第76話 夏の到来、しばしの日常(1)

「・・・・・・・あと1ヶ月もしないうちに夏休みか。まあ、今年の夏休みは休めるか怪しいもんだがな」

 いつも通り癖である独り言をボソボソと呟きながら、影人は学校へと向かっていた。季節はもう7月に入った頃。ここからが本格的な夏の始まりだ。

(なんせ今年はスプリガンの仕事があるからな・・・・・・・例年通りのだらけにだらけまくった夏休みは無理そうだ)

 軽くため息を吐きながら、影人はガリガリと頭を掻いた。影人の夏休みの過ごし方は基本的には1人で家に引きこもり、気分が向いたら周囲を散歩するといった感じだ。影人は友達が極端に少ないことと1人でいる事が好きなため、まるで世捨て人のような夏休みを今まで送ってきていた。

「――や、やあ影人! 君、相変わらず雰囲気は暗い奴だね!」

「・・・・・・・・・・朝っぱらからそうそう俺をディスってんのか暁理?」

 後方から聞こえた声にそう答えながら、影人は後ろを振り向いた。ボブほどの髪の長さに影人と同じ制服にズボン。一見すると男子のようだが、彼いや彼女は女性である。そこにいたのは影人の数少ない友人、早川暁理であった。

「つーかなにキョドってんだよ。お前、前に映画観に行った時からちょっとおかしくねえか?」

「べ、べべべべ別に!? 僕はいつも通りの僕だぜ!? そんな事はないないなーい!」

「・・・・・・・・・・医者紹介してやろうか?」

「君って奴は!! 普通そんなこと乙女に言うかな!? あまりの安定の影人っぷりに僕ももう普通に怒っちゃってるし!?」

「・・・・・すまんがお前の言っている事の意味がわからん」

 ついに自分の友人はイカれたのかと影人は本気で危惧したが、「はあー・・・・・・君に色々と期待した僕がバカだったよ。もう普通でいいや」といつもの暁理に戻ったので、イカれてはなさそうだ。

「そういえば聞いたかい影人? 朝宮さんと月下さんまたなんか落ち込んでるみたいなんだってさ。しかも今回は前回みたいに分かりやすくじゃなくて、無理矢理明るく振る舞ってる感じらしいよ。今度はいったいどうしたんだろうね」

 暁理と共に学校に向かう流れになり、再び歩き始めると暁理がそんな話題を振ってきた。

「・・・・・・・・・・さあな。てか何でわざわざあの名物コンビの話題を俺に振ってくるんだよ」

 暁理の話題に一瞬ギクリとする影人。なぜならば2人がまた落ち込んでいる理由に心当たりが大有りだからである。

「だって影人何かとあの2人のこと気にしてるじゃないか。まあ、君が何であの2人の事を気にしてるのかは友達のよしみで聞かないけどさ。・・・・・・・・・・・・やっぱり、ぶっちゃけどっちか好きなの?」

「友達のよしみは1秒でどこへ消えたんだよ。あと別に俺はあいつらのこと気にしてないし、好きなんてありえねえよ。こういう話は前にもして否定しただろ」

 暁理の言葉にツッコミを入れながら、影人は明確にその話を否定した。いやスプリガンという立場上、影人は陽華と明夜の事を気にしないというのは不可能なので、影人の気にしていないという言葉は嘘になるのだが、まさか暁理に正直にその事を言うつもりはない。ちなみに恋愛感情云々はカケラもないので、本当のことだ。

「本当? ま、それならいいけどさ。そうだ影人、もうちょっとで夏休みだよね? せっかくだから今年の夏はどっか行かない? ほら、来年は僕らも進路上色々と忙しいだろうから。めいっぱい遊ぶなら今年しかないぜ。海とか山とかプールとかお祭りとか、ゲロ吐くまで遊びまくろう!」

「嫌だよ何でクソ暑い中ゲロ吐くまで遊ばにゃならんのだ。普通に死ぬわ」

 笑顔でとても高校生らしい提案をしてくる暁理の誘いを影人は速攻で断った。影人は肉体的には若いが、精神はじじいのように枯れ果てている男である。絶対に夏休みは近場と家で過ごす方が楽しい。この考えに花◯院の魂を賭けてもいい。

「えー、いいじゃないか。花の十代が過ぎるのは一瞬だよ? ねえ、いいでしょ?」

 暁理は上目遣いで両手を合わせながら影人を見つめた。普通の男子ならば間違いなく頷いてしまうであろう仕草だ。そこに普段は男子っぽい暁理のギャップ萌えの要素も加わっているため、そのお願いは最強に見えた。実際、影人たちの隣や後ろを歩いている男子や女子も、「やべえ、早川さん可愛すぎだろ」「きゃー! 早川さんのギャップ萌えたまんない! 心臓撃ち抜かれたわ!」的なことを言っていた。なんだかんだ、暁理はその格好と容姿のせいで、風洛の生徒にはよく知られているし人気の人物の1人なのだ。

「だから嫌だって言ってんだろ。そんなに遊びたきゃ他の友達誘え。お前は俺と違っていくらでもいるだろ。とにかく嫌なもんは嫌だぜ」

 しかし暁理の横にいる男子は、残念ながら普通ではない。孤独を愛する面倒くさがり屋の前髪野朗は、平然と暁理の「お願い」を再び拒否した。

「なっ!? くそ、僕の魅力が足りなかったって言うのか・・・・・・・・・・た、確かに僕は君と違って友達は他にもいるけどさ。その・・・・・・・僕は影人と遊びたいんだよ。・・・・・・・分かってはくれないかい?」

 それでも諦めきれない暁理は、少し顔を赤らめながら自分の本心を吐露した。暁理的にはこの前のデートの時と同じように、かなり踏み込んだ言葉なのだが、当の本人はいったいどう思っているだろうか。

 暁理が恥ずかしそうにチラリと影人を見ると、影人は「・・・・・・お前って奴は本当に変わってるな」と呆れたようにため息を吐いていた。

「・・・・・・・・・・・・分かったよ。気が向いたら1回だけ付き合ってやらんこともない。ただし、気が向いてたらの話だ」

「気が向いたらって・・・・・全く君は本当に素直じゃないなー。ま、いいや言質げんちは取れたからね!」

 根負けしたように譲歩案を示した影人を見て、暁理の機嫌は途端に良くなった。目に見えて機嫌が良くなった暁理に影人は「現金な奴だ」とボソリと呟いた。

(よしっ! 出来れば今年の夏休みで、長年の僕の人知れぬ戦いを終わらせてやる! がんばれ僕! 目指せ僕! 夏休みは男女の仲を大いに進展させる季節。こ、今年こそは・・・・・・・!)

 内心ガッツポーズを握りながら、密かに思いを燃えさせる暁理。そんな友人の考えを知るはずもない影人は、前方に女子生徒が増えてきた事に気がついた。

「この感じは・・・・・前に香乃宮がいやがるな」

 この時間に前方に女子生徒が増え始めた理由はおよそ1つしかない。それはもちろん登校ではなく、風洛高校が誇る有名人、香乃宮光司の登校時間であるというものだ。

「え? あ、本当だね。この女子の多さは香乃宮くんだ。そうだ、確か香乃宮くんも最近元気がないっていうか、なんか少し硬い雰囲気らしいよ。いつも爽やかな彼といい、朝宮さんや月下さんのことといい何かあったのかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・知らん。俺にはどうでもいい事だ」

 光司の噂にも何となく心当たりはある影人だが、知らぬ存ぜぬのフリをしながら興味のなさそうにそう言葉を返した。

「あはは、まあ影人ならそう言うよね」

 学校の噂などに基本的に無関心である友人の言葉を聞き軽く暁理は笑ってみせたが、内心は少し違う事を考えていた。

(香乃宮くんに、朝宮さん月下さん。この3人の共通点は風洛の有名人って事だけど、実はあの3人は光導姫と守護者って共通点もあるんだよね・・・・・・・そっち絡みで何かあったのかな?)

 自身も光導姫である暁理は、そっち方面から3人の雰囲気の変化のことを考えた。だが、暁理が最後に光司と共闘したのは前の『巫女』との最上位闇人戦であり、陽華と明夜と共闘したのはレイゼロールが乱入してきたあの闇奴戦が最後だ。実際には最近の3人の動向についてはよく分からない。

「つーか暁理よ。話は戻るが夏休みの前には、最悪のイベントが1つあるのを忘れてねえか? ぶっちゃけ、俺は今からでも胃が痛い気がする」

「へ? ・・・・・・・・ああ、期末試験のこと? 確かに僕も嫌だけど、ある程度普通にやってたら赤点とかは取らないし、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」

 影人の声のトーンが露骨に落ちた。そんな影人の言わんとしていることを察した暁理はそう言ったのだが、しかし影人は依然トーンを落とした声で話を続けた。

「その普通がクソ面倒くさいんだよ・・・・・・はあー、今度アレやろうもんなら確定で担任にしょっ引かれるし、何を要求されるかわかったもんじゃねえからな。マジで今から気が重い・・・・・」

 影人が言ったアレとは、前回の中間試験の時に行ったカンニングの事である。結局カンニング自体はバレなかったというか見逃されたのだが、その代わりとして影人は自分のクラスの担任教師、榊原紫織さかきばらしおりに弱みを握られてしまった。本人の言葉からすると自分は「いいカモ」のようである。

(結局、あの時の6人はカンニングがバレて補習が確定したみたいだが・・・・・・・・夏休み返上は悲しいよな)

 影人はあの時に自分以外のカンニングをしていた6人の事を思い出し妙に感傷的な気持ちになってしまった。影人はあまり仲間意識的なものは持たない人種なのだが、あの6人の名も知らぬ勇者たちに限ってはどうしてもそういった意識を持ってしまう。

「? 影人アレってなにさ?」

「別に何でもねえよ。ただ散っていった勇者たちの挑んだ方法について考えてただけだ。それよかもうそろそろ学校だ。暁理、お前今日の昼飯はどうするんだ? 弁当か、それとも学食か購買か?」

「僕は今日はお弁当だよ。あ、そうだ。今日の体育バスケなんだった。楽しみだな〜」

「そうか。俺は今日は学食だ。そういや午後の体育そうだったな。ったく、体を動かすのはあんま好きじゃないんだけどな」

 風洛高校の体育は2クラス合同で行われる。影人と暁理のクラスは隣同士なので一緒というわけだ。だが当然、男子と女子は分けられるので影人と暁理は別々だ。影人は自分クラスの男子と暁理のクラスの男子と一緒にバスケをし、暁理は自分のクラスの女子と影人のクラスの女子と一緒にバスケをするというわけだ。

 午後の授業の事なども含めた他愛のない会話をしながら、2人は風洛高校の正門を潜った。














「おーい帰城。ちょっとこっち来い」

「・・・・・・・何ですか先生。俺腹減ってるから速く飯食いたいんですけど」

 昼休み。授業が終わり今日は学食にしようと決めていた影人は教室を出たところで、自分のクラスの担任の榊原紫織に呼び止められた。何だろうか、すこぶる悪い予感しかしない。

「別にすぐ終わるから安心しろ。で、早速だがライン教えろ」

「何でですか。嫌ですよ俺、担任にそういうの教えるの。つーか俺ライン取ってませんし」

「お前まじかよ。今日日大体のやつは取ってるぞ? さては嘘じゃないだろうな。携帯見せろ」

「いやだから――って、勝手にポケットに手を突っ込まないでくださいよ!?」

 影人の制服のズボンの右ポケットに、ダウナーな雰囲気の担任は面倒くさそうに手を突っ込みまさぐってきた。抵抗しようとする前に紫織は「ん? なんだこの感触?」と眉を潜め、影人の右ポケットからある物を引き抜いた。

 それは黒色の宝石がついたペンデュラムであった。

「っ!? 返してください! 携帯はこっちですから・・・・・・・・!」

 影人は慌てて紫織の手からペンデュラムを取り返しそれをポケットに戻した。影人のその反応に流石の紫織も「お、おう悪かった・・・・・・・」と謝罪の言葉を述べた。

「というかそれ何なんだ? 見たところオニキスっぽいもんがついたペンデュラムだったが」

「・・・・・・・・・・・・・・別に何でもないですよ。これはただの大事な物です」

 顔を逸らしながら影人はそう言った。危なかった。まさかコレが他人の目に触れるなんて。今度からはもっと気をつけなければ。影人はすぐにそう心に誓った。

「・・・・・・そうかい、じゃあそれについてはもう何も聞かないよ。そもそも私の本題はこっちだしな」

 紫織はそう言うと影人が渡したスマホを軽く手で弄んだ。

「・・・・・・・てか何で俺の連絡先を聞いてくるんですか。意図がよくわからないんですが」

「ああ、お前には夏休みにウチの倉掃除を手伝ってもらおうと思ってな。そろそろサッパリさせなきゃならないんだが男手が足りない。だからお前と連絡取れるようにだ」

 影人の疑問に紫織はだるそうに肩を叩きながら言葉を返した。影人も面倒くさがりなので、紫織のような仕草をする事はよくあるが、紫織は影人よりも数段面倒くさがり度が上のようである。

「絶対に嫌ですよ。明らかにただ働きだし、学生の貴重な夏休みを何だと思ってるんですか。とにかく嫌なもんは嫌――」

「あ? お前断れるとでも思ってんのか。なんか忘れてるようだが、私はお前の弱みを握ってるんだぞ。お前のカンニングのことバラされたくなかったら私の頼みを聞くしかないんだよ」

 影人は紫織の頼みを断ろうとしたが、紫織はまるでそちらの顔が本性であるかのように、黒い笑みを浮かべた。教師がしていい顔ではない。

「あー・・・・・・・・・・・あはは、そ、そう言われたら、何も言えないじゃないですかー」

 紫織のその言葉に、先ほどまでの態度はどこへやら。影人は急に弱気になると苦笑いを浮かべながらそう言った。

「なら、分かるよな? とりあえずラインがないならメアドと携帯番号を教えろ。ほら、ロック開けろよ」

「はい・・・・・・・・・・」

 影人は紫織からスマホを戻されると、ロックを解除して自分のメアドと携帯番号を紫織に見せた。紫織は影人のアドレスを素早くスマホのメモに打ち込むと、「よし、いいぞ」と言って携帯を仕舞った。

「んじゃ、また夏休みに連絡するわ。安心しろよ、何日か前には告知してやるから」

 覇気のない笑みを浮かべて、バンバンと影人の肩を叩くと紫織はそのままどこかへと行ってしまった。

「・・・・・・・・・最悪だ。身から出た錆とは言え、俺の今年の夏休みは優雅にはならねえな」

 昼休みの廊下の喧騒の中、影人はため息をつくとトボトボとした足取りで学食を目指した。

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