第65話 役者、揃う

 陽華と明夜の突然の出現――その事態に戸惑い驚いたのは、ほとんどこの戦場にいる全員と言っていいだろう。2人を知る光司、風音、アイティレは特にその反応を顕著にし、2人のことを直接知らない刀時も戸惑いの反応を示している。闇人たちも訝しげな表情で新たな参戦者たちに視線を向けていた。

 だが、2人の出現に1番驚いていたのは、この戦いを見ていた観察者たちだった。

「は・・・・・・・・・・・・? なんで、あいつらが・・・・・・」

 影人はその金の瞳を限界まで見開き、

「陽華と明夜・・・・・・・・? あの2人、光導姫だったの?」

 シェルディアはその口をポカンと開けた。

「え!? シェルディア様あの光導姫たちのこと知ってるんですか?」

「ええ・・・・・・・・・ちょっとした顔見知りみたいなものかしら。まさか光導姫だったとは思わなかったけど・・・・・・・」

 キベリアの問いかけに、シェルディアは未だに驚愕半分といった感じで頷いた。陽華と明夜に会ったのは2回だけだが、とても気の良い少女たちだった。シェルディアが困っている時に2人は助けてくれたのだ。

「そ、そうなんですか・・・・・・・でも、この戦いに参戦して来たって事は、あの2人強いって事ですよね?」

「それは・・・・・・・どうかしら。あの2人からは、他の光導姫たちほどの実力は感じられない。さっきの浄化の光を見た限りだとね」

 アイティレや風音といった人物に目を向けながら、シェルディアはそう呟いた。

 シェルディアの見立ては恐らく間違っていないだろう。ここから見る限り、2人の気配も強大なものではない。光導姫の実力で言えば、良くて中の下くらいではないだろうか。

(そんな実力だというのに・・・・・・・・なぜこの戦場に来てしまったの? 今のあなた達じゃ完全に実力不足だわ。もしかしなくとも、死ぬかもしれないのに・・・・・・)

 なぜかシェルディアは少し不安になった。そしてその事がシェルディア自身にとっても不思議だった。確かにあの2人には良くしてもらったが、それだけのはずだ。

(最近、私はどうかしてるのかしら。影人といい、あの2人の事といい、なぜ私はこれほど感情が動かされるの?)

 確かにシェルディアは人間が好きだ。だが、それは個人に当てられるようなものではない。そもそも、本来シェルディアにとって人間というものは、そんなに個体ごとに区別されるものではないはずなのに。俗な言い方をしてしまえば、人間は自分にとっての唯一のエネルギー源である体液を持つ、食料であるはずなのに。

 だが、事実としてシェルディアの感情は2人の登場によって動かされ、少し不安で心配そうな視線を陽華と明夜に向けていた。












(ソレイユ! おいソレイユ! いったい全体どうなってんだ!? 何であの2人がここにいるッ!?)

 感情を動かされたのはシェルディアだけではない。それは林の木の裏から戦場を観察していた影人も同じだった。だが、影人はシェルディアよりも激しく動揺していた。影人にしては珍しいほどに。

『――っ、聞こえています影人。あなたの反応はもっともですが、まずは一旦落ち着いてください・・・・・・!』

(これでもまだ落ち着いてるほうだ! 肉声じゃなく心の中で話してるからな!)

 確かに今の影人は激しく動揺しているが、最低限の冷静さだけはまだ持ち合わせていた。その最後の冷静さが影人の長所の1つだった。

『・・・・・・・確かにそうですね。影人、よく聞いてください。陽華と明夜を転移させなかった、いや転移できなかった理由があります。今から私が一方的に、出来るだけ手短く話すので、あなたはただ聞いていてください』

 ソレイユはそう前置きすると、その理由について話し始めた。

『私はあなたに言った通り、2人の転移の準備を進めていました。陽華と明夜は10位の彼の心配からだと思いますが、程なくしてあなたが観察している戦場の方へと移動を始めました。当然、2人がそちらに着く間に転移の準備は終わるはずで、陽華と明夜は転移できるはずだったのですが・・・・・そこで問題が起こりました』

 いつになく女神らしい威厳に満ちた冷静な声音で、ソレイユは話を続けた。

『つい先ほど、ヨーロッパのスイス周辺を中心として、強大な闇の力が発生しました。その強大な闇の気配は全世界へと奔ったほどです』

「っ!?」

 強大な闇の気配。ソレイユのその言葉を聞いた影人は、先ほど感じたあの得体の知れない感覚を思い出していた。何か強大な力を感じたあの感覚。もしかすると、自分はそれを感じたのだろうか。

『・・・・・・その強大な闇の気配に、私は優先順位の変更を余儀なくされました。2人の転移よりも、その緊急の事態に対処しなければならなかったのです』

(・・・・・・・・・なるほどな。だから、あいつらがここに着く前に終わるはずだった転移が出来なかったのか)

 ソレイユの話を聞いた影人は、2人がここに来てしまった理由を理解した。お人好しで情に厚いあの2人のことだ。2人が光司のことを心配してこの戦場に来る可能性はあるにはあった。影人はその事を懸念していたし、恐らくソレイユもその事は分かっていたのだろう。

 だから、2人がここに着く前に転移の準備をしていたのだろうし、本来ならそれは出来ているはずだった。陽華と明夜はここに着くことなく、安全な場所へと転移されるはずだったのだ。

 だが、影人も感じた突然の強大な闇の気配がソレイユの計算を狂わせた。ソレイユはその闇の気配のことを探らなければならなくなった。その結果、本来間に合うはずだった転移が間に合わなくなり、2人はこの戦場へと辿り着いてしまった。

(・・・・・・・・・話は理解出来た。ソレイユ、結局その闇の気配は何だったんだ?)

 事情を理解した影人は、ソレイユに突然発生した闇の気配について聞いた。

『それが・・・・・よくわからないのです。闇の気配が世界に奔ったのはその一瞬だけで、それ以降はもう何も闇の気配は感じられませんでした。・・・・・・・・一応、スイスにいる光導姫に気配がした中心地を探ってもらっているので、その報告待ちといったところです』

(釈然としねえな・・・・・・・・なあ、その光導姫は危険じゃねえのか? もし何かあったら・・・・・)

『それについては大丈夫です。ラルバも守護者を送ってくれていますから。それより影人、問題は――』

(・・・・・・・・・・ああ、問題はこっちだな)

 影人は少し冷や汗を流しながら、戦場を観察していた。今はまだ2人の突然の乱入による混乱で、戦場は一瞬の停滞が場を支配している。だが、この混乱が解かれるのはもう、すぐだ。

(ソレイユ、最後に確認だ。転移の準備自体はまだ時間がかかるのか?)

『すみません、あと1分ほどだけ掛かります』

 ソレイユが申し訳なさそうにそう言った。ソレイユのその言葉を聞いた影人は、ある決意をした。

(分かった、俺も戦場に出る。俺の登場で1分くらいは余裕で稼げるはずだ。その間に、お前はあいつらを転移させろ)

 今のこの膠着が後1分も続くはずがない。そして、この戦場ではあの2人が死ぬのに1分という時間は十分すぎる時間だ。

 もちろん『提督』や『巫女』、光司やもう1人のあの和装の守護者も、陽華と明夜を助けてはくれるだろうが、もしもという事もある。

 ゆえに影人は自分が表に出る事で、戦場にいる全ての者たちの注意を引く事を考えた。

『影人・・・・・・・・・すみません』

(謝罪の言葉は不要だ。今回の事態はお前の落ち度じゃない。だから、謝るな。・・・・・・・転移の件は頼んだぜ)

 帽子に軽く触れながら、影人は闇の力により消していた気配を解放した。そして影なる暗躍者は、表舞台へと足を踏み出した。











「ああ? また乱入者かよ、まあ強けりゃ俺は歓迎だがな」

 陽華と明夜の出現により、戦いは一時的にだが止まっていた。風音、刀時と戦っていた冥は2人の姿を見ると口角を上げてそう言った。

「ッ!? 何で2人がここに・・・・・・・」

「誰だあの2人・・・・・・? まだ援軍が来るなんて聞いてなかったけどな?」

 陽華と明夜の事を知る風音は、光司と同じような反応を示し、2人を知らない刀時はそのような反応を示した。

陽華ヨウカ明夜ミヤ・・・・・・・・? いったいどういうことだ?」

 アイティレもその表情を疑問と驚きが入り混じったものに変え、2人を見つめた。

「あの装い、2人組の光導姫・・・・・・・・・・もしや、レイゼロール様の言っていた・・・・・」

 だが、殺花だけは他の者たちとは違った反応を見せた。レイゼロールは冥には十闇召集の副次的理由を述べなかった。それは単に時間的問題があったからだ。

 しかし、冥よりも速く本拠地へと戻っていた殺花は、レイゼロールからその副次的な理由も聞いていた。まだ新人の2人組の光導姫が、目障りである事。将来的に自分たちにとって、危険になる可能性が大いにあり得るという事を。

 当然、殺花はその2人組の特徴についても聞かされていた。1人は暖色系の衣装を身に纏ったガントレットを装備した光導姫で、もう1人は寒色系の衣装の杖を持った光導姫。いずれも、殺花の視線の先にいる乱入者の特徴と一致している。

(・・・・・・・これは主への思わぬ土産になりそうだな)

 殺花の視線に殺気が宿る。戦場の時が再び動き出そうとしたその時、一同は砂を踏み抜く足音を聞いた。

 その音に、全員の視線が――それはいま乱入してきた陽華と明夜、断絶された『世界』にいるシェルディアとキベリアも含む全員――その音の発信源に向けられた。

 音がした林の暗闇の中から、誰かがこちらへと歩いてくる。最初は暗闇で分からなかったその姿が、月明かりの下に照らされる。

「・・・・・・・・・・・」

 闇に溶け込むような黒い外套。鍔の長い帽子。胸元を飾る深紅のネクタイ。紺色のズボンに黒の編み上げブーツ。そして――金色の瞳。

「「スプリガン・・・・・・・・」」

 その名を静かな驚きと共に呟いたのは、乱入してきた陽華と明夜だった。

「ッ、おいおい・・・・・・マジかよ!」

 その名を聞いた冥は嬉しそうにその表情を弾ませる。

「奴が・・・・・・・・!」

 そんな冥とは対照的に、殺花は殺意を込めた瞳を陽華と明夜から外し、代わりにスプリガンへと向けた。

「スプリガン・・・・・!? なぜ彼まで・・・・・・・!?」

「っ!? 現れたか・・・・・・・・・!」

「え、まじ? あれがスプリガン? うわー、初めて会っちゃったよ・・・・・」

 風音、アイティレ、刀時もそれぞれ驚いた反応でスプリガンへと視線を向ける。先ほどまで、陽華と明夜に集まっていた注目は一気にスプリガンへと移った。

「シェ、シェルディア様! あれがスプリガンですよ! 私をボコボコにした奴です!」

 キベリアがどこか恐怖しているような声音で、シェルディアの肩を掴んだ。スプリガンにボコボコにされたキベリアからしてみれば、スプリガンはトラウマのようなものになりつつあるのだ。

「あれが・・・・・・・不思議、不思議だわ。何なのあの気配・・・・・まるで透明色」

 そして、スプリガンとの邂逅を心待ちにしていたシェルディアは、まずスプリガンが纏う気配に驚いていた。

 シェルディアは他人の気配というものが分かる。シェルディアの感覚がそれを教えてくれるのだ。例えば、以前シェルディアは影人のいる学校にお弁当を届けに行ったことがある。その時、影人は目立ちたくないとの理由でシェルディアから逃げ出した。だが、シェルディアは影人の気配を憶えていたので、その気配を辿り影人へと追いついた。このように、シェルディアは他人の気配というものが、感覚として理解できるのだ。

 むろん、人間以外の闇人などの気配もシェルディアには分かる。闇人はその気配に、どうしても闇の気配が入り混じっている。

 このように気配には必ず何かの特色があったり、何かの要素があったりする。だが、スプリガンの気配にはその特色や要素が何1つとして存在しない。無色透明とでも言うべき気配だ。

 シェルディアも、そして本人である影人も知らない事ではあるが、実はこの気配はスプリガンの服装によって偽装されている気配であった。スプリガンは、まずその正体が絶対にバレてはいけない。そして正体というものはどこから分かるものか分からない。ゆえに、スプリガンの服装には隠蔽を主とした能力が備わっている。そんな能力の中に「気配の偽装」という能力も含まれていたのだ。

 まさに究極の念入り。そしてその念入りがなければ、今ここで影人の正体はシェルディアにバレていた。

 そんな、実はギリギリの状況であったということを、スプリガンである影人は知る由もなくその瞳を闇人たちへと向けた。

「・・・・・・・・互いの陣営の実力者どもがよく揃ってやがるな。まあ、中には場違いな奴らもいるみたいだが」

 影人がスプリガンとして放った最初の一言はそれだった。今まで戦いを観察していた事を出来るだけ悟らせないために、そしてどうとでも取れる言葉を影人は選択した。ちなみに場違いな奴というのは陽華と明夜のことだ。

(香乃宮の奴は・・・・・・・まだ呆けたような顔してやがるな。てっきり敵対的な視線を向けてくると思ってたが、まだ混乱してるのか?)

 影人がまだ自分に対して反応を見せていない光司をチラリと見る。光司はスプリガンに敵意を抱いているので、『提督』のように厳しい視線を向けてくると思ったのだが、光司はただ驚いたように自分を見てくるだけだった。

「ははははははっ! 今日は良い日だなぁ!? てめえがスプリガンだろ!? レイゼロールから話は聞いてる! 会いたかったぜぇぇぇぇ!!」

「そうか・・・・・・・俺は別にあんたとは会いたくなかったがな」

 冥が本当に嬉しそうに影人へとそう言ってきた。いや、言ってきたというよりも半ば叫んでいた。

「そう言うなよ! 俺はお前に興味があるんだ! 未知の強者を俺は求めてたからなぁ!」

「ふん・・・・・・・面倒な奴だ」

 案の定、戦場の全ての注意は自分へと向けられた。そして影人が冥にそう言葉を返したとき、ソレイユの声が脳内に響いた。

『影人、ありがとうございます! 転移の準備はあと10秒ほどで整います』

(了解だ。これで大丈夫だな・・・・・・・)

 影人はソレイユの念話を聞いて、内心ホッとした。イレギュラーはあったが、これで当初の予定通り、陽華と明夜が戦いに参加することはない。

 あと10秒。さすがにこの時間の間に何か起こることはない。用心深い影人もこのときばかりはそう思った。

 だが、その考えはのを数秒後の影人は知ることになる。

「このチャンスは逃さねえぜ! おらッ、俺の闇よ! 俺の『闘争』よ! 高まりやがれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「っ、何だ・・・・・・!?」

 冥の右足に闇が集中する。影人は激しく嫌な予感を覚えるが、時は既に遅かった。

「今からここは真なる闘争の場だッ! 展開しやがれ、『真場ヂェンチァン』!」

 冥が闇を纏った右足を地面へと叩きつけた。その結果、冥が叩きつけた右足を基点として幾何学的な文様が描かれた図のようなものが広がっていった。

 それらはこの戦場全体へと広がり、綺麗な円を展開した。

「これは・・・・・・・」

『大変です影人! 転移が、転移が出来ません!』

「!?」

 影人が足下に広がる図のようなものに目を落とした時、焦ったようなソレイユの声が脳内へと響く。ソレイユの信じられないような言葉に、さすがの影人もその表情を驚きに変えた。

「ははははっ! これでもう! 真場はいわば一種のルールだ! 俺が解除しない限りか、俺の意識が途切れない限り、この円の中にいる奴は逃げるという行為が禁止される! スプリガン、お前は転移を使ったってレイゼロールから聞いたが、転移を使ってもここから逃げることは出来ねえぜ!」

(ッ・・・・・・・そういうことか! 野郎、最悪なタイミングで発動させやがった!)

 影人は冥の言葉から、ソレイユが2人を転移させることが出来なかった理由を悟った。あと数秒で、陽華と明夜を逃がせたというのに、影人とソレイユの思惑は今この瞬間全て泡へと帰した。

 それはつまり、まだ未熟な陽華と明夜がこの戦いに強制的に参加させられるということを意味していた。

「てめえがもし現れたら、展開しようと思ってたが、まさか本当に現れるとはなぁ。最高だ、もう逃がさねえ!」

(・・・・・・・・はっ、つまり俺のせいってわけか)

 冥が続けた言葉を聞いた影人は、自虐的な笑みを浮かべてしまった。要するに、自分が現れなければ、2人の転移は終わっていたかもしれないのだ。

 2人を転移させるために影人が出てきたというのに、影人が現れた事によって転移が出来なくなった。なんたる皮肉だろうか。

(ソレイユ、この状況だ。俺か誰かの視覚と聴覚を通して状況は理解できてるな? 悪いが緊急事態だ。このまま戦いに突入する)

『っ・・・・・・・はい。あなたの言う通り状況は理解できています。逃げることができない、ということは戦うしかないでしょう。2人を転移させる為には・・・・・・』

(ああ、奴をボコりまくって気絶させるしかねえ)

 先ほどの冥の言葉からするに、この円を解除するには冥の意識を途切れさせる、つまり気絶させるしかない。ゆえに影人が取る方法は1つだ。

(はっ、ちょうど良い。俺の新しい力のお披露目といくか)

 少しだけヤケクソ気味に影人はそう心中で呟いた。そんな影人を心配するかのように、ソレイユが自分の名を呼ぶ。

『影人・・・・・・・・』

(大丈夫だ、心配するな。朝宮と月下も、香乃宮も他の奴らも誰1人死なせねえよ。自惚れでも高望みでも願望でもない。今の俺にはそれだけの力がある)

 ソレイユの声に影人は、決してヤケクソではないことを示すために最後にそう念話した。さあ、自分がやるべき仕事をしよう。

 誰も逃げることの出来なくなった戦場に、生ぬるい一陣の風が吹いた。 

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