第79話 迫る会議、神々の会合

「――やめだ。2人とも今日の模擬戦はここまでとする。・・・・・・理由は分かっているな」

「「っ・・・・・はい」」

 変身したアイティレの言葉を聞いた陽華と明夜は、沈んだ顔でただ一言そう返した。

 場所は扇陣おうじん高校の第3体育館。だが周囲の光景は体育館のものではなく、見渡す限り一面の白い光景だ。『メタモルボックス』を使い、体育館の中を模擬戦用の広い部屋に変えているためである。

 今日は週末。今までは風音が陽華と明夜に稽古をつけてくれていたのだが、前回か前々回辺りからアイティレも2人に稽古をつけてくれるようになっていた。そのような事情もあり、今日はアイティレが陽華と明夜の相手をしていたというわけである。 

「2人とも戦いに集中できていない。そんな状態で戦っても鍛錬の意味はない。・・・・・・・・・お前たちが集中できていない原因はだいたい分かっている。この前のスプリガンの発言のことだろう」

「「っ・・・・・・・・・・!」」

 アイティレがスプリガンの名前を出した直後、陽華と明夜の顔色が明確に変わった。主に暗い顔色へと。

「スプリガンのあの宣言は、奴を信じていたお前達からすれば、ショック以外のなにものでもなかった。陽華、明夜、お前達は未だそのショックから立ち直れずにいる。その結果の1つが今の模擬戦の不甲斐なさだ」

 アイティレは敢えて厳しく言葉を紡いだ。その容赦のないどこまでも正しい指摘に、2人はその顔色と同じような暗い声でこう答えた。

「・・・・・・アイティレさんの言う通りだと思います。私はスプリガンのあの冷たい言葉を聞いてから、どこか力が抜けたような、虚脱感って言うんでしょうか? とにかく全部の事に身が入らないんです」

「・・・・・・私も陽華と似たような感じ、だと思います。別に私たちは勝手にスプリガンを信用していただけなのに、彼にああ言われてから、私はずっと心のどこかが暗いんです。・・・・・・・・・ぶっちゃっけた話ですけど、たぶん今まで生きてた中でトップクラスにキツイ感じです、私」

 陽華と明夜は今の自分たちの素直な本心をアイティレに吐露した。アイティレに指摘された通り、スプリガンのあの宣言のせいで2人は模擬戦にも全く集中できなかったのだ。

 陽華と明夜はスプリガンから攻撃された時でも、スプリガンを信じていた。それは今まで何度も2人がスプリガンに助けられたからだ。明夜の言ったように、2人はいつからか勝手にスプリガンを信じていたのだ。彼の口から味方であると聞いた事もなかったのに。

 だがこの前の戦いの時、スプリガンは初めて自分の立ち位置を宣言した。スプリガンが光導姫などを助けていたのはスプリガンの目的のため。そしてもし光導姫や守護者がスプリガンの邪魔になるようなら、敵対するといったもの。それがスプリガンの立ち位置。

 つまり、場合によってはスプリガンは陽華や明夜たちと戦う事になるかもしれないという事だ。

「「・・・・・・・・」」

 その事実が陽華と明夜の心をえぐる。言葉とは残酷なものだ。声に出されただけで、2人の「スプリガンを信じる」といった気持ちはガタガタになってしまった。

「・・・・・・とにかく、今日の修練はこれで終了だ。お前たちの気持ちは分からなくもないが、1つ忠告しておく。もしその状態のままで戦場に立てば、何の比喩でもなく・・・・・・・・死ぬぞ」

 沈黙している2人にそう言い残して、アイティレは『メタモルボックス』を解除した。そして自身も変身を解除して足早に体育館を去っていった。

「・・・・・・アイティレさんの言う通りだね明夜」

「そうね。・・・・・・・・全くもって正論だわ。いっそ残酷なまでに」

 変身を解除した2人はしばし体育館の中央にただずんでいた。









「模擬戦は終わったぞ、風音」

「ありがとうアイティレ。あれ、でもかなり早くないかしら? あなたたちが第3体育館に行ってまだ20分くらいしか経っていないけど」

 生徒会室の扉を開けて入室してきたアイティレに、生徒会長の席に座っていた風音はキョトンとしたような顔でそう聞いた。

 風音の問いかけに、応接用のソファーに腰掛けたアイティレはため息を吐きながら返答した。

「ああ、これ以上はやっても無駄だと判断した。やはりと言うべきか、スプリガンの敵対宣言が効いているようだ。修練に身が入っていない」

「っ・・・・・・・そう、やっぱりそうなってしまったのね」

 アイティレの答えを聞いた風音は沈痛な表情を浮かべた。無理もない、風音は陽華と明夜がスプリガンの事を信じていた事を知っている。2人は信じていた人からああ言われたのだ。きっと辛いだろう。アイティレとの修練に身が入らないのも分からなくはない。

「・・・・・・・・・・・・私は不器用だからな、落ち込んでいる2人に優しい言葉は掛けてやれなかった。私に出来たのは忠告くらいだ」

「それも必要な言葉よ、アイティレ。あなたの2人を心配する気持ちはきっとあの子たちに伝わってる。今の私たちに出来ることは、ただ寄り添う事だけ。結局の所、立ち直って前を向くのは本人にしか出来ないから」

 数日前に影人が光司に言ったような事を、奇しくも風音は呟いた。別に偶然というわけでもない。ただ、それしか方法はないというだけだ。

「・・・・・・・そうだな、現実とはかくも厳しい。だが、それでも立ち上がる強さがあの2人にはあると、私は信じている」

「うん、そうね。時間は少し掛かるかもしれないけど、2人はまた前を向いてくれるわ。私も信じてる」

 風音もアイティレも、陽華と明夜との付き合いはつい最近からだ。だが、彼女たちの心の強さは知っているつもりだ。あの2人は風音との模擬戦でも、アイティレとの模擬戦でも決して弱音は吐かなかった。何度倒されても向かってくる気骨があった。

「話は少し変わるが、今回の光導会議の主題は奴の・・・・・スプリガンの事になりそうだな」

「・・・・・・・・たぶんね。例年通りなら光導会議は7月、つまり今月中に開かれるはずだけど、今回の出席者はどうなるかしらね」

「さあな。前回の欠席者は『聖女せいじょ』と『歌姫うたひめ』、後は『芸術家げいじゅつか』だったか。まあ、この3人に関しては仕方がないところはあるがな」

だものね、彼女たち。中々スケジュールが合わないんでしょう。ああ、そうだ。『聖女』と『歌姫』と言えば、夏に日本に来日するってニュースで見たわ。正確な日にちはまだ出ていなかったけど」

 アイティレの振った話題に、そう言えばと風音がそんな事を言った。夏ということは、少なくとも7月中か8月には日本にやって来るということだ。

「・・・・・・それはまた凄まじい偶然だな。12が同時期に日本にやって来るとは」

「それをいうなら、ランキング3位のあなたも日本にいるけどね。でも、そうなると戦力の過剰集中が少し気になる感じだけど」

「そこらの事情はソレイユ様が考えておられると思うがな。しかし、スプリガンの事といい、最近の最上位闇人の出現頻度にレイゼロールの出現といい、いまや日本、とりわけこの東京に事態が集中している。その辺りの事情も加味すれば、一時の事とはいえ、戦力の過剰集中とは私は思わないがな」

「そう言われればそうかもだけど・・・・・・難しいところよね」

 ランキング4位と3位の現実的な話に少しだけ疲れたように、風音はため息を吐きながら、窓から晴れ渡った空を見上げた。










「――すみません、ラルバ。少し遅れてしまいました」

「ぜ、全然待ってないよソレイユ。俺もいま来たところだから」

 一方、神界の美しい花が咲き乱れる庭園、その西洋風の東屋で2柱の神が会していた。桜色の髪の美しい女神と金髪の麗しい男神。2人の姿はまさに絵になるものだった。

「ふふっ、やっぱりあなたは紳士ですねラルバ。昔はあんなに引っ込み思案で恥ずかしがり屋だったあなたが、今はこんな気遣いが出来るのですから、神も成長するものだとよく分かります」

「む、昔の話はよしてくれよソレイユ。それを言うなら君だって、昔はあんなにヤンチャ――」

「ヤンチャ何ですか? ごめんなさい、なにぶん昔の事なのでどうも忘れっぽくて」

「ははっ・・・・・・そ、そうかい」

 ソレイユの完璧な笑みを見たラルバは、これ以上突っ込むのはやめようと即座に判断した。ソレイユが自分の好きな人物(恋愛的に)ということもあるが、昔からなんだかんだでラルバはソレイユに頭が上がらないのである。

「ええ、そうなんです。だから昔の自分がどういった性格なのかも忘れてしまって。――すみませんラルバ。緩やかな話はこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか」

「・・・・・ああ、そうだね。俺たちが今日会うのはそういった話をするためじゃない。今日はあいつの・・・・・・・・レイゼロールの力についての話とその他諸々の真面目な話をする為の会議をしに俺と君は会っているんだ」

 お互いを対面に見つめ合いながら、ラルバとソレイユの表情が真面目なものへと変わっていく。

「ラルバ、やはりあの力の波動は・・・・・・」

「うん、『終焉』の力の気配だった。俺たちがあの気配を間違えるはずがない。でもレイゼロールの『終焉』の力は、に失われたはずだ。無数の黒い流星となって。だけど、その失われた力の気配がこの前したってことは、遂にレイゼロールがそのカケラの1つを見つけたってことだね」

 ソレイユとラルバが今日会った理由、それはこの前の世界に奔った闇の気配についてのことだった。ソレイユとラルバはその気配のことをよく知っていた。

「レイゼロールのあの時に散った力のカケラは、全部で10個ほどだったと思いますが、レイゼロールは長年そのカケラを探しながらも、この前まで1つも見つける事が出来ていませんでした。それもそのはずですね、なにせ散ったカケラには長老の隠蔽の力が付与されていましたし。ですが、レイゼロールはそのカケラの1つを見つけてしまった・・・・・・・・・ラルバ、この事が意味する理由をあなたはどう捉えますか?」

「そうだね・・・・・・多分だけど長老の隠蔽の力が時が経って弱まったんじゃないかな。あの時からもう何千年だ。いくら長老の力といえども、弱まってきている可能性はある」

 ソレイユとラルバの言っている長老というのは、この神界における最も位の高い神のことだ。

 ここは神界。むろんソレイユとラルバ以外の神も存在する。だが、他の神々はソレイユとラルバのように人間にはほとんど干渉しない。ソレイユとラルバが例外的なだけで、それが本来の神のスタンスなのだ。

「確かにその可能性はありますね。今度また長老にその辺りの事も聞いておかないと・・・・・・・取り敢えずこれからの私たちの課題としては、レイゼロールのカケラの入手を阻止することも含まれますね」

「うん。レイゼロールが力を取り戻していくという事は、彼女の目的の達成が近づく事を意味するからね。それは阻止しなきゃならない。・・・・・・でも、まだこの事は光導姫や守護者に伝えない方がいいだろう。もしその事を教えるなら、必然も教えなければならないかもしれない。それはまだ早いだろう?」

 意味ありげな視線をソレイユに向けながら、ラルバがそう呟いた。カケラという物は、に繋がる言葉だ。そしてそのある事とは、現在のところラルバとソレイユが光導姫や守護者たちに伝えていないものだ。

「・・・・・・・・・・そう、ですね。いずれ光導姫や守護者にもあの事は伝えるつもりですが、今はまだ時期尚早でしょう。あなたの言う通り、カケラの事はまだあの子たちには黙っていましょう」

 罪悪感を胸の内に抱きながら、ソレイユはラルバの意見を肯定した。自分を信じてくれている光導姫たちに隠し事をするのは、例え神といえども罪悪感を抱く。

(ふっ・・・・・・・私は何を今さら罪悪感を抱いているのでしょうか。別にこの罪悪感は今さら感じるものでもない。それこそ、ずっと前からあったものでしょうに)

 内心自嘲の言葉を呟くソレイユ。そうだ、何を思い出したように罪悪感を抱いている。この罪悪感は昔からあるものだっただろう。それを最近は少しばかり心の奥底にしまっていただけ。

「とにかくこの議題は一旦これで終わりにしよう。これ以上議論しても今は意味はないからね。だから次の議題に移ろう。次の議題は――奴の、スプリガンのあの宣言の事についてだ」

「っ・・・・・・」

 ソレイユが内心自嘲する中、ラルバが次の話し合いの主題を口にした。

「君もこの前の戦いの時、光導姫の目を通して再び奴を見て、光導姫の耳を通して奴のあの言葉を聞いただろう。自分の邪魔になるようなら、光導姫だろうと守護者だろうと潰す。あれは俺たちサイドに対する明確な敵対宣言だよ」

(やはり、ラルバも影人のあの宣言を聞いていましたか・・・・・・・)

 当然といえば当然だ。最上位闇人との戦いは何が起こるか分からない。だから、ラルバもソレイユと同じように、守護者の目と耳を通してあの戦いを観察していたのだろう。

(ラルバはスプリガンの事を危険だと感じていました。そこにあの宣言も加わった。ラルバはスプリガンが敵であるという明確な証拠を聞いた。であるならば、次のラルバの言葉は予想がつく)

 前回は何とかスプリガンの情報を限定化し、スプリガンを謎の怪人として最上位の光導姫と守護者に伝える事が出来た。だが、今回はきっとそれだけではすまない。

 そしてラルバは決意を込めた目をソレイユに向けて、こう言葉を紡いだ。

「――スプリガンは俺たちの敵だ。今度は各ランキングの10位までじゃなく、スプリガンの事を伝えよう。もちろん、奴を敵として」

(あなたはこの事まで予想できていたのですか・・・・・・・・・・影人)

 予想通りであったラルバの言葉に、ソレイユは一筋の冷や汗を流した。

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