第69話 氷河統べる大提督

「風音さん!」

「明夜ちゃん? それに陽華ちゃんに光司くんも・・・・? あれ? アイティレがフォローに入ったんじゃ・・・・・・・」

 自分の名前を呼ばれて振り返った風音は、明夜たちがいることに驚いた。なぜ、彼女たちが自分の元にやって来たのか。アイティレが言っていたプランとは明らかに違う。

「アイティレさんに風音さんの所に向かえって言われまして。あと、アイティレさんから伝言を頼まれました。・・・・『アレを使う』と伝えてくれって。そう言えば風音さんは分かるって言ってました」

 明夜はとりあえずアイティレから頼まれた言葉を、風音へと伝えた。明夜の言葉を聞いた風音は、「っ・・・・・・・!」と息を呑んだ。

 そしてその直後、どこからか眩い光の柱が突如として出現した。

「うわっ!? な、なにあの光・・・・・・?」

「あそこって、アイティレさんがいた場所じゃ・・・・・・・・」

 陽華と明夜はその光の柱の出現に驚いた。2人は初めて見た現象だったが、その現象の存在を知っていた光司と風音は、また違った反応を見せた。

「あれは『光臨』の光か・・・・・・!? さすがは『提督』だ・・・・・・・・・まさか、その域に至っていたなんて・・・・・・・・」

 光司はその現象の名称を呟き、呆けたような表情を浮かべていた。光司は知識としてはそれを知っていたのだが、実際に見るのは光司も初めてだった。

「・・・・・・・・そう、使ったのねアイティレ。短期決戦に切り替えなければならないと、あなたはそう判断したのね」

 そして、その光の柱を見て全てを悟ったようにそう呟いた風音は、3人に向かってある指示を飛ばした。

「・・・・・・・・・光司くん、陽華ちゃん明夜ちゃん。私達は変わらずこの闇のモノたちの相手をします。あの女性闇人の事はアイティレ1人に任せましょう」

「え、風音さん。それはいくらアイティレさんでも・・・・・・・」

「大丈夫よ陽華ちゃん。逆に、いま私たちが近づくのは危険なの。アイティレの光臨は。あの状態のアイティレには、もう誰も近づけない」

 風音の指示に疑問を抱いた陽華の言葉に、風音はそう答える。アイティレの光臨を知っている風音はその判断が最もベストであると知っていた。

「あ、あのさっきから香乃宮くんや風音さんが言っている『光臨』って何なんですか・・・・・・・・?」

 先ほどから聞き慣れない言葉を聞かされていた明夜が、ついに風音にそう質問した。明夜も陽華も、その光臨という言葉は初耳だった。

「・・・・・・・残念だけど詳しい説明は後よ。また闇のモノたちが群がってきているから。――剱原さん! アイティレが光臨しました! 私達は変わらずここで闇のモノたちの相手をします! 念のため、一応合流してください!」

「え、まじ!? アイティレちゃん光臨したの!? 分かった、なら近づいちゃダメだもんな! そっちに合流するよ!」

 風音の呼びかけに、1人ひたすら闇のモノたちを斬りまくっていた刀時が、そう叫び返してきた。実はもう100体くらい闇のモノを斬っていた刀時は、まるで呼吸をするように闇のモノたちをさらに斬り倒しながら、風音たちの元へと合流してきた。

「ほいっと、おまっとさん」

「ありがとうございます剱原さん。1人で任せていて・・・・・・」

「いやいや、そんなこと気にしないで風音ちゃん! 俺もいっぱい斬れて楽しかっ・・・・・・・おっと失言だな。マジで本当に気にしないでね、こいつら雑魚だったし。それよか風音ちゃん。こっからアイティレちゃんのリミットは――」

「ええ、これから10分です。だから10分経ってアイティレが依然あの闇人と戦っていれば、私がアイティレの援護に回ります」

「「?」」

 刀時と風音の会話を聞いていた陽華と明夜には、相変わらずその言葉の意味が分からなかった。

「では、ここからはみんなで固まって闇のモノたちを迎撃します。状況しだいでは、私は10分後に離脱。アイティレの援護に。――2人とも、詳しい説明が出来なくてごめんなさい。状況があまり分からないと思うけど、とりあえず今は私に従って」

 陽華と明夜の方に向き直って、風音は申し訳なさそうにそう言った。2人は風音の言葉を聞いて、ただ一言こう返した。

「「わかりました!」」

「ありがとう。じゃあ――みんな、変わらずに気張って行きましょう。きっと、もう一踏ん張りよ」

「「「「了解!」」」」

 風音の凜とした言葉に、他の4人はそれぞれの武器を構えた。










「? なんだこの光は・・・・・・・・・」

 殺花がアイティレから立ち上がった光の柱を見て、眉根を寄せた。殺花はその役割上ほとんど表に現れることもなく、光導姫や守護者ともあまり戦ってこなかった。ゆえに、殺花はその光景を初めて見たのだ。

「――光臨を見るのは初めてか、悪しき者よ」

「っ・・・・・・・・」

 光の柱が徐々に宙へと霧散していく。そして、そんな声と同時にアイティレはその姿を現わした。

 光の柱にアイティレが包まれる前と現在では、現れたアイティレの格好は少しだけ異なっていた。

 まず、アイティレは肩にマントのように軍服のような上着を羽織っていた。色は変わらず白を基調としていたが、ところどころ金の刺繍が入っている。

 次に変わったところはと言えば、アイティレの髪の色だろうか。アイティレの髪は銀髪だが、今は少しだけ水色がかった銀髪になっている。

 そして最も違うところと言えば、アイティレの纏う水色のオーラだろう。光の柱が出現する前アイティレが纏っていたオーラのようなものは、スプリガンのように常態化されていた。

「自分で言うのは少しばかり気恥ずかしいが、光臨状態の私は仲間内にこう呼ばれている――『氷河統べる大提督』とな」

「光臨・・・・・・・そうか、それが一部の光導姫にしか出来ない全ての力の解放状態か」

 『光臨』という単語と少し姿が変わったアイティレを見て、殺花の様子が否応なしに変わる。『光臨』、その単語を殺花は知っていた。いつか殺花の主であるレイゼロールから聞かされていた言葉だったからだ。

 光導姫の中には『光臨』といって、飛躍的に力を上げる事の出来る状態になれる者がいると。その力は、レイゼロールすら危険であると感じるほどだと。

「・・・・・・・だが、その状態には欠点も存在するはずだ。力の全てを解放することで、戦闘能力と光の力は格段に上がるが、そのぶんタイムリミットも10分しかない。しかも10分経つと自動的に光導姫としての変身が解ける、だったか」

「ほう、見たことがなかった割にはよく知っている。確かに貴様の言うとおりだ。光臨は利点も大きいが、欠点も大きい」

 そう、アイティレが今までこの状態にならなかったのは、そういった理由があったからだった。この欠点がなければアイティレも最初から光臨を使っている。だが、この欠点が存在するからアイティレは滅多にこの状態になることはない。

 そして、今回は敵も1人ではない。そのような状況も相まってアイティレは中々光臨を使う決心がつかなかったのだ。

「・・・・・・・・だが、問題のないことだ。10分の間にお前を浄化して光臨を解除すればいいだけだからな」

「・・・・・・・・随分と己も舐められたものだ。言ったはずだがな、お前と己の相性は最悪だと」

「ならば試してみるがいい。その認識は変わるだろうからな」

「そこまで言うならば試してやろう・・・・・・・・・!」

 殺花は少し苛立たしげにそう言うと、再びその姿を消した。

「ふん、芸の無い」

 姿を消した殺花にアイティレは軽く鼻を鳴らす。殺花が姿を消している間にも、周囲にまた群がりだした闇のモノたちはアイティレにジリジリとにじり寄って来る。

「・・・・・・・・・」

 だが、アイティレは銃を持った腕で腕組みをしただけだった。銃を撃つこともなくアイティレはただ立っているだけ。そうしている間にも、闇のモノたちはどんどんアイティレに近づいてくる。

 そして闇のモノたちが、アイティレの半径1メートル内に足を踏み入れた瞬間――

 全ての闇のモノたちは一瞬で全身が凍りついた。

(ふん、一見すれば『提督』に近づいた者は全て凍ると大抵の者は思うだろうが・・・・・・・・己は既にその現象のカラクリを見抜いている)

 姿を消しながらゆっくりとアイティレに近づいていた殺花は、胸中でそんなことを思っていた。

(お前たちと戦っている間にも、己はお前の事を観察していた。貴様のその自動凍撃じどうこうげきとでも言うべき現象を起こす為には、ある条件がある)

 その条件とは『提督』の半径1メートル以内に入った者で、『提督』を攻撃しようとした者は凍るというものだ。この攻撃しようとした者というのは、そうでなければ『提督』の範囲内にいた仲間の光導姫や守護者が凍らなかった事に説明がつかないからだ。

 これだけ聞けば無敵の能力に思えるかもしれないが、当然そんな都合のいい無敵の能力などはない。

(まずその自動凍撃をするには、本人が意識または認識しなければならないということ。そしてその力は己の幻影化と同じく、かなり力を消耗するのだろう。でなければ、もっとそれを使っているはずだからな・・・・・・)

 この意識または認識しなければならないというのが、アイティレと殺花の相性が最悪であるという所以ゆえんだ。

(己は暗殺者。意識外からの攻撃こそ暗殺者の基本のやり方であり、仕事だ)

 殺花はあえて正面からアイティレに接近した。地面に砂があるため、普通ならばどんなに頑張っても足音は出るのだが、殺花は自分の靴の裏に闇を纏わせ自分の足音を消していた。ちなみにこの足裏に纏わせた闇のおかげで、足跡も残っていない。

 そして、ついに殺花はアイティレの半径1メートルギリギリまで接近することに成功した。殺花はアイティレの正面にいるが、アイティレは正面に殺花がいることに気がついていない。

 それもそうだろう。なぜなら今の殺花は透明になっているし、気配も完全に消している。殺気だけは少々漏れているかもしれないが、あれはスプリガンが敏感すぎるだけで、他の者ならば殺花レベルのほんの少しの薄い殺気には全く気がつかないはずだ。

(・・・・・その白い服に赤い花を咲かせてやろう!)

 闇を薄くナイフに纏わせ、殺花はアイティレの心臓めがけて凄まじい速さでナイフを突き出した。

 凍った闇のモノたちの隙間から、凶刃がアイティレに迫る。間違いなく、アイティレの認識外からの攻撃。事実、アイティレも何のアクションも起こしていない。

 だが、アイティレの半径1メートル以内にナイフの切っ先が入った瞬間、

「っ!?」

「ほう、正面からとはな。てっきり後ろから来ると思っていたが、これは意表をつかれた」

 ナイフが凍った事、攻撃の際に殺花の透明化が解けた事によりアイティレはそんな言葉を呟いた。

 アイティレがそんな事を言っている間に、殺花の右腕は完全に凍りついた。そして殺花の右半身も1秒と経たずに凍った。

(ま、まずい・・・・・・! とにかく幻影化を・・・・・!)

 この状況から間に合うかどうかは正直賭けだったが、まだギリギリ全身が凍っていなかった事により、殺花の幻影化は間に合った。半ば凍っていた殺花の体が徐々に霧のように揺らめいていく。そして煙や霧のようになった殺花はその場から離れていき、アイティレから15メートルほど離れた場所で実体化した。

「くっ・・・・・・・・どういう事だ。確かに今の攻撃は意識外からの攻撃だったはず・・・・・・・!」

 幻影化したことで無傷で済んだ殺花が、アイティレに向かってそう呟いた。その呟きを聞いたアイティレは、「ああ、お前の言う通りだ」と自分を睨みつけて来る殺花を見つめた。

「光臨前の私であれば、ナイフで心臓を突かれていたかもしれない。何せお前が言ったように、今の攻撃は真正面からとはいえ私の認識外からの攻撃だったからだ。・・・・・そして、その言葉が出てくるという事は、やはり私の『凍域とういき』の発動条件は見破られていたようだな」

 殺花が自動凍撃と呼んでいたアイティレの能力、どうやらその正式名称は凍域というようだ。

「ああ、答えなくてもいい。貴様の間合いの取り方とさっきの発言でバレたことは理解している。私の凍域の発動条件は、私の半径1メートル以内に対象がいること。その対象が私を攻撃しようとしていること。そしてその対象の動きを私が認識していることだ。・・・・・・・非常に便利な反面、ばかに力を喰うため乱発できないのが欠点だがな」

 殺花に手の内がバレた事を悟ったアイティレは、殺花に自分の凍域について説明を始めた。

(? なぜ自ら説明をする・・・・・・・? 見たところ嘘をついている様子もない)

 そのアイティレの説明に戸惑ったのは殺花だった。なぜわざわざ殺花に答え合わせの機会を与えたのか。提督にとって、その行為はマイナスこそあれプラスは何もないはずだ。

「ゆえに意識外からの攻撃を得意とするお前と私の相性は最悪・・・・・・・それがお前の見立てだった。そしてその見立ては正しかった。――少々、こいつらが邪魔だな」

 アイティレは再び周囲に群がってきた闇のモノたちを一瞥すると、右手の銃を天空へと掲げた。

降れよ、氷の雨リオート・ドーシチ

 発砲音と共に一条の弾丸が空へと昇る。すると、その弾丸は地上から20メートルほどの場所に達すると同時に、複雑な魔法陣へとその姿を変えた。

 円形の魔法陣が水色の輝きを放つと、そこから尖った氷の雨が無数に地上へと降り注いだ。

「っ!?」

 殺花はその無茶苦茶な範囲攻撃に目を見開いた。冥の真場ほどは広くはないが、それでも恐るべき範囲だ。しかも光導姫の攻撃ということは、この氷の雨1つ1つが浄化の力を宿しているということだ。

「ちっ、ふざけた真似を・・・・・・・!」

 殺花はできる限りその氷の雨を避けたが、途中で無理と悟ると再び幻影化することを余儀なくされた。このような範囲攻撃では姿を消してもまるで意味がない。

 殺花が3度目の幻影化で凄まじく闇の力と体力を消耗する中、周囲の闇のモノたちは氷の雨に打たれその仮初めの命を無へと還していく。

 ちなみにだが、この雨を降らした張本人であるアイティレにこの氷の雨が当たることはない。この氷の雨はアイティレの凍域の範囲に入ると自動的に消えるようになっているからだ。

 10秒ほどだろうか。やっと氷の雨が止んだ。殺花は荒く息を吐きながら幻影化を解除した。

「ふむ、これでサッパリしただろう。――ああ、そして先ほどの説明の続きだがな、実は光臨化した私の凍域は強化されているのだ」

「はぁ・・・・はぁ・・・・・・・・強化だと?」

 いくら最上位闇人である殺花といえども、連続の幻影化は凄まじくキツいものがある。呼吸を乱した殺花は、コツコツと足音を鳴らしてこちらに距離を詰めてくるアイティレに警戒しつつ、そう聞き返した。

「――光臨化した私の凍域は、私が意識していない攻撃にも対応する。しかもその発動は常にだ。そのぶん力も普段の凍域以上に喰うが、そこは光臨化によって大幅に増加した力で補っているというわけだ。私は光臨化して強化されたこの凍域を、『絶対凍域ぜったいとういき』と呼んでいる」

「!? そんな、馬鹿げたマネが・・・・・・・・・」

 アイティレの説明に、殺花はその首を横に振った。それは例えば、殺花の幻影化が常に発動しているような状態ではないか。そんな道理に反したような事、ありえるはずが――

「貴様には残念ながら事実だ。私がわざわざ説明したのは、お前に絶望を与えるためだ。悪しき者よ、今の私にお前はもう近づくことすら出来はしない」

 殺花な言葉を否定しながら、悠然と、泰然と、『提督』は殺花へと迫る。その姿はまさに威風堂々。『提督』と呼ばれるにふさわしい姿だ。

「ああ、そういった意味では、変わらずお前と私の相性は最悪かもしれんな。お前は私に近づくことも攻撃することも出来ない。一方、私は好きにお前を攻撃できるし、何もダメージを負う心配もない。これを最悪と呼ばずして何と呼ぼう?」

「・・・・・・・・クソが」

 アイティレの挑発の言葉に怒りを覚える殺花だが、殺花は負け惜しみのようにそう言うしかなかった。

 これからの10分間という時間に、殺花は久方ぶりに死の気配が身近に迫っていることを感じていた。

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