第53話 己の内へと
「しばらくここにって・・・・・・・・え、あのシェルディア様それってどういう・・・・・」
「そのままの意味よ。レイゼロールのところに戻らず、ここで私としばらく暮らしなさいってこと」
お茶をカップに注ぎながら、シェルディアはそう言った。その表情はニコニコとしており、シェルディアと付き合いのあるキベリアには、それが冗談ではなく本気で言っている事がよくわかった。
「いやシェルディア様! それはちょっと無茶というか無理じゃないですか!? このまま帰らなかったら私色々とまずいんです!」
キベリアは慌てふためいた。つい先ほどまで真剣に戦っていた人物とは、およそ想像がつかないほどの慌てぶりだ。
「ダメよ。もう決めたから」
だが、シェルディアは無情だった。優雅にお茶を飲みながらの即答だった。
(お、終わった・・・・・・・・・)
そしてキベリアはガクリと首を落とした。この瞬間、キベリアはしばらくシェルディアと共同生活をすることが確定した。
シェルディアは自分の欲望にとてつもなく従順だ。そのため、こうしたいと決めたらテコでも動かない。それがシェルディアだ。キベリアはその事をよーく知っていた。
(シェルディア様に逆らったら・・・・・・・・ああ、ダメだ。それは怖すぎる。というか下手したら私消されるかもしれない・・・・・・・)
闇人は浄化でしか死ぬという事はないが、シェルディアなら闇人を殺す事も出来るかもしれない。キベリアがそんな事を考えてしまう程、シェルディアは規格外の存在なのだ。
「シェルディア様のご命令なら私は従いますが・・・・・・・・差し当たって大きな問題が2つあります。まず、レイゼロール様への報告です。これだけは必ず行わなければなりません。ついでに、シェルディア様と暮らすという事情も。もう1つは、私の力、気配の問題です。この場所はシェルディア様が結界を張っているとの事なので、大丈夫のようですが、外に出れば再び私の気配はソレイユに察知されてしまいます。さすがに、ずっとこの部屋から出られないというのは・・・・・そのキツイです」
言葉を選び、少し長めにキベリアは問題点を話した。その他も
「うーん、そうねえ。1つ目の問題はレイゼロールに手紙を送ればいいだけだし、ちょっと面倒なのは2つ目ね。レイゼロールにあなたの力を封印してもらうのも時間がかかるし、封印したらしたらで力を解放するのも時間がかるし・・・・・・あ、そうだ!」
何かを思いついたような顔をしたシェルディア。すると、シェルディアは自分の影の中からとある腕輪のような物を取り出した。そして「はい」とそれをキベリアの方へと差し出してきた。
「? シェルディア様、これは・・・・・・・・?」
見たところ、それはただの銀の腕輪だった。いったいこれが何だというのか。
「確か千年くらい前にエジプト辺りで拾った物だったかしら。これはけっこう特別な装飾具でね、身に付けた者の「力」を一時的に封印する封印具でもあるの。外せば普通に力は使える筈だから安心して。まあ、私は自分でそこら辺の気配は誤魔化せるから結局使わなかったけれど」
「え、ええっ!? これ、滅茶苦茶凄い魔導具みたいなもんじゃないですか!! シェルディア様こんな物持ってたんですか!?」
渡された腕輪の価値にキベリアは震えた。魔法を研究するキベリアにはこの腕輪の真の価値がよく分かった。この腕輪は古代の魔導的遺産の側面を持っている可能性もある。
「ええ。この話をしていて、いま思い出したの。で、後はレイゼロールに手紙で事情を伝えれば終わりね。ええっと、便箋とペン――」
シェルディアは影から古風な便箋と羽ペン、そしてインクを取り出すと手紙をしたためた。まあ、書いたのはただ一言、「キベリアをしばらく借りる」という事だけだが。そして自分の名前を記し、手紙という名の一言メモは完成した。
「よし、出来たわ。じゃあ後はこれを送るだけね」
シェルディアは左手を宙に伸ばした。すると小さな黒い渦のようなものが突如として出現した。
シェルディアはその渦に手紙を放り投げる。そして手紙は渦に飲み込まれその姿を消した。パチンとシェルディアが指を鳴らすとその渦も虚空へと収束しやがては消えていった。
「はい、これで万事解決ね。ふふっ、これからよろしくね? キベリア」
「あ・・・・・・・・・・・・はい」
弾けるような笑顔のシェルディアと対照的に、全ての逃げ道を封じられたキベリアは何かを諦めたような顔でそう頷いた。
「――つーわけだ、今度こそ理解出来たかクソ女神」
「ナチュラルにクソ女神はやめて下さい。はい、話は理解出来ました。なんというか・・・・・・・あなたは本当にすごいというか無茶苦茶というか、とにかく凄まじい度胸ですね」
イマイチ状況を理解していなかったソレイユに、詳細に事情を話した影人はソレイユの言葉に面倒くさそうに言葉を返した。
「しゃあねえだろ。やられっぱなしは腹立つし、そうしなきゃ悪意の正体も分からなかったんだからよ」
「うーん。普通の人間はそのような状況に陥れば、あなたのような選択はしないと思いますが・・・・・・」
ソレイユはどこかズレている影人の言い分に苦笑を浮かべた。この少年は見た目と中身が矛盾しているとは以前から感じていたが、今の話を聞いてその考えはより強まった。
「それで影人。あなたはその何か・・・・・あなたが言う悪意の正体を掴んだと言いましたが、その正体とはいったい何なのですか?」
表情を真剣なものに変え、ソレイユは自分の対面に座っている影人にそう質問した。詳細に影人の話を聞くために、ソレイユはテーブルとイスを召喚していた。
「・・・・・・・別にもったいぶってる訳じゃない。だが、冷静に今までの事を考えればヒントはけっこうあったんだ」
影人はそう前置きすると、今までの事を思い出しながらソレイユに自分の見解を語った。
「まず初めに悪意が俺の体を乗っ取ったのは、レイゼロールとの戦いの時だ。俺がヘマをやってヤバかった時に俺は何か――この時はまだ何かだったが――に自分の体を乗っ取られた。この時は俺の意識自体はあるにはあったが、体の主導権は完全に持っていかれてた」
影人は右手の人差し指を1本立て、そこで話を一旦区切った。
「次は2回目のフェリート戦の時だ。まあ、これに関しては完全に俺の記憶がないから憶測にはなっちまうが、ほぼ確定と見ていい。この事は前にお前に話したが、俺は女の声を聞いた。『お前に死なれちゃ困る』って声だな。んで気がつけば俺は神界にいた。これが2回目」
右手の中指を立てて、影人はそう語った。
「んで、ついさっきのキベリア戦の3回目だ。俺は明確な悪意の干渉を受けた。この3回目は今までと違う特徴があった。それは俺の意識がはっきりとしてる時に、俺に干渉してきたって事だ。1回目と2回目は、基本的に俺の意識がヤバかったり、ぼんやりとしてた時にしか干渉してこなかった。ここから分かる事は悪意の自我がよりハッキリとしてきたって事と、力がより強まったって事だ」
影人は右手の薬指を立てると、つい先ほどのことを鮮明に思い出したながらそう言った。
「今までの状況の振り返りは分かりましたが・・・・・・影人、私が聞いているのはあなたが掴んだ悪意の正体です。それを早く教えてくれませんか?」
痺れを切らしたようにそう口を挟んできたソレイユ。そんなソレイユに影人は「だから、もったいぶってるって訳じゃないって言ったろ」とため息を吐いた。
「お前、さっき俺が簡潔に言ったら理解出来なかっただろ。だから、お前にもちゃんと理解できるようにこうして詳しく話してんだろうが。文句言うな」
「は、はい・・・・・・・・ごめんなさい・・・・!」
ソレイユは素直に素早く謝罪した。そう言われてしまえば、自分は何も言えない。というか、珍しく影人が気を遣ってくれていたのに、文句など言えるはずがなかった。ただ、少々いやかなり気に食わないのは、影人が自分の事を本当にバカだと思っている点だ。それだけはどうしても納得できない。
(うう・・・・・・私はバカではないのにっ!)
内心そう拗ねながらソレイユは影人の話に耳を傾けた。
「んで、この3回の干渉にはある共通点がある。それは俺がスプリガンに変身した時しか干渉を受けていないって事だ。つまりは状態が限定化されてる。これは大きなヒントだ」
そう。悪意が干渉してきたのは影人がスプリガンに変身している時だけだった。普段の自分の時には悪意は1度も干渉してきていない。考えてみれば、これは不思議な事だ。なぜ悪意はスプリガン時の自分にしか干渉出来ないのか。
「次、悪意はなぜか俺には使えない回復と身体能力の常態的強化を使えた。しかも、極め付けは闇の力を無詠唱で使える。考えてみればおかしくないか? なぜ悪意は俺には出来ない事が出来る? この疑問の答えは、悪意の正体を理解すれば納得がいった」
実はこの疑問が悪意の正体を知るためには最も重要だと言っても過言ではない。影人がこれらの疑問を抱いたのは、最初の1回目、レイゼロール戦の後だ。2回目と3回目に関しては影人に記憶はないが、2回目のフェリート戦の時は心臓を貫かれたはずなのに、目を覚ましたら無傷であったため、悪意が回復の力を使ったのは確定しているだろう。3回目のキベリア戦に関しても、色々と傷を負っていたはずなのに無傷の状態になっていたということはそういう事だ。
「まあ、俺は結局わざと悪意に体を乗っ取らせて、その正体を理解したが・・・・・・説明するとこんな感じだな。さあ、ここからがお楽しみだ。よーく聞けよ、ソレイユ。悪意の正体は――」
影人がついにその正体を口にした。その正体を聞いたソレイユは、大きく目を見開き言葉を漏らした。
「え・・・・・・・・・・」
悪意の正体。
それは。
思ってもいないものだった。
「――準備はいいですか? 影人」
「ああ、いつでも大丈夫だ」
ソレイユの言葉に影人は帽子の
よって今の確認はその準備が整った事に対するものだ。
「しかし・・・・・・・・こうして変身したあなたを生で見るのは初めてですね。しかも腹の立つことに、あなた顔整ってますし・・・・・・・・前から疑問だったのですが、なぜ影人は髪で顔を隠しているのですか? その顔なら恋人の1人や2人なら出来そうなものですが」
「うるせえ、余計なお世話だ。別にいいだろ、俺の自由なんだから」
金色の瞳でソレイユに目を向けながら、影人はそう言葉を返した。今の影人はスプリガンに変身していて、普段長い前髪に覆われている顔が明らかになっている。
なぜ影人がスプリガンに変身しているかと言うと、それが必要な事だからだ。悪意が干渉してきたのは限定的。スプリガン時に限ってのみ。スプリガンに変身している事。それが精神世界に入る前の準備だ。
「つーかこの帽子、認識阻害の効果あるんじゃなかったのか? お前普通に俺って分かってるが」
「それは元々私があなたに授けた力ですよ? 私だけが唯一の例外なのです。だからそこは心配しないで下さい」
「そういうもんか、了解だ。んじゃ、ちゃっちゃかやってくれ」
砕けた口調で影人はあくびをした。基本的にスプリガンになっている時はシリアスな状況しかないため、影人は口調を意図的に変えているが、今はいいだろう。話しているのは自分の正体を知っている唯一のポンコツ女神。口調も普段と変えようとするのは何かおかしい気がする。
ちなみにスプリガン時の影人は「
「分かりました。では、神の力の一端をお見せしましょう。――来なさい、私の
厳かに女神はそう唱えた。心なしか、少しドヤ顔なのは気のせいだろうか。
ソレイユの言葉を受け、虚空より桜色の装飾で飾り付けられた杖が出現した。ソレイユはその杖を持つと、影人に静かに語りかけた。
「影人、意識を集中して下さい。これからあなたの意識をあなたの精神世界へと送ります。その際あなたの肉体は無防備になり、つまり傍目から見れば意識のないような状態になりますが、その事によってあなたの変身が解けることはありません。精神世界に行くというのは、意識を失うという事ではありませんから。ただ、深く深く己の内側へと潜るという事ですからね」
ソレイユの杖の先が桜色の光に包まれた。ソレイユはその光を影人の前へと突きつけた。
影人がソレイユに言われた通りに意識を集中していると、ソレイユがある言葉を紡いだ。
「光の女神『ソレイユ』の名において命ずる。彼の者の意志を、内なる世界へと誘え」
光が一際に強く輝く。すると、影人にある変化が訪れた。
(意識が・・・・・・・・・・)
まるで強烈な眠気に襲われたような感覚だ。どんどんと意識が薄弱になり、闇が迫ってくる。
「・・・・・・・・・・」
そして、影人は己の内なる世界へとその意識を旅立たせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます