第62話 予感

「はあー? 俺とこいつが一緒にだと? 無理に決まってんだろ、そんな事」

「・・・・・・恐れ多くも主、主のご命令なら己1人で十分かと。このような粗野な男などいなくとも、己が主の命令を遂げてみせましょう」

 レイゼロールのその切り出しに冥と殺花は、揃って拒絶の言葉を口にした。

「我もお前たちが相容れないことは理解している。だが、もしお前たちがスプリガンと出会う事があれば、その時1人では荷が重いだろう。なんせ、奴は我とフェリートをたった1人で退かせている」

 レイゼロールも当然2人が拒絶することは分かっていた。だが、もしもの事があれば戦力が大いにこしたことはない。そのため、レイゼロールは2人に行動を共にしてほしかったのだ。

「おい、レイゼロール。結局、そのスプリガンとお前の頼みはどう関係してんだよ。そこが明らかにならなきゃ話が見えてこねえ。お前のその言い方は、頼みを分かってるって前提の言い方だぜ」

 レイゼロールの言葉に、意外にも冥が冷静な指摘をした。その言動と乱暴な態度から誤解されがちではあるが、冥は決して人の話を聞かないわけではない。ただ、冥が話を聞くのは自分の興味がある事だけではあるのだが。

「確かにそうだな。すまない、これは我のミスだ。ではお前たちに我の頼み事の内容、あわよくばの目的について聞かせる。それは――」

 先ほどは冥の登場により中断された、レイゼロールの頼み事の内容が明かされる。そしてもう1つの目的についても。

「――以上が我の頼み事、もう1つの目的だ。当初は殺花にだけ任せる予定ではあったが、冥も加わることによって、目的の達成する可能性も比較的に上がる。もちろん、最上位の闇人が2人出現するという状況も、我からすれば最高のカモフラージュになる。どうだ冥? お前にとって悪い話ではないだろう? 特にあわよくばのもう1つの目的は、お前の意向に沿っているはずだ」

 滔々とうとうと語る、という程ではないにしろ、レイゼロールにしては少し長めの言葉であった。何せ説明も込みであったから仕方がないだろう。レイゼロールは少しだけ疲れたように冥にそう問うた。

「・・・・・・・・・そうだな。確かに悪い話じゃねえ。お前が俺たち2人に共に行動しろって意味も分かった。お前にもメリットは当然あるし、俺にとってもうまい話だ。何せ、この陰険女と俺が同時に同じ場所に出現すりゃあ、最悪スプリガンが釣れなくても、最上位クラスの光導姫と守護者は出てくる。俺は強い奴と戦えればそれでいいしな。この陰険女はお前の頼みを受けられればそれで十分」

 冥が隣の殺花を指差しながら、レイゼロールの話によるそれぞれのメリットを整理した。

「理屈では納得出来る。だが・・・・・。よりによってこいつとだろ? 頭がどうにかなっちまいそうだ」

「・・・・・・・・その言葉そっくりそのままお前に返そう。己も貴様と組むなど考えられはせんのでな」

 続けた冥の言葉に、それまで黙っていた殺花も不快そうに言葉を呟いた。

 再び2人の間に険悪な雰囲気が流れる。レイゼロールはそんな2人をなんとか説得するべく、口を開いた。

「・・・・・・わかった、ならお前たちが組んでくれたのなら、何か褒美を与えよう。これが我から出来る最大の譲歩だ。・・・・・・・・・・・だが、もし断るのなら――我も力づくという方法を取るしかない」

「「っ!?」」

 レイゼロールがその身から重圧プレッシャーを放つ。レイゼロールもこのような面倒な方法は取りたくはなかったが、2人がそれでも拒絶するというならもう手段は選ばない。

「・・・・・・我とお前たち十闇との関係はある意味特殊だ。ゆえに我はある程度の我儘わがままなどは許容するつもりだ」

 レイゼロールがその身に闇を纏い、2人を睥睨する。玉座から2人を見下すその姿は、まさに闇統べる女王だ。

「だがな、限度というものがある。我がわざわざ頼みと言っている内に、頷け。その方がお前たちのためだ」

「・・・・・・・・・・・・ははっ、いいね。やっぱりあんたはそうでなくっちゃな。・・・・・・いいぜ、レイゼロール。今回だけはこいつと組んでやる。ただし、褒美はもらうぜ」

「すみませぬ主。己が影なる身であれば、己の感情などは任務の二の次でした。謹んで、主の命をお受けして冥と今回の任務に当たります。褒美に関しては、己はいりませぬ。主の命こそ己の最大の喜びであれば」

 レイゼロールの重圧に反射的に反応した2人は、レイゼロールから更に距離を取りながら、各々の言葉を述べた。冥と殺花、それぞれが頼み事を受諾した事を確認したレイゼロールはその重圧を消し、身に纏っていた闇を霧散させた。

「ならばいい。冥、お前の褒美に関しては聞いておこう。何が望みだ?」

 レイゼロールが冥にチラリと視線を向ける。その言葉に冥は自分の欲望を口にした。

「俺の望みは、ゼノの兄貴が戻って来たらゼノの兄貴と戦う事だ。だから、あんたには兄貴に俺と戦ってもらえるように口添えしてもらいたい。ゼノの兄貴は気分屋で面倒くさがりだからな。中々戦ってもらえないんだよ」

「ゼノとの戦いか・・・・・・・よかろう。ゼノが戻って来たあかつきには、我がゼノに命令する。ゼノも我の言うことなら、まだ聞くであろうからな」

謝謝サンキュー。なら、話は終わりだ」

 その言葉を聞いた冥はニカっと笑みを浮かべた。殺花は褒美はいらないと言っていたので、レイゼロールは冥の言葉通り、話はまとまったと感じた。

「では、冥の力を解放ししだい、我がお前たちを現地へと送る。ついでに、近くで闇奴を1体ほど生み出してエネルギーを回収しておく。では、しばし解散だ。冥だけは残れ」

「あいよ」

「了解。では、己はこれにて」

 冥は力を解放すべくその場に残り、既に力を解放している殺花は闇へと消えた。 

 2体の闇人の了承を得て、レイゼロールの思惑が動き出そうとしていた。










 ある夜。日中の暑さも和らいだ6月の夜、自宅でマンガを読んでいた影人の脳内に、ひどく真剣なソレイユの声が響いた。

『影人、緊急事態です。今、大丈夫でしょうか?』

「そいつは大丈夫だが・・・・・・・・緊急事態ってなんだよ、ソレイユ?」

 突然のソレイユの念話には影人もいい加減慣れたが、ソレイユが言った「緊急事態」というキーワードに影人は少し緊張したようにそう聞き返した。

『今は時間が惜しいので、すみませんが手短に伝えます。今からつい3分ほど前、東京に強大な気配を放つ2人の闇人が出現しました。そしてその近くに闇奴の気配が1つ。こちらはそれほど強力ではありません』

「・・・・・・強大な気配の闇人って言うのは、フェリートとかキベリアクラスの最上位か?」

 影人は読んでいたマンガを閉じて、ソレイユに敵の具体的な強さを質問する。影人のその質問に、ソレイユは『ええ、その認識で間違いありません』と影人の推測を肯定した。

「最上位が同時に2体か、そいつは確かに緊急事態だな・・・・・で、俺の仕事はそいつらをどうにかすることか?」

 影人がソレイユに自分の仕事――スプリガンとしての仕事の内容を確認する。影人はそれで間違いないと思っていたのだが、しかし、ソレイユの返答は少し違っていた。

『いえ、確かにそう言った側面がある事も否定はしませんが、あなたにしてもらいたいのは、いつも通りあの2人を見守ってほしいという事です』

「・・・・・・・・? ああ、そういう事か。闇人2体の近くに出現した闇奴の方に、朝宮と月下を行かせたのか」

『はい、理解が速くて助かります。2人はもう既に現場に送りましたので、あなたにはいつも通りの仕事をお願いします。他にも頼みたい事があるのですが・・・・・・・すみません、まずはあなたを送ります。話の続きは2人を見守っている間に』

 どうやら色々と焦っているらしいソレイユは、そう言って一旦話を締めくくった。

「わかった、ちょっとだけ待ってくれ」

 影人は黒いペンデュラムを持って部屋を出た。靴を履いて自宅を出て、マンション内の階段の踊り場に足を運んだ。

「待たせたな、いいぜ」

『それは分かりましたが・・・・・・・なぜわざわざ自宅を出たんですか?』

 影人と視界を共有していたらしいソレイユの問いかけに影人はこう答えた。

「いや、前に1回部屋から転移した時そういや靴履いてなかった問題があってな・・・・・・・変身すりゃもちろんブーツは履けるんだが、変身してない時は色々不便だろ? だから、その時の反省を生かしてな」

 そう。前回部屋から転移した時は、よくよく考えれば当たり前なのだが、靴がなかったのだ。その事に後から気づいた時にはもう遅かった。靴下はドロドロに汚れ、それを洗濯に出した影人は母親にカンカンに怒られたのだ。

『た、確かにそれは色々と不便ですね。理由は分かりました。では、転移を開始します。準備はいいですね影人?』

「ああ、大丈夫だ」

 一応、緊急事態だと言うのに影人の話で少しぐだったような気がしたが、影人はすぐに気持ちを切り替えた。ここからは、いつも通り真面目に取り組まなければならない。

 影人の体が徐々に光に包まれていく。そして影人の体が完全に光に包まれると、影人は光の粒子となってその場から姿を消した。









 影人が光に包まれ次に目にした光景は、山の近くに広がる民家であった。

「っと、転移は完了か。ソレイユ、あいつらはどっちの方角だ?」

『あなたがいる場所から、100メートルほど先の公園の近くです。現在のところ、明夜の視界を見るに戦いはこちらが優勢と言ったところでしょうか』

「オーライ。あいつらの方には当然香乃宮もいるんだよな?」

 影人は軽く走りながらソレイユにそう聞いた。

『はい。ですが10位の彼は闇奴が浄化されれば、近くの闇人たちがいる戦場に移動するはずです。先ほどラルバがそう言っていました』

「そうか・・・・・・・つーか今はまだ余裕がありそうだから聞くんだが、闇人たちの方には誰を派遣したんだ? フェリート、キベリアクラスの闇人が2体なら、並の奴らは言い方は悪いがすぐ死ぬだろ?」

 ソレイユの言葉から、今のところ2人に危機は訪れていないことがわかった影人は、先ほどから気になっていた事もついでに聞いてみた。

『ええ、あなたの言うように並の光導姫や守護者では最上位の闇人の相手は務まりません。ゆえに、最上位の闇人が現れた時には、対応に当たる光導姫、守護者は各ランキングの10位以内と決まっているのです。だから私は、キベリアとの戦いにランキング4位である巫女を派遣しましたし、ラルバもランキング10位の彼を派遣したのです』

 ソレイユはそこで1度言葉を区切ると、闇人2人という確実な鉄火場になる事が予想される戦場に、誰を送り込んだのかを影人に説明した。

『今回私が派遣したのは「巫女」と「提督」です』

「っ・・・・・・そいつはまた随分とした戦力だな。いや、最上位の闇人が2体ならそれくらいでやっと五分ってところか」

 ランキング4位と3位を同時に投入する。普通ならそれは異常事態だろう。もし闇奴などにその2人を派遣すれば明らかに過剰戦力だ。ただでさえ、強力な力を持つ『巫女』と『提督』、その2人を同時に派遣せざるを得ないほどに、2人の闇人は強いということだ。

『あなたの言う通りです。こう言っては何ですが、提督が日本にいてくれて本当によかったですよ。彼女の実力は折り紙付きですから』

「だな。まあ、あいつが日本に来た目的は俺の抹殺か捕縛だから素直には喜べねえが・・・・・・」

 提督が現在日本にいる裏の目的を知っている影人からしてみれば、少々複雑な気持ちだ。だからこそ、ソレイユも「こう言っては何ですが」と付け加えたのだろう。

 そしてソレイユとの念話で情報を整理している間に、影人の耳に何かと何かがぶつかり合うような、あるいは何かの鳴き声、掛け声などといった戦闘音が聞こえて来た。どうやら目的地に辿り着きつつあるようだ。

「・・・・・・とりあえず変身しとくかね」

 自分が表に出る事態を想定して、影人は右手のペンデュラムを握る。周囲に人がいない事を確認して影人は「変身チェンジ」と一言呟いた。

 ペンデュラムの黒い宝石が、夜の闇よりもなお濃い黒い輝きを放つ。そして黒い輝きと、ペンデュラムが右手から姿を消すと、影人の姿は金目の黒衣の怪人へと変化していた。

「・・・・・・頼むから面倒な事にはならないでくれよ」

 なぜか激しく面倒な事になりそうな予感を覚えながら、影人は戦場へと向かった。









「あら? あらあら、これはまた面白そう。この気配は冥と殺花かしら?」

 影人が転移してすぐ、シェルディアは東京に強大な2つの気配が生じたことに気がついた。

「? どうしたんですかシェルディア様? あの2人が何か?」

 シェルディア宅で、シマシマパンツを履いた白いぬいぐるみと一緒にテレビを見ていたキベリアは、突然独り言を呟いたシェルディアに不思議そうな視線を向けた。

「何かって・・・・・・ああ、そういえばあなた今は力が封じられてるから分からないのね。じゃあ、教えてあげる。東京に冥と殺花が出現したみたいなの」

「え、冥と殺花がですか!? よりにもよって何であの2人が・・・・・」

 シェルディアの言葉を聞いたキベリアは、驚き目を見開いた。キベリアも2人とは同じ十闇のメンバーだから知っているが、あの2人の仲は破滅的と言っていいほどに悪い。

 そして2人の仲の悪さを知っているのは、キベリアだけではない。十闇第4の闇『真祖』のシェルディアも当然その事は知っていた。

「そうよね。よりにもよってあの2人が組んで現れるなんて、事情を知っている私たちからすれば不自然の極みだわ。それに、なぜ2人が東京に現れたのかも気になるわ。普通に考えれば、スプリガンが目的なんでしょうけど・・・・・・」

 左右に緩く結った髪をサラサラと揺らしながら、シェルディアは思考した。普通に考えれば、冥と殺花はレイゼロールの命令で、スプリガンのよく出現する東京に現れたという事になる。つまり2人の目的はスプリガンだ。

(恐らく間違ってはいないわ。レイゼロールはスプリガンを危険因子と捉えている。だけど、現在でもスプリガンを倒す事はできていない。ゆえに焦ったレイゼロールが最上位の闇人を2人派遣した。何ら矛盾はないけど、どこか引っかかるのはなぜかしら?)

 そもそも冥が素直に殺花と組む事を受け入れるとは到底考えられない。冥はレイゼロールの命令に従順ではないからだ。殺花もレイゼロールの命令ならば、しぶしぶ冥と組むだろうが、冥とは組みたがらないはずだ。引っかかりがあるとすればそこか。

「・・・・・・・・・・やめたわ。何かあったとしても私には関係ないし。それより、この面白そうな事態を楽しまなくちゃね」

 考えるのは性に合わないとばかりに、シェルディアは難しく考えることをやめた。それよりも、今の自分にはやる事がある。

「キベリア、私たちも行くわよ。準備しなさい」

「い、行くってどこにですか?」

 再び、シェルディアに命を与えられたぬいぐるみとテレビを見ていたキベリアが、嫌そうな顔でシェルディアを見た。その顔はシェルディアが何を言うのか見当がついてる、という事を証明していた。

「決まってるわ、冥と殺花が現れた場所によ。まあ、2人は今ごろ光導姫や守護者と戦っているでしょうからこっそり観戦ね」

 シェルディアの言葉が自分の予想通りであったキベリアは「ああ、やっぱり・・・・・・・」と諦めたような顔を浮かべた。そんなキベリアの様子を見て、ぬいぐるみはポンとキベリアの肩を叩いた。ご愁傷様という意味だ。

「私、予感がするのよ。とても面白そうな予感が、それと――スプリガンに出会えそうな予感がね」

 シェルディアは少女のようにワクワクしたような笑みを浮かべながら、未だに相見えぬ黒衣の怪人に出会えることを期待した。

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