第63話 表の戦い

「やぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「ふッ・・・・・・!」

 陽華と光司の一撃が、虎のような姿をした闇奴の腹を貫いた。虎のような闇奴は「グルゥ!?」と苦悶の声を上げた。闇奴は2人から逃れようと距離を取ろうとするが、後方に控えていた明夜がそれを許さない。

「氷の矢、水の鞭、我が敵を射抜き縛れ!」

 明夜の意志を受け、明夜の周囲に氷の矢と水の鞭が「力」として世界に顕現した。氷の矢と水の鞭は逃げようとする闇奴の体を次々と射抜き、その体から自由を奪った。

(俺が出る出番はなさそうだな・・・・・・・・・)

 スプリガンとして、少し離れた電柱の上から戦いを観察していた影人はそう考えた。

「ソレイユ、そういえばお前俺があいつらの戦いを見てる間に、後で話をするとかなんとか言ってなかったか?」

 影人がいる電柱の上はまあまあ上空なので、声が聞こえる事もないだろうと肉声で影人はソレイユに念話した。

『それはあるにはあるのですが・・・・・・影人、なぜ電柱の上にいるのですか?』

 戸惑ったように逆にそんな事を聞いてくるソレイユに、影人は「仕方ねえんだ」と前置きしてこう言葉を続けた。

「あいつらから見えない所で、俺が戦いを見れるのはここしかなかった。ここら辺はたぶん東京の郊外の郊外なんだろうな。色々と建物がなさすぎる」

 影人はその金の瞳でチラリと周囲を見渡した。影人の住んでいる地域も東京の郊外で、まあまあな田舎だがここはそれよりも景色がのんびりとしている。

『確かによく見てみればそうですね。・・・・・・あなたの国には「馬鹿と煙は高いところへ上る」という言葉がありますが、あなたはそうではないようですね」

「おちょくってんのかてめえ・・・・・・・・・・バカ女神が俺にケンカ売るなんていい度胸してんじゃねえか」

『いや、神に暴言を吐きまくってるあなたには言われたくないですが・・・・・・・・と、いけません。話が脱線してしまいました。あなたにする話でしたね。影人、あなたにお願いがあります』

 ソレイユは脱線していた話を元に戻すべく、そう言葉を切り出した。いわゆる閑話休題というやつか。

『影人。この戦いの無事を見届けたら、あなたには10位の彼と同じように、次の戦場に行ってもらいたいのです。すなわち、闇人2人と「巫女」に「提督」などが入り乱れる戦場に』

「・・・・・・・やっぱり話ってのはそれか」

 ソレイユの「お願い」の内容を聞いた影人は、一応は予想していたその話にそう言葉を返した。

『・・・・・・はい。戦場には2人の他に「侍」という日本最強の守護者もいますが、がないとは限りません。現状、「巫女」の視界を共有して戦いの状況を見ていますが、現在の情勢は五分五分ごぶごぶと言ったところです。つまり、いつ状況が動くか分かりません』

 ソレイユの懸念は最もだと影人は思った。もし2人が闇人2体に負ける事、その他アクシデントが起こって『巫女』や『提督』という貴重で巨大な戦力を失う事があれば、それはソレイユ、ひいてはソレイユと同じく、レイゼロールサイドと敵対する守護者サイドからしてみても大きなマイナス要素だ。

 影人は互いの陣営の戦力差がどれほどあるのかは知らないが、ソレイユたちからすれば巫女と提督は必ず失うわけにはいかないユニットだ。まあ、それは2人と同じく戦場にいるらしい「日本最強の守護者」という人物にも言えることだが。

(・・・・・・・・・・・いかん。穿った考え方のしすぎだな)

 影人は打算に塗れた自分の思考に、少し辟易とした。あのお人好しも仮にも神だろうし、そこら辺の事はしっかりと考えているだろうが、恐らくソレイユの1番の思いと考えはそれではない。

 ただ自分の都合に巻き込んでしまった少女たちを死なせたくはない。あの女神の1番の思いと考えはそんなところだろう。

『? 影人、何が穿った考え方のしすぎなんですか?』

「別に何でもねえよ。・・・・・・ただ自分にちょっと引いただけだ」

 影人の答えにソレイユは『何ですかそれ』と意味不明な影人の言葉に呆れていた。ソレイユの反応は至極正しい。

「まあ気にするなよ、とりあえず話は了解だ。あいつらの戦いが終わり次第・・・・・・・・つーか、もう終わるな」

 眼下に映った光景は、満身創痍の虎のような闇奴に陽華と明夜が浄化の光を放ったところであった。一瞬地上に眩しい光の奔流が出現したかと思うと、次の瞬間には闇奴は浄化されていた。

「終わったな・・・・・・なら行くか。ソレイユ、闇人の方の戦場もこの近くだったよな? 場所はどの辺だ?」

『現在の位置から北西に2キロメートルほど離れた場所です。普通の人間なら徒歩20分くらいの距離ですね』

「まじで近いな・・・・・・・・・・北西2キロはあそこら辺か? ・・・・・・取り敢えず跳ぶか」

 影人は電柱の上からソレイユの言った大体の位置に視線を向けた。何だかんだ電柱の上にいて良かった。地上にいれば、その位置を視界に収める事は出来なかった。

『え、影人? 跳ぶとは・・・・・・?』

 そんな影人の言葉をソレイユは理解できていないようだった。今日は何かと問いかけが多い気がするが、それも仕方ないかと影人は思った。

 何せ今から自分がやる事は初めてやる事だからだ。

「まあ、お楽しみだな。――イヴ、契約の履行を求める。力を貸せ」

『・・・・・・・・・・・・・ちっ、面倒くせえな』

 影人がスプリガンの力の化身であるイヴにそう呼びかける。イヴの面倒臭そうな声が影人の脳内に響くと、何かが拡張したような感覚が影人を襲った。

『・・・・・・これでお前の枷はなくなった。後は好きにするんだな』

「サンキュー。素直なお前は可愛いぜ、イヴ」

『・・・・・・キモいんだよ死ね』

 影人のその言葉にイヴは心の底から不快そうな声を響かせると、もう何も言ってくる事はなかった。どうやら本気で影人がキモかったらしい。

「・・・・・・・・・・・・ミスったな」

『影人、イヴさんと何か話していたようですが、いったい何を・・・・・・?』

 影人が少し凹んでいると、ソレイユが再び念話をしてきた。どうやら影人の言葉からイヴと話していた事を察して、少し黙っていたようだ。

「ちょっとな。お前、俺と視界共有してんだろ? なら見ときゃわかるよ」

 影人は北西2キロ先を視界に収め、右手を前方に突き出した。すると影人の正面に闇色の渦のようなものが出現した。

「おお、すげえ。マジで出やがった」

『この渦は・・・・・・・・・・!』

 ソレイユはその闇の渦を1度見たことがあった。それはレイゼロール戦の時、イヴに体を乗っ取られていた影人が使っただ。ソレイユはその光景を光導姫アカツキの視界を通して見ていた。

『影人、あなたはまさか自力で転移するつもりですか!?』

「ああ。視界内っていう条件はあるが、今の俺にはそれが出来る」

 イヴとの契約により影人が使えるようになった闇の力は数多い。転移の力はそんな力の中の1つだった。

「ソレイユ、つーわけで俺は次の戦場の近くに移動する。俺がやる事は、光導姫・守護者に危険が迫れば戦闘に介入する。それでそれとなくそいつらを助ける。それで問題はないな?」

『はい、その認識で大丈夫です。どうかお願いします』

 ソレイユに確認を取った影人は「あいよ」と了解の言葉を呟くと、最後にその瞳を下に向けた。

 地上では、陽華、明夜、光司の3人が闇奴化していた人間を介抱し終えたところであった。そして光司だけは自分と同じで次の戦場に向かうはずだ。

「・・・・・・・ソレイユ、さっさと朝宮と月下を転移させろよ。何かの間違いで闇人たちの戦場に来られても困るからな」

『それは分かっています。強くなっているとはいえ、今の2人が最上位クラスの闇人がいる戦場に行くのは死地に飛び込むことと同義ですからね。あなたが転移した後に2人を転移させます』

 その言葉を聞いて、影人の小さな不安も消えた。影人は次の戦場に向かうべく、正面の宙に浮かぶ渦へとその姿を消した。











「じゃあ2人とも、僕は次の戦場に行かなければならないから、これで失礼させてもらうよ」

 闇奴であった人間の介抱を終えた光司は、剣を一旦虚空へ消すと陽華と明夜にそう言った。

「香乃宮くんは・・・・・これから凄い危険な戦場に向かうって言ってたよね? そんなに危険なの?」

「ああ、きっと今ですら鉄火場だと思う。僕がここに来る前にラルバ様と会って聞いた情報だと、敵はフェリートクラスの最上位の闇人が2体。対応に当たっている光導姫と守護者はこちらも最上位の実力者で、その中には『巫女』・・・・・・・連華寺さんもいる」

 光司が心配そうな顔の陽華の問いにそう答えた。風音の名前が出たことに陽華と明夜は驚いたような表情を浮かべたが、自分たちに稽古をつけてくれている日本最強の光導姫の名が出たことから、光司が向かう戦場が修羅場であるといる事が理解出来た。

「そのレベル同士の戦場なら・・・・・・・・きっと私たちが応援に向かっても逆に迷惑よね?」

「・・・・・・・・・すまない月下さん、君の言う通りだ。そもそも最上位クラスの闇人の相手は、各ランキングの10位までと決まっているんだ。その理由は、そのレベル以下の光導姫や守護者が戦えば・・・・・・・・・高確率で死んでしまうからだ」

「「っ!?」」

 光司のその言葉に現実を突きつけられた2人は、その表情を強張らせた。「死」という言葉を聞いた陽華と明夜は、少し鼓動が速くなったような気がした。それは恐怖から来るものであった。

「そういうわけなんだ。・・・・・2人の気持ちは嬉しいし、2人が強くなって来ているのも僕は知ってる。でも、今はまだ君たちが来れる戦場じゃない」

 光司はそこで一旦言葉を区切ると、2人に背を向けて最後にこう言い残した。

「・・・・・・・・・・自惚れに聞こえるかもしれないけど、今から僕が向かう戦場は、僕で最低レベルだ。だから、ごめん。もう行かなくちゃ」

 守護者ランキング10位『騎士』は次の瞬間、疾風のように駆け出した。

「・・・・・・・・香乃宮くん行っちゃったね。大丈夫かな?」

「断言は出来ないわ。何せあのフェリートクラスの闇人が2体よ? 絶対大丈夫という事はないわ」

 心配そうにそう呟いた陽華に、明夜が現実的な事実を口にする。明夜の脳裏に思い出されるのは、圧倒的な戦闘力を以て自分たちを圧倒したフェリートの姿だ。明夜はもう少しで命を落としていた。

「っ・・・・・・・だよね」

 明夜の言葉を聞いた陽華はその顔を曇らせた。おそらく光司が心配で仕方ないのだろう。その気持ちは明夜にも痛いほどよくわかる。

「でもきっと大丈夫って、私たちはそう信じるしかないわ。私たちが行っても足手まといにしかならない。それも事実よ」

「分かってる、分かってるけど・・・・・・」

 陽華のどうしても拭きれない葛藤の声が虚空に虚しく響いた。













「――おらァ!」

「うわ、怖っ!」

 冥の闇を纏った拳が放たれる。喰らってしまえば、冗談抜きに死んでしまうであろう一撃を、刀時は何とか紙一重で避けた。

「第1式札から第5式札、光の矢と化す」

 刀時の援護をするように、風音が5条の光を放つ。その5つの光は黒い道士服を纏った闇人に向かう。

「はっ、しゃらくせえ」

 冥は自分に向かって来た5つの浄化の光を全てその体捌きを以て回避した。

「そこだ・・・・・・!」

 アイティレの2丁の拳銃のマズルフラッシュが闇夜に光を瞬かせる。浄化の力を宿した銃弾を、アイティレはもう1人の最上位闇人へと撃ち込んだ。

「・・・・・・・・・・無駄だ」

 提督が放った浄化の弾丸に、殺花は興味がなさそうにそう呟いただけだった。

 次の瞬間には殺花はユラリとまるで陽炎のように、アイティレの視界からその姿を消した。

「巫女! 侍! 奴がまた消えたぞ!」

「分かったわ!」

「げっ、またかよ!」

 アイティレの呼びかけに2人は全方位に意識を集中した。戦いが始まってから、女性の闇人が忽然と姿を消したのはこれで3度目だった。

 一瞬のひりつく静寂の内、殺しの影は刀時の背後に音もなく出現した。

「剱原さん!」

「分かってるよ風音ちゃん!」

 風音の声に刀時はそう答えると、神速と言える速度で右手の刀を背後に振るった。

「・・・・・・・・・・」

 だが、不思議な事に刀時の刀に斬られたはずの殺花は、まるで幻のように霧散した。

「ダミーかよ!?」

「・・・・・・・・・・もらうぞ、その命」

 刀時が殺花の見せた幻に気を取られた一瞬に、本物の殺花は刀時の左側面から現れ、鋭利なナイフでその喉を引き裂こうとした。

(ヤバ・・・・・・・死んだか?)

 刀時が反射的にそう思った時、光の羽衣がふわりと刀時を包んだ。

 殺花のナイフは正確無比に刀時の喉に当たったが、刀時が血を吹き出す事はなかった。代わりに光の衣が霧散しただけだ。

「ちっ・・・・・・」

「ありゃ生きてる?」

 刀時が驚いたようにその目を瞬かせる。とりあえず生きていた刀時は目の前の敵に反射的に斬りかかったが、殺花はその一撃を避けると素早く後方へと跳んだ。

「大丈夫ですか剱原さん!?」

「いやーマジでありがとう風音ちゃん。風音ちゃんのあれがなかったら、多分死んでたよ」

 駆け寄って来た風音に刀時は感謝の言葉を口にした。風音の機転がなければ、刀時は死んでいただろう。

「油断するな『侍』。この戦場は互いの最上位のみが集う戦場だ。一瞬でも気を抜くと、本当に死ぬぞ」

 アイティレが咎めるようにそう言って合流してくる。軍帽のような被り物の下からアイティレの赤い瞳がジロリと刀時に向けられた。

「いや、マジですんません。本当次回から気をつけます」

「ならばいい。・・・・・・さて、奴らを浄化するにはどうしたものか」

 真剣な顔でそう言った刀時に、アイティレは首を縦に振った。そしてアイティレは自分たちから離れた場所にいる2人の闇人を睨みつける。

「何か妙よね、アイティレ? さっきから冥ともう1人の闇人・・・・・・・・・・本気では仕掛けてきてない。何かおかしいわ」

「その意見には同意する。奴らが本気でないのは明白だ。しかもなぜか奴らは連携して攻撃してこない・・・・・・いったい何を考えている?」

 そう、この戦いは妙だ。特に冥と1度対峙したことのある風音は特にそう思った。2年ほど前に敵対した時の冥は嬉々として風音と戦った。冥という闇人は好戦的な性格で、そしてその強さも尋常ではない。ゆえに風音には分かる。冥は全く本気を出していないし、戦いを楽しんではいない。その証拠に、冥の表情は常に退屈そうであった。

「・・・・・・・・・貴様、なぜ先ほどから己が仕掛けた時に追従しない?」

 殺花がくぐもった声で隣の冥にそう詰問した。冥はその問いかけに苛ついたように答えを返した。

「あ? 何で俺がお前に合わせなきゃならねえんだ? それよか、いま戦い始めて何分たったよ? もうそろそろ我慢が限界なんだがよぉ」

「・・・・・・・・・・つくづく癪に触る男だな。殺してやりたいが今は己も我慢してやる。・・・・・約束の時まであと1分だ。まだ待て」

 冥の言葉に殺花はその目を不快そうに歪めるが、冥の時間を確認する言葉に、殺花はマントの内側から懐中時計を取り出しそう答えた。

「はっ、何だたったの1分じゃねえか。それならほぼほぼ約束の時間だ」

「・・・・・・・・おい、貴様待てと言っただろう。主の言葉を忘れたか? 『光導姫や守護者と戦い始めて20分は本気を出さず時間を稼げ』との命令だったはずだ。まだ後45秒は――」

「誤差だろうが! ――おい、てめえら! 待たせたなぁ!」

 冥がその身に濃い闇を纏いながら、対峙する3人にそう呼びかけた。冥が嬉しそうに叫んだのを聞いた殺花は「この阿呆が・・・・・・!」と冥を激しく睨みつけた。

「何だ・・・・・・・?」

「さあ? 別に俺ら何も待ってないけどね・・・・・・?」

「っ・・・・・・!?」

 冥の突然の呼びかけにアイティレ、刀時、風音はそれぞれの反応を示した。アイティレと刀時は疑問の表情を浮かべていたが、風音だけは何かに気がついたようにその目を見開いた。

(あの顔、あの暴力的な闇の気配・・・・・・・間違いない、2年前と同じ・・・・・!)

「アイティレ、剱原さん気をつけて! 多分向こうはこれから本気で仕掛けてくる!」

 風音が本気の戦闘態勢を取った。冥と2年前に戦った風音には分かったのだ。冥がこれから強大なその力を振るうことが。ここからは今までの戦いとは違う。ここからが本当の鉄火場だ。

「ははっ、嬉しいね巫女ッ! お前には分かるか! やっと、やっとだ! やっと心置きなく強い奴らと戦えるッ!」

 冥の態度と気配が明らかに変わったことに気がついたのだろう。アイティレと刀時も「どうやらその様だな」「まじかよ・・・・・」と風音と同じくその瞳をより真剣なものへと変える。

「さあさあさあ! こっからが本当の戦いだッ!!」

 冥は心の底から楽しそうに、高らかにそう宣言した。

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