第75話 もう1人の正体不明

「フェルフィズの大鎌・・・・・・? どういうこと? あれは行方不明になっていたんじゃないの?」

 神殺しの大鎌――その名を聞いたシェルディアはその美しい眉を潜めた。非常に珍しい事ではあるが、レイゼロールの言葉を聞いてシェルディアは戸惑っていた。

「ああ、命あるモノならば全てを殺せる彼の大鎌は、いつぞやからその所在が不明になっていた。だが、謎の襲撃者はその大鎌を所持していたのだ」

 シェルディアの戸惑いは最もだとばかりに、レイゼロールはもう1度その事実を伝えた。実はレイゼロールも見た本人だというのに、未だにどこか信じられずにいるのだ。

「・・・・・・・・・見間違え、ではないのよね?」

「それはありえない。お前もそうだろうが、我もあの鎌は大昔に1度見た事がある。あの忌み武器を忘れなどするものか」

 そう。まだレイゼロールが幼体というべき大昔の頃、レイゼロールはとある場所に封印されていた大鎌を見たことがあった。

「忌み武器・・・・・・ええ、そうね。神殺しの武器は、は、特別な意味を持つものだものね」

 本当に珍しく、シェルディアがその表情を沈痛なものに変える。シェルディアはレイゼロールの過去を知っている。ゆえに、神殺しの武器というキーワードを聞いて思い出される出来事は、レイゼロールと同じものであった。

「・・・・・・・・・・・まあな。とある狂った神が狂気の果てに創り出した神器、それがフェルフィズの大鎌。命あるモノならば例え神でも殺せる、そして実際に神を殺した事実があるからこそ、神殺しの武器などと呼ばれているが、今はその事は置いておく。それよりもその大鎌を持ち我に襲撃してきた人物、こいつが何者であるかの方が問題だ」

 想起される過去の事を頭の中で振り払いながら、石の玉座に座る白髪の女はそんな言葉を振った。その言葉に、レイゼロールの過去を知る純粋な人外は「確かにそうね」と美しい金髪のツインテールを揺らす。

「1番気になるのはその正体ね。フェルフィズの大鎌を持っているとなると、あなたを襲ったのはもしかして神かしら?」

「それはありえないだろう。神は地上に降りれば制約に縛られる。その身体能力も普通の人間のそれと同じになる。だが、奴の身体能力は明らかに常人を凌駕していた」

「じゃあ、光導姫か守護者? いやでも男ってあなた言ってたわよね。じゃあやっぱり守護者かしら?」

「・・・・・・・・・・それも可能性は低いように思えるがな。第一に守護者は人間だ。人間がどうやって神代の時代の神器を手にする事が出来る? ・・・・・・いや、ならば、フェルフィズの大鎌を調達することは可能か? そうだ、元々あの大鎌を管轄していた一族は――」

だっていうの? でもそれはおかしくない? あの子の目的は、ソレイユと一緒であなたの浄化でしょ。あなたに限れば、。でもフェルフィズの大鎌であなたを襲おうとしたその人物は、あなたを殺す気でいたって事でしょう? あの大鎌ならあなたを殺せるものね。だとすれば、それはあの子の目的と矛盾しているわ」

 とある人物の顔と名前がレイゼロールの脳内に過ぎる。レイゼロールの呟きにシェルディアもその人物を想起した。だが知っているからこそ、その可能性はないようにシェルディアには思えた。

「・・・・・・分からんぞ? もしかすれば、奴は内心心変わりしているかもしれん。『殺す方が楽だ』とな。・・・・・・・・・・・だが、やはりその可能性は低いか。そもそも何の証拠もないのだ。我々が話し合っている事は、全て憶測でしかない」

「確かにね、本当何者なのかしら。正体不明、あなたを襲ったって事は、目的はあなたを殺すことかしらね? でも、その目的もまだ確定したわけじゃない。つまり現状その目的も不明。これじゃまるで――」

 シェルディアがその人物について整理する。と言っても分からない事しかないが、シェルディアはそんな怪人を1人知っている。今日初めてその実物を見た怪人の名は――

「スプリガン・・・・・・か」

 シェルディアと同じような事を思ったのか、レイゼロールがその名前を口に出した。確かに、その共通事項はスプリガンと一致している。

「ええ、さしずめ『もう1人の正体不明』とでも言うべきかしら」

 シェルディアがどこか面白そうな表情を浮かべる。失われていたはずの神殺しの武器。それを扱う謎の襲撃者。退屈を嫌うシェルディアからすれば、こんなに面白そうな事はない。

「ふふっ、いいじゃない。スプリガンにフェルフィズの大鎌を扱うもう1人の正体不明。最近は全く退屈しないですみそうだわ」

「ふん、やはりお前はどこか異常だな。我と同じくおよそ永遠の時を生きる永遠者よ。我は脅威こそ感じるが、お前のように面白そうとは全く思えん」

「それはまだあなたにやるべき事があり、生きるということに退屈していないからよ。あなたもいつか分かる時が来るわ。永遠の生というものは、一種の地獄よ」

 レイゼロールの冷たい言葉に、シェルディアは疲れたような笑みを浮かべながらそう言った。

「・・・・・・・・・・そんなことは重々承知している。例え命を絶ちたいほどの悲しみがあっても、我らの生は続いていくのだからな」

 シェルディアの言葉にどこか同意するように、レイゼロールは独白するように言葉を呟いた。レイゼロールにもシェルディアの言っていることは、実感として理解できる。レイゼロールも何度か自分の命を絶ちたいと考えたことがあるからだ。

「・・・・・・・そうね、あなたにも分かっていたのよね。――さ、暗い話はこれくらにしましょう。私はキベリア達のところに混ざってくるわ。終わったらまたキベリアを連れてここを離れるから。いいわよね?」

「・・・・・・・好きにしろ。お前の無茶苦茶ぶりには慣れている」

「ありがとう、じゃあ私はあの子たちのところに向かうわ」

 そう言ってシェルディアは闇へと消えていった。この空間に1人残されたレイゼロールは、しばし物思いに耽った。

(神殺しの武器・・・・・・・・・どうしてもの事を思い出してしまうな。・・・・・・・・・・待っていてくれ、きっともうすぐだから・・・・・)

 どうしようもなく大切だった存在のことを思い出しながら、レイゼロールは祈りに近い決意を再び誓った。











「――はい、第何回かは忘れましたが作戦・報告会のお時間です。そこっ! 意味不明だと言わんばかりの態度を改めなさい!」

「いきなり何だよ・・・・・・・・」

 なぜかソレイユに指差されながら、影人はため息をついた。昨日の戦いの事で影人は神界に呼び出されたのだが、影人が来るなりソレイユはなぜか怒ったようなテンションでそう言ってきたのだ。

「いいですか影人、私は珍しく怒っています。なぜだか分かりますか?」

「・・・・・さあな、皆目見当もつかねえよ。昨日の戦いで俺は何かミスったか?」

 プリプリと怒るといった表現がピッタリな女神をその長すぎる前髪の下から見つめながら、影人は首を傾げた。昨日のアクシデントだらけの戦いは、自分にしてはよくやったと思うのだが、果たして一体どんなミスをしただろうか。

「いいえ、はっきり言って昨日のあなたの仕事は完璧でした。あの状況で光導姫も守護者も死なせないのは流石の一言です」

「じゃあ、お前はいったい何に怒ってるんだよ?」

 ソレイユの自分への評価に何か恥ずかしいような気持ちを抱きながら、影人はそう質問した。自分の仕事が完璧であったならば、本格的にソレイユが何について怒っているのか影人には分からなかった。

「・・・・・・・・・私が怒っている理由、それはあなたの光導姫と守護者に対する敵対宣言とでも言うべき言葉です」

「・・・・・・・・・・・・・そのことか」

 自分を真っ直ぐに見つめるソレイユの怒りの理由に、影人はようやく納得がいった。

「はい、そのことです。・・・・昨日、『提督』や『巫女』、陽華や明夜を1度ここへと転移させました。おそらく『侍』と10位の彼も、1度ラルバの元へと召喚されたことでしょう。理由はあなたが出現したから、というのが表向きの理由です」

「そうだな。お前と俺が繋がっている事は誰にも知られちゃならない。だからお前は、スプリガンを謎の人物として対処しなくちゃならないもんな」

 普通の人間ならば少し説明不足に感じるかもしれないソレイユの言葉の意味を、だが影人は理解していた。表向きソレイユの立場としては、スプリガンが現れたのならば遭遇した光導姫からスプリガンの情報を収集しなければならない。なぜならば、ソレイユも本来は。そのための行動が、光導姫たちからの事情聴取だ。

「・・・・・・・・私が彼女たちをここに転移させた本当の理由は、彼女たちの反応を見るためです。あなたのあの宣言を受けた彼女たちの反応は様々でしたよ」

「・・・・・・・・」

 ソレイユはいつも通り昨日の戦いを自分か他の光導姫たちの誰かの視界と聴覚を共有して観察していたのだろう。ゆえに影人のあの言葉も聞いていたというわけだ。

「『提督』はスプリガンを敵と断定し確定しました。『巫女』は色々と悩んでいる感じでした。・・・・・・・そして、陽華と明夜は非常に落ち込んだような顔をしていました」

「・・・・・・結局、お前は何が言いたいんだ」

 なぜか悲しげな表情になりながら、光導姫たちの反応を自分に教えてくるソレイユに影人はズバリとそう聞いた。影人のその言葉にソレイユは「っ!」と一瞬息を呑み、感情的になりながら言葉を続けた。

「なぜ、なぜわざわざあんな言葉を言ったんですか!? あんな言葉はあなたが光導姫や守護者の敵であると自分から宣言したようなものでしょう!? 全てを敵に回しながら、あなたを信じているあの2人の気持ちを踏みにじって、そんなのじゃあなたが・・・・・・・・!」

 気がつけばソレイユは涙を流していた。そこにいたのは光の女神ではなく、ただの泣きじゃくる女であった。威厳も何もかも、今のソレイユにはないだろう。

「・・・・・・とりあえず落ち着けよ。なんだかんだ優しいお前の事だ。お前の言いたい事は何となくわかる。だから、落ち着け」

 涙を流すソレイユに影人は極めて落ち着いたような口調で諭すようにそう呟く。ソレイユはその影人の言葉と雰囲気に何とか感情を整理することが出来た。

「・・・・・・・・・・・すみません、少々取り乱しました。やっぱりあなたといると、私はいつもより少し感情的になるようですね」

「自覚はあったのかよ・・・・・・・・なあ、ソレイユ。やっぱお前は女神だよ、こんな俺なんかのために泣いてくれたんだからな」

 影人は珍しく柔らかな笑みを浮かべて上を見上げた。神界のソレイユのプライベート空間の天井とでもいうべき部分は、明るい光が瞬いているため確認することが出来ない。そんな光を見ながら、影に徹する少年は言葉を述べる。

「俺の敵対宣言は最上位の光導姫と守護者に伝わった。そっからどうやって伝播するかまでは分からないが、これで明確に俺を敵だと大方の光導姫と守護者は思っただろうぜ。闇サイドは元から俺を敵と断定してるから、俺は両陣営のただ1人の敵対者になったってわけだ」

 影人はそこで一息つくと、再び言葉を続けた。

「ついでに、唯一スプリガンを信じていた朝宮と月下の思いも俺は真正面から踏みにじった。そんな俺をお前は哀れに・・・・・いや悲しいって思ってくれたんだろ? ・・・・・・・・・・をお前には分かったから」

「っ・・・・・・・・・・・はい」

 影人の言葉にソレイユは静かに頷いた。そうだ、ソレイユには分かっていた。影人がなぜわざわざあんな宣言を行なったのか。それは全てスプリガンとしての仕事のためだ。

「・・・・・・あなたが宣言を行なったのはバランスのため。あなたの真の立ち位置を万が一にも悟られないため。その補強作業です」

「ご名答、やっぱお前頭いいよ。お前には分かってるだろう。あそこで俺があの宣言をしたのは、スプリガンという怪人にとっては正しいって事だってな」

「分かっています。分かってはいますが、そんなことは――」

「悲しすぎます、ってか。まあ、だからお前は泣いてくれたんだろうけどな」

 ソレイユの言葉を先取り、影人はやれやれと首を振った。自分ははっきり言って全く気にしていないというのに、この女神はその優しさから気にしてしまうのだろう。

「つーかいま思い出したけど、雑兵どもで光導姫と守護者を攻撃した事は文句言わないんだな。文句の1つでも言われてもおかしくないだろ?」

「言いませんよ。だってあの雑兵たちは、召喚したものでしょう? 適度な弱さで陽華や明夜たちが絶対に負けないように調整されており、その相手をさせる事で戦う相手を限定させる。そして不測の事態が起こった時には、雑兵たちの体にイヴさんの意識を飛ばさせる事で、それとなく光導姫や守護者を助ける。実際、その方法であなたは明夜の命を救いました。一見、偶然のように装ってはいましたけどあれは必然です」

「・・・・・・・・・・・・・・・なんつーか、すまん。俺お前の事舐めてたわ。正直、そこまで分かってるとは思わなかった」

 自分から話題を振っておいて何だが、影人はソレイユの見解を聞いてその目を丸くした。いや、別にひっかけとかではなく、単純にそう聞いてみただけなのだが、まさかそこまで分かっているとは思ってもいなかった。

「ふふん、どうです敬いの気持ちが湧き出てきましたか? これでも私は長年の時を生きる神なのです。観察眼は鍛えられているんですよ!」

「すぐ調子に乗るな。ったく、泣いたりドヤ顔したり感情の起伏が激しい奴だな」

「それはそれ、これはこれですよ。・・・・・・・・とにかく、一旦話は落ち着きましたね。改めて影人、ありがとうございました。あなたの覚悟を知っているのは私だけですが、あなたのその覚悟が光導姫と守護者を、陽華と明夜を守ってくれている」

 ソレイユは威厳ある女神の顔で影人へと頭を下げた。影人は影から光導姫や守護者を助けるために、より険しい茨の道を進む事を決めた。それを言えば、きっと目の前にいるこの少年はいつものように「仕事だからな。別に全く気にしてねえよ」というだろう。帰城影人とはそういう少年だ。

「・・・・・・・けっ、別に仕事だ。そんな礼を言われる筋合いはねえよ」

「ふふっ、やはりあなたはそう言いますよね」

 予想通りの影人の反応にソレイユはつい笑ってしまった。そんなソレイユに影人は「?」と疑問を浮かべていたが、やがて影人はソレイユが創り出したイスから立ち上がった。

「じゃあ俺はこれで失礼するぜ。そういや、ソレイユ。結局あの闇の気配は何だったのかわかったのか? お前分からないって昨日は言ってたが」

「っ・・・・・・・・・いえ、結局分からないままです。現地の光導姫も何もなかったと言っていました」

 一瞬ぎこちのない表情を浮かべたソレイユだが、すぐに真面目な顔つきに戻ると影人の質問に首を振った。影人は「そうか、不気味だな」と言っただけだった。

「で、では影人、地上に送りますね。また会いましょう」

 ソレイユはそう言って影人を地上へと送った。残ったソレイユは、影人への罪悪感を抱いていた。

「・・・・・・・すみません影人。私は、私たち神はあの気配を知っています。ですが、まだあなたたちには教える事が出来ないのです」

 桜色の髪を光に照らしながら、ソレイユはそう独白した。

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