第67話 迫る殺しの影

「言うじゃねえか! 煽ってくれるじゃねえか! 見せてくれよ、その違いってやつをよ!」

 冥の纏う闇が、まるで燃えているかのように激しく揺らめく。冥はだらりと脱力したかと思うと、次の瞬間にはその姿を消していた。

「っ・・・・・・・・!」

 そして、冥はいつの間にか影人の正面に再びその姿を現わすと、暴力的なまでの肉体による攻撃を繰り出してくる。

(速くなってやがるのか・・・・・・!?)

 冥の掌底や蹴り、殴打に対応しながら影人は思考を巡らせた。

「シッ――!」

 冥が短く息を吐く。その瞳に黒い紫電をほとばしらせながら、冥は闇を濃く纏わせた右の掌底を放ってくる。

「喰らうかよ・・・・・!」

 冥が先ほどよりも速くなっているという事を理解した影人は、自分の肉体に闇による『加速』を施した。

 冥の渾身の掌底を避けた影人は、その超速のスピードで冥の背後に移動した。

「っ!? 嘘だろ・・・・・・・・!?」

「残念だが、現実だ・・・・・!」

 冥が後ろに気配を感じ、振り向いた時にはもう遅かった。影人は両手に闇で創造した2つの剣を持った。だが、その剣はただの剣ではなかった。

 なぜなら、その2振りの剣には闇色の炎が燃え盛っていたのだ。

(観察していた感じと戦った感じ、この闇人はかなり硬い。並の攻撃じゃ、ダメージはほとんど見込めないだろう。なら――)

 それを超過した攻撃を喰らわせ続ける。もしくは、大技で一気に叩く。それくらいしか、この闇人にダメージを与える方法はないだろう。

(大技は最終的には決めるつもりだが、多少の隙もあるからな。まずはこの攻撃が通るかで、大体の硬さの基準を見極める)

 影人は『加速』した肉体で、燃える斬撃を冥に浴びせた。もちろん一撃ではない。双剣のメリットはその手数だ。少なくとも10回程は斬撃を通した。

「がっ・・・・・・!? てめえ、キベリアみたいに闇の属性変化まで出来やがるのか!」

「まあな・・・・・・・・」

 少しだけ苦しそうにそう言ってきた冥に、影人はそう答えた。闇の属性変化は影人の記憶がない時に、イヴが使った力だ。では、なぜ影人は記憶にない力を扱えるのか。

(サンキューな、イヴ。お前が力の知識をくれたおかげで、戦いの幅が広がったぜ)

『どういたしましてだこの野郎。だが、肝心の威力はそれほどでもねえな』

 答えはこのやり取りの通りだ。影人はイヴに自分の記憶がない時に、イヴが使った力についての知識を教えてくれるように頼んでいた。イヴは悪態をつきながらも、その知識を影人に教えてくれた。闇の属性変化はその知識の1つだった。

 しかし、残念ながら冥にはそれほど効かなかったようだ。冥の道士服は所々焼け切れているが、肝心の冥の肉体はちょっとした火傷が出来ただけだった。何より、冥が普通に話している事が攻撃が効かなかった何よりの証拠だ。

「ちっ・・・・・・・・」

「けど・・・・・威力はそれほどでもねえな!」

 冥本人にもそう言われて、影人は燃える双剣を手放した。即座に飛んできた冥の攻撃に対応するためだ。

(・・・・・・・何でかは知らんが、明らかにさっきより強くなってやがる。しかもご丁寧に強度も増してると見た)

 冥との近接戦を演じながら、影人はどうすればこの闇人の意識を途切れさせる事が出来るのかを考える。

(イヴ、お前ならどうする?)

『ああ? 自分で考えろよ。だが、そうだな。俺なら「破壊」の力で、一時的にこいつの精神を。それでこいつの意識は10分くらいなら断絶できるはずだ』

 影人は冥打倒の選択肢を増やすために、内心イヴにそう問いかける。するとイヴはそう答えた。

(なるほど、そいつはいいな。そういや、その『破壊』の力でこの円は破壊できないのか? 意識を一時的にでも破壊できるなら、出来そうなもんだが)

 普通ならば、いくら力が強化されたからと言って、最上位闇人との近接戦の最中にこのように念話をすることは不可能だ。だが、その不可能な事が今の影人には出来ている。それは何故なのか。

「・・・・・・・・まさかとは思ってたが、あんた全部?」

「・・・・・さあ、何のことだかな」

 冥と言葉を交わしている内にも、影人は冥の肘突きや左拳、回し蹴りなど全ての攻撃に対応していた。冥はどのような理由でかは知らないが、その肉体による攻撃の速度、威力などが明らかに上がっている。であるのに、影人はその全てに対応できている。そこには、むろん肉体の強化や『加速』などの要因も含まれているが、最も大きな要因は冥が指摘した眼であった。

(・・・・・・・・・・見えすぎるってのは中々に疲れるな)

 影人は冥が近くに移動してきた時から、その眼を闇で強化していた。ゆえに、今の影人の瞳の奥には闇が揺らめいていた。

 眼の強化により、影人は冥の動きが全て見えている。この眼の強化はレイゼロール戦の時にイヴが使っていたもの。影人はその力をこっそりと発動していた。

 見えると言うことは反応できるということ。身体能力を上げている影人ならば尚更だ。だが闇によって強化された眼、それを通して反応している影人の意識には、現実と内面時間との少しのタイムラグが発生している。影人はそのタイムラグを利用してイヴと念話していた。

 要するに、眼を闇によって強化している影人には冥の動きがスローモーション気味に見えている。しかし、現実世界はもちろん影人が見えているようなスローモーションなスピードではない。だが、影人にはそう見えているし、スローモーションに見えているという意識もある。そこに少しのタイムラグがあるのだ。

 戦いにおいて、このタイムラグは凄まじいまでのアドバンテージになる。であれば最初から使えばいいのではないかという考えになるのだが、そこまで便利でもない。むろん、メリットもあればデメリットも存在する。

 それが意識を極限まで集中させられるというデメリットだ。影人ももちろん人間なので集中すれば疲れがある。そして、その疲労は凡庸なミスに繋がる可能性がある。だから影人はここぞという時に、この眼の強化をすることにしたのだ。

 その疲労は現れ始めてはきているが、まだ大丈夫だ。影人はイヴとの念話による相談をそのまま続けた。

『そりゃ疲れるだろうよ。――で、このフィールドを「破壊」の力で壊せないかって話だったな。端的に言ってやるよ、無理だ。理由は垂れ流してやるから、ただ聞いとけ』

 イヴは影人の提示した可能性を即座に否定すると、その理由を話した。

『このフィールドに付与されてる力、情報ってのはこいつが言ったように、「この円の範囲内にいる者は逃げるという行為が禁止、逃げようとする手段を無効」するってもんだ。軽く触れただけだが、たぶん間違っちゃいねえ』

 冥の攻撃をひたすらにいなし、時に軽く反撃をするというモーションも加えながら、影人はイヴの言葉を聞く。

『そんでだ、その行為の中に「このフィールドの破壊」も含まれてるっぽいんだよ。だから「破壊」の力でこのフィールドを壊すことは出来ねえ。結局、こいつがこのフィールドを解除しない限り、やっぱこいつの意識を途切れさせるしか方法はねえな』

(・・・・・・・・了解だ。ならお前の言うとおり、こいつに『破壊』の力を叩き込むしかねえか)

『ああ、そいつが1番手っ取り早い。だが、このレベルの闇人に「破壊」の力をぶち込むのはかなり難しいぜ? 加えて最上位闇人の意識を一時的にでも断絶するレベルの「破壊」の力を練るには、多少の時間がいる。その「破壊」の力の構築は、仕方ねえから俺の方でやっといてやるよ』

(・・・・・・・・・本当、お前がいてよかったぜ)

『へっ、感謝しろよ』

(あいよ。――で、イヴ。の懸念事項の事だが・・・・・・)

『わーってるよ。ヤバイ時は俺がなんとかしてやる』

(サンキュー・・・・・・・・・なら、作戦会議は終わりだ。そろそろ、一旦眼の強化も解除しないとヤバそうだからな)

 倦怠感が中々にキツくなってきたこともあり、影人は眼の強化を解除した。話せたいことは全て話せたのでここらが潮時だろう。

 途端、冥の攻撃が今までの反動でとてつもなく速く感じたが、なんとか左の蹴り1発を肩にもらうだけで済んだので、帳尻合わせとしては安いものだ。

「おっ、今のはいいのが入ったな! よく分からんが、もうあんたの見切りは切れたみたいだなぁ・・・・・・・・!」

「・・・・・・・・・吠えてろ」

 冥の言うとおり、蹴りを受けた影人の肩の骨はヒビが入ったが、闇による回復でそのダメージは即座に修復された。まあ、蹴られた時は尋常ではなく痛かったが。

 イヴによって力が構築されるまで、影人は冥との戦いに再びその意識を集中させた。










「――彼、強いわね。レイゼロールも、フェリートにも勝ったというのも納得だわ」

「はい、知ってます。この身で体験済みですから・・・・・・・・でも、今の冥明らかに『逆境状態ぎゃっきょうじょうたい』ですよね? あの状態の冥と互角にやり合うなんて、やっぱりスプリガンって化け物ですよ・・・・・・・・」

 断絶された『世界』で、スプリガンの力を観察していたシェルディアとキベリアはスプリガンのことについて話し合っていた。

「ふふ、確かにね。あの状態の冥はフェリートとも良い勝負をするものね」

 シェルディアがキベリアの言葉を聞いて笑みを浮かべた。そんな思っていたよりも穏やかなシェルディアを見て、キベリアはその反応に意外感を示した。

「・・・・・シェルディア様、随分と穏やかですね。シェルディア様のことだから、スプリガンが現れた時にこの『世界』を解除して乱入するかと思いましたよ」

「あら、本当なら今すぐにでも乱入したいわよ? でも、いま乱入すると色々面倒でしょ? だから今はじっくりと観察することにしたの。・・・・・・・まあ、そのほかにもちょっとした理由はあるけど」

 シェルディアは視線を冥とスプリガンの戦闘から、光導姫と守護者の方へと移した。現在、光導姫と守護者はスプリガンが召喚した闇のモノ達と戦っている。その中には当然、陽華と明夜の姿もある。

(別に面倒なのは本当の事よ。そして私は面倒な事が嫌い。だから私はまだ観察の姿勢に徹している・・・・・・・・そう、それだけよ)

 陽華と明夜が現れた時に抱いた気持ちが、またシェルディアの胸に飛来した。心配と不安。自分には似つかわしくない感情が。

(・・・・・・変な感情。たかだか人間に対して)

 別に、シェルディアはこのまま出て行って、あの2人に自分の正体がバレても構わない。2つの人間との縁が切れるだけだ。あの2人は確かに気に入っているがそれだけ。

 そう、それだけのはずなのに。

「? そうですか、そう言えば殺花はどこにいるんでしょうね? ずっと消えたままじゃないですか。もしかしてダメージでも受けたでしょうか・・・・・・・?」

 そんなシェルディアの心中など知らないキベリアは、先ほどからの疑問をシェルディアに投げかけた。キベリアのその言葉に、シェルディアはこう答える。

「それはないわ。最初の殴打以外はあの子『幻影化げんえいか』してたから。その最初の一撃もそんなにキツいものではなかったし。たぶん、何かの機会を窺っているか、何かを考えてるか、そんなところじゃないかしら」

「うわー、だとしたらすっごい恐いですね。殺花が慎重に、慎重に殺しに来るなんて、私だったら恐くて吐きますよ。殺花、人間時代は暗殺者みたいだったから、そういうやり方プロでしょうし」

「そうね、でも暗殺が殺花のやり方でしょ? あの子の闇の性質も、そのやり方に合ったものだし。まあでも、そろそろ殺花も動き出すんじゃないかしら?」

 姿を消している殺花について、シェルディアは勝手にそんなことを予想していた。











(ちっ、スプリガンめ。思ってた以上に厄介極まりない奴だ・・・・・・・)

 影人との攻防の後に、姿を消していた殺花はそんなことを思っていた。

(己の殺気に気がつく敏感さ、容赦のない攻撃・・・・・・幻影化を余儀なくされた)

 幻影化とは、殺花がスプリガンの銃撃をすり抜けたあの現象のことだ。自分の体を幻影と化す事で、全ての攻撃は殺花に当たることがないという、殺花の秘技の1つ。つまり一瞬、攻撃を受けない無敵状態になることが出来るのだが、この破格の技には1つ欠点が存在する。

 それは、闇の力を大きく消費すること、殺花の体力を大幅に消費するということだ。つまり、幻影化は燃費がすこぶる悪い。殺花がしばらく何の行動も起こさなかったのは、体力の回復も兼ねていたからだ。

(しかし、どうするか。奴はいま冥と戦っているが、己が奴に近づけば奴は己に気がつくだろう。何せ奴は己の殺気を察知する。まだまだ若輩の己には、完全に殺気を消して対象を殺すことなどは不可能)

 姿を消している殺花はただ思考した。スプリガンをどうすれば殺せるかを。だが、今の殺花にはそのスプリガンを殺せる方法が思いつかなかった。

(数的不利、強敵との戦闘も相まって今の冥は逆境状態・・・・・・ならば、暫くは奴1人でスプリガンの相手は務まる。・・・・・・・・・・・ここは一旦考えを変えるか。無論スプリガンは必ず殺すが、優先順位を変更する)

 そこで殺花は殺しの優先順位を変えた。確かに殺花の主であるレイゼロールは、スプリガンの首を最も喜ぶであろうが、レイゼロールが喜ぶ首がこの戦場にはあと2

(・・・・・・・ちょうど奴らはスプリガンが生み出したモノ共と交戦している。他の光導姫や守護者も同じ状況のため、注意は逸れている。なら、殺りやすいことこの上ないな)

 この場には奇しくも、十闇召集の主的理由と副次的理由の2つの存在がいる。1つは、スプリガン。そしてもう1つは――

 殺花の視線の先にいたのは、他の光導姫や守護者と同様に、スプリガンが召喚したモノたちと戦っている陽華と明夜だった。

(・・・・・・まずは貴様らからだ)

 見えない殺しの影は、ゆっくりと2人へと近づいていった。

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