第78話 夏の到来、しばしの日常(3)

 昇降口で自分の靴に履き替えた影人は、正門を出てとりあえず適当にふらつこうかと考えていた。だが、ふとある店のことを思い出した。

「・・・・・・・そういやタカギにまた行くって言ったのに、全然行ってないな。よし、今日はプラモでも作るか」

 新店主である水錫みすずにまた来ると言っておいて行かないのは少々失礼だろう。それに水錫にはシェルディアのプレゼントを選んでもらった恩義もある。ならば地元のオモチャ屋にお金を落とすことくらいが影人に出来ることだろう。

「何組むかな・・・・・・・マーカーはまだあったし色関係はたぶん大丈夫だ。やべえ、なんだかワクワクしてきた。やっぱり俺も男だな」

 湧き上がってくる少年の心を自覚しながら、影人はタカギ玩具店を目指し歩き始めた。それとこれとは関係ないのだが「少年のハート」と聞くと、影人はどうしてもある曲が浮かんでくるのだが、一般の人々はどうなのだろうか。(主にボードに乗ったロボット物)

「ライフ◯ーズオン、燃えー上がーる。いのーちーがーあーる限ーり・・・・・・」

 とあるロボットアニメのエンディング曲を口ずさみながら、影人はこの町の大通りを目指す。タカギはその大通りから1本逸れたところにあるからだ。

「帰りに肉屋でコロッケでも買ってくか。にしても、相変わらずボロいな」

 風洛高校から25分くらい歩いて影人は「タカギ玩具店」の前に来ていた。けっこう歩いたので今の影人は少し汗ばんでいる。

(この店が潰れないためにも、やはり多少は金を落とさないとな。そうだ、こんど暁理も連れてくるか。あいつもプラモとか好きそうだし)

 他者が影人の心境を聞けば「いやなに目線だよ」と突っ込まれるのは確実だろう。だが、別段思っている事は間違っていない前髪野朗である。

 そして影人は店内へと足を踏み入れた。ほんの少しだけ埃っぽい匂いが、「ああ、昔ながらの店だな」と思わせる。影人はこういった匂いが嫌いではなかった。

「いらっしゃ――おや? 君はこの前のプレゼント少年じゃないか。どうだった? プレゼントは喜んでもらえたかい?」

「お久しぶりです。ええ、水錫さんが選んでくださったプレゼント喜んでくれましたよ。その節はありがとうございました」

 前回と同じようにレジのスペース内の椅子で雑誌を読んでいたこの店の店主、髙木水錫が影人に気づきそう話しかけてきた。そんな水錫の言葉に、影人は笑みを浮かべながら頭を下げた。今の影人を見れば暁理などは「君は誰だ? 僕が知ってる影人はそんな綺麗な言葉遣いはしない!」と訝しげな表情を浮かべるだろう。

「いや頭なんか下げないで! 君はちゃんとしたお客さんだからさ。というか、お礼を言いたいのはむしろ私の方だよ。私が仕入れた商品を初めて買ってくれたのは君だったからね。中々売れなかったけど君が買ってくれて本当に嬉しかったし、自信も多少ついたよ。だから、ありがとう」

 苦笑しながら水錫は軽く頭を下げた。そして水錫は話題を変えるように、影人にこんな質問をしてきた。

「で、今日はどんなご用件だい? またプレゼントかな? それとも前に言ってたようにプラモでも買いに来た?」

「当たりです。今日はプラモを買おうと思いまして。そんな高いやつは買えないんですけど、久しぶりに組もうと思って」

 水錫の問いかけに、影人は店内の商品を見ながらそう答えた。日曜朝の特撮もののベルトや人形などがズラリと並んでいるのを見ると、童心を思い出す。

「えらい! えらいよ少年! 約束を守れるのはイイ男の証だ! くぅー惜しいなぁ! 私があと10歳若かったらほっとかなかったのに・・・・・!」

 水錫はなぜか感激したように目頭を押さえた。そして、しみじみとした感じで水錫はそんな言葉を呟いた。

「は、ははっ・・・・・・・・そう言ってもらえると嬉しいようで恥ずかしいですが、ありがたいお言葉として受け取っておきます。でも、水錫さん美人ですし普通にモテるでしょう?」

 水錫の急な態度の変化に若干戸惑った影人だったが、影人は水錫にそう言葉を返した。おそらく影人の目が腐っていなければ、水錫は普通に美人と呼ばれる女性の類いだ。だからこの言葉は嘘でもお世辞でも何でもなく、影人の本心であった。

「え、私がかい? ははっ、ぜーんぜん。全くもってモテた事なんてないよ。というか、少年くらいだよ? 私のこと美人なんて言ってくれたの。いやーマジで嬉しい。別に容姿の事を褒められたのも嬉しいけど、何よりもまず少年のその心遣いが嬉しいわ。へへっ、お姉さん本気で少年のこと狙っちゃおっかな?」

 どこかイタズラっぽい視線を向けてくる水錫に、プラモデルのコーナーを見物していた影人は、どこか大人っぽい言い回しでこう答えた。

「水錫さん程の美人に狙われるのは嬉しいですが、やめておいた方がいいと思いますよ? 俺はまだ青臭いガキです。大人の色香を持つ水錫さんには釣り合わないでしょうから」

「・・・・・・・・・・・・・・少年さ、マジで高校生かい? 発言がめちゃくちゃ大人だぜ? というか私よりも大人っぽいかも。ちょっと自信なくしちゃうなあ・・・・・・・君、絶対モテるだろう」

「それこそないですよ。自分で言うのもなんですが、俺見た目こんなんですよ? モテるどころか今までの人生で恋人がいたこともありません。・・・・・まあだからといって、別に何の悲観もしてませんけどね」

 両手をレジのカウンターにつけて自分にジト目を向けてくる女性店主に、影人は自分の顔を指差した。影人自身は普通に目も見えているし、今の見た目もまあまあ気に入っているのだが、一般論としては全く以てモテる見た目ではない。

「もったいない事この上ないねー。人間なんだかんだ見た目より中身だって言うのに。まあ、少年くらいの年頃なら見た目が1番強いモテ要素だもんね。でも私は少年がイイ男だって知ってるからさ。恋人が欲しくなったらいつでもアタックして来てよ。・・・・・・・・・すこぶる残念だけど私から少年にアタックしたら条例に引っかかるかもだから」

「最後の言葉がえらく現実的ですね・・・・」

 水錫のトーンの重い付け加えにそんな感想を漏らしながら、影人はプラモデルコーナーの物色を続けた。

(しっかし、どれにするかね・・・・・・・・・・町の個人店だからけっこうなレアキットも残ってるが、最新のキットも捨てがたい。悩む、悩むが・・・・・・・ここはレアキットで行くぜ!)

 影人が物色していたのは、いわゆるガ◯プラコーナーで、影人はそのコーナーからとあるプラモデルキットを手に取った。それは今からおよそ10年ほど前に発売されたキットで、今では中々手に入らないものだった。

「あ、水錫さんこれお願いします。――でもそれを言うなら水錫さんもイイ女ですよ。そこらの男の見る目がないだけでしょう」

「本当、少年は出来た男だよ。マジで惚れちゃうかも。――お、グリーンフレームとはお目が高い。少年分かってるね」

 水錫は影人が持ってきたプラモデルをそう評すると、そのプラモデルを袋に入れた。影人は千円札を2枚とこの店のスタンプカードを財布から出した。水錫は「まいど!」と明るく言うと、お金を受け取り影人におつりを返した。そして影人のスタンプカードにスタンプを押していく。

「へへっ、今日は少年にいっぱい褒められちゃったからお姉さん気分がいいぜ。スタンプ1個おまけしちゃう! ほいよ、これで次回なにかウチで買うとき500円引きだから、また来てくれよ少年」

「え、ありがとうございます。別に俺はそういった見返りを求めて話してたわけじゃないんですが・・・・・・」

「それくらい分かってるよ、そこは安心して。これは単純に私の気持ち。こんな小さな個人店だから、そこら辺の裁量は現店主である私の判断が全てなのさ」

「そうですか・・・・・・・・・・では、ありがたくその気持ち頂戴します。また来ますね水錫さん。今度は友人も連れてきます」

「お、ありがとう。新規顧客は1番欲しいものだからね。じゃあね少年、またの来店をお待ちしております!」

 にこやかな笑顔で手を振る水錫に、影人はペコリと頭を下げて店を出た。夏ということもあってか、まだ太陽はそこまで沈んでいない。

『おい影人。さっきのお前の態度、ありゃ何だよ? 気持ち悪いったらありゃしないぜ』

 店を出たところでイヴが気味が悪いといったような感じで影人に語りかけてきた。そんなイヴの語りかけに影人は道を歩き始めながら、肉声でこう答えた。

「そういやお前もいたんだったな・・・・・・別に普通だ。いいか、イヴ。人間ってのは一面だけじゃねえんだぜ」

『は、何だよそれ。白けたぜ、じゃあな』

「ふっ・・・・・・まだまだ人間を分かってないなイヴ」

 呆れたようにそう吐き捨てたイヴは、もう何も語りかけてはこなかった。そんなイヴに影人はクールな(少なくとも本人はそう思っている)笑みを浮かべてそう呟いた。

「さてプラモは買ったし、後はコロッケ買って帰るか」

 ご機嫌に鼻歌を歌いながら、影人はお肉屋さんを目指した。












「うーむ、やっぱ『丸木まるき』のコロッケは最高だな。今度また買おう」

 ようやく夕暮れが空を染め始めた時間、影人はコロッケを食べ終え帰路についていた。あともう少しで自分の家であるマンションへと辿り着く。

(なんだかんだ、1人でゆっくり動けたのは久しぶりだった気がするな。またこんな日が来たら、次はあの喫茶店に行こう)

 喫茶店『しえら』の事を思い出しながら歩いていると、自分が住んでいるマンションが見えてきた。後は自宅で優雅にプラモを組もうと影人が考えていると、マンションの前に見覚えのある人物が2人見えた。

「よう、嬢ちゃん。それにキルベリアさんも。どっか出かけてたのか?」

「あら、影人。そうよ、ちょっと散歩をね。そういうあなたも買い物してきたの? 何か持っているようだけど」 

「あ、こんにちは影人くん・・・・・・」

 とりあえずその2人の人物――自分の家の隣の部屋に住んでいるシェルディアと、その使用人、キルベリアの内、影人が仲の良いシェルディアに話しかけると、シェルディアは柔らかな笑みを浮かべてそう言ってきた。

「まあな、ちょっとした楽しみを。しっかし、嬢ちゃんも散歩好きだな。普通、嬢ちゃんくらいの年頃なら遊び盛りだろうによ」

「あなたがそれを言うかしら。――あ、そうだ影人。ちょっと付き合ってくれない? なんだかあなたと話したい気分なの。という事でキルベリア、先に戻っておいてちょうだい。鍵は持ってるでしょ」

「? まあ俺は別に構わないけどよ」

「え、シェルディア様!? そんないきなり!」

「ありがとう影人。ならに行きましょう。じゃあそういう事だから、また後でねキルベリア」

 戸惑っているキルベリア、もといキベリアに一方的にそう告げると、シェルディアは影人の左手を自身の右手で引いた。

「お、おい!? どこ行くんだ嬢ちゃん、家で話すんじゃなかったのか・・・・・・?」

 シェルディアのどこか少し冷たい手の感触を感じながら、影人は自分の手を引くシェルディアにそう問いかけた。というか、シェルディアの引く力が尋常ではなく強いのは気のせいだろうか。

「ふふっ、せっかくならあなたと遊びながら話したいと思っちゃってね。大丈夫よ、ここからはすぐ近くだから」

 夕暮れの中、美しい金髪のツインテールを揺らしながら笑みを浮かべるシェルディア。そんなシェルディアの笑みを見た影人はこんな事を思った。

(・・・・・・無邪気な笑みの方か。相変わらず、こっちの笑みの時の嬢ちゃんは「可愛い」って感じの笑顔だな。そこに嬢ちゃんの人形みたいな見た目も加われば、そりゃ変な男にも狙われるわな)

 影人はまだシェルディアとそれほど付き合いはない。だが、シェルディアの笑顔の種類が2種類ある事は知っている。それが今のような「無邪気な笑み」と、歳にそぐわない様な「大人っぽい笑み」だ。前者は「可愛い」といった感じの笑みだが、後者は「妖艶」といった感じの笑みで、思わずゾクリとするような笑みである。

「着いたわ、ここよ」

「ここは・・・・・・・・・・俺が嬢ちゃんと初めて会った時に来た公園か?」

 影人がそんな事を考えているうちに、どうやら目的地に辿り着いたようだ。そしてその目的地というのは、見覚えのある公園だった。

「ええ。ねえ影人、私ブランコに乗りたいから背中を押してくれる? 1人で漕ぐよりも、こういうものは補助があった方が楽しいでしょ?」

「・・・・・・・・ははっ、分かったよ。ならしっかりと押さないとな。嬢ちゃんたまに年相応なところあるよな」

「あら、いけないかしら」

「いいや、可愛いと思うぜ」

 わざとらしく膨れたような顔をするシェルディアに、影人はさらりとそう返した。

「・・・・・・・・・・なんか生意気ね、今日のあなた」

「お? 照れてるのか嬢ちゃん。今日はラッキーデイだな。なんせ嬢ちゃんが照れてるところ初めて見れたし」

 ほんの少し顔を赤くしたシェルディアを影人は見逃さなかった。影人のニヤニヤとした顔を見たシェルディアは、「ふん! 知らないわ!」と言ってスタスタとブランコの方に向かっていった。

「あ、待てよ嬢ちゃん! 悪かったって、ちょっとからからっただけだろ」

 影人は慌ててシェルディアを追いかけた。ご機嫌斜めな感じでブランコに座っているシェルディアの元まで走った影人は、その様子を伺いながらゆっくりとシェルディアの後方へと回った。

「・・・・・・・・・しっかり私のこと押してくれたら許してあげる」

「へいへい、申し訳ございませんでしたお嬢さま。しっかりとそのお役目頂戴します」

 芝居がかった口調でそう言いながら、影人はシェルディアの背中を押し始めた。その際、プラモデルはブランコの近くに置く。大体予想はついていたが押した感じ、この少女はやはり軽いようである。

「ふふふっ、温い風だけど気持ちいいわ。もう許してあげる、影人」

「どういたしまてだ。嬢ちゃんが嬉しそうにしてるのはこっちも気分がいいからな。そうら、もうちょっと強くしてやるよ・・・・・!」

「きゃっ! もう影人ったら、急に強く押されたらビックリするでしょ。でも、いいわ。もっと強く押してちょうだい」

「ははっ、もっとか。ならモヤシの俺も頑張らないとな」

 夕暮れが照らす公園で、しばらく金髪の少女と前髪の長い少年の話し声、そして笑い声が世界に響いた。











「――とても楽しかったわ。改めてありがとう影人。私に付き合ってくれて」

「別に気にしなくて大丈夫だぜ? 年下の遊び相手と話し相手になるのは、ちょっとばかりの年上でも義務みたいなもんだしな」

 日が沈もうとしている中、公園から帰路についていたシェルディアと影人は和やかな雰囲気で話し合っていた。シェルディアの強い要望もあり、影人は再びシェルディアと手を繋いでいた。プラモデルは行きと同様に右手に持っている。

「ふふっ、年下ね。確かにあなたの言う通り、年下の遊び相手と話し相手になるのは年上の義務だものね」

 影人の言葉を聞いたシェルディアはどこかおかしそうに笑いながら、意味ありげに影人の言葉を復唱してきた。自分は何かおかしな事を言っただろうかと、影人は内心首を傾げた。

(・・・・・・・・・・にしても、今日は終始和やかな日だったな。そりゃあ、先生に夏休みの手伝い言われり、香乃宮とエンカウントした時とかは色々とドギマギしたもんだが、結論から言うと平和な1日だった)

 シェルディアと手を繋ぎながら、影人は今日の出来事を思い出していた。まだ1日は終わっていないし、夜にスプリガンとしての仕事が来ないとも限らないが、それでも影人は今日という日をそう結論づけていた。少し前に最上位闇人たちとドンパチしたばかりなので、日常というものがいつも以上に意識に染みる。

(できりゃあこんな日が続けばいいが、それも無理だろうしな。・・・・・まあ、また明日から適当に頑張るさ)

 どこかそんな願望を抱いた影人だったが、即座にそれが叶わない事であると再認識する。自分がスプリガンである限り、当分その願いが叶うことはない。

 それでも明日は続いていく。ならば明日からまた頑張ろう。影人は自分にそう言い聞かせると、シェルディアにこんな提案をした。

「そうだ、嬢ちゃん今日ウチに夜飯食いに来るか? もちろんキルベリアさんも一緒に。なんだかんだ母さん賑やかな事が好きだから即オッケー出すと思うぜ」

「本当? ならお言葉に甘えようかしら。ねえ、影人。今日のメニューは何なの?」

「何だったかな。・・・・・・・・ああ、そうだ。確か――」

 自分の隣人である少女とそんな何気ない会話を交わしながら、影なる少年のとある1日は過ぎていった。

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