第68話 光を臨む
「ったく、キリがねえな! こいつらほとんど無限に沸いてくるし! 1体1体は雑魚なのが救いっちゃ救いだけど」
「文句を言う暇があるなら、もっと手を動かせ『侍』。無限に召喚される雑兵などいない。必ずどこかで召喚のペースが落ちるはずだ。それまで踏ん張るぞ」
「へーい・・・・・・・アイティレちゃんは手厳しいね」
目の前の闇色の甲冑の騎士を真っ二つにしつつ、刀時は小さな声でそうボヤいた。
「でも、数はまだまだ減らないわね。この乱戦じゃ、範囲攻撃は使えないし・・・・・・」
アイティレの言葉に答えるように、風音がそう呟いた。風音はいま式札全てを刀へと変えている。その2刀を以て、風音は闇から生み出されたモノたちと戦っていた。
「確かにな。お前の光線が使えれば、このような雑魚の群れは取るに足らないが、敵味方が入り乱れているこの状況ではそれも出来ない」
アイティレも無尽蔵の弾丸で、異形の化け物や骸骨兵たちを無へと還していく。だが、銃撃を掻い潜ってきた闇色の騎士がアイティレに接近し、その剣を振り上げようとした。
「――無駄だ」
しかし、その騎士の剣がアイティレに届く事はなかった。なぜなら、アイティレに攻撃しようとしたその騎士の腕は、一瞬の内に凍ってしまったからだ。そして腕だけでなく、やがてその騎士の全身までも凍ってしまった。
「ふん」
アイティレは全身が凍った騎士を、右足で蹴った。すると騎士はその衝撃でバラバラに砕け散った。
「やっぱり、あなたのそれ強すぎない? 味方の私から見てもセコいもの」
「全ての状況に対応できる力を持つお前には言われたくはないな『巫女』。嫌味にしか聞こえないぞ」
「そう聞こえたならごめんなさいね。で、どうするアイティレ。『提督』としてのあなたの考えを聞かせてくれない?」
いつの間にか、2人は背中合わせで戦う形になっていた。アイティレと風音は寄ってくる闇のモノたちを次々と屠りながら、言葉を交わす。
「そうだな・・・・・・・しばらくは、このままこの雑魚どもと戦わざるを得ないだろう。スプリガンと冥は戦いあって、こちらに干渉はしてこないはずだ。・・・・・・・・だが、気になるのは姿を消しているもう1人の闇人だな」
「そうね・・・・・スプリガンとの攻防の後から、あの女性の闇人は常に姿を消してる。何かの隙を窺ってるとしか思えないわよね」
「ああ。だから私たちはいつも以上に周囲に注意を払わされている。奴が誰を狙っているかは分からないが、私とお前、『侍』と『騎士』はまだ奴に対応出来るだろう。仮にも私たちは最上位、全員が鉄火場を潜ってきている。しかし・・・・・・・・」
「・・・・・あの2人はそうじゃない」
アイティレの言葉の続きを察した風音が、視線を一瞬だけ少し離れた所で戦っている陽華と明夜に向けた。2人も風音たちと同じように、闇のモノたちと戦っている。その近くには光司もいる。
「そうだ。あの2人には言いたい事はあるが、今は言うまい。問題は、もしあの2人が狙われたら間違いなく危険だと言うことだ。残念だが、陽華と明夜の実力はこの戦場には沿っていない。そして、戦場では弱い者から淘汰されていく」
アイティレが美しい回し蹴りを骸骨兵に放つ。骸骨兵はその強烈な蹴りによって頭蓋骨を飛ばされた。
「『騎士』はその事がよくわかっている。だから、あの2人の近くで戦っているのだろう。出来るだけ助けに入れるようにな」
「・・・・・・・ねえ、アイティレ。私もあの2人のフォローに入れるように移動した方がいいかしら?」
「確かにお前の対応力ならば任せられる。だが・・・・・・その役目は私が預かろう」
「え・・・・・・・・?」
異形の化け物と闇色の騎士を斬り倒した風音は、アイティレの思ってもいなかった言葉にそんな声を漏らした。
「意外か? 別に情とかといった問題からではないぞ。陽華と明夜の乱入、スプリガンの出現、さらにこの不可思議な円の制約によって、この場は何が起こってもおかしくない状態になっている。ならば全ての状況に対応できる力を持つお前は、私たちの切り札だ。その切り札をフリーではない状況にするのはよろしくはないからな」
「・・・・・・あなたのその冷静な
「『巫女』にそう言われて悪い気はしないな。では、私はあの2人の近くへと向かう。後は頼んだ」
「わかったわ『提督』・・・・・・あの2人のことお願いね」
「ああ、任せておけ」
風音の心配そうな声音にアイティレは力強く答えると、浄化の銃弾で道を切り開きながら陽華と明夜の元へと向かった。
「はぁッ!」
「イカしてる
陽華はおそらく4体目の闇のモノを殴り飛ばし、明夜も6体目の闇のモノを氷の魔法で浄化しながら、自分たちの身を守っていた。
「明夜! 大丈夫!?」
「大丈夫も大丈夫よ! こいつら1匹1匹はそんなに強くないから!」
陽華の呼びかけに明夜はそう答えた。明夜の言葉を聞いた陽華は、「わかった! とりあえずそっちに合流するね!」と返事を返し、明夜と自分との間にいる闇のモノたちを蹴散らした。
だが、陽華の行く手を阻むように異形の化け物が虚空から現れた。陽華はその化け物を撃退しようと拳を握るが、その化け物は浄化の弾丸を浴びて塵となっていった。
「え?」
「全く・・・・・・・・世話の焼ける後輩だ」
闇のモノを無へと帰したアイティレが陽華の前へと現れる。アイティレは陽華にその美しい赤い目を向けると、言葉を続けた。
「陽華、お前と明夜のフォローには私が加わる。『騎士』もそれとなくフォローはしてくれているが、まだ不安要素はあるのでな」
「ア、アイティレさん!? そんないいですよ! これくらいの敵なら私たちでも――」
「自惚れるな」
陽華が申し訳ないといったように手を振るが、アイティレはそんな陽華に厳しい声を投げかけた。
「!? そ、それってどういう・・・・・・」
「言葉通りの意味だ。――喋っていないで手を、足を動かせ。ここは依然戦場だ。でなければ死ぬぞ」
アイティレはそんな事を陽華に言っている間にも、2丁の拳銃による嵐のような銃撃を絶えさせてはいなかった。
「は、はいッ!」
陽華はアイティレのいっそのこと淡々とした言葉に反射的に頷くと、周囲に寄ってきていた闇のモノ達への攻撃を再開した。
「それでいい、そしてそのまま聞け。陽華、お前は、お前たちは弱い。本来ならば、この戦場のレベルはお前達には早すぎる。お前達がなぜここに来たのか、なぜ乱入してきたのかは今は問わん。それはこの戦いが終わった後に聞けば良いことだからな」
「ッ・・・・・・・・・はい」
容赦のない言葉を聞かされた陽華は、一瞬悔しそうに唇を噛みしめると、絞り出すようにそう答えた。
「・・・・・・・確かにこの相手は1体1体は強くない。お前達でも十分に対応できる強さだ。だが、不測の事態というものはいつだって起こり得る。それが戦場ならば殊更に、弱い者なら尚更だ。・・・・・・・私は、私達はお前たちを死なせたくはない。お前達のその気持ちの良いまでの明るさと、心の光はかけがえのないものだから」
四方八方にマズルフラッシュを輝かせながら、その中心で銀の髪を踊らせる光導姫は、自分の、自分や他の光導姫や守護者の思いを後輩の光導姫へと伝える。
先ほど陽華たちへのフォローに回ることを情からではないとアイティレは言ったが、やはり情というものも完全にないと否定は出来なかったのだ。
「いや、違うな。どうも私は不器用らしい・・・・・・・・単純に、仲間を失うのは絶対に嫌だろう? だから、今は手助けさせてくれ陽華。『提督』の名において、お前達をこの戦場から必ず生きて帰してみせよう!」
「アイティレさん・・・・・・・・」
アイティレの思いを知った陽華は、つい先ほどまでの自分を大いに恥じた。自分は何という大馬鹿者だろうか。アイティレの言うとおり、きっと自分は無意識に自惚れていたのだろう。
(アイティレさんは本気で私や明夜のことを心配してくれてるんだ・・・・・・・だから本気の言葉を掛けてくれたんだ! なら、私もその思いに応えなきゃ!)
反省と悔いの時間は終わりだ。陽華は両手で自分の頬をパァンと叩くと、1度自分の意識をリセットした。
「ごめんなさいアイティレさん! 私達はまだ未熟なのでフォローお願いします!」
「ああ・・・・・・それでいい」
陽華のその言葉を聞いたアイティレは、ほんの少しだけ口元を緩ませると、明夜と光司に呼びかけを行った。
「明夜! 『騎士』! そのままこちらと合流してこい! 固まって迎撃する!」
「! 分かりましたお姉さま!」
「っ、了解しました『提督』!」
アイティレの声を少し離れた位置から聞いた明夜と光司は、それぞれ返事をすると闇のモノたちを撃退しながら、陽華とアイティレの元へと向かってきた。
だがその途中、不吉な黒い影が何もない虚空から姿を現わした。
「なっ・・・・・・!?」
明夜は突然自分の近くへと現れた影にその瞳を見開いた。
その影――殺花は明夜の右斜め後方から、その凶刃を明夜へと振るった。
「っ!? ここで来たか・・・・・・!」
殺花の突然の登場に驚きながらも、いつか仕掛けてくることを予想していたアイティレは、ある警戒を抱きながらも、光導姫の肉体のスペックをフルに活用して明夜の元へと急行した。
「やらせるかぁぁぁぁッ!」
しかし、いち早く殺花に対応したのは光司だった。確かに光司は明夜と近い距離にはいたが、それでも驚くべきカバーの速さだ。守護者ランキング10位の名は決して伊達ではない。
光司の剣が殺花を一刀両断する。だが、何も手応えは感じない。すると、斬られた殺花の姿が揺らめいて虚空へと消えていった。その殺花は幻影だった。
「また幻影!?」
1度幻影によってその身を危険にさらした光司は、思わずそう叫んだ。光司は殺花には幻影があるということを忘れてはいなかったが、今まで長く姿を消していた殺花が、このタイミングで幻影を使ってくるとは思わなかったのだ。
「やはりな・・・・・・ならば奴の本当の狙いは――」
その可能性を考えていたアイティレは、突如としてその純白の靴で急ブレーキを掛けた。そして、そのまま振り返り陽華へと右手の銃を向けた。
「え・・・・・・・?」
アイティレのその行動に、銃を向けられた本人の陽華は思わずそんな声を上げてた。明夜も、光司も意味が分からないといったような顔を浮かべている。
そして、アイティレは何の躊躇もなくその引き金を引いた。
乾いた銃弾の音が世界を揺らす。アイティレによって放たれた銃弾はそのまま陽華へと向かって行き――
陽華の後ろに出現していた殺花の額を貫いた。
「――注意を逸らしたつもりだったのだろうが、貴様の魂胆を予想できない私ではない」
明夜に幻影を飛ばし、その隙に陽華を暗殺する。殺花の殺しの計画を見抜いていたアイティレはクールにそう呟いた。
「うわッ!? いつの間に・・・・・・・!?」
「ッ!? 朝宮さん、大丈夫!?」
「陽華! はぁ、よかった・・・・・・・」
額を貫かれ無言のまま地面へと倒れた殺花に驚く陽華。光司も慌てたように陽華の元へと向かう。明夜は1人胸をなで下ろした。
「・・・・・・・・・おかしい」
だが、殺花を撃った当の本人であるアイティレはポツリとそんな言葉を漏らした。
(あまりにも呆気なさすぎる。最上位の闇人がたかだか頭を撃ち抜かれただけで倒れるか・・・・・・・? あの1発の弾丸だけで最上位の闇人を浄化できるはずがない。いや、それ以前になぜ奴は血を流して――)
そこまで考えたところで、アイティレは気がついた。倒れた殺花が徐々に消え始めている事に。その存在が虚空へと溶けていることに。
「なっ!? くっ、しまった・・・・・・・それすらも囮か!」
アイティレは自分が敵に踊らされていることに気がついた。倒れた殺花すらも幻影だったのだ。
「逃げろッ! 明夜!」
「はい・・・・・・・?」
アイティレが振り返りそう言った時にはもう遅かった。
なぜならば、本物の殺花は無音で明夜の背後に出現していたからだ。
「
「クソッ!」
アイティレが銃を構えるが、もう間に合う猶予はない。殺花は既にナイフを振り下ろしていた。
中遠距離タイプの明夜がとっさに殺花に反撃する事は絶望的だった。この戦いの最初の犠牲者は決まったかに思われた。
だが、奇跡は起きた。
闇色の騎士が、たまたま明夜と殺花の間に割って入って来たのだ。
「っ・・・・・・・・!?」
「え? 近くない!?」
明夜を殺すはずだったナイフは、スプリガンが召喚した騎士を無に還しただけだった。そして、ようやく殺花が自分の近くにいることに気がついた明夜は、つい叫び声を上げてしまった。
殺花が姿を現わしたことにより、周囲に存在していた闇のモノたちも殺花へと襲いかかる。殺花は群がってきた闇のモノたちに「ちっ・・・・・・・雑魚どもが!」と、苛立たしげに舌打ちすると、そのナイフを闇のモノたちに振るった。
「明夜! よかった、天運が味方してくれたか・・・・・・・・」
「ア、アイティレさん・・・・・・・すみません、私全然気がつきませんでした」
「いや、お前は悪くない明夜。不甲斐ないのは、奴の思惑に乗せられた私だ・・・・!」
明夜の元へと急行したアイティレは、怒りに震えたような声でそう言った。
そう、アイティレは怒っていた。誰でもない自分自身に。
(何が必ず生きて帰してみせるだ。偶然にも闇のモノが割って入っていなければ、明夜は死んでいた・・・・・・・)
自分は何と不甲斐ないのか。敵の思惑に乗せられたこの馬鹿者が、光導姫ランキング3位? とんだ皮肉であり、極めて滑稽な話だ。
「・・・・・・・・明夜、すまないが陽華と『騎士』と合流して風音の所へ向かってくれ。その際、伝言を頼む。『アレを使う』と風音に言ってくれないか?」
そしてアイティレはある決意を固めた。これ以上陽華と明夜を危険に晒さないために、短期決戦を行う決意を。
「アレ・・・・・ですか?」
「ああ、そう言えば風音には伝わるはずだ」
「・・・・・・・・・・分かりました」
アイティレの雰囲気が変わった事を察したのだろう。明夜は素直にそう頷くと、闇のモノたちを撃退しながら、陽華たちの元へと合流した。
「明夜!」
「月下さん!」
「陽華、香乃宮くん。またまた心配かけたわね。とりあえず、アイティレさんからの指示よ。私たちは風音さんと合流する。アイティレさんから風音さんへの伝言も預かってるから、急だけど早速風音さんのところへ行きましょう」
明夜は2人にそう言った。明夜の言葉を聞いた陽華と光司は、一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに「わかった」「了解したよ」と頷いた。
そして3人は風音の元へと合流するべく、移動を開始した。
(・・・・・・まさか、あのような偶然によって殺しを失敗するとはな。己の運のなさが嫌になる)
まるでその事に対する怒りをぶつけるように、殺花は次々と沸いてくる闇のモノ達にナイフを振り続けていた。
(このやり方も失敗・・・・・・・・・対象たちも更に己への警戒を強くしただろう。暗殺できる確率は下がったが、次はどうやって仕掛けるか)
殺花がまた暗殺の計画を考えながらナイフを振るっていると、銃弾が突如として放たれてきた。
「ふん・・・・・・・・・」
殺花はその弾丸を全て避けると、自分に銃弾を撃って来た人物に視線を向けた。
「・・・・・・・・己の魂胆は見えていたのではなかったのか? 『提督』」
「回りくどい嫌味は結構だ。笑いたければ笑えばいい、無能だとな」
殺花の皮肉のこもった問いかけに、アイティレは冷たい声音でそう答えた。
「・・・・・・別に笑いはしない。お前が切れ者だという事は分かっていたから、己はそれを考慮した仕掛けをしただけだ」
「そうか、では感謝して私の真の力を見せてやろう。――悪しき者よ、貴様はここで完全に浄化してやる」
「っ・・・・・・・・・!?」
アイティレがそう言った瞬間、アイティレに水色のオーラが纏われた。それだけではない。いつの間にか、周囲の温度が劇的に下がって来ている。襟の下から吐いている殺花の息が白くなるほどに。
「我は光を
アイティレを中心として、凄まじい光の力が渦巻く。アイティレの纏う水色のオーラもより激しく揺らめく。
そして、アイティレは一部の光導姫しか扱えない、強大な力を解放する事が出来るその言葉を呟いた。
「――
次の瞬間、
圧倒的な光が世界を照らした。
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