第74話 裏の策謀、その結果
「――ご苦労だった、クラウン」
「いえいえ、レイゼロール様の命とあらば、ですよー」
この世界のどこか。周囲が暗闇に包まれた場所で、石の玉座に座るレイゼロールは、クラウンへと労いの言葉をかけた。その言葉に対し、クラウンは相変わらず戯けた雰囲気で軽くお辞儀を返した。
「・・・・・・冥は意識を失っているのか」
「ええ、そのようですねー。最上位闇人であり、武人でもある冥さんの意識を奪う事が出来るほどの実力と力・・・・・・・・・いやはや、恐ろしい限りですね彼は」
クラウンの横の地べたに寝かされている冥を見ながら、2人は会話を続ける。クラウンがこの場所に着いてからも、冥は依然意識を失っていた。
「彼か・・・・・・・・やはり奴は現れていたようだな」
その指示代名詞を聞いたレイゼロールは、クラウンが誰のことを言っているのかすぐに理解できた。そもそも、冥ほどの闇人の意識を奪うなどという馬鹿げたマネが出来るのは、おおよそ1人しかいない。
「っ・・・・・・・・・主よ、その事について己は主に言わねばならぬことがあります」
「・・・・・・・・殺花か、いいだろう言ってみろ」
レイゼロールがある人物について考えを巡らせていると、クラウンの隣に立っていた殺花がレイゼロールにそう話しかけた。戦場からすぐにここにやって来て、レイゼロールに謁見したため殺花の服装は軽装状態のままである。
殺花は地べたに跪き、その頭を深く垂れると悔しさと申し訳なさが混じったような声音で言葉を紡ぎ始めた。殺花の平伏の姿勢は、日本人なら誰もが知っている姿勢――いわゆる土下座と呼ばれるものだった。
「
普段は無感情とでも言えるほどに、感情を表には出さない殺花。そんな殺花の魂の慟哭とでも言うような、半ば叫びに近い言葉がこの空間に響き渡った。殺花のその言葉を聞いていたクラウンは、「相変わらず、殺花さんはクソ真面目ですねー」と少し苦笑していた。
「・・・・・・・殺花、まずは面を上げろ」
そして、殺花の言葉を受けた張本人であるレイゼロールは、まずそう言葉を切り出した。殺花はフェリートと同じぐらいに、レイゼロールに対する忠誠心が高い。そんな殺花は人間時代の頃の文化や環境が影響したのか、時折行き過ぎたレベルの謝罪行動を取ることがある。今回のそれもまさしくそれだった。
(・・・・・・・・殺花の唯一の欠点は、自分に厳しすぎることかもしれんな)
内心そんなことを思いながら、レイゼロールは殺花に許しの言葉を与える。
「殺花、我はお前に感謝している。もちろんそこにいるクラウンにも、意識を失っている冥にもだ。お前達の陽動のおかげで、我は長年の探し物の1つを光導姫や守護者の妨害なく見つけることができた。・・・・・・・・まあ、1人よく分からない不審な者と軽く戦ったがそれだけだ」
「っ、主の探し物が・・・・・・・!?」
「ほう! それはそれは、
レイゼロールの「探し物が見つかった」という言葉に、殺花とクラウンがそれぞれ反応した。十闇の普段の仕事は、世界中に散らばりレイゼロールの探し物についての情報を探ることだ。ゆえに、2人にはその言葉がどれだけの意味を持つのか実感として理解できた。
「・・・・・・お前達の反応は嬉しくはあるが、とりあえず今その事は置いておけ。とにかく、我が言いたいのは自分をそんなに卑下するなということだ殺花。今回、お前が我に頼んだことはただの時間稼ぎだ。スプリガンのことは確かにもう1つの目的ではあったが、副次的理由に過ぎん」
レイゼロールが殺花と冥に話したもう1つの目的。それは、スプリガンのことだった。スプリガンは光と闇サイドの戦う戦場に現れる謎の怪人だ。その正体も目的も、出現する理由など全てが謎の怪人ではあるが、もしかしたら最上位闇人2体の出現という特殊な場ならば、スプリガンは現れるかもしれないとレイゼロールは考えていた。
そうしてスプリガンが現れた場合、出来るならばスプリガンを殺してほしい。それが、レイゼロールが冥と殺花に頼んだもう1つの目的の内容だった。
「で、ですが、己は・・・・・・」
「いいか殺花、2度も同じことを言わせるな。お前は我の頼みごと、その主たる目的を果たすために戦ってくれた。それで充分なのだ」
少しばかり力を込めた口調で、レイゼロールはそう断言した。そもそも、副次的目的であったスプリガンは、レイゼロールとフェリートすらも退かせた強敵だ。それに加えて、最上位闇人である殺花が遅れを取るほどの光導姫も戦場にいたならば、レイゼロールの副次的目的は単なる無茶ぶりになってしまう。
そして、それは副次的目的を命令したレイゼロールのミスだ。だが、レイゼロールはその事について殺花に謝罪はしなかった。もしここで自分が謝れば、殺花は更に己を責めるだろうという事が容易に想像できるからだ。
「・・・・・・・・・主のお心遣いと寛容さに、ただひたすらに感謝いたします。今1度、己は自分を鍛え直します。そして次こそは、必ずやスプリガンを討ってみせます・・・・・!」
レイゼロールの言葉に一瞬だけ殺花はその面を上げた。だが再びその頭を地に下げると、殺花は感極まったような声でそう宣言した。すぐに顔を下げ直したのは、不覚にも表情が崩れたからだ。今の殺花の顔はレイゼロールに見せるには、感情的に過ぎる。
「ああ、期待している。・・・・・・・さて、そろそろ冥にも話を聞きたいところだが――」
ほんの少しだけ口角を上げながら、レイゼロールは殺花にそう言った。そしてこれで殺花との話は終わったとばかりに、レイゼロールはその視線を倒れている冥へと向けた。
「・・・・・・・・・う? ・・・・・・・・・・・うおっ!?」
と、レイゼロールが視線を向けた瞬間、タイミングの良いことに冥は上体を起こし意識を取り戻した。次にキョロキョロと周囲を見渡すと、冥は自分の頭に手を当てた。おそらく状況を整理しているのだろう。
「・・・・ああ、そういうことか。俺はあいつと戦って負けた。そんで意識を失ってたのか・・・・・・・・」
「冥、大丈夫そうで何よりだが、まずはクラウンに礼を言っておけ。クラウンと殺花からある程度の状況は聞いている。窮地であったお前を助けたのはそこにいるクラウンだ」
状況を理解したであろう冥に、レイゼロールはまずそう話しかけた。レイゼロールの言葉に冥は「マジかよ、
「で、冥よ。お前の先ほどの様子と言葉から察するに、お前はスプリガンに負けたのだな?」
「悔しいがお前の言う通りだ。俺はあいつに負けた。しかも完膚なきまでにな。あんだけ強いと俺が思ったのは、ゼノの兄貴と戦った時以来だな」
レイゼロールの確認の言葉に、冥は珍しく真面目な口調でそう答えた。基本的に粗野な性格寄りである冥だが、冥は武人でもある。素直に自分の弱さを認め、敵の強さを認めるということはとても大事な事なのだ。
「・・・・・・・スプリガンとの戦いは滅茶苦茶ワクワクしたんだ。あんだけ強い奴と戦うのはかなり久しぶりだったからな。だからあいつと戦えてよかった。そこは、その機会を与えてくれたあんたに感謝するぜレイゼロール」
冥は立ち上がると、右手の拳を左手で包んだ。冥の人間時代の母国では、
「き、貴様が感謝だと・・・・・・・?」
「これはこれは! 冥さんが真面目に感謝するなんて、明日は剣でも降りますかねー」
「うるせえな、てめえら! 俺のことをなんだと思ってやがる!?」
冥の至極真面目な言葉と態度を目の当たりにした殺花とクラウンは、ありえないものを見るような目で冥を見つめた。そんな2人の言葉に冥は、いつも通りの口調で2人に怒りの言葉を返した。
「ったくよ・・・・・・・・おう、だがよレイゼロール。俺は次は絶対に負けねえ! 俺が負けたのは俺が弱かったからだ! なら次にあいつに、スプリガンとまた会うまでに俺があいつより強くなりゃいい! だから覚えとけよ! あいつに勝つのはこの俺だ!!」
冥がその瞳を爛々と輝かせそう宣言した。その啖呵を聞いた殺花とクラウンは、「やはりいつもの馬鹿と変わらんな」「いやー、やっぱり冥さんって感じですね」と呆れていたり苦笑していたりした。殺花に限っては、自分も先ほど同じようなことをレイゼロールに宣言したので、冥の言葉を馬鹿には出来ないはずだが、そこは自分は自分。他人は他人というやつだ。
「・・・・・・・・お前の啖呵はしかと我が受け取った。お前たちが奴に勝つことを願おう。では、これで解散と――」
レイゼロールが冥、クラウン、殺花に向かってそう言おうとしたとき、レイゼロールと3人との間の空間に突如として濃い闇の渦のようなものが出現した。するとその渦の中から2人の人物が現れた。
「はい、到着っと。ほらキベリア、酔ってないでシャキッとしなさい。全く、あなたの体は本当に貧弱ね」
「うぷっ・・・・・・・・む、無茶言わないでくださいよシェルディア様。私酔いやすい体質だから、転移でも酔うんですよ。つまり転移酔いです。というか、そもそもこの体はほぼ人間と変わらないわけで、それはつまりモヤシ時代の私の体という――」
「どうでもいいわ、そんなこと。ああ、久しぶりねあなたたち。さっきは見てただけだったから話すのはなんだか新鮮かもしれないわ」
現れたのはシェルディアとキベリアだった。シェルディアは気分が悪そうにしているキベリアとの会話を切上げると、驚いたような表情を浮かべている3人の闇人に向かってそう語りかけた。
「シェ、シェルディアの姉御・・・・・・・」
「お、お久しぶりですシェルディア様。しかし、その言葉の意味はいったいどういう・・・・・・・・」
「・・・・・・・・いやー、さすがはシェルディア様。ワタクシなどより遥かに神出鬼没でいらっしゃる。ワタクシも見習わなくては・・・・・・・」
シェルディアを久しぶりに見た3人の闇人たちはそれぞれの反応を示した。
「あ、殺花! よかった〜! 私、殺花が浄化されるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだから!」
「キ、キベリア殿? な、なぜその事を・・・・・・?」
そして、殺花の姿を見たキベリアは驚き戸惑っている殺花に抱きついた。殺花とキベリアは十闇の中でもかなり仲の良い部類に入る。ゆえに殺花も戸惑ってはいるものの、キベリアの抱擁を嫌がりはしなかった。
「・・・・・・・・・なるほどな。シェルディア、貴様キベリアと共に見ていたな?」
「ええ、おかげでスプリガンを見る事が出来たわ。残念ながら、接触は出来なかったけどね」
キベリアの言動からシェルディアたちも戦場にいた事を察したレイゼロールは、シェルディアにそう言った。シェルディアの突然の登場に、レイゼロールだけは別段驚いてはいなかった。シェルディアと付き合いの長いレイゼロールは、シェルディアはそういうものだと半ば理解を諦めていた。
「え、姉御とキベリアもいたのかよ!? 俺全く気がつかなかったぜ・・・・・・」
「ふふっ、それは仕方ないわよ冥。あなたは戦いに集中していたし、私たちの存在はあなたたちには認識出来ないようにしてたから」
冥の反応を見たシェルディアは、笑みを浮かべながらそう言った。その話を冥の横で聞いていたクラウンは、「それはそれは・・・・・・・・・・いつかワタクシもそんな
「それよりレイゼロール。私が来た用件はだいたい予想できているんでしょう? あなた、今はどれくらいなのかしら?」
「・・・・・・・・・・別にそれほどだ。まだカケラの1つを戻したに過ぎないからな。やはり『終焉』の権能を我が手に戻すには、全てのカケラを手に入れなければならないようだ」
シェルディアはレイゼロールの方へと振り向きながら、ここに来た目的についての話を切り出した。そのシェルディアの問いかけにレイゼロールは、つまらなさそうに言葉を返す。
「シェルディア、その事についてではないが我も貴様に話がある。・・・・・・・・お前達、悪いが少し席を外してくれ」
「ふーん、いいわね。なんだか面白そう。ごめんなさい、4人ともレイゼロールの言う通りに少し席を外してくれるかしら?」
レイゼロールのその言葉に興味を抱いたシェルディアは、レイゼロールに追従するような形で4人の闇人にお願いをした。レイゼロール、シェルディアという巨大な力を持つ2人の言葉に、「姉御の頼みならしゃーないな」「御意に」「わ、わかりました」「了解ですー。そうだ皆様、ワタクシの部屋でトランプでもいたしませんか?」「ああん? まあいいか。俺は乗るぜ」「カード遊戯か・・・・・・己は遠慮して――」「ええ!? せっかくだからやりましょうよ殺花! 私は殺花と遊びたい!」「っ・・・・・・・・・わかった、キベリア殿がそう言うならやりましょう。おい、冥。やるからには貴様には負けんぞ」「そりゃこっちのセリフだ陰険女。お前にだけは負けねー」「フフフフ、これは楽しくなりそうですねー」4人の闇人はとりあえずの了解を示した。どうやらこれから4体の闇人による軽いトランプ大会が開かれるようである。
「ふふっ、いいわね。とっても楽しそう。私も後で参加しましょうっと。あ、そうだ。レイゼロール、あなたも後で一緒に参加しにいかない?」
「・・・・・・・・・遠慮しておく。それより、そろそろ本題に入るぞ」
「ノリの悪い子ね。ま、いいわ。で、話って何なのレイゼロール。カケラのことについてじゃなくて?」
4人がいなくなったことを確認したレイゼロールが本題に入るべく言葉を切り出す。シェルディアは一瞬つまらなさそうな顔にはなったが、レイゼロールの話が気になるのかすぐに機嫌を直した。
「ああ、カケラに関係すると言えばすることだ。・・・・・・・・これを聞けばお前も少しは驚くだろうな。つい先ほどのことだ。我はスイスにあったカケラを回収した。カケラがあったのは地下の祠のような場所でな、我が地上に出て少しすると、黒いぼろフードを纏った謎の人物が現れた。おそらくだが男だ」
「黒フードの人物? 守護者か何か? 人間だったの?」
「・・・・・・分からない。少なくとも身体能力は人間を凌駕していた。それこそ光導姫や守護者のようにな。我も最初は守護者かと疑ったが、奴の得物を見てその考えを改めた。・・・・・・・・・・聞いて驚けシェルディア。奴が持っていた武器、それは――」
シェルディアがその顔を疑問に染める中、レイゼロールは言葉を呟く。レイゼロールにとっては、忌々しい記憶を想起させるその言葉を。
「フェルフィズの大鎌――お前も知っての通り、神殺しの大鎌だ」
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