第70話 終幕への序曲

(・・・・・・『提督』の奴、あんな力を隠してやがったのか)

 冥との戦いを依然続けていた影人は、姿が変わったアイティレの力を見て内心、警戒感を強くした。

「おっ、ありゃ光臨じゃねえか。へえ、『巫女』以外も使えるやつがこの場にいやがったのか。あっちもあっちで面白そうだ」

 今は影人と少し離れた距離にいる冥が、アイティレと殺花の戦いを見てニヤニヤとした笑みを浮かべた。どうやら冥は『提督』のあの力について何か知っているようだ。

(・・・・・・イヴ、お前いまこいつが言った光臨って知ってるか? たぶん状況的に『提督』のあの力の事だと思うんだが)

『は? ああ、そういやお前あの女神から「光臨」のこと聞かされてなかったんだっけっか。まあ、制限時間つきの強化形態みたいなもんだ。出来る奴はかなり少ないがな』

 ダメ元でイヴに質問してみた影人だが、なぜかイヴは知っていたようでそう答えてくれた。そんなイヴに、影人はこんな時だというのに軽いツッコミを入れてしまう。

(いや、聞いといてなんだけど何でお前知ってるんだよ? お前の知識って全部俺ゆらいじゃねえのか?)

『くくっ、そこはヒ・ミ・ツってやつだ。おら、俺に構ってる暇はねえだろ? そろそろ、あの闇人がまた突っ込んでくると思うが』

(ちっ、煙に巻きやがって)

 なんだか上手い具合にはぐらかされた感じがするが、イヴの言うとおりだ。まだ影人と冥の戦いは続いている。現在、2人は少し距離を取った小休止状態だったが、その理由はアイティレの光臨化の際に出現した光の柱に2人が気を取られたからだった。

 そして、その現象の解明はもう為された。ということは、戦いが再開されるということである。

「っと、んじゃ楽しい楽しい戦いを再開するかスプリガンさんよぉ!」

「・・・・・・・お前は戦いが好きで好きで仕方ないらしいな」

 影人がこきりと首を鳴らす冥に嫌味のつもりでそう言った。すると、冥はその言葉が嫌味と気づいてか知らずか、ニッパリとした笑顔を浮かべてこう言ってきた。

「おう、戦いは大好きだぜ! 戦いだけが俺の生きがい、強い奴と戦って自分が強くなる・・・・・・・・それが最っ高に燃えるんだ! そして俺はこの世の誰よりも強くなってみせる! 俺はそのために闇人になったんだからよ!」

(しょ、少年マンガの主人公かよこいつは・・・・・・・)

 まさかの冥の言葉に影人は内心素で驚いてしまった。いや、呆気にとられたと言った方が近いか。闇人になった理由というのが完全にどこかの主人公である。

「だから嬉しいんだよ! あんたみたいな強い奴と戦えるのが! あんたを倒したとき、俺は――もっと強くなってるだろうぜッ!」

「残念だが、そんな未来は来ねえよ・・・・・・!」

 冥がどこか狂気を含んだ笑顔を浮かべたまま、影人の方へと肉薄し、右手を影人へと突き出してくる。拳でないところを見ると、自分の外套か肉体を掴むのが目的か。

(やらせるかよ・・・・・・・・!)

 影人は冥の掴みを避けると、右手に槍のようなものを創造した。先端に杭のようなものが装着されたその槍に似た武器を影人は両手で持つ。

「はっ、この距離で長物ってのはどうかと思うぜ!?」

 冥は影人が創造した武器を見て、その行為を判断ミスと捉えた。もう少し距離が離れていれば槍は充分に機能するだろうが、もうこの距離は冥の範囲内インレンジだ。そして冥の範囲内は超至近距離。畳み掛けるなら今だ。

「・・・・・・・誰が素直に使うって言った?」

「あ?」

 冥は既に地に伏せるような超低姿勢から昇拳しょうけんを放とうとしていた。長物は基本的には下に対する攻撃のバリエーションが少ないという理由もあるし、突然の下からの攻撃はスプリガンも対応しにくいだろうという予想もあっての事だ。

「こいつはまだ使わねえよ・・・・・・・!」

 影人は槍のようなものを地面に突き刺すと、両手に拳銃を創造した。

「――滅びの光を穿て」

「っ・・・・・・!?」

 バックステップをしながら2丁の拳銃の銃口を冥へと向ける影人。普通の銃弾なら冥も避ける必要はない。冥の硬化の強度は闇人の中で最も高いからだ。

(あれはさすがに喰らったらまずいな・・・・・・・!)

 だが、この攻撃は避けなければまずいと冥は思った。

 なぜならば、2丁の拳銃の銃口には黒い破滅の光が輝いていたからだ。

「硬さが自慢ならこれも受けられるよな・・・・・・!」

「っ、この野郎・・・・・・! 上等じゃねえか!」

 影人の挑発の言葉に、見事に乗せられた冥は昇拳を放つのを中止して、右手に闇を集中させた。こうなったらスプリガンの一撃を真正面からブチ破ってやろうと冥は心に決めた。

「――黒き流星」

 ここに来て完全に厨二病気分で影人は引き金を引いた。ちなみに先ほどの「滅びの光を穿て」という言葉には、闇による銃の一撃を強化する効果があったのだが、この言葉というか、技名には何の意味もない。本当にただの気分である。お忘れかもしれないが、こいつは厨二病なのである。

 しかし、両の拳銃から放たれた一条の漆黒の光はまるで冗談ではない威力を持っていた。ただの人間が触れれば、間違いなくその存在ごと世界から消されるであろう。もちろん、冥ほどの硬さを誇る闇人といえどもただでは済まない。

 だが、それでも冥は避けようとはしなかった。冥は自分に向かってくる黒い破滅の光に、自分の最高クラスの一撃を放った。

「――黒拳ヘェイチュァン!」

 限りなく伏臥に近い姿勢から、冥は闇を集中させた右手の拳で黒い光線へと

「ぐぅぅぅぅッ!?」

 圧倒的な闇のエネルギーの奔流に、突き出した拳が戻されそうになる。しかし、この右手を戻せば冥の全身はこの奔流へと飲まれてしまう。いま冥がこの奔流に触れられているのは、黒拳も言ってしまえば巨大なエネルギー体であるからだ。要するに、「それだけの力を持つ拳による一撃」ということだ。

(くっそ・・・・・・やっぱ無茶だったか? ははっ、でもそうでなきゃ今以上に強くなんてなれねえよなぁ!)

 こんな状況、だというのに冥は笑みを浮かべていた。そうだ、この一撃を真正面から突破できなければ、この世の誰よりも強くなんてはなれないだろう。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッらぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 雄叫びを上げながら、冥はただ愚直に右手を伸ばし続けた。自分の拳はこんな光に打ち勝てないほどヤワではない。全ての力を、全ての強者を砕くためにこの拳は鍛えてきたのだ。

「だから、応えろよ! 俺の拳! 俺の『闘争』ッ! まだまだ行けんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 渇望の叫びと共に、冥の纏う闇が増大した。そしてその闇の増大は冥の右拳に顕著に表れた。

 徐々にだが冥の拳が黒い奔流を押し返し始めた。

 そして遂には、冥の拳が影人の放った黒い光の奔流を殴り砕いた。

「はっはっあッ! どうだ見たかよ!? てめえの攻撃を真正面からぶっ壊してやったぜ!」

 冥が喜びを隠しきれない感じでそう言った。これで、あの表情をあまり変えないスプリガンも多少は違った反応を見せるだろうと思っていた冥は、スプリガンがいた位置に視線を向けた。

 だが、そこにスプリガンはいなかった。

「っ!? 野郎どこに――」

「・・・・・・・・あんたなら、そうすると思っていた」

「なっ・・・・・・・・!?」

 低い声が自分の身近から聞こえ、冥はその視線を自分の下へと向けた。

 すると、そこには先ほどの槍のようなものを携えたスプリガンが迫っていた。

(嘘だろッ!? 俺があの攻撃を受けると踏んで、俺があの攻撃を突破するのを見越して、低姿勢で突っ込んできたっていうのかよ・・・・・・・!?)

 冥は内心スプリガンの戦術の巧さに、その観察眼に舌を巻いた。今スプリガンが携えている槍のようなものを創造して、冥にチャンスと捉えさせた時からこの状況は想定されていたのだろう。そうでなければ、スプリガンはこれほど速く冥に近づけてはいないし槍のようなものを創造してもいないはずだ。

(ヤベえな。全力の黒拳を放った後の硬直もあるし、もうスプリガンは突きのモーションに入ってる。この攻撃は確実にくらう。だったら、硬化にもっと力を割くしかねえか・・・・・・!)

 確定で影人の攻撃をくらうことを予想した冥は、自身の闇による肉体の硬化の強度を上げる事に意識を注いだ。このレベルの敵がただの攻撃をしてくるはずがない。

「ふっ・・・・・・・!」

 影人は冥の腹部に槍のようなものを突き出した。ガキィィン! とまるで金属同士が激しくぶつかったような音が響く。冥の硬化による結果だ。そして、槍のようなものによる突きは、冥の腹部を貫けなかった。

「あ・・・・・・?」

 冥はその攻撃に違和感を覚えた。なぜならそれはただの杭のような尖ったものによる突きだ。硬化の強度を上げた冥の肉体にダメージを与える事など出来るはずがなかった。

「・・・・・・・・拍子抜けって顔だな。安心しろ、これで終わりなわけねえだろ」

 影人は不敵にそう言うと、柄の部分にあった2つのスイッチのようなものの1つをカチリと押した。

 すると、杭のようなものが突如として突き出された。

「がっ・・・・・・・!?」

「パイルバンカー・・・・・・だっけな」

 これには流石の冥もその表情を苦悶に染めた。だが、それでも打ち出された杭が冥の肉体を貫く事はなかった。

「なら、もう一丁だ」

 影人はもう1つのボタンのようなものを押した。次に起こった出来事は至って単純。

 打ち出された杭がただ爆発しただけだ。

「っ・・・・・・・・・・・!?」

「・・・・・・・・・・・流石にちょっとは効くだろう? 爆槍式パイルバンカーだ。硬い硬いあんたのための武器だ。気に入ってくれたか?」

 どこまでも挑発の言葉を述べて、影人は薄い笑みを浮かべた。今日の影人は、スプリガン形態でも少しお喋りだ。その理由は、冥という闇人が挑発しやすい闇人だからという理由に起因していた。

「て・・・・・・め・・・・・え・・・・・・・・・!」

「・・・・・・・まだ意識があるか。これ創るのけっこう力使ったんだけどな」

 爆槍をモロに受けても、冥はギロリとした目を影人へと向ける気力が残っていた。爆発した箇所に影人は目を向けたが、少し肉がえぐれた程度のダメージだけのようだ。火傷のようになっているため、血は流れていない。

『おい、影人。準備出来たぞ』

(ベストタイミングだイヴ。後、も含めてありがとな)

『はっ、別に気にすんな。だからな。――しくったら承知しねえぞ』

(おうよ、ばっちり決めてやる。さあ、フィナーレと行くか)

 イヴと短い念話をした影人は、いよいよ冥の意識を奪うべく一気に畳み掛けることを決意した。












「・・・・・・・・わざわざ今のお前に付き合ってやる義理もない。10分間、己は再び姿を消すだけだ」

 光臨したアイティレに挑発された殺花は、そう言い捨てると再びその姿を消した。確かに今すぐに『提督』は殺したいが、今の『提督』と真正面から戦って勝てるとは殺花も思っていない。であれば、今は逃げることに徹する方がベターだ。

「ほう、確かにそうすれば私は手も足も出ない――とでも思ったか?」

「っ・・・・・・・・・!?」

 姿を消してアイティレから距離を取っていた殺花は、アイティレのその言葉につい身構えた。

「今の私は、普段は出来ない力技も扱える。そうだな例えば――これでどうだ?」

 アイティレは左手の銃を今度は地面へと向けた。そしてその引き金を引く。

固まれよ、氷の地リオート・ゼムリア

 銃弾が地面へと着弾する。そしてその銃弾は地面に魔法陣を描き出した。

 するとアイティレを中心に地面が突如として凍りつき始めた。氷は瞬く間に地面を覆っていく。

 そして遂には氷が殺花の元まで広がってきた。殺花の見えない足にその氷が触れる。

 その瞬間、殺花の両足は脛ほどまで凍りついた。

「なっ・・・・・・!?」

「なるほど、そこか」

 殺花はまだ透明化を解いてはいない。そのため、アイティレには凍った足が2つ見えているだけだった。だが、狙いをつけるにはそれで充分だ。

 アイティレが両手の拳銃を構える。殺花は咄嗟の判断を迫られた。

(くっ、どうする? 流石にこれ以上は幻影化は使えない。ならば・・・・・・)

 間に合うかどうかは賭けになってしまうが仕方ない。殺花は透明化を解くと、右手のナイフで両足の氷を砕き斬り始めた。

「無駄だ、明らかに私の方が速い」

 アイティレが2丁の拳銃の引き金を引く。浄化の力を宿した弾丸が動けない殺花へと音速の速度で向かう。

「ちぃ・・・・・・!」

 右足の氷を砕き終わり、左足の氷を砕いている途中に弾丸が殺到してきた。殺花はなんとか機転をきかせ、左手で自身が纏っているマントを剥ぎ取り、それを前方へと投げた。これで『提督』から自分の姿は見えない。

「ぐっ・・・・・・・・・・!」

 その一瞬に、殺花は身を屈め左足の氷も砕くことに成功した。だが完全に弾丸を避ける事は敵わず、殺花は右肩に銃撃を受けてしまった。

「・・・・・・・・・・ここまでして、やっと1発か。言いたくはないが、流石に最上位の闇人だな」

「・・・・・・光臨の力、まさかここまでとはな。己が血を流すのは随分と久しぶりだ」

 黒い血を右肩から流しながら、殺花は冷や汗をかいた。闇人にとって黒い血は力の源。それを流し続ければ殺花は弱体化し続けてしまう。ゆえに、殺花は腰部に装着したポーチから止血用の包帯を取り出し、それを右肩へと巻いた。しばらくはこれで大丈夫だ。

「その格好・・・・・貴様はいわゆる忍者という奴か?」

「・・・・・・・・・・お前に答える義理はない」

 マントを脱ぎ捨てた殺花の衣装を見て、アイティレはそんな事を呟いた。今の殺花の格好は、ノースリーブの黒色の軽装だ。下半身には黒色の半ズボンのようなものを履いている。

 その格好は、確かに日本の「忍者」と呼ばれた者の衣装に酷似していた。

「・・・・・そうだな、これから浄化される者にそんな事を聞いても意味はなかった。――さて、これでわかっただろう。光臨状態の私からお前は逃れられない。氷の地は地面に触れている私以外の全てを凍らせる。例えその瞬間だけ跳躍すればいいとお前が考えても、私は同時に氷の雨を撃てばいいだけだ」

「・・・・・・・・・・」

 無言でアイティレを睨みつける殺花。アイティレはそんな殺花に更なる絶望感を与えるべく、言葉を続ける。

「つまり、お前は正面から光臨状態の私と戦わなければならないという事だ。残りの私の時間は8分ほどといったところだろうが、充分だ」

 そして奇しくもアイティレは、影人が内心で呟いた言葉と同様の言葉を殺花へと向けた。

「さあ、終幕と行こうか」

 ――この戦場でのそれぞれの戦いは、間違いなく終盤へと差し掛かっていた。

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