第72話 勝者は

(・・・・・・・・すみませぬ、我が主。主のお力になれず、己はここで逝く運命のようです)

 自分に迫ってくる『提督』の最大浄化技――全ての存在を永遠に凍らせる極光の浄化の銃撃を見つめながら、殺花は内心そんなことを思った。

(不甲斐ない、敵を誰1人道連れに出来ず浄化されるとはな・・・・・・・・)

 あと数秒で殺花は浄化されるだろう。『提督』ほどの光導姫の最大浄化技を真正面から受けては、さすがの殺花も浄化されることは免れない。

 殺花が闇人にとっての死を覚悟し最後に思ったことは、ただレイゼロールに対する謝罪の気持ちだった。

 最上位の闇人の1人が浄化される――光導姫と守護者にとって凄まじいアドバンテージになるはずだったその事態は、しかし訪れることはなかった。

「――1,2,3であら不思議。アレとコレが入れ替わり! ですー」

「「!?」」

 浄化の光が殺花の目の前まで迫った瞬間、どこからか男の声が聞こえてきた。

 パンッ! と手を叩く音が聞こえたかと思うと、その時不思議な事が起こった。

 なんと両足が凍って動けないはずの殺花の姿が突如として消えたのだ。そして殺花のいた位置には、手のひらサイズのピエロ人形が出現していた。

 アイティレの放った最大浄化技はその人形を空中で凍らせた。いや、凍らせながら人形はまるで砂のように崩れて去っていった。

 何が何だか分からぬまま、必中であったはずのアイティレの最大浄化技は失敗に終わったのだ。

「っ、いったい何が・・・・・・・・・!?」

 これにはさすがのアイティレも混乱することを余儀なくされた。何者かの声が聞こえ手の叩く音が聞こえたかと思うと、殺花の姿は消えていた。透明化ではない。なぜなら殺花は動けなかったからだ。

(あの姿を霧のように変える技を使ったのか? いや、それはない。それならばもっと早くに使っていたはずだ。だが、私の永久凍撃は何かには当たった。いったい何に当たったというのだ?)

 標的であった殺花が消えた事はアイティレにも一瞬ではあったが見えた。アイティレの最大浄化技である『永久凍撃、全開発射』はその威力は申し分ないのだが、その1つの欠点は視界性の悪さだ。全てを凍らせる極光の光の銃撃は、その光の太さとでも言うべき範囲の大きさから、撃ってしまえば標的の姿が非常に確認しづらくなる。標的の姿が見えるのは、最大浄化技が敵に収束する前のほんの一瞬だけだ。

 そしてその一瞬の間に殺花は忽然と姿を消していた。アイティレが呆然としていると、どこからかおどけたような男の声が聞こえてきた。

「いやー、まさに間一髪でしたねー。ですが、この間一髪というものも奇術の醍醐味。どうでしょう、お楽しみ頂けましたか? お客様」

「っ、何者だッ!」

 声がした方向を振り返り、アイティレは銃を構えた。声がした方向はアイティレから右斜め前方。するとそこには、奇妙な出で立ちの男と消えた殺花が存在していた。

「はい、お客様とは初めてお会いいたしますねー。ワタクシめはクラウンと申す者。一応、十闇の末席を務めさせて頂いている者でもありますが、見ての通りと名の通り、ただのしがない道化師でございます」

 ピエロ風のペイントを顔に施し、亜麻色の髪を揺らすクラウンと名乗った男は、恭しい感じでアイティレに向かってお辞儀をしてみせた。

「・・・・・・・・・貴様、闇人か。それもその女と同じ最上位クラスの」

 アイティレはクラウンと初めて会う形だったが、その言動と雰囲気からクラウンが殺花と同じく最上位クラスの闇人であることは予想できた。

「あはは、まあそうではありますがー。いやはや、申し訳ありませんお客様。本日のワタクシは楽しくお喋り出来ない身でして。何せ、あそこで伸びている冥さんも回収しなくてはなりませんから」

 そう言って、クラウンは大きく地面がへこんでいる中心地に目を向けた。そこには意識を一時的に破壊され意識を失っている冥が仰向けに倒れ込んでいた。

(先ほどの凄まじい衝撃音と下の円模様が消えた事で、大体何が起きたかは察していたが・・・・・・・・・・スプリガンめ、やはり奴の強さは私達の脅威になるか)

 並行的に行われていた冥とスプリガンの戦いに決着がついていたことは、アイティレにも分かっていた。何せ、凄まじい衝撃音がこの戦場全体に響き渡ったのだ。殺花との戦闘に集中していたアイティレにもその音は聞こえていた。

「・・・・・・・・何だお前は」

 そして空中から冥の横へと着陸していた影人は、新たなる人物の登場にその眉根を寄せた。冥をぶっ倒して真場が消えていることを確認していたら、道化師のような男が戦場に増えていた。はっきり言って、中々理解が及ばない。

「あなた様にもお初にお目にかかりますー、スプリガン様。ワタクシはクラウンと言う者です。あなたのお噂はかねがね。フェリートさんにレイゼロール様、それに冥さんにまで勝利したあなた様の強さは・・・・・・・・・闇人である私から見ても化け物、と評せざるを得ないですね」

「・・・・・・・お前は闇人か。見たところ、お仲間の闇人の救援にでもしにきたってところか」

 クラウンと名乗ったその男は、ほんの少し真剣な目つきで影人を見つめてきた。クラウンの言葉から闇人ということは分かったので、クラウンの目的を状況から影人は察した。

 あと、誰が化け物か。自分はまだ人間である。人間を辞めた奴にそんなことを言われる筋合いはない。

『くくっ、まあ大体は合ってる評価だな』

(おい、イヴ。俺はちょっとばかし特殊な仕事をやらされてるが、ただの人間だ。てめえらの評価は的外れもいいとこだぜ)

『さあ、どうだかな』

 イヴはそう言い残すと、それ以降は何も言いはしなかった。後で覚えとけよ、と影人は思ったが、現実では先ほどの影人の言葉に反応したクラウンが「ご明察!」と拍手をしてきた。

「観察眼も素晴らしいですー。あなた様の言うとおり、ワタクシめの仕事は、殺花さんと冥さんの救援でして。まあ、このような場合はお2人を回収して撤退、ということになりますが」

「・・・・・・逃がすと思うか? そこの闇人は逃したが、冥は意識を失っている。このチャンスを逃すほど甘くない」

 アイティレが割り込むように、クラウンを睨め付けた。殺花を浄化できる絶好のチャンスは非常に残念ながら逃してしまったが、まだ意識を失っている冥がいる。冥が意識を失っている今ならば容易に浄化は可能だ。

「――ええ、そうね。私達はこのチャンスは逃さない。最上位の闇人が視界内で意識を失っている、きっとこんな機会は100年に1回とないわ」

「だね、俺らサイドからしてみれば激アツな展開だ。ま、戦ったの俺たちじゃないけどね」

 複数人の足音とそんな声と共に現れたのは、影人の生み出した闇のモノたちと戦っていた風音や刀時たちだった。影人が召喚を中止したため、残っていた闇のモノたちを全て倒し終えて、アイティレに合流してきたのだろう。

「スプリガン・・・・・・・・」

「お久しぶりね、スプリガン。この前はどうも」

「・・・・・・・・・・」

 そしてその中には当然、陽華、明夜、光司もいた。相変わらず明夜はどこか空気を読めていないようで、影人に気さくに話しかけて来たが影人は無視を決め込んだ。

「無視はひどくないかしら? 私達あなたが召喚した奴らとえげつないほど戦わされたんだけど。無視していいのは虫だけって――」

「わー!? 明夜それ以上はダメ! さすがに空気読んで!」

 陽華が慌てたように明夜の口を塞いだ。さすがに、この場面でのオヤジギャグは空気がえげつないことになる。「むぐっ!?」と明夜は口を押さえられジタバタとしていた。

「うん、あなたいいですねー。ここでユーモアのある言葉を言おうとしたのは、とてもエンターテイナーに向いていると思いますよ。何よりもまず、その心が素晴らしい」

 パチパチとなぜか明夜に向かって拍手を送りながら、クラウンは微笑んだ。クラウンの言葉を聞いた明夜は、もう陽華が手をどけていたこともあり「あ、ありがとう・・・・・・・?」と反射的に言葉を返していた。さすがの明夜も、これには疑問形である。

「・・・・・・・コホンッ! とにかく、私達はお前達を逃がしは――」

 アイティレが結局微妙な感じになってしまった空気を正すべく、1つ咳払いをした。とにかく冥を逃がさないという意思表示を再度示そうとアイティレが、言葉を紡ごうとすると、クラウンが何気ない感じでこんな言葉を挟んできた。

「あ、もう冥さんは回収しましたので、ワタクシたちはこれで失礼します。では、また機会があればお会いしましょう」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 本当に気がつけば、いつの間にかクラウンが倒れていたはずの冥を脇に抱えていた。その事実に、クラウンと殺花を除いた全員がその目を驚きの色に染めた。すなわち、影人、アイティレ、風音、刀時、陽華、明夜、光司の7人だ。

(くそっ、いったいどういうことだよ!?)

 その現象が起こった事に気がつかなかった影人は、すぐさまその目を冥が倒れていたはずのクレーターのようになっている地面の中心部へと向けた。

(何だあれ? ピエロ人形・・・・・・・・・?)

 影人が目を凝らしてみると、先ほど冥がいたはずの位置には手のひらサイズのピエロ人形のようなものが転がっていた。

「パチンッ! と鳴らせばあら不思議。道化師たちはたちまち消え去ります! ですー」

「・・・・・・『提督』、それにスプリガンよ。この屈辱はいずれ晴らす・・・・・・!」

「くっ、待て!」

 アイティレが銃を撃とうとするがもう遅かった。

 クラウンのまるで手品をするかのような言葉と、殺花の捨て台詞が聞こえ、クラウンが指を鳴らしたかと思うと、2人とクラウンに抱えられた冥の姿は、まるで奇術のようにサッパリと消えてしまった。

 放たれたアイティレの弾丸は、ただ虚空を進んでいっただけだった。

「クソッ! 逃がしたか・・・・・・・・・! 絶好のチャンスだったと言うのに・・・・・・!」

 アイティレが思わずガンッ! と地面を踏みしめた。上手くいけば殺花と冥を浄化できたというのに、クラウンの登場で全ての歯車は狂ってしまった。

(俺が冥の意識を途切れさせたことで、くしくも逃げることが出来たってわけだな。皮肉かどうかは分からねえが、俺にとっちゃどうでもいい)

 珍しく感情を露わにして悔しがる『提督』を見ながら、影人はそんなことを思った。光導姫・守護者サイドからしてみれば、最上位闇人を浄化できるチャンスというのは滅多にないことなのだろう。そのチャンスを2度も不意にされてはたまったものではないということか。

 冥の意識を一時的に破壊し、無防備状態を作ったのは影人だが、冥の浄化云々は影人にとってはどうでもよかった。別に得物を横取りされるとかそんなことは影人はカケラも思ってもいない。影人はただ仕事で冥の意識を奪っただけだ。そして影人にとっての仕事は、陽華と明夜を、場合によってはその他の光導姫や守護者を影から助けること。ゆえに、闇人の浄化ははっきり言ってしまえば影人の仕事には関係がない。まあ、浄化できないよりかは浄化できる方がいいとは思うが。

「・・・・・・・・・・」

 クラウンなる闇人の登場により、意外な結末となった戦いではあったが、とりあえず影人の仕事は終わった。影人はアイティレたちから背を向けて、この場を去ろうとした。だが、その影人の所作に気がついたアイティレが待ったの声を掛ける。

「待て、スプリガン。奴らは逃がしてしまったが、私は貴様まで逃がすつもりはない」

「・・・・・・・・この前の戦いの決着を着けようってか」

 影人は自分の後方から声を掛けてきたアイティレに半身だけ振り返ってみせた。やはりと言うべきか、『提督』は自分を見逃してはくれないようだ。

「ああ、そうだな。それもいいだろう。光臨状態の私ならばお前とも互角以上に戦える」

「っ、ちょっと本気なのアイティレ?」

 そのアイティレの強気な言葉に1番初めに反応を示したのは風音だった。ちなみに、風音を含む5人はアイティレから1メートル以上離れた後方にいる。これは風音がアイティレの『絶対凍域』を意識しての指示だった。光臨したアイティレの『絶対凍域』唯一の欠点は、通常の『凍域』とは違い、アイティレを攻撃しようとした者だけでなく、範囲内に入った全ての者を凍らせるというものだ。つまり、光臨したアイティレの1メートル以内は味方でさえも問答無用に凍らせる。

 その事を知っていた風音はあらかじめ自分以外の4人にその事を伝えていた。だから風音を含む5人はアイティレから1メートル以上距離を取っているのだ。

「・・・・・・・やめとけよ、別に今の俺はお前と戦うつもりはない。それに、その光臨ってやつは時間制限つきなんだろ。残りの詳しいリミットまでは知らないが、時間はもう少ないはずだ。そんな状態で、お前が俺に勝てるはずがない」

 淡々とピリついた雰囲気のアイティレに影人はそう言葉を返した。正直に言ってしまえば、影人ももうかなり闇の力は消費してしまったので、アイティレと戦うということになればかなり厳しくなる。

 だが、影人はあくまで強気だった。人によっては挑発に聞こえるかもしれない言葉も混ぜながら、影人は正体不明目的不明の実力者を演じることを忘れない。

 なぜならば、それがスプリガンだからだ。

(ま、単純に負けたくねえって気持ちがないって言えば嘘になるが)

 内心軽く舌を突き出しながら影人はそんなことも思っていた。

「っ・・・・・・・・貴様、光臨の制限時間の事を知っていたのか」

 影人の言葉を聞いたアイティレが少しその顔色を変えた。どうやら影人が知らないと思っていた弱点を知っていた事に戸惑っているようだ。

(・・・・・・・・ちょっと言葉を畳み掛けてみるか)

 影人はこの場にいるメンバーのことを思い出しながら、そんなことを思った。ここにいる『提督』、『巫女』、『騎士』は最上位の実力者だ。もう1人の和装の守護者のことは影人は知らないが、この戦場にいたということは光司と同様に最上位の守護者とみるのが自然だろう。

 そして影人が影から守るべき対象である陽華と明夜。ここらで自分の立ち位置を少し調整するには絶好の機会だ。

「・・・・・・・1つ言っておく。例えお前ら全員が俺と戦っても俺には勝てない。それは純然たる事実だ。俺には俺の目的がある。そこの2人や『巫女』を助けたのは俺の目的が絡んでるからだ。だから。・・・・・・・・・そしてお前達が俺の目的の障害になり得るなら、その時は――」

 緊張している面々に向かって影人は、自分の目的が決して分からないような口調で言葉を紡いでいく。この言葉は光導姫と守護者全員に言っているものでもあるが、未だに自分スプリガンを信じている陽華と明夜に向けた言葉でもある。

(俺の立ち位置は少しばかり光導姫と守護者に寄りすぎた。まあ何回もこの2人と光導姫とか守護者を助けてれば当然だな)

 寄りすぎた立ち位置はスプリガンという存在にとっていいものではない。片方の立場に寄りすぎれば、いつか自分の正体と自分の真の立ち位置がバレるかもしれない。

 だからこそ、この機会に影人は自分の表面的な立ち位置を調整しようと考えたのだ。

 影人はチラリと帽子の下から陽華と明夜を見た。2人も他の者たちと同様に緊張しているような顔をしているが、どこかショックを受けたような表情も同時に浮かべていた。

(・・・・・・・・ソレイユから聞いた話じゃ、どうやらお前らは俺の事を信じてるみたいだが、その信用は俺には不要だ。だからお前らの信用をここでぶち壊させてもらうぜ)

 そして影人は明確なる敵意を伝える言葉を呟く。どこまでもドライに自分の立ち位置を見つめながら。

「――俺はお前たち光導姫と守護者を潰す」

 底冷えするような声音で、影人は特大の嘘をぶちまけた。 

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