第66話 スプリガン、十全なるその力

「はははははっ! さあ、味わわせてみろよ! てめえの強さをッ!」

 全身に闇を纏わせながら、冥は凄まじい速度で影人へと迫ってきた。闇を纏っているということは、ただでさえ高い身体能力を持つ闇人が、その能力を常態的に強化していることを表している。

「――闇纏体化あんてんたいげ

 向かってくる冥に視線を投げかけながら、影人は一言そう呟いた。

 すると冥と同じように、影人の体に闇が纏われた。影人が今まで出来なかった常態的な闇による身体能力の強化だ。

 今の影人は詠唱する必要はないが、そこはまあ気分の問題だ。

 冥が左拳を繰り出してくる。影人は右手でその拳を受けとめた。

「はっ、随分と軽く受け止めてくれるじゃねえか!」

「・・・・・・・・・・うるさい奴だ」

「そう言うなよ! 興奮してんだ許せよそれくらい!」

 左手を封じられているのにも関わらず、冥は右拳も影人めがけて振るってくる。もちろん、右の拳も恐ろしい威力であることは明白なので、影人はその攻撃にも対処しなければならない。

 だが、

『おい影人』

(ああ)

 イヴが影人に警告の声を掛けてきた。影人はその声に心中でそう返すと、左手を

「あぁ?」

 冥が疑問の声を上げながらも、攻撃を続けてくる。冥はまだ気づいていないようだが、影人は自分に殺意が近づいてくるのが分かっていた。

(まじで闇の力で感覚が拡張されてるのかもな・・・・・)

 あるいは、今までの戦いで身についた勘的なものか。影人は余裕があるように、そんなことを思っていた。

「・・・・・・・・!」

「・・・・・・・分かってるんだよ」

 影人は殺意が自分の後ろに極限まで近づいた瞬間に、後ろに向けていた左手に闇色の銃を創造した。そしてノールックでその引き金を引く。

「っ・・・・・・・!?」

 スプリガンの出現によって戦場の注意に空白が生まれた一瞬の隙に、死角からスプリガンを暗殺しようと姿を消していた殺花は、その目を見開いた。冥の攻撃の最中、戦闘の初動という完璧なタイミングを見計らったのにも関わらず、スプリガンは気がつくどころか、殺花に反撃してきたからだ。

 むろん、殺花に対応している間にも影人は冥の攻撃にも対処しなければならない。影人は銃を創造したのと同時に、虚空から闇色の鎖と腕のようなものを呼び出していた。それらは冥の右手を殺到し、その拳を影人に届く前に止めた。

「ははっ! この物量と強度のモノを無詠唱で創造かよ!?」

「・・・・・・・・お前、いちいち喋らなきゃ戦えないのか?」

 影人は呆れたようにそう呟きながらも、後ろに向けていた左手の銃を連射していた。別に当てようと思って撃っているわけではない。あくまでこの銃撃は牽制だ。

(とりあえず、一旦こいつらをぶっ飛ばすか)

 影人は右足に闇を集中させた。そこにフェリートが使っていた闇による『加速』の力を付与させる。まずはこの戦闘狂っぽい男の闇人からだ。

 影人はほとんど冥が知覚できないようなスピードで、右足で冥の腹部を蹴り飛ばした。その際、冥の右手を固定していた鎖と腕を虚空へと戻し、冥の左拳を握っていた右手もパッと離した。でなければ冥が遠くへとぶっ飛ばないからだ。

「がはっ・・・・・・・!?」

 闇による身体能力の強化と『加速』によって、知覚できないレベルのスピードで振り抜かれた蹴りをもモロに喰らった冥は、一瞬何が起こったかも分からずに空中へと飛ばされた。冥が凄まじいスピードで飛ばされた事を確認した影人は、飛ばされている冥の進行上に闇の壁を創造した。大体いまの影人は目に映る範囲くらいなら、闇による創造物は無詠唱で創れる。

 その結果、飛ばされていた冥は背中からその壁に激突した。普通の人間なら体がバラバラに砕け散っているが、さすが闇人ということもあって冥の肉体は爆散していない。足下に広がる円のようなもの――冥が『真場』と言っていたものだが――も解除されていないところを見るに、恐らく意識も失ってはいないだろう。全く以てタフである。影人はとりあえず追撃用に、虚空から鋲付きの鎖を複数呼び出し、それを壁へと打ち付けられた冥に放った。

「・・・・・・・次はお前だな」

「くっ・・・・・・・・スプリガン、貴様だけはッ!」

 これで10秒ほどは冥を無力化できただろうと考えた影人は、その体をくるりと向け殺花にその金の瞳を向けた。

 殺花がギロリと黒い目で影人を睨み付ける。その目には、怒り、殺意、恨みなどといった負の感情が渦巻いていた。

「・・・・・・・・・ずいぶん俺に感情的な目を向けるな。あんたと会うのは今日が初めてだと思うんだが」

「黙れ。己の主に、レイゼロール様に一時でも傷を負わせた罪、死んで償えッ!」

 殺花がその姿を陽炎のように揺らめかせ、その姿を消した。殺花が消える前に、殺花の言葉を聞いた影人は、なぜあのような目を自分に向けてくるのかを理解した。

(なるほどな、フェリートと同じタイプか。ちっ、うざったい奴だな)

 殺花が怒っている理由を悟った影人は、少しだけ苛ついた。フェリートの時も思ったが、こっちは仕事でやっているだけだ。フェリートや殺花の怒りなどは、影人からしてみれば心底どうでもいいものだ。そんな怒りを自分にぶつけるというのは、敵である殺花たちからしてみれば至極当然なのだろうが、標的である影人からしてみればたまったものではない。

(こっちも必死でやってんだ・・・・・・・・まあそれを誰にも言うつもりはないし、闇人に言うつもりもないがな)

 だが、苛つきは抱く。影人は少しだけ負の感情を殺花に抱いた。

『くくっ、良い感じじゃねえか影人。負の感情は闇の力のエネルギーだ。俺の力も活性化してきたぜ。ちょっとお前の体乗っ取ってみようか?』

(ちょっとだけみたいに言うな! まあまあ恐かったんだぞあれ!? ったく、油断も隙もねえ奴だな・・・・・・・・だが、確かにさっきより感覚も鋭敏になってるな)

 イヴの力は、スプリガンの闇の力と同義だ。それが活性化するということは、闇が影響したもの全てが活性化するのと同じ。そして影人の感覚は先ほどよりも鋭敏になっていた。ということは、やはりこの感覚の拡張は闇による力のもので確定か。

「――そこだ」

 影人は右手を拳に変えると、それを何もない自分の左側面の空間へと叩きつけた。本来ならば、空を切るはずのその拳は見えない何かへと直撃した。

「かはっ・・・・・・バ、バカな・・・・・・・!」

「・・・・・・・なぜバレたって顔だな。確かに、あんたの姿の消し方と気配の消し方は完璧だったが、殺意がちょっと漏れてたぜ。俺を暗殺したいならもっと感情を抑えるんだな」

 殺花の左の脇腹に拳を直撃させた影人は、そのまま拳を振り抜かずにその右手で殺花の髪を掴んだ。また姿を消されては面倒だからだ。

「ぐっ・・・・・・・!」

 そのまま影人はずっと左手に持っていた拳銃を、無防備な殺花のマントに押し当てる。いわゆるゼロ距離射撃の体勢だ。

「!?」

「・・・・・・・・俺からの礼だ。弾をくれてやるよ」

 そして影人は引き金を引いた。影人が創造した拳銃は弾切れというものがないので、先ほどと同じように連射しまくる。さすがに最上位の闇人といえどもゼロ距離からの連射はだいぶ効くだろうと影人は思っていたのだが、そのとき奇妙な事が起こった。

「っ・・・・・・・?」

 影人が撃った弾が全て殺花の体を通り抜けたのだ。それだけではない。影人が掴んでいた髪もまるで煙のように掴めなくなる。

 だが、依然として殺花の姿は見えたまま。いったいこれはどういうことか。

(幻影を引いた? いや、それはない。観察してた限り、幻影は最初から実体がなかったはずだ)

 影人は先ほどから戦いを観察していた。そのため殺花の能力もある程度は理解出来ていた。この女性型闇人の特徴的な能力は、姿を消すこと。そして幻影を使うことだ。

 そうこうしている内に、殺花は煙のようにその場から流れた。そして影人から距離が離れると、再び陽炎のようにその姿を消した。

(・・・・・・・・・・やっぱり一筋縄じゃいかねえな)

 理屈はまだよく分かっていないが、恐らくあの闇人にダメージが入ったのは、最初の打撃だけだろう。再び姿を消したということは、また影人をどこからか狙っているということだ。しかも、今度はご丁寧に殺気を完全に消している。

 影人は内心軽くため息をつくと、今度は光導姫・守護者サイドの面々の方にその顔を向けた。











「・・・・・・・・うっわー、なにあの化け物。相手は最上位闇人2体だぜ? それを軽々あしらうってさ、噂通りっつーか、噂以上に無茶苦茶な強さじゃねえか・・・・・・・・」

 成り行き的にスプリガンと闇人たちの戦いを見守っていた光導姫・守護者たち。その中でも初めてスプリガンを見た刀時は、もはや引いたようにそんな感想を呟いていた。

「スプリガン・・・・・・今まで彼の力の一端は目にしていたけど、まさかこれ程の力だったなんて・・・・・」

「・・・・・・忌々しい。だが、あれが奴の実力。やはり奴と戦うならば・・・・・・・・」

 風音とアイティレも、その鮮烈なるスプリガンの力にそれぞれの感想を漏らした。特にスプリガンを敵と見定め、母国から極秘の指令を受けているアイティレは、その赤い瞳を厳しくさせる。

(奴はまだ本気を出してはいない・・・・・・周囲には他の光導姫と守護者の目もある。だが、奴と遭遇できるのは数少ないチャンスだ。・・・・・・・・・・さてこの状況、私はどう動くべきだ?)

 アイティレは冷静に二転三転した状況に対応すべく、1人静かに思考を巡らせた。

「・・・・・・・ねえ、明夜。またあの人に会えたね」

「・・・・・・・そうね、陽華。また彼に会えたわ」

 そして黒衣の怪人に様々な思いを抱く2人の光導姫は、万感の思いを込めたようにそんな事を口に出した。陽華と明夜がスプリガンに出会ったのは、これで4度目。最後に2人がスプリガンに会ったのは、レイゼロールとの戦いの時だ。

 2人はしばしここが戦場である事を忘れたように、スプリガンを見つめた。すると、スプリガンがこちらにその美しい金色の瞳を向けてきた。

「あっ・・・・・・・・」

「スプリガンがこっちを見てきたわね。いったい何かしら?」

 明夜が不思議そうにそう呟く。一方、スプリガンの瞳を見た陽華はなぜかその頬を赤く染めてしまった。

(な、なんでだろ・・・・・・急にドキドキしてきちゃった。か、顔が熱い。というか、やっぱりスプリガンってカッコいい・・・・・って、何考えてるの私!?)

 戦場に乙女という構図はまあ古くからのお約束のようなものだが、明らかに今はそんな雰囲気ではない。陽華もその事は分かってはいたのだが、止められないというのが気持ちというものだ。

「・・・・・・・・・・・」

 1人沈黙を保ったままの光司は、こちらを見てくるスプリガンの姿を、その強さを見ていた。体に闇を纏いながら、無表情にこちらを見つめてくるその金色の瞳。その特徴的な目を光司は忘れたくても忘れられない。

(・・・・・・・お前のその瞳が、お前という存在が、僕は・・・・・・・いや、俺は・・・・・・)

 光司が心の内でそんなことを呟いていると、スプリガンがその両手を外套のポケットへと隠した。そして興味をなくしたように、再びスプリガンは光導姫や守護者たちに背を向けた。

 するとその直後、地の闇より、虚空の闇より、たちが世界へとその姿を現わした。それは例えば、剣を持った闇色の甲冑に身を包んだ騎士。槍を携えた骸骨兵。異形の姿をした怪物などといったようなモノたちだ。

 大量に湧き出てきたそのモノたちはゆっくりとこちらへと向かってきた。

「なっ・・・・・・・これは!?」

「ちっ、擬似的な命の創造まで出来るのか・・・・・・・!」

「げっ、ヤバそうな奴らがうじゃうじゃ出てきやがった」

「っ!? スプリガン・・・・・・!」

「わわっ、な、何あれ!?」

「『僕たちと友達になろうよ!』ってな雰囲気じゃないわね。明らかに、『へい俺たちと地獄のツーリングに行かねえか!?』ってな感じだわ」

 風音、アイティレ、刀時、光司、陽華、明夜たちは各々の反応を示し、戦闘への構えを取る。

 スプリガンがあの異形のモノ達を呼び出した事は明白であった。そしてその異形のモノたちは明らかにこちらに敵意を抱いている。

 それは明確なる光導姫や守護者たちへの敵対行動であった。










(さて、向こうはこれで大丈夫だろ。召喚した奴らの強さはそれほどじゃないから、『提督』や『巫女』といった実力者がいる中、あいつらも傷を負うことはないだろうし・・・・・・)

 陽華や明夜たちから背を向けた影人は、そんなことを考えた。擬似的な命の創造はイヴによって拡張された闇の力の1つ。つまり影人が今まで出来なかった事の1つだ。実際に使ってみると、中々に便利である。

(さすがに闇人どもだけ攻撃するのは変に思われるだろうからな・・・・・・・・まあ、絶対に死ぬことはないから頑張ってくれよ)

 正体不明、目的不明の怪人を演じるためのカモフラージュとして、影人はあの怪物たちを生み出した。参考にしたのは、レイゼロールやキベリアといった者たちの力だ。

(あの女の闇人はまだどこかへと消えたままだが、俺に怒りと恨みを抱いてるなら、ターゲットは俺のままのはずだ。なら奴が再び姿を現わしたときに、対処するだけでいい。それより今は・・・・・・・・・)

 影人は視線をある方向へと向ける。それは冥が吹き飛んだ方向だ。

「・・・・・・・・・いつまでそうしてるつもりだ? 奇襲でもしようと思ったのか?」

 影人は低い声でそう呟いた。影人が追撃用に放った鎖は何も動くことはなく、止まったままだ。すると、心底嬉しそうな笑い声が響いてきた。

「くくっ、ははははははははははっ! いや悪ぃ悪ぃ! 余りにも嬉しかったもんでよ! 俺の硬化をぶち抜いて痛みを与えてくれた奴は、本当に、本っっっっ当に久しぶりだったからよ! あんたは間違いなく強い! それが確認できて嬉しくてたまらねえんだ!!」

 冥がバッとその体を起こした。見てみると鋲付きの鎖たちは冥の体を貫いてはいない。ただ冥に絡みついているだけだ。

「感謝するぜ、スプリガン! 俺の闇は逆境になればなるほどその力を高めていく。強敵っつう逆境を以て、俺はもっと強くなれる!」

 その目を爛々と輝かせ冥が吠える。そしてその冥の言葉に呼応するかのように、冥が纏った闇もその密度を濃くしていった。

(こいつはまた・・・・・・・・面倒くさそうだな。だが、まあ俺もまだまだ試したい力はあるからな。実験と行くか)

 最上位の闇人というのはある意味で贅沢だが、それくらいでちょうどいいだろう。影人はほんの少しだけ口角を上げて、内心スプリガンの力の化身にこう呼びかけた。

(さあ、暴れるかイヴ。お前の完全な力、あいつに見せてやろうぜ)

『けっ、都合の良いときだけそう言いやがって。――だが、まあ今回はお前の口車に乗ってやる。ああ、暴れてやろうぜ。真なる闇の力ってやつをあの闇人に叩き込んでやれ!』

 影人にとって戦いは、まだ始まったばかりだ。

「ああ・・・・・・・来いよ、俺とお前の闇の深さの違いを教えてやる」

 十全なる闇の力を得た怪人スプリガンは、珍しく挑発するようにそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る