第64話 激化する戦い、観察者たち

「いっくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 冥が嬉々として地を蹴った。解き放たれた獣のように冥は3人へと肉迫する。先ほどまでの冥とはまるで比較にならないほどのスピードだ。

「速っ!? ああっ、クソッ! だるいな!」

 闇を纏った拳を突き出してくる冥に一早く対応したのは刀時だった。刀時はアイティレと風音の前に庇うように立つと、奇妙な型で刀を構えた。

 冥の拳に合わせるように刀時は右手に持った刀を逆手に持ち、それを前方へと突き出した。そして左腕を刀の棟に押し当てる。

「あ? ああ、なるほどなぁ!」

 冥は刀時の思惑を何とは無しに理解した。そして理解した上で、冥はその拳を構えられている刀へとぶち当てた。

「は!? 嘘だろ・・・・・・・!?」

 刀時は冥の拳が刀のに当たった瞬間に、力を受け流して反撃しようとしたのだが、その考えは実現しなかった。

 なぜなら、冥の拳はまるで鍛えられた鋼のように硬く、それでいて凄まじいまでの威力であったからだ。

 刀時はその強すぎる力を受け流す事が出来なかった。そのため刀時は大きく体勢を崩す。

「ヤバっ・・・・・・・・」

「そうらッ!」

 冥はその隙を見逃さず左脚で蹴りを繰り出した。体勢を崩した刀時はその蹴りを避ける事は出来ない。

「第1式札から第5式札! 寄りて光の女神に捧ぐ奉納刀と化す!」

 だが刀時の危機をまたしても救ったのは風音だった。風音は式札を寄り集めさせると、式札を鍔のない日本刀へと変えた。そして刀時の前に出ると、冥の蹴りを日本刀で受け止めた。

 ガキィィンとまるで金属同士がぶつかり合うような音が響いた。先ほどの刀時の時と同じように、冥は刃物に触れたというのに傷1つ負っていない。その謎を風音は知っていた。

「気をつけて剱原さん! 冥は肉体を闇で硬質化してる! その硬さは尋常じゃない!」

「おうよその通りだ! 俺の肉体の硬さは十闇の中でも1番だぜ! さあ、どうするよ巫女ォ!?」

 冥は風音の言葉を肯定すると試すようにそう叫んだ。そんな冥の言葉に風音は少し苛ついたように言葉を返した。

「どうもこうもッ・・・・・・! あなたと話す事はないわ冥! 剱原さん! アイティレ!」

「――悪い風音ちゃん。もうふざけねえ、本気で行く」

「――ああ、任せてもらおう」

 風音の後ろから飛び出した刀時が、神速の居合を以て冥に一閃を浴びせた。アイティレも2丁の拳銃を冥に向けて斉射しようとしたが、その斜線上に立ち塞がるように殺花が突如として出現した。

「・・・・・・・・貴様の相手は己が務める。主のためにもその命を頂く。安心しろ、貴様は死ぬ事にも気づかない」

「ほう、言ってくれるな。私の命の価値、お前ごとに計れるか? 悪しき者よ」

 白と黒。対照的な格好の2人は静かな敵意をぶつけ合い対峙した。

「アイティレ!」

「巫女、侍。そっちは任せる。その代わり、こっちは任せろ。私はこの闇人の相手をせねばならないようなのでな」

 風音の声にアイティレは双銃を構えながらそう答えた。アイティレの言葉を聞いた風音は「わかった! お願い!」と了解の言葉を返すと自分たちの敵へと視線を向け直す。

「へえ、中々いい斬撃してんじゃねえかあんた」

「・・・・・また無傷かよ。一応今の鉄くらいなら簡単に斬れるんだけどな」

 風音の視線の先にいる冥がニヤついた顔で、自分を切り抜けた刀時を見た。冥の言葉を受けた刀時は、いっそ呆れた表情を浮かべた。

「剱原さん! 私たちの事は、です! だから思う存分攻めてください!」

「? 守る?」

 風音の言葉は冥には意味不明だった。だが、当の言葉を受けた刀時には理解できる言葉であった。

「・・・・・・・・本当何から何までごめんね風音ちゃん。後でアイティレちゃんにも謝っとかなきゃな。でも今は――」

 剱原刀時の守護者としてのスタイルは、普通の守護者のスタイルとは少し違う。普通の守護者が光導姫を守りながら援護するのに対し、刀時は闇奴や闇人といった敵に極限まで攻める。その果てに、敵を動けないまでに弱らせるのだ。

 だが、今日の刀時は最上位闇人2体という異常な状況のために今まで「守り」の姿勢を取ってきた。しかし、守りの姿勢はやはり刀時には合わなかったようだ。その証拠が先ほどまでの体たらくだ。

「ありがとうねぇ! お礼にこの闇人は必ずぶった斬るよ!」

「ははっ! いいなあんた! やれるもんならやってみろよ!」

 刀時はどこか楽しげに笑みを浮かべながら、冥へと斬りかかった。刀時の斬撃を冥はこちらも笑みを浮かべ、硬質化した右腕で受け止めた。

「私は援護と遊撃気味に立ち回ります! 行きましょう剱原さん!」

 アイティレは風音と刀時に冥を任せると言った。そうなるとアイティレはただ1人で、あの女性の闇人と戦うことになる。だが、風音はアイティレの心配はしていなかった。いや、心配すればアイティレに失礼だと風音は思っていた。

 なぜなら、アイティレ・フィルガラルガは光導姫ランキング第3位『提督』。戦闘能力は光導姫最強とまで言われる人物だからだ。そんな『提督』が「こちらは任せろ」と言ったのだ。ならば風音が心配するのは逆に失礼だろう。

「おうともさっ! 派手に行こうぜ風音ちゃん!」

「ははははっ! いいねいいね! 燃えてきたッ! 2人まとめてかかってきやがれ!」

 冥の興奮したような声を不快そうに聞いた殺花が、ジロリとアイティレに視線を向けた。

「・・・・・・・・・ではこちらも始めるか。言っておくが、己と貴様の相性は最悪だぞ『提督』」

「ほざけ。例えそれが真実であっても最後に滅ぶのはお前だ」

 冥vs刀時・風音。殺花vsアイティレ。互いの力を解放した第2ラウンドが幕を開けた。










「・・・・・・・・・・・この後に香乃宮も参加することも考えると、まだ俺が出る必要はなさそうだな」

 そんな第2ラウンドの始まりを影から見ている者がいた。転移してきた影人である。

 影人が戦いを観察している場所は暗い林の中だ。その林に生えている木の裏から戦いを観察していた。ちなみに、拡張した闇の力を使って影人は自分の気配を完全に消している。ゆえに戦いに集中している闇人や光導姫・守護者が影人に気がつくという事はないだろう。

 影人はつい2分ほど前から戦いを観察しているが、広大な空地のような場所で行われている戦いのレベルの高さはそれだけでもよくわかる。いずれも両陣営の最高位なのだから当然と言えば当然だが。

(・・・・・・だが何だこの違和感は? この戦場を観察してるのは俺だけのはずだ。だっていうのに、何か、いやいる・・・・・・・・・?)

 確信とまでは言えないが、影人は何かを、言葉には表しきれない何かを感じていた。それはこの場所から戦場を観察し始めた時から感じ始めた事だ。

「イヴ、何かわかるか?」

 影人は小声で己の中に存在する力の化身にそう問いかけた。影人の突然の問いかけにイヴはこう答えた。

『ああ? 分かるかよそんな事。俺にはそんな違和感はねえからな。可能性の1つとして、お前の拡張された闇の力がお前の感覚や第六感を鋭敏にしたってのが考えられるが・・・・・・・いずれにしろ、それは肉体を持ったお前に帰結してる。つまり俺の意志から離れた力だ。だから俺には何も分からねえよ』

「そういうもんか・・・・・・分かった、ありがとうなイヴ」

『けっ、てめえに礼を言われるのは嫌な気分になるね』

 イヴはそう言葉を返すと、それ以上は何も言ってこなかった。天邪鬼なイヴの言葉に影人は苦笑すると、今のイヴの言葉を思い出しながら、変わらず視線は戦場に向け続けた。

(闇の力によって俺の感覚が鋭敏化されたかもか・・・・・・・だがもし俺の感覚が正しいとして、俺以外にこの戦場を見ている奴がいるなら、いったい誰が――)

 影人がその可能性について考えていると、新たに戦場に1人の守護者が参戦してきた。

「遅くなりました! 守護者『騎士』参戦します!」

 その守護者、香乃宮光司はそう宣言し状況を確認すると、1人で闇人の相手をしている『提督』の元へと合流した。












「――あら? 新しい守護者? ふふっ、ソレイユ達はよっぽど最上位闇人2人という事態を警戒しているみたいね」

「そうみたいですね。ちなみに、あの守護者ついこないだ戦いましたよ。たぶん実力は上位クラスです」

 影人の疑念の通り、この戦いを観察していたのは影人だけではなかった。独自の力により、その姿と音を現実世界から遮断した小さな『世界』を構築した少女の姿をしたものと、その使用人もこの戦いを観察していたのだ。

「へえ、そう。冥はきっとまた喜ぶでしょうね。あの子は逆境になればなるほど燃えるから」

「ですね・・・・・逆に殺花は敵が増えて苛ついてそうですけど」

 シェルディアの言葉にキベリアは苦笑した。ちなみに今のキベリアは、深緑髪のグラマラスな体型のまま。つまり力を解放していない。

「シェルディア様の無茶苦茶ぶりには昔から慣れてますけど、やっぱりこの『世界』の展開を見ると驚かされます。これって『魔法』の究極みたいなものですから」

「そう? 一応これも『世界』の展開ではあるけど、本来の規模とかから考えたら簡単なものよ? そんなに労力もかからないし」

「あ、はい。そうですか・・・・・・・・」

 キョトンとしているシェルディアを見て、キベリアは全てを諦めたようにそう呟いた。分かってはいたが、レベルが、次元が違うとキベリアは改めて思った。

 現在キベリアとシェルディアがいるのは、シェルディアが構築した小さな『世界』だ。『世界』とは、周囲の空間を自らの望むままに、あるいはその者の本質で周囲を覆う、馬鹿げたわざの事である。そんな『世界』の展開ができる人物を、キベリアはシェルディア以外には知らない。あのレイゼロールすら『世界』の展開は出来ないのだ。

 シェルディアの言葉からも分かる通り、本来の『世界』はもっと大規模に展開される。だが、今回シェルディアが展開している『世界』は半径5メートル程の小さなものだった。

「便利なものでしょ? 今回展開してる『世界』に付与している情報は、指定された空間の現実世界からの断絶。だから私が『世界』を解除しない限り、声も現実世界には聞こえないし、私たちの姿も冥たち現実世界の住人には認識できない」

「いや、便利なんてもんじゃないですけど・・・・・・・でも、残念ながらスプリガンは現れませんね。シェルディア様がこの戦いを観察してるのは、それが目的ですよね?」

 この戦場に来た目的をシェルディアはそう言っていた。それはここに来る前にシェルディアが言っていた事だ。「スプリガンに会えるかもしれない」と。

 だが、スプリガンはまだ現れてはいない。このままスプリガンは現れないのではないか。キベリアはそんな事を考え始めていた。

「ふふっ、いいえキベリア。その認識は間違ってるわ。スプリガンかどうかまではわからないけど、この戦場を観察している人物は私たち以外にもいる」

 しかし、シェルディアの言葉はキベリアが思ってもいないものだった。

「えっ・・・・・・?」

「あなたが分からないのも無理はないわ。何せ気配を完全に消しているもの。正直、私でも位置まではわからない。でも、いるわ」

 確信を持っているかのように、シェルディアはそう断言した。

「ほ、本当ですか!? え、でもその謎の観察者が気配を完全に消しているなら、シェルディア様は何でいるってわかったんですか・・・・・・?」

 キベリアはキョロキョロと断絶された世界の中から現実世界を見渡した。自分たちの正面では冥や殺花が光導姫や守護者と戦っているが、いったいその謎の観察者はどこにいるというのだろうか。

「んー、こればっかりは説明できないわね。強いて言えば、感覚能力の訴え、とでも言えばいいのかしら? 私の拡張された感覚がそう訴えているの」

「そ、それはいわゆる第六感という奴ですか?」

 キベリアが若干、いやかなり引いたような感じでシェルディアにそう質問した。何というか、シェルディアという存在が規格外過ぎて、もはやキベリアは引いていた。

「そう、それよ! まあでも、これは大体どんな生物でも持っているものよ。もちろんあなたもね、キベリア。闇人になって、あなた多少は闇の気配とか力の揺らぎとか感じれるようになったでしょ? 私の場合、それが他の生物よりも広いというだけよ」

 シェルディアがパンと手を叩いてそう述べた瞬間、シェルディアを含めた一部の者たちは、凄まじい闇の力の揺らぎを感じた。

「「「「「!?」」」」」

 その揺らぎを感じたのはこの場では5人。すなわち、

「あ? なんだよ今のは」

 冥と、

「これは・・・・・・」

 殺花と、

「あら? 懐かしい力。この闇の力の気配は――」

 シェルディアと、

「な、何ですかシェルディア様! 今の巨大な闇の力の気配は!?」

 キベリアと、

「ッ!? 何だ、この感覚は・・・・・・・?」

 スプリガンこと帰城影人。闇の力を扱う5人であった。










「っ! そこだっ!」

 何が原因かは分からないが、突如として戦っていた闇人に一瞬の隙が出来た事を見抜いた光司は、女性の闇人、殺花へと急速に近づき攻撃を仕掛けた。

「待て『騎士』! 早まるな!」

 殺花に隙が生じた事は、当然アイティレにも分かっていた。だが、それが何かの罠である可能性や、殺花という闇人の能力から不用意に近づく事は危険だとアイティレは感じていた。

「ちっ・・・・・」

 殺花は近づいて来る光司に舌打ちをすると、まるで陽炎のようにその姿を消した。そのため、光司の剣は虚しく空を斬った。

「くそ、また・・・・・・・・・」

「ッ!? 後ろだ『騎士』」

「え?」

「――遅い」

 消えた殺花が1秒後には光司の後ろへと出現し、光司の首目掛けてナイフを振るおうとしていた。今まで殺花が消えた後は、このような短いスパンでその姿を現さなかったため、光司やアイティレたちからしてみれば完全に不意打ちだった。

 不意をついたつもりが、不意をつかれた。殺花の隙は罠ではなかったが、光司が殺花の間合いに不用意に近づいたために、光司は反撃カウンターを喰らう形になったのだ。

 そしてその反撃は一撃必死の反撃であった。

「くっ・・・・・!?」

 アイティレが殺花へと両手の銃を向けるが、恐らく間に合わないだろうという事は、アイティレが1番よく分かっていた。

 反射的に振り向いた光司の喉元に凶刃が迫る。光司は直感的に理解した。守護者の肉体の反応速度を以ってしても、間に合わないだろうということに。

(俺は何をやって・・・・・・・・・・)

 一瞬の思念の後に、香乃宮光司の命が尽きるかに思えた。だが、光司の命は散る事はなかった。

「「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」

 なぜならば、そんな叫び声と共に浄化の光の奔流が、殺花に向かって放たれたからだ。

「!?」

 その光の奔流に気がついた殺花が、自分を優先するために攻撃をやめ回避した。結果、光司の首にナイフが届く事はなかった。

「な、何で・・・・・・この光は・・・・・・・・・・」

 光司が意味が分からないといった感じで、その顔を光の奔流が放たれてきた場所に向ける。今はもう収束してしまったが、光司はあの光の奔流を知っていた。光司は何度もあの光の奔流を見たことがあるからだ。

「何で、君たちがここに・・・・・・・・・・」

 光司の視線の先にいたのは2人の光導姫だった。1人は、暖色系のコスチュームをまとった両腕にガントレットを装備した光導姫。そしてもう1人は、寒色系のコスチュームをまとった杖を持っている光導姫だった。

「大丈夫!? 香乃宮くん!?」

「ああ・・・・・ド派手に登場してしまったわ」

 すなわち、朝宮陽華と月下明夜がそこにはいた。

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