第61話 狂拳と殺影
「・・・・・・・・それは本当か? クラウン」
「はいー。ワタクシが各国で道化芝居をしていたところ、お国はスイスで聞いた噂話ではございますが・・・・・・・・・・スイスのある地域では黒い流星のカケラが今も祀られているとか何とか。まあ、あくまで噂ではございますが・・・・・」
その名の如く、まるで道化師のようなペイントを顔に施した男が恭しくそう述べた。
「そうか・・・・・・・・黒い流星のカケラか。・・・・・可能性はあるな」
クラウンと呼ばれた男の話を聞き終えたレイゼロールは、珍しく気分が高揚していた。なぜなら、その流星のカケラがレイゼロールの探し物である可能性があるからだ。
この世界のどこか。辺りが暗闇に包まれた場所で、石の玉座に腰掛けるレイゼロールはクラウンに労いの言葉ををかけた。
「よくやったぞクラウン。お前は見た目こそふざけているが、相変わらずやるべき事を忘れてはいないな」
「お褒めに預かり光栄でございますー、レイゼロール様。といっても、ワタクシは世界で楽しくおちゃらけていただけなのですがね」
クラウンが亜麻色の髪を揺らし、
「それはいい。それがお前の元々の望みだったからな。・・・・・そしてお前のその望みは我との契約の対価。お前が我に従う限りは、我はその事について何も言うまいよ」
「ありがとうございますー。いやはや、理解がある主人を持つ事ができて、ワタクシめは幸せでございますね。では、ご主人。ワタクシはこれで失礼します」
レイゼロールの言葉に、クラウンは再び恭しく傅いた。そしてパチンとクラウンが指を鳴らすと、クラウンの姿が消えた。その不可思議な光景に、だがレイゼロールは驚く事はなく、周囲の暗闇にある呼びかけを行った。
「
「御意、ここに」
すると、暗闇から音もなく1人の女性がレイゼロールの前に現れた。
その女性を一言で表すならば「黒」だった。
「
平伏の姿勢を取りながら、殺花はくぐもった声でレイゼロールにそう聞いてきた。顔の下半分が襟で隠れているため、殺花の声はどうしてもくぐもって聞こえるのだ。
「ああ。お前の事だ、先ほどのクラウンの話は聴いていただろう。その事で、お前に頼みたい事がある」
「承りました。では己は
レイゼロールの指摘の通り、クラウンの話を暗闇から聴いていた殺花は、レイゼロールの頼みがそのようなものであるかを確認した。だが、レイゼロールの言葉は殺花が予想したものとは違っていた。
「いや、そうではない。クラウンの話については我が直接現地に行き調査する。お前に頼みたいのは、一種のカモフラージュだ」
「カモフラージュ・・・・・・・・・陽動でございますか?」
レイゼロールのその言葉に殺花が方眉を上げた。殺花には自分の主の思惑がまだ理解できないでいた。
「そうとも言うな。もちろん我1人なら気配を消すことは出来る。ゆえに本来ならそのようなカモフラージュは必要ないのだが・・・・・・・もしクラウンの噂話が本当で、そのカケラが我の探している物の1つだったのならば・・・・・・・その時にはお前のような力を持つ闇人のカモフラージュが必要になるのだ」
「・・・・・・そうでございますか。元よりこの身は主の物。陽動でも何だろうと何なりとお使いください」
「・・・・・・・・・理由も聞かずにそのような言葉か。お前の忠誠心の厚さには我も助かっているよ」
殺花はフェリートと並んでレイゼロールへの忠誠心が高い闇人だ。そして殺花は、その戦闘能力も極めて高い。ゆえに殺花の存在をレイゼロールは重宝している。
「己のような役立たずには勿体なきお言葉です。己は情報収集も専門のはずなのに、主の求める情報を何一つ持ち帰れなかった役立たず。かたや『道化師』に情報収集も負ける始末。・・・・・・本当に申し訳ない所存です」
「気にするな・・・・・・・・・・と言っても、お前やフェリートは気にするか。ならば、今回の働きで挽回しろ。今からお前に、我の頼みその内容を話す」
恥じるような物言いの殺花に、レイゼロールはあえて威厳たっぷりにそう述べた。レイゼロールのその言葉に殺花は「はっ」と短く頷いた。
「では話そう。お前にしてもらいたいカモフラージュ、それともう1つ目的について――」
レイゼロールがいよいよその事を話そうとした時、暗闇からある男の声が聞こえてきた。
「おい、レイゼロール。てめえ、いきなり呼び戻しやがって何のようだよ? くだらねえ話だったら承知しねえからな」
粗野な言葉と共に暗闇から姿を現したのは、1人の青年だった。
黒色の道士服に身を包み、長い髪を三つ編みに纏めたその男性の姿を見たレイゼロールは、そのアイスブルーの瞳を少し曇らせた。
「・・・・・・・・・
「おう、俺だ。ったく、此処まで戻って来るのは大変だったぜ。・・・・・・で、俺を呼び戻した用件ってのは――」
冥と呼ばれた青年がガリガリと頭を掻きながら、そう言った最中、殺花が音もなくその姿を消した。
そして次の瞬間には、冥の首元に鈍い輝きを放つ短刀が添えられていた。
「口の利き方に気をつけろ。貴様、まだ我らが主に対する言葉遣いが直っていないようだな?」
いつの間にか、冥の後ろに移動していた殺花が静かな怒りを感じさせる口調で、冥の首元に刃を押し当てる。誰が見ても生殺与奪の権利は殺花が握っている。だがそんな状況だと言うのに、道士服の青年は小馬鹿にしたように殺花を嗤った。
「はっ、てめえのレイゼロールに対する忠犬ぶりも変わってねえな陰険女。さっさとこのチャチな光り物をどけろ。殺すぞ?」
「そうか。では、お前が死ね」
殺花がその瞳から光を消す。冥も殺気を隠さずに殺花を本気で殺すための行動を取ろうとした。まさに一触即発の空気だが、そこでレイゼロールが待ったをかけた。
「それくらいにしておけ貴様ら。・・・・・全くお前たちの仲の悪さは変わらないな」
レイゼロールがため息を隠すこともなく吐いた。そう。レイゼロールが冥の姿を見て瞳を曇らせたのたこれが原因だった。
冥と殺花はその仲がすこぶる悪い。そのためこのように顔を合わせれば、必ずと言っていいほど何か問題が起こる。ゆえにレイゼロールは出来るだけ2人を出会わせたくはなかった。
(普段は世界に散らばっている2人が、よりにもよってこのタイミングで顔を合わせるとはな・・・・・・・)
タイミングが呪われているような気がするが、出会ってしまったものは仕方がない。レイゼロールの一言で殺し合いを中断した2人に(と言っても雰囲気は変わらず険悪なまま)、レイゼロールは言葉を続けこう言った。
「とにかく、貴様らのすぐ殺し合いをしようとする癖はやめろ。いくら貴様らが光の浄化以外では死なぬ闇人だからといって、お前たちが本気で戦えばここはすぐに崩壊するのだ。前にも言ったはずだぞ」
「はっ、申し訳ありません主。この男の主に対する態度があまりに無礼だったもので、つい怒りが・・・・・・・・」
「けっ、うるせえな。元はと言えばこの陰険女が絡んできたのが原因じゃねえか。俺は悪くねえよ」
レイゼロールの小言に2人はそれぞれの反応を示した。冥の言葉に殺花がギロリとした視線を向けるが、レイゼロールの言葉を受けたためか殺花は何もしなかった。
「・・・・・・冥、お前は戻って来たばかりで状況が分からないだろう。ゆえに手短に話す。お前を呼び戻した理由、他の十闇の動向についてもな。殺花、すまないがお前への頼みは冥への説明の後になる。いいな?」
「主の意向承知しました。では、私は1度闇に消えましょうか?」
「いや、いい。手短と言っただろう、話はすぐに終わる」
平伏する殺花にその場に止まるように促したレイゼロールは、面倒くさそうな表情を浮かべている冥にこれまでの出来事を話した。
「まず十闇の動向についてだが、フェリートにはゼノを捜しに行かせた。なぜかは分からないが、奴との経路が途切れている。そして我にも奴の気配は察知出来なくなった。ゆえにな」
「ああー・・・・・・・・・まあ、ゼノの兄貴は規格外だからな。普通は闇人とあんたとの経路は絶対に切れないが、ゼノの兄貴なら適当な理由つけて切ることも出来そうだ」
兄貴と冥がゼノの事を称した通り、冥はゼノの事を慕っている。もちろん恋愛的な意味ではない。冥はゼノの規格外の強さを尊敬しているのだ。
冥という闇人はその態度からも分かる通り、レイゼロールの事を敬ってはいない。冥が敬っているのは2人だけ。すなわちゼノとシェルディアだけだ。
「次にシェルディア、それにキベリアについてだが・・・・・・・・・シェルディアは現在は日本の東京にいる。そしてキベリアはなぜかは知らんが、シェルディアと共に生活しているらしい。何日か前、シェルディアから手紙が届いた」
レイゼロールはシェルディアの事を思い出すと、静かに息を吐いた。シェルディアからの手紙が急に虚空から届いた時は嫌な予感がした。そして手紙を開けてみると案の定レイゼロールの予感は的中した。
手紙には「キベリアをしばらく借りる」の一言しかなく、レイゼロールはまたシェルディアのわがままかと頭を抱えたものだ。
(キベリアという貴重な戦力が自在に使えないのも痛いが・・・・・・・問題は奴の「しばらく」がどれくらいかという事だな)
それともう1つレイゼロールが気になっていたのは、キベリアの戦闘に関する報告だった。まず間違いなく光導姫や守護者とは戦ったと思うが、問題は奴が現れたのかどうかだ。
(スプリガン・・・・・・・・奴はキベリアと戦ったのか? いや、もし戦ったとしてもシェルディアがまだ東京にいる事から、奴が死んでいないのは明白か。ならば・・・・・)
レイゼロールが軽い物思いに耽っている中、冥は暇そうに体を伸ばしていた。
「それで? シェルディアの姉御とキベリアの事は分かったが、それだけかよ? 他の奴らは?」
「っ・・・・・・ああ、他の者に関してはクラウンが戻って来ている。今は此処にはいないが、大方外で道化芝居でもしているのだろう。そしてそれ以外はまだ戻ってきていない」
冥の問いかけに、レイゼロールは物思いを中断した。冥に他の十闇の動向は全て話し終えた。
で、あれば次の話。即ち十闇を呼び戻した理由について冥に話すべきだろう。
「冥、我がお前たちを召集した理由は2つある。1つは目障りな2人の光導姫を消すため。だが、これに関してはまだ副次的と言っていい。問題は2つ目だ。お前がいない間、正体不明、目的不明の闇の力を扱う謎の怪人――スプリガンなる者が出現した」
「・・・・・・!」
その名を聞いて冥の横にいた殺花がピクリと体を揺らした。冥よりも早く戻って来ていた殺花はレイゼロールから、既にそのスプリガンという人物の事について聞かされていた。
(スプリガン・・・・・・主に傷を負わせた不届き者)
フェリートと同じくレイゼロールを絶対の主とする殺花からしてみれば、レイゼロールに一時でも傷を負わせたスプリガンは死に値する罪人だ。
「スプリガン? 誰だそいつ?」
だが、冥からしてみればそれは今日初めて聞く名前以外の何者でもなかった。そんな冥にレイゼロールはスプリガンの分かっている限りの説明を行った。
「へえ・・・・・・・・! フェリートとあんたに匹敵する謎の怪人・・・・・・・・・・ははっ、いいじゃねえか! 滾る話だ!」
レイゼロールからスプリガンの話を聞いた冥は、心底興奮したようにその瞳を輝かせた。そんな冥の様子を見た殺花が「戦闘狂が・・・・・」と不快そうに呟くが、冥はそんな呟きなどは聞こえていないといった感じで、嬉しそうに言葉を続けた。
「おい、レイゼロール。そのスプリガンって奴とはどこで戦えるんだ? 一戦やりたいんだがよ」
「落ち着け、冥。貴様ならそう言うとは思っていたが、いま言ったように奴に関する情報は極めて少ない。ゆえに今のところ、スプリガンと出会うことは運ということになる」
「ちっ、んだよ白けるな」
「まあ、そう焦るな。確かにスプリガンと出会うのは運だが、奴が出現する状況と地域にはある偏りがある」
レイゼロールは冥にその偏りについての情報を話した。スプリガンは光導姫や闇奴が戦い合う戦場に現れること、そして出現する場所は日本で、その中でも東京によく出現することなどだ。
(っ・・・・・・・・そうか、いっそのこと冥も殺花と共に陽動に送れば・・・・・・・)
冥にスプリガンに関する偏りを話し終えたレイゼロールは、唐突にそんな事を考えた。
「へえ、なるほどな。んじゃあ、俺もちょっくら東京に行って暴れてくるぜ。おい、レイゼロール力解放してくれよ」
「貴様・・・・・・・・・」
「いい、殺花。そう憤るな。・・・・・冥、お前に1つ頼みたい事がある。なに、そう悪い話ではない。もしかしたら、スプリガンとも出会えるかもしれんぞ?」
「おう、そうかい。別に俺はそいつと戦えりゃあ何でもいいぜ。で、その頼みって何だ?」
冥が機嫌がよさそうにそう言った。冥のその言葉にレイゼロールは内心笑みを浮かべた。案の定、冥は食いついた。
「ああ。その事だが、殺花、ここからはお前にも関する話だ。よく聞いておけ」
「御意。・・・・・・しかし、主。その頼みというのは、まさか――」
殺花が何かを察したように視線をレイゼロールに向ける。そんな殺花にレイゼロールは「察しがいいな、殺花」と言葉を返した。
「冥への頼みというのは、お前と同じ頼みだ。だから、お前たち2人は行動を同じにしてもらいたい。――十闇第9の闇、『
レイゼロールは2人の最上位闇人に向けて、そう頼みを切り出した。
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