てくれた。その表情は相変わらずの無表情だ。
「ちょっと明夜!? ご、ごめんなさい新品さん。ところで、風音さんはどうしたんですか? 案内してくれるって話だったんだけど・・・・・・」
「会長はギリギリまでお2人を待っていましたのでありますが、時間が厳しくなって来たため先に会場で色々と準備をしているのでありますよ。連華寺風音はウチの生徒会長でありますから、色々と仕事があるんであります。ですが、お2人だけだと会場の場所は分からないので、自分が代わりに派遣されてきたというわけでありますよ」
テキパキといった感じで芝居が事情を説明した。ついでに芝居はなぜ周囲に生徒たちが全く居ないのかの理由も付け加えて説明してくれた。
何でも、「聖女がここに来るのはオフレコなので、光導姫と守護者以外の生徒たちは、さっさと帰らせたであります。万が一にも、聖女の姿を見られては厄介なことになるでありますから」という事らしい。なるほど、その配慮は確かに必要だなと2人は思った。
「それより時間がもうハチャメチャにないのであります。案内しますから、お2人とも走ってついて来てください」
「え? あ、はい!」
「任務了解よ」
そう言って走り出した芝居に、陽華と明夜は芝居の後を追ってまた走り出した。
今日は走ってばっかりだと2人は思った。
「はあ、はあ・・・・・・・何とか間に合ったね」
「そうね・・・・・・本当にギリギリだったわ」
息を荒くしながらも、何とか2人はファレルナの秘密の講演が行われる会場へと辿り着いた。
「それにしても・・・・・・・・・・・この学校凄いね。まさか地下にこんなところがあるなんて」
「さすが光導姫と守護者の為の学校だわ。普通学校に地下施設なんかないでしょ・・・・・・」
2人は天井や地下を見渡しながら思わずそんな言葉を呟いた。そう、何とファレルナの講演の行われる会場とは地下にある講堂のような場所だったのだ。
「第2体育館地下にあるこの講堂の場所を知っているのは、本校の光導姫と守護者。あと、一部の教員たちだけであります。それはそうとしてお2人とも、素早く席に着席してください。席は後ろの方が空いているはずであります」
芝居がまだ席の空いている後方を指差しながら陽華と明夜にそう言った。芝居は何でも前の方に席があるらしくここで一旦お別れという流れになるようだ。
「分かりました! 本当にありがとう芝居さん!」
「感謝感激雨あられね」
2人はそう芝居に礼を述べて、小走りで後方の席を目指した。途中、制服の違う2人を見た扇陣高校の光導姫や守護者たちが訝しげな表情を浮かべていたが、事情を説明している余裕はない。2人は最後尾の席に着き、そこに座った。
「すいません、お隣失礼します!」
「え? あ、ああはい・・・・・・・・・」
陽華は隣に座っていた黒い長髪の女子生徒にそう断って席に座った。明夜も陽華の隣に座る。
その瞬間、煌々と明かりの灯っていた講堂内の光が全て消えた。そしてスポットライトがパッパッと壇上を輝かせた。
光に照らされた壇上には、陽華と明夜のよく知っている人物が立っていた。
「――皆さん、お待たせしました。生徒会長の連華寺風音です。予定の時間となりましたので、講演会を始めようと思います。今回お話をしてくださる方は、皆さんもご存じのこの方です」
「わっ、見て見て明夜。風音さんだよ」
「分かってるわよ」
マイクで凛とした言葉を述べる風音を見て、2人はヒソヒソと言葉を交わした。周囲の迷惑にならないようにするためだ。
そんな陽華と明夜の姿を見た陽華の隣に座っている女子生徒は、訝しげな表情を浮かべていた。おそらく他校の制服を着ている事が引っかかっているのだろうと、2人はあまりその女子生徒の視線を気にしていなかった。
風音が壇上から退き、スポットライトの光の焦点に1人の少女が現れた。その少女の姿を見た生徒たちの間からどよめきが起こる。
むろんここにいる生徒たちは、今日ここに誰がやって来るのかを事前に聞かされていた。だが来るとは知っていても、実際にその少女の姿を肉眼で見た生徒たちこう思わずにはいられなかった。「本当に来たのか」と。
「わぁ・・・・・・・・・あれが本物の聖女様」
「美しいわね・・・・・・外見ももちろん可愛らしいけど、身にまとうオーラが綺麗な気がする」
それは陽華と明夜も同じだった。テレビや動画などでしか見たことのなかった人物がいま2人の目の前にいる。
「日本の光導姫、守護者の皆さん。初めまして、私はファレルナ・マリア・ミュルセールと申します。今回は皆さんとお話し出来る機会があると聞き、非常に楽しみにしていました」
スポットライトの光にプラチナの髪を輝かせ、光導姫ランキング1位の少女による講演会の幕が上がった。
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