第73話 敵対宣言と気配の正体

(ま、そんな事は俺には出来ねえんだがな)

 ――自分の邪魔になるならば、スプリガン自身が光導姫と守護者を排除する。

 そんな感じの言葉を、影人は静かに敵意向きだし的な口調で宣言したが内心はいつもの影人と何ら変わっていなかった。

「「っ・・・・・・・・・!?」」

 影人の冷たい言葉を聞いて、1番ショックを受けていたのはやはりと言うべきか、陽華と明夜だった。2人の顔色と表情は明確に変わっていた。

「・・・・・・・それが貴様の本心か。であれば、貴様の先ほどの言葉は宣戦布告と取ってもいいのだな」

「・・・・・・・・好きに解釈しろ。俺は誰ともなれ合うつもりはない」

 苛烈とでも言うべき敵意をその赤い瞳に乗せ、アイティレはそう言葉を返してきた。こういうときに、自分にマイナスのイメージを持っている人間は扱いやすくていいと影人は思った。

「っ、待ってください! スプリガン、そもそもあなたの目的とはいったい何なんですか? なぜあなたは、私たち光導姫や守護者の前に現れるのです? 理由を聞かせてはくれませんか?」

 このままでは戦いになると感じたのだろうか、風音が影人にそんなことを聞いてきた。なぜ、スプリガンが光導姫や守護者を助けたのかという理由は、影人が先ほど自分の目的に関係していると言ったので、風音はその事は聞いてこなかった。言葉の理解力が高いな、と影人は感じた。

(ったく、こういう奴の方がはるかにめんどくさいんだよな・・・・・・・・そもそも、俺に目的なんてねえし)

 自分を敵と定めているアイティレはまだ扱いやすい。なぜならば、アイティレには明確な自分への敵意があるからだ。

 だが、風音は違った。和平論者というわけではないのだろうが、風音はまず話を聞きたいというスタンスを示した。そこに含まれる意味合いというのは、「回避できる争いならば回避する方がよい。目的を教えてくれたら、もしかしたら戦わずに済むかもしれない」といったようなものだろう。その事を理解していた影人は、『巫女』という人物は思ってた以上に厄介な人物かもしれないと考えを改めた。

(私やあの2人を助けてくれたこの人が完全な悪人だとは、私には思えない。彼の目的次第では、もしかしたら良好な関係を築けるかもしれない)

 風音の意図は影人の予想通りのものであった。陽華や明夜たちと同じように、スプリガンに危機を助けられた風音は、少しばかりスプリガンに対する考え方が、陽華と明夜寄りのものになっていた。

「・・・・・・・・お前たちに教えるつもりはない。いま言ったはずだ、俺は誰ともなれ合うつもりはないってな」

「な、なぜなんですか!? あなたの目的しだいでは、対立する必要も――」

 影人の拒絶の言葉に風音は驚き、なおも食い下がろうとした。だが、風音の言葉の途中で意外にも刀時が割り込んできた。

「たぶん無駄だよ、風音ちゃん。きっとこいつは絶対にそんなことを俺たちには教えてくれない。だって眼が物語ってるからね。少しでも俺たちと歩み寄ろうっていう気があるなら、こんな冷たい眼は向けてこないはずだから」

「そ、それは・・・・・・・・」

 刀時の指摘に風音が言いよどむ。なぜならば、刀時の指摘は最もだと風音は感じたからだ。

「・・・・・・・・ところで、俺は噂の君と今日初めて会うわけだけど、おたくいったいどんな人生歩んできたわけ? いや、見たところ俺らと同じくらい若いし、闇人とも敵対してたから、もしかしたら人間かなーって。で、人間で見た目通りの若さだとしたらさ、いったい、どんな経験すればそんな冷たい眼が出来るのかなって。いや、ちょっとした興味だよ」

 言葉通り、影人に興味深そうな視線を向けながら刀時はそんなことを質問してきた。別に影人は演技で冷たい眼というか、態度をしているだけなのだが、どうやらこの守護者の目は節穴のようだ。

「・・・・・・・・知りたがりは命を落とすぞ。その無駄な好奇心を引っ込めることだな」

 とりあえず、どこかドヤ顔の節穴守護者を内心哀れに見つつ、影人はそれっぽい言葉を返してやった。スプリガンの雰囲気を保ちつつ、それに見合った言葉しか喋れないというのは、中々に不憫だ。

「おっと、そうかい。そいつは失敬。なら今の質問は忘れてくれ」

 ひょいと両腕を上げながら、刀時はクールにそう言った。その態度から、この守護者はこれ以上自分に関わりはしないだろうと影人は思った。どうやら物わかりはいいらしい。

(つーか、はまだかよ。もう戦いも終わったし、あの円も消えたんだ。そろそろあれが来てもいい頃だがな)

 影人は内心そんな愚痴をこぼす。このままでは、本当にもう一戦ことを構えなければいけないかもしれない。別に戦えなくもないが、はっきり言って影人は疲れていた。出来れば戦うのは面倒なので避けたい。そのためには、きっかけが必要だ。

 と、影人がそんなことを思った瞬間に、光導姫や守護者たちが光に包まれ始めた。

「「「「「「!?」」」」」」

(やっとか! よし、この瞬間に乗じて――)

 それは光導姫や守護者を別の場所へと移動させる転移の光。影人はこの瞬間をキッカケにするべく、その場で跳躍した。

(俺の転移するための条件は、視界内に転移場所を収める事。とりあえず、、一旦遠くへ転移だ)

 影人が感じていた、自分以外の観察者の存在。その存在の気配を今も変わらず影人は感じていた。

 本当にこの場に自分以外の観察者がいるのか、実のところ影人には分からない。もしかしたら、影人の思い違いである可能性もあるからだ。

 だがもし影人の感覚が正しかった場合、この場に残るのは危険だと影人は考えていた。観察者がいるとして、その目的は影人にもわからない。しかし、もしもその目的が影人、いやスプリガンという存在であったとすれば、観察者は自分が1人になったタイミングで何かを仕掛けてくる可能性が高い。

 そして、観察者の戦闘能力が未知数の今、消耗し疲れている影人が戦闘を行うリスクというものは、通常時のそれよりも高い。以上のような理由から影人は、光導姫と守護者が転移するのと同時に転移しようと考えたのだ。

(もう1つの可能性として、光導姫か守護者が目的の場合もあったから、俺もすぐには転移出来なかったがこの状況なら俺も転移は可能だ)

 同時の転移ならば影人が何かを心配するような事もない。考えすぎ、用心のしすぎと人は思うかもしれないが、影人の仕事は失敗が許されない。ゆえに、このような思考は当然のものだった。

「待ってスプリガン! 私、まだあなたと話したい事がたくさん――」

「・・・・・・やはりお前は僕たちの敵だ」

 地上では跳躍し空に舞ったスプリガンを見上げ、陽華や光司がそれぞれ言葉を呟いていた。陽華の言葉は半ば叫びに近かったので、影人の耳にもかろうじて届いたが、光司の低い声の呟きは影人には届かなかった。

「ふん・・・・・・・・・・しばらく、さよならな事を願うぜ」

 決して、地上の光導姫や守護者には聞こえない声で影人が放った独り言は夜の空へと溶けていった。

 そして、影人は適当な視界に映っている建物を転移先に決めると、自分の前方に闇色の渦のようなものを発生させた。

 最後に自分を見上げる様々な感情を映した視線を見下しながら、影人は渦へと消えた。

 その数秒後、計6人の光導姫と守護者も光に包まれてその場から姿を消した。

 思惑、敵味方入り乱れたこの戦いは存外あっけなくその幕を閉じた。












「――あらあら、光導姫や守護者がいなくなった後にでもスプリガンと絡もうと思っていたら、彼も同時に消えちゃたわ。残念、という他ないわね」

 影人と光導姫や守護者も消えた後、『世界』を解除したシェルディアは戦いの爪跡が残るこの場所を見ながら、そう呟いた。断絶された『世界』を解除した事によって、シェルディアは現実世界へと戻っていた。

「ま、まあシェルディア様からしたらそうですよね。というか、まさかクラウンまで来るなんて意外でした。あいつ、いつからいたんでしょうか?」

「さあ? あの子の事は私にもよくわからないから。いつからいたのか正確には分からないわ。でも、ほぼ終盤だと思うけど。だって、序盤からいたらクラウンも戦闘に参加しているはずだもの」

 シェルディアと同じく断絶された『世界』から現実世界に戻ったキベリアの疑問に、シェルディアはそう答えた。クラウンの闇の性質の事もあるが、クラウンという闇人の事は、どうもシェルディアにもよく分からない。十闇の中でも、クラウンは新人の部類に当たるという事情も手伝っているが、クラウンの纏う雰囲気が1番大きな原因だろうとシェルディアは考えている。

「・・・・・・クラウンが来たのって、レイゼロール様の指示ですよね? レイゼロール様にはあの状況が読めてたんでしょうか?」

「たぶん保険の意味合いの方が強いと思うわ。スプリガンが現れた時の可能性を考慮してのことでしょうけど。スプリガンは闇の力を使うから、闇人の浄化は出来ないけど、その場に居合わせた光導姫が、スプリガンと戦って弱った冥と殺花を浄化するかもしれない。最上位闇人という手駒はあの子にとっても貴重だから、そんな事態は起こしたくない。そのための保険じゃないかしら?」

 キベリアの質問に、シェルディアはスラスラとまた答えを返した。そんなシェルディアの言葉を聞いたキベリアはついこんな事を言ってしまった。

「・・・・うーん、やっぱりシェルディア様って頭いいですよね。普段は見た目通り子供っぽいから忘れがちですけど」

「あら? だ・れ・が子供っぽいって? キベリアあなた、またデコピンをくらいたいようね・・・・・・!」

「わっ、わぁーー!? ご、ごめんなさいってシェルディア様! ついポロっと本音が・・・・・・・・・!」

 キベリアの言葉を聞いて、シェルディアはニコニコ顔でそう言ってきた。顔は笑顔だが、怒っているのが丸わかりである。その証拠に、デコ辺りに軽く血管が浮き出ている。

「本音ですって? 全くあなたって子は本当に生意気ね。ほら、おでこを出しなさい。大丈夫よ、私は優しいから軽くあなたが吹き飛ぶくらいの力でやってあげるから」

「それ普通の人間なら下手したら死にますよね!? ど、どうか許してください〜!」

「こら、待ちなさいキベリア!」

 緩い空気で軽い追いかけっこ状態になったシェルディアとキベリア。だが、力を封じているキベリアがシェルディアから逃れるはずもなく、3秒後にキベリアは捕まった。

「ひぃー! ごめんなさいごめんなさい! もう生意気な事は言いませんから、マジデコピンだけはどうかーーー!」

「・・・・・・はあー、うるさいわね。興が削がれたわ。もう何もしないから、安心なさいな。それより、私これからレイゼロールに会いに行くけど、あなたはどうする? 別に行く用事がないなら、1度マンションに戻ってあなたを置いていくけど」

 泣き叫ぶキベリアに呆れたような表情を浮かべながら、シェルディアはそう聞いた。シェルディアの言葉を聞いたキベリアは意外そうに「えっ!?」と驚いたような声を上げた。

「な、何でレイゼロール様に会いに行くんですか? このタイミングでシェルディア様がレイゼロール様に会いに行く意味が分からないんですが・・・・・・・・・」

「だって仕方ないじゃない。スプリガンの気配を覚えられていたら私だってスプリガンを追っていたわ。けど、彼の気配は覚えられなかった。なら、まだレイゼロールに会いに行った方が面白いでしょう?」

 シェルディアが当然ではないかと言わんばかりの口調で首を傾げる。だが、キベリアはシェルディアのその言葉の意味を理解できていなかった。

「・・・・・・あの、すみません。話が見えてこないんですが・・・・・・・・・・」

「? そう? ああ、そう言えばさっき結局説明してなかったから、分からないのも無理ないわね」

 キベリアの反応に不思議そうな顔をしたシェルディアだったが、先ほどの記憶を思い出した事でキベリアの反応に合点がいった。

「ほら、さっき巨大な闇の気配を感じたでしょ? 力を封印してるあなたも感じる事ができた程の闇の気配。さっきあなたに説明しなかったけど、私あの気配に覚えがあるの」

 シェルディアは月を見上げながらそう言葉を続けた。キベリアは質問を挟む事なくシェルディアの話を聞き続ける。

「あの気配はあの子の全盛期の力の一端、今では私や神々しか知らない懐かしい気配。・・・・・・・『終焉しゅうえん』の力を扱えていた頃のレイゼロールの気配よ」

「っ!? レイゼロール様の・・・・・・? あ、あのシェルディア様、その『終焉』の力っていったい何なんですか? 私たぶん初耳だと思うんですけど・・・・・・・・・・・・」

 さらりととんでもない事を聞いたのではと感じたキベリアが、反射的にシェルディアにそう問いかけた。なんだか、シェルディアといると自分は質問ばかりしている気がするが、それは仕方がないだろうとキベリアは思う。何せ、シェルディアは十闇の最古参メンバーの1人だ。レイゼロールとの付き合いはキベリアなどよりも遥かに長い。

「・・・・・・そうね、あの子本来の力とでも言っておきましょうか。それ以上は私からは言えないわ。一応、レイゼロールの過去に関わる事だしね。ま、あなたに伝わりやすいように言うと、レイゼロールの探し物の1つがようやく見つかったという事よ。だけど、まだ全盛には程遠いでしょうね。・・・・・・に散らばったカケラはまだ複数あるから」

「そう、なんですか・・・・・・・・・・」

 シェルディアの言葉をキベリアは完全に理解したわけではない。結局、シェルディアは終焉の力なるものについて深くは語ってくれなかったし、あの時というのがいつなのかもキベリアには分からない。

 だが、分かった事もある。それはレイゼロールが長年探していた探し物の1つが見つかったということだ。その事実を知れただけでも、キベリアはよかったと思えた。キベリアも一応レイゼロールには忠誠を誓っている身だ。その事実はキベリアにとっても吉報だった。

「・・・・・つまり話を整理すると、シェルディア様は探し物が見つかったレイゼロール様にちょっかいをかけに行くって事ですよね?」

「うーん、まあそういうことね。で、結局あなたはどうするのキベリア? 一緒に来るの? 来ないの?」

 キベリアの確認に頷いたシェルディアは再びその事を聞いた。元々、これはそういう話だ。

「・・・・・・・・・・・そうですね、私もせっかくだから行こうと思います。あそこに置いてある魔導書も何冊か取りに行きたいですし」

「分かったわ。なら、さっそく行きましょうか」

 話は決まったとばかりに、シェルディアは手を叩いた。するとシェルディアとその隣にいたキベリアが、シェルディアの影に沈んでいった。

 ――この戦いの裏で起こっていた出来事は、これからの光と闇の情勢を少なからず変えるものだった。

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