第58話 デートは日本語で日付

 デデデーデデーン! 唐突だがラブコメ回である。


「ちっ、暁理の奴なんだってんだ? 急に映画とか見ようなんて・・・・・・・・・・」

 イヴとの問題が片付いた週末。影人は昨日突然「影人、明日映画見に行こう! い、一応この前言ってた、デ、デートだから・・・・・・・・しっかりとした服着て来てね! じゃ、じゃあね!」と言われたのだ。影人からしてみれば、この週末は1人でふらふらとしたかったので、暁理との約束をすっぽかそうと思っていたのだが、先ほど暁理からメールが届いた。

 曰く「午後2時に最寄りの駅前で待ち合わせ。サボったらケツで花火をしてもらう」とのことだ。罰ゲームが意味不明だが、行かねば影人の尻が終わる。よって行かなければならない。

「金は・・・・・・・・・ギリあるな。服はまあ適当でいいだろ。今日暑そうだし」

 サイフの中を確認し、影人は寝巻きから私服に着替えた。チラリと部屋の時計を見ると、現在の時刻は午後1時30分。今から出ればギリギリ駅前には間に合う。

「・・・・・・暁理の野郎。着いたら文句言ってやる」

 せっかくの休日を潰された前髪野郎は、軽くイラつきながら家を出た。








「ん? よう嬢ちゃん、お出掛けか?」

「あら影人。そうだけど、あなたもお出掛けかしら?」

 マンションの構内で隣人であるシェルディアと、深緑髪のグラマラスな体型の女性を見かけた影人は、そう声をかけた。影人の言葉に笑みを浮かべてそう聞き返してきたシェルディアに影人は愚痴気味にこう答えた。

「ああ、なんか暁理・・・・・俺の友人と遊ぶ事になってな。ったく、今日は1人でそこら辺をふらつきたかったんだが。――と、すみません。まださんには挨拶してませんでしたよね。こんにちは、キルべリアさん」

 影人はシェルディアの隣にいる女性のことを思い出し、軽く会釈した。

「え、ええ。こんにちは影人くん。ご丁寧にどうも」

 影人の挨拶にシェルディアの同居人であり、メイドであるキルべリアはぎこちのない笑みを浮かべた。

 影人がキルべリアに初めて会ったのは、イヴの問題が片付いた翌日だった。例の如く、放課後にシェルディアの家に招かれた影人は、シェルディアの家に見知らぬ同居人が増えている事に気がついた。

 影人が「誰だ?」といった感じでその深緑髪の女性を見ると、その女性も「誰だ?」といった感じで影人を見てきた。そんな2人の様子に気がついたシェルディアが、その女性キルべリアの事を影人に紹介してくれたのだ。

 シェルディアの紹介によると、キルべリアは「自分の使用人。色々とあって一緒に暮らすことになったの。つまりはメイドね」とのことだった。キルべリアはなぜかシェルディアの説明に驚いているようだったが、シェルディアの笑みを見ると「メ、メイドのキルべリアです。どうぞよろしく」と手を差し出してくれた。それがキルべリアとの出会いだった。

(偶然なんだろうが、キルべリアさんの服って、あのキベリアと一緒なんだよな。だから、どうしてもキルべリアさんの服装を見るとキベリアの事を連想しちまう)

 チラリと影人はキルべリアの服装に目を落とした。キルべリアの服装はキベリアと同じく黒いドレスだ。

 もちろん、。キベリアは赤髪で髪が短く、身体つきもどちらかと言うとスレンダーだった。対してキルべリアは深緑髪で髪が長く、身体つきはグラマラスだ。キルべリアとキベリアは全てが対照的だった。

「っと、そういや急いでるんだった。またな、嬢ちゃん。キルべリアさんもこれで失礼します。じゃあ!」

 ここで無駄な思考をしている場合ではないと思い出した影人は、そう言い残してこの場を去った。

「ええ、またね影人」

「は、はい。また」

 走り去る影人にシェルディアは変わらず笑顔で、キルべリアはやはりどこかぎこちのない笑みで影人を見送った。

「ふふっ、『キルべリア』って名前はなんだか慣れないわね。ねえ、キベリア?」

「それはシェルディア様にとってはそうでしょうが・・・・・・・・・・一応、そっちの名前の方は人間界での私の名なので、私は何も感じないです。というか、シェルディア様とゼノを除いた闇人は全員人間界用の名前がありますし」

 シェルディアの言葉にキルべリア――もといキベリアはそう言った。元々、世界各地に散らばっていた闇人は必ず人間と関わる。そのため、闇人はそれぞれ人間界用の名前がある。キベリアの場合は、「キルべリア」という名前だ。ちなみにこの名前はキベリアの人間時代の名前である。

「ふーん、そういうものかしら。あなたに外ではその名前で呼んでほしいって言われてたから、影人にはその名前で紹介したしその名前で呼んでるけど、意識してないとキベリアって呼んじゃいそうだわ。ねえ、面倒だからキベリアでいいんじゃない?」

「それだけは守ってくださいシェルディア様。私は慎重なんです。どこに光導姫や守護者がいるか分からないんですよ? いくら私が戦闘時は姿を変えているといっても、名前の一致だけで怪しむ人間もいます」

 普段はシェルディアに服従しているキベリアも、ここだけは譲れないとばかりに真剣な表情になる。そんなキベリアの様子を見たシェルディアは「ハイハイ、分かったわよ」とどこか呆れたように頷いた。シェルディアからしてみれば、キベリアの慎重さは行き過ぎだと思うのだが、それがキベリアの性格なのだから仕方ない。可愛がっている者のわがままの1つくらいはシェルディアも聞いてやる。それが器の大きさというものだ。

「ところで、帰城影人でしたっけ? シェルディア様は、あの人間の不敬をなぜ咎めないんですか? 私あの人間がシェルディア様のこと『嬢ちゃん』て呼ぶたびにゾッとしますよ」

 そう。キベリアが影人にどこかぎこちなかったのはそれが原因だった。

 当然と言えば当然だが、帰城影人という少年はシェルディアの事を年下の人間だと思っている。そのため言葉遣いもそのような、シェルディアの正体を知っているキベリアからしてみれば、かなり不敬に聞こえる言葉遣いだ。だからキベリアはいつシェルディアが怒るか気が気ではないのだ。

「それはいいのよ、影人は私を人間だと思っているから。確かにあなたの言う通り、私は気に入らない人間には言葉遣いも厳しいけど、あの子は特別。私が気に入ってる人間だから。だから、いいの」

 だが、シェルディアは穏やかな笑みを浮かべただけだった。そんなシェルディアの様子を見たキベリアは少々不満そうな顔になる。

「・・・・・・・・・・・なんかシェルディア様あの人間に妙に甘くないですか? その甘さをもう少しだけ私に分けてほしいのですが」

「うるさいわよ、使用人。ほら、私たちもそろそろ行くわよ。今日は色々と買い物をするんだから」

「うう・・・・・ひどい。これでも私最上位の闇人なのに・・・・・・・・・」

 いつの間にか、シェルディアの使用人にされていたキベリアは沈んだ顔で、シェルディアの後を歩いた。








「ちょ、ちょっと冒険しすぎたかな・・・・・・・・」

 午後1時55分。駅前で影人を待っていた暁理はソワソワと自分の髪をいじりながらそう呟いていた。

 今日の暁理の服装はデートという事もあってかなり服装に気合いが入っている。髪は昨日とっておきのシャンプーとトリートメントでサラサラにしたし、服はいつもの暁理とは違い女性的なものだ。淡いピンク色のノースリーブのカットソーに、膝より少し上程度の長さのターコイズカラーのスカート。そしてあまり物は入らない可愛らしいポシェット。

 普段のボーイッシュな感じとは違い、今日の暁理は女子女子していた。

 そのため家を出るときは母親や父親から変な反応をされた。母親は「遂にいい人が出来たのね・・・・・・・!」とどこか嬉しそうであったし、父親は「暁理、もし今日男の人と会うならその子を連れてきなさい。お父さん、挨拶したいから・・・・・・!」と顔に青筋を立てて笑っていた。

(全く、母さんも父さんも余計なお世話だよ。確かに、僕がこんな格好をするのなんて何年に1回だけどさ・・・・・・・・)

 つい先ほどの事を思い出しながら、暁理は軽くため息をついた。両親の気持ちも分からないではない。普段は男のような格好をしている娘が急にこんな服装で遊びに行くと言ったのだ。親ならば彼氏の存在を疑うだろう。

(い、いや違う! 確かに影人とはそういう関係にはなりたいとは思ってるけど・・・・・・・・て、何を考えてるんだ僕は!?)

 顔を赤くさせながら暁理はブンブンと首を横に振った。暁理とて思春期の女子高生。その心中は山より高く海より深い考えや感情で占められている。つまり早川暁理という女子はどこか素直になれない系女子であった。

 そんな暁理の様子はちょっといやかなり目立っていた。元々、オシャレをした暁理がかなりの美少女という事もあり目立ってはいたのだが、その美少女が顔を赤くさせ首を横に振るという仕草に周囲の野郎共は「ヤバイ可愛すぎる」「どうする? ナンパするか?」「誰だあの超絶美少女と待ち合わせをしている奴は」「男だったら呪ってやる」とそれぞれの反応を示していた。

 ちなみに暁理が時々時計を見ている事から、誰かと待ち合わせをしている事は明らかであるというのが周囲の野郎共の見解であった。

「遅いなぁ、影人・・・・・・・・」

 そんな野郎共の反応などつゆ知らず、暁理はスマホを見た。現在の時刻は午後1時59分。待ち合わせの時間まで後1分しかない。だが、影人はきっと来るだろう。影人がサボれないようにメールにはちゃんと脅しの文句も入れておいた。影人もケツで花火はしたくないだろうし、必ず来るはずだ。

「おい暁理。てめぇよくも――」

 それから3分ほど待っていると、そんな声が近くから聞こえてきた。暁理のよく知っている声、影人の声だ。

「や、やあ影人。今日は来てくれてありがとう! ちゃんとした服装で――」

 暁理がその声の方向に向き直り、影人の姿を見る。だが、影人の姿を見た暁理はその表情を固めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前、何でそんな格好してるんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・君、何でそんな格好してるの?」

 2人はお互いの姿を見るなり意味が分からないといった感じの表情になった。









「いや、僕言ったよね!? 今日はデートだからちゃんとした服装で来てって! なにさ、その近所のおっさんみたいな格好は!?」

「うるせえ! 俺の私服にケチつけんな! 花の男子高校生の私服におっさんとはなんだ! おっさんとは! 後、デートの日本語の意味は日付だ!」

「それを言うなら花の女子高生じゃないかな!? それと最後の言葉意味不明だから! どちらかと言うと、デートはあんまり日付って意味で使わないよ! いやというかその意味ではほぼ使わない!」

 2人はお互いの姿を見るやいなや、ギャーギャーとわめき合っていた。2人の様子をこっそりと窺っていた周囲の野郎共は「あっ、あいつ男だけどこれは大丈夫なやつだ」と即座に理解し、微笑ましそうに2人の様子を見守っていた。全く以て都合の良い野次馬たちである。

 ちなみに暁理に「近所のおっさん」と言われた影人の服装は、奇妙なゆるキャラ系もどきが描かれているよれた黒のTシャツに、カーキ色の短パン。それに足下を飾るのは長年履き親しんだゴム草履。こう近所の潰れかけの服屋で投げ売りセールでもされているかのような服装であった。「近所のおっさん」という暁理の言葉は的を得ていた。もしそのほかにも影人の服装を表す言葉があるなら、「夏休みの中坊チュウボウ」だろうか。どちらにしても、影人の服装はとてもデートに着ていくような服ではない。

「ああ? んじゃあ、今日お前は俺と男女の意味でのデートをしようとでも思ってたのか? なんだ? お前俺のこと好きなのか?」

「んな・・・・・・・・・・・・!?」

 前髪野郎のその言葉に暁理は瞬時にその顔を赤く染めた。そしてこうも思った。「この前髪野郎は頭がイカれているのか」と。

(ふ、ふ、普通そんなことを面と向かって面倒くさそうに聞く!?)

 年頃の乙女でもある暁理の心中は、可哀想にデリカシーゼロ、いやマイナス男のために混乱の極みに達した。

 そんな暁理の様子に気が気ではないのが周囲の野次馬どもだ。暁理のその反応から、暁理が前髪野郎のことを異性的に気にしているのは明白。完全に大丈夫だと思っていた野次馬どもは一瞬にしてまたその態度を激変させた。具体的にはダサい格好をした前髪野郎に、呪詛の言葉と殺人的な視線を送ったりしていた。

「ええ? どうなんだよ? まーさか、マジだったりするのか? どうなんだよ、暁理ちゃん?」

「っ・・・・・・・・・!?」

 だが、影人は暁理をおちょくるのが楽しくて、そんな視線や呪詛にはまるで気がついていなかった。影人からしてみれば、休日の予定を潰された腹いせにおちょくっているだけなのだが、暁理からしてみればそれはえげつない問いかけだった。

(どどどどどうする!? 何て答えれば良いんだ!? ここは思い切って正直に・・・・・・・いややっぱりダメだ! 僕が望んでいるのはもっとドラマチックな・・・・・というか影人いま僕のこと「ちゃん」って! ちょ、ちょっとだけ嬉しい・・・・・・)

 暁理の心の中は、なんかもう乙女だった。普段は呼び捨てなので、唐突に「ちゃん」などと女性的な呼び方をされてはこうドキッとするというか、嬉しい。例え、それが今のような冗談的な言い方であってもだ。早川暁理はチョロかった。

(ううっ・・・・・・・・でもそろそろ答えないと影人も本格的に怪しむだろうし・・・・・)

 だが、そろそろどのようなものにしろ暁理は答えを出さねばならない。

 そして影人と野次馬が密かに見守る中、暁理が出した結論は――

「や、やだなー影人! 僕が君のことを? そんなわけないじゃないか! 僕にだって相手を選ぶ権利はあるんだぜ? 今日の僕の格好は単純に僕の気分だし、それにデートは日本語で日付って意味だよ!」

 はぐらかすことだった。しかも最後の言葉に関しては影人の言葉をパクった上に意味不明だった。簡単に言うと暁理はヘタレだった。

「おう、そうだよな。デートは日本語で日付だ。っと、おちょくってわるかったな暁理。そろそろ行こうぜ、映画見に行くんだろ?」

 だが、やはりこの前髪は頭がどこかおかしいのか、なぜか暁理の言葉に納得した。現に周囲の野次馬どもは再びホッとしたような顔を浮かべているが、「あの子は何を言っているんだ?」とその心中に疑問を抱えていた。

「う、うん! じゃあ、行こっか!」

 暁理は少しだけぎこちのない笑みを浮かべると、影人と共に駅のホームを目指すべく歩き始めた。

(うう・・・・・・・・僕のいくじなし。これじゃあ、いつもと全然変わらないじゃないか・・・・・・・・)

 内心どこか後悔する暁理。だが、暁理はまだ諦めたわけではない。

(でも、せっかく今日は僕もオシャレしてきたんだ! まだチャンスはある! 頑張れ僕!)

 暁理は内心を切り替えると、どこか決意に満ちた瞳で横を歩く影人を見つめた。


 ――ということで、後半戦に続く。

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