第84話 聖女来日(3)

「・・・・・・・・・・ダメだ。思い返してみても唐突過ぎる」

 今までの経緯を思い返していた影人は、頭を横に振った。目の前の『聖女』と出会った事もそうだが、子犬を助けるために躊躇なく川に飛び込んだ行為も、影人の常識というか理解の範疇を超えている。

(おい、ソレイユ。お前んとこの1位言い方は悪いが頭大丈夫か?)

『直球ですね・・・・・ですが、あなたの気持ちも分かります。私もファレルナが川に飛び込んだ時は、呆気にとられましたし』

 ソレイユはため息を吐いて念話を続けた。

『見ての通り、ファレルナは信じられないくらい善意に満ちた子です。そして誰よりも優しい子でもある。・・・・・・・・・・ただ、ファレルナは気持ちを優先し過ぎる気があります。つまり考えるよりも先に行動してしまう。そこだけはファレルナの唯一の欠点であると言えるでしょう』

「かなりヤバイ欠点じゃねえか・・・・・・・まあ、奇跡的にケガしてなかっただけ今回はマシか。そう思うしかねえ・・・・・・」

 ソレイユからファレルナの欠点を聞かされた影人は、そう感想を漏らして橋を見上げた。いま影人がいるのは橋の下。ここから見た限り橋の高さは8メートル程。どうやら水深はあまり深くなかったようで、ファレルナは川に飛び込んで子犬を助けた後にすぐに浅瀬まで歩いてきた。ケガをする事もなく、溺れる事がなくて本当によかったと影人は心の底から思った。

(つーか、何で俺が心配をせにゃならんのだ。こちとら『聖女』といるだけでもアホほどリスク高いってのに・・・・・・・・・やっぱり逃げたくなってきた。胃が痛てえ)

 さすさすと影人が腹をさすっていると、子犬を抱えたファレルナが影人にこんな事を言ってきた。

「お兄さん、この子をどうしましょうか? 家族がいるなら、私はこの子を家族の元に届けたいのですが」

「・・・・・・・・・あのなあ、聖女サマ。そいつは現実的にかなり厳しい。その子犬、首輪も何もしてないだろ。つまり飼い犬か野良か分からないって事だ。俺たちに出来る事があるとすりゃ、警察にその子犬を届けてやることくらいだが、今はそれよりも聖女サマを会場に連れて行くのが優先だろう」

 ファレルナのその提案に影人は素直にそう答えた。この少女ならば、そんな事も言い出しかねないとは思っていたが、今はそれよりも遥かに高い優先事項がある。影人はその事をファレルナに伝えた。

「では、この子はどうするのですか? この子をこのまま置いて行くのは、とても悲しいです」

 影人の言葉を聞いたファレルナは、言葉通りとても悲しそうな表情を浮かべていた。子犬もファレルナを真似たのか「クゥーン・・・・・」とどこか悲しそうに鳴いた。

「別に置いていけなんて事は一言もいってねえよ。ただ、優先順位の問題だ。聖女サマを会場に連れて行った後、俺が近くの交番にその子犬を届けてやる。それでいいだろ」

 プイっとファレルナから顔を背けて影人はそう呟いた。また面倒な事になったが、もうここまで来れば影人も色々と諦めていた。それに子犬を置いていけといえば、この少女がこの場から動かないであろう事は容易に予想できる。その事態は避けるべきだろう。

「よろしいのですか、お兄さん? ありがとう――」

「ああ、じゃなきゃ聖女サマはこっから動かねえだろ。だから、しばらくはその子犬を抱えてやりな。あと、礼はいらん。もう腹一杯だ」

 ファレルナが今日何度目かになる感謝の言葉を口にしようとしたが、影人はどこかうんざりとした感じでそれを拒否した。元々、影人は多少捻くれているという事もあってお礼を言われるのは好きではない。それが『聖女』のお礼ならば尚のことだ。

「ほら、さっさと目的地を目指すぜ。聖女サマには本来道草食ってる暇はねえはずだろ」

「はい! ふふっ、私お兄さんについて分かった事があります。お兄さんはやっぱり、とても優しくていい人です」

 歩き始めた影人の横にやって来たファレルナが、ニコニコとした笑顔でそんな事を言ってきた。ファレルナから自分の評価を聞いた影人は、こう言葉を返した。

「・・・・・・・・・・・・けっ、聖女サマは人を見る目がないな。そいつはねえよ。俺はどっちかっていうと、自己中心的で面倒くさがり屋な人間だ」

 少し、ほんの少しだけその言葉に恥じらいのような感情が乗っていたような気がするのは、きっと気のせいだろう。

 少年と少女、そこに加わった1匹は目的地を再び目指し始めた。











「――では、君はファレルナ様を誘拐した者ではなく、ファレルナ様を助けてくれた者というわけか」

 とある小部屋。スキンヘッドに黒いスーツを来た男が日本語で確認をするようにそう言った。対面に座る影人は、スキンヘッドの人物が放つ圧をビリビリと感じながらも、しっかりと弁明の言葉を述べた。

「はい、誓ってそうです。私の言葉が信用できないのであれば、聖女サマに私の事をお聞きなさってください。ただ、私に聖女サマを助けたという認識はありません。私はただ道案内のガイドを務めただけです」

 背筋をしっかりと伸ばし、影人はハキハキとそう答えた。ここはファレルナの言っていた会場。その待ち合い室の内の1つなのだが、部屋にいるのが影人とスキンヘッドの人物。お互いが対面に座っているという事、その重苦しい雰囲気などから、この部屋はまるで取調室のような雰囲気と化していた。

(ぶっちゃけ、目の前のマフィアみたいな人は凄まじく恐いが・・・・・・・・・話を聞いてくれる人でよかったぜ。下手したら話も聞かれずに、速攻でブタ箱行きとかもありえたからな)

 子犬を川から拾い上げた後、10分ほどで影人たちは目的地である会場に辿り着く事が出来た。そして会場の周囲をファレルナの警護の人々が探し回っていたと言うこともあり、ファレルナはすぐさま彼らに保護された。

 警護の人々やファレルナの関係者はそれはそれは安堵していたが、問題はそのファレルナと一緒にいた謎の前髪野郎、つまり影人が何者であるかということだった。

 当然ながら、ファレルナと一緒にいた影人は警護の人々たちに警戒され、数人の厳つい黒服たちに周囲を包囲された。影人が内心「死んだな俺」と諦めていると、その中のリーダー格のスキンヘッドの人物――つまりいま影人の目の前にいる人物だが――に日本語で部屋に来るように言われたのだ。影人は素直にどうしてファレルナと一緒にいるのか、なぜここに来たのかの理由を全て話し終え、今に至るという訳である。

「そうか・・・・・・・む? 少し待ってくれ」

 スキンヘッドの男が唸るように一言そう呟くと、携帯の着信音が響いた。スキンヘッドの人物はスマホをスーツの内ポケットから取り出し、影人に左の手のひらを見せると電話に出た。

もしもしプロント、私だ。ああ、いま事情聴取は終わったところだ。そちらは・・・・・・なに? そうか、ではやはり・・・・・・・・・・」

 男は何やら外国語で(ファレルナはヴァチカンから来たのだから、影人はたぶんイタリア語だと思った)電話を数分しながら、やがてその電話を切った。

「すまなかった少年。違う部屋でファレルナ様から事情を聞いていた者から連絡があった。どうやら、君の言っている事は本当で、ファレルナ様は君にとても感謝しているようだと言っていた。尋問のような事をしてすまなかった。心から謝罪する」

「いえ大丈夫です、そちらもお仕事でしょうから。それよりと言ってはなんですけど、聖女サマが一時でも失踪していたって事は、そのどうなされるんですか?」

 謝罪の言葉を口にした男性に、影人は理解の言葉を返してそう質問した。影人のこの質問は少し抽象的だったが、スキンヘッドの男性は正しく影人の言葉を理解したようにこう述べた。

「それに関しては心配しないでくれ。まだファレルナ様が失踪していたという事は日本政府には伝えていない。あと少しして戻られなかったら、連絡するつもりだったんだが、幸い君がファレルナ様を連れてきてくれた。それに今回の事はこちら側の落ち度だ。その事で日本政府を責めるつもりはないよ」

「そうですか、それはよかったです」

 男性の言葉を聞いた影人は、ホッとしたように息を吐いた。よかった、どうやらファレルナの失踪の事はマスコミなどには報道されていなかったようだ。

(よかったぜ。別に俺は愛国者でも何でもないし、そこら辺はどうでもいいんだが、テレビとかで報道されてたらかなり面倒くなってた。まあ、この人たちも失態は出来るだけ隠したいんだろうが、本当よかったぜ・・・・・・)

 もしマスコミなどにその事が報道されていれば、ファレルナと一緒にいた影人にも注目が集まっていた事だろう。目立ちたくない前髪野朗からすれば、それは地獄以外の何者でもない。だから、影人は安堵しているというわけだ。

「では、私はこれで失礼してよろしいのでしょうしか? もう私と話される事はないと思うのですが・・・・・・・」

 普段の口調ではなく、他所行きの丁寧な言葉で影人はそう確認を取る。自分がただの無害な一般人だと分かったのならば、もうここにいる理由はないはずだ。

「ああ、と言いたいところだが、まだ少し待ってくれないだろうか? 何でもファレルナ様が改めて君にお礼を言いたいらしい。もう少しすれば、ファレルナ様が来られるはずだ」

「は、はあ・・・・・・・とりあえず了解しました。では、もう少し待たせていただきます」

ありがとうグラッツェ。少年、個人的に私は君にとてつもなく感謝している。君がファレルナ様をここに連れて来てくれるのがあと数分遅れていれば、私は職を失っていた。君は私の恩人だ」

 ファレルナが来るまでの間、目の前の男性は影人にそう言ってきた。その顔は先ほどまでとは違い、少し柔らかくなっている。その表情を見た影人は場の空気が一気に緩まったのを感じた。

「そんな大げさ・・・・・ではないですね、お兄さんのお立場なら。見たところ、お兄さんはSPですもんね。なら、信用があなたの職に直結する・・・・・・・・ですよね?」

「ジーノでいい少年。それが私の名だ。君の指摘の通りだよ。私の業界は信用が第一。ましてや、今回の護衛対象は今や世界に名だたる『聖女』。その対象が失踪したと世間に広く知られれば、私の信用は完全になくなる。つまり職を失うのと同義だ。だから、君は正しく私の恩人だよ」

 ジーノと名乗ったスキンヘッドの男性が、影人の言葉を肯定した。名前を教えてくれた事がきっかけというわけではないが、影人は先ほどからジーノにある種の気安さを感じていた。

「お力になれたようでよかったです、ジーノさん。そう言えば、ジーノさん日本語お上手ですね。どこかで習われたんですか?」

 影人も少し表情を崩して、そんな質問をジーノに投げかけた。ファレルナの場合は実際のところ、日本語かオカルトかは分からないが、この人はちゃんと日本語を話している、はずだ。

「ああ、私はこう見えて日系のイタリア人なんだ。だから日本人の母から日本語を教えてもらった。こちらで言う所のハーフになるかな。ありがたいことに、日本語を習得していた事も関係して今回の仕事が来たんだ。全く、人生は何が役立つか分からないものだよ」

「へえ、そうだったんですか・・・・・・・」

 ジーノの意外な事実に影人は軽く前髪の下の目を見開いた。すごくゴツいから純粋な外国人だと思っていたのだが、まさか日本人とイタリア人のハーフだとは思わなかった。どうやら、父方の遺伝は体型に現れたようだ。

 それから影人は少しだけジーノと他愛のない話をしていた。すると、コンコンとノックの音がドアから聞こえてきた。ジーノが「どうぞ」と言葉を返すと、ガチャリとドアが開かれた。

 部屋に2人の人物が入って来る。1人はファレルナ、もう1人は彼女に付き従うスーツ姿の女性だった。

「こんにちは、お兄さん。先ほどぶりですね」

「ああ、そうだな。ちゃんと服は着替えたのか聖女サマ。川に飛び込んだから、ずぶ濡れだっただろ」

 ニコリと笑顔を浮かべたファレルナに、影人は口調をある程度戻してそう言った。ファレルナは自分の砕けた口調をもう知っている。なら今更恭しい言葉を話す必要はないだろうと判断したのだ。

「大丈夫ですよ。アンナさんが替えの服を持ってきてくださったので」

 そう言って、ファレルナはクルリとその場で回って見せた。先ほどの衣装とあまり変わっていないように思えるが、よく見ると先ほどのドレスよりも肌の露出が少しだけ増えている。多少は涼やかな衣装になったというわけか。

「そうか・・・・・・・・あれ? 聖女サマ、あの子犬はどうしたんだ? 俺が近くの警察まで連れてくって話だったと思うんだが・・・・・」

 影人はファレルナにそんな質問を投げかけた。てっきり子犬を影人に引き渡す為にも、この少女は再び自分に会いにきたと思っていたのだが。

「それについてはご心配なく。あの子犬については私たちが日本の警察に届けますから」

「は、はい・・・・・・・?」

 ファレルナに付き従っていた女性が影人に向かって言葉を放ったが、影人には女性が何を言っているのか理解出来なかった。なぜなら女性が話した言語は日本語ではなかったからだ。

「シスター、イタリア語は彼に通じませんよ。少年、私が翻訳しよう」

 困ったような顔を浮かべている影人を見かねてか、ジーノが助け舟を出した。ジーノはシスターにイタリア語でそう言って、日本語で影人にスーツ姿の女性(ファレルナのお付きの修道女であるアンナ)が言った言葉を翻訳した。

「あ、そうですか。では、そちら側に対応をお任せしますとお伝えしてくれますか? ジーノさん」

 ジーノからアンナが何を言っていたのか教えてもらった影人は、ジェスチャーとして首を縦に振って見せた。子犬の対応に関しては向こうがすると言っているから、影人は素直に向こうに対応を任せる事にした。

「ああ、わかった」

 それからジーノはアンナに影人の言葉を伝えた。アンナも影人の言葉を了解したようで、コクリとその首を縦に振った。

「――お兄さん、今日は本当にありがとうございました。お兄さんがいなかったら、私は再びここに戻って来る事は出来ませんでした」

 会話が一区切りした辺りで、ファレルナが丁寧に頭を下げた。そのファレルナの姿に影人は思わずため息を吐いてしまった。

「・・・・・・・なあ、聖女サマ。礼はもういいって言ったはずだぜ。別に俺はあなたにそこまで感謝されるいわれはねえよ。だから頭を上げてくれ」

 ガリガリと頭を掻いて斜めの方向を向きながら、影人はファレルナに言葉を放つ。影人の言葉を聞いたファレルナは影人に言われた通り、その面を上げた。

「では、お兄さん。私があなたに対して出来る事はありますか? 私が出来る事であるならば、何でも仰ってください」

「っ!? ファレルナ様、そのようなお言葉は・・・・・・・・・・!」

 ファレルナのその言葉にアンナが反応した。アンナはその言葉が危険だと思ったからだ。アンナもファレルナを連れてきたこの少年にはとても感謝しているが、この少年がどういった人物かまでは分かっていないのだ。

 アンナの危惧はお付きとしては当然のものだった。もしこの少年が、下衆な欲望に忠実な人物であれば何を要求するか分かったものではないからだ。

 だが結果として、この前髪に限ってはそんな心配はいらなかった。

「さっきも言ったろ。聖女サマが俗なこと言うなよ。だけど、何にもお願いなしじゃ逆に聖女サマが気負っちまうか。・・・・・・・・そうだな。なら――」

 アンナの厳しい視線とジーノの視線を感じながら、影人はその願いを口にした。

「1つ俺のために祈ってくれよ。明日も健やかに過ごせるようにってさ。聖女サマの祈りなら間違いないだろ」

 フッと口元を緩めて、影人はしゃがみその目線をファレルナに合わせた。影人の願いを聞いたファレルナは満面の笑顔でこう言った。

「はい! それでしたら私にも出来ます。お祈りは毎日していますから。では、今日はお兄さんの明日を願ってお祈りを捧げます!」

「そうか。ありがとうよ、聖女サマ。じゃあ、これでお別れだな」

 影人は感謝の言葉を口にすると立ち上がった。そしてドアを開けて部屋から出ようとすると、後ろからジーノが声を掛けてきた。

「少年、出口まで送っていこう。しかし、君は幸運だな。ファレルナ様に祈ってもらえるなんて」

「ありがとうございます。ええ、そうですね。多分ですが、1番贅沢なお願いじゃないでしょうか」

 影人のファレルナに対する気遣いを理解した上で、ジーノが茶化したようにそんな事を言ってきた。影人もジーノの茶化した言葉を理解した上で、そんな答えを返した。2人ともその口元は緩んでいる。

「あ、あの!」

「ん・・・・・・・?」

 影人がジーノと一緒に部屋を出て行こうとすると、ファレルナのお付きであるスーツ姿のアンナが影人を呼び止めた。アンナはジーノのように日本語は話せないのでその言葉は当然イタリア語だった。

「ア、アリガトウ!」

 片言ではあったが、アンナはそう言って影人に頭を下げた。短い片言の日本語であったが、影人はその言葉に込めらている気持ちを確かに受け取った。

「いえ、こちらこそ。ありがとうグラッツェ

 「ありがとう」と言う言葉に「ありがとう」と言葉を返すのも変な話ではあるが、影人は自分の知っているイタリア語でアンナにそう言葉を伝えた。














「ったく、今日はとんだ休日になっちまったな」

 ファレルナを送った会場からの帰り道。自転車に乗りながら影人は1人そんな事を呟いた。

『お疲れ様でした影人。私からもお礼を言います』

「別にいいよ。お前から礼を言われても嬉しくねえ。それよか、もう2度とあの不思議ちゃんには関わりたくないな。疲れるったらありゃしねえ・・・・・・」

 頭の中に突然響いてきたソレイユの声を平然と受け入れながら、影人はそれは疲れたような口調でそう言った。まあ、もうファレルナに関わる事はないと思うが、それでも影人はそんな言葉を口に出さずにはいられなかった。

『確かにあなたはそう思ったのでしょうが・・・・・・ファレルナの事をどうか嫌いにはならないでいてあげませんか? あなたには理解し難い所もあるかもしれませんが、彼女は本当にいい子なんです』

「嫌いなんて言ってないだろ。ただ疲れたってだけだ。それに何回か言ったと思うが、俺は別に聖女サマが嫌いな訳じゃない、ただ苦手なだけだ。今日多少関わって、あの子が完全な善人な事は確認できた。だから嫌いにはなってねえよ」

 不安そうなソレイユの声に、影人はいつも通りの砕けた口調で言葉を続けた。関わりたくない=嫌いなのではない。関わりたくない=面倒なだけだ。 

「じゃあ、もう会話切るぜソレイユ。今日は色々と疲れてんだ。詳しい話がしたいってならまた後日でいいだろ」

 肉体的にも精神的にも疲れた影人は、ソレイユにそう言った。今は喋るのも億劫だ。

 そんな影人の状態を理解していたソレイユは、素直に影人の言葉を受け入れた。

『分かりました。では私はこれで失礼します。また何か仕事がある場合に連絡しますね』 

「おうよ、了解だ」

 ソレイユとの念話を打ち切った影人は、自転車のペダルを漕ぐスピードを少しだけ速めた。出来るだけ早く帰って休みたいからだ。

(・・・・・・・・・・帰城影人おれとして、聖女サマに関わる事はもうない。いや、もうないと思いたい。だが、スプリガンとしてはまたあの子に関わるかもしれないな)

 自分のもう1つの顔――スプリガンとしての思考から影人はそんな事を思った。

「・・・・・・・・・・スプリガンとしての俺に会った時、あんたはいったいどんな対応をするのかね?」

 敵対か和平の姿勢か。そこに少しだけ興味を覚えながら、影人は自転車を漕ぎづつけた。

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