第82話 聖女来日(1)
7月13日土曜日、日本時間12時15分。この日、『聖女』ことファレルナ・マリア・ミュルセールが日本の東京に来日した。ヴァチカン政府専用機に乗って、ファレルナが到着した空港には凄まじい数の人々が訪れていた。
「聖女様ー! ようこそ日本へ!」
「ああ、神々しい・・・・・・・!」
「すみません聖女様! 目線をこちらにいただけますかー!」
空港に押しかけたファンやテレビのカメラなどの声が空港内に響きわたる。厳重に警護されているファレルナは、上品に手を振りながら周囲の人々に笑顔を向けた。
「ファレルナ様。この後のご予定ですが、まずは日本の首相と面会。そして一旦、日本側が用意してくれたホテルに移動します。後は明日の予定を打ち合わせしつつ、夜にホテルで開かれるパーティーにご参加というものになります」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
ファレルナの警護の1人――黒いスーツに身を包んだスキンヘッドのイタリア人男性が、ファレルナに今日の予定を改めて伝えた。
「それにしても日本の皆様の笑顔、素敵ですね。私などが来て笑顔になってくださるのは、本当に嬉しいです」
ファレルナは見る者全てに感動と暖かさを感じさせるような笑顔でそう呟いた。
(・・・・・・・それはそうだろう。今や世界に『聖女』を知らない人間はいない。2年前のあの「奇跡」を起こした方が来ているんだ。熱心な信者ならば、『聖女』を一目見ただけで、喜びのあまり失神する者もいるくらいだ)
スキンヘッドの男性はファレルナの呟きを聞いて、内心そんな事を思った。この少女は己の存在を過小評価し過ぎている気がする。もはや『聖女』という存在は国際社会に絶大な影響力を持つ存在になっているというのに。
「ああ、そうだ。1度日本の教会でもお祈りを捧げてみたいですね。ふふっ、楽しみな事がいっぱいです」
スキンヘッドの男性のファレルナに対する評価の事など露知らずに、ファレルナはどこにでもいる少女のように、日本という外国にやって来たことを楽しみにしていた。
「見ろ、陽華、明夜。光導姫ランキング1位が遂に日本にやって来たぞ」
風音の持って来たタブレットで、空港に降り立ったファレルナの映像を見ながら、アイティレはそう呟いた。
「うわ、聖女様だ。分かってはいたけど、本当に日本に来たんだ・・・・・・」
「何というか後光が見える気がするわ。神々しい光ってる。そんな気がビンビンするわ」
タブレットの映像を見た陽華は現実味がなさそうにポカンとしたような表情になっていた。一方、明夜は相変わらず見た目クールビューティーなくせに、その発言はやはりどこかアホっぽかった。
「あはは、明夜ちゃんの言う事もわかるわ。私も家の都合上、神聖な雰囲気とか清い空気とかにはよく関わるんだけど、彼女の纏う雰囲気はそれと一緒な感じがするのよね」
明夜の感想を聞いた風音がポニーテールの髪を揺らしながら、明夜の感想に同意した。その顔はどことなく楽しそうだ。
ファレルナが来日した今日は土曜日。だいたい陽華と明夜が風音かアイティレと模擬戦を行なっている日である。だが、今日は色々と特別な日であるという事で模擬戦は中止になった。
代わりと言ってはなんだが、陽華と明夜は風音とアイティレと共に扇陣高校の生徒会室にやって来ていた。風音の持ってきたタブレットを応接用のテーブルの真ん中に置き、4人はニュースの中継映像を見ているといった感じだ。
むろん、その映像を見ているのには理由がある。それはアイティレも言ったように、今日来日した『聖女』、ファレルナ・マリア・ミュルセールが光導姫ランキング1位に位置する少女でもあるからだ。
「家の都合上? 風音さんの家っていったい・・・・・・・?」
「あ、そういえば言ってなかったね。私の家、神社なの。名字は『連華寺』で寺なのに、おかしいでしょ? で、私も小さい時から神社の行事とかには関わって来たから、そういう雰囲気はちょっと分かるかなって感じなの」
不思議そうな顔をしていた陽華に、風音はそう説明を行った。この名字が寺なのに実家が神社という矛盾のようなものは、一応風音の数少ない話題提供の1つでもあるのだが、それはそれだ。
「え、風音さんの家神社何ですか!? よかったらどこか教えてもらっていいですか? 初詣絶対に行きますから!」
「む? という事は元旦は風音さんも実家を手伝う可能性が大。ならば必然風音さんの巫女服姿も見れるのでは・・・・・・・・・よし、カメラ用意しておこう」
「あ、はは・・・・・・それはまた後で教えてあげるけど、明夜ちゃん別に私の巫女服姿は、私が光導姫形態の時に何回も見た事あるよね? 確かに私お正月は巫女服着てるけど・・・・・だから光導姫の時とあんまり変わらないよ?」
なぜかひどく真剣な表情になった明夜に、風音は少し冷や汗を流しながらそう聞いた。なぜ、明夜は自分の巫女服姿を写真に収めたいのか、はっきり言って理解不能だった。
「ふふふっ、それはそれですよ。光導姫の時じゃないプライベートな風音さんの巫女服姿に意味があると私は思います。光導姫として憧れの先輩の1人である風音さんの可愛いらしい姿を撮って、私の部屋に飾ります」
「え、ええ・・・・・・・・・・」
続けられた明夜の言葉に、今度こそ風音は困惑した。分かっていたが、明夜は風音の友人である
「こら明夜! 風音さんが困ってるでしょ! 全く今日はいつも以上にアホっぽさがひどいよ!」
「誰がアホよ!?」
明夜の横に座っていた陽華が少し怒ったような顔でそう割って入った。親友のその言葉に明夜は反射的に大体いつもと似たような言葉を返した。
「・・・・・・・・・・お前たち、賑やかなことも結構だが、今は――」
今までの流れを静観していたアイティレがどこか呆れたような表情で言葉を紡ごうとした。だが、アイティレの言葉が紡がれる前に、陽華がアイティレにこんな事を言ってきた。
「あ、アイティレさんもしばらくは日本にいますよね? だったらお正月は私たちと一緒に風音さんの神社に初詣行きませんか? 絶対楽しいですよ!」
「あ、それはナイスアイデアね。アイティレさんの振り袖姿・・・・・・絶対に美しいわ。アイティレさん、ぜひ行きましょう」
「む? そ、それは別に構わないが・・・・・・」
陽華と明夜の突然すぎる誘いに、アイティレは戸惑ったように、だがほんの少しだけどこか嬉しそうな顔になった。
「あはは、なら来年のお正月は私も頑張って巫女をやらなきゃね。正直に言うと正月の巫女の仕事ってけっこう忙しいから、私あんまり正月は楽しみじゃなかったんだけど、来年はちょっと楽しみになりそう」
どうやらアイティレも風音の神社に初詣する予定になったようなので、風音はそう言って3人を歓迎するような言葉を述べた。言葉通り、風音は来年の元旦が今からでも少し楽しみになってきた。
「そうか、それはいい事――ッ、それよりもだな。今日私たちがこうして映像を見ている、そもそもの話に戻るべきではないか?」
一瞬、陽華と明夜たちに流されてしまったアイティレだったが、途中で中断された自分の言葉を思い出し、そう言葉に放った。アイティレの言葉を聞いた3人は確かにといった感じの表情を浮かべた。
「すみませんアイティレさん。ついつい楽しくって・・・・・・」
「返す言葉もないです・・・・・・」
「うん、アイティレの言う通りね。ごめんなさい、ちょっと話が逸れ過ぎちゃった」
「別に責めてはいないし、怒っているわけでもない。そこは勘違いしないでくれ。私も話自体は楽しく聞いていた。ただ、そろそろ話を元に戻すべきかと思っただけだ」
陽華、明夜、風音の謝罪の言葉に、アイティレはフルフルと首を横に振った。アイティレは生真面目な性格だが、友人たちの本題から少し逸れた話を無駄だとかは決して思っていなかった。
「確か『聖女』様はまだ15才でしたよね? すごいですよね、私たちよりも年下なのにランキング1位って」
「風音さんが4位でアイティレさんが3位だから、当然ですけど『聖女』様は2人よりも強いってことですよね?」
早速といった感じで陽華と明夜はファレルナに関する思いや質問を述べた。その2人の言葉にファレルナと面識がある風音とアイティレは、お互いの顔を見合わせた。
「うーん、彼女の場合は強いって言うよりも・・・・・・・・」
「ファレルナの場合は戦闘力よりも、その桁外れの浄化力が凄まじいと言えるな。多分だが、戦闘技能においてはファレルナよりも私の方が上だろう」
「「桁外れの浄化力・・・・・・・・?」」
アイティレの言葉を聞いた陽華と明夜は揃ってその首を傾げた。2人のその反応を見たアイティレは、「そうか。2人はまだ新人だからその辺りはまだ詳しくはないのか」と言って2人に説明を行った。
「基本的に光導姫のタイプは3種類に分けられる。まあ、あくまで基本で中には特殊なタイプの光導姫もいるが、今はその話は置いておこう。まず1種類目は、浄化力よりも戦闘能力が高い光導姫。私はこの分類に当てはまる。おそらくだが、陽華もそうだと思う。このタイプは近接寄りの光導姫が多いな」
アイティレは右の人差し指を1つ立てて、説明を続けた。
「2種類目は、戦闘能力よりも浄化力が高い光導姫。この分類にファレルナが当てはまる。このタイプには遠距離戦を得意とする光導姫が多いから、明夜はこのタイプだと感じる。浄化力というのは、闇奴や闇人を浄化する力の強さだと思えばいい。この力が強ければ強いほど、闇奴や闇人の浄化は早く完了する。そして、ファレルナはその浄化力の桁が文字通り違う。ただの闇奴程度ならファレルナの前に立っただけで浄化されるほどにな」
「「・・・・・・・・・・・」」
アイティレの話を聞いていた2人はポカンと口を開けていた。立っているだけで闇奴を浄化? 陽華と明夜にはアイティレの言葉はちょっと信じられなかった。
「うん、まあ2人の気持ちは分かるわ。私もファレルナの話を聞いた時は信じられなかったから。・・・・・・・・まあ、でもこれが本当の話なのよね。それほどまでにファレルナの浄化の力は凄いの。それがファレルナがランキング1位である理由かな」
2人の顔を見た風音が苦笑しながらそう言葉を付け加えた。何度かファレルナと共に戦ったこともある風音はその力の一端を垣間見たのだ。
「ということだ。ちなみに3種類目だが、3種類目はいわゆるバランス型だ。戦闘能力と浄化力のバランスが均衡している。風音がこのタイプだ。そういえば、日本語でバランス型を表すような言葉があったな。確か・・・・・・・器用貧乏だったか?」
「ちょっとアイティレ。それどっちかって言うと、悪口よりの言葉なんだけど」
隣に座っているアイティレの言葉を聞いた風音がムッとしたような顔でアイティレに抗議する。風音の抗議にアイティレは、「む、そうだったのか。それはすまなかったな」と言って素直に謝罪した。
「はえー・・・・・・やっぱり聖女様って凄いんですね。そういえば、2人は聖女様のことをお名前で呼んでいるって事は聖女様とお知り合いなんでよね? どんな人なんですか?」
「ああ。私と風音がファレルナと初めて会ったのは、2年前の光導会議が最初だ。それから何度かファレルナと共に戦ったことなどもあって顔見知りくらいにはなっている。ファレルナの人となりはと言えば・・・・・・・2人が知っているファレルナのイメージのままだ」
「そうね。私たちより年下なのに、すごく優しくて慈愛に溢れた子よ。それこそ世界で言われてる『聖女』みたいにね」
「ちなみにファレルナの光導姫名である『聖女』はそこから来ている。名付けたのはソレイユ様だ」
アイティレと風音からファレルナの事を聞いた陽華と明夜は、興味深そうにその瞳を輝かせた。
「へえー。やっぱり聖女様は聖女様なんですね。いいなー、私も1回聖女様に会ってみたいですよ」
「それなら私だって会ってみたいわよ。確か聖女様が日本にいる期間は1週間だったわよね。同じ東京にいるんだし、どっかでばったり会わないかしら」
年頃の少女らしく有名人に会いたいという気持ちも完全にないとは言えないが、陽華と明夜は1人の光導姫としてファレルナに会ってみたいと思った。一応2人はランキング1位というものを目標にしている。だから、現ランキング1位というものに実際に会ってみてその力量の差を知りたいと思ったのだ。
「うーん、それは難しいかな。今回ファレルナは国賓として日本に招かれてるし、偶然会うにしてもここら辺は東京の郊外だから」
「「ですよねー」」
風音の指摘に2人は揃ってそう言った。別に2人ともファレルナに会いたいが、本気で会えるとは思っていなかった。
「あ、そう言えば私アイティレさんと同じタイプなんだって明夜。浄化力より戦闘能力が高いタイプ! 言われてみれば体動かす方が性に合ってるし納得だよ」
「ふふん、それをいうなら私は聖女様と同じタイプよ陽華。戦闘能力よりも浄化力が高いタイプ。まあ、クレバーな私はゴリラな陽華と違ってそうなってしまうでしょうね」
「誰がゴリラ!? あと、明夜がクレバーなわけないでしょ! 明夜はアホなんだから嘘はダメだよ!」
「だから誰がアホよ!?」
ファレルナに関する話もひと段落したこともあってか、陽華と明夜は先程アイティレが言っていた光導姫の分類についての事を話し合っていたのだが、なぜか途中から軽い言い合いになっていた。といっても、本気の口喧嘩などではなく、親友特有の言い合いだと風音もアイティレも理解しているから、2人は微笑ましいような気持ちでその言い合いを聞いていた。
「やはり陽華と明夜はこうでないとな。また前を向いてくれて何よりだ」
「本当にね。あ、そう言えばあなたの所にも手紙は届いたアイティレ? あの光導会議に関する手紙」
アイティレの言葉に同意しつつ、風音はそんな事を隣のアイティレに問いかけた。風音の元にソレイユからの手紙が届いたのはつい昨日の事だ。
「ああ昨日の夜に届いた。今年の光導会議は延期されて8月に開かれることになったというあれだろう。まあ、今年は色々と特殊な年だからな。ソレイユ様もお忙しいのだろう」
「やっぱりそうよね・・・・・・・今年の光導会議は例年より長引くのは確定だし。話さなきゃならない議題が多すぎるもの」
陽華と明夜は未だに軽い言い合いを、アイティレと風音は手紙と光導会議のことについてそれぞれ話し合っていた。
するとそんな時、生徒会室の扉が開いて1人の少女が入室してきた。
「おお、皆さん。どうしたのでありますか。この時間はだいたい第3体育館におられるはずでは?」
その少女は少し短めの髪を揺らしながら首を傾げた。しかし、その表情は無表情である。
「あれ、芝居? 確かにいつもならそうなんだけど、今日はランキング1位が来日するという事もあって模擬戦は中止にしたの。それより、あなたはどうしたの? 基本的に芝居は土曜日の学校なんかに来ないんじゃ・・・・・・?」
「実は少しヤボ用がありまして、面倒ながらも学校に足を運んでいたのでありますが、自分が学校に来ているのを不幸にも校長に見つかったのであります。で、ついでに会長に連絡を頼まれてくれと言われまして、まずはここに足を運んだのであります」
不思議そうな風音に芝居は変わらず無表情でそう言った。無表情である事に変わりはないのだが、その言葉からは「面倒だ」という気持ちが見受けられたような気がした。
「それで
「問題ありませんよ
「光導姫だからだと・・・・・・?」
明夜と芝居の奇妙な共鳴を無視して、アイティレがその眉を寄せた。という事は、その連絡は光導姫に関する連絡ということか。
「それで芝居。その連絡ってなんなの?」
風音が改めて芝居にその連絡の内容について問いかけた。芝居は何でもないような口調でその連絡を行った。
「実は明後日、つまり月曜日に――おや? ちょうどタブレットに映っておいででありますね。この方――光導姫ランキング1位が当校に訪問してくださる事になった、とのことであります」
途中で風音の持ってきたタブレットに映る少女――ファレルナを指差しながら芝居はそう言った。
「「「「!?」」」」
そのとんでもない連絡に、芝居以外の4人はその目を大きく見開いた。
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